中井拓志  作品別 内容・感想

レフトハンド

1997年06月 角川書店 単行本
1998年12月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 製薬会社テルンジャパンの埼玉県研究所・三号棟で、ウィルス漏洩事件が発生した。漏れ出したのは通称レフトハンド・ウィルス、LHVと呼ばれる全く未知のウィルスで致死率は100%。しかし、なぜ三号棟がこのウィルスを扱っていたのかなど、確かなことは何一つ分からない。漏洩事故の直後、主任を務めていた研究者・景山智博が三号棟を乗っ取った。彼は研究活動の続行を要請、受け入れなければウィルスを外へ垂れ流すと脅かす・・・・・・


quarter mo@n

1999年12月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 1999年の夏が何事もなく過ぎた途端に岡山県久米原市でおかしなことがはじまった。9月3日未明。新興住宅地立見台地区で女子中学生二人が投身自殺を図った。現場に残されたのは”わたしのHuckleberry friend”という走り書き。一週間後には立見台中学の女性教師が同じ場所から投身自殺。さらに数日後、立見台中学生四人の自殺と一人の殺人が確認され、どの現場にも、やはり同様の意味不明の走り書きが残されていた。果たして八人のの死が意味するものは? そして走り書きの謎は?
 さらに増える死者達。生徒との壁にぶつかり自我崩壊した女教師。生徒達が集うチャットルーム”帝国”。それらを統べる、Huckleberry friendと四人もしくは三人の女神達。それを追う一人の警官と本庁の新米女捜査官。途方にくれる中学生たち、そしてチャットの主催者であった英語教師。このルールを止めるにはいったいどうすれば・・・・・・

<感想>
 ある意味、子供のお遊びである。子供たちが自分達でルールを決め、それにのっとり行動をする。しかし、いつしかそのお遊びのルールが彼らを強く縛り付け、彼らは死すらをも考えるようになる。こういったお遊びはいつの時代でも変わりなく、この物語ではそのコミュニケーション手段として、コンピュータネットワークが使われている。コンピュータが媒体となることにより、匿名性がそこには確立し、子供達がより残酷なルールを平気でくだすことができるようになるということか。

 こういった話はコンピュータネットワークを抜きにすれば、他にもいろいろと書かれている。子供達がこういったルールに否が応でも従わなければならないという強迫観念を持つのは、罰則となる“仲間はずれ”を回避するためだろう。そこにはリンチといった暴力も存在するが、彼らにとっての一番辛いことはこの“仲間はずれ”に違いない。毎日必ず学校へと行き、そこで過ごして行くには、その共同体の中で過ごしやすいグループを作るのが一番である。高校生ぐらいにでもなれば、孤独にも耐えられる者も多くなるだろうが、小中学生にとっては独りというのはきついだろう。結局、“いじめ”というものもこういうところに行き着き、加害者からしてみればグループを確立するためのルールにのっとったゲームであるのかもしれない。しかし、被害者にしてみれば、それがいつしかゲームを超えるラインまで追い詰められるのであろうが・・・・・・


アリス

2003年03月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 1995年8月、東晃大学医学部の研究棟、通称「瞭命館」で60名を超す人間が同時に意識障害を起こす惨事が起こった。しかし、懸命の調査にもかかわらず、事故原因はつかめないままとなった。それから7年。国立脳科学研究センターに核シェルター級の厳重警戒施設が建造されていた。そこは比室アリスという少女を監視・隔離するためのものだった。世界を簡単に崩壊させる彼女のサヴァン能力とは一体!?

<感想>
 パニック・バイオ・ホラー小説とでも呼ぶべきか。いや、“バイオ”よ呼ぶよりは精神的な意味として“サイコ”と銘打ったほうがよいのかもしれない。

 ある種の感染症被害におけるパニックを描いている本書。一応便宜的に“感染”という言葉を使ったが、実際には一般にいう“感染症”の類ではない。人々が被害にあうのは薬品や細菌といったものではなく、外にあふれ出た精神世界の干渉とでもいったほうが適している。作中の言葉を用いて具体的に説明すれば、「干渉する多次元の世界」というところか。

 本書では、この多次元の世界というものの説明付け、そして多次元に飲み込まれた者達の様相が描かれている。この多次元というものの説明は少々わかりづらい。しかし、その後に現実世界は一次元であるという説明がなされるのだが、こちらの説明をふまえるとなんとなくわかったように感じられた。

 全体的に物語性としては希薄に感じられる。あくまでも物語の全体の構造を示そうとせず、その多次元世界にだけこだわって、話が進められる。ただ、その説明はなかなか興味深いものであると感じられたので、この説明に興味を持つことができれば面白く読むことができるだろう。ある種ハードSF的な作品であると捕らえるべきなのかもしれない。

 ただし、結局のところ最終的な結末として、どのようにとらえればよいのかについては判別できなかった。人としての進化を目指したのか、それとも原始的な退化による奇跡であったのか。もしくはこの多次元という世界感を著者なりに説明してみたかったのかもしれない。

 最後に本文中から印象に残った一言。 「すべてはしがない一次元上の夢なんです」


獣の夢

2006年01月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 今から9年前の1995年、とある小学校の屋上にて衝撃的な事件が起きた。6年生の同じクラスの児童23名が、日没後校舎に侵入。その後、彼らは花火などを打ち上げて遊んでいたのだが、ふざけあっているうちに一人の少年が頭を打ち死亡してしまう。すると彼らは、その遺体をナイフにて損壊し、屋上から外へと投げるという行為におよぶことに!
 その事件から9年後、また同じ場所で死体遺棄事件が起こった。それを知った、9年前の当事者の一人は“獣が戻ってくる”と・・・・・・

<感想>
 小学校を舞台にした事件という事で、中井氏の2作目の「quarter mo@n」のような作品かと思っていたのだが、だいぶ異なる内容のものであった。本書は舞台が小学校というだけで、主導で動くのは事件を捜査する大人たちである。そして、その事件を捜査するものたちの駆け引きが描かれた作品という印象が強いものとなっている。これはホラー小説というよりは、一風変わった警察小説といったところであろう。

 物語を主導していくのは、9年前の事件を経験し、そのうちの首謀者と目されるひとりの少女と今でも関わり続ける一人の刑事。そして、正面から事件を捜査し続ける県警捜査一課の刑事。さらにはこの事件を予告していたという“科警研”を名乗る心理的な面から事件を探ろうとするもの。彼等がそれぞれの思惑から事件を捜査し、徐々に真相へと迫って行く、という流れで構成されている。

 驚かされたのは、そこそこきちんとした解決を用意していた事。これに関しては“ホラー文庫”という位置付けもあり、ある程度超自然的なものが介在していると考えていたのだが、そういったあやふやな解決の仕方をしていない事にはびっくりした。

 ただ、もう少し普通に終わらせてくれればよかったのだが、“ネット社会による事件の拡大化”とでも言えばいいのか、そういうものを持ち寄った終わり方というのは、最近では珍しくもないのでかえって余計であったかなと思われた。とはいえ、それが本書の主題であったのかなとも思えなくもない。

 そんなわけで、一見した印象とは全く異なる内容の展開が描かれている作品であった。どのような人に、どう薦めればよいのかが困るところであるが、“現代的な事件とその影響力を描いた作品”というようなものに興味がある人は読んでみてはいかがだろうか。


ワン・ドリーム  〜みんなでひとつの悪い夢〜

2010年07月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 和歌山県でひそかに開発されていた自衛隊の特殊兵器。それは極めて人道的な兵器と呼ばれ、“悪夢”を周囲の者達に体験させ、無力化を図るというものであった。しかし、その兵器が予期せぬ力を発揮し、観測をしていた自衛隊員のみならず、その影響は周囲の町にまで及ぼすこととなった。するとその兵器により見られる悪夢をすでに経験したことがあるという双子の女子高生の存在が明らかとなり・・・・・・

<感想>
 最初読み始めた時は以前の作品の続編かと思われたのだが、そういうわけでもないようだ。過去に書かれた作品の中に、似たようなテーマのものがありそれとダブらせてしまったよう。とりあえず、過去の作品とは関係なく単体で楽しむことができるパニック・ホラー的な内容の作品。

 荒も感じられるものの、楽しめないこともないという微妙な面持ちの作品。荒というのは、目的があいまいと感じられるところ。自分たちで管理していた兵器が勝手に暴走し、その管理していたはずの兵器により周囲の者達が右往左往することとなる。そこに当事者以外の自衛隊の部隊が色々とやってくるので事態はややこしいこととなる。

 これだけ大掛かりにやっている実験であれば、もっと緊急避難対策の処置とかとられてもいいと思うのだが。これだけ大きく実験しているにもかかわらず、なんとなく秘密裏という感じで、他の部隊は事情に詳しくないというところが理解しにくい。

 では一概に内容がつまらないのかというとそういうわけでもない。ごちゃごちゃしていながらも、要所要所ではうまくできているようにも感じられる。最終的にもうまくとは言えないまでにも事態をまとめており、収拾がつかないまま終わるということもない。なんとなく、書きようによってはもっときちんとした話になりそうな感じがしなくもなく惜しいとさえ思われる。要するにこれぞ“B級パニック・ホラー”だ! というような小説だということか。こういうのが好きな人はそれなりに楽しめるのではないだろうか。少々マニアックな作品と言えよう。


ゴースタイズ・ゲート  「イナイイナイの左腕」事件

2011年11月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 警察庁科警研心理三室、ここの目的は霊能力者である芙葵という少女を事件現場へ連れて行き、その脳機能のパターンを測定する。そして計測したパターンから事件の解析を行い、捜査の役に立てるという新しい部署である。主任にして唯一の研究員の三島夕季、メカニック担当の井ノ頭、霊能力を持つ芙葵は、普通の捜査では解決できない難事件に挑む。

 case01:「鏡の縁の女」
 case02:「イナイイナイの左腕」

<感想>
 中井氏もホラー小説大賞受賞以降、いろいろと作品を書いてきているが、ようやく“良い”と思われる作品がでてきたと感じられた。今までの中井氏の作品のなかでも群を抜いて楽しめた作品。

 警察庁科警研心理三室という科学班が、霊が関わっていると思われる不思議な事件を調査するという内容。それだけを聞くとありがちなものと思われるが、そこに“脳波”と“検証”を用いることによって、独自性が感じられるものに仕上げられている。

 不可思議な現象を単なる霊によるもの、ということで終わらせないで、霊能力者による霊の検証としながらも、そこから科学的・心理的な検証によって事件を解決するという解決方法を用いている。

 主人公の設定についても、この作品では解決されない謎を残しているので、ひょっとすると続編が期待できるかもしれない。この作品を読んで、個人的には続編を読みたいと強く感じてしまった。このシリーズで、うまくいけばブレイクしてくれるのではないかと期待したいのだが・・・・・・映像化はちょっと難しそうかな。


ゴースタイズ・ゲート  「世界ノ壊シ方」事件

2012年12月 角川書店 角川ホラー文庫

<内容>
 東京都の埼玉との境にある小都市。そこでは、3件の女子中学生の死亡事故が起きていた。現場の状況から、どれもが自殺ということははっきりしているのだが、不審な点も見受けられた。3件の現場全てに残された蝋燭と割れた鏡は何を意味するのか!? 不可解な事件の謎を解き明かすべく警察庁科警研心理三室が呼ばれることとなる。

 case03:「世界ノ壊シ方」
 case04:「顧みの人形」

<感想>
 希望していた“警察庁科警研心理三室”の続編が無事出版された。この分ならば、今後の続編も期待できるだろう。1年に1冊くらいづつ読めることを期待したい。

 今回、心理三室の面々が捜査するのは、都市伝説のような伝承を背景とした連続自殺事件と、動く人形をめぐる事件。今回の作品で驚かされたのは、前作と同じように霊能的な調査が進められるも、解決に関してはあくまでも科学的に説明しようとするところ。決してそれだけで納得させられるものではないのだが、書類上、もしくは心証としてはそれで十分だというところまでは、きっちりと科学的に謎の裏付けを行っているのである。

 霊能少女・芙葵も前作に劣らず活躍(?)してはいるようだが、今作では科学的な説明により事件を収束しているが為か、なんとなく存在が目立たなかったような気もした。むしろ今作は、普通の地道な警察捜査が繰り広げられる作品というように感じられた。とはいえ、それはそれで十分に面白く、単なる軽いホラーに収まらず、今後も色々な方向性を楽しめるシリーズとなりそうである。




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