奥田英朗  作品別 内容・感想

ウランバーナの森   

1997年08月 講談社 単行本
2000年08月 講談社 講談社文庫

<内容>
 世紀のポップスター・ジョンは、ある年の夏、日本人の妻とその間に生まれた息子と共に軽井沢で過ごしていた。しかし、せっかく避暑に来たにもかかわらず、ジョンは何日も続く便秘に悩まされていた。それが元で軽井沢にある病院に通う事になったのだが、その病院から帰る途中に不思議な現象に遭遇する事になり・・・・・・

<感想>
 読み始めると直ぐにわかるのだが、この本の主人公はジョン・レノンを意識したものとなっている。どうやら著者の意図では、実際にレノンが結婚後に軽井沢を訪れていたのは事実であるが、そのことについて書かれたものがほとんどないという事でこのような内容のものを書いてみたということであるらしい。

 ただ、この作品の前半部分を読んだ感想はと言うと、日本人の中年男性が成人病に苦しんでいるようにしか思えなく、あまり外国人が主人公であるという気にはならなかった。

 また中盤からは、ジョンが超常現象により、かつて知人でありながら既に亡くなった人たちと邂逅し、罪の意識をうめていくという様相が描かれている。この辺もまた“ジョン・レノン”が主人公でなければならない必然というものが感じられなく、あくまでも“罪を償う”という題材についてを描いた作品というように感じ取れた。

 とはいえ、もしかしたら、これは著者なりにジョンの創る音楽の転換期として、このような事象があったゆえに結婚後音楽に対するスタンスが変わったのであるという事を自分なりに解釈したかったのかもしれない。

 まぁ、奥田氏のファンであれば一度手にとってみては、というくらいで。


最 悪    

1999年02月 講談社 単行本

<内容>
 細々と下請けの鉄工所を営んでいる川谷は、周りから進められたこともあり少しの蓄えを使って事業拡大を考え始める。しかしそんな中、近所の住民から騒音公害で訴えられることに。
 銀行員の藤崎みどりは、支店長のセクハラにあい、上司に訴えるが男社会の前に取り合ってもらえない。やめようと考える日々の中、そのセクハラ騒動が社内の権力争いに利用される羽目に。
 フリーターの青年、野村和也はパチンコとトルエンの売買でその日暮らしの生活を送る。そんなある日、仲間とトルエンを盗みに行く。後日そのことでやくざから付け狙われ金を持って来いと脅される。仲間と金を用意しようとするが、盗んだ金を仲間に持ち逃げされ、和也の彼女はやくざの人質にされる。
 そしてある日、川谷は融資を受けに、和也は銀行を襲うためにみどりの働く銀行に行く。
 まったく他人の三人がそこで顔を合わせたときに彼らは暴走するはめに・・・・・・


邪 魔   7点

2001年04月 講談社 単行本

<内容>
 始まりは、小さな放火事件に過ぎなかった。似たような人々が肩を寄せ合って暮らす都下の町。手に入れたささやかな幸福を守るためなら、どんなことだってやる。現実逃避の執念が暴走するクライムノベル。

<感想>
 展望が見えずに荒れる高校生。夫を疑い始め、子供二人を抱えパートで働く主婦。妻に死なれ、同僚を見張り、また別の放火事件を追うことになる刑事。

 この通常まったく接点のないはずの三人がある事件をもとに関わり合い、徐々に彼らの生活が悪い方向へと侵蝕されて行く。この三人の関わりあうバランスが見事である。関わりあうようで、あまり関係もなく、しかし事件を結ぶ他のひとたちとの間にて微妙な接点がうまれてしまう。基本的にはこの三人というのは並行線上にいるのだが、それがいつしかちょっとした接触点ができ、というようなその物語の展開にはうまいとしかいいようがない。

 物語にて基本的には自業自得としかいえないものの、それでも平和だった生活がちょっとしたことによりかき乱されてしまう怖さというものが痛烈に感じられる。さらには自分で気をつけていても、周囲に巻き込まれてしまうことにより落ちていってしまうというケースに至ってはなんともいいようがない。

 そういった微妙な人間関係と現実の苦さというものがまざまざと描かれている一冊となっている。この小説は面白くそして非常に苦い小説でもある。


東京物語   

2001年10月 集英社 単行本
2004年09月 集英社 集英社文庫

<内容>
 東京にあこがれて名古屋から上京してきた田村久雄18歳。久雄の浪人、大学生、社会人という人生をキャンディーズの解散、ジョンレノンの殺害、ベルリンの壁崩壊などが起こった80年代を背景に描く青春グラフティ。

