宮部みゆき  作品別 内容・感想1

パーフェクト・ブルー   6点

1989年02月 東京創元社 単行本
1992年12月 東京創元社 創元推理文庫
2008年04月 新潮社 単行本
2019年11月 東京創元社 創元推理文庫(新装版)

<内容>
 高校野球期待のエースが殺害されるという事件が起きる。無残にも死体は焼かれた状態で発見された。それを発見したのは、被害者の弟である進也と、家出していたその弟を探していた探偵事務所の加代ちゃん、そして元警察犬のマサ。二人と一匹、そして加代の父親である探偵事務所の所長らは事件の真相を調べ始めるのだが・・・・・・

<感想>
 再読となるのだが、たぶん私が宮部氏の作品に触れた2冊目くらいの作品かと思われる(最初は「火車」だったかな?)。当時、宮部氏の名前が有名となり、何か読んでみようと思って手にとったうちの1つ。ただ、その当時読んだ感触はあまり良いものではなかった。ゆえにそのときは宮部氏の他の作品は読まなくてもいいかなと思った次第。しかし、次にたまたま読んだ「魔術はささやく」がツボにはまり、その後色々な作品を手に取ることとなった。

 当時、何故この作品を面白いと思えなかったのかと考えながら再読をしてみたのだが、この作品、軽そうに見えて実は結構重く、複雑な内容だということがわかった。イヌが一部語り手となって繰り広げられる物語と言うことで軽い気持ちで読んでみたら、思いのほか重厚なミステリが展開されており、そこに当時戸惑いを感じてしまったのかもしれない。

 最初に野球部のエースが殺害されるのであるが、その後、事件の容疑者と思われる人物が死んでいるのが発見され、そこで話がひと段落ついてしまうのである。しかし、そこから事件の裏に潜む闇の部分が明らかとなり、やがて事件の真相と全貌が見えてくることとなる。こういった2段階の展開となっており、後半の企業が絡む事件の部分については、特に登場人物の相関関係がややこしくなり、あまり取っつきやすいものにはなっていないのである。

 また、登場人物のスタンスも微妙と思われた。一番に感じるのは、犬が語り手となる必要があるのか? というところ。全編にわたって犬が語り手となっていないゆえに、特にそう感じられる。また、主人公に関しても、犬なのか、新米探偵の加代ちゃんなのか、事件関係者の少年・進也なのか、結局は探偵事務所社長なのかと、あやふやなように思えた。

 と、微妙な部分があるにしても、全編落ち着いて読めば、一応きちんとしたミステリになっていることは理解できた。改めて読んでみれば、当時の印象よりもよくできていると思われ、それなりに面白かったという感想に変わった。決してライト層向けの作品ではなく、しっかりとしたガチガチのサスペンスミステリであると構えて読めば何の問題もないであろう。


魔術はささやく   7点

1989年12月 新潮社 単行本
1993年01月 新潮社 新潮文庫
2008年01月 新潮社 新潮文庫(新装版)

<内容>
 高校生の守は、父親が横領事件を起こし失踪し、その後母親が死亡したことにより、親戚である浅野家に引き取られていた。順風満帆な生活を送っていた守であったが、ある日、浅野家の主でタクシー運転手の大造が女性をひき殺してしまったという。大造は無実を主張するも、目撃者がいないために窮地に立たされる。そうしたなか電話が鳴り、守が電話をとると、女は死んで当然だったと・・・・・・。守は、なんとか不審な電話の正体と、大造の無実を証明できないかと単独で調査を始めてゆき・・・・・・

<感想>
 宮部氏の初期の名作を再読。私が宮部氏の作品を読むようになったのは「火車」で有名になって以後のことであり、最初に手をとった作品はデビュー作の「パーフェクト・ブルー」であったのだが、こちらは個人的にはそんなに面白いとは思えなかった。ゆえに、最初はこんなものかと思いつつも、とりあえず他の作品もと思って次に手に取ったのが本書「魔術はささやく」。読んでみて、あまりにも面白く、この一冊でやられてしまったという感じ。それ以後、今でも宮部氏の作品を読み続けている。

 この作品、久々に読んだのだが、改めて読んでみると結構重い内容であることに気付かされる。少年が主人公の軽めの青春小説かとうろ覚えしていたがそんなことはなく、ガチガチのサスペンス小説である。

 まず主人公の設定がよい。虐げられた人生を送ってきたものの、小学生時代に“じいちゃん”と呼ぶこととなる鍵師に出会い、錠前の開け方を習得する。その技能を生かし、身に降りかかる災難を退けたり、事件調査に挑む姿が見られるものとなっている。

 そんな主人公であるが、彼が立ち向かわなければならないのは、謎の連続殺人犯。しかも単なる殺人鬼ではなく、謎の方法で人々を自殺に追い込むという恐ろしい相手。この作品では、当時は珍しいというか、ひょっとしたら流行りとして語られ始めていた時期かもしれないが、サブリミナル効果であるとか、催眠誘導といったものが取り上げられているのも特徴的である。

 やがて主人公は、事件の謎と共に、自身の過去に関する秘密も知ることに・・・・・・というように物語が展開していく。ページ数としては文庫本で400ページというなかで、なかなか密度の高いサスペンス小説として仕上げられている。そしてなんといっても、少年の成長を軸に、物語をうまく展開させているところがすばらしいといえよう。再読しても、宮部氏作品の中のベスト5に入る傑作という位置づけは変わることはなかった。


我らが隣人の犯罪   6点

1990年01月 文藝春秋 単行本
1993年01月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「我らが隣人の犯罪」
 「この子誰の子」
 「サボテンの花」
 「祝・殺人」
 「気分は自殺志願」

<感想>
 ずいぶんと久しぶりの再読。1回読んだっきり、初の再読となるのだろうか? ほとんどの内容を忘れていたのだが、一番印象の強かった「サボテンの花」だけはなんとなく記憶が残っていた。

「我らが隣人の犯罪」 隣の犬の騒音に悩む家族が企てたとある犯罪。そこから思わぬ掘り出し物が!
「この子誰の子」 両親不在の時に訪ねてきた子ずれの女。この子はあなたの兄だというのであったが・・・・・・
「サボテンの花」 担任に反対し、6年1組の子供たちは“サボテンの超能力について”という題材で夏休みの研究をすることとなり・・・・・・
「祝・殺人」 バラバラ死体殺人事件の謎を、結婚式場の美人エレクトローン奏者が解き明かす。
「気分は自殺志願」 他殺に見えるように自殺する方法を考えてくれと請われた作家が考え出した解決策とは!?

 どの作品も、それぞれに現代的なテーマが表れていて、極めて宮部氏らしい作品集だなと思わせられた。評価の高い「サボテンの花」についてであるが、この短編作品のみだと教頭と生徒たちとの絆がつたわりにくいので、教育物の長編作品として描いたものを読んでみたかった。作品全体で一番目を惹いたのは「祝・殺人」。この作品だけ、陰惨な殺人事件を扱ったものなのであるが、短いページ数のなかで加害者の思いや感情を非常にうまくまとめていると感じられた。


刑事の子   6点

1990年04月 光文社 カッパ・ノベルス(「東京殺人暮色」)
1994年10月 光文社 光文社文庫(改題「東京下町殺人暮色」)
2011年09月 光文社 単行本(改題「刑事の子」)
2013年09月 光文社 光文社文庫(新装版「刑事の子」)

<内容>
 刑事の八木沢道雄は妻と離婚し、13歳の息子の順を引き取り、職場に近い東京の下町に引っ越した。そこで老齢ながらかくしゃくとした家政婦の幸田ハナを雇い、二人は新たなる土地での生活に慣れていった。そうしたなか、近所でバラバラ死体が発見されるという事件が起き、道雄は事件捜査に奔走することに。さらには町内に住む日本画を描く画家に関する不穏な噂が流れ始める。順は学校の友人と共に、町内で噂される画家に関する真相を確かめようと・・・・・・

<感想>
 かつて「東京下町殺人暮色」というタイトルのときの光文社文庫版で読んだことのある作品。当時読んだ時の内容を全く覚えていないので、印象の薄い作品ではないかと。ただ、気になったのは発売から30年経った今、「絵刑事の子」とタイトルを変えつつ、未だに本屋で入手できると言うこと。これってオールタイムベストとして残るような作品だったのか? とふと考えてしまったので光文社文庫版「刑事の子」を購入し、再読してみた。

 再読してみると、物語全体としての印象は結局のところ薄いのだが、いろいろな語り継がれるべき要素が盛り込まれている作品だと言うことがよくわかった。ひとつは本書は昭和後期を舞台とした作品であるが、老齢の登場人物の中には戦争を体験したものがおり、戦後というキーワードを感じさせる作品であると言うこと。また、キャラクターそれぞれが印象深く、主人公の親子のみならず、その友達や老絵書き、さらには老家政婦までもが非常に味わいのある人物として物語を彩っている。

 また、なんといっても宮部作品の一番の特徴としては、その時代における犯罪を取り扱っているところ。内容に関わるので詳しくは書かないが、本書においても時代性を感じさせる事件が描かれているものとなっている。その後、宮部氏は「模倣犯」や色々な作品を長大なページ数で描くこととなるのだが、そういった趣旨の内容の作品をギュッと凝縮して短いページにまとめたものこそがこの作品と言えよう。宮部作品のなかで近代的な事件を取り扱った作品群を紐解くうえでは初期に書かれた作品として非常に重要な位置づけである気がする。また、宮部氏の長大な作品に躊躇する人にとっては、本書は格好の入門書と言えよう。


レベル7   6点

1990年09月 新潮社 単行本
1993年09月 新潮社 新潮文庫
2008年02月 新潮社 新潮文庫(新装版)

<内容>
“レベル7まで行ったら戻れない”謎の言葉を残して失踪した女子高生。真行寺悦子は勤務する電話サービスによってその女子高生みさおと知り合い、仲良くなっていた。そのみさおが突如失踪し、悦子は彼女の行方を探るべく単独で調査をはじめ・・・・・・
 とあるマンションの一室で目覚めた男女は二人とも記憶を失くしていた。室内を探ると出てきたのは大金と拳銃。二人はいったい、どのような経緯によりこのような状況に陥ることとなったのか!? 自身の記憶を探るべく行動を開始し始める二人であったが・・・・・・

<感想>
 20年以上ぶりの再読。当時、新潮文庫版で読んだ作品。その時以来の再読となるので読むのは2回目。内容に関しては全く覚えていなかったのだが、冒頭の“レベル7まで行ったら戻れない”という文言は印象的で記憶に残っている。

 内容は電話サービスで知り合った女子高生の行方を探す主婦と、記憶を失くした二人の男女が過去を取り戻そうとする二つのパートから成り立っている。分量としては二人の男女のほうのパートが比重が多く、こちらのほうが作品全体の内容に直結するものとなっている。

 二人が過去を調べていくにあたり、知り合うこととなる謎の隣人の男。男の手伝いもあってか、やがて二人は過去に起きた4人の人間が殺害されるという重犯罪を知り、その事件が彼らに重要なかかわりを持つことを理解していくこととなる。そして、徐々に闇に潜む巨悪の存在が浮き彫りとなり始め、その巨悪と彼らは向き合い、闘うこととなるのである。

 と、そんな話なのだが、面白いのは面白いと思いつつも、なんか長かったなと感じてしまった。宮部氏の作品は長いものも多いので、他の作品と比べても普通くらいなのかもしれないが、一気に読もうとしたせいか、なんとも長く感じられた。そうしたなかで、主婦が女子高生を探すパートは、一応物語の背景上重要な部分もありはするのだが、別になくても良かったのではないかとも思われる。

 これより前に書かれた「魔術はささやく」では、巨悪の存在は浮き彫りにされたものの、闘うといったところまではいかなかったので、今作ではそういった存在と闘うところまでを描きたかったのかなと勝手な想像をしてしまった。読み通すには骨が折れたものの、それだけ濃い内容のものをしっかりと書き上げた産物であると思えなくもない。


龍は眠る   6点

1991年02月 出版芸術社 単行本
1995年02月 新潮社 新潮文庫
2006年06月 双葉社 双葉文庫(日本推理作家協会賞受賞作全集67)

<内容>
 雑誌記者の高坂が暴風雨のなか車を走らせていたとき、嵐の中自転車を走らせていた少年・稲村慎司と出会い、彼を保護する。その暴風雨の夜、小学生が行方不明になるという事件が起き、高坂と慎司は、その件に関わることとなる。その際に、慎司は自分は超能力を持っており、事件の真相がわかったと・・・・・・。高坂は、半信半疑ながらも慎司の話を聞き調査を進めると、どうやら本当に慎司が言った通りのことが起きたようであり・・・・・・。しかし、そうした事実を突きつけられても半信半疑のままの高坂の元に、慎司の知り合いだという青年が訪れ、彼の言うことは全て嘘であると告げ・・・・・・

<感想>
 久々の、というか初読以来の再読? 久々に読んでの感想というと、意外と面白かったなと。意外とはどういうことかというと、実はこの作品、以前に読んだときはさほど面白いというイメージがなかったので、再読してみて改めて面白い作品だと気づかされることとなったのである。

 何故、再読して面白いと思えたかには理由がある。この作品、大雑把に言うと超能力モノであり、人や物から過去を読み取ることができるという人物が登場しているのである。ただ、そのイメージのみで作品を読むと肩を透かされるかもしれない。というのは、主人公となるのはその超能力を持った少年ではなく、中年の雑誌記者だからである。その記者の目を通して、超能力が実際に本当の者なのか、また嘘であるならばどのような方法を用いているのか、といった葛藤が主題とってもいいような作品なのである。

 そうしたわけで、若いころに読んだときにはどこか煮え切らない部分を感じてしまい、あまり面白いと思えなかったのであろう。それが年を経て、主人公の年を上回った今であれば、冷静にその視点から見ることができるようになったため、普通に物語のなかに入り込むことができるようになったと言えよう。

 また、物語の進行のうえでも起きる事件が、超能力少年に直接かかわるというものではなく、主人公自身に関するものとなっている。主人公が何者かから、漠然とした脅迫を受け、さらにはかつての婚約者にまで影響が及ぶこととなる。この事件自体が物語の途上では、漠然とした事件というべきもののせいか、ゆるゆると進行するもので、なかなか興味を引かないというところもややマイナス面なのであろう。

 ただ、最後の最後には、一気に事件が動き出し、そこからラストまでは一気に駆け抜けることとなる。とはいえ、そこでも少年の超能力がいかんなく発揮されたかというと微妙なところで(部分的には超能力が役に立ったと言える部分もあったが)、あまりすっきりしたという感じではなかった。ただしこれは、物語の進行上はきっちりとしたものになっており、その超能力の部分のみがややモヤモヤしているという意味である。

 この作品後には、普通の人には見えないものが見えるという題材で、宮部氏は様々なものを描いているが、それは一種のライフワーク的な課題なのかもしれない。超能力が特殊過ぎるものというわけではなく、日常に介在した超能力というものを描き上げたいというような感じで捉えられるような。


本所深川ふしぎ草紙   6.5点

1991年04月 新人物往来社 単行本
1995年09月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 「片葉の芦」
 「送り提灯」
 「置いてけ堀」
 「落葉なしの椎」
 「馬鹿囃子」
 「足洗い屋敷」
 「消えずの行灯」

<感想>
 昔読んだ作品の再読。ただし、全くと言っていいほど内容を覚えていなかったので、初読のような気分で読むことができた。人情系の時代ミステリ。

 本書では岡っ引きの茂七という人物が全編にわたって出てきている。ただ、この茂七が主人公というわけではなく、町に住む普通の人たちの視点で語られる話が多く、事件が起きたのちに茂七が登場するという流れになっている。この町の人たちの視点で語られるというところが本書の特徴であろう。事件云々よりも、その町で暮らす人々の目線と、生き方と感情、そういったものが色濃く出ている物語となっている。

 特に最初の「片葉の芦」は、考えさせられる、まるで道徳が語られているかのような物語。商売に厳しい店主と、優しく情け深いその娘との対比が描かれている。話が進むにつれて、両者に対する印象が徐々に入れ替わってくるのが印象的。

 その他、さまざまな事件を通しつつも、そこで生きる人々の様相が瑞々しく語られているのが印象的な作品であった。昔TVでよく見ていた時代劇を思い起こさせるような作品集。


「片葉の芦」 商売にがめつい店の主人が殺され、情け深いと言われるその娘に疑いがかけられ・・・・・・
「送り提灯」 恋のまじないのために、屋敷のお嬢様の代わりにお百度参りのようなことをしなければならなくなり・・・・・・
「置いてけ堀」 堀に人を引き込む“岸涯小僧”の噂が流れ・・・・・・実はその裏にとある事件の真相が・・・・・・
「落葉なしの椎」 落ち葉のせいで犯人の足跡がわからなくなったことから、丹念に落ち葉を掃除する娘がいて・・・・・・
「馬鹿囃子」 自分は人を殺したと言い続ける、ちょっと頭がおかしくなった娘がおり・・・・・・
「足洗い屋敷」 料理屋の主人が美しい後妻をめとり、娘とも仲睦まじく、幸せな日々を送ると思われたが・・・・・・
「消えずの行灯」 飯屋で働く女がとある大店の家の娘に似ていることから、身代わりになることを持ち掛けられ・・・・・・


返事はいらない   6点

1991年10月 実業之日本社 単行本
1994年01月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 「返事はいらない」
 「ドルネシアにようこそ」
 「言わずにおいて」
 「聞こえていますか」
 「裏切らないで」
 「私はついてない」

<感想>
 昔の作品を再読。最近、宮部氏の昔の作品を少しずつ読み直しているのだが、そのなかで一番著者の作風に対するイメージとぴったりする作品集という感じがした。

 日常の謎とはまたちょっと違っているものの、どの短編もごく普通の人々がなんらかの事件に巻き込まれるという内容。基本的にはどの作品も、悲惨な終わり方をするようなものはなく、安心して読めるものばかり。また、著者の代表作である「火車」と同じ気に書かれた短編ゆえか、登場人物の女性に浪費癖のあるものが多くみられるのもまた特徴。

 昔から著者に対するイメージとして社会派ミステリを書く作家というものが強い。実際に各短編に、そういった社会的なもの、銀行の合併にかんする問題や、流行りのディスコ事情を取り上げたり、会社のセクハラ、カード社会などといったものが盛り込まれている。

 そうしたなか、ミステリ性の強い「言わずにおいて」などは印象深い。女性が車の事故を目撃するのだが、その瞬間運転手が彼女を見て「あいつだ!」と叫んだ後に事故を起こす。しかし、主人公の女性はその運転手に心当たりがなく、いったい何が起きたかを調べていくという内容。意外性のある人間関係のからみがみえて、興味深いサスペンス作品に仕上げられている。

「聞こえていますか」は、12歳の少年が引っ越し先での出来事を描いたものであるのだが、嫁姑問題や車庫入れが下手な隣人とか、ちょっとした日常的な事象が物語に盛り込まれているところが面白い。

「ドルネシアへようこそ」は、主人公が速記士を目指すというマニアックな設定もよいのであるが、全体的にバブルを感じさせるものがあり、懐かしさがよみがえる。

「返事はいらない」 恋人に振られた女は自殺を試みようとしたとき、とある夫婦と出会い、犯罪に手を染めることに。
「ドルネシアにようこそ」 速記士を目指す青年は、伝言板に宛てのないメッセージを書き込むのだが、ある日返事が書かれており・・・・・・
「言わずにおいて」 上司に逆らった女社員が、夜間コンビニへ出かけたとき、車の事故を目撃したのだが・・・・・・
「聞こえていますか」 十二歳の少年は、引っ越し先の黒電話の中から盗聴器を見つけ・・・・・・
「裏切らないで」 借金を抱えた女が歩道橋から落ちて死亡したのだが、果たして自殺か、他殺か?
「私はついてない」 従姉が借金のかたに婚約指輪をとられてしまい、それをとりかえそうとするのだが・・・・・・


かまいたち   6.5点

1992年01月 新人物往来社 単行本
1996年10月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 「かまいたち」
 「師走の客」
 「迷い鳩」
 「騒ぐ刀」

<感想>
 古い作品を再読。宮部氏の歴史ミステリ作品集第2弾となるものであるが、どうやら書かれた年代はこちらのほうが新しいらしい。特に「迷い鳩」と「騒ぐ刀」はデビュー前に書いた小説とのこと。

 この作品集、なんといっても「かまいたち」が素晴らしい。巷を騒がす辻斬りの噂から、主人公“およう”が目撃した凶行の様子。そして、彼女の前に現れる辻斬りと、目を離せない展開が続く。果たして彼女が見た辻斬りはほんとうの“かまいたち”なのか? そうでなければ、裏に隠された真実は!? と、謎が謎を呼ぶ展開。そうした疑問符が並ぶような展開が続く中で最後に明らかになる真実についても実にうまくできているものと感心させられてしまう。これはよくできた作品と感嘆するほかなかった。

「師走の客」は、お人好しの旅籠屋の主人と、そこに宿泊する商人が持ち掛ける、ちょっとした商売の話。ただ、読んでいる側からすれば、詐欺の話であることは明らか。それに騙される主人の行く末が描かれている。決して残酷な話ではなく、ユーモアにあふれた作品になっている。

 最後の二つはお初という娘が不思議な幻視をして、そこから事件の解決につながってゆくという話。どうやら後にシリーズ化する“霊験お初”シリーズの走りとなる作品であるらしい。お初のみならず、周囲に頼りになるキャラクターたちがおり、皆の協力により事件を解決していくという流れ。ただ、「迷い鳩」はまだよかったものの、「騒ぐ刀」となると、もはやSFと言いたくなるような展開。歴史ミステリというジャンルなど、吹っ飛ばしてしまうような内容。これはちょっと行き過ぎではなかろうかと思ってしまった。


「かまいたち」 巷を騒がす辻斬り“かまいたち”。町医者の娘・おようは、その“かまいたち”の凶行を目撃し、付け狙われることとなり・・・・・・
「師走の客」 旅籠屋の主人が客から進められた金の十二支の置物を毎年ひとつずつ買うこととなったのだが・・・・・・
「迷い鳩」 老舗の店屋の旦那が奇病に倒れ、女中が逃げ出すという事件が続いているという。しかも最近逃げ出した女中が行方不明となり・・・・・・
「騒ぐ刀」“うめく刀”に秘められた過去とは? その刀の訴えをお初が聞き取り・・・・・・


今夜は眠れない   7点

1992年02月 中央公論社 単行本
1996年10月 中央公論社 C・NOVELS
1998年11月 中央公論社 中公文庫
2002年05月 角川書店 角川文庫
2006年03月 講談社 講談社青い鳥文庫

<内容>
 中学1年の緒方雅男は両親との3人暮らし。そんな緒方家に弁護士が訪ねてくる。かつて結婚前に、聡子が同じアパートに住む澤村という男を助けたことがあったという。彼は相場師であり、家族もいなかったため聡子に5億円を譲ると言い残し、亡くなったというのだ。突然5億という大金が入ることになった緒方家。それは近所に噂となって広まり、家族は多種多様な迷惑をこうむることに。その騒動を発端として、父親の浮気がばれたこともあり、両親に離婚の危機が訪れてしまう。雅男はこの相続の件で不審に思うところがあり、親友の島崎と共に母親の過去を調べ始め・・・・・・

<感想>
 久々の再読であるが、久々過ぎて内容は全く覚えていなかった。読み始めは子供向けの小説くらいにしか思えなかったが、後半になると意外な展開が目白押しで、かなり楽しむことができた。これはなかなかのサスペンスミステリであると、今更ながら感嘆させられた。

 序盤は大金が入ったことにより、翻弄される家族の様子を描いている。中盤は母親と大金を残した男との間に実際には何があったのかを主人公の少年が親友と共に調べ始める。そして家族の絆が固まって終わりという展開かと思いきや、そこからさらに予想外の展開が続くこととなる。

 そうして、最終的には色々なゴタゴタがきっちりと落ち着くべきところに、しっかりとはまっていくこととなる。この作品、意外や意外、細かな伏線のようなものが多々張り巡らされており、それらが全て緒方家にまつわる事件にしっかりと関わってくるように描かれているのである。その絶妙さ加減にやられてしまった。そんなに大したことのない作品だと思い、読み始めたがゆえに、最後には見事にやられてしまったという感じであった。


スナーク狩り   6点

1992年06月 光文社 カッパ・ノベルス
1997年06月 光文社 光文社文庫
2011年07月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 関沼慶子は自分を無下に捨てた元の恋人に復讐しようと彼の結婚式の日に散弾銃を持って式場へと入っていった。国分範子は、兄が慶子を捨てて別の女の人と結婚することについて複雑に思いながらも、その結婚式に参加していた。佐倉修治は職場で世話になっている織口邦男の言動が気になっていた。織口の家族がとある事件に関わっており、その件で何かを考えているのではないかと。神谷尚之は義母に呼ばれ、別居している妻の元へと深夜に車で向かうこととなった。尚之は幼い息子の竹夫も連れて来いと言われ、渋々ながらも石川県へと車を飛ばす。そうした関係のないはずの人々が思わぬ形で結びつき、ひとつところに向かい、集まることとなり・・・・・・

<感想>
 昔読んだ作品を再読。かつての光文社文庫で1回読んだだけであり、あまり印象の残らない作品であった。ただ、再読してみると結構エグイ作品であることを再認識した。

 全体的には“復讐する者”にスポットを当てた作品という感じがした。最初は元の恋人に恨みを果たすためにショットガンを持って結婚式場に乗り込んだ女性が描かれる。しかし、元恋人の妹に説得され、その場を収めることとなる。こんな具合で、結局何も起きないまま終わってしまう内容なのかと思いきや、最後の最後で一波乱が待ち受ける物語となっている。

 最終的には、事件を起こしながらも反省していない犯罪者を許すべきか、復讐すべきかという葛藤にかられるものとなっている。しかし、結局のところなんらかの行動を起こしたとしても報われるようなことはなく、結局は周りを巻き込んで苛まれることとなるという理不尽ともいえる結末が待ち受けることとなる。宮部氏の作品のなかでもかなり後味の悪さが残る作品と言えよう。エピローグでもう少し、再生のようなものが描かれているかと思いきや、そうでもなかったところがなんとも。


火 車   7点

1992年07月 双葉社 単行本
1998年02月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 職務中に怪我をしたことにより休職中の刑事・本間俊介は親戚の青年に頼まれて、行方不明になったという彼の婚約者・関根彰子を探し出すこととなった。彼が言うには、彼女は以前に自己破産したことがあるようで、それを彼に隠していたという。銀行に勤めている彼は、そのことを知り、彼女に問い詰めると、彼女は出て行ってしまったというのだ。本間は彼女が働いていた会社や、以前に働いていた会社などを調べ、彼女の痕跡を辿ってゆく。すると、関根彰子にまつわる予想外の事実が浮き彫りとなり・・・・・・

<感想>
 たぶん宮部氏の作品のなかで一番最初に読んだ作品だったのではないかと記憶している。当時、宮部氏の名を一躍有名にしたのがこの「火車」であったと思われる。この作品が凄いと言うことを聞きつけ、当時手に取ってみた次第。ちなみに今回、初読以来の2回目の再読である。

 これは本当に面白い。なんとなくではあるが、カード破産した女性について言及する社会派小説と言うことのみを記憶していた。実際にその通りの作品ではあるのだが、決してそれのみに終わっている作品ではない。というか、カード破産とか、そういった社会派ミステリ的な流れは前半部分のみで、後半はサスペンス・ミステリというような様相をていしてゆく。話が進むにつれ、段々と緊迫していく様子が肌で感じ取れるものとなっている。

 本書は、ただ単にカード社会にメスを入れるとかいうものではなく、一人の女性の人生、そして隠されたもう一人の女性の人生を辿ってゆく物語である。そうしてとある女性が生きる上で追い込まれたときにどのような行動をとったのかが物語の大きな核となっている。いや、それよりも何故そこまで人生を追い込まれる羽目になったのかということのほうが大きな部分であるのかもしれない。

 そして、何とも言えない印象的なラストが待ち受けている。このラストの場面も、この作品を有名に仕立て上げた一因と言えよう。


長い長い殺人   6.5点

1992年09月 光文社 単行本
1997年05月 光文社 カッパ・ノベルス
1999年06月 光文社 光文社文庫
2011年07月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 ひき逃げ事件が起き、警察が事件を調べ始める。被害者の妻を事情聴取したところ、刑事は不審に思い始める。さらに調べを進めていくと、夫には多額の生命保険がかけられていることが明らかに。ただ、肝心の妻にはアリバイがあり、重要容疑者でありつつも逮捕はできなかった。そうしたなか、さらなる別の事件が明らかとなり、事態は大きなものへと発展していくことに。刑事の財布、探偵の財布、被害者の財布・・・・・・財布が語る物語により、事件の驚くべき真相が明らかとなって行き・・・・・・

<感想>
 財布によって語られる物語、ということのみ覚えていた。そんな作品を久々に再読。

 実は読む前は、もっと牧歌的な内容だったと思っていたのだが、それが実に暗い殺人事件の在りようを描いた作品であることを知り、今更ながら驚いてしまった。今、色々な宮部作品を読んだのちに読むと、本書が「模倣犯」の元になった作品なのではないかと考えてしまう。この作品から「模倣犯」という物語が派生したのだろうなと。

 構成としては、刑事、犯罪の被害者、関係者、探偵など、事件周辺にいる人々の視点から語られることとなるのだが、その人物その人ではなく、彼らが持っている財布が語り手となっている。それぞれの財布に個性や人格のようなものがあり、その語りだけでも楽しめる。ただ、その語りによって、徐々に陰惨な事件の全貌が明らかになっていく。

 内容のみならず、財布が語るという展開も面白いところ。しかも犯罪者の心理や、その心の闇といった部分にも迫るものとなっているので、ミステリとしてもかなり内容の濃いものとなっている。色々な読みどころがあって、楽しめる作品と言えよう。


とり残されて   6.5点

1992年09月 文藝春秋 単行本
1995年12月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「とり残されて」
 「おたすけぶち」
 「私の死んだ後に」
 「居合わせた男」
 「囁く」
 「いつも二人で」
 「たった一人」

<感想>
 久々の再読。昨年再読した「我らが隣人の犯罪」に続いて読んだのだが、宮部氏って、けっこう良い話を書くという印象があったため、この「とり残されて」がこんな内容であったのかと驚いてしまった。ここに掲載されている短編、どれもが一筋縄ではいかないものとなっている。

 特徴としては、“幽霊”が出てくる作品が非常に多いこと。それもミステリ的に解決されるようなものではなく、普通に超自然的なものが取り扱われている。まさしくモダンホラー短編集といっても過言ではない。また、近年宮部氏はSF系の作品にも書いているようであるが、これを読むとそのはしりとなる作品集であることが確認できる。

「おたすけぶち」は、唯一内容を覚えていた作品。村社会の恐ろしさが描かれる内容。救いようのない結末がなんとも。

「いつも二人で」は、この世に未練がある幽霊に体を乗っ取られ、その幽霊の指示に従って行動をするという話。なんか幽霊との邂逅を描くよさげな話のようにも思えたのだが、ラストは意外にも現実的というか、女の怖さに直面するというか・・・・・・

「とり残されて」と「たった一人」は、共通したものを感じさせる内容。幽霊や夢の目撃譚が現実に影響を及ぼすというもの。どちらも途中までは良い話にもっていくのかなと思われるのだが、それぞれ主人公をどん底に突き落とすような結末に驚かされてしまう。それはそれで意外な展開を楽しめる小説となっているのだが、奇妙な余韻が残るのが実に印象的。

「とり残されて」 婚約者を交通事故で亡くした保健教師は学校で子供の幽霊を見かけるようになり・・・・・・
「おたすけぶち」 十年前に兄を交通事故で亡くした女が、事故現場である田舎の村を訪れたことにより遭遇した出来事。
「私の死んだ後に」 死にかけた野球選手は幽霊に助けられ・・・・・・
「居合わせた男」 部下をいじめて自殺させた上司がその部下の幽霊に復讐されたという話を聞き・・・・・・
「囁 く」 喫茶店で話をしていた二人が、突然隣にいた男から話かけられ・・・・・・
「いつも二人で」 目覚めると体を幽霊に乗っ取られ、この世に未練のある幽霊のいうとおりに行動することとなり・・・・・・
「たった一人」 女は夢で見た不思議な場所の正体を知るために探偵事務所を訪れる。


ステップファザー・ステップ   6点

1993年03月 講談社 単行本
1996年07月 講談社 講談社文庫
2005年10月 講談社 講談社青い鳥文庫
2021年02月 講談社 講談社文庫(新装版)

<内容>
 泥棒の俺は、とある金持ちの家から現金強奪を企てようとしたものの、家に忍び込む前に高所から墜ちてしまった。その俺を助けてくれたのは中学生の双子の兄弟。二人の両親は、それぞれ駆け落ちしていなくなってしまったという。二人は家でそのまま暮らし続けていきたいので、世間から不審に思われぬように、俺に父親代わりになってほしいと持ち掛けられ・・・・・・

 「ステップファザー・ステップ」
 「トラブル・トラベラー」
 「ワンナイト・スタンド」
 「ヘルター・スケルター」
 「ロンリー・ハート」
 「ハンド・クーラー」
 「ミルキー・ウエイ」

<感想>
 昔読んだ作品が新装版となって刊行されたので、久々に読んでみた。泥棒と双子が織りなす疑似家族物語ということだけ覚えていたが、内容についてはすっかり忘れてしまった。

 コメディ調のミステリ作品として面白く、読みやすい作品。しかもミステリとしての出来も、それなりのもの。何気に重い題材を扱っているような気もするのだが、それらをあえて重く描かないところが本書の特徴。

 ちょっとした伏線を張っておいて、それをしっかりと回収するというような作品もあり、コメディだからといってあなどれない作品。絵画の盗難事件を描いた「トラブル・トラベラー」や、父母会の裏に潜む真相を描いた「ワンナイト・スタンド」などは、なかなかのもの。

 ただ、後半へ行くに連れて事件の解決がやや淡泊になってしまったような。何故か山県の新聞が毎日届けられるという事象自体は面白かったが、解決についてはちょっと微妙であったかなと。また、当時は続編も考えていたらしいようで、特にこの作品で終幕というような終わり方をしていないのも中途半端であったかなと。結局のところ続編が出なかったということも、今となっては残念。

 せっかくの新装版ゆえに、家族の物語にも決着をつけた作品を掲載してもよかったのではなかろうか。いや、むしろこの平和な状況のまま終わりにしたほうが、この作品としてはふさわしいか。


「ステップファザー・ステップ」 俺が盗みに入った資産家の家。盗みには失敗したものの、その家が抱える秘密を暴き出し・・・・・・
「トラブル・トラベラー」 双子が旅先で置き引きに逢い、その事件をきっかけに絵画の盗難事件に関わることとなり・・・・・・
「ワンナイト・スタンド」 双子の父母会に行くこととなった俺だが、その父母会で双子が何やら企みを・・・・・・
「ヘルター・スケルター」 湖に転落していた車から二人の死体が発見され、俺は双子に対して嫌な考えを抱き・・・・・・
「ロンリー・ハート」 文通により詐欺にあった女の手助けをすることとなったのだが、思いもよらぬ死体が出現し・・・・・・
「ハンド・クーラー」 双子の友達の家に、縁もゆかりもない山形の新聞が毎日届けられると言い・・・・・・
「ミルキー・ウエイ」 双子がそれぞれ別々に誘拐されるという事件が発生し・・・・・・


淋しい狩人   5.5点

1993年10月 新潮社 単行本
1997年02月 新潮社 新潮文庫
2008年03月 新潮社 単行本(新装版)
2014年08月 新潮社 新潮文庫(改版)

<内容>
 「六月は名ばかりの月」
 「黙って逝った」
 「詫びない年月」
 「うそつき喇叭」
 「歪んだ鏡」
 「淋しい狩人」

<感想>
 昔読んだ本を再読。短編集であるが、古書店の店主イワさんとその孫が、それぞれの事件に関わるような形で描かれているので、連作短編集というような味わいとなっている。

 前半の「六月は名ばかりの月」と「黙って逝った」あたりまではミステリとして読めたのだが、それ以降は単に起きた事件とその後を語っているだけという感じがした。ゆえにミステリ作品というイメージは弱かったかなと。

「六月は名ばかりの月」は、失踪した姉を探す妹が、自身の結婚式の引き出物に“歯と爪”というミステリ小説のタイトルが書かれていたことから古書店主のイワさんに相談が持ち掛けられるというもの。その後、姉に付きまとっていたストーカーに容疑がかかり・・・・・・という展開なのだが、それが思いもよらぬ結末が待ち受けることに。初っ端から、ハードは内容の物語を持ってきているなと感嘆させられる。

 そして「黙って逝った」は、軽蔑していた父親が亡くなり、その遺品を整理していると、三百冊もの同じ内容の私家版の本が見つかり・・・・・・というところから、とある推理が繰り広げられるというもの。これまた、想像の羽根を広げるような内容のものであり、楽しんで読める。しかもオチもそれなりにしっかりとつけられている。

 それ以降は、幽霊を見るようになったという老婆の話から実際にその遺骨が見つかるという話、古書店で万引きした小学生の体には激しい虐待の跡があったという話、電車の棚に置かれていた文庫本の中に名刺がはさまれていたという話、失踪した作家の本が殺人事件までもを巻き起こす話、が語られている。

 後半の四作品に関しては、どれも提示された謎は魅力的なものの、特に推理とか捜査とかいったものはなく、物語の進行により自然と解決されてしまっている。それぞれ提示されている謎がしっかりしているが故に、そこをミステリとして描いてなかったところは非常に残念。最初の2作品のように全体的にミステリとして描かれていたら、もっと評価は高かったのだが。また、連作短編としての祖父と孫の物語も中途半端に終わってしまっており、最後まで読むと、途端に印象が弱くなってしまう作品という感じがした。


地下街の雨   6点

1994年04月 集英社 単行本
1998年10月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「地下街の雨」
 「決して見えない」
 「不文律」
 「混 線」
 「勝ち逃げ」
 「ムクロバラ」
 「さよなら、キリハラさん」

<感想>
 昔の作品集を再読。ノン・シリーズ短編集であり、やや軽めなモダンホラーというような味わい。

「地下街の雨」は、恋人と別れ、ウェイトレスをしている麻子と不倫を解消した後、新たな職を探している曜子が出会い・・・・・・。ただ単に嫌な話かと思いきや、ラストで意外な展開が待ち受ける。でも、冷静に考えて、これって納得してよいのか、どうか?

「決して見えない」では、タクシーを拾って帰ろうとした男は、年配の男性と出会い、奇妙な話を聞かされることに。ラストでは、主人公に待ち受けていた結果をあえて読者に想像させるような描写になっており、それが色々と考えさせられてしまい恐ろしい。

「不文律」は、一家四人、車で海中へと飛び込んだ無理心中の真相を描く。四人家族の周辺の人々の話を聞いていくうちに真相が明らかになるという趣向の作品。そういえば、こういう事件が実際にあったような・・・・・・

「混 線」は、いたずら電話をする男を諭そうと、被害者の兄によって語られる驚くべき話。これは相手を諭そうとしていた者の正体が実は・・・・・・という、なんとも恐ろしい・・・・・・

「勝ち逃げ」は、伯母の死後、明らかとなったその生き様。この作品はホラーというよりも、独身を貫いたまま亡くなった元教員である一人の女の生き様を示すもの。何気にもっと調べてみれば、さらに色々なエピソードが語られそうな。

「ムクロバラ」は、すでに解決された事件を全て“ムクロバラ”がやったと語る男と、それを聞かされる刑事の顛末を描いた作品。まさに“魔が差す”という話。その象徴的を示す言葉が“ムクロバラ”。

「さよなら、キリハラさん」は、5人暮らしの住宅のなかで、突然音が聞こえなくなるという事態が!? どこからともなく現れたキリハラという男が語る驚くべき話とは! こちらは何気に家族の絆を描く物語。SF的な展開が面白い。


夢にも思わない   5.5点

1995年05月 中央公論社 単行本
1997年10月 中央公論社 C・NOVELS
1999年05月 中央公論新社 中公文庫
2002年11月 角川書店 角川文庫

<内容>
 中学生の僕(緒方)と親友の島崎が住む町の庭園公園で毎年行われている“虫聞きの会”。僕はクラスで気になっている女の子のクドウさんがその会へ行くというのを聞き、今まで出たことのなかった虫聞きの会へ参加してみることにした。当日、公演で「中学生の女の子が倒れている」というのを聞きつけ、行ってみると、そこには死体となったクドウさん・・・・・・と思いきや、その後クドウさんによく似ている彼女の従姉だということがわかり・・・・・・

<感想>
「今夜は眠れない」に続く、中学生の僕と、その親友の島崎が活躍するシリーズ作品。シリーズと言っても、これ以降は作品がでなかったようであるが。

 本書は青春ミステリと呼ぶにふさわしい内容。ただしミステリといっても、起きる事件自体が大きなものであり、中学生が介入できるようなものではない。ゆえに、その事件を通して、主人公らがどのように考え、どのように行動するか、といったところが焦点となる作品となっている。

 主人公の僕は事件を通して、恋人ができて、うかれながらも友人の島崎の言動を気に病むことに。恋人のクドウさんは島崎のことをどう思っているのか? そして島崎の方はクドウさんのことをどう思っているのか? という面においても悩むこととなる。そうしたモヤモヤしたものが、起こる事件に関わってゆくことによって、主人公の“僕”自身が知らなかった様々な事実を目の当たりにすることとなる。

 最後に主人公がとった行動は、やや厳しすぎるもののように思えてしまう。しかし、そこは中学生故に、恋愛をも上回るものが存在すると言うことなのであろう。


鳩笛草   6.5点

1995年09月 光文社 カッパ・ノベルス
2000年04月 光文社 光文社文庫
2011年07月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 「朽ちてゆくまで」
 「燔 祭」
 「鳩笛草」

<感想>
 久々に再読した作品。これを読んだ当時は、そう思わなかったのだが、今読むとSF的な作品だなと感じた。近年、SFの定義というようなものが広がりつつあるのかもしれない。また宮部氏って、よく考えるとこういった超能力的なものを扱った作品を結構書いていることに今更ながら気が付く。

「朽ちてゆくまで」
 祖母を亡くした智子が遺品を整理すると大量のビデオテープを発見することに。そのテープに写っていたのは、幼い智子が未来を予見すると思われる発言をしているところであり・・・・・・。

 主人公の過去を紐解く内容の作品。過去の出来事をビデオテープにより知ることにより、失われた記憶が徐々に戻ってゆくという書き方が、非常にうまくできている。派手さはないが、超能力と過去の記憶というものをうまく結びつけて書かれた作品であると思われる。

「燔 祭」
 多田一樹は新聞で四人の男女が焼け死んだという記事を見つける。一樹は青木淳子のことを思い起こす。彼女は妹を殺された一樹の代わりに、自らの“力”を使って復讐を果たしたのではないかと・・・・・・。

 後に「クロスファイア」という長編に発展することとなる作品。収められている三作品のなかでは激しめの内容であり、火を発する能力を持つ青木淳子という女性についても鮮烈に描かれている。語り手の多田一樹という人物はいたって普通の人物であるのだが、その一樹がまるで制御不能の強力な武器を手にしてしまい戸惑うような作品であるとも捉えられる。犯罪被害者の葛藤を問う作品であり、また強力な武器を手にしてしまった人間の在りようを描いた作品でもある。

「鳩笛草」
 警察署刑事課に勤める本田貴子は相手に触れることにより、その相手の考えを読むことができるという能力を持っていた。露出狂や傷害事件などを抱えている中で警察署所管で誘拐事件が発生することに。張り切って事件捜査に挑む貴子であったが、徐々に自分の能力が薄れ始めているのではないかと恐れ始め・・・・・・。

 主人公が刑事であるのだが、それでも他の2作品と比べると落ち着いた内容という感じがした。この作品では相手の心を読み取ることができる女性刑事がその能力を良い方向にのみ使用しているゆえに、落ち着いた作品と捉えられたのだと思われる。ただしこの作品では、持ち得ていた超能力の喪失をテーマとした作品でもある。その能力ゆえに有能な刑事となりえたと信じる主人公が、能力の喪失により普通以下の刑事となることに怖れつつも、現状で起きている事件の解決を図ってゆくというもの。普通の警察モノとしても十分見ごたえがあった作品であった。


人質カノン   6点

1996年01月 文藝春秋 単行本
2001年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
「動くな」。終電帰りに寄ったコンビニで遭遇したピストル強盗は、尻ポケットから赤ちゃんの玩具、ガラガラを落として去った。事件の背後に都会人の孤独な人間模様を浮かび上がらせた表題作。タクシーの女性ドライバーが遠大な殺人計画を語る「十年計画」など、街の片隅、日常に潜むよりすぐりのミステリー七篇を収録。

 「人質カノン」 (オール讀物:1995年1月号)
 「十年計画」 (小説新潮:1993年9月号)
 「過去のない手帳」 (オール讀物:1995年5月号)
 「八月の雪」 (オール讀物:1993年8月号)
 「過ぎたこと」 (小説新潮:1994年7月号)
 「生者の特権」 (オール讀物:1995年7月号)
 「漏れる心」 (オール讀物:1995年11月号)

<感想>
 宮部みゆきによる、ものがたりによる都市論。都市論などというと難しく感じてしまうが、この作品では都会における現代の人間模様がわかりやすく描かれている。特に浮き彫りにされているのが、“孤独”と“いじめ”がある種のテーマのように感じられる。これらは現代の風土病といってもいいものであろう。短編のいくつかに出てくる“いじめ”であるが、それらは必ずしもきれいに解決されるわけではない。しかし、その問題に悩み、考えることこそがある種の“都市論”といいたくなるようなものをかもしだしている。また、「漏れる心」で取上げられる住宅をテーマにしたものも面白い。これらのように現代における身近なものから起こる事件を取り扱うだけでなく、それらのテーマについて読者に“訴えかける”“考えさせる”ような形にまとまっているのがこの作品の秀逸なところではないだろうか。


蒲生邸事件   6点

1996年10月 毎日新聞社 単行本
1999年01月 光文社 カッパ・ノベルス
2000年10月 文藝春秋 文春文庫
2017年11月 文藝春秋 文春文庫(新装版 上下巻)

<内容>
 大学受験に失敗した尾崎孝史は、予備校受験に挑むため上京し、ホテルに泊まっていた。そのホテルで火事に遭遇した孝史は、危ないところを見知らぬ男に助けられる。孝史が気付いたとき、男が述べたのは、ここは60年前の昭和11年2月、ちょうど二・二六事件が勃発していた時であるというのだ。孝史を助けた男は時間旅行をする力があり、火事で火に巻かれそうになった際に、とっさにタイムスリップしたという。尾崎孝史は、蒲生邸と呼ばれる屋敷に滞在することとなり、その屋敷のなかで起きた事件に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 かつて単行本で出版されたときに読んだ作品。よって20年以上前に読んだ本。それが新装版で出たのを機に再読。宮部氏の作品は色々と読んだのだが、そのなかでも不思議とあまり印象に残っていなかった作品。そういうこともあり、再び読んでみたいと思った次第。

 この本、何気にタイムスリップを描いたしっかりとしたSF作品と言ってっもよいくらいのもの。ただし、ハードSF仕様ではないので、難しい説明は一切なく、ただそういった能力を持ち合わせたというのみの設定。それゆえに、小難しいことは考えず、物語を楽しむことができる内容。

 そしてタイムスリップした先が、二・二六事件が起きた昭和11年当時の東京。その時代の蒲生邸という屋敷のなかでの出来事が描かれている。主人公の浪人生がその時代に飛ばされてあたふたしているのと同様、私自身も二・二六事件って名前は知っているにも関わらず、あまり詳しい内容は知らない(個人的にその時代を背景としたミステリを何冊か読んでいるにも関わらず)。浪人生・尾崎孝史を現代から連れてきた時間旅行を可能にする男が疲労によって倒れたため、孝史は一人でなんとかその時代で時を過ごさねばならなくなってしまう。

 その蒲生邸で屋敷の主人である蒲生大将が死亡しているのが発見され、その騒動の渦中に尾崎孝史は巻き込まれる。果たして自殺なのか? それとも他殺なのか? そして事件の背景となる動機は何なのか? それを探り出してゆくことが焦点となる。

 この作品、登場人物らもそれなりにしっかり設定されており、それぞれキャラクターが栄えていて、内容についても興味深く読めるものとなっている。ただ一つ気になるのは主人公である尾崎孝史のスタンス。一見、消極的にしか見えない主人公が何ゆえに、周囲からの冷たい視線をよそに事件に積極的に関わっていくこととなるのか、なんとなくそこが矛盾していたように思えてならない。通常であれば、他から来た人間故に傍観者に徹するべき設定のような気もするのだが、その事件に関わろうとする理由が希薄なのが作品に対する唯一の欠点ではないかと思われた。

 この作品を読んだだけでは二・二六事件に詳しくなるとまではいかないが、少なくともこれを読むことによりその歴史上の出来事に興味がわくというのは間違いないことであろう。復刊されたのを機に若い世代に読んでもらえたらと感じられた作品である。




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