光原百合  作品別 内容・感想

時計を忘れて森へいこう   6点

1998年04月 東京創元社 単行本
2006年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 高校生の若杉翠は、校外学習の際に自然解説指導員の深森護と出会う。翠は護の人柄に触れ、自然環境教育を行っている彼の元を度々訪れることに。そして、翠の身の回りで起きた出来事について、度々護に相談することとなる。そうした相談や悩みを護は鋭い観察力で鮮やかに解き明かす。

<感想>
 昔、単行本で読んだ作品を文庫で再読。どんな内容であったかすら忘れていたので、初読の気分。一応、流れとしては一つの話となっているが、三つの別々の事件を解決するというような形で描かれているので、短編集ともとれるような内容となっている。

 事件とは書いたものの、実際に解決するのは犯罪などではなく、人の心のありようについて解釈をなすというようなもの。殺人事件は起きないが、人の死に直面した者たちの心の内を読み取り、心を癒す方向にもっていくという試みがなされている。推理というよりも、セラピーっぽい作品。

 1話では、女子高生と教師の衝突を見た者が、教師が単に暴力を働いたのではないかと疑うというもの。
 2話では、恋人を亡くした男が、その恋人の生前の行動を疑い、悩みを抱えるというもの。
 3話では、カップルの過去から現在に至るまでの生い立ちに関する悩みに立ち入るという話。

 こういった悩みや葛藤について、鋭い洞察力を持つ自然解説指導員の深森護が解き明かすというか、セラピーを行う。と、そんな内容であるので、従来の推理小説とはまた異なるものとなっている。自然環境教育を行っている共同体というものも含めて、人との関わり合いと、心の癒しというようなものを紹介するような作品とも捉えられるように思われる。何気に、あまり類を見ないような小説という気もするのだが、推理小説というジャンルのなかでは目にしない作品であり、他のジャンルの小説であれば、こういったような内容のものは珍しくないのかもしれない。


遠い約束

2001年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
「遠い約束」
 浪速大学文学部に合格し、憧れのミステリ研究会へも温かく迎えられた吉野桜子は、ある日の例会で三人の先輩たちに協力を仰ぐ。年季の入ったミステリマニアだった大叔父がこの春亡くなった。おそらく暗号の形で遺言のありかを示しているはず。門外漢には見つけられないであろうその遺言を一緒に捜してほしいと・・・・・・

「消えた指環」
 ミス研の合宿に来たとき、女子浴場の脱衣所で他の合宿に来ていた者たちの指環の消失騒動に巻き込まれた桜子。

「「無理」な事件 関ミス連始末記」
 関ミスの合同行事で、女性作家を招きインタビューを行うことに。その席上で、ある仕掛けをして観客に問題を出すという趣向をするはずだったのだが、そこで予想外の展開に・・・・・・

「忘レナイデ・・・」
 とある女性の元に九年前、小学四年生とときに書かれたと思われる手紙が届く。その送り主は小学四年のときの引っ越す前の同級生で、現在、彼がどうしているかを知人に尋ねたら、彼は最近交通事故で死んだと・・・・・・

<感想>
 どうもすなおにミステリーとはいえない内容。どちらかといえば、物語が先にあって、それにちょっとした謎が付随してくるというものに思える。「遠い約束」「「無理」な事件」「忘レナイデ・・・」らは結末までが見えてしまい、ひねりもなく、いかにもちょっといい話めいていて、あまり良い感触は受けなかった。

 唯一、光文社の「本格推理」に掲載されたことのある「消えた指環」ぐらいが、まぁミステリーめいていたかなぁと思う。それにしても、この文庫の表紙はどうも・・・・・・


十八の夏   6.5点

2002年08月 双葉社 単行本
2004年06月 双葉社 双葉文庫

<内容>
 「十八の夏」
 「ささやかな奇跡」
 「兄貴の純情」
 「イノセント・デイズ」

<感想>(再読:2024/03)
 云十年ぶりの再読。光原百合氏といえば、短編「十八の夏」が日本推理作家協会賞短編部門を受賞していることも有名であり、実際に未だに心に残っている作品でもある。ただ、その詳細と他の短編作品についてはすっかり忘れていたので再読した次第。

 全編を見渡してみると、ミステリというより家族小説という感じがする。一応、“花”をモチーフとしたというテーマもあるようだが、家族模様とか、恋愛や結婚といったキーワードの方がしっくりきそうな短編集である。

「十八の夏」は、浪人中の青年がひとりの女性と出会い、共にボロアパートの上下階に住むことになる。女性は絵描きであり、青年はその自由奔放さに惹かれてゆくというもの。ただこれが、普通の出会いを描いたものではなく、とある秘密が隠されているものとなっている。しかも、一方だけではなく・・・・・・と、さらなる驚きが秘められている。
 今読んでも面白く、出来も良い作品である。ミステリというよりも“秘密”を宿した小説という感触を受ける内容。青春小説としても読みがいのある作品。

「ささやかな奇跡」は、妻を亡くし、幼い息子と共に妻の両親の実家近くである関西に引っ越してきた男の物語。近所の書店で働く女性を見初め・・・・・・という展開。
 再婚へと至る葛藤を描いた話。良い話として描かれているので、微笑ましく読むことができる。“トイレの臭い”というワードと内容は、この作品を読んだことにより印象に残ったのかな?

