<内容>
芝居小屋桔梗座の娘・秋子が子供のころ、若き座長・蘭之助を座長とする旅一座が公演を行っていた。“から井戸”を使用するという大技を使う公演の末、死亡者が出たものの、旅一座から失踪者も出て、事件はうやむやとなった。それから15年後、桔梗座が最終公演を行うという際に、特別出演をする役者が15年前に行われた公演と同じ出し物に挑戦すると言い出す。そして再び殺人事件が起き・・・・・・
<感想>
ページ数の薄い作品ながら、事件関係者の感情が見事に込められた作品となっている。事件が起きたときは派手なトリックを使用した作品と思われたものの、内容としては心理的なミステリ作品という印象。
舞台に関わった者の過去と現在の感情を見事に描き出している。また、事件の裏に秘められた真相が明かされることにより、残酷な結末が導かれることとなる点もうまくできていると思われた。真相が明かされることにより、作中にあまり登場していない人々の感情も色々と垣間見えてくるところは見事と言えよう。
<内容>
絶海の孤島に建てられた少女達のための更生施設。その施設が火災にあい、3人が死亡するという事故が起こる。更生施設を再建するために、ひとりの修道女(マ・スール)がこの島に送られてきた。そのマ・スールの目が見抜く、この島に隠された真実とは!?
<感想>
講談社ノベルス25周年記念復刊作品として購入した本・・・・・・なのだが、ページをめくってみるとどこかで読んだような気が。調べてみると、扶桑社ミステリー文庫にて「花の旅 夜の旅」という作品の中に表題作ともうひとつの長編作品として収められていたのがこの「聖女の島」であった。よって既読であり、感想も以前書いていた。とはいえ、内容の大半は忘れていたので、今回の再読もそれなりに新鮮な気持ちで読む事ができた。また、今回繰り返し読んだことにより、前回読んだときよりもいっそう作品に深く触れられたように思われる。
この作品は詳しい説明がなされないままに物語が始まり、不安定な立ち位置のままにどんどんと物語が進行していく。話が進んでいくことによって、この作品が誰のための物語であるのか、徐々に知らされるように描かれている。ただし、詳しく全ての内容を確定するようには書かれていないので、ある程度は読者の想像にまかせるように描かれているといってもよいであろう。そうした不安定の形のまま物語を終わらせてしまうところが幻想的とも感じられ、本書の魅力のひとつとなっている。
語りつくされる物語ではなく、そこにあるものから真実を読み解く物語。そして、それぞれの読者が描く真実というのは決してひとつでなければいけないというものではないのであろう。そうしてひとりひとりの読者のもとにマ・スールが現れいずるのであろう。
<内容>
蔦屋重三郎は人気絵師の歌麿に去られ、新たな絵師を探していた。そんなとき役者崩れの“とんぼ”と名乗る男の絵を見て、重三郎はこの男を鍛えて人気の絵師に仕立て上げようと・・・・・・
<感想>
皆川氏の作品で長らく文庫化されていなかった本書。それが昨年、初の文庫化。昨年購入していたのだが、半年くらいの間、積読にしてしまっていた。
写楽といえば、幻の絵師であり、正体が謎ということで、それにまつわる色々な本が出版されている。本書も写楽の正体について言及した作品。ただ、その正体については特に有名人というわけでもないので(たぶん)、サプライズ性やミステリ性があるような内容ではない。単に、それにまつわる物語を描きたかったというところであろうか。
ちなみにこの作品、元々は舞台の脚本として描いたもののようで、その後ノベライズ化したとのこと。そんなこともあってか、舞台に特化したという意義が強い作品と言えるのかもしれない。
そんなわけで、作品としては江戸の文化を垣間見えることができる物語を楽しむものという感じ。当時の“絵”に対する民衆の反応や、幕府の対応、そして絵師の生活などが事細かく描写されている。なんとなくではあるが、当時の絵師も今現在の世における絵師と呼ばれる人たちも、商業的にも世間の認識的にもあまり変わっていないのではないかと思えてしまう。
