道尾秀介  作品別 内容・感想

背の眼   6点

第5回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞作
2005年01月 幻冬舎 単行本
2006年01月 幻冬舎 幻冬舎ノベルス

<内容>
 ホラー作家の道尾は旅先の白峠村の河原で不気味な呼び声を聞く。恐ろしくなって村から慌てて逃げ帰ってきた道尾であったが、そこでの出来事が気になり、かつて友人であった真備庄介を訪ねることに。なんでも彼は“霊現象探求所”という事務所を構え、霊にまつわる仕事をしているのだという。道尾が彼を訪ねたところ、その白峠村で撮った写真に奇妙な物が写る現象が報告されているというのだ。その奇妙な物とは、背中に写る“眼”であった。そして、その背中に眼が写っている人は皆自殺していると・・・・・・
 道尾と真備とその助手である北見の三人は白峠村へと行き、さっそく怪異について調べることに・・・・・・すると、かつてこの村で起きた連続児童失踪事件が浮き彫りになってゆき・・・・・・

<感想>
 最近、道尾氏の作品が話題になっているので、さっそくデビュー作から読んでみる事にした。そして実際に読んでみると、これがなかなか面白い。

 本書の特徴はというと、この作品はホラー・サスペンス大賞の特別賞を受賞しているのだが、その名の通りホラーとミステリをうまく融合させた内容となっている。よく書かれるミステリのパターンとしては、作中で起こる超常現象などは全て常識的なものに組み込まれて真相解明されるというものが多い。それが本書では超常現象は超常現象、本格推理の部分はまた別と、うまく区分けがなされている。そうした中で独自のミステリを構築していくという手腕はなかなかのものではないだろうか。

 連続児童誘拐事件、天狗伝説、不気味な呼び声、背中に眼がついている心霊写真等々、どこまでが現実でどこまでが超常現象なのか、それを考えながら読んでいくというのもまた通常の推理小説とは変わった趣となる事であろう。

 似たようなものはあっても、同じような内容のもので現代を舞台にしたものは少ないのではないだろうか。そういった意味でもまたこれは貴重な作風といえよう。また、私自身、こういう作品は結構好みであり、出版された年に本書を読んでいたらその年のベスト10に入れていたかもしれない。そんなわけで、今年話題となっている「骸の爪」も早々に読みたいと思っている。


向日葵の咲かない夏   6点

2005年11月 新潮社 単行本

<内容>
 夏休みの前日、友達のS君は小学校を休んでいた。先生から頼まれ、僕はS君の家へプリントを届けに行く。そしてS君の家で僕が見たものは、首をつったS君の死体であった。急いで学校へ戻り、その事を先生に伝えたのだが、先生が警察を連れてS君の家へと行ったときにはS君の死体は消失していたのだった!? その後、S君は意外な形で僕の前に姿を現すのだが・・・・・・。この事件の謎を解こうと、僕は妹のミカと捜査を始めるのであった。

<感想>
 この道尾秀介という人の作品を読むのは始めてである。今回、「2006年本格ミステリー大賞」にノミネートされてことにより手に取った作品である。そして読んでみたのだが・・・・・・いや、これは何というか、何とも言えない作品というか、ジャンル分けというものが非常に難しい作品である。ただ、読んだ感触では角川ホラー文庫あたりから出ていてもおかしくないかなと思えた作品である。

 はっきり言って序盤の展開はあまり好きなものではない。最初はもう本当にホラー色が強いという感じであり、何とも“嫌な”気分にさせられる内容で、読み進めて行くのが辛かった。しかし、中盤以降になり、S君の事件の捜査がどんどん推し進められてゆくようになってからは、物語に自然と引き込まれた。そして、後半ではこれぞ新本格推理とも言いたくなるような探偵役による推理が述べられ、一気に読み込ませられてしまった。

 設定にSF的なものがある故に、アンフェアだと感じられたり、ややなんでもありかなと思えるようなところも多々あった。また、登場人物らから語られる事件の事象も決して正しい事が述べられているわけではなく、そういったうえでも推理小説としてはどうかなと考えられる。しかし、それにも関わらず、本書は推理小説ではないと斬り捨てる事ができないのである。あえて斬り捨てるよりも、変わった形態の推理小説であると受け入れたくなってしまう妙な魅力を有している作品であった。

 いやはや、また妙な作家がひとり出てきてしまったものである。今後もどのような作品を書いてゆくのか注目したいところである。とりあえず、このような新人作家が登場した、という事を知りえただけでも今回は収穫であったといえよう。


骸の爪   7点

2006年03月 幻冬舎 単行本

<内容>
 怪奇作家の道尾は従弟の結婚式のために滋賀県へと向かった。しかし、ちょっとした行き違いによりホテルの予約がとられておらず、知り合いの仏像の彫師の工房へと泊まることになった。道尾はそこでも奇妙な出来事に遭遇する事に・・・・・・。彼は夜中に仏像が笑うのを目撃し、しかも血を流す仏像までもを見ることになる・・・・・・そして謎の「マリ・・・マリ・・・」という声を・・・・・・。なんでも、この工房では20年前に彫師のひとりが行くヘ不明になったというのだが、それは今回道尾が目撃した出来事と関連があるのか!?
 気になった道尾は真備らを引き連れて、その彫師たちの工房“瑞祥房”へと再び訪れたのだが・・・・・・

<感想>
 この「骸の爪」という作品が色々なところで評価されていたので、慌ててこの作品の前作となる「背の眼」とそろえて買ってきて、そしてようやく本書も読了する事ができた。で、実際に読んでみての感想といえば、確かによくできていると思える作品であった。

 今作では導入の部分は少し強引のようにも思えた。前作では舞台が旅館であったゆえに気軽に舞い戻る事ができたわけだが、今回の舞台は仏像の工房。いくら見学者を宿泊させてくれるとはいえ、事件というほどのものが起きていない段階で、しかも追い出されたにも関わらず、主人公の道尾が他の2名を引き連れてまた戻ってくるというのはさすがに強引すぎなのではと思われた。

 ただ、気になったのはそのくらいで、3人が工房へと来てから具体的に事件も起こり、そこからは一気に物語が加速して、あっというまに最後まで息をつかずに走りきったという印象であった。

 神秘的な様相を見せるいくつかの仏像、二十年前の失踪事件、現在起こった失踪事件、さらにはちょっとした数々の不可解な出来事。それらがひとつに結びつき一連の事件として形として表されてくる。

 読み終わってからも、正直言ってあらかじめ犯人を当てるとか、推理するとか、そういう読み方をするような内容ではないかなと思えた。ただ、この不可思議なさまざまな事象を、事件の流れの中にあてはめて、きちんとした解釈をするという事件解決の構成については唸らされた。二十年前から現在に到るまで、それら全てが決してひとりの意志ではないのだが、さまざまな思惑が結びついてまるで一連の事件であるかにように見せるという話の作り方も見事である。

 本書はあくまでもミステリではあるのだが、感心させられるのはその筋立てといってもよいのではないだろうか。このさまざまな事象を用いて、一連の物語に仕立て上げるという力量は感心するほかはない(ただし、物語を創る上では順序は逆なのかもしれないが)。

 ということで、話題になっていた本なのであるが、大変満足して読むことができた。これは今後も道尾氏の活躍が楽しみであるといえよう。

 そういえば、今回の作品では結局、超自然的な出来事はほどんどなかったような・・・・・・


シャドウ   7点

2006年09月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 母親が癌で亡くなり、小学生の我茂鳳介は父の洋一郎と二人で生活する事になる。葬式のときには両親共に親しかった水城徹・恵夫妻とその娘で鳳介と同級生の亜紀の三人が駆けつけてきてくれた・・・・・・なのに数日後、水城恵が飛び降り自殺を遂げる。二つの家族の間に潜む闇の正体とはいったい・・・・・・

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<感想>
 これまたひと言では語れない内容のミステリが構築されている作品である。

 事件は親密な付き合いのある二つの家族の中で起こっている。ただし、序盤は事件というほどのものは起こらずに、一方の家庭の母親の病死、そしてそれを発端にしたかのようにもう一方の家庭の母親が飛び降り自殺をしてしまう。その飛び降り自殺をした原因も父親の不倫によるもののようで、一見事件性は感じられず、ホラー的な不気味さのみがただよう作品と感じられた。しかし、しだいにその事件の構造が明らかになることによって、物語は複雑な様相を帯びてくる。

 本書で変わっていると思えたのは、全体的をひとつの事件と見たときに、登場人物それぞれが自分自身の考えに基づいて行動しているのにも関わらず、それが偶然にも単純な流れの事件のように見えてしまうというところである。事象のひとつひとつを紐解けば、実は各人がそれぞれの思惑から行動を取っており、その構造は複雑なものとなっている。その複雑な構造が合わさる事により、偶然にも違う流れの単純な事件と見えてしまうのだから面白い。

 よって、読んでいる側からすれば、序盤はさほど裏のないような(もしくは一見、裏に潜むものが明らかなような)事件と受け止めてしまうのだが、後半にどんどん読み進めているうちに、事件のさらに奥深くの真相に気づかされる事となる。

 というように本書は読み手を驚かせて止まない作品に仕上がっている。作品のなかで起こる事件は結構悲惨極まりないようなものなのであるが、最後に見られる父と子の絆と、子どもの意外な成長ぶりが作品に一筋の光を投げかけている。


片眼の猿   6.5点

2007年02月 新潮社 単行本

<内容>
 盗聴専門の私立探偵事務所“ファントム”。そこの唯一の調査員、三梨は大手の楽器メーカーから産業スパイの正体をさぐってほしいという依頼を受けて、長期にわたって潜入捜査を行っていた。そんなおり、ある噂を聞きつけ、ひとりの女性を自社にスカウトすることに。そのサングラスをかけた女性は夏川冬絵といい、他の私立探偵事務所で働いているが、三梨の仕事を手伝ってもよいと言う。三梨は夏川の手も借りて再び捜査を始めていくのだが、すると殺人事件が勃発し・・・・・・

<感想>
 本書を読んでいる最中、色々な部分があいまいにぼかされていたり、文章を読んでいてどこかおかしいなということを多々感じさせられた。これはなんらかのトリックを仕掛けているのだろうなと漠然に思いながら読んでいたのだが、やはり多種多様な(というのは言い過ぎか)トリックが仕掛けられていた。基本的には多くの叙述トリックが仕掛けられているのであるが、それがまた、これでもかというくらいの数が仕掛けられている。最後まで読めば、誰もがその手の込みように感心させられるであろう。

 といようにトリックが多数含まれている様相を見ると、最近私が読んだ「トリックスターズ」という作品を思い起こしてしまう。本書もどれだけ多くの仕掛けられたトリックを見破れるかを競うかのような内容であるとの感じられる。

 ただし、本書はそれだけではなく、探偵社で働く人々や、そこに関わる人々との触れ合いを描いた作品でもあり、その数々のトリックが明らかになる事によっていっそう、主人公の周辺に住まう人々との密接な関わり合いが浮き彫りにされるように描かれている。実は本書は、意外とアットホームな作品と言ってもよいのかもしれない。


ソロモンの犬   6点

2007年08月 文藝春秋 単行本

<内容>
 アルバイトで自転車便の配達をしている大学生の秋内は雨宿りするために入った喫茶店で偶然に3人の友人と出くわす。大学の同級生の羽住智佳、友江京也とその恋人の巻坂ひろ子。彼らはつい最近起きた、ある事故のことについて話し始めた。それは幼い友が偶然と思われる事故によって命を失ってしまった事件のことである。その事故が実は何者かによって仕組まれたものであったのではないかと・・・・・・

<感想>
 純粋にミステリというよりは青春小説という色合いのほうが濃いように思える。ミステリとしての謎に対するトリックというよりは、物語の流れ上におけるトリックというように感じられた。とはいえ、著者が仕掛けているのはミステリとしての謎だけではなく、本書はそこここに仕掛けがなされたミステリ小説としても機能している。

 と、そんな感じで、なんとも先の読めない青春ミステリ小説であった。今までの道尾作品のなかでは「片眼の猿」に近いトリック小説という風に表現しておいたほうがいいのかもしれない。そんなわけで、予備知識をいれずに早めに読んでおいたほうがよい作品といえよう。作品としては小粒のようにも思えなくもないが、それなりに楽しめる小説として仕上げられている作品。


ラットマン   6点

2008年01月 光文社 単行本

<内容>
 結成14年のアマチュアバンドのメンバーのひとり姫川亮は、元バンドのメンバーであり現在はスタジオのスタッフをしているひかりと付き合っていた。ある日、亮はひかりから妊娠したと告げられる。ひかりは子供をおろすといい、亮はそれに同意する。
 亮は幼い頃、姉が自殺するという不幸にみまわれていた。その姉が自殺したときに父親が残した言葉が未だに耳についていた。「俺は正しいことをした」。そして今、亮はあのときの父親と同じ行動をとることを決意する・・・・・・

<感想>
 この作品は内容云々というよりも、設定した主題をうまくとりこんで生かすことができた作品、とでも言ったらよいであろうか。

 タイトルになるラットマンとは、心理学で用いられる“ラットマンの絵”から来ている。この絵やタイトルが意味するものは、複数の人が同じものを見たとしても、常に人は自分の信じたいものを脳裏に描いてしまう、ということではないかと考える。

 本書では一見、明らかと思える状況においても、ひとぞれぞれに自分の思い込みのみを信じてしまうということが起こる。そして、その異なる思い込みが話を複雑にしてゆくのである。

 今までの道尾作品からすると本書は「向日葵の咲かない夏」あたりが似たような作風といえよう。そこに、主題といえるものをもってきて、さらに物語全体を締めることができたのではないかと感じられた。かなり地味な作品ともいえるが、著者の問いかけが伝わりやすい作品であることは確かである。


カラスの親指   6点

2008年07月 講談社 単行本

<内容>
 詐欺師を続けながら細々と生活する中年男の二人組み。ある日、そんな彼らの生活の中にひとりの少女が舞い込んで来ることに。その彼女もなにやら曰くを抱え込んでいるかのよう。彼らは、現状の生活から脱するために、とある計画を練り、行動に移そうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 今回の道尾氏の作品は、小説中でも触れているのだが、いわゆる“コンゲーム”と呼ばれるような騙し合いの作品となっている。最近、道尾氏の作品はこのような作風のものが多くなっている。これはこれで楽しむ事ができるものの、できれば本格路線の話も書き続けてもらえればと思っている。

 本書は、後半にいたるまでは詐欺師が主人公のアットホームなドラマ仕立てのような作品と感じられるであろう。とあることから人生に落後し、普通の人生を送れなくなった者たちが身を寄せて生活する様子が描かれた作品かのように思われた。

 しかし、後半に入り物語は大きく動き出し、本書が落後した者達の再生の物語であると気づかされることになる。

 後半はまさに“コンゲーム”ならではという展開が目白押しであり、十二分に楽しませてくれる作品といえよう。ただ、本書は実際に面白い作品であるのだが、道尾氏の作品に期待するような面白さとはちょっと違うような気がしてならない。確かに本格系の作品を書き続けるということは難しいことなのかもしれないが、もうそろそろ「骸の爪」などにつながるような道尾作品が読みたいところである。


鬼の跫音   7点

2009年01月 角川書店 単行本

<内容>
 「鈴 虫」
 「ケモノ」
 「よいぎつね」
 「箱詰めの文字」
 「冬の鬼」
 「悪意の顔」

<感想>
 読む前は、ホラー系の短編集かなと思い、それほど期待せずに読んだのだが、これがどうして非常にすぐれた作品集であった。確かにミステリ系というよりは、ホラー系というほうがしっくりとくる内容なのであるが、どれもが必ず最後の一波乱あるような終わりかたをしている。雰囲気に惹き込まれ、恐怖に圧倒され、最後に驚愕させられというような短編作品がこれでもかと並べられているのである。

 特にうまくできていると感心させらたのは「冬の鬼」。これは日記を時系列逆順に並べたように進められる作品となっているのだが、最後の最後でミステリとしてのどんでん返しというよりも、ホラーとしての驚愕さが圧倒的に上回るように描かれている。まさに、やられたとしか言いようのない作品。

 他にも一見少年の成長物語に見えてしまう「ケモノ」、熱烈な恋のよって殺人を犯してしまう「鈴虫」などというインパクトのある作品が収められている。ただし、そのどれもが最初の印象のまま物語が終わるとは限らないので覚悟して読んでいただけたら幸いである。

 というよりもむしろ、変にかまえずに驚愕を味わうことの快感をぞんぶんに楽しんでいただけたらと思うので、なんの先入観もなしに読んでいただくのが一番ではないだろうか。間違いなく今年の注目本となる作品なので読み逃しのないように。


龍神の雨   6点

2009年01月 角川書店 単行本

<内容>
 すべての事件が起こったのは、降りしきる雨のせいであったのか!?
 添木田蓮は実の母親が亡くなったため、妹と義父との三人暮らし。しかも義父が全く働かないために蓮は学校へ行かず、働かなければならなくなり、苦しい生活を強いられる。そんなある日、連は義父を殺害しようと企て・・・・・・
 小学生の辰也は実の父親が亡くなったため、兄と義母との三人暮らし。ある日、辰也は父親の死に疑問を抱き始め・・・・・・。さらに辰也とその兄は降りしきる雨の中、とある光景を目撃してしまうことに・・・・・・

<感想>
 読み始めたときは貴志祐介氏描く「青の炎」という作品に似ていると感じられた。義父の殺害を企て、完全犯罪をなしとげようとする少年の話かと思われた。しかし、そこから幼い兄弟(兄はそれほど幼くないのだが)が登場し、別の物語を展開し始め、様相は変わってくることとなる。さらには、物語の後半へと行くにつれ、前半での固定概念が覆され、異なった風景が見え始めてくる。

 ミステリ作品として、驚愕の展開ともいえるのだが、道尾氏の作品を読み続けているものにとってはそれほど大きな驚きではないとも言えるだろう。今までの作品のなかでは「シャドウ」あたりに作風が似ているかなという気がした。

 本書はこれはこれで面白い作品となっているのだが、個人的にはもうひと捻りくらい欲しかったなと思わなくもない。まぁ、道尾氏らしい良作ということで。


花と流れ星   6.5点

2009年08月 幻冬舎 単行本

<内容>
 「流れ星のつくり方」
 「モルグ街の奇術」
 「オディ&デコ」
 「箱の中の隼」
 「花と水」

<感想>
「鬼の跫音」に続いての第2短編集であるが、こちらはノン・シリーズではなく、「背の眼」などに登場するキャラクターによるシリーズ作品集である。「鬼の跫音」を読んだときも感心したのだが、この作品集もよくできている。道尾氏が短編の書き手としても優れているということが、これら2作品で証明されていると言えよう。

 最初の「流れ星のつくり方」はシリーズ作品のちょっとした一風景を示しただけの作品かと思われたのだが、最後まで読んでみると儚さや薄ら寒さなどといったさまざまな印象を抱かされることとなる。

「モルグ街の奇術」はトリックとしては、有名なものをモチーフにしたといえるのだが、その謎が語られる前の異様な設定や謎解きが終わった後の居心地の悪さの方に印象が残る。

「オディ&デコ」と「花と水」は日常の謎系と言ってよいようなライトなもの。ただ、どちらの作品にもちょっとした悪意が込められており、ホラー的な要素で味付けされたものとなっている。

「箱の中の隼」は奇想系のミステリ作品。語り手が宗教法人の建物の中で奇怪な体験をするというもの。ただ、このページ数の短編として収めてしまうには無理があったような気もする。もう少し長いページ数でじっくりと見せ付けてくれたほうが面白い作品になったような気がして、やや残念に感じられた。


球体の蛇   

2009年11月 角川書店 単行本

<内容>
 17歳の友彦は父親の転勤により、近所に住む橋塚家にあずけられることとなった。そこは元々親子姉妹の4人暮らしであったが、母親と姉が亡くなり現在二人暮らし。そこに友彦は居候することになる。主人の乙太郎はシロアリ駆除の仕事をしており、友彦はバイトという立場で、その手伝いをしていた。そうして、二人でシロアリ駆除の仕事をしていたときに、とある女性と出会うことに。その女性が橋塚家の亡くなった姉のサヨに似ていることから、友彦は惹かれ始め・・・・・・

<感想>
 道尾氏描く青春小説。あらかじめ、ネットなどによりミステリではなく青春小説であるということを知ってたので、気にならなかったが、ミステリだと思って読んでしまうと肩透かしに合うかもしれないので注意!

 ミステリ的な帰結はないとはいえ、いつもの道尾氏らしい小説であったので十分堪能することはできた。基本的には高校生が年上の女性に恋する話。それが、過去のトラウマや家族との結びつきなどが生じてしまうからややこしい関係になるというもの。ある意味、通俗のドラマ的であると言えなくもないのかもしれない。

 どろどろとした話が苦手だという人には不向きかも知れないが、なんとなくミステリっぽい青春小説ということで十部読むに値する小説といって良いであろう。個人的には過去の事件をあいまいにせず、もう少しはっきりとしたけじめを付けてもらった方が納得がいくのだが。


光媒の花   

2010年03月 集英社 単行本

<内容>
 第一章 「隠れ鬼」
 第二章 「虫送り」
 第三章 「冬の蝶」
 第四章 「春の蝶」
 第五章 「風媒花」
 第六章 「遠い光」

<感想>
 連作短編集のようでいて、実はそうでもなかったりと、どっちとらずになってしまったような短編集。

 第一章と第二章とのつながりはそれほどでもないにしても、第二章と第三章は密接につながっている。さらには第三章と第四章にも重要なつながりがあった。ただし、第四章については大きなつながりがあるというだけで、話自体には特に生かされていない。その後の作品についても、ちょっとしたつながりがあるというくらいで、連作短編のような体裁をとった意味がわかりづらいものとなっている。

 この作品集がミステリとしての体裁をとっているかどうかは、最近の道尾氏の作風からすれば取るに足りないことであろう。個人的にはミステリの体裁をとってくれたほうが好みであるが、著者自身はそこまでミステリ自体にこだわってはいないように感じられる。よって、好きなものを書いてくれればいいと思うのだが、本書についてはどっちの路線にするのか迷った挙句に中途半端になってしまったという気がしてならない。

 前半の作品はミステリ的な要素が強いので昨年出版された「鬼の跫音」に近い作風なのかと思えたのだが、後半はそれがトーンダウンしてしまい、物語的な要素の方が強い作品になっている。ここでの章ごとの作品は個々に雑誌に掲載されていたゆえに、統一しなかったというよりは、結果として統一しきれなかったというように思えてしまう。ミステリとしてのネタが続かなかったのかな、と思うと残念でならない。

 多作の作家ゆえにミステリのみにこだわると、書き続けるのが難しいことであろうと思われる。それならば、中途半端にミステリ的にせず、物語ならば物語、ミステリならばミステリという具合に切り分けて、たまにでいいから鮮烈なミステリ作品をあげてもらえたらと期待したい。


月の恋人 〜Moon Lovers〜   

2010年05月 新潮社 単行本

<内容>
 高級家具専門会社“レゴリス”の若き社長・葉月蓮介。会社の業績は順調に伸びているものの、古参の社員とぎくしゃくし、会社の運営に独りで悩む。
 派遣社員の椋森弥生。派遣会社を首になり、やけっぱちで旅行へ行った上海で葉月蓮介に出会う。
 家具の工場で働いていたシュウメイ。しかし彼女が働いていた工場はレゴリスに買収され、職を失ってしまう。そんなとき、レゴリスからモデルをやってみないかと誘われるものの、悩んだ末にたった一人の肉親である父親がいる日本へと向かう。

<感想>
 月9ドラマのために書き下ろしたという、ちょっと変わった作品。そういう背景もあって、ミステリからは程遠い内容であろうと思い、買いはしたもののなかなか読む気にならず、気がつけば1年も経っていた。ようやく読みはしたものの、まぁ、普通の恋愛ドラマだなという予想通りの感想。

 上記の内容も、なんか箇条書きになってしまったが、要するにそういった背景を持つ3人の男女の恋愛を描いた作品になっている。ただ、三角関係とかドロドロとしたものにはなっておらず、基本的には社長と元派遣社員のラブロマンスに落ち着いている。ドラマのほうは、本作品と若干内容が異なっているということなので、もう少し恋愛の要素を濃くしたのではないかという気がする。

 読みやすかったのでそれなりに楽しめたとはいえ、わざわざハードカバーで買う本ではなかったかなと。道尾氏には色々な作品を書いてもらって、今後そういった経験を集約するようなより良いミステリを書いてもらえたらと願っている。


月と蟹   

2010年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 小学生の慎一は父親を亡くし、母親と共に祖父・昭三の家にやっかいになっていた。慎一はこの土地に引っ越してきたものの、学校ではクラスメイトとなじむことができず、春也とのみ打ち解けることができ、放課後はいつも二人で遊んでいた。二人は自分たちだけの秘密の場所を見つけ、そこでヤドガリを火であぶりながら願い事を祈るという遊びを繰り返していた。そんな二人の秘密の場所に、慎一が鳴海という女の子を連れてきたことにより、春也との友情にヒビが入ることとなり・・・・・・

<感想>
 思っていた以上にミステリ的な部分がなかったなと。もうこれは普通小説と言ってもおかしくないくらいの内容。

 途中で、慎一と春也という二人の少年がヤドガリに祈りを込めることによって、その出来事が実現するというあたりから、サスペンス的な展開へと流れていくのかなと思ったのだがそうでもなかった。あくまでも現実は現実であり、決して意外性のないまま話が進んでいくこととなる。
 結局、物語は慎一少年の心情にスポットを当て、家族のことと友人のことに悩みながら日々生活を過ごしていくという内容に終始していた。

「球体の蛇」という作品あたりからこうした傾向の作風がだんだんと強くなってきたような気がする。個人的には道尾氏のミステリ作品を読みたいと思っているので残念なことである。こういった文学系の作品を書くこと自体は悪くないと思うのだが、できれば読む前にミステリか非ミステリかくらいはわかるようにしてくれると読む側も選ぶことができて助かるのだが。


カササギたちの四季   5点

2011年02月 光文社 単行本

<内容>
 リサイクルショップ・カササギ、店長の華沙々木と唯一の社員である日暮。二人で店を経営しているものの、赤字続きの状況。しかも華沙々木は謎めいた事件らしいことがあると商売そっちのけで首を突っ込み、その後始末に日暮が追われ・・・・・・

 「春 鵲の橋」
 「夏 蜩の川」
 「秋 南の絆」
 「冬 橘の寺」

<感想>
 なんとも座り心地が悪いというか、気持ち悪い感触の作品であった。何が気持ち悪いのかといえば、主人公らを含めた登場人物のほとんどがひとりよがりで行動し、一切周囲と話し合わずに事を済ませようとするのである。

 本書の主人公は、勝手に名探偵と思いこみ行動する華沙々木(かささぎ)と、“誰々のため”と勝手に思い込んで行動し続ける日暮、そして華沙々木の探偵ぶりを手放しで称賛し続ける中学生の菜美の3人。

 奇妙なのは、この3人が常に別々に物事を考え、思いこみ、一切を他の誰とも話し合わずに勝手に行動し続けること。

 短編の最初の2編「鵲の橋」と「蜩の川」は完全に犯罪を犯した側の、ひとりよがりというか、自分勝手な行動により周囲が迷惑を被るというもの。特に「蜩の川」では、加害者やその周囲の人々のひとりよがりな行動が目につく内容。

 さらに、そういった行為を象徴しているのが「南の絆」。ここで起こる事件は主人公のひとり菜美の家庭にまつわる話なのだが、ここで登場する人物たちが周りの人たちと一切コミュニケーションをとらず、それにより悪い方へ悪い方へと感情が流れてしまっている。最後に日暮がとる行動も決してそれがベストとは思えず、むしろ菜美の感情を安定させるのであれば、真実を話した方が良いようにさえ感じられる。

 ここで大きな問題なのは、日暮がそうした問題をパートナーである華沙々木と一切相談しないというところにある。むしろ、そうした問題を心を開いて話すことができずに、何ゆえパートナーとして働くことができるのかが不思議である。

 最後の短編「橘の寺」については、登場人物が感情を吐き出し、たがいに気持ちのやり取りをしているので救いようのある話となっている。しかし、それ以外については疑問符しか浮かばないような内容であった。日暮の“〜のため”という感情がどうにも気持ちの悪い感触を残してしょうがない。


水の柩   

2011年10月 講談社 単行本

<内容>
 老舗の旅館の後継ぎである吉川逸夫は中学二年生。後継ぎといっても祖母から強く薦められているだけで、自分では将来をどうするかを悩んでいた。ある時、同級生の敦子からタイムカプセルの中に入れた手紙をすり替えようと誘われる。なんとなく手伝うこととなった逸夫であったが、後に敦子が強い思いで手紙のすり替えに挑んでいたことを知り・・・・・・

<感想>
 ミステリでも何でもなく、しかも児童小説であった。これにはさすがに参った。

 老舗の旅館に住む少年が家族のことや将来のことで漠然と悩むという内容。ただし、その悩みについてもさほど大がかりなものではなく、いたって普通の少年の生活模様。普通の少年が普通の生活から、ちょこっとはみ出すような冒険をしたという感じ。

 しかし、この作品は何歳くらいの人を対象としたものなのだろう。主人公と同じくらいの中学生くらいがちょうど良いだろうか。とはいっても、テーマが漠然としているのでわざわざお薦めするようなものでもないような気がする。

 どうもここ最近、道尾氏の作品が自分にとっては合わないものになってきた。よっぽど評判が良いもの以外は、もう追わなくてもいいかもしれない。


藐の檻   6.5点

2014年04月 新潮社 単行本

<内容>
 大槇辰男はあるときから夢を見るようになった。それは、幼少期に長野県のO村に住んでいた頃の夢だった。当時、自分の父親が死亡する事件が起き、それがもとで母親と二人村を出ることとなった。そのときの事件が32年ぶりに、とある人物の死亡事故により思い起こされることとなる。夢に悩まされ続ける辰男は、離婚した妻と暮らす息子を連れて、長野県のO村を訪れてみることに。そこで、昔起きた事件の真実を徐々に知ることとなり・・・・・・

<感想>
 ここのところ、道尾氏の作品から離れていたのだが、久々にミステリ長編を書いたという事で読んでみることに。そして実際に読んでみたのだが・・・・・・うーん、面白いのだけれども、なんとも惜しいというか、ミステリっぽいのだけれど、ミステリになりきれてないというか、なんとも言えない作品となってしまっている。

 雰囲気としては民俗ミステリ風となっている。現代においての物語とはいえ、重要な部分は村で起きた過去の事件にあり、郷愁を思い起こさせるような内容。主人公は過去に起きた事件を夢で思い返すこととなり、さらないは子供時代の記憶を探りつつ、真相に迫っていくこととなる。さらには、現代においても事件は起こるのだが、それがあまり事件らしくないところがやや食い足りないところ。

 もう少し、現代に重きをおいてもらいたかったというか、それなりの事件を描いてもらいたかった。結局、現代においてたいした事件が起きないために、過去の事件を掘り起こすのみで終わってしまっているところがもったいない。

 ただ、過去の事件が食い足りないかというとそんなことはなく、それはそれで構造上よく出来ていると感じられた。一見単純な構造の事件に見えるのだが、それが事件に関わりのある人物たちの思い違いにより、厄介で暗い事件へと変貌してしまっているのである。

 過去の事件がよく出来ていたがゆえに、もう少し全体的にミステリ色を強くしてくれればよかったのになと思わずにはいられない。ミステリ色が薄くなってしまうと、ひとりの男の独白と過去の思い起こしだけにしかならなくなってしまう。しかもせっかく探偵らしき人物まで用意したわりには、それさえも生かしきれなかったのはもったいない。とはいえ、今後もこういう作品を書いてくれれば、新刊もどんどんと読んでいきたいと考えている。


いけない   6点

2019年07月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「弓投げの崖を見てはいけない」
 「その話を聞かせてはいけない」
 「絵の謎に気づいてはいけない」
 「街の平和を信じてはいけない」

<感想>
 久々に道尾氏の作品を読んでみようかと手に取ってみた一冊。それが読んでみてびっくり、短編作品の最初の話が2010年に東京創元社から刊行されたアンソロジー「蝦蟇倉市事件」に収録されていた作品なのである。久々に目に触れた・・・・・・というか、ようやく単行本として日の目を見ることとなった作品なのか。他2編は、その最初の作品の設定を元に“蝦蟇倉市”で起こる事件として描かれたものとなっている。そして最後の作品で、全体の締めが・・・・・・という感じ。

「弓投げの崖を見てはいけない」を久しぶりに読んだのだが、今になって読んでもなかなか面白い。とある事故から派生することとなった復讐劇を描いた作品。復讐者が実は!? などと、色々と驚かされるポイントがある。また、この「いけない」という作品群では、最後の1ページに図または写真を添えることにより思いもよらぬ真相をあぶりだすという趣向がなされている。この作品に関しても(実は読み終えた後、すぐに気づかず、続きを読んでいて気づくこととなったのだが)ちょっとした驚きの趣向がなされている。

「その話を聞かせてはいけない」は、打って変わって子ども視点のいじめの話。中国人の子供が日本になじめずいじめられるというもの。ただし、それだけではなく、近所の文房具店で驚くべき事件に巻き込まれることとなる。読み終えても、最初は何も感じなかったのだが、最後に添えられた写真をよくよく見てみると・・・・・・

「絵の謎に気づいてはいけない」は、密室での殺人・・・・・・なのか、それとも単なる自殺か? ということを言及した内容。何気に最初の「弓投げの・・・・・・」に直結した内容となっている。事件自体は単純と言ってよいのかもしれないが、人間関係の構造のようなものは、ちょっと複雑になっており、何度かページをめくり直して内容を再確認した作品。最後の1ページに関しては、この作品集のなかでは、ちょっといまいちであったか。

 そして、最後にひとまとめがなされているが、この作品集らしいなんとも言えない結末が付けられている。後味が悪いとしか言いようがないものの、うまくこの不気味な街の様相を表しきったと言えよう。


いけないU   6.5点

2022年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 第一章 明神の滝に祈ってはいけない
  一年前に行方不明になった姉を探そうと妹は願いをかなえる滝のそばにある山小屋へと・・・・・・
 第二章 首なし男を助けてはいけない
  肝試しで友人を驚かせようと、伯父の力を借りて、首無し人形をつくって仕掛けをしようと・・・・・・
 第三章 その映像を調べてはいけない
  息子を手にかけて殺したという老夫婦であったが、当の息子の死体を警察は見つけることができず・・・・・・
 終 章 祈りの声を繋いではいけない
  不明だった謎の全てはここで明かされることとなり・・・・・・

<感想>
 前作「いけない」を単行本で読んでいたので、こちらも思わず単行本で購入してしまった。最近あまり道尾氏の作品は読んでいないので、何故かこのシリーズだけ手に取っていることになる。ちなみにこちら、タイトルは“U”となっているものの、前作とは全く関係のない内容であるので、こちらから先に読んでも全く問題はない。

 一応、形態としては短篇集であるのだが、全編でひとつの通しの物語と捉えることもできる。それゆえに、飛ばし飛ばし読まずに、最初から順番に読んでいくべき作品となっている。先に第二章から読む人はいないと思えるが、それだと第一章のネタバレになっている部分があるので要注意。

 最初の「明神の滝に祈ってはいけない」が結構衝撃的な結末を迎える作品となっている。行方不明の姉を探し、滝に祈ることを考える女子高生。そして怪しげな山小屋の案内人。二人の思惑が交錯したときに、起こる悲劇とは・・・・・・ということが語られているのだが、実は結末を迎えてもよくわからないところがあった。しかし、最後に示される写真を見て考えてみると・・・・・・なるほど、そういう思惑が秘められた作品であったのかと感嘆。何気に、この一作目からやられてしまう。

 ちなみにこの一作品めの内容がよくわからないという人も、続けて読んでいけば、第二章でネタが明らかにされているので、とりあえず読み進めていけば大丈夫。実はこの作品、ほぼ同じ地域で起きた事件をそれぞれ描いたものとなっていることに気づかされる。

 第二章はさほど驚きがすくなかったかなと。最後の結末の動機がやや納得できなかったような。第三章もちょっと微妙な点があった。何気に警察の捜査がおざなりというか、捜査力が足りないというか。

 ただ、終章において、第三章で微妙と思えた点や、その他始末が付けられていなかった部分に補足がされることとなり、本書が全体で一つの作品として昇華することとなる。これはなかなかうまく書いているなと。最後の最後に表される写真によって終幕を迎えるものの、もはやすべてが手遅れであると・・・・・・




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