貫井徳郎  作品別 内容・感想2

北天の馬たち   6点

2013年10月 角川書店 単行本
2016年09月 角川書店 角川文庫

<内容>
 喫茶店を営む毅志の上階にて、探偵事務所を始めた皆藤と山南。毅志は二人に魅力を感じ、かつ尊敬するようになり、探偵業を手伝い始めることに。そして彼らと共に、強姦魔を罠にかけ、結婚詐欺を暴くといった仕事をしたのだが、毅志はその仕事には何か裏があったのではないかと考え始める。そして毅志は独自に調査を始めるのであったが・・・・・・

<感想>
 喫茶店のマスター毅志が、店子として住み始め、探偵事務所を開業することとなった二人(皆藤と山南)に惹かれ、彼らの仕事を手伝い始めるという話。そして、強姦魔を罠にはめたり、結婚詐欺を暴いたりと、仕事に協力するものの、それらの仕事が何かおかしいと毅志は疑問を抱き始める。皆藤と山南は秘密を有し、彼らの行動には何かが隠されているのではないかと。

 というような具合に喫茶店のマスターが探偵事務所の二人と仕事をし、最終的には二人の過去に踏み入ってゆくこととなる。物語の構成は3パートにわかれており、最初の2パートは探偵事務所の手伝い。そして最後のパートで二人の探偵の過去にまつわる事件に関わってゆくこととなる。

 貫井氏の作品ゆえに、読みやすいことは間違いなく、内容についても面白い。特に喫茶店のマスターが探偵の仕事に関わってゆきつつ、彼自身が成長を遂げていくところはなかなかのもの。ただ、最後のパートについては色々と感じたり、考えたりせずにはいられなくなる。

 2パート目までの展開はよいと思えるのだが、作品の全体の価値を決めるのはまさに最後のパートにあると思える。そこで全体の事件と、二人の探偵の過去に関することに決着を付けることとなるのだが、それが悪くはないと思いつつも、あまりうまく出来ていないというようにも感じられてしまった。まぁ、要は何か普通に終わってしまったなという感じなのである。そこがうまくできれば完成度の高い作品となったであろうが、これ以上の結末というのも難しいところか。登場人物らを高潔な性格としてしまった故に選択肢が限られてしまったのかなとも思われる。


私に似た人   6点

2014年04月 朝日新聞出版 単行本
2017年06月 朝日新聞出版 朝日文庫

<内容>
 平和なはずの日本のなかで頻繁に起こる小規模なテロ事件。その事件はネット上で“トベ”と名乗る者が起こしているようであるが、その実態はさだかではない。そうした日々のなか、普通に暮らしているはずの人たちが、“トベ”の思想に共感し、テロを起こす側になろうとし・・・・・・

<感想>
 小規模なテロが頻発する社会のなかで描かれた物語という内容。小口テロというものを通しつつ、そうした社会のなかで日々を生きる人々の様子を描いている。この作品は十章という章立てのなかで、それぞれ別の登場人物がその章のなかで主人公となっており、10の物語で構成されている作品とも捉えられる。そうして、章によって多少時系列の順序がバラバラな部分もありつつも、一つの時間軸を経て、結末に結び付く構成となっている。

 それぞれの章で主人公となる者達は特殊な人々ではなく、タイトルにも込められているような普通の人たち。恋人との仲がうまくいかなくなって悩む男、低賃金の工場で働く男、テロ現場で出会った男と邂逅してゆく女、家庭のことに悩む専業主婦等々。普通の人々、普通の暮らしが描かれつつも、その裏で小口テロが頻発し、そのテロを首謀していると噂される“トベ”という人物の存在が徐々に浮かび上がってくる。

 サスペンス的な部分を強調すると、テロの首謀者の正体や目的に焦点が当てられた小説と捉えられるであろう。ただ、それよりも心に重くのしかかるのは、社会や人生に不満を抱く者たちが、ささいな事から暴走行為に走りかねない可能性があるということ。なかには思いとどまるというパターンも作中で描かれているのだが、孤独なものほど抑止力が機能しづらいように思われる。“テロ”などというと大げさなように感じられるが、近年頻発する暴走行為などがニュースで報じられているのを見ると、決してこの物語もフィクションというだけでは済まされないのではないかと身につまされる。


わが心の底の光   6点

2015年01月 双葉社 単行本
2018年04月 双葉社 双葉文庫

<内容>
 父が人を殺し、5歳から叔父夫婦に引き取られ育てられた峰岸晄。晄が成長するにつれ、周囲からの執拗ないじめに会うこととなるが、彼はそれをどこ吹く風とでもいうように受け流し、孤独に生き続ける。そして社会人となった晄は、とある計画を実行するべく行動をとり・・・・・・

<感想>
 最初読み始めた時はいじめられっこの暗い話かと思い、それが徐々にサイコパス風の話になるのかと思いきや、後半には謎の犯罪計画が次々と・・・・・・そして最後には驚愕の真相が待ち構えている。

 読んでいる途中から、主人公の峰岸晄が何かを企み、なんらかの計画を徐々に遂行しつづけている、ということはわかるのだが、その肝心の目的が何なのかわからない。そして最後まで読み続けると、実は一番重要なのは、その計画に関する目的ではなく、別の意外な事実であったと・・・・・・

 この作品、あとがきを読んで(私が読んだのは文庫版)、ようやく色々なことに気付かされた。そこで書かれていたのは、作中で主人公の感情表現が一切なされていないということ。読んでいる時は、主人公に対して、あれやこれやと考えたり、こんな風に思っているんだろうなとか感じていたのだが、よく考えるとそれらは全て読み手側の推測にすぎなかったということ。それゆえに、主人公の真の思いを知ることにより、それまで辿ってきた世界観が大いに覆されることとなった。

 ミステリ的に優れているとか、そういった作品ではないものの、何とも驚かされた作品。何気に、してやられた感が非常に強くあっけにとられたという感触。


女が死んでいる   6点

2015年03月 角川書店 単行本(ヴィジュアルブック 表題作のみ)
2018年08月 角川書店 角川文庫(表題作以外、文庫初収録)

<内容>
 「女が死んでいる」
 「殺意のかたち」
 「二重露出」
 「憎 悪」
 「殺人は難しい」
 「病んだ水」
 「母性という名の狂気」
 「レッツゴー」

<感想>
 この作品は最初、単行本でヴィジュアルブックとして、表題作のみが掲載されたものであった。そして文庫化するにあたり、雑誌に掲載された短編を集め、短編集として刊行された。ゆえに、表題作以外は書籍としては初収録。

 という感じで集められた作品集であり、特に統一性はない・・・・・・はずなのだが、何となく叙述トリック集のような感触を受け、統一テーマ作品集という感じで読める作品となっている。

 表題作は、設定はどこがありがちのようではあるが、それなりに面白い。ただ、最終的な締めはそれでよかったのかなと疑問。

 個人的に一番楽しめたのは、「憎悪」。どこか騙されているなという感触があったにもかかわらず、結局騙されてしまうという結末がかえって心地よい。

「二重露出」は、切実とした問題の割には、まるでブラック・コメディのような展開がなされる作品。その他、凝っているものもあれば、わかりやすいネタもありと、さまざまなサスペンス模様を楽しむことができる。最後の「レッツゴー」が良い話としてまとめられていて、読了後、さっぱりとした気持ちで本を閉じれるところが良かった。


「女が死んでいる」 朝目が覚めると、部屋に女の死体が! 男は昨夜のことは泥酔していて覚えておらず・・・・・・
「殺意のかたち」 公園で発見された男の毒殺したいと、徐々に追い詰められていく謎の女。
「二重露出」 ホームレスに我慢できなくなった蕎麦屋の店主がとった行動とは!?
「憎 悪」 ひとりの愛人と、ファッションデザイナーの母親に縛られる息子と、その義父。
「殺人は難しい」 妻は夫の浮気相手を殺害したのであったが・・・・・・
「病んだ水」 身代金30万円の誘拐事件の行く末は?
「母性という名の狂気」 虐待された子ども、それを発見した父親と祖母、そして・・・・・・
「レッツゴー」 姉妹の恋の行く末は??


壁の男   

2016年10月 文藝春秋 単行本
2019年11月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 とある町の家々の壁に描かれた絵が話題となった。その絵は稚拙なものであったが、何故か見る人の気を引き、SNSなどでも話題となっていった。その絵に興味を覚えたルポライターの“私”は、絵を描いた主である伊刈重吾に会い、話を聞く。伊刈は平凡なごく普通の人物のように思えたのだが、“私”はそんな伊刈に興味を持ち、彼について調べ始め・・・・・・

<感想>
 ミステリというよりは、単にひとりの男の人生をたどる内容の作品となっている。ルポライターが各章の初めで登場するも、彼は決して物語上の主人公ではなく、あくまでも壁に絵を描く男の人生自体が主題となっている。

 一応、その“壁の男”がたどる人生は壮絶というべきところもあるのだが、何気に普通の人生とも捉えられてしまう。ゆえに、サスペンス風にショッキングな事象が待ち受けるとかそういった内容ではなく、普通小説のような感じで読み進められるもの。

 微妙に“謎”という風にも感じられる男の人生が5章にわたって語られてゆくこととなるのだが、その最後の章が一番のキモとなっている。ただ、個人的には微妙と感じられてしまった。なんとなくその5章だけが物語上(もしくは人生上)浮いてしまっているような感じがし、同じ人物の人生とは感じられなかったのである。そしてミステリ的に言えば、フェアではないというような感触のみが残されたような。


宿命と真実の炎   7点

2017年05月 幻冬舎 単行本
2020年10月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 幼き日に警官により運命を狂わされた誠也とレイ。離れ離れになった二人が大人になって再会し、そして二人は恨みを持つ警官を探し出し、復讐することを誓う。ある日、白バイ警官が事故死するという事件が起きた。単なる事故とみなされたが、その後別の警官が刺殺されたことにより、事態は急変する。二人の警官は同一の人物によって殺されたのではないかという疑いが持たれることとなったのだ。女性刑事の高城理那は、事件捜査に奔走するものの、捜査の壁にぶち当たることとなる。そんなとき、噂で聞いた“名探偵”と呼ばれた元刑事の西條の力を借りて事態を打開しようと・・・・・・

<感想>
 普通に警察小説として面白い作品。そこそこ分厚いページ数であるにも関わらず、一気読み必至の作品である。一応、「後悔と真実の色」の続編という形であるのだが、この作品のみ読んでも十分に堪能できると思われる。

 本書は大雑把に言うと、警官を狙って復讐を遂げようとする二人組の犯人のパートと、その事件を追う正義感が強いがやや空回りしてしまう女性警官のパートとにわけることができる。中盤は、やや警察のみのパートとなっており、後半になってからまた犯人たちのパートが増えてくるという形で描かれている。

 そうしたなかで微妙に思われたのは元刑事の西條という人物のパート。実は、このシリーズ(まだ2冊目だが)の主人公は西條のようであるのだが、それゆえにこの西條という人物の作中での扱いづらさが作品の欠点になっていると思われてしまうのである。というのは、本書において別のこの西條が出ていなくても、十分に作品として機能すると思われるからである。ただ、その西條を前作において警察から追い出してしまったがために、このようなややこしいことになってしまっているのである。

 あくまでもシリーズとして西條を使うのであれば、警察機構の中に組み込んだままのほうが良かったのではないかと思われる。もしくは、女性警官・高城のみの物語としても十分に面白かったのではとも思われるのである。そんなわけで、シリーズの次回作が出たとしても、微妙な感じになってしまうのではないかと・・・・・・


罪と祈り   6.5点

2019年09月 実業之日本社 単行本
2022年10月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 濱仲亮輔の父で元警官の濱仲辰司が殺害されているのが発見された。事件を担当することになった芦原賢剛は、亮輔の幼馴染で、幼少期に父の智士が自殺した後、辰司に世話になり、その辰司に憧れて警官になった。賢剛が事件を捜査していくものの、辰司に恨みをもつものはいなく、警官であったときの辰司の過去について調べてゆくこととなる。一方、父親のことをよく知らなかった亮輔は、自分の父のことを知ろうと、知人に話を聞いていく。すると、どうやら親友であった智士が自殺したときから人が変わって行ったということを聞かされることに。さらに辰司の過去を調べていくと、ひとつの大きな事件に遭遇することとなり・・・・・・

<感想>
 文庫で550ページ近くある分厚さの作品なのだが、ほぼ一気読みできてしまうほど読みやすかった。内容は結構重めであるのだが、それでもスイスイ読めてしまうので、そこは著者の力量と言えよう。

 元警官の父親が殺害された事件の謎について迫る「亮輔と賢剛」の現代パートと、事件の発端となるバブル期を背景とした「辰司と智士」の過去パートが交互に展開していくという流れで描かれている。

 後半で明らかになる、とある大きな事件を軸として描かれている。ただ本書はその事件を基調としたものではなく、時代背景と人の生き方にスポットを当てた社会派小説という風に捉えられる。事件そのものよりも、時代背景となるバブル期のなかで翻弄され続ける人間模様を描き、そしてその過去の事実を知った息子たちの受け止め方を表す作品となっている。こういった物語をそれぞれ過去と現代で二人の男の視点で表現することにより、内容に重みを加えるものとなっている。

 面白い作品ではあったのだが、読み終えて色々と考えてみると、特に過去のパートにおける行動に関しては、納得しづらいようなモヤモヤ感が残る。良い話のような感じには描かれているものの、冷静な視点で外側から眺めてみれば、“愚行”としか言いようがないと。社会を変えるというようなことを言いつつ、ただ自分たちの人生の足を引っ張るだけのことだと容易に想像がつきそうな気もするのだが。むしろ、罪悪感など考えずに、己の欲得だけで事件を起こしてくれたほうが、まだ救いがあるようにも思われた。


悪の芽   5.5点

2021年02月 角川書店 単行本
2024年01月 角川書店 角川文庫

<内容>
 大勢の人が集まるアニメコンベンションの会場にて惨劇が起きる。建物に入るために列をなしていた人々のもとに、カートを引いた男がやってきて、突如火炎瓶を投げ始めたのである。多くの死傷者が出たのちに、犯行を行った男は自らにも火をつけ、焼け死んでしまう。その無差別大量殺傷事件の報を見た、大手銀行に勤める41歳の安藤は、事件を犯した者が小学校時代の同級生だということに気づく。しかもその同級生は、小学校時代にいじめられており、その後学校に来なくなっていたのだ。そのいじめの原因を作ったのが安藤であり、安藤はそのことに苛まれて・・・・・・

<感想>
 非常に考えさせられるテーマであるのだが、テーマが大きすぎて、スポットを絞って考えづらくもある。そのテーマゆえに、色々な方向へと派生してしまい、さらにテーマが絞りづらくなるという状況。

 まず、大量無差別殺人が起きるのだが、実際に似たような事件もあるものの、特にこれだと特定するようなものではない。ゆえに、ここでは、こういった起こりうる事件と状況という、あくまでもテーマの提示がなされているという形である。そうした大きな事件が起きたときに、その犯行を行った者に対して、かつて自分がいじめに加わっていたことがあり、その行為が犯行を行った原因となったのではないかと悩み始めるというような流れで物語は展開している。

 物語として読むと、かつていじめの原因を起こしたということで悩む安藤に対しては、ちょっと過剰に考え過ぎなのではと思ってしまう。まぁ、物語としてあえて“過剰に”という形で書かざるを得ないのかもしれないけれど、ちょっと過剰反応しすぎているように思え、あまり共感はできなかった。そこでプレッシャーを感じているようであるが、むしろ大手の銀行で、それなりの地位に達するまでの方が、もっとプレッシャーがかかっていたのではないかと考えてしまう。

 物語の流れとは別に、本書のテーマについては、先に書いたように、あまりにも色々と派生しすぎて、全くまとまらない状況。過去のいじめに対する苦悩、いじめを行うということに対して、大きな事件が起きたときの被害者と加害者の状況、マスコミの対応と、色々と書き出してみたのだが、考えてゆけば、もっと書き出すことができる要素がある。今挙げた一つ一つに対しても、それぞれ多くのことを考えることができるのだが、そういった要素があまりにも詰め込まれているための、どうしてもテーマに関してはまとめあげることができないという状況。

 そんなわけで、結局は悩める家庭持ちの銀行員に対して、悩み過ぎなのではという印象ばかりが強くなってしまう。一応、本書のテーマとしては、そういった事件が起きたときの関わりについて考えを促すというのが焦点のような感じがした。それゆえか、起こった大きな事件の結末に関しては、ややおざなりであったような。




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