荻原浩  作品別 内容・感想

オロロ畑でつかまえて   

小説すばる 1997年12月号 第10回小説すばる新人賞受賞作品
1998年01月 集英社
2001年10月 集英社 集英社文庫

<内容>
 人口わずか三百人。主な産物はカンピョウ、ヘラチョンペ、オロロ豆。超過疎化にあえぐ日本の秘境・大牛群牛穴村が、村の起死回生を賭けて立ち上がった!ところが手を組んだ相手は倒産寸前のプロダクション、ユニバーサル広告社。この最弱タッグによる、やぶれかぶれの村おこし大作戦「牛穴村 新発売キャンペーン」が、今始まる。

<感想>
 楽しい、実に楽しい。人の原点に帰れとばかりの超過疎化村・牛穴村!妙な味わいがあって実に良い!(絶対に住みたくないけれど)しかも、登場人物それぞれに味があるというのもなかなかだ。これはある意味掘り出し物。


なかよし小鳩組   

1998年10月 集英社
2003年03月 集英社 集英社文庫

<内容>
 倒産寸前の零細代理店・ユニバーサル広告社に大仕事が舞い込んだ。ところが、その中身はヤクザ小鳩組のイメージアップ戦略、というとんでもない代物。担当するハメになった、アル中でバツイチのコピーライター杉山のもとには、さらに別居中の娘まで転がり込んでくる。社の未来と父親としての意地を賭けて、杉山は走り出すが・・・・・・

<感想>
 相も変わらず笑わせて、かつ、ほろりとさせてくれる一冊に仕上がっている。

 なんとなしに皮肉に感じるのはヤクザのイメージアップ広告を作るというもの。これがあくまでも対象がヤクザというものであるから、おおっぴらには世間に出すことができないというだけのもの。それを除けば、無茶なことをいったり、組の中で意見が分かれてもめたりと、広告社泣かせのことをいってくるのは、よくよく考えれば一般企業とは別に変わらないように思える。かえって一般企業であるからこそたちが悪いということが言える場合もあるに違いない。広告業界にて働いている人の意見を聞いてみたいものである。

 あとは娘との交流がなんとも泣かせてくれる。とくにこの小学生の娘がストレートなものだから、その行動やそれに対する親の反応というのが非常に心に響く。とはいうものの、そこまで愛していながらも離れて暮らせざるを得ないというのだから、とかく人生というものは難しいものだ。


ハードボイルド・エッグ   6.5点

1999年10月 双葉社 単行本
2002年10月 双葉社 双葉文庫
2015年01月 双葉社 双葉文庫(新装版)

<内容>
 私の名前は最上修平。フィリップ・マーロウにあこがれ私立探偵になるものの、依頼される仕事はペットの捜索ばかり。美人秘書を雇おうと意気込んでみたものの、やってきたのは目を見張るほど年取った老婆。生活するために請け負った犬探しの仕事から、いつのまにか産業廃棄物場を巡るヤクザとの土地争いに巻き込まれることに。知人であるアニマルホーム経営者を救うために奔走する私であったが・・・・・・

<感想>
 今更ながらの作品であるのだが、新装版が出たときに思わず購入してしまった一冊。というのも、荻原氏の作品で一番最初に読んだのがこの「ハードボイルド・エッグ」。それを機に、荻原氏の作品を色々と読みだしたが、最近はミステリ調の作品は減ってきたように思われるので、手が遠のいている。そうしたなかで、このHP上で感想も書いていなかったので、再読した次第。

 中味はハードボイルド調・・・・・・のコメディ小説。チャンドラー著の私立探偵フィリップ・マーロウにあこがれる男が私立探偵となったものの、動物探しの依頼しか来ず、その動物探しでなんとか生活をつなぎとめてゆくうちに、いつしか動物探しのプロとなりつつある。そんな探偵が美女の秘書が欲しいと思い、募集したところ、来たのは戦前生まれの老婆。何故か探偵はその老婆とコンビを組みつつ、アニマルホームを巡る事件の渦中に乗り込んでゆくこととなる。