<内容>
第一次大戦下のドイツとポーランドの国境近く、コンラートはひとりの負傷兵を連れて戦線から逃げだした。古い僧院を見つけ、そこに身を寄せると、ホフマン博士がひとりで暮らしていて、負傷兵の手当てをしてもらうことに。ホフマン博士は人里離れたこの地で、人間と薔薇を融合するという実験をひとりで行っていた。コンラートは、そこに住むこととなり、薔薇の手入れを請け負い始める。やがて、平和と思えたこの地にも戦線の影響が覆い始め・・・・・・
<感想>
文庫版で刊行された当時に買ったので、12年ものの積読。ページ数が分厚いので、なかなか手を出すことができなかった。タイトルこそ密室とついているものの、中味は戦争を背景とした幻想小説となっている。
ある種、歴史ものの普通小説といってもよいような内容であるのだが、そこに書かれている内容の虚実がはっきりしないので、幻想小説という捉え方が良いのであろう。最初こそ語り手として登場するコンラートであったが、それが他の人が語り手のパートになると、彼自身が実在の人物であったのかさえわからなくなる。すべては、ドイツから逃れてゆくこととなるミルカという少女が読んだ本の中身のことなのか? それとも果ては誰かの夢なのか?? という感じ。さらには、過去に死んだかと思われた人物が語り手として登場してきたりと、目くるめくような流れの作品となっている。時系列はある程度はっきりしているように思われるが、場面が変わると、それまでの出来事の虚実が危うくなるという描き方をした物語。
全体的に印象が強く、しっかりと描かれた物語ではあるものの、はっきりとした答えが与えられるような内容のものではない。あくまでも戦争の雰囲気をリアリティを醸し出しつつも、幻想的な枠組みの中で捉えたような小説であるという感じ。
<内容>
戦争のさなか、空襲が日を追うごとに激しくなるにつれて疎開してゆく人々も多くなり、女学校へと通い続ける生徒の数も少なくなっていった。そんな中、阿部欣子は同級生の三輪小枝と仲良くなる。やがて、欣子の母と妹が亡くなり、欣子は三輪小枝の家へやっかいになる。ある日、小枝は三輪に一冊のノートを見せる。そこには“倒立する塔の殺人”というタイトルが付けられていた。そのノートには何人かの者が、それぞれ自分の体験したことや物語を書いていったものだというのだが・・・・・・
<感想>
容赦のない小説だ、というのが一番の印象。この“ミステリーYA!”というレーベルについてだが、低年齢層にミステリ作品をひろめるというような意味合いが強いと考えている。それがこの「倒立する塔の殺人」では大人が読むにも充分耐えうるどころか、低年齢層では若干難しいのではと感じられるほどの内容である。
一応、本書はミステリ作品という体裁はとってはいるものの、戦時中の様子を描いた小説とか、文学少女系小説とか、そういう感じのほうが強い作品と思われる。“倒立する塔の殺人”というタイトルが書かれたノートに何故、複数の人たちが物語を描いていったのか? そして、その内容に秘められた謎とは? といったミステリ系の要素は多々含まれているものの、なんとなく文学系少女達のお遊びといった趣が強いというふうにとらえられる。
と、そんなことでミステリ系や文学系どちらにも対応できる作品ながらも、中高生の女の子あたりに薦めるのが一番よいような感じがする。
<内容>
18世紀ロンドン、外科医ダニエルは5人の弟子たちとともに、本来なら禁止されている解剖学を、実際に死体を用いて研究していた。警察の目から逃れようと死体をいったん暖炉の隠しの中へ避難させた後、死体をそこから出そうとすると何と他の死体まで発見された! ひとつは四肢を切断された少年の死体。もうひとつは顔をたたきつぶされた男の死体。これらの死体はいったいどこから来たものなのか? そして何者なのか?