「兄貴の純情」は、演劇の世界に足を踏み入れた兄が、近所に住む女性に恋をするという話。学生の弟の視点で描かれる物語。
 これに関しては、どちらも早とちりというか、弟側のほうも気づきそうなものだとしか・・・・・・。まぁ、これまた微笑ましい話であるから良いかと。

「イノセント・デイズ」は、過去に起きた二組の夫婦の間での事件の話。互いに伴侶を亡くした男と女、そして、彼らのそれぞれの連れ後。それらがもたらした事件の顛末。
 打って変わって、こちらは暗めな内容。二組の夫婦の間で起きた命に係わる事件・事故の真相が描かれている。それらの顛末が、ただひとり生き残った娘の口から語られてゆくこととなる。始終、救いようのない話という感じで展開されてゆくものの、最後の“夾竹桃”の話で救われたような気がする。


<感想>
 ミステリーというより物語としての小説として楽しめる短編集になっている。とはいえ、表題作の「十八の夏」はミステリーしても十分に成功している。少年と年上の女性の物語。破天荒な女性に振り回されながらも、彼女に惹かれていく少年の感情がまざまざと描かれ、そして二人の間の現実がかくも哀しく表されている。ラストへいといたる展開といい実にうまく書かれた逸品である。

 一編目の「十八の夏」の出来に驚き、期待しながら他のものも読んだのだが、残念ながらその水準にならぶものはなかった。こういっては実もふたも無いかもしれないが、皆どこかで聞いたことのあるような話にしか思えない。それらがうまく描かれていることは間違いなく、全部一気に読んでしまったのも事実であるが、「十八の夏」の出来が良すぎたことにより、他のものへの期待が大きくなりすぎたのかもしれない。


最後の願い   6点

2005年02月 光文社 単行本
2007年10月 光文社 光文社文庫

<内容>
 劇団立ち上げに奔走する、度会(わたらい)恭平らが鋭い心理洞察で謎を解く、連作短編集

 「花をちぎれない程・・・」
 「彼女の求めるものは・・・」
 「最後の言葉は・・・」
 「風船が割れたとき・・・」
 「写真に写ったものは・・・」
 「彼が求めたものは・・・」
 「・・・そして、開幕」

<感想>
 連作ミステリというよりは、まるでロールプレイングゲームのような話である。各章で新たな仲間を手に入れて、ひとつの劇団をつくっていくという話。その各章で仲間を獲得する際に、謎解きが挿入されているという構成になっている。

 ミステリの内容については、そこそこといったところ。やけに結末がわかり易すぎる話もあれば、あまりにも突飛と感じてしまう話もあった。

 ただその分、人に対しての心理描写がよくできているという印象強かった。その心理的な洞察によって、謎が解かれるという話が多かったのだが、それが劇団員だからこそ気がつくことができると言われてしまうと、なんとなく納得してしまうのである。この作品を読むと意外なところに名探偵が隠されているのではと考えてしまった・・・・・・そういえばドルリー・レーンという有名な俳優の探偵もいたっけ。

 本書ではミステリ的な部分よりも、劇団を創るというところに興味が惹かれてしまう。その劇団を創るという部分に関してはあまりにも魅力的に描かれているのである。そうして、仲間がひとりまたひとりと増えてきて、劇団がようやく走り始めるところでこの物語は閉幕してしまうのだが、その先をもっと読みたいという衝動に誰でも駆られるのではないだろうか。

 心地よい余韻を残してくれる作品、その一言につきると言えよう。


やさしい共犯、無欲な泥棒   5.5点

2023年07月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
第一部 潮ノ道の物語
 「黄昏飛行」
 「黄昏飛行 涙の理由」
 「不 通」
第二部 短篇の名手
 「花散る夜に」
 「やさしい共犯」
 「無欲な泥棒 −関ミス連始末記」
第三部 尾道草紙
 「花吹雪」
 「弥生尽の約束」
あとがきにかえて
 「何もできない魔法使い」

<感想>
 なんと昨年の2022年に死去された著者の光原百合氏。実は、この作品が出ることによって、1年経ってようやくその事実を知った次第。光原氏の追悼作品として、単行本未収録作品が集められた本書。

 ミステリ作品が色とりどりにそろえられている。どれも軽めのミステリゆえに、それぞれがシリーズ化してもらうことができたら、もっと見栄えが良くなったのではないかと思われる。それぞれ作品単体としては、ややミステリの濃度は弱めであったかなと。結末をぼかしたようなものはないものの、あまり謎について、はっきりと言及しつくしていないように感じられた作品がしばしば。案外、そのへんは著者の人の好さがにじみ出てしまっているところなのかもしれない。

 著者の代表作といってもよさそうな「十八の夏」以降の作品はあまり読んでいない。執筆点数が少ない作家だと思っていたのだが、どうやら大学で教鞭をとりながらの作家活動であったということを今更ながらに知ることに。




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