中山七里  作品別 内容・感想2

セイレーンの懺悔   5.5点

2016年11月 小学館 単行本
2020年08月 小学館 小学館文庫

<内容>
 帝都テレビの報道番組“アフタヌーンJAPAN”は度重なる不祥事が続き、窮地に陥っていた。状況を打開すべく、アフタヌーンJAPANのベテラン記者・里谷太一と配属二年目の朝倉多香美は起死回生狙いのスクープを求めていた。そうしたなか、女子高生誘拐事件が発生し、事件取材に奔走する二人。事件は誘拐された女子高生が遺体となって発見され、急展開を迎える。取材を進めていた里谷と朝倉は被害者がいじめられていたという証言を得て、いじめの首謀者の遊び仲間である男の存在をあぶりだす。その男が誘拐事件の首謀者ではないかと思われたが・・・・・・

<感想>
 報道をテーマにした社会派ミステリという感じ。ミステリとしては、いつもながらのどんでん返しありで、中山氏の作品としては普通という感じ。

 そんなわけで、ミステリ部分よりも気になるのは報道というものに関して。こういった作品で、主人公の職業などがテーマとして語られると、普通に主人公に肩入れしたくなるものなのだが、本書に関しては微妙。それほど自分のなかに報道というものに対しての不信感があるのかもしれない。

 ただ、報道というものをマスコミ全て一緒くたにしてしまうのも良くないかもしれない。なんとなく芸能リポーターとか、ワイドショー全て含めて報道と思ってしまう意識がある。しかも最近では、ちょっとしたネット記事でさえ、報道というようにとらえてしまう。そういったことにより報道というものに対する意識というものが大幅にずれていっているのかもしれない。

 といいつつも、この作品を読んでいて、事件を報道しようとする側に対して肩入れできるかと言えばそういうわけでもない。個人的にはスクープよりも、正しい事実をきちんと伝えてくれるほうがより大切だと思えるのだが。


翼がなくても   5.5点

2017年01月 双葉社 単行本
2019年12月 双葉社 双葉文庫

<内容>
 陸上200m競技でオリンピックを狙う実業団のアスリート、市ノ瀬沙良、20歳。順調にトレーニングが進む中、市ノ瀬沙良は隣の家に住む幼馴染で現在は引きこもりの相楽泰輔が運転する車に轢かれ、左足を切断するという大事故に見舞われる。陸上競技のみに生きてきた沙良は、その陸上競技をすることができなくなり絶望にとらわれるなか、障碍者競技に出会い、パラリンピックを目指しはじめる。そうしたなか、隣に住む沙良にとって憎き加害者であった相楽泰輔が死亡するという事件が起き・・・・・・

<感想>
 障碍者競技にスポットを当てた作品。その内容が興味深いものであったがゆえに、ミステリ部分がむしろ邪魔になったかなと。

 この内容の作品であれば、主人公が地道に障碍者競技を行っていく過程を書き上げてもらいたかったところ。ミステリ作品ゆえに、そのミステリパートにページを取られたり、ページ数の制約があるためか、障碍者競技の中身について書き切れていなかったように感じられて残念。また、あまりにも展開が早すぎて、その障碍者競技に慣れてゆく過程がめちゃくちゃに思われてならなかった。

 本書に関してはミステリ部分が取って付けたような内容であっただけに(真相もあまりにもわかりやすかったし)、ミステリの要素は邪魔になってしまったなという印象が強い。中山作品としては、シリーズキャラクターが多く登場している(犬養刑事、御子柴弁護士等)ので、豪華ではあるのだが、それさえも余分という感じであった。


秋山善吉工務店   6点

2017年03月 光文社 単行本
2019年08月 光文社 光文社文庫

<内容>
 父・母・中学生の雅彦と小学生の太一の四人家族の秋山家。その秋山家は火事により父親を失い、父の実家である大工の善吉の家に居候することとなった。母・景子と雅彦は特に昔気質の善吉を苦手としていたが、さまざまな事件を経て、徐々に彼らの距離は縮まってゆく。そうしたなか、秋山家の火災について不穏なもの感じていた刑事がその真相を探り続けており・・・・・・

<感想>
 父親が亡くなって、大工を営む父方の親の家に居候することとなった母親と二人の息子の様子を描く。小学生の太一は学校でのいじめに悩み、中学生の雅彦は悪い仲間に誘われ犯罪の片棒をかつぐことに、母親は自立しようと就職するものの就職先でクレーマーに悩まされる。そうした困難や悩みを大工の善吉とその妻の春江が快刀乱麻のごとく解決していくという人情物語。そうした良い話のみで終わると思いきや、そこはミステリ小説らしく、もう一波乱、火災による父親の死をめぐる謎に迫ることとなる。

 普通の面白い物語。現代的な内容とレトロな風味が合わさって、良い味を出した物語となっている。そして普通に終わるのかと思っていたら、最後に意外な展開が待ち受けているところも焦点のひとつ。


ドクター・デスの遺産  刑事犬養隼人   6点

2017年05月 角川書店 単行本
2019年02月 角川書店 角川文庫

<内容>
 一人の少年からの通報により明らかになった事件。“ドクター・デス”と名乗る謎の医者が各地で安楽死を請け負っていることが明らかにされたのだ。捜査一課の犬養刑事はドクター・デスを捕らえるために、さまざまな罠を仕掛けるのだが、一向にその謎の人物の手がかりをつかむことができず・・・・・・

<感想>
 刑事・犬養隼人と新人刑事・高千穂明日香の二人が協力して事件に挑むシリーズ。今作では安楽死を各地で行う謎の医師“ドクター・デス”との攻防が描かれている。

 今作のテーマはずばり“安楽死”。その安楽死について、患者やその患者を取り巻く家族、それを見ている医師や看護師、さらには法を守るべきものたちのそれぞれの立場と苦悩、そして思いがまざまざと描き出されている。あまりにも難しい問題ゆえに、結論がどうこうと言うものではないが、少なくとも考えなければならない問題であることは確か。何しろ、誰もがその立場に置かれるという可能性があることゆえに。

 というテーマが大きい故に、他はどうでもいいと・・・・・・と、だけで終わることなく、いつも通りの中山氏の作品らしくきっちりとエンターテイメント作品としても完成されている。最近の中山氏の作品で多いような気がするが、これも社会派エンターテイメント小説として、ひとつの問題について問いかける作品となっている。


ネメシスの使者   5.5点

2017年07月 文藝春秋 単行本
2020年02月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 死刑判決を逃れた殺人犯の母親が殺害されるという事件が起きた。現場には“ネメシス”という文字が残され、これは復讐を意味するものではないかと捜査関係者は色めき立つ。渡瀬刑事が服役している殺人犯に恨みを持つ者のアリバイを調査している間に次の犠牲者が。その被害者は、全く別の事件の同じく死刑を逃れた殺人犯の家族であり・・・・・・

<感想>
 冤罪について描いた「テミスの剣」に対し、「ネメシスの使者」は殺人事件の被害者の思いが込められたものとなっている。近年、よく語られているのを目にする事件被害者の家族の思い。その思いのなかには加害者のほうが優遇されているのではないかと感じられるところもあるよう。そうした思いが実際に“復讐に手を染める”という形になって表れたのが本作品。

 読んでいくと、物語というよりはどこかノンフィクション・ルポというような感じの本となっている。ゆえに物語を読んだという印象は薄く、どこか事件記事を読んでいるようにさえ思えてくる。よって、被害者家族や、加害者家族らの残されたものの感情がよく書きあらわされていると思えるが、それだけのような気もしなくもない。一応、中山氏の作品らしく最後に思いもよらぬ展開が待ち受けているものの、それでもミステリ作品としては微妙であったかなと。

 ただ、読んでいて今後こういった話が現実に出てきてもおかしくないのかなと思ってしまう。むしろ、こうした復讐方法が行われないほうがおかしいのかな・・・・・・と思いつつも、あくまでも犯罪を行うほうが異常であって、犯罪被害者が事件に手を染めるということは考えられないことなのかもしれない。


ワルツを踊ろう   5.5点

2017年09月 幻冬舎 単行本
2019年10月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 かつて外資系の金融会社で働いていた溝端良衛は、会社が倒産したため、30代にして無職となった。たくわえがさほどなかった良衛は、親が亡くなったことにより残された、田舎の集落に建つ家に住むこととなった。しかし、その集落に住む人々は、一筋縄ではいかない曲者ばかり。そんな集落で暮らすこととなった良衛は、なんとか人々と打ち解けようと奔走するのであったが・・・・・・

<感想>
 田舎で暮らさざるを得なくなった主人公が体験する悲哀を描いた作品。ただし、田舎といっても、そこは10人未満の人しか住んでいない集落。

 悲哀を描いたといいつつも、主人公の性格からして決して同情できるようなものではないので、それはそうなるだろうという感情しか湧きあがらない。ただ、この主人公の人間性が物語の顛末に大きくかかわってくることになる。

 この作品、最終的にどのような形になるのかと思いつつ読み進めていたら、最後には思いもよらぬカタストロフィが待ち受ける。本書については、特に面白いとは思えなかったものの、強烈な印象を残す作品となったことは確か。あとはただ、“水質調査”の部分をもっとうまく物語に活かしてくれればよかったのにと思ったくらい。


逃亡刑事   5.5点

2017年11月 PHP研究所 単行本
2020年06月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 単独で麻薬密売ルートを追っていた刑事が銃殺されるという事件。それを担当するのは千葉県警のなかで高い検挙率を誇る“アマゾネス”というあだ名がつけられた高頭冴子警部が率いる捜査一課。高頭は現場を目撃したという養護施設暮らしの八歳の少年・猛から事情を聴く。すると、犯行を行ったのは殺害された刑事の上司であることが判明する。証言を慎重に扱おうとした高頭であったが、相手に先を越され、高頭が事件の真犯人として陥れられることに。高頭は自分の無実を証明するために、猛少年と共に追手を振り切って逃亡を図ることとなり・・・・・・

<感想>
 中山氏の作品のなかでは微妙な部類の作品。刑事が逃亡するというところは予想通りなものの、その逃亡がその後の活躍につながるものではなく、単なる逃避行のみになってしまったところが微妙という感じ。

 途中、普通の警察小説から、大阪への逃避行により、主題がずれてしまった感がある。いつの間にか不正規雇用とか、虐げられた人間に対する権利や、大阪の特定区域の話になってしまっていた。その辺は、前半の警察捜査に関する話に対して、全くの別物になってしまい、一貫性のない物語となってしまっていた。

 収穫と言えば、アマゾネスと呼ばれる個性の強い女警部の登場のみであったような。この人物、今後の作品でも再登場しそうな個性が十分に発揮されていた。


護られなかった者たちへ   6.5点

2018年01月 NHK出版 単行本
2021年07月 宝島社 宝島文庫

<内容>
 仙台で、区の保険事務所で働く課長職の男が殺害されるという事件が起きた。その殺害方法が異様で、廃墟に閉じ込められ、拘束され、飢え死にさせられるというものであった。被害者は評判の良い男で、恨みを買うようなことは一切ないと言われ、捜査は行き詰まることに。そうしたなか、今度は同じような方法で県議会議員が殺害されることに。いったい、誰が、どのような理由でこのような事件を起こしたのか? 警察が事件を調べていくうちに、生活保護申請に係る過去の事件が浮き彫りとなり・・・・・・

<感想>
 中山氏の作品というと、重いテーマ扱っていても、ページ数や書き込み度合いが少なく、あっさりと読める作品が多いという印象。そういったなかで、今作はテーマに沿ってかなり書き切った内容の作品になっていると感じられた。この作品では生活保護について、切り込んだ内容となっている。

 作中では、過去の復讐による連続殺人事件を通して、生活保護の実態が描かれている。生活保護申請の難しさ、経費を削減されることにより申請者や受給者を切り捨てなければならない保険事務所で働く者たち、なんとか審査をごまかして金をもらおうとする者たち、さらには生活が苦しくても生活保護を受けようとしない者たち。そういった人々の姿がまざまざと描かれている。

 事件の内容もさることながら、どうしても動機に関連してくることなので、生活保護というものについて考えずにはいられなくなってしまう。ただ、その生活保護というものに関しても、どのような形が正しいのかということは、その立場によって考え方が異なるであろうことなので、結局のところ結論が出るものではない。そうしたジレンマを抱えつつ、読み通していくこととなる作品である。


悪徳の輪舞曲   6点

2018年03月 講談社 単行本
2019年11月 講談社 講談社文庫

<内容>
 かつて日本を震撼させた少年犯罪を犯し、現在は(悪徳)弁護士として活躍する御子柴のもとに新たな依頼人が来る。その依頼人は、かつて御子柴が事件を起こして以来会っていなかった妹。依頼内容は、母親が再婚相手を偽装自殺させたという罪に問われているといい、その弁護を御子柴に頼みに来たのである。依頼を受けることとなった御子柴は、己が犯した事件の後、家族がどのような人生を送ってきたかを目の当たりにすることとなり・・・・・・

<感想>
 御子柴弁護士シリーズ第4弾で、今回弁護することとなるのは、なんと自分の母親。御子柴が今まで目を向けることがなかった自分の家族たちと向き合うこととなる。

 今作では、事件の加害者として巻き込まれた家族の様子や、犯罪の被害者となった者たちの様相が描かれている。基本的には、御子柴の家族中心の物語となっているのだが、それを通して、そういった家族が犯罪の加害者・被害者となった場合の心持ちというものを表そうとしたようにも思われる。

 このシリーズ、常に裏がある事件ばかり扱っているので(ミステリゆえに当然のことであるが)、それゆえに事件を担当する検事については、気の毒としか言いようがない。今回も当然のことながら御子柴がどのようにして裁判をひっくり返すのかが見ものとなっている。ただ、今回はどうしても“家族”を描き表そうとする作品ゆえにミステリとしては、やや弱めか。


連続殺人鬼カエル男ふたたび   5.5点

2018年05月 宝島社 単行本
2019年04月 宝島社 宝島文庫

<内容>
 かつて世間を騒がせた“カエル男連続猟奇殺人事件”。その10か月後、カエル男と名乗る者により、再び惨劇が繰り返される。爆発、溶解、轢死、破砕、繰り返される凄惨な死体、そしてアイウエオ順に殺害される被害者。世間がパニックになるなか、渡瀬と小手川のコンビが再度、カエル男を捕らえようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 設定では、前作の事件から1年未満に起こった出来事としているが、実際に続編が出たのは7年後。ゆえに、前作の印象や内容など、ほとんど頭に残っていない。一応は、前作について、きちんと把握していなくても、この作品のみでもそれなりには楽しめる。

 一応は、サイコパスっぽい連続殺人鬼を描いたような作品であるはずなのだが、社会派小説としての面の方が前面に押し出されてしまっているという感じがする。この作品では心身を喪失したものが犯した犯罪というものについて言及する内容となっている。果たして心神喪失者に対する刑の重さは妥当なのか? 心神喪失者に対する収監状況は? 心神喪失者を装った犯罪については? などといった様々な点について考えさせられるものが多くとりあげられている。

 ただ、そうした問題点に言及する部分が多い故に、肝心のミステリ部分はおざなりになってしまっているような。結局のところ、犯人が行った“カエル男”としての劇場型犯罪のような様相が、自らの足をひぱるような形での物語が収束していく様子を見てしまうと、いったい何だったのかという思いばかりが強く残る。

 と、そんな感じで社会派的な面ばかりが強く出てしまい、それゆえに進行される猟奇殺人部分が変に浮いてしまっているというような印象。小説としては興味深く読めるのだが、ミステリとしては、なんともバランスが悪かったような。


能面検事   7点

2018年07月 光文社 単行本
2020年12月 光文社 光文社文庫

<内容>
 新米事務官の惣領(そうりょう)美晴が補佐としてつくことになったのは、大阪地検一級検事の不破俊太郎。その不破は大阪地検でもナンバーワンの実力の持ち主であるが、何事にも屈せず、微塵も表情を変えないことから“能面”という異名を持つ。その不破と惣領が担当することとなる事件はストーカー殺人事件。容疑者を調べていくうちに、捜査資料の一部がなくなっていことが判明する。後に、その資料紛失事件は大阪府警の一大スキャンダルを巻き起こすこととなる。そして、その件から見出されたストーカー殺人事件の真相とは!?

<感想>
 読み応え十分の検事ものミステリ小説。検事ものゆえ、法定ものかと思いきや、なんとなく警察小説に近い内容。どちらかというと、警察がやるべきことを検事がやってしまっているような気がした。

 何事にも忖度せず、感情を一切表にださないことから“能面”の異名を持つ大阪地検のエース、不破検事。その検事がストーカー殺人事件を担当するも、容疑者を起訴するための証拠がやや手薄と感じられることに。その詳細を調べていくと、大阪府警が関与する証拠品紛失という大きなスキャンダルにぶち当たることとなる。

 と、そんな内容。では不破検事の目的はスキャンダルを暴くことなのかというと、そういう意図は全くなく、一番の問題にしているのは担当するストーカー殺人事件の真相について。世間をにぎわすスキャンダルとは裏腹に、不破検事は影に隠れた殺人事件の真相を探り出してゆく。

 小さな事案のみならず、そこから大きなスキャンダル案件を掘り起こし、そして事件解決へと結び付けてゆくという展開は見事なもの。法定場面がなかったゆえに、検察ものとしてはどうかと思われつつも、こういった事案も検事だからこそ解決できたとも思われる内容。文庫版で340というページ数にも関わらず、かなり内容の濃い作品を読んだという印象が残る。


中山七転八倒   

2018年08月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 中山七里氏が2016年1月から2017年5月までに書いた日記一覧。

<感想>
 中山氏による日記を読んだのだが、これはもう中山氏こそが「作家刑事毒島」の主人公・毒島本人だなと思わざるを得ない。「作家刑事毒島」を読んだ時には、中山氏自身が思う作家活動の背景に関することを毒舌を交えながら語りつくすミステリだと感じられた。しかし、この「中山七転八倒」を読むと、もう毒島は中山氏本人であるとしか言いようがなくなってしまう(中山氏本人は否定)。

「作家刑事毒島」のことのみならず、中山氏の作家活動の様子をうかがえる作品。私自身は中山氏が本を書くうえで、それぞれのことについてそうそう取材をしているのだろうなと思っていたのだが、実はそうした取材活動はほとんどしていないことを知り驚かされる。ただ、よくよく考えると詳細な取材をしていたら、これだけの数の本を書き上げることはできないだろうなと納得。それはそれですごいとしか言いようがない。

 と、中山氏の作家活動についてや、さまざまな考えについて知ることができるので中山氏のファンであれば必読。もしくは作家を目指そうとしている人は・・・・・・読まないほうがいいかもしれない。この「中山七転八倒」を読むと、再び「作家刑事毒島」を読み返したくなること間違いなし。未読の人は読まずにはいられないであろう。


TAS 特別師弟捜査員   6点

2018年09月 集英社 単行本
2021年04月 集英社 集英社文庫

<内容>
 高校2年の高梨慎也は、クラスメートで校内一の美少女と噂の高い雨宮楓から突如、放課後に用事があると呼び出しを受けることに。慎也は落ち着かずに放課後になるのを待っていたが、その時窓から何かが落ちていくのを・・・・・・雨宮楓が校舎の上階から飛び降りて死亡しているのを目撃することとなる。学校は転落事故と発表するも、楓に薬物に関するうわさがたち、事態は混迷することとなる。そんなとき、慎也の従兄であり捜査一課の刑事である葛城公彦から、学校内の噂や状況を調べて、情報を流してほしいと頼まれる。慎也は、楓が所属していた演劇部に入部し、事件の真相を調べることを決意する。

<感想>
 作品のタイトルからすると、ゴリゴリの警察小説のように思えるかもしれないが、実は中味は青春ミステリとなっている。いや、ミステリという展開にはなっているものの、主題は演劇に目覚めた主人公と、それらを取り巻く演劇部との青春小説とでも言いたくなるような物語となっている。

 これはミステリと切り離して、高校演劇部の青春小説として読みたかったと思えた作品。そこにミステリが注入されることによって、残酷な青春小説となってしまっているところは、目を伏せたくなってしまった。できれば普通に呑気なエンターテイメント小説として読みたかったものである。


静おばあちゃんと要介護探偵   6点

2018年11月 文藝春秋 単行本
2021年02月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「二人で探偵を」
 「鳩の中の猫」
 「邪悪の家」
 「菅田荘の怪事件」
 「白昼の悪童」

<感想>
 中山氏の作品で、「静おばあちゃんにおまかせ」に登場した元判事で現在80歳の高遠寺静と「要介護探偵の事件簿」に登場した車椅子に乗って活動する70歳の不動産会社社長の香月玄太郎の二人がタッグを組んだミステリ作品集。老老介護ならぬ老老探偵が活躍している。

 暴走する玄太郎を冷静沈着な静がなだめるというスタンスのようであるが、実際のところは玄太郎が暴走し続け、静はなんだかんだ言いつつも傍観しているという感じ。結局は老人探偵の暴走という気もしなくはないのだが、内容としては勧善懲悪のような感じで小気味のいいものとなっている。

 また、老齢の探偵が主人公と言うこともあり、内容に関しても高齢者問題が取りざたされている。まさに今の時代の流れと、そこで取りざたされる問題を描いた社会派ミステリという感じで読むことができる。

 この作品を読むと、たぶん年齢が高い人ほど玄太郎のような人がいなければいけないと思いがちかもしれないが、大抵こういう暴走する老人というのは悪い方向へ向かいがちのような。玄太郎のように良い方向に突出した老人というのは、世間ではさすがになかなか・・・・・・。むしろ良識な人であればあるほど、高遠寺静香のように傍観を決め込むことであろう。


「二人で探偵を」 パーティーの最中、屋外にあるモニュメントが爆発し、中からは死体が発見され・・・・・・
「鳩の中の猫」 投資の公演が行われようとする中、当の講師が前室で殺害されているのが発見されるが、現場には誰も入ることができないはずなのに・・・・・・
「邪悪の家」 痴呆症にかかった老人が理由もなくコンビニからちょっとしたものを万引きし続ける理由とは・・・・・・
「菅田荘の怪事件」 静の旧友が一酸化炭素中毒により死亡したのだが、果たして事故か? 自殺なのか?
「白昼の悪童」 建築現場で鉄骨が落ちたことにより死亡したベトナム人。その事件の裏に潜む闇とは!?


ふたたび嗤う淑女   6点

2019年01月 実業之日本社 単行本
2021年08月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 NPO法人を運営する藤沢優美は、資金繰りに頭を悩ませていた。彼女は密かに法人の理事長でもある国会議員の柳井耕一郎の議員秘書の座を狙っていた。このNPO法人は、実は柳井の資金団体であり、多額の運営費を獲得することにより藤沢優美は柳井から目をかけられるのではないかと考えていた。そんなときにアシスタントの亜香里から投資アドバイザーの野々宮恭子を紹介される。いつの間にか、優美は野々宮恭子の勧めによって、多額の資金を投資するようになり・・・・・・。その他、国会議員・柳井耕一郎の関係者の者達が次々と野々宮恭子の手により・・・・・・

<感想>
 一応、「嗤う淑女」に続く第2弾という位置づけではあるが、前作と物語上の関連はないので、この作品だけでも楽しむことができる。悪女による陰謀ものとでもいうようなミステリに仕立て上げられている作品。

 俯瞰した目で見ると、なんで詐欺にあうんだろうなと疑問に思うところだが、実際その目にあってみると騙されてしまいそうな。騙す側のカリスマ性ももちろんのこと、騙される側のタイミングや、うまいことプライドをつついてやる気にさせるというようなテクニックがあるんだろうなと思われる。そういったものが色々と合わさってしまうと、いともたやすく誰でも騙されてしまうのだろう。誰もが大金をかすめ取られるというような詐欺にあいかねないという怖さを感じさせられてしまう作品。

 それぞれ個別の短編というわけではなく、連作短編となっていて最終的にひとつの方向へ向かうという書き方も秀逸。また、社会的な時事ネタを色々と取り入れているところも面白い。なんとなく現実のあの人物が実は? などと想起させられてしまうところも心憎い。


もういちどベートーヴェン   6.5点

2019年04月 宝島社 単行本
2020年04月 宝島社 宝島文庫

<内容>
 司法試験をトップ合格した岬洋介は、これから1年4か月の間、司法修習生として裁判等の知識を学ぶこととなる。そうしたなか、岬はとある裁判の案件に立ち会うこになった。それは、夫婦で童話を作成していた妻が夫を殺害したというもの。ただし、妻のほうは犯行を否定している。その案件について、岬は疑問に思うことがあり・・・・・・

<感想>
「さよならドビュッシー」から始まる、ピアニスト岬洋介が活躍するシリーズ。本書では「どこかでベートーヴェン」に続いて、岬洋介がプロのピアニストになる前の物語を描いている。父親の跡を継ぎ、法曹界で活躍することを考え、岬洋介が司法試験を受けて合格し、司法修習生として学んでいる時代の話となっている。

 正直なところ、岬洋介の過去の話とか、主人公自身の話はどうでもよいと思っている。このシリーズを読み続けているのはあくまでもミステリとして優れていることを期待してである。よって、その後にピアニストになることがわかっている岬洋介が過去にどのような人生を歩んだかについてはあまり興味がない。

 そんなわけで、本書では岬洋介自身の話が全体の三分の二くらいをしめ、ミステリとして描かれている部分は薄い。ゆえに、このシリーズもそろそろ読むのを止めようかと思っていたのだが、困ったことにミステリ部分は非常によくできているのである。

 夫婦で絵本作家を営む夫が殺害された事件。妻が容疑者として挙げられるものの、本人は犯行を否定。しかし、状況証拠から妻による犯行と特定され、裁判にかけられることとなる。岬洋介が供述書等を調べてゆくと、おかしいと感じられるところが見受けられ、事件を詳細に調べてゆくこととなる。

 読んでいるうちは大した話ではないと思っていたのだが、これが真相が明らかになると思いもよらない推理が語られ驚かされてしまうことに。また、もし容疑者が犯人ではなかった場合、真犯人となるものなど特に提示されていなかったと思っていると、思わぬところから・・・・・・というような展開。

 読んでいる途中は、前述したようにこのシリーズも読み収めかなと思っていたのだが、結末まで読んでみると、やっぱりこれは読み逃すわけにはいかないなと感じてしまう。とにもかくにも、何であれ、まだまだ中山氏の作品からは離れられないだろうなと感じさせられた作品。


笑え、シャイロック   6点

2019年05月 角川書店 単行本
2020年10月 角川書店 角川文庫

<内容>
 帝都第一銀行営業部に勤める結城真悟は、渉外部へ異動の内示を受けた。渉外部とは債権を回収する部署である。そこで組まされた先輩社員・山賀雄平は債権回収の凄腕であり、シェイクスピアの戯曲になぞらえて“シャイロック山賀”と呼ばれていた。結城は山賀のもとで債権回収に対する矜持を学ぶこととなるのであったが、思いもよらぬ事件に遭遇し・・・・・・

<感想>
 銀行における債権回収という業務を描いた作品。それを描くことで銀行全体が抱える問題等が実にわかりやすく表されている。

 山賀と結城のコンビで債権回収を行うところは非常に面白い。金のない債権者からいかに金を回収するのか、その考え方やアイディアは秀逸と言えよう。本書は、中山氏の作品らしく、そこに殺人事件が加わり、ミステリ小説として読めるものとなっているのだが、本書に関しては事件などはいらなかったかなと。むしろ債権回収のみを行う物語という形でも十分に読めた作品であった。

 無職となりデイトレーダを始めた男、営業力を生かせなかった工場の技術者、大企業の2代目、新興宗教、土地をやりくりするヤクザ、こういった人物らから債権を回収していく。序盤の話は、ある程度具体的というか、実際的な債権回収という感じがしたものの、後半はややファンタジーめいた債権回収になってきたかなという感じ。実際に銀行員がそこまで知恵を絞って、アイディアを出すことなんてあるのかなと。それでも物語としては十分に面白かったので堪能できた作品。


死にゆく者の祈り   5.5点

2019年09月 新潮社 単行本
2022年04月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 服役中の囚人や死刑囚に対して、過ちを悔い改め、道を説くという役割をする教誨師。その教誨師である高輪顕真は読経中、囚人の中にかつての親友、関根要一の姿を見出す。彼は高輪が大学在学中、同じ登山部に在籍しており、彼の命の恩人でもあった。そんな関根が何故、死刑囚となっているのか。調べてみると、道端でカップルに馬鹿にされたことにより二人を殺傷し、その事件について出頭・自白し、刑に服すことになったという。しかし高輪は、関根がそんな事件を起こすはずがないと疑問を抱くものの、当の関根本人は罪を認めている。関根と音信が途絶えてから、彼に何があったのか? 高輪は関根を救おうと、事件の再調査を初め・・・・・・

<感想>
 無実の者(無実と思われる者)を救うために主人公が奔走する・・・・・・というパターンは、中山氏の作品を読み続けていると、よくあるパターンのような気がする。読み始めてみて、どこかで見たことがあるぞと感じてしまうよな内容。ただし、これもいつものことで、その主人公にまつわる設定が今までのものとは異なっている。

 今回の作品は“教誨師”というものを前面に押し出しての作品となっている。タイトルにもあるように、ただ単にミステリとして事件を追うというものではなく、祈りとか救いとかにもスポットを当てている作品・・・・・・というか、そちらが主題の作品と思われた。

 内容は、いかにも死刑囚が無実であると感じられるような事件ではあるのだが、では何故その罪をかぶらなければならないのかというところが焦点となる。そして、真犯人たるものが本当にいるのか!? というところも大きな焦点と思われたのだが・・・・・・最後の展開はどんでん返しというよりも、ちょっと強引すぎたのではなかろうかと。

 と、そんな急展開による結末にもあって、前述したように、本書はミステリを描くというよりは、“教誨師”というものを通して殺人事件にまつわる周辺の様相を描いた作品だという思いがより強くなった。重いテーマに、通常とは異なる視点で着手した作品という感じのもの。


人面瘡探偵   6点

2019年11月 小学館 単行本
2022年02月 小学館 小学館文庫

<内容>
 三津木六兵の肩には幼少期から人面瘡が憑りつき、彼はその人面瘡(通称ジンさん)をパートナーとして日々過ごしてきた。相続鑑定士となった六兵が今回向かうのは、信州の山林王と言われた本城家の財産分割協議。本城家の当主が亡くなり、残された財産について調べに行くこととなった。残された財産に対し不安を抱く3人の息子と1人の娘であったが、思いもよらぬ財産のもとが見つかることとなり、遺産相続は波乱含みとなるのだが・・・・・・すると、一家に殺人事件が起きて、不穏な状況がさらに増し・・・・・・

<感想>
 主人公に人面瘡が付いていて、それと会話をしながら物語を繰り広げる! という設定のみが奇抜なところで、後は普通のミステリという感じであった。普通のミステリといっても、横溝正史ばりの旧家で起こる連続殺人を描いた内容であるので、何気に派手なミステリとして描かれている作品。

 内容が普通と思えてしまうゆえに、もう少し主人公の職業である、相続鑑定士という立場を生かしても良かったのではないかと感じられた。最初だけ鑑定にいそしむだけで、中盤以降は全くその設定が活かされていなかったような。ミステリとしても、登場人物が限られているせいか、やや淡泊な印象を受けてしまった。それでも、全体を通して、面白く読み通すことはできたのだけど。


騒がしい楽園   5点

2020年01月 朝日新聞出版 単行本
2022年12月 朝日新聞出版 朝日文庫

<内容>
 地方から都内の幼稚園へ赴任することとなった神尾舞子。そんな彼女を待っていたのは、近所からの幼稚園に対する騒音の苦情や園児の親同士の揉め事など。さらには、園内の小動物が惨殺されるという事件まで。その惨殺事件がどんどん発展してゆき、大きな問題になりつつあるとき、ついに殺人事件が起きてしまうことに。神尾舞子は、騒動をとどめようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 今作は、幼稚園教論を主人公とし、幼稚園の抱える問題などを示しつつ、そこで起きた事件の謎を解いていくという内容。ただ、今回については中山氏の作品の中では外れという感じ。

 幼稚園で起きる騒動というか、要するにさまざまなクレームを抱え込むことになるという展開。なんとなくそれは想像つきやすいものであるのだが、その理由は実際に社会問題として取り上げられているものが多々あるからであろう。読んでいて、なんとなくただただストレスをため込んでいくだけになるという内容であったような。

 今作の大きな問題点は、最終的に色々と提示された問題がなんの解決にも至っていないと言うこと。結局、問題提起だけで終わってしまっている。また、肝心の事件は当然のことながら片が付くものの、根本的な部分は全く解決されなかったという感触。よって、話が終わった後も、ただモヤモヤするだけでしかなかったような。


帝都地下迷宮   6点

2020年03月 PHP研究所 単行本
2022年08月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 公務員で生活保護受給窓口を担当する小日向は日々の激務に疲れ果てていた。そんな彼をいやすのは、鉄道マニア・廃墟マニアである彼の趣味。ある日、立ち入り禁止となっている地下鉄の廃駅へと潜り込むと、そこで謎の人々の出会い、捕らわれることに。彼らは“エクスプローラー”と名乗る集団であり、とある理由で地下の廃駅のなかで住まわざるを得なくなったらしく・・・・・・

<感想>
 読み始めは、鉄道マニアが地下鉄の廃駅の景色を満喫していたら、そこに住む人々を見つけ、交流するというくらいの話かと思っていた。するとそこに、生活保護受給者、原発の被害者、虐げられたもの達の先行き等、重めの主題が次から次へと湧いてきた。思いもよらず、濃い目の内容の作品であった。

 本書については、あえて短めの作品のなかで色々な主題を書き切ったことに感心すべきものなのであろう。ただ、それぞれが興味のわく題材として書かれており、もっと深く書き切ってもらいたかったという思いもある。何しろ、地下鉄の廃駅の現在や描写だけでも、本一冊分の十分な要素となりえるのではないかと思えたくらい。

 はっきりと言ってしまうと、結局はいつもながらの中山作品に落ち着いてしまったなという感じ。むしろミステリ的な要素を無くして、どれか一点のみを深堀して描いてもらった方が、いつもとは基軸が変わって、楽しめたのではないかなとも思ってしまった。


夜がどれほど暗くても   5.5点

2020年03月 角川春樹事務所 単行本
2020年10月 角川春樹事務所 ハルキ文庫

<内容>
 大手出版社の雑誌“週刊春潮”の副編集長・志賀倫成は、息子が死亡したことを伝えられる。しかも、息子が大学の講師をストーカーし、その挙句、講師夫婦を殺害したのちに自殺を遂げたというのだ。事件を報道する側から、報道される側となった志賀。出版社のほうでも事態を重く見て、志賀は部署移動させられることに。仕事の上でも、普段の生活の中でも、犯罪者の父親というレッテルを張られ、元の生活には戻ることができなくなった志賀。そんなとき、被害者の家族と遭遇し・・・・・・

<感想>
 なんと今年単行本で出た作品が早くも文庫化! ドラマ化されたことによるものだと思えるが、ひょっとすると単行本があまり売れなかったのではないかと邪推したくなる。あまりにも新刊を出し過ぎではないかと。

 本書では、ゴシップ週刊誌の記者の親族が犯罪者となり、世間にさらされ、誹謗中傷を受ける立場となるという構図を描き出している。ゴシップ週刊誌の記者や編集者に対する皮肉を込めたものなのか、はたまた犯罪者親族の悲惨ともいえる現状を表そうとした作品なのか。

 序盤はそうした責められる側となった主人公の様子を表したものとなっているが、中盤からはそこに被害者の親族が登場し、互いの葛藤と衝突が繰り広げられることとなる。ちょっと後半は、色々とうまく行き過ぎなところばかりが目立つのだが、そうした複雑な感情と、被害者加害者の現状というものがまざまざと描き表されている。

 もちろん中山氏の作品ゆえに、事件に関する言及や、どんでん返し的なものも取り入れられているのだが、あまりミステリとしては機能していな感じで、あくまでも付けたしであるような。また、社会小説としても、問題提起のみで何かが解決するというようなものは見えず、単にドラマ風に最後は良い方向に強引にもっていったという感じ。提起されている問題が重く複雑なものゆえに、解決に道筋が表れていないのはしょうがないとしても、なんとなく投げっぱなし感が強いのが気になるところ。


合 唱   岬洋介の帰還   6点

2020年04月 宝島社 単行本
2021年06月 宝島社 宝島文庫

<内容>
 幼稚園に侵入し、児童と保育士合わせて5人が殺害されるという事件が起きた。犯人はすぐに逮捕されたが、覚せい剤を使用していたことにより、裁判では無罪となってしまう可能性が心配された。そんな難しい事件を扱うこととなった検察官は天生高春。天生は犯人から殺意の立証の証拠を得ようと取り調べを行うのだが、その取り調べの最中、急激に眠気に襲われる。天生が気づいたとき、犯人は銃殺されており、現場に出入りするものが限られていることから、天生が殺害容疑で逮捕されることとなる。そんな天生を助けるために、彼の前に現れたのはかつて司法修習生時代に同窓であった岬洋介であった。

<感想>
 非常に面白い作品であった。中山氏が描く作品の数々のシリーズキャラクターの多くが登場し、見事な共演を務めている。“合唱”というタイトルにも納得させられる内容。

 事件の発生から、一気に作品に取り込まれる。児童と保育士が殺害されるという事件が起き、それに対する難しい裁判が行われると予想される中で、ひとりの検事が事件を担当することに。その検事が加害者と面談している最中に、なんと検事が昏倒し、その間に加害者が射殺されてしまうという衝撃の展開。その後はなんと、検事自身が事件の加害者として裁判にかけられるという内容。

 そこからシリーズキャラクターがどんどんと登場し、事件を調査したり、新たな証拠を暴いたりして、真相の解明へと至ってゆくこととなる。事件発生の序盤のみならず、捜査に至る中盤から後半の展開も面白いのだが、そこがあまりにも面白過ぎて、ページ数が足りな過ぎると思われてならなかった。これは300ページちょっとで書き切れる話ではないと言えよう。それゆえに、後半の展開はあまりにもサラッとし過ぎなのではないかと感じてしまった。もっとページ数を使って、全体的にしっかりと書き上げてもらいたかったところである。良い作品と思えただけに、あまりにももったいなかった。

 ちなみに文庫版は、全部で383ページまであるのだが、作品自体は316ぺーじまでで、あとは解説と50ページ以上にわたる中山氏作品の人物相関図が付録として付けらたものとなっている。


カインの傲慢  刑事犬養隼人   6点

2020年05月 角川書店 単行本
2022年06月 角川書店 角川文庫

<内容>
 犬と散歩中の男性が埋められた死体を発見する。少年とみられる身元不明の被害者は、臓器の一部を抜き取られていた。さらに、似たような事件が続くことに。連続する事件の被害者は全て貧しい生活を送る者たちであった。警視庁捜査一課の犬飼隼人と高千穂明日香は、貧困家庭を狙った臓器ビジネスの現状に直面することとなり・・・・・・

<感想>
 面白いことは面白い内容ではあるのだが、一介の刑事が悩むべき問題なのだろうかと考えてしまう。ただ、事件自体は普通に警察が捜査するべきものであるので、こういった事象に出くわすと言うこともない話ではなさそう。

 臓器移植の問題点と臓器ビジネス、国内外の貧困事情、といった実情に打ちのめされる捜査陣。今まで外国の貧困問題というものは、良く取りざたされた問題であったが、近年になって段々と国内の貧困問題がとりあげられることが多くなってきたように思える。この辺は、自身が長らく時代を生き続けることによって、社会的な変化を目の当たりにしていると感じられるところ。

 そんな途方もない問題のなかで、警察は警察で目の前にある自分たちでできることを迷わずに解決していっている。その後の裁判の結果によるところは、警察の手から離れるところであるが、今回の事件に関しては、将来的にどちらの方向へ進んでゆくのか全く予想できないものである。しかしこのシリーズ、こんな難しい問題に直面しながら悩んでいくような社会派ミステリだったっけ?


ヒポクラテスの試練   6点

2020年06月 祥伝社 単行本
2021年12月 祥伝社 祥伝社文庫

<内容>
 浦和医大法医学教室の光崎のもとを訪ねて、城都大学の南条がやってきた。知り合いが不審な死を遂げたので解剖してもらいたいというのである。その知り合いは肝臓がんで死んだというのだが、直前までその兆候が全くなかったため、不審に感じたというのだ。遺族が解剖を渋る中、なんとか解剖することにこぎつけた光崎らであったが、その解剖の結果驚くべき事実が明らかになる。遺体の主は、なんと寄生虫によって死亡していたのである。しかもその寄生虫の感染経路を明らかにしないと、同じ死者が続出する恐れがあり・・・・・・

<感想>
 今回は長編となっている。それゆえか、光崎の解剖についてはあまり目立たず、光崎の助手である栂野真琴と刑事の古手川の捜査活動のほうが目立っていたという感じ。あくまでも法医学がベースでありつつも、基本は警察小説のような感じに捉えられた。

 今作は伝染病となりうる寄生虫の感染経路をたどるという話。死亡者からその感染経路をたどろうと、関係者に話を聞こうとするものの、真相を知っているらしき人物たちはやけに口が重い。そうしたなか、なんとか捜査活動をつなげていくことにより、感染経路がアメリカでの滞在中に起きたのではないかと目星をつけていく。

 ネタ元として、色々な話を積み重ねているが、根本となるものについては、何気によく聞く話でもあるのでさほど驚きはしなかった。それでも寄生虫による死亡の話とか、その感染源の元とか、興味深い話を色々と目の当たりにできた作品であった。相変わらずの中山氏の作品らしく、リーダビリティは抜群であり、読みだしたら止まらなくなるところはさすがである。




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