事件が起こる数か月前に小さな村からロンドンへとやってきた詩人志望の少年ネイサン・カレン。詩人としての才能が認められ、すぐにでも詩人として生活していけると甘い考えを持っていたネイサンであったが、その思いとは裏腹に徐々に持ち金が減っていく始末。そんなとき彼は暴動に巻き込まれ収監されてしまう羽目となり・・・・・・
こうした事件を受けて盲目の治安判事ジョン・フィールディングは捜査を開始してゆく。彼は徐々に真相を明らかにし、やがて犯人を追いつめていくこととなるのだが・・・・・・
<感想>
欲を言えば、もうひと超え欲しかったかなと。予想外と想定内というものがあるのだが、ある程度が想定内というか、ストーリーそのままに収まってしまうというところがややもったいない。
ミステリとしての焦点は、死体の正体と、どういった理由により殺害されたのかということ。そしてその内容を補完するかのようにネイサン・カレン少年の話が平行して物語が語られてゆく。徐々に明らかになる外科医ダニエルをとりまく様々な状況。兄との確執や経済的基盤について。そしてダニエルを取り巻く弟子たちの思惑。
こうした事象が絡み合い、ひとつの道筋が徐々に明らかになってゆくこととなるのだが、その道筋がほとんど物語の流れ上語られるとおりであり、最後に大きく見方が変わるというようなものではない。思いのほか、“物語上そのまま”という感じがし、サプライズ性はやや薄目。
それでも最後の最後でひとつのどんでん返しが待ち受けているのだが、意外性というよりは、きっちりと伏線が張られていたということに驚かされる。物語全体としては、それなりにうまくできていると思えるのだが、読んでいる方はもっと大きなどんでん返しがあるのではないかと勝手に期待し過ぎてしまうような内容。基本的には詩的であり叙情にあふれた著者らしい端正なミステリ作品として仕上げられている作品と言えよう。
<内容>
オーストリア貴族の血を引く双子は、シャム双生児として生まれたため、存在を隠されて育てられた。やがて手術が成功し、別々に育てられることとなったものの、家の跡取りであったはずのゲオルクは、決闘騒ぎを起こし放逐され、アメリカ大陸へとわたることに。一方、実家から遠ざけられたユリアンは、存在を隠されたまま少年ツヴェンゲルと共に育てられる。ゲオルクは、アメリカにて映画監督として名をはせる一方、ユリアンはツヴェンゲルと共に秘密を抱えたまま生き続け・・・・・・
<感想>
すでに文庫も出ているのだが、私が購入したのは単行本にて。4年の積読の末、読み始めたものの、長大な作品ゆえになかなか読み終えることができなかったが、なんとか読了。ミステリっぽいところもあったものの、基本的には重厚な物語という赴きが強い作品。
双子であるゲオルクの視点とユリアンの視点が交互に語られてゆくという構成。ゲオルクは、貴族の跡継ぎでありながらも家から放逐されてしまうのだが、アメリカで映画監督として逞しく生き続ける。一方ユリアンは、友人ともいえるツヴェンゲルと共に閉ざされた世界のなかで暮らしてゆくことを強いられる。
興味深いのは、主人公である二人の対比であり、ゲオルクのほうは、ユリアンのことはほとんど意識せず、自分の人生のみをひたすら突き進んでゆく。一方ユリアンのほうは、ゲオルクの存在を意識しつつ育ち、そしていつしかゲオルクにとって代わるような行動に出始めることとなる。
双子でありながら、互いに関係なく育ちつつも、実は要所要所で二人の人生や運命が交錯し合っていたということが、徐々に明らかにされてゆく。そして最後には、互いがその存在を意識しながら終焉を迎えてゆくこととなる。ただ、双子という事実がありながらも、ユリアンの話は妄想であり、本当の話ではないのではとも感じ取れなくはない。最後まで語りつくされたはずなのであるが、どこかまだ秘密を抱えたままの物語のように感じられ、幻想的な余韻をいっそう感じられる物語となっている。時代の雰囲気と幻想的な物語を堪能できる大長編小説。
「水底の祭り」
「牡鹿の首」
「赤い弔旗」
「鏡の国への招待」
「鎖と罠」
「まどろみの檻」
「疫病船」
「風狩り人」
「聖 夜」
「反聖域」
<感想>
積読になっていた作品。皆川博子氏の傑作短編を集めた作品集とのこと。日下三蔵氏により監修が行われている。全体的に男女の関係というか、特に女の情念が生々しく感じられる作品集であった。ミステリ色は、若干込められているものもあるというくらいの面持ち。ゆえに、完全なるミステリ作品集というわけではない。どこかミステリ的な展開を拒否しているとさえ思えなくもない。
登場人物が皆が皆、内に抱え込んだものがあるものの、それを出し切れずに終わってしまうという形式のものが多くみられた。「牡鹿の首」は、はく製師の女性が最後にひと悶着起こすかと思いきや感情を抑えきり、「鏡の国への招待」では老齢のバレエの指導者が事件を告発するかどうか迷ったところで終わってしまう。こんな感じで、情念は煮え立つものの、最後の最後に煮え切らないまま話が終わってしまうという感じの作品集が多かったように思える。
そうしたなかで「聖夜」だけは、煮えたぎったものが爆発したような。といっても、その爆発の描写については読者にお任せしますという感じになっている。
その他、戦争の影響というものが感じられた作品もしばしば。「疫病船」などはダイレクトに戦時中を感じさせるような内容であったし、その他についても戦時中のいざこざや、戦後の混乱した状況のなかの日本を描いているという風にとらえられたものがいくつか見られた。どの作品も、ミステリとしてこだわらなければ、小説として良い味を出していると言えるだろう。