<感想>
 主人公が広告代理店に勤めるという本を最近立て続けに読んでいるような気がする。浅暮氏の「嘘猫」、荻原氏の「神様より一言」。コピーライターから作家へ転進するという人は多いのだろうか。まぁ、たまたまなのかもしれないが。

 本書では漠然とした夢を抱いて東京に上京しながらも、親の関係などで故郷をたちきることのできない青年の成長譚が描かれている。こういった本であれば主人公の失敗談や挫折の話が描かれるものが多いように思えるのだが、本書ではそういった話を極力抑えたよい方向へと進む話として描かれている。もちろん主人公が成長するにつれ、さまざまな別れや、失望などが多々あったのだろうが、そういったことは極力省き、青年の成長という面を重視して描かれた作品であると感じられた。

 殺伐とした話ばかりではなく、こういった作品もいいなと心から思う。それでもラストにおいて主人公が30代を迎えたとき、ここまで来る間にどれだけのものを得て、どれだけのものを手放してきたのだろうかなぁなどとも考えずにはいられなくなってしまった。


イン・ザ・プール   6点

2002年05月 文藝春秋 単行本

<内容>
 深夜のプールに飛び込みたいと思ったこと、ありませんか?
 どっちが患者なのか? トンデモ精神科医伊良部の元を訪れた悩める者たちはその稚気に驚き、呆れる。水泳中毒、携帯中毒、持続勃起症・・・・・・変な病気の博覧会。トンデモ精神科医伊良部登場! 新爆笑小説ここに開幕。

<感想>
 久々に面白く楽しい本に出会えた気分だ。これは笑える。孤独に悩む患者と超やぶ医者の伊良部との対話が面白い。そして患者達はいやいやながらも頼るべきは彼だけと、かかさず通院してしまうのが面白い。また、癒しもあるのだが、必ずしも癒しだけに終わらないという様々なレパートリーも目を釘付けにする。こんな小説なかなかない!


マドンナ   

2002年10月 講談社 単行本
2005年12月 講談社 講談社文庫

<内容>
 「マドンナ」
 「ダンス」
 「総務は女房」
 「ボス」
 「パティオ」

<感想>
 本書のどの短編も主人公は中年サラリーマンであり、いわゆる中間管理職といってよいような人々。そんな彼等が会社と家庭との間に立ち、どちらからもやり込められてしまうという様は、同じ年代の人たちであれば、身につまされること必至であろう。そんな哀愁までもが漂ってくる作品集である。

 また、表題作になっている「マドンナ」という作品は、中年男が新入社員に恋をするという話なのであるが、実際にありそうな話なので面白い。各会社で、上司が不可解な行動をとったとき、その根底には恋という思いが見え隠れしていると考えれば苦笑せざるをえない。ただ、当事者にとって見ればいくつになっても恋をしてしまうということはしかたのないことなのであろう。

 というように、会社で色々なことから板ばさみになる中年男性をコミカルに描いた読みやすい作品なので、ぜひとも手軽に手にとっていただきたい。特に会社勤めをしている人は男女限らず読んでもらいたい。必ずや、身につまされる場面があるだろう。


真夜中のマーチ   6点

2003年10月 集英社 単行本
2006年11月 集英社 集英社文庫

<内容>
 イベントやパーティを開いて金をもうける自称青年実業家のヨコケン。パーティ中に見つけたカモをなじみのヤクザ・フルテツの手を借りて、美人局で追い込みをかけたのだが失敗。その埋め合わせとしてフルテツに自慢のポルシェをとられる羽目に。
 その後、ヨコケンはカモであった駄目会社員ミタゾウと仲良くなり、二人でフルテツから金をせしめようと計画をする。フルテツが開催する賭博場から二人で現金を盗み出そうとするものの、そこに突然現われた謎の女に邪魔をされる。その謎の女の名はクロチエ。いつしか、3人は協力し合い、10億の現金を強奪する計画を練るのであったが・・・・・・

<感想>
 クライムノベルというよりは、完全にドタバタコメディと言ったほうが似合っている作品である。奥田氏のクライムノヴェルの代表作といえば「最悪」「邪魔」という2作があるが、本書はそれらとはかなり違った作風のものとなっている。

