<内容>
探偵の榊原は、とある人物に依頼され、北川家にまつわる事件の調査を行う。その家は代々病院を営んでいたのだが、家長の死により借金をかかえ、妻と子供たちは家を出ることとなった。その後、残った家族もいくつかの事件に遭遇することとなる。榊原は関係者たちから話を聞き、調査を進めていくと、そこには驚くべき真相が・・・・・・
<感想>
読んで思ったのは、文章がしっかりしているなと。新人離れした作調であり、しっかりとした作品に仕上げられていた。雰囲気としてはミステリというよりは、ホラー的な味わいがある。昔読んだ角川ホラー大賞の「黒い家」を思い起こさせる。
ただし、本書は単なるホラー系の作品として終わっているわけではなく、最終的には伏線を回収し、小さな事象から推理を巡らせ、ミステリ的な展開もきちんとなされている。なかなか読み応えのある作品と言えよう。
とはいうものの、特に目新しいという作風でもないし、なんとなく結末も予想されてしまうので、驚愕というほどの内容ではなかった。また、個人的には探偵の榊原については詳しい書き込みがなかったほうが良かったのではないかと思える。第1章は聞き込みのみで、榊原という人物像がわからないため、より不気味に見えたのだが、榊原の人物像が見えてしまうと不気味さ加減がなくなり、その後は普通の小説のように感じられてしまった。榊原という人物を謎のままにしたほうが、より“鬼畜の家”というタイトルのように、いっそう不気味さを増すことが出来たのではないだろうか。
<内容>
妻に対してストーカーまがいの行動をしていた男が、妻と間違えてその姉を殺害してしまった事件。宝くじが当たったことによって人生が変わり、そこから派生した2つの事件。ちょっとした事故から両親を殺害してしまったことにより逃亡をしていた男が遭遇する奇妙な事件。実はこれらの事件には全て裏があり・・・・・・
<感想>
昨年「鬼畜の家」で第3回“ばらのまち福山ミステリー文学新人賞”を受賞した深木氏の2作品目。前作が本格ミステリというよりも社会派サスペンス系というような印象があり、読む前はこの作品もそういった内容なのだろうと思っていた。そういうわけで、実は著者の深木氏に対しても、この作品に対してもそれほど期待はしていなかった。それが読んでみると・・・・・・もう、やられたとしか言いようがない。実にうまくできている作品。
最初、序章でちょっとした事件が語られるものの、そこから「廣田家の殺人」「楠原家の殺人」「鷹尾家の殺人」と別々の事件が続いていく。まさか短編集? と思いきや、最終章「衣更月家の一族」により全てが収束されていく。ただ、このように話を聞いても、途中読んでいて、別々に起きた何の関係もなさそうな事件が関連していくというようには全く思えないであろう。それが思いもよらない形で全貌が明らかにされることとなる。
最後に明かされる真相を聞いていて、ややわかりづらいと思ったのだが、提示される表により、一気に全貌が簡単に示されることとなる。うーん、うまくできているなと、ただただ感心。
世間的にさほど注目されている作品だとも思えないので、読み逃している人や、読む気がなかったという人も多いのではないかと思われる。ただ、この作品は読み逃すと損をすると強く主張したい。これは間違いなく、今年の注目作品のひとつとなることであろう。
<内容>
パリの田舎町ラボリ。そこにそびえ建つ曰く付きのゴラーズ家の屋敷。そのゴラーズ家の屋敷に住むことになった夫と妻。夫に隠れて屋敷の秘密を探ろうとする妻と、妻に隠れて行動する夫。二人の行動が錯綜し、見え隠れしていた事件の全貌が徐々に明らかとなって行き・・・・・・
<感想>
昨年、「衣更月家の一族」でブレイクした深木氏の最新作。今作も、その期待に応える意欲作となっている。
この作品では外国が舞台となっている。とある曰く付きの屋敷を中心にサスペンス活劇が繰り広げられる。構成は夫と妻の二つのパートが交互に語られながら物語が進んでいくというもの。単なるサスペンス風の物語と思いきや、最後に意外な結末が待ち受けている。
当然のことながら、騙されまいと思いつつ読んでいたのだが、結局最後の最後まで仕掛けに気がつくことなく読み進めていた。後から、さまざまな伏線がこれでもかと言わんばかりに張り巡らされていたことに気付かされた。
雰囲気的にも、ホラー系のサスペンス色が存分に発揮され、物語を強めていると感じられた。実にうまく描けている。注文を付けるとすれば、“構造”という部分がうまくできている分、肝心の物語自体がやや薄味であったかなということ。ゴラーズ家の人々の事件に対する動機について、もうひと工夫ほしかったところ。
<内容>
弁護士の衣田征夫は、不慣れな刑事事件を担当することとなった。容疑者は知人であり、衣田を是非ともと指名してきたこともあり、断ることができなかった。容疑者・峰岸諒一は、放火によって義理の父親を殺害したという罪により起訴された。状況証拠やアリバイの拙さ、また、取り調べ中にいくつかの嘘の証言をしたことから、峰岸は間違いなく犯人であろうと考えられていた。また、峰岸は依田に弁護を頼んだにもかかわらず、彼に本心を打ち明けようとしないのである。そうしたなか、裁判が始まることとなったのだが、思いもよらない出来事が待ち受けることとなり・・・・・・
<感想>
深木氏による4作品目。新人作家にもかかわらず、すでにベテランの域に達したかのような著者であるが、深木氏の履歴を見ると、元弁護士で60歳を機に執筆活動を始めたとのこと。なるほど、これは確かに文章から老獪さを感じ取ることができるわけだと納得。本書はその経験を生かしてか、弁護士が主要人物のひとりとなり、法廷場面も繰り広げられる内容となっている。
この作品は3部構成でできている。第1部は事件の発端と法廷場面。第2部では、事件に間接的に関係のある二人が事件の経緯を異なる視点で詳しく語っている。そして第3部にて真相が明かされることとなる。
第1部では、刑事事件に不慣れな弁護士が、腑に落ちない行動をとる容疑者に悩まされる。さらには、裁判を通しつつも、事件が思いもよらない方向へとさらに動き始めてゆく。第2部になり、徐々に背景が詳しく語られてゆき、人間関係の相関図がきっちりと組み立てられてゆくこととなる。とはいうものの、決して核心にせまるわけではなく、まだまだ不透明な部分や謎が残される。
第3部にて、次々と思いもよらぬ人物が登場し、徐々に真相へと近づいてゆくこととなる。個人的には、ミステリ的な謎よりも、全編を通じて、思いもよらぬ人物の登場という場面のほうがサプライズを感じられた。とはいえ、話全体に丁寧に伏線が張り巡らされており、真相に向けての解決の準備は虎視眈々と行われていたことがよくわかる内容。やや地道な感じはするものの、丁寧に作り上げられたミステリ作品であるということは間違いない。なかなかの佳作。
<内容>
山荘で起きた妻子転落死事件。被害者が生前残した告発文により逮捕されることとなったその夫。容疑者とされた夫も供述を行うが、それは妻が残した告発文とは異なる内容。果たしてどちらが正しいのか!? 弁護士である睦木怜は、関係者から話を聞き、証言を積み上げてゆく。そうして集められた証言のなかに隠された真実とは?
<感想>
この作品の著者である深木章子氏は元弁護士であったという。この作品を読むと納得してしまうのだが、裁判における供述内容とか、そこから読み取ることができる詳細な内容、さらには証言をしている者の人格の表し方だとかが、非常にうまく描かれている。
この作品で取り上げられる事件は妻と子がベランダから転落死したという事件。その事件の容疑者として夫が殺人容疑で逮捕される。何故、逮捕されたかというと死亡した妻が生前、自分は殺されるかもしれないと言いう告白文章を残していたからである。容疑者となった夫による供述もなされるのであるが、両者の証言には食い違いがみられることに。果たして、実際には何があったのか? 誰が嘘をついているのか? その謎を弁護士の睦木怜がさまざまな証言をもとに掘り下げていく。
さまざまな供述者の証言を照らし合わせることによって真相を見出していく洞察力に感嘆させられる。そうすることにより徐々にあらわになる、夫と妻との間で起きたちょっとしたすれ違い、さらにはとある人物の中で芽生える殺人の意志、それら事細かいディテールが見事に描かれている。
派手さはないものの、登場人物の心象をうまく書き表したミステリ小説となっている。供述形式で描かれた手法が見事にはまっていると言えよう。また、探偵役である弁護士の存在をほとんど前面に出さないまま全編話を進めるというところも物語にマッチしている。法廷場面が描かれていない法廷小説、もしくは供述小説(こんな表現があるかどうか)として完成された作品。
<内容>
「天空のらせん階段」
「ざしき童子は誰?」
「犯人は私だ!」
「交換殺人はいかが?」
「ふたりはひとり」
「天使の手毬唄」
<感想>
読む前は、副題の軽さからライトなミステリを想像していたのだが、実際に読んでみるとなかなか歯ごたえのある作品という事がわかる。単に軽そうなミステリとして読み逃すにはもったいない。深木氏の本格ミステリに対するこだわりが垣間見える作品集。
物語の流れは、元刑事である君原に対し、その孫である樹来(じゅらい)が、かつて経験した事件を根掘り葉掘り聞いてゆく。そして、最後に樹来が事件に対し警察とは別の見解を述べるというもの。ここで語られる事件が、なかなかしっかりしたものであり、実に読み応えがある。さらには、密室殺人から、交換殺人、ダイイング・メッセージ、見立て殺人とバラエティにとんだ内容のものが用意されている。
「天空のらせん階段」は、密室殺人とらせん階段に仕掛けられたとあるトリックが語られる。
「ざしき童子は誰?」は、事件後逃走した5人のうちの一人が幽霊であったという話が語られる。
「犯人は私だ!」は、ダイイング・メッセージに秘められた事件の真相が明かされる。
「交換殺人はいかが?」は、学校で起きた毒物混入交換殺人事件の真相を推理する。
「ふたりはひとり」は、二組の双子にまつわる旅館で起きた殺人事件が語られる。
「天使の手毬唄」は大企業を襲う、見立て連続殺人事件の謎に迫る。
なんといっても目を惹くのは、短いページ数にも関わらず、それぞれで語られる事件自体が非常に濃いものとなっていること。それぞれ魅力的な事件が用意され、さらにいえば、そこに驚愕の真相が用意されている。「天空のらせん階段」のトリックはなかなかのもの。「交換殺人はいかが?」の手の込んだ殺人計画についても目を見張らされる。そして「ふたりはひとり」は、ある種“双子”というものの裏をかいた事件とも言えよう。
警察側があまりにもなさけなくも感じられるのは置いといて、素直に純粋な本格ミステリを楽しめる作品集。これは是非とも続編を読んでみたいと思わされる内容。また、深木氏には長編でも、こうしたトリックなどを取り入れたガチガチの本格ミステリ作品を書いてもらいたところである。
<内容>
法律事務所を経営する中堅弁護士の横手皐月。事務員の佐伯裕美と共に20年間二人三脚でやってきた。そんな横手の事務所に、大学時代の先輩であった辻堂俊哉がやってくる。辻堂は結婚しているのだが、西舘という別の女性と付き合っており、妻と離婚して一緒になりたいと考えているという。ただ、妻が離婚に応じないため、離婚協議を取り扱ってもらいたいというのである。しかし、辻堂の妻は離婚協議どころか、夫の愛人である西舘に対し、損害賠償を請求してくる始末。その損害賠償の件で裁判が行われようとしたところ、突然に西舘が失踪してしまうことに! 西舘の行動に納得のいかない横手は、なんとか西舘の行方を追うことができないものかと考える。しかし、そうしたなか予想だにしなかった殺人事件が弁護士会館の中で起きてしまう! いったい何が起こっているというのか? 事態を整理するべく、横手は友人であり刑事弁護士でもある睦木怜に相談をする。
<感想>
タイトルからして、本格ミステリ色が強いものを連想してしまったが、中身は弁護士ミステリという感じ。特に弁護士事情について詳しく書かれた作品になっていて、弁護士の実態や裁判についての知識などを得ることができる内容。
ただ、それでは単に弁護士物語として仕立て上げられているだけかといえば、当然ながらそれだけにはとどまらない。最初は離婚協議から始まってゆくのだが、突然の失踪から、さらには不可解な殺人事件にまで発展してゆくこととなる。しかもその殺人事件が弁護士会館のなかで行われる始末。そして事件が起きれば起きるほど、残された者はいなくなり、結局誰が何のために起こした事件なのかという謎を突き付けられることとなる。
事件が弁護士会館で起こるということについては、もちろん作中での必然性もあるのだが、著者が感じたセキュリティの脆弱性を取り上げたという気がしてならない。それでも、第一容疑者ともいうべきものに、強固なアリバイがあるなかで、いったいどのように殺人事件が行われたのかという謎については、非常にうまく解き明かしていると思われた。
不可解な事件が、ひとつの真実が明かされることをきっかけに、全ての事柄がきちんと見出されるという描き方は見事である。ただ、徐々に容疑者がいなくなり、登場人物が少なくなってしまうと、なんとなく大まかなところについて、予想が立てられるようになってしまうところは残念か。また、事件が起きている時にはそれなりの不可能性を感じられたのだが、真相が明かされると、どこか全体的にこじんまりとしてしまうところは、もったいない。
最初は、横手皐月弁護士シリーズなのかと思ったのだが、読んでいくとどうやら本書も睦木怜弁護士シリーズということになるようである。
<内容>
田沼清吉法律事務所で働く椿花織は、そこで事務員として働きつつ、今は亡き田沼の妻が残した飼い猫のスコティの世話も引き受けていた。あるとき、花織は猫のスコティと話すことができるとわかり、それからは二人でミステリ談義などを繰り広げることとなる。スコティは花織に、密室トリックの問題を出し、それを花織が見事に解き明かしたりと、満喫する日々を過ごしていた。そんなある日、法律事務所に泥棒が入り、金庫の中身が盗まれることに! 容疑者として、最近事務所に来ていた依頼人の3組が挙げられたのであったが・・・・・・
<感想>
読み終えて冷静に考えてみると、実は普通レベルのミステリ小説だったのではないかと思われる。ただし、それを変化球気味の展開で、あえてややこしく描いた作品といえよう。ある種のメタミステリ感もあったりと、考えに考えて書いているのだなと感心させられる。
前半は、法律事務所で働く主人公とネコとの邂逅が描かれる。そして、その事務所に依頼にやってくる厄介な人々、夫と別れて愛人と結婚しようとする夫人、遺産を譲り受けようと画策する甥夫婦、ろくでなしの息子をかばう夫人。最初は単に法律事務所に来る厄介な人々を描いただけなのかと思いきや、きちんとこれらの人が後半に起こる事件の容疑者として扱われることとなる。
そうした法律事務所でのゆったりした日常が繰り広げられるかと思いきや、後半は打って変わって、思いもよらない展開が待ち受けることとなる。その展開を明かしてしまうとネタバレになってしまうので、詳しくは語らないが、事務所の金庫から盗まれた宝石の行方とその他もろもろを巡っての推理が繰り広げられるのだ。前半はある種、ファンタジー的に語られているといってもよさそうであるが、後半からはいつしか現実的な展開へとシフトしていくこととなる。そこでさまざまな謎が明らかになるのだが、ただその真相については、やけに推測で終わってしまう部分が多かったような。本書については、ミステリとしての結末云々よりは、物語の展開のさせ方に見るべきものがある作品であったという印象。
<内容>
幸田真由里は、行方不明となった兄の行方を捜していた。そのきっかけとなったのは、書店で手に取ったベストセラー作家・黒碕冬華の本。その内容が昔、兄が書いていた小説の内容に酷似していたのである。ひょっとして、黒碕冬華は兄ではないかと。調べてみると、黒碕冬華は覆面作家で二人の作家によるペンネームとのこと。同じく弟の行方を捜していたフリーライターの新城とともに黒碕冬華の正体を探っていると、二人の元に招待状が届けられた。黒碕冬華が執筆活動をしている屋敷に来てもらいたいと。その屋敷とは、かつて人が消えたと噂される曰く付きの屋敷であり・・・・・・
<感想>
覆面作家の正体は、自分たちの親族ではないかと疑いを持った二人が、その覆面作家から招待され、いわくつきの謎の屋敷へ向かうという内容。そこで起こる不可解な事件が描かれてゆくこととなる。
舞台が移って、本番となる“消人屋敷”で物語が展開するようになってから、何か違和感を感じるようになってゆく。そこで行動する屋敷の外から来た二人組ともうひとり屋敷の外から来た編集者、そして屋敷に住まう二人。互いの思惑がせめぎ合い、対立する感情が飛び交う中で、大きな事件が起き、そこからさらに不安定な状態へと陥ることとなる。
途中、中盤から後半にかけて微妙な展開が続くこととなるのだが、そこには大きな意味が隠されている。ただ、ミステリ作品を読み慣れている人であれば、なんとなくその違和感に気づいてしまうのではなかろうか。何気にわかりやすいトリックであったように思える。
個人的に残念に思ったのは、“消人屋敷”の曰くについての真相。ここは、もっと大掛かりなものを期待していたのだが、意外とさらっとし過ぎていたかなと。過去の曰くについては、決して本題ではないのであろうが、そこがしっかりしていたら作品に対する評価もだいぶ上がったのになと。
<内容>
法学部4年生の君原樹来は妹・麻亜知の友人である葛木夕夏から相談を受ける。なんでも彼女は10年前に誘拐事件に遭ったことがあり、その件でつい先日警察から聴き取りを受けたという。ただし、夕夏の事件は身内である叔父の犯行と分かり、夕夏も無事に帰ることができたことにより、終決したという。ただし、犯人と見なされる叔父の行方はわかっていない。それなのに警察が今になって動き始めた理由は、夕夏の事件のすぐ後に別の誘拐事件があり、そのとき誘拐された男児の死体が発見されたからだと。樹来は事件調査に乗り出し、元刑事である祖父に相談し・・・・・・
<感想>
過去に起きた二つの誘拐事件を描いた作品。その誘拐事件のひとつは、被害者が無事に解放され、犯人と目される被害者の叔父が失踪したという状況で終結。もうひとつの誘拐事件は、さらわれた子供の両親が、事件捜査中に共にそろって逃亡したことにより、家族による狂言と見なされ終決。こちらは誘拐された子供と両親、そろって失踪したまま。そして10年後、最初の誘拐事件でさらわれた女児が今は大学生となり、彼女の元に警察が訪ねてきたことから事件捜査が再開されたことを知ることとなる。
本書は深木氏の作品「交換殺人はいかが?」で登場した樹来が大学生となり、事件解決に挑むという作品。なお、そのとき樹来と共に登場していた元刑事の祖父が老人ホームで暮らしており、樹来の良き相談相手となっている。
どこか裏がある昔の事件と感じられ、多数の失踪者がいるなかで、それらの失踪者が本当に犯人なんだろうか? と疑問に思えるところも多々ある。といって、では何ゆえにそんな事件を起こしたのかという不明な点も存在する。そうしたなかで、最後に明かされる真相はなかなか意外なもの。
もの凄く意外なトリックを使ったとか、目新しいトリックを使ったとか、そういったことはないものの、うまく読者の目をくらましている作品であるなと感嘆させられる。これは描き方の妙なのであろうなと。部分部分は予想がつくところもあるものの、全貌を推理しきれる人はいないのではないかと思われる。ただ、著者はしっかりと、その真相に対する伏線を張っているので、鋭い人であれば、真相を見抜けるのかもしれない。
<内容>
第一話 便利屋
第二話 動かぬ証拠
第三話 死体が入用
第四話 悪花繚乱
<感想>
深木氏によるピカレスク小説。悪人たちが跳梁跋扈し、富を得る、逃げ切る等々のおのれの欲望を達成しようと奮闘する内容。ただ、その中で謎の人物“便利屋”という存在が重要な役割を果たすこととなる。
本書は基本的には短編集であるが、後半の作品に前半で登場した人物が再登場することもあり、ひとつの長編というようにも捉えられる。そしていろいろと登場する悪人たちが自身の生き残りをかけて行動していくことになるのだが、最後に笑うのは誰? という感じで物語の幕引きへとなだれ込んでゆく。
ピカレスク小説として楽しめる小説ではあるのだが、肝心の“便利屋”という存在が、あまりにも万能すぎて微妙に思えてならなかった。最後に、この便利屋というものが何らかの秘めた目的を明かすことになるかと思いきや、そういう展開でもなかった。それが現実的なピカレスク小説に、超自然的な要素が介在したように感じられてしまうので(しかも一番重要な役割として)、そこが納得しづらかったかなと。この便利屋というものがあまりにも“便利”過ぎてしまい、それゆえに描き切るのが難しくなってしまったのではないかというジレンマを感じてしまう。
「便利屋」 誘拐事件に秘められた真相と便利屋の役割。
「動かぬ証拠」 互いの不倫を暴こうとした夫婦の代償と思惑。
「死体が入用」 葬儀屋に自分の葬儀を頼んだ男の顛末。
「悪花繚乱」 美人局に引っかかったドラ息子を助けようと母親は・・・・・・
<内容>
「便利屋」
「動かぬ証拠」
「死体が入用」
「悪花繚乱」
「替え玉」
「旅は道連れ」
「飛んで火に入る」
「狼たちの挽歌」
<感想>
2019年に「極上の罠をあなたに」として出版された作品に4編の短編が追加された作品。ゆえに、ボリュームでいえば倍となるので、もはや独立した別の作品といってもよいほど。そんなわけで、単行本で購入していたのだが、追加加筆されたこちらの文庫版も購入して読むことに。ただ、こういった売り方はどうかと感じてしまうところもある。
単行本で読んだときは、終わり方が中途半端と感じられた。それがこの文庫版では、しっかりと話に結末のようなものが付け加えられ、ようやく話がまとめられたという感触である。なんといってもこの作品で重要と思われるのは、“便利屋”の正体と思惑についてと言えよう。
ひとつひとつの短編の中身はというと、悪人たちが出てきて、それぞれ騙しあいをして、まるで生き残りゲームであるかのような展開を繰り広げるものとなっている。作品全体でみると、実はひとつのテーマがあり、それはP県警察本部部長の四宮が我が物顔で汚職を繰り広げていることからP県の治安が乱れていると言うことが取りざたされている。その汚職の実態を取り締まろうとする勢力が暗躍しつつ、謎の便利屋はいったいどちらの勢力に与するものなのかというところも焦点となっている。そういった背景の中で、都築警部補は便利屋の存在を追っているうちに、やがては私立探偵となり、いつしか自分の人生が便利屋に翻弄されているという感情に陥ってしまうこととなる。
そんな感じで繰り広げられていく話であるのだが、ひとつひとつの短編作品は面白いと思われる。ピカレスク小説というような感じで、悪人たちの騙しあいを堪能できる。ただ、全体的としてひとつの作品としてみた感じでいうと、ちょっと微妙な感じでもあった。とりあえず便利屋の正体を明かし、そこに一段落付けて物語に結末を付け加えたということは良かったと思われる。ただ、その正体と最後の「狼たちの挽歌」で繰り広げられる行動のいくつかについては、登場人物のキャラクターに矛盾が生じるような感じがしてならなかった。最後の最後まで、出てくるものすべて、もっと悪人らしくしてくれても良かったのではなかろうか。
「便利屋」 市議会議員の権田滋の息子がさらわれた誘拐事件。偽札と無事保護された子供。捜査する捜査一課の都築警部補。その裏で暗躍する便利屋の謎。
「動かぬ証拠」 妻が自分の腹違いの弟と浮気をしていることを疑う会社社長の網島圭介。現場を押さえようとした圭介は何故か、弟の殺害容疑で警察に捕まる羽目となり・・・・・・
「死体が入用」 葬儀社にやってきた奥田康司は、自分の葬儀をしてもらいたいと依頼する。式当日、奥田が死体を用意してきたことにより、無事に葬儀は進行し・・・・・・
「悪花繚乱」 ドラ息子の片倉憲太は美人局に会い、挙句の果てに殺人まで犯してしまい、母親に泣きつく。資産家の母親はコネを使って事件を処理しようとするが・・・・・・
「替え玉」 私立高校の校長・戸部貞行はかつて有力者の子息を大学に入れるために替え玉受験を図ったことがあった。そして、また同じような替え玉受験を行う羽目となり・・・・・・
「旅は道連れ」 ゴルフ場の経営者・鷲尾篤郎は便利屋を使って、偽装の妻との旅行を計画し、その最中に偽装自殺を図って、失踪しようと計画するのであったが・・・・・・
「飛んで火に入る」 信用金庫の暑気払いパーティーで起きた食中毒事件、その背景には仕掛けられた罠が見え隠れし・・・・・・
「狼たちの挽歌」 P県警察本部刑事部長・四宮駿介と便利屋を巡る事件の顛末は如何に!?
<内容>
昭和41年、楡家を襲う毒殺事件が起こる。二人が毒により死亡するという事件が起きるものの、一見、誰が犯人なのかわからぬ状況。しかし、警察は犯人を割り出し、逮捕する。それから40年の月日が経ち、殺人犯として捕らえられた男は仮釈放される。男は、とある人物に書簡を出し、自分の無実を訴えるとともに、真犯人を指摘しようとするのであったが・・・・・・
<感想>
毒殺ミステリって、ありがちだけれど面白い作品が少ないような気がする。誰が、どのタイミングで毒を盛ったかというところのみに終始して、作品としてはあまり広がりようがないように思えるせいなのかもしれない。ただ、本書では思わぬ展開の連続となっており、読み応えのある“毒殺ミステリもの”が描かれている。
最初に毒殺事件が起こり、その検証が続くのか、はたまたさらなる殺人事件が起こるのかと思いきや、いきなり犯人が捕まってしまうことに。そして40年の時を経て、真犯人探しが始まってゆく。その真犯人探しも、普通の検証ではなく、なんと往復書簡によるものという奇抜な展開。しかもそれが、真犯人が浮かび上がったかと思いきや、それが否定され、新たなる真犯人が浮かび上がってゆくといいうことが往復書簡により繰り返されていく。この展開はまるでバークリーの「毒入りチョコレート事件」を想起させるようなもの。
そして最終的に真犯人の存在が浮かび上がることになるのかと思いきや、もう一波乱が待ち受けている。まさしく40年の時を経た事件にふさわしいといえるような幕の引き方。読み終えてみれば、ミステリ濃度がやけに濃い作品であったと感嘆させられることに。令和の時代に描かれた昭和テイストなミステリ作品と言うところも独特の雰囲気を醸し出している。
<内容>
冬木栗子が働く老人ホームにて、ひとりの老人が自殺するという騒動が起きた。その後、彼の後を追うようにしてか、失踪して行方がわからなくなる入所者が出てしまう。警察が捜査するも、行方はわからず、その老人は死んでしまったのだろうと噂される。栗子は、この騒動に納得のいかないものを感じ、入所者で元刑事である君原に相談する。なんとか事件の謎を解こうとするも、さらなる事件が起きてしまい・・・・・・
<感想>
3年ぶりの新作。これまでは精力的に作品を出してきた深木氏であったが、今回はちょっと間が空いたようである。その新作であるのだが、ちょっと今までの作品とはテイストが異なるような感じがする。老人介護施設を舞台としているゆえに、深木氏と同じくらいの時期に“ばらのまち福山ミステリー文学新人賞”受賞作となった叶紙器氏の作品を思い起こす。そんなこともあってか、なんとなく深木氏の作品ではなく、別の人の小説を読んでいたような気分。
まぁ、普通という感じであったかなと。老人ホームにおける自殺事件、失踪事件、死亡事件を扱い、それらの根底に隠れた謎を見つけ出すというもの。確かに結末を聞けば、これしかない、と思うようなものではなるものの、それでも動機としてちょっと微妙であったかなと。こういった“施設”で働く者の憤懣を表したような作品であったようにも思われる。
途中で、幻聴のようなものを聞き、施設から退所していった者のエピソードが挟まれていたのだが、それについて最後に何の言及もなかったような。特に伏線的なエピソードではなかったのかな? 普通に病を描いたというだけであったのかな?
<内容>
以前に起きた事件で(「消人屋敷の殺人」)たまたまコンビを組むこととなったフリーライターの新城誠と編集者の中島好美。その後、二人は親しくなり、付き合い始める。そんなある日、知り合いの編集者経由で、失踪したノンフィクション作家の行方を探してもらえないかと依頼を受ける。その作家の妻は、夫の失踪を公にはしたくないらしく、彼らに依頼をしてきたのである。引き受けた二人であったが、調査を進めていくうちに、その作家の秘められた過去が明らかとなってゆき・・・・・・
<感想>
今作は文庫書下ろし。「消人屋敷の殺人」に続いて、フリーライター新城と編集者・中島のコンビが活躍する作品。
今作のテーマは“失踪”。突如消えたフリーライターの痕跡を探ることとなる。調査を進めてみても、何を取材していたのかもわからず、全く痕跡を辿ることができない。そこで、失踪した男の過去を掘り起こすこととなり、そこから不可解な事項が見え始める。また、失踪調査を依頼した、失踪人の妻も独自に捜索を始めてゆき、事態は思いもよらぬ方向へと向かい始める。
シンプルな作品でありつつ、しっかりとサプライズ性も加味されており、うまくまとめられた作品であると感じられた。失踪人調査ものの小説の手本となりえそうなくらい端正にできている作品。伏線と言うほどではないのだが、各所に一人の男の人生の葛藤と真相に関わることがちりばめられており、うまく作られていると感心させられた。