中山七里  作品別 内容・感想

さよならドビュッシー   7点

第8回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作
2010年01月 宝島社 単行本

<内容>
 ピアニストを目指す遥は理解のある両親や祖父、そして一緒に暮らすことになった従姉妹に囲まれ、普通に幸せな日々を送っていた。しかし、高校に入学しようという矢先、家が火事になり、彼女は大やけどを負うことに。絶望に打ちひしがれながらも、プロのピアニストとの出会いにより、彼女はコンクールへの出場を目指すことに・・・・・・

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<感想>
 意外といっては失礼だが、非常に面白かった。それほど期待していなかったせいもあるのかもしれないが、その内容、面白さにびっくりさせられた。

 大雑把に言うと、大やけどを負った少女のピアニストとしての再生の物語。読んでいて最初に感じたのは、やけに文章がしっかりしているなということ。新人にしては安定感があり、またピアノ演奏の表現が実にうまく描かれている。最初はその文章力に感心させられた。

 ただ、物語が進むにつれて、エンターテイメント作品としての普通の着地点が予想され、やや中だるみを感じてしまった。しかし、後半へと進むに従って、演奏の描写の力強さと、主人公から感じ取れる生命力に惹かれて行き、ページをめくる手がとまらなくなり、中盤以降は一気読みさせられてしまった。

 また、普通の終わり方だろうと勝手に予想していた着地点に関しても、予想外の結末を迎えることとなり、そこでもまた度肝を抜かれてしまった。あれこれ書いてしまうとネタバレとなってしまうので、詳しくは書かないが、読み終えた後に話全体を振返ってみると、物語全体が非常に考え抜かれたものであるということに改めて気づかされた。

 いや、これは驚きの収穫であった。これだけのものが書けるのであれば今後の活躍にも期待できるであろう。文章力があるぶん、ひょっとするとミステリからは離れてしまうことになるかもしれないが、良い作品を書いてくれるという事には間違いないであろう。


おやすみラフマニノフ   5.5点

2010年10月 宝島社 単行本

<内容>
 音大4年生の城戸晶は就職を間近にひかえつつも、プロとして職につけるものはごくわずかという厳しい現実に悩まされていた。そんな折、秋の演奏会で学長自らがピアノをひくというオーケストラのオーディションが開催されることとなった。城戸晶はオーディションに合格し、メンバーに選ばれることとなる。過酷な現実から逃避するように、とりあえずオーケストラの練習に専念しようとした矢先、そのオーケストラで使用する予定であった2億円相当のチェロが盗まれるという事件が起こる。しかもその事件はどのように盗まれたのかがわからず、密室から忽然と消えてしまったかのようであった。城戸晶はオーケストラを成功させるため、チェロの盗難事件の謎にピアノ講師の岬洋介と共に挑むのであったが・・・・・・

<感想>
「このミス」大賞を受賞した「さよならドビュッシー」に続く作品が一年を待たずして出版された。この作品もタイトルのとおり音楽の世界を背景に物語が繰り広げられる。

 この作品は前作と比べるとかなりミステリ色が薄いように感じられた。高価なチェロが警備員と監視カメラによって管理されている倉庫から忽然と消え失せたという事件が冒頭に起こるものの、謎らしい謎はこれだけといってもいいくらい。他にも主人公らの周囲でちょっとした事件は起こるものの、あまり目立つようなものではない。

 今回の作品では“始めにミステリありき”というよりも、音大から飛び立とうとする若き演奏家たちの葛藤の物語が中心に置かれ、事件はそれに添えられるようなものである。事件については、最後はきちんとまとめられており、伏線が張られていたりするのだが、読み終わった後でもミステリとしての印象の薄さは変わらないままであった。

 本書はあくまでもバイオリニストを目指す主人公が音楽家として生きていくことに対する葛藤と成長を描いた作品といえよう。その成長物語はそれなりにうまく描かれているとは思えるものの、目新しさはなく、非常に都合の良い成長物語という風にとらえられた。物語としては決して悪くはないのだが、どこにでもありそうな普通の物語という印象にとどまってしまう。


連続殺人鬼カエル男   6点

2011年02月 宝島社 宝島社文庫

<内容>
 人気のないマンションの13階にて、階段昇降口の庇にシートでくるまれた女性の全裸死体が発見された。現場には子供が書いたような稚拙な文章が残されていた。その後、同じ人物の手によって次々と起こる殺人事件。マスコミは犯人を“カエル男”と名付けた。埼玉県警捜査一課の刑事、古手川は犯人の正体を突き止めようとするものの、街はパニックに見舞われ、思わぬ事態に遭遇することとなり・・・・・・

<感想>
 中山氏の3作目となる作品であるのだが、3作目にしては粗いなと感じられた。あとがきを読んでみるとそれもそのはず、本書は氏のデビュー作「さよなら、ドビュッシー」とともに“このミス”大賞の選考に残っていた作品であったのだ。そのときのタイトルは「災厄の季節」となっており、改題して今回文庫で出版されることとなったようだ。

 そんなわけであるから粗さが目立つのも無理はない。気になった点をあげると、一つは人物造形について。主人公の若手の警官・古手川に関しては問題ないと思うのだが、彼をサポートする老練な刑事・渡瀬については、少々スーパーマン過ぎて現実味が乏しいと感じられた。“老練”というベテランな部分と、蘊蓄というか、やたらめったら何にでも詳しいという部分がどうもマッチしていなかったように思える。

 また、物語の要素についてもちょっと詰め込み過ぎたきらいがあるのではないだろうか。社会派ミステリとして幅を広げようとしたという思いは伝わって来るものの、結局のところ主題がぼやけてしまったように思える。

 とはいえ、社会派サスペンス・ミステリとして、読み応えのある出来栄えに仕上げられているのは確か。全体的にもっとすっきりしていれば、さらに評価は高かったと思うのだが、それゆえに大賞を受賞できなかったということなのであろう。


魔女は甦る   6点

2011年05月 幻冬舎 単行本

<内容>
 埼玉県の田園地帯で目を覆うような類を見ないほど肉体が破壊されたバラバラ死体が発見された。その様子には捜査一課の槇畑啓介も目を覆うほどであった。やがて被害者は製薬会社に勤めていた質素な暮らしを送っていた青年であることが判明する。被害者には、このような目に会うはずの動機がいっさいなかった。しかし、彼が務めていた製薬会社というのが、外資系の会社で埼玉の支店はすでに閉鎖されているとのこと。死体のそばにはその閉鎖された工場が・・・・・・。いったい彼に何が起きたというのか。事件は徐々に、最近頻発する麻薬事件に関連しているということが明らかになってゆき・・・・・・

<感想>
 何か、反則すれすれの作品という気がした。面白さと面白くなさがギリギリ紙一重のところにあり、強烈なインパクトにより、面白さの領域にとどまったという感じの作品。“バカミス”系のトリックというか、ネタが盛り込まれた作品という見方もあると思う。

 基本は警察小説なのだが、この作品のラストの展開を考えると盛り込み過ぎのようにも感じられる。外資系の製薬会社の謎、巷で頻発するヒートという麻薬による被害、被害者の人生の背景、その他もろもろ。最初は警察小説として話が展開していくゆえに、こういった内容が盛り込まれるのも仕方ないと思われたのだが、ラストはこういった話とは打って変わって、スピーディーなパニック・サスペンスとなっている。

 本書はおおまかに1章から3章までで構成されている。しかし、この作品での一番メインとなる謎が2章の終りでほぼ明らかになっているというのが微妙なところ。そうして、3章ではそれまでの警察小説とは全く異なる展開となってゆく。

 この展開が、考えつくされた流れなのか、最終的に話がそういった方向へ流れてしまったのか、大いなる疑問である。まぁ、ネタからして、こういったパニック・サスペンス的な展開になるというのもわかるのだが、その分詳細な点がぼかされたような気がしてならない。

 ちょっと反則っぽい作品のような気もするのだが、十分なインパクトは与えられているので、単に悪い作品とも言えない微妙なバランスの上に立っている作品。まぁ、どう判断するのかは、読む人それぞれにまかせるということで。


要介護探偵の事件簿   6点

2011年10月 宝島社 単行本

<内容>
 不動産会社を興し、一代で成功を収めたやり手の社長・香月玄太郎。ある日、70歳という年齢のせいか脳梗塞を起こし、一命はとりとめたものの介護を必要とする不自由な体となってしまう。しかし、玄太郎は体は不自由でも気持ちは変わらず、いろいろな所に顔を出しては騒動を巻き起こす。そうして、遭遇した数々の事件を快刀乱麻の如く解決してゆく!

 「要介護探偵の冒険」
 「要介護探偵の生還」
 「要介護探偵の快走」
 「要介護探偵と四つの署名」
 「要介護探偵最後の挨拶」

<感想>
 読んでびっくりしたのは、なんと本書は著者の処女作である「さよならドビュッシー」の前に起きていたことを描いた作品であるということ。直接内容は関連していないものの、懐かしい名前が出てきて驚かされた。本書は、その「さよならドビュッシー」では少ししか登場しなかった香月玄太郎という個性の強い老人が主人公として描かれた作品。

 パッと読み流していると、どの作品も蘊蓄めいたことが多いと感じられた。不動産についてとか、介護についてとか、そういった事細かな説明が多い。しかし、そういった蘊蓄のみが色濃く出ている作品かと言えばそういうわけではなく、どの短編もきちんとしたミステリ作品として仕上げられている。

 特に「要介護探偵の生還」では、単なるリハビリ物語と思わせておいて、とんでもない展開が用意されていたりする。他にも密室殺人、謎の通り魔事件、銀行強盗との攻防など、バラエティー豊かなミステリが繰り広げられている。

 また、本書の特徴と言えばなんといっても探偵役となっている香月玄太郎の人柄と言えよう。戦後にばりばり働いて活躍した、口は悪いが人情味があふれるという典型的な人物であるのだが、最近はこのような主人公を見ることはできず、なんとも懐かしさを感じてしまう。この主人公の人柄に関しては賛否両論あると思うので、合わない人にとっては徹底的に合わないであろうが、好みの人にはツボにはまる作品と言えよう。


贖罪の奏鳴曲   6.5点

2011年12月 講談社 単行本

<内容>
 敏腕弁護士の御子柴礼司。彼は高額の報酬を受け取り、有罪確実と目される容疑者でさえも無罪を勝ち取ることから、検察や警察からは目の敵にされていた。そんな彼が現在受け持っているのは、障害者を息子に持つ母親が夫に高額の保険金をかけ、事故にみせかけ殺害したということで起訴されている事件。その事件に関係あるのか、ないのか、御子柴はとある記者の死体を遺棄していた。いったい何が起こっているというのか? そして裁判の行方は?? さらに御子柴は警察の捜査によりプレッシャーにさらされることとなり・・・・・・

<感想>
 デビュー以来、中山氏の全作品を追ってきているのだが、本書は「さよならドビュッシー」に次いで良い作品と思えた。単に法廷ものとしてだけではなく、さまざまな要素を張り巡らせた濃厚なミステリ作品となっている。

 本書の焦点は、御子柴弁護士が何故死体を遺棄したのか? その死体を殺害したのは誰か? もうけ主義であるはずの御子柴が、国選弁護士としてもうけの少ない依頼人を熱心に弁護をする理由は? そしてその裁判の行方は? といったところ。さらには、御子柴の歩んできた人生が物語全体に大きな影を差すこととなる。

 要素だけを取り出すと、全体的にかなり濃い内容なのだが、こういったものをある程度のページ数にうまく収めていると感心させられた。それゆえに、社会派小説のようにも感じ取れる割には、物語のスピード感がにぶらないのはたいしたもの。個人的には、最後の最後でのどんでん返しまでは余計なように思えたが、よくできていると感じられた。なかなかの秀作。


静おばあちゃんにおまかせ   6点

2012年07月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「静おばあちゃんの知恵」
 「静おばあちゃんの童心」
 「静おばあちゃんの不信」
 「静おばあちゃんの醜聞」
 「静おばあちゃんの秘密」

<感想>
 人当たりの良い刑事が難事件の内容を友人の女子大生に話し、その女子大生は元裁判官である祖母に相談し、その祖母が事件の謎を解くという連作短編集。

 それぞれの作品が、不可能犯罪を扱ったものとなっており、きちんと本格ミステリしている内容となっている。ただし、全てが既存のトリックであり、過去に例を見ないようなものはなく、それゆえに全体的な印象はやや薄い。

 以前に著者である中山氏が書いた「要介護探偵」というこちらは老人が活躍するミステリ作品であったが、本書はその女性版という感じ。老齢のものが登場するがゆえに、説教臭いとまでは言わないが、道徳的な面についてそれぞれ言及しているというのもこの作品の特徴の一つか。

 ブラウン神父の作品からとった章題が意外とうまくマッチしていた。また、連作短編でありつつ、きちんと一冊の本としてもまとめているところも良くできていると感心させられる。薄味ながらも、きちんとつくられたミステリ作品という感じであった。


ヒートアップ   6点

2012年09月 幻冬舎 単行本

<内容>
 厚生労働省管轄の麻薬対策課に所属する麻薬取締官、七尾究一郎。彼は麻薬に対して抗体があり、その特異体質を生かし、おとり捜査によって検挙率をあげていた。今、彼ら麻薬取締官を悩ますのはヒートと呼ばれる新種のドラッグ。ヒートを服用したものは、兇暴性が増し、通常では考えられないほどの攻撃性を持つこととなる。そのヒートの撲滅を目指す七尾であったが、売人と目される仙道の行方を捕えることがどうしてもできない。そんなとき、同じくヒートの影響に困り果てていた暴力団員の山崎が七尾に協力体制を申し出てきた。二人はなんとかヒートの供給元を突き止めようとするのだが・・・・・・

<感想>
 2011年に幻冬舎から出版された「魔女は甦る」の設定を引き継いだ内容のようである。違法ドラッグ“ヒート”を巡って麻薬取締官・七尾の活躍が描かれた作品。

 序盤は麻薬取締官が活躍するという内容であったのだが、後半に入ってからは、あまりにも前作の設定を引き継ぎすぎたような気がする。物語の途中で、七尾に殺人の嫌疑がかけられることとなり、その真相を探るというのが本書の核のひとつである。にも関わらず、後半はそんな内容とは関係なしに、派手なアクションが炸裂しまくり、前半の内容は何だったのかと思えてしまうほど。そうこうしている内に何となく真犯人が捕まって一件落着にて終幕。

 せっかく麻薬取締官という設定を持ってきたのであれば、そちらをもっと生かしてもらいたかったところ。また、麻薬取締官とインテリやくざが協調して捜査するという流れも面白かったので、こちらももっと物語上生かすことができたのではないかと思われた。むしろ「魔女は甦る」の設定を引き継がない方が内容としては良かったのではないだろうか。


スタート!   6点

2012年11月 光文社 単行本

<内容>
 映画業界で助監督を務める宮藤は、この業界の仕事に嫌気が差し始めていた。以前のように情熱や信念を込められるような映画作りがしたい! そう願っていたとき、映画界の巨匠・大森宗俊が久々にメガフォンをとることになり、宮藤もその一員として呼ばれることとなった。久々に良い仕事ができる!! そう皆が期待してスタッフや役者が集まって映画の収録が始まったものの、さまざまな横やりが入ることとなる始末。それでも、監督やスタッフの協力のもと撮影が突き進められてゆくのだが、ついには殺人事件が発生することとなり・・・・・・

<感想>
 おお、これはなかなか面白い。映画業界の話から、映画撮影における細かい話まで色々なことが情熱的に語られている。著者の中山氏は、ひょっとしてこういった業界も経験しているのであろうか。もし、単なる一映画ファンとして描いたというのであれば、それはそれですごいことである。

 そんなわけで、単に映画の業界の話を書いた小説なのかと思って読んでいたら、実はきっちりとしたミステリ作品となっている。事件・事故が起こり、さらには予想していなかった殺人事件までが起こる始末。正直なところ、この物語にミステリ性なんていらないのではと感じられたのもまた事実。十分に映画業界のひと幕を書いたという内容だけで面白かったし、むしろミステリ的な事象など余分であるとさえ感じてしまった。

 それでも最後まで読むと、きっちっとミステリ的にも映画的にも計算された内容であることがわかり、うまい具合に物語を締めているなと感心させられた。また、さまざまな事件・事故や横槍も、意外とそれはそれで映画作りを担う大事な一コマになり得るということも納得させられてしまった。映画作りというものに対する情熱を存分に感じさせられた小説であった。


いつまでもショパン   6点

2013年01月 宝島社 単行本

<内容>
 ポーランドで開催される5年に1度のショパンコンクール。ポーランドの若き新鋭ピアニスト、ヤン・ステファンスも出場者のひとりであった。自らがポーランドのショパンを継承すると意気込んで臨んだものの、他の国からの出場者の技量に圧倒されてしまう。その中には日本出身のピアニスト二人、最年少で盲目のリュウヘイサカキバと、最年長のヨウスケ・ミサキがいた。そうしてコンクールは予選から本選へと進んでいくのだが、会場内で殺人事件が起こることに。現在、ポーランド国内にてテロ活動が行われているのだが、その主犯がコンクール会場に紛れ込んでいるようなのである。そのテロリストは“ピアニスト”と呼ばれており・・・・・・

<感想>
「さよならドビュッシー」「おやすみラフマニノフ」に続く、ピアニスト・岬洋介が登場するシリーズ3作品目。舞台はポーランドにて、ショパンコンクールと暗躍する謎のテロリストを描いた内容となっている。

 ショパンコンクールといえば漫画「ピアノの森」にて、ちょうどこのコンクールを題材に扱っているので、どうしてもそちらのイメージが強い。とはいえ、この作品も漫画に負けず劣らず、文章力でピアノの音や表現をいかんなく表しており、かなり迫力のある内容になっている。

 全体的に出来は悪くないものの、ページ数の関係からかどうしても、コンクールにせよ、ミステリ的な要素にせよ薄味にならざるを得ない。内容としては十分面白かったので、もっと長い作品にしてもよかったのではと思えてならない。

 本書はミステリ作品としては薄味であるが、ピアノを主題にした物語としては、なかなかのもの。ピアノによる調べと共に優しさと厳しさ感動が描かれている。


切り裂きジャックの告白  刑事犬養隼人   6点

2013年04月 角川書店 単行本
2014年12月 角川書店 角川文庫

<内容>
 東京都内の公園で臓器を全てくり抜かれた女性の死体が発見される。犯人からテレビ局に声明文が送り付けられ、その犯人は自らをジャックと名乗る。事件はやがて連続殺人事件となり、日本を震撼させることとなる。事件を追う捜査一課の犬養刑事と埼玉県警の小手川。二人は、被害者の共通事項を見つけ、事件の糸口をつかむのであったが・・・・・・

<感想>
 久々に読む中山氏の作品。今まではハードカバーで追っていたのだが、数多く作品が出るので文庫化されてから追うことに。あと、作品全体的に内容が小粒になってきたというようにも感じられる。

 本書は切り裂きジャックをモチーフとした連続殺人事件を取り扱ったもの。死体から内臓を取り除くというのみならず、犯人は犯行声明を行い、警察と世間を挑発するような行動をとる。この事件に挑むのが捜査一課の犬養刑事。文庫版の副題として“刑事犬養隼人”と付けられているので、今後シリーズものとなりそう。また、今回の相棒として小手川刑事が登場しているが、彼は「連続殺人鬼カエル男」に登場している。

 内容についてであるが、よく用いられる“切り裂きジャック”というネタを用いつつも、うまく使っていると感じられた。それを臓器移植という問題にからめているところが本書の大きなポイント。途中からは、事件そのものよりも、この作品を読むことによって、その内容よりも臓器移植というものの背景について知ってもらいたいというほうが本題となってきているようにも思えた。

 ただ、最終的な真相についてはちょっと当てが外れたような。せっかく、“臓器移植”というものについてスポット当てていたのに、ちょっと異なる様相を見せてしまったと感じられてしまう。さらには、終わり方もページ数に制約があったのかどうかしらないが、やけに淡白であったと。最初から最後まで、もっと臓器移植というものに重きをおいてもよかったのではなかろうか。


七色の毒  刑事犬養隼人   6点

2013年07月 角川書店 単行本
2015年01月 角川書店 角川文庫

<内容>
 「赤い水」
 「黒いハト」
 「白い原稿」
 「青い魚」
 「緑園の主」
 「黄色いリボン」
 「紫の供花」

<感想>
 どんでん返しに、こだわった短編七作品。「切り裂きジャックの告白」に登場した、刑事・犬養隼人が主人公を務める。

 最初の「赤い水」は、運転手が居眠り運転をしたために発生した、高速バスの死傷事故を犬養が捜査する。この作品も含めて、本書では全般的に社会派ミステリという内容になっている。この「赤い水」を読んだときには、どんでん返しが必要か? 社会派ミステリとどんでん返しは、雰囲気的に合わないのでは? と考えてしまった。ただ、この作品は最後の「紫の供花」にリンクしており、ここまでやってくれるのであれば、どんでん返しも有効かと思ってしまった。

 一番気になった作品は「白い原稿」。これは、とある賞を受賞した誰もが知っている作品がモチーフとなっており、そこまで書いていいのかと、むしろ心配してしまうような内容。

「黒いハト」は、学校での自殺事件を扱ったもの。
「白い原稿」は、文学賞を受賞した作家の死について言及したもの。
「青い魚」は、独身の釣具屋を狙う姉弟との駆け引きが描かれる。
「緑園の主」は、ホームレス狩りと老人介護の問題を取り上げている。
「黄色いリボン」は、性同一障害を描いた内容から思わぬ事件が・・・・・・
「紫の供花」は、「赤い水」での事故により、選手生命を失ったランナーのその後が描かれる。

 こうして、それぞれの内容を書いてみると、現代的な内容をしっかりとおさえた社会派ミステリになっているなと感心させられてしまう。しかも、どんでん返しを取り入れていることにより、ミステリとしても楽しめる。内容によっては、どんでん返しがそぐわないと感じられるものもあるのだが、きっちりとうまくはまっているものもあるので、全体的にはうまくできていると言えよう。


追憶の夜想曲   7点

2013年11月 講談社 単行本
2016年03月 講談社 講談社文庫

<内容>
 悪辣で儲けのでる弁護か受けないことで有名な御子柴であったが、何故かだれも見向きもしないような身勝手な主婦が夫を殺害した事件の弁護を強引に奪い取る。その事件とは、リストラされた後、家で引きこもり生活を送る夫に腹を立て、娘を2人かかえる妻が、勢い余って夫を殺害してしまったというもの。妻は容疑を認めており、裁判は検察側の要求通りに落ち着くと思われていた。そのような事件を何故御子柴は引き受けたのか? そしてこの裁判で無罪を勝ち取ることはできるのか!?

<感想>
「贖罪の奏鳴曲」に続いての御子柴弁護士シリーズ第2弾。かつて少年時代に凶悪な犯罪事件を起こした男が弁護士となり、その罪を償うべく弁護士の仕事に勤しむというもの。ただし、それは外観からは決してわかるものではなく、当の御子柴は悪辣な弁護士として名をはせ続けている。

 そんな御子柴弁護士が前作で死の淵をさまよいつつも復帰し、そして最初に手掛けることとなった事件がこの妻が夫を殺害したというもの。特になんの問題もなく、加害者が自供したとおりのもののように思えつつも、御子柴は容疑者である妻が何かを隠していると疑いの目を向ける。

 この作品でメインとなるのは法廷での検事と弁護士との対決の行方。裁判はどのような形で決着をつけるのか? さらには事の真相はどのようなものなのか? ということ。なんとなく真相については、作中でもかなり匂わせている部分があるので、ある程度は気づかされる(といいつつも、真実はさらに想像の上をいくこととなるのだが)。ただ、それより驚かされるのは法廷での弁護に関しての手段。こんな展開があるのかと、これは実際に読んで驚いてもらいたい。

 最近、中山氏の作品は文庫で読んでいるので、そんなに物凄く面白い作品ではないだろうとぐらいに読んでしまっていたのだが、本書はかなりレベルの高い作品であった。そんなに話題になったという覚えもなかった気がするのだが、単行本の発売日を見ると、ちょうどランキングに掲載されにくい月に出たというせいもあったのかもしれない。


アポロンの嘲笑   6点

2014年09月 集英社 単行本
2017年11月 集英社 集英社文庫

<内容>
 東日本大震災が起きた後、警察に勤める者たちはまともな勤務体制がとれず皆疲弊していた。そうしたなか、殺人事件の報が知らされる。容疑者は被害者とその家族と親しい付き合いをしながらも、口論に至って殺害に及んだという。犯行を認めた容疑者は、素直に警察に拘留されるかと思いきや、すきを見て逃走する。この事件には何か裏が隠されているのか? 容疑者と被害者が原発作業員であったことに何か関係があるのか? 警察らが男の生い立ちを調べてみると・・・・・・

<感想>
 震災後に起きた殺人事件をひとりの刑事が追っていくという話。また刑事だけではなく、その事件を起こした加害者の人生にもスポットがあてられ、その二人の登場人物の視点が交互に切り替わりながら物語が進行していく。

 この作品はミステリのみならず、原発に重きをおいた社会派小説にもなっている。震災後に起きた原発事故の状況から、震災以前から現場の人々が感じていた原発の危うさなどが語られ、原発に対して批判的な色合いが濃く描かれている。そうしたなか、現地で暮らす人々の葛藤もまざまざと表されている。

 ここで殺人事件の加害者として登場している男の人生もまた凄まじいもので、西から引っ越してきた後に原発で働く一家との邂逅は涙ぐましいものがある。その凄まじい人生から幸福なひと時を経て、何故ひとり原発へと向かう過酷な逃走を続けるのかが焦点となる。

 一応はエンターテイメント小説という位置づけではあろうが、“震災”というものを通したフィルターで見ると、単に楽しめるという作品というものではなかろう。それでも震災や原発にまつわる話に惹かれつつ、登場人物らの生き様に目を離せないまま読み通してしまう作品である。


テミスの剣   7点

2014年10月 文藝春秋 単行本
2017年03月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 刑事・渡瀬は先輩刑事の鳴海とともに強盗殺人班を逮捕した。その後、鳴海の苛烈な取り調べにより容疑者は自白し、裁判で死刑を宣告される。その後、男は刑務所内で自殺を遂げる。その事件から5年後、渡瀬は強盗事件により捕らえた犯人が、5年前の真犯人であることを知る。渡瀬は過去の事件を掘り返し、真相を明らかにしようとするが、隠ぺいを図ろうとする警察組織と対立することとなり・・・・・・

<感想>
 冤罪とそれに向き合う刑事の姿勢を描いた作品。かなり重い内容を扱っているのだが、その割にはすごく読みやすく、著者の作家としての力量を感じさせられた一冊。

 序盤は若手の刑事がベテラン刑事と共に事件に挑み、犯人を逮捕し、起訴をしていく様子が描かれてゆく。その後、数年たった後、かつての事件が冤罪であったことを知ることとなる。そこから刑事と、組織との戦いが描かれてゆくこととなる。

 重いテーマに挑み、それを真っ向からしっかりと向き合った姿勢に感心させられる。また、それだけではなく、事件の真相や展開にも意外性を持たせており、ミステリ小説としても高いレベルに仕上げていることに驚かされた。

 中山氏はかなり多くの作品を書く作家であり、全て読み上げるのはたいへんと、近年は文庫化したものばかりを読んでいるのだが、これは単行本で読んでおいてもよかったと思わされた。そのとき読んでいれば、自分のランキングのなかでも上位にあげていたことであろう。


月光のスティグマ   6点

2014年12月 新潮社 単行本
2017年07月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 神川淳平は、幼馴染の美人双子姉妹、優衣と麻衣と小学校時代から中学校時代を仲良く過ごすものの、彼らの絆は震災により引きはがされる。そして震災から15年後、特捜検事となった淳平はとある政治家の汚職を単独捜査することとなるも、そこで幼馴染と再会することとなり・・・・・・

<感想>
 震災と幼馴染という設定から、東野圭吾氏の「白夜行」と「幻夜」という作品を思い起こす。さらにこの作品では、震災前に目撃した殺人事件に幼馴染の双子の姉妹がどのように関わっているのかという過去を胸に抱きながら主人公が日々を過ごしていくこととなる。

 この作品はとにかく展開が読めない内容で、未読の方はなるべく情報を仕入れずに読んだほうがより楽しめるのではないかと思われる。最初は、主人公と幼馴染の美人姉妹との青春の日々から始まり、そこから震災を経て、成長し、特捜検事となった主人公の潜入捜査が進められてゆくこととなる。

 物語上大きなウェイトを占めているのは、議員の汚職の証拠を見つけるために主人公が捜査をしてゆくところ。ただ、物語の最初の時点でこのような展開は決して予想できない。そうして当然のようにかつての幼馴染と再会し、昔の事件の事を胸に秘めつつも邂逅を果たしていくこととなる。

 本書は物語としても面白いのだが、神戸の大震災など社会的な大きな事件も取り上げており、ある種の社会史としても読むことができる。特にこれらを経験した年代の人にとっては、その時点時点の事を思い浮かべながら読み進めることとなるであろう。また、議員の汚職事件の捜査に関しても、最終的には思いもよらぬ展開が待ち受けており、本当に予想だにしない怒涛の勢いで物語が進行していくこととなる。サスペンス小説としても面白いが、その物語の時の経過に圧倒された作品であった。


嗤う淑女   6点

2015年02月 実業之日本社 単行本
2017年12月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 中学生の野々宮恭子は、学校でいじめにあう。そのいじめが日に日に激化するなか、彼女の学校に恭子の従姉妹である蒲生美智留が転校してくる。美智留の美貌をうらやむ者たちは、やがて彼女をいじめのターゲットとするが、美智留はいとも簡単に撃退してしまう。そうした美智留の強さに惹かれ、恭子は彼女に付き従うこととなり、やがて・・・・・・

<感想>
 最近、中山氏の作品は社会派ミステリになりつつあるなと思っていたのだが、この作品はちょっとちがう趣向。ガチガチのサスペンス・ミステリというか、悪女を描いたミステリ。一応、形式上は連作短編集という形をとってはいるものの、全体でひとつの長編だという風に捉えられた。

 最初は、いじめや虐待の話から始まり、陰惨な描写が続くこととなる。そこから人生の逆転劇というか、復讐が始まり、蒲生美智留と野々宮恭子、二人の存在感が増していくこととなる。やがて彼女たちは大人となり、世間に対して復讐を遂げるのかと言わんばかりの行動をとってゆく。

 途中、思わぬ展開もあり、いろいろな形で読者を惹きつけるミステリ作品となっている。なんとなく結末はわかりやすい展開であったような気もするが、それ以上に悪女っぷりというか、主人公の存在感が光っていたかなと。どうしてもこういった作品読むと東野圭吾氏の「白夜行」を思い出してしまうのだが、あの作品のようにこれも続編が出てしまうとか?


ヒポクラテスの誓い   6点

2015年05月 祥伝社 単行本
2016年06月 祥伝社 祥伝社文庫

<内容>
 研修医の栂野真琴は、浦和医大・法医学教室に配属されることとなった。彼女を迎えたのは、法医学の権威でありながらも偏屈ものとして有名な光崎藤次郎とその助手である外国人准教授のキャシー・ペンドルトン。栂野真琴はさまざまな遺体の解剖を通して、法医学とは、という心構えに触れることとなり・・・・・・

 「生者と死者」
 「加害者と被害者」
 「監察医と法医学者」
 「母と娘」
 「背約と誓約」

<感想>
 法医学教室に配属された研修医が解剖を通して、さまざまな事件やその裏に潜む真相について目の当たりにすることに・・・・・・というような話。いわゆる検死ものであり、テレビドラマなどでもおなじみの内容と言えよう。テレビドラマ風サスペンスと言ってしまえばそれまでなのだが、中身はそれなりに面白い。

 ここで扱う事件のそれぞれが、解剖をせずに事件は終わったものされているもので、それを法医学の権威である光崎藤次郎が強引に解剖を行い、事件の真相を究明していく。その解剖を行う上での根底となる考え方はタイトルにもなっている“ヒポクラテスの誓い”というものである。基本的にはこのヒポクラテスの誓いというものは生者に対する誓いであると考えられるが、それを死者にも当てはめるというのがこの作品の特徴。そうした考えを通して、研修医の栂野真琴が成長を遂げてゆくこととなる。

 いつもながらの中山氏の作品であり、安定した内容で安心して楽しめる作品になっている。本書(文庫版)のあとがきを読んで驚かされるのは、中山氏が特に自分が経験してきたことを描いた作品ではないという事。他の作品でもそうだが、やけにそれぞれの分野について詳しいと感じられたのだが、どうやらそれぞれについて自分なりに調べて作品を描いているよう。よくぞ、こういった分野を詳細に調べつつ、しかも短期間で多くの作品を書き上げていると、感嘆させられてしまう。いや、しかし、本当に最近多くの作品を書き上げているなとただただ感心。


総理にされた男   6点

2015年08月 NKH出版 単行本
2018年12月 宝島社 宝島文庫

<内容>
 舞台俳優の加納慎策は、政権交代により新たな総理大臣となった真垣統一郎に瓜二つであり、それを利用して舞台で形態模写をしていた。そんなある日、慎策は怪しげなもの達に拉致される。彼が連れてこられたのは、なんと内閣官房長官・樽見のもと。その樽見が言うには、慎策に総理大臣の身代わりを務めてもらいたいと・・・・・・

<感想>
 そっくりさんが総理大臣に成り代わるという物語。だいぶ昔に似たような内容のアメリカ映画を見たことがある。そちらは大統領の入れ替わりが行われるというものであるが、仲間に経済に詳しい友人を率いれるという点も似通っているなと思われた。

 本書のポイントであるが、総理大臣に成り代わるということ自体が主というよりは、その総理大臣になった一般人の目を通して政治の矛盾を提示するというところにあると感じられた。政治・政党に関する複雑さはもちろんのこと、日本経済についての基本的な疑問、震災後の復興予算の行き先、政治における官僚機構の問題、憲法第九条の位置づけ、そういった問題に対しそれぞれ簡潔に読み手に対しわかりやすく言及している。

 このように物語調でありつつも、著者が政治に対して言いたいことを述べている作品という感覚で読むことができた作品。そっくりさんが総理大臣に成り代われるのかというリアリティはひとまず置いといて、わかりやすく描かれた政治に関する話に、少々時間を割いて耳を傾けていただけたらというような感じで推薦しておきたい。


闘う君の唄を   5.5点

2015年10月 朝日新聞社 単行本
2018年08月 朝日新聞社 朝日文庫

<内容>
 新任教諭として埼玉県の田舎町の幼稚園に赴任してきた喜多嶋凛。彼女が働くことになった幼稚園は、保護者の意見ばかりがまかり通り、園長はそれに従うままという変わった体制が強いられていた。その原因となったのは、過去に起きた殺人事件だという。凛は、そうした保護者の要求を退け、自らの理想とする教育を実践し、園児たちを伸び伸びと育てようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 この作品も題材が良いだけに、わざわざミステリにしないほうが小説としては出来栄えが良かったのではないかと思えるのだが・・・・・・

 幼稚園に赴任してきた新任の教論が、保護者達が押し付ける意見と闘いながら、ごく自然ともいえるはずの教育を実践していく話。ということのみで終わってもよさそうなのだが、そこにミステリが入るから物語がどっち取らずの中途半端で終わってしまったような。

 本書は前半は幼稚園の教論の奮闘小説で、後半は過去に起きた事件を掘り返すこととなるミステリとして展開されている。もちろん、それらを合わせて一つの作品として完成しているという見方もあるのだろうが、個人的にはどちらも中途半端な感じで終わってしまったなという感触が強い。

 中山氏ぐらい流ちょうに作品を書く実力があるならば、むしろ新任教論の奮闘小説とした方がずっと面白そうと感じられる。それを書くことにより、ひょっとするとミステリファンは離れていくかもしれないが、異なる層の読者からしっかりと注目されそうな気もするのだが。


ハーメルンの誘拐魔  刑事犬養隼人   5.5点

2016年01月 角川書店 単行本
2017年11月 角川書店 角川文庫

<内容>
 記憶障害を患った15歳の少女が行方不明となった。やがてその事件は連続誘拐事件へと発展してゆくことに。現場に“ハーメルンの笛吹き男”の絵葉書を残す誘拐犯。姿なき誘拐犯に対し、警察は打つ手なしという状況。そうしたなか、犬養刑事は高千穂明日香刑事と組み、関係者に対する捜査を進めてゆく。すると、子宮頸がんワクチンの副作用に対する被害者と加害者の構図が徐々に見え始め・・・・・・

<感想>
 相変わらず読みやすく面白い。今回は誘拐事件を扱ったミステリ作品としてだけではなく、子宮頸がんワクチンにおける問題についても詳しく知ることができる内容となっている。

 まぁ、誘拐事件については大掛かりゆえにネタが分かりやすくなってしまっているかもしれないかなと。どんでん返しによる真犯人についても結構わかりやすいものかと。それでも本書はそうした些細なこと(ミステリ的には大きなことであるが)はおいといて、全体的な物語としてうまく出来ていると思われる。あえて“連続誘拐事件”という大きな事件を扱ったのも、話の流れとして理解できるものとなっている。

 この作品で気になったことがひとつある。それは、あとがきとして掲載されている解説について。私は文庫版を読んだのだが、その解説を新井見枝香さんという方が書いている。そこでこの作品に対する著者の子宮頸がんワクチンに関するスタンスに異論を唱えている。それ自体は、別にかまわないと思う。ただ、そこに新井さんが妄想として描いたその後の物語を付け足しているのである。それは“解説”として果たしてふさわしいものであろうか? 読者はあくまでも中山氏の作品を読みたくて著書を買っているのであって、そこに他の者が勝手に付け足した物語が掲載されていた時に、読者がどう思うかをちゃんと考えているのだろうか? まぁ、ここに掲載されているという事は、著者と編集者が許可をしたということなのだから了解事項ということであるのだろうが、どうにもモヤモヤしたものが残って仕方がない。


恩讐の鎮魂曲   6点

2016年03月 講談社 単行本
2018年04月 講談社 講談社文庫

<内容>
 少年時代の凶悪犯罪が暴露され(「追憶の夜想曲」参照)悪評が拡散することとなった弁護士・御子柴。数少なくなった依頼をこなしつつ、御子柴はとある事件を新聞で目にする。それは、御子柴が少年院時代の教官が入所している老人ホームにて介護士を殺害し、殺人容疑で逮捕されたというもの。その事件について情報を仕入れると、かつての教官の容疑は間違いないもので、本人も犯行を認めているという。それでも御子柴はその事件の弁護の権利を他の弁護士から強引に奪取し、自らの手で弁護をしようとするのだが・・・・・・

<感想>
 もはや完全にシリーズ作品と言ってよい、御子柴弁護士シリーズ。ただ、前作ではその御子柴弁護士が少年時代に殺人を犯したことがあるということが明るみに出て、その後弁護士活動を続けられるのかということが疑問に思えたのだが、なんと苦境な状態でありながらも弁護士を続け、このシリーズ第3弾に突入している。

 今作では、かつて御子柴が少年院にいたときの教官である稲見が殺人を犯したという事件を知り、その弁護に奔走するというもの。稲見は現在養護老人ホームに入っており、そのホームの介護士を殺害したという事件。御子柴が事件を調査しようとするものの、当の稲見は自分がやったの一点張り、また老人ホームの面々も多くを語らずという状況。御子柴は事件の影に何かが潜んでいると感じ取り、さらなる調査を続けてゆく。

 この作品の冒頭に船舶座礁から生じた事件が描かれているのだが、本編が始まるとそんなことはすぐに忘れてしまい、話の途中でいきなりそれが殺人事件の背景に関わってきたときには驚かされた。また、他にも老人ホームの問題や、その他もろもろ社会的な問題を取り上げつつ、法廷で争う様やどんでん返しが繰り返される真相については、いつもながらの中山作品という感じ。読み応えのある社会派法廷ミステリ作品。


どこかでベートーヴェン   5.5点

2016年05月 宝島社 単行本
2017年05月 宝島社 宝島文庫(書下ろし短編「協奏曲」追加)

<内容>
 鷹村亮はテレビでピアニストの岬洋介を見て、過去を思い起こす。それは、鷹村が通っていた高校の音楽科に岬洋介が転校してきたときのこと。その後、学校で殺人事件が起き、岬洋介が殺人の容疑をかけられる。岬は自分の無実をはらすために、鷹村と共に事件の背景と、事件が起きた時に実際に何があったのかを探りはじめ・・・・・・

<感想>
 探偵としても活躍するピアニスト岬洋介の最初の事件を描いた作品。岬洋介のルーツがわかる内容となっている。

 高校の音楽科を舞台とした内容となっており、青春小説という赴きが強い。ただ、それが良い話というよりは、“嫌”な部分が強い青春小説となっており、この辺は好みは分かれてしまうのではなかろうか。ただ、あえて“嫌”な部分を描くことによって、音楽というものを職として生きるにはとか、才能というものについて、登場人物や読者に深く語り掛けるものとなっている。

 事件については、かなり浅めという感じ。とはいえ、殺人事件を扱っているので、決してちょっとしたものではないのだが。ただ、トリックというほどのものではなく、青春小説という背景ありきの事件という程度。あくまでもこの作品のなかでは主人公・岬洋介についてと、天才と才能というものについて語りたかった作品という印象。

 文庫版には書下ろし短編「協奏曲」が掲載されており、こちらは岬洋介の父親で検事である岬恭平が主人公の物語。洋介と反目する父親であるが、その父親の目線から描かれている作品。また、中山氏の他のシリーズ作品にも関することも書かれており、中山七里作品として、色々な形でそれぞれにつながりがあることを知ることができる。


作家刑事毒島   6点

2016年08月 幻冬舎 単行本
2018年10月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 「ワナビの心理試験」
 「編集者は偏執者」
 「賞を獲ってはみたものの」
 「愛どく者」
 「原作とドラマの間には深くて暗い川がある」

<感想>
 捜査一課の犬養と新人刑事の高千穂明日香。今回二人が遭遇する事件は作家が関わる事案ばかり。そうした特殊な事案故に、ひとりの男がアドバイザーとして協力することに。その男は、作家をしながら刑事を務めるという兼業刑事・毒島。その毒島があまりにも変人すぎて、いやいやながらもコンビを組まされることになる高千穂刑事。事件を通して、高千穂は出版業界の闇を知ることに。

 と、こんな感じの内容。それらがコミカルかつ嫌味たっぷりに描かれている。登場人物が不満をまき散らかすような小説はあまり面白いとは思えないのだが、この作品に関しては意外と楽しんで読めた。というのも、登場人物らが不満をまき散らしたのちに、作家刑事毒島がさらなる毒をもって彼らをやり込めるからである。

 そんな感じで、新人賞選考者が殺害された事件、編集者が殺害された事件、重鎮の作家が殺害された事件、作家が殺害された事件、プロデューサーが殺害された事件に挑むことになる。これらの背景、ようするに出版界にまつわる様々な不平不満が語られることになり、それはそれで色々と納得させられるものがある。ある程度、わかってはいたものの、思うよりも過酷な現場なのだなぁと思いつつも話半分に収めておいた方がよいのであろう。なんとなくノン・フィクションではなさそうな感触がありつつも、実際には殺人事件とまでには至っていたのであくまでもフィクションであるということを願いたい。

 他人ごとと思えば、読んでいて楽しい作品かもしれない。ただ、あくまでも作家志望の人は読まない方がよいような・・・・・・いや、これは読んでおいた方がいいのか!?


ヒポクラテスの憂鬱   6点

2016年09月 祥伝社 単行本
2019年06月 祥伝社 祥伝社文庫

<内容>
 「堕ちる」
 「熱中せる」
 「焼ける」
 「停まる」
 「吊るす」
 「暴 く」

<感想>
「ヒポクラテスの誓い」に続く第2弾。研修医であった栂野真琴は正式に浦和医大法学教室の助教となり、引き続き、法医学の権威・光崎藤次郎とその助手である外国人准教授のキャシー・ペンドルトンと共に働くことに。そして、埼玉県警の古手川刑事が持ち込んでくる難題に挑むこととなる。今回は、“コレクター”と名乗るものによる一連の事件を扱うことに。それは、“コレクター”がネットで自然死や事故死に対して、実際には殺人ではないかと警告するというものであり、一見怪しくなさそうな事件に対し、遺体を司法解剖せざるを得なくなり・・・・・・ということが続くもの。

 全体的に司法解剖の在り方にスポットを当てた社会は小説というような内容。それぞれの事件を通しつつ、司法解剖というものが大事であっても実際には人員の少なさや財源の少なさによって、ままならないということが切に描かれている。そうしたなかで、なんとか司法解剖にこぎつけ、真相を明らかにしていく主人公らの奮闘が描かれている。

 読みやすさはいつものことながら、最終的にもきっちりとした“どんでん返し”というか、うまい具合に結末がつけられていてうまくできていると思われる。これは何気に、いわゆる理系ミステリというジャンルに組み込まれるべきミステリ小説なのかなとふと考える。




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