 内容は3人の男女が現金強奪を図るというものなのだが、真剣さよりも滑稽さが前面に出ており、そのような作調で終始物語が展開されてゆく。故に、緊迫感がある場面でも、どこか間の抜けたように感じられるのだが、それはそれで本書の味となっているのかもしれない。

 まじめなクライムノベルを期待するという人にとっては拍子抜けするかもしれないが、気軽に楽しめる本が読みたいという人には最適な一冊。


空中ブランコ   6.5点

2004年04月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「空中ブランコ」 (オール讀物:平成15年1月号)
 「ハリネズミ」 (オール讀物:平成15年7月号)
 「義父のヅラ」 (オール讀物:平成15年10月号「教授のヅラ」を加筆改題)
 「ホットコーナー」 (オール讀物:平成15年4月号)
 「女流作家」 (オール讀物:平成16年1月号)

<感想>
 今回も笑いの目白押しである。飛べなくなったサーカスの空中ブランコ乗り、先端恐怖症のヤクザ、義父のカツラが気になる医者、ファーストに投げられなくなったプロ野球選手、書けなくなった作家。悩める彼らの行き先はそう、あの伊良部総合病院の地下一階にある神経科である。あの精神科医・伊良部と謎の多い看護婦マユミにまた会える!!

 相も変わらず、治療なのか趣味なのか無邪気なのか分からない行動をとる伊良部とそれに困惑する患者の様相がうかがえる。全く計算していないようで、実は計算しているのではないか・・・・・・いや、やっぱりそれが素なのかという絶妙な伊良部の行動がおかしくてたまらない。そしてその伊良部よりも、伊良部の行動に目を白黒させながら、はらはらしている患者の様相はさらにおかしい。しかしその患者達が、そんな伊良部にすがりつくしかないのかと思うと、同情を誘われたりもするのである(当然、すがりつきやすいという面白さもあるのだが)。

 これはとにかく面白いの一言。笑わせられるだけかと思いきや、「女流作家」ではホロリとさせられたりもする。誰にでも自信を持って薦められる一冊。


サウスバウンド   

2005年06月 角川書店 単行本
2007年08月 角川書店 角川文庫(上下)

<内容>
 小学6年生の二郎は両親と姉と妹との5人家族。一見、普通の家族のように見えるのだが、父親が元過激派で働かずに家でごろごろし、しかもいたるところで騒動を起こし家族を困らせていた。二郎は小学校で普通の学校生活を送る毎日であったが、父親が関わることとなった騒動により、沖縄へと引っ越さなければならなくなる羽目に・・・・・・

<感想>
 これは面白かった。理不尽な父に巻き込まれる家族を描いたコミカルなドラマ小説。また、父親がただ単に理不尽というわけでもなく、社会において矛盾しながらも当たり前のように見過ごされている事を糾弾し、それに一人で立ち向かっていく姿がやがて家族の心をうつこととなる(とはいえ、基本的に普段は迷惑な父親であるということもまた事実ではあるのだが)。そして、その父親を見ながら普通の社会の中で生きてゆくこととなる小学生の主人公のちょっとした成長もまた見ものとなっている。

 本書は映画化されているようだが、「北の国から」のように連続ドラマ化して、「南の国へ」というタイトルで放映してもらいたいくらいの内容である。ただし、実際にはあまりにも反体制的なので、普通にドラマ化するのは無理であろう。でも、そこをあえてドラマ化すれば元過激派の父親が放つ「税金なら納めん」とか流行語になったりして。うーん、ちょっと見てみたい気が・・・・・・


ララピポ   

2005年09月 幻冬舎 単行本
2008年08月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 第1話 WHAT A FOOL BELIEVES
  (引きこもりのフリーライターの話)
 第2話 GET UP, STAND UP
  (キャバ嬢のスカウトマンの話)
 第3話 LIGHT MY FIRE
  (家庭に秘密をかかえた主婦の話)
 第4話 GIMMIE SHELTER
  (カラオケボックスの店員の話)
 第5話 I SHALL BE RELEASED
  (官能作家の話)
 第6話 GOOD VIBRATIONS
  (テープリライターの女の話)

<感想>
 さまざまな理由で社会から脱落しかけた人々の人生のてん末を描いた話。それぞれが独立した短編となっているのだが、各キャラクターを他の話にも登場させることにより、連作短編、もしくは一冊の長編としても読めるような構成に仕上げられている。