 実生活にはそぐわないハードボイルド調をつらぬきながらも、自身を貫く男の生きざまには心打たれる・・・・・・どころか、ピエロのような憐れみを感じてしまう。しかし、本人が強く生きているのだから別にいいんじゃないかとも思えなくもない。その力強いピエロっぷりを楽しみつつも、その探偵活動は決して滑稽なものだけではなく、時には残酷な試練が与えられることもある。それら滑稽さと現実の厳しさや残酷さとの対比に心打たれるところがなくもない。

 こうした生き様を貫くものが、例え本の上だけの世界であっても、いてくれても良いのではなかろうか。序盤の滑稽さとは裏腹に、読み終えると何気に心熱くなる作品である。


噂   6点

2001年02月 講談社 単行本
2006年03月 新潮社 新潮文庫

<内容>
「レインマンっていう殺人鬼が出てきて、女の子の足首を切っちゃうんだって。でも、ミリエルの香水を付けてると狙われないんだって」。新ブランドの香水を売り出すために、モニターの女子高生達に伝えられた噂。その噂話が現実となり、足首を切られた女子高生が死体となって発見される。警察は事件を究明しようとするが、何も手掛かりはないまま・・・・・・さらに次の被害者が現われ・・・・・・

<感想>
 荻原氏の初期の作品であり、この頃はまだミステリーにこだわった作品を書いている。また、ここにも広告会社が出てきており、荻原氏の作品には広告マンがよく登場するなと改めて思わずにはいられない。

 本書は“噂”というか都市伝説のようなものを扱ったミステリーとなっている。ただし、都市伝説とはいっても、人為的に広められたものなので、やはり“噂”とう表現のほうがしっくりとくるのかもしれない。

 ミステリーとしての内容は普通という感じであったが、登場する刑事たちのキャラクターがなかなかよくできていたと思う。主となるのは、女子高生の娘がいる男やもめの壮年刑事・小暮。その相棒となるのは、外見は大学を出たばかりにしか見えないが、実は子持ちの女刑事・名島。このコンビがなかなか面白く、しかもキャラクター造形もきちんとできているので、シリーズ化されないのがもったいないくらいであると感じられた。

 ただ、結局のところ印象に残ったのは、そのキャラクターくらいで、他にはこれといった要素がなかったような気がする。また、内容のわりには少しページ数が長すぎたようにも思われる。とはいえ、ページ数が長いとはいえ、かなりスムーズに読むことができたので、リーダビリティは充分な出来の小説となっている。まぁ、荻原氏のファンには必見というくらいで。


誘拐ラプソディー   

2001年10月 双葉社 単行本

<内容>
 社長と喧嘩して会社を飛び出してしまった男に残されたものは窃盗の前科と借金のみ。あとは自殺するしかないと考えはするものの実行に移せないまま有り金だけが減っていく始末。そんな男の前に家出志望の裕福そうな男の子が現われる。これを機に男は誘拐を企てようとするのだが・・・・・・

<感想>
“大誘拐”ならぬ“小誘拐”。ダメ人間が送る痛快ドタバタコメディ誘拐劇。

 また、主人公が中途半端にダメ人間なところが面白い。あれもダメ、これもダメ、そんな男が偶然にも誘拐(?)というチャンス(?)を手にしてしまうのだからさぁ大変。

 常識を超える非常識さと運や偶然を武器にして交渉に乗り出す主人公。そしてそれに翻弄される誘拐された側。このようなドタバタ劇を描かせれば、この著者は天下一品。縦横無尽にそれぞれの登場人物が暴れまくることになる。

 そして人情劇というほどではないのだが、誘拐犯と少年との会話のそれぞれにホロリとさせられることもある。この二人の間の微妙な結びつきがなかなかうまく表されていて、ラストにはそれなりに感動させられてしまった。

 あまり本書は話題にはなっていないかと思うのだが、埋もれさせてしまうには惜しい本である。


コールドゲーム   6点

2002年09月 講談社 単行本
2005年11月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 高校野球の試合にコールド負けし、部活から引退する事になった高三の夏。渡辺光也は友人から奇妙な噂を聞いた。中二の時の同級生達が、奇妙な事件に遭遇しているのだと。それはたわいもない悪戯から、本人が怪我を負うというものまでさまざまなもの。どうやらその事件は中二のときにクラスでいじめにあって転校していった“トロ吉”が起こしているのではないかと思い始めるのだが・・・・・・

<感想>
 同窓会小説とでも言えばいいのだろうか。高校最後の夏休みとなり、進路などに悩む少年たちが久しぶりに中学時代の仲間たちと会うというほのぼのとした物語・・・・・・昔、いじめた同級生に命を狙われていなければの話なのだが。

 と、そんなわけで昔の中学の旧友たちと会うことになるのは、その中学時代にクラスのいじめられっこであった“トロ吉”が皆に復讐を始めているという事件が起きたことによってである。よって、ある意味殺伐とした同窓会になるのではあるが、何故かどこかほのぼのとした雰囲気さえ感じ取れる小説でもあった。

 何故、そのように感じられたのかといえば、高校球児であった主人公がこれからの進路に悩んでいるときに、昔の旧友たちに会い、彼らが現在どのような成長を遂げているのか、そして将来のことをどのように考えているのかという事に触れながら、自身が成長していくさまが描かれているからであろう。

 さらには、主人公をとりまく陽気な友人たちの雰囲気によって殺伐な雰囲気を和らげていることもある(殺伐な雰囲気を増幅するような者たちもいるのだが)。

 こういった非常事態を通しながらも、やがては日常へと帰っていくというような物語がうまく描かれた小説ではないかと感じられた。さらには、ミステリーとしても十分に楽しめる内容になっているので、色々な意味で満足させてくれる作品である。


神様からひと言   

2002年10月 光文社 単行本
2005年03月 光文社 光文社文庫

<内容>
 大手広告代理店で一悶着起こして、会社を辞めることとなった佐倉涼平。涼平の次の就職先は“珠川食品”。そこで前職の経験を生かし、販売会議にてプレゼンテーションを行うも、そこでもトラブルを起こしてしまう始末。その結果、涼平はリストラ要員の溜まり場とされる“お客様相談室”へと配属される。そこで涼平を待ち受けていた仕事とは・・・・・・??

<感想>
 荻原氏のデビュー作で「オロロ畑でつかまえて」というものがあるのだが、その作品は小さな広告代理店での奮闘記を描いたものである。それに対するように、この作品では組織の中での会社員と言うものの悲劇を喜劇的に描いた作品となっている。

 なんともまぁ、会社という組織に属している者にとっては「あるある」とうなずきたく部分もあるのではないだろうか。いささか極端に書かれているきらいがあるとはいえ、事実こういった会社、組織、上司が現実にいても全くおかしくはないだろう。と、サラリーマンにとって読めば嫌になるようなことばかり書かれているのかというとそんなことはなく、それなりに希望の光が射す内容なので安心して読んでもらいたい。

 とはいえ、絶望は現実的なのにもかかわらず、希望に関する部分は非現実的と思えてしまうのはなぜ?


メリーゴーランド   

2004年06月 新潮社 単行本
2006年12月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 かつて都会で働いていたものの、その職場を9年前に辞め、地元にUターンし、市役所に勤務している遠野啓一。啓一はこの4月から出向として、町にあるテーマパークの再建推進室で働くこととなった。しかし、その部署がとんでもないところであり・・・・・・。とても客足などのぞめないテーマパークを少しでも良いものにしよう啓一は力を振り絞り、“駒谷アテネ村”の再建を目指すことに!

<感想>
 主人公が寂れたテーマパークの再建をするという内容。あらすじとしては、先に読んだ「神様からひと言」に通じる部分がある。

 この作品で主人公が目の当たりにする事となるのは、一般世間では筋が通らないような話を平気で進めて行く地方行政職員の体質。そういったなかで、孤軍奮闘しながらなんとか自分なりの結果を残そうと、主人公はあらゆる知恵を絞ってテーマパークの成功を試みる。

 この話が、どこかおとぎの国めいた話のようでありながらも妙なリアリティを持っているところは、主人公の試みが必ずしも全部が全部成功するとは限らないところ。テーマパークにさまざまなアトラクションを設け、結果を出していくにもかかわらず、そういったものとは異なるところで別の力が介入されることとなる。その様は、まさにタイトルが象徴している“メリーゴーランド”のように、1週してまた最初からという歩みを強いられているようにさえ思われる。

 さらに付け加えると、この話は当然ながらフィクションではあるのだが、最近ニュースで伝えられている地方行政の破綻ぶりを耳にすると、実は現実にありそうな話なのだなと考えてしまう。しかし、その同じところをぐるぐると回り続けるメリーゴーランドのうえに乗っている人々はどのようなスタンスで乗り続けるのかは別として、そう簡単にそこから降りることはできないのだろうとも思い知らされる。

 会社勤めの方は是非とも「神様からひと言」と合わせて、本書も読んでいただきたい。


明日の記憶   

2004年10月 光文社 単行本
2007年11月 光文社 光文社文庫

<内容>
 広告会社に務め、営業部長の職につく50歳の佐伯は最近、物忘れがひどくなってきた事に気がつく。妻の進めにより嫌々ながらも病院に行って診察を受けると若年性アルツハイマーだと診断された。仕事をかかえ、娘は結婚間近というこの時期に! 佐伯は周囲に病気の事を隠しながら普通に生活を送ろうとするのだが・・・・・・

<感想>
 若年性アルツハイマー、現実的すぎて怖いというのが一番の印象。物語としては、現実感あり、感動もあり、ということでよいものに仕上がっているのだが、自分を物語り上においてしまうと楽しむというだけは済まなくなってしまう。

 日常においてちょっとした物忘れとか、人の名前を思い出せなかったりするということは誰にでもあるのではないだろうか。そういった状況の中、この本を読んでしまうと、まさか自分が! などとついつい考えずにはいられなくなる。

 とはいえ、そのへんのフォローもあってか、文庫版のあとがきではきちんと、アルツハイマーの現状について精神科医の方が書かれているので、そちらも是非とも参照してもらいたい。

 ということで、よい物語ではあるものの、物事を気にしすぎる人はあまり読まないほうがいいのかもしれない。


さよならバースディ    6点

2005年07月 集英社 単行本
2008年05月 集英社 集英社文庫

<内容>
 霊長類研究センターにて、ボノボという種に分類される猿“バースディ”に言語を取得させるという実験が行われていた。実験は順調であり、バースディがあげる成果には外部から来た者たちも手放しで賞賛した。研究が順調な中、この研究の主任ともいえる田中真は同じく研究の助手を務める藤本由紀にプロポーズをする。そのプロポーズが認められたかと思いきや、その後由紀は研究所から飛び降り自殺してしまう。いったい何が原因で・・・・・・一年前にこのプロジェクトの創始者である助教授が自殺した件と何か関係があるのだろうか!?

<感想>
 動物実験しているということを聞いただけで、物語全体に悲劇的なものを感じてしまうのは何故だろうか。やはり、このような作品の場合、悲劇的な内容に終始するものが多いということなのだろうか?

 本書では、ボノボという種類の猿を用いての言語実験が行われてゆく様子が描かれている。この実験をどのように世間に表していくのかという研究者達の葛藤を描く作品なのかと最初は思ったのだが、途中で物語の主要人物が自殺を遂げることから話は一変し、ミステリ色の強い内容へと展開してゆく。

 ミステリ風に言えば、“猿は見ていた”といったところ。その自殺の現場に居合わせた猿から、そのときの状況を言語実験の成果を利用して猿から聞き出そうと主人公が鬼気迫る努力を行ってゆく。そしてやがては、このプロジェクトの裏に隠された真相へとたどり着くこととなる。

 最初はミステリ調にしてしまったがゆえに、せっかくの動物実験が描かれた内容が薄くなってしまうのではと思われたのだが、真相にたどりついてみると、本書はどちらかといえばミステリが先にありきの作品であったということに気づかされる。ただ、ミステリといってもあくまでもサスペンスタッチのものであり、喪失という悲劇的なテーマが色濃く出ている内容の作品といえよう。

 最後にしつこいようだが、タイトルは「さよならバースディ」よりも「猿は見ていた」のほうがインパクトが強いように思えるのだがどうだろうか? それともかえってありきたりなタイトルであろうか??


あの日にドライブ      

2005年10月 光文社 単行本
2009年04月 光文社 光文社文庫

<内容>
 牧村伸郎43歳。家族は妻と子供二人。やり手の銀行員であったが、たった1度上司に逆らったがために銀行を辞めるはめになった。転職のあてはなかったが、ふとしたことをきっかけにタクシードライバーとなる。業務成績が上がらないなか、所詮足かけの仕事だと割り切りつつも、他の仕事に就けるあてなどは全くなかった。そうした仕事を送るなか、偶然青春を過ごしたことのある街へとたどり着き、タクシーを走らせながら人生を思い起こすこととなる。

<感想>
 これぞサラリーマン哀歌の決定版と言えるような内容。主人公である牧村にしてみれば、“哀歌”などと言われるのは、はなはだ不本意なことであろうが、読んでいる身としてはこれはサラリーマン哀歌以外の何物でもない。

 主人公は元エリート銀行員ということなので、彼と同じような立場であったという人は当然ながら少数であると思われる。しかし、彼の身に起きたようなことや現在の状況を見ていくと、働いた事のあるものならば必ず身につまされることが多々あるはず。この本を読みながら、自分の場合はどうだとか、自分だったらこうしたとか、いやいややっぱりこうしたほうがいいとか、とにかく色々なことを考えさせられた。

 また、この作品は自分の人生を振り返り、あのときこうしたほうがとか色々と考えてはいるものの、決して都合の良い内容となっているわけではない。それどころか、結局は自身の現実へと戻っていくこととなる。ただし、決して落ち込むだけのような話ではないので、そこは安心して読んでいただきたい。

 男性サラリーマンであれば、必ず読んでもらいたい本。といっても、本を読んでまで身につまされるような現実を思い知らされたくないという人もいるかもしれないが。


ママの狙撃銃   

2006年03月 双葉社 単行本
2008年10月 双葉社 双葉文庫

<内容>
 福田曜子は平凡な会社員である夫と二人の子供を持つ普通の主婦。家のローンに苦しみ、気弱な夫をはげまし、気難しい思春期の娘をたしなめ、やんちゃな息子に手がかかるという平和な暮らしを送っていた。そんな彼女は昔アメリカに住み、祖父の仕事の関係でライフル銃による暗殺の仕事を請け負ったことがあるという過去を持つ。そしてある日、曜子のもとに以前の依頼人から電話がかかってきて・・・・・・

<感想>
 結構、似たような設定の小説や漫画などが多々あったような気がする。普通の○○の暮らしをしていながら、実は過去に・・・・・・という設定。この作品では普通の主婦が元スナイパーという過去を持っている。

 ただし、本書ではあくまでも“主婦”であるという面を強調するものとなっている。ゆえに、どのような行為、どのような過去があっても主人公は現在、夫と子供を持つ主婦なのである。普通の主婦であるがゆえに過去に悩み、また昔の仕事に手を染めることになることを苦しむ。しかも、気弱な夫に代わって一家の大黒柱としての役割さえ担わなければならない破目に陥るのである。

 この作品の特徴は、主人公が決して“主婦”である立場を捨てようとしないところにポイントがあると言えるだろう。さまざまな非現実的な世界に悩みながらも、必ず家庭のなかへと帰ってきて、そして家の仕事や問題をも解決していくというスタンスがとられている。

 こういった作品では主人公をスーパーマンのように描くこともできるだろうと思えるのだが、あえて普通の人から逸脱させないところが荻原氏らしい作品と言えよう。少々反則気味に思えるところもあるのだが、普通の主婦によるハードボイルド・サスペンスを堪能できる作品と言えよう。


サニーサイドエッグ   

2007年07月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 あこがれのハードボイルドの探偵らしい仕事はいっさいなく、相変わらず細々と小動物の失踪調査を続ける探偵・最上俊平。今回は、好みのタイプの女性から猫のペットの捜査依頼がきたり、待望の“ブロンドで青い目”の秘書を雇うことになったりと、順風満帆の日々が過ごせるようになったかのように思えたのだが・・・・・・

<感想>
 荻原作品は、最近では文庫落ちで全て読んでいるのだが、この作品だけは単行本で購入した。というのも、最初に荻原氏の作品に触れたのがこの作品の前段「ハードボイルド・エッグ」であったからである。以前読んだ、へなちょこペット探偵・ハードボイルド風の作品を忘れる事ができず、その懐かしさを甦らせるためにこの作品も読んでみることにした。

 読んでみたところ、作風は相変わらずである。終始、オフビート調でペット捜索の様子が語られるなか、今回の新たな事件のてんまつが描かれている。前作では老婆の秘書を雇う羽目になったものの、今回は念願かなって金髪の秘書が雇えたのだが・・・・・・当然のことながら、世の中そんなにうまくいくはずがないとう流れになっている。ただ、前作もそうだったのだが、この作品は秘書の存在感に物語が喰われてしまっているようにも思えてしまう。

 今作は、話のひとつひとつのエピソードがどうも唐突というように思えた。最終的には全てがひとつにまとまって(というほどでもないのだが)、それなりに話が収束するようにできている。ただ、流れとして綺麗ではなく、どうでもいいエピソードがごちゃごちゃのまま一塊になって、エンディングへと流れていったというような感じがした。

 また、メインの作業とはいえ、猫の捕り物の描写があまりにも長すぎたようにも思え、このへんのバランスも悪かったように思えた。

 と、今回の物語の流れには少々不満があるものの、全体的にはいかにも荻原氏らしい作品とも思え、それなりに楽しめたことは間違いない。できれば、あまり間隔をを空けずに、薄味でもいいのでシリーズとして書き続けてくれたらなぁと期待している。


さよなら、そしてこんにちは   

2007年10月 光文社 単行本
2011年11月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「さよなら、そしてこんにちは」
 「ビューティフルライフ」
 「スーパーマンの憂鬱」
 「美獣戦隊ナイトレンジャー」
 「寿し辰のいちばん長い日」
 「スローライフ」
 「長福寺のメリークリスマス」

<感想>
 荻原氏によるアットホーム系短編作品集。そのどれもが家族をテーマにしつつ、悲喜こもごもの内容が描かれている。
 こどもが生まれようとする葬儀会社社員の仕事ぶり、ダイエット食品に振り回されるスーパーの売り場店員の騒動、戦隊ヒーローものの美形俳優に惹き込まれる主婦、などなど。

 さまざまな短編のあるなかで面白かったのは、「ビューティフルライフ」。これは脱サラして田舎で過ごそうとする一家族が現実に直面する様子を描いたもの。ありがちな内容ではあるが、携帯の電波をひろうために丘に上ったり、安い買い物をするために車の免許をとろうとしたりと、現代的な内容がほほえましい。また、引きこもりの小学生の男の子の視点で話が進められているのだが、この子自身が田舎に引っ越してくるという原因の一端であるにもかかわらず、そのことは決して攻めようとしない家族のやさしさが感じられる。

 また、「長福寺のメリークリスマス」も楽しめる。お坊さんが妻と子供のために周囲の目を気にしつつ、変装してクリスマスアイテムを町へ買いに行くという内容。全てを書ききる前に終わってしまったという感があり、もっと読みたかった作品である。

 このように色々な状況下にある主人公が不満を抱えつつも、家族というものの元に発奮しながら生き続けてゆくという微笑ましさとやさしさを感じ取れる作品集となっている。


愛しの座敷わらし   

2008年04月 朝日新聞出版 単行本
2011年05月 朝日新聞出版 朝日文庫(上下巻)

<内容>
 食品メーカーに勤務する高橋晃一は本店から支店へと異動することとなり、一家そろって引っ越すこととなる。一軒家を夢みた晃一は、家族の反対を押し切り、築百年を超す田舎の古民家に住むことを決める。いい加減な夫の行動に呆れる妻、友達関係に悩む娘、健康が心配される息子、認知症気味の祖母。5人で新生活を始めることとなったのだが、実は彼らが住む家はいわくつきの家で、座敷わらしが住んでいると昔から噂されていて・・・・・・

<感想>
 古民家に住むことにより、座敷わらしの騒動を通して家族のきずなが取り戻されてゆくという内容の作品。いつもながらの荻原氏らしいアットホームな内容。

 面白かった反面、家族5人とさらにその他と、登場人物が多い故に書き切れていないことが多いように感じられた。前述で家族のきずなが取り戻されと書いたのだが、まだきずなが取り戻される途上であり、しっかりと絆の強さが確かめられたというところまではいかなかったかなと。もう少し、その先が描かれていても良かったのではないかとも感じられた。

 ただ、肝心の“座敷わらし”という存在が不確定なものゆえに、なかなか活用しづらかったのかなという感じもした。全体的にアットホームでよい作品という事には違いないものの、何か一味たりなかったかなと思われた。ちょっと、全てが良いように収まり過ぎてしまったところに物足りなさを感じてしまったのかもしれない。


オイアウエ漂流記   

2009年08月 新潮社 単行本
2012年02月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 南太平洋の上空で日本人を乗せた小型旅客機が事故を起こし、墜落。乗員たちは救命ボートでなんとか逃れ、島へとたどり着く。しかし、そこは無人島であった。パラダイス土地開発の会社員4名、その取引先の御曹司1名、仲が良いのか悪いのかわからない新婚夫婦、ボケかけた元日本兵の老人とその孫の小学生、正体不明の外国人1名、そして犬。計10名と一匹は、文明の利器がない無人島でどのうようにして暮らしていくのか!?

<感想>
 うーん、面白い。タイトルと内容からして、だいたい想像のつく中身ではあるのだが、それでも面白可笑しく読むことができた。

 現代の文明の利器の恩恵を受ける日本人が無人島に投げ出されたらどのようにして生活していかなければならないかを描いた作品。これらメンバーの中には何でもできるスーパーマンはおらず、普通の人々が悪戦苦闘しながら困難に立ち向かっていく。と、言いつつも困難な場面に遭遇すると、そこで活躍を見せる人が現れ、何とか困難を乗り越えるという部分がいくつか見られる。ただ、実際に自分がこういった境遇に遭遇したらと思うと、何の役にも立たずひざをかかえたまま過ごしていそうで、無力感を感じさせられてしまう。

 本書で絶妙と思われたのは人間関係について。無人島で過ごす面々の中に同じ会社の上司と部下がいるのだが、元々良好な人間関係ではない。それが無人島で過ごすストレスから関係が悪化し、かなりきわどいやりとりが行われることとなる。作品の描き方によっては、ここから崩壊していくというものもあるかもしれないが、この作品ではすれすれの瀬戸際で持ちこたえ、ある程度の人間関係を保ちながら無人島の中で過ごしていくこととなる。この人間関係を瀬戸際で保っているところがユーモア小説として成功しているところなのであろう。

 個人的には、この話が終わった後のことをもう少し描いてもらいたかったのだが、こんな終わり方も悪くはないのかもしれない。


ひまわり事件   

2009年11月 文藝春秋 単行本
2012年07月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 隣接する、老人ホーム“ひまわり苑”と“ひまわり幼稚園”は理事長の適当な思いつきにより、相互交流を行うこととなった。妻を亡くし、ひまわり苑に入居した益子誠次は、子供たちをうとましく思いつつも、徐々に一部の園児たちと打ち解け始める。また、老人たちを妖怪扱いしていた園児たちも、徐々に彼らに慣れ始める。そうした矢先、老人ホームの運営に反感を持つ者の手により、園児たちをも巻き込んだ騒動が起こることとなり・・・・・・

<感想>
 現代社会を感じさせる風刺社会派小説・・・・・・と思い至ったのは、あとがきを読んでから。園児たちをうるさいイキモノ扱いする老人たちと、老人たちを妖怪扱いする園児たち。双方がそれぞれこのように感じるのも、今の世の中において3世代同居する家族が少なくなり、互いが互いに慣れていないという背景がそこにある。という意見をあとがきによって聞くこととなり、この作品に対してなるほどと考えるようになってしまった。

 読んでいるときは、老人ホームに入るというのも大変なのだなぁ、とか、自分が老人ホームに入るときは慎重に選ばなければなぁ、などといった独りよがりな考えしか思い浮かばなかったのだが、よくよく考えてみると、色々なことを訴えかけている小説であったと思われる。

 こうした老人ホームと幼稚園児の交流というものも、実際行う者にとってみれば大変な負担になるだろうと思えるものの、はたから見た分には、実は意外と有効なものであると考えてしまう。異なる世界が交わることによって、自分たちの立ち位置に気づいたりということも出てくるかもしれない。普通に読む分には、ただただ楽しめる小説であるのだが、深く考えるとあれやこれやと考えずにはいられなくなる作品。


砂の王国    6点

2010年11月 講談社 単行本(上下)
2013年11月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 かつて証券会社に勤務していた山崎は、妻に逃げられ、会社を退職し、とうとうホームレスにまで落ちぶれる。そうしたなか、生活の場と決めた公園で出会った、不思議な雰囲気の若いホームレス。そして、占い師。山崎は、ホームレスのままでは生きることさえおぼつかなと考え、出会った二人を巻き込んで、新興宗教を立ち上げることを決意する。

<感想>
 上下巻という分厚い作品ゆえに読むのが後回しになっていた作品をようやく読了。ホームレスに転落した男が、一念発起し、新興宗教を立ち上げていくという物語。

 序盤で感じられるのは、ホームレスとして生きるうえでの、現実とその厳しさ。ホームレスっていうと、普通に存在しているように感じられるのだが、そんな簡単に気楽にホームレスとして生きていけるわけではないことを痛感させられる。

 そこで主人公は、ホームレスから脱却するために、知り合った男たちの特性を生かして、新興宗教を起こそうと画策する。主人公は以前マルチ商法に関わったことがあり、その経験を活かし、計画にまい進していく。“新興宗教”というと胡散臭いものを感じるが(実際にここで計画するものは十分胡散臭いのだが)、どちらかというとビジネスとしての事業を発足させてゆく過程とあまり変わらないようにも見受けられた。

 そこからさらなる波乱万丈の幕開けがなされていくこととなる。ただ、結局のところ主人公の進歩のなさばかりが目立つものとなっている。それを著者も意図して書いているのであろうが、いくらなんらかの事業を起こしても、本人が意識を改めない限りは、結局は同じ人生の道筋をたどることとなるという教訓を描いているかのよう。目的が単にホームレスからの脱却というものにすぎなく、とにかく金を稼ぎたいとか、本当の新興宗教を立ち上げたいとか、そういった意識が欠けていたところがこの主人公がたどる結末につながっていったのではなかろうか。

 胡散臭さげな内容ながらも、何気に身近にあってもおかしくなさそうな話であるし、主人公が普通のサラリーマンという感じであるので、さほど違和感なく普通小説として楽しむことができる。


誰にも書ける一冊の本   

2011年06月 光文社 単行本
2013年09月 光文社 光文社文庫

<内容>
 東京で小さな広告会社を経営している私であったが、父親が危篤となり函館の故郷へと帰ることとなった。そこで母親から渡された原稿用紙の束。それは父親が残した遺稿であった。文章を書くこととは無縁のように思えた父が残した作品。そこには父がたどった人生が描かれていた。

<感想>
 光文社より「テーマ競作 小説 死様」という題にて発表された中で荻原氏が書いたのがこの「誰にでも書ける一冊の本」。私は文庫化してから購入したのだが、150ページ弱の薄めの本。ただ、内容は思っていたよりも濃かったと感じられた。

“誰にでも書ける一冊の本”とはどのような意味か? というと、自伝小説のことである。実際、書く書かないは別とすれば、自分がどのような人生をたどってきたのか、それを描けば確かに一冊の本となる。それをより重く表した内容が描かれている。

 主人公の父親は、北海道開拓時代を幼少期として過ごし、それから戦争に加わり、現代まで生き抜いてきた世代。広告代理店で働き、かつては作家を志したこともある主人公は、文才があると思えなかった父親の遺稿が思いのほかしっかりとした文章で描かれていることに驚かされる。また、父親が今まで決して語らなかったことを赤裸々に綴っていることに、さらに驚かされる。

 さすがに、誰しもがここにあるような作品を書くことは無理かもしれないが、こういったことにチャレンジしようとする意志は必要なのかもしれない。さらに言えば、その作品を読んでもらえる人がいてこそ、この“誰にでも書ける一冊の本”というものが成り立つのであろう。そう考えると、いろいろと重みを増してくる作品と痛感させられてしまう。




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