 各登場人物さまざまな理由でコンプレックスを抱き、社会にうまく対応できずに悩んでいる。そういったなかで、悩む者たちをよそに生き生きとしているのは、自分の生き方に疑問を抱かない者や、高望みせず自分の人生を納得させている者である。こうして読んでいると、なんとなく生き方の指南書と思えなくもない作品である。

 また、ここに描かれているのは、ある種、普通の人たちばかりのはずなのだが、それでもどこか“病”という言葉を頭に浮かべてしまうのは、現代的な社会性というものを表しているからなのかもしれない。思わず、自分自身の生き様と比べて、あぁだこうだと考えずにはいられなくなる。

 どうやらこの作品は映画化されているようなのだが、性的描写が露骨に多い中で、どのような内容の映画に仕上がっているのか興味津々である。機会があれば一度見てみたいものである。


町長選挙   6点

2006年04月 文藝春秋 単行本

<内容>
 「オーナー」 (オール讀物:平成17年1月号)
 「アンポンマン」 (オール讀物:平成17年4月号)
 「カリスマ稼業」 (オール讀物:平成17年7月号)
 「町長選挙」 (オール讀物:平成18年1月号)

<感想>
 いつもながらの精神科医・伊良部のシリーズであるのだが、今回は若干アプローチを変えてきて、実在の人物に似た人を患者に用いている。「オーナ」であれば“ナベツネ”ならぬ“ナベマン”、「アンポンマン」では“ホリエモン”ならぬ“アンポンマン”、「カリスマ稼業」では女優の黒木瞳らしき人物をと、それぞれの作品の中で登場させている。

 それでも相変わらず、このシリーズの面白さを損ねることなく、伊良部の失礼な態度と言動で患者達が徐々に癒されているよう・・・・・・な気がしないでもない。ただ、“ホリエモン”の話については、作品が書かれたのが逮捕されるずっと前であるのためか、読み終わった後に若干違和感が感じられてしまう。これは用いた素材が、あまりにも旬すぎたのだとしか言えないだろう。

 本書の中で表題作となっている「町長選挙」は他の3編とは異なって、こちらはいつもの伊良部シリーズらしい作品となっている。離島での町長選挙に伊良部が巻き込まれていく話だが、これも色々な意味で面白い。何せ話の語り手となっている男以外の島の住人達がとにかくまともではない。最初から最後まで、その島人達のパワーのみで・・・・・・いや、そこにさらに伊良部のパワーを付け加えて、話が進んでゆくというもの。そして、ラストの展開はさらに力強くなかなかの感動作に仕上げられている。ただし、絶対に自分自身はこの騒動に巻き込まれたいとは思わないのだが。

 また、なんといっても今回の注目は看護婦のマユミの存在。いつもだまっているこの看護婦が今回は話の内容に直接関わってくるわけではないのだが、いつもよりもしゃべったり、怒ったりと動きがあって面白い。このマユミもひょっとしたら伊良部の毒気に当てられて少しずつ変っていっているのだろうか。


オリンピックの身代金   6点

2008年11月 角川書店 単行本

<内容>
 昭和39年夏、念願の東京オリンピックを間近に控えている中、警察に脅迫状が届く。その脅迫状はオリンピックを無事開催したければ、その身代金を払えというものであった。脅迫状のとおり、次々と起こるダイナマイトによる爆破事件。オリンピックを控えた警察は、それら事件を公開せず、犯人逮捕へと刑事たちが奔走する。そうしてついに、オリンピックの開会式が爆破の標的にされ・・・・・・

<感想>
 長い作品ゆえに、読むのに少々手間取ってしまった。久々の奥田氏の大作ということで期待して読んだのだが、求めていたものとは少々異なるものであった。

 この作品はミステリというよりは、時代風刺小説に近いように思える。東京オリンピックの年、どのようなことが起き、水面下でどのような政策がなされ、そうして東京を取り巻く地方の状況など、知られざる現実の数々にスポットが当てられて描かれている。

 これを読むと、他の国でオリンピックなどの競技場の建設が急ピッチで進められているという様子が報道されているが、日本もそれらの国々となんら変わりなかったのだろうということが容易に想像できる。

 と、本書に関しては上記に書かれている内容こそがほとんどといってよいであろう。当然のことながら、この作品は身代金の引渡しなどが描かれたミステリ作品でもあるのだが、そちらはやや薄めであったと感じられた。

 特に、警察に脅迫状を送る犯人については、序盤を読んだ限りでは捻った内容になっているのかと思っていたのだが、それがあまりにもストレートな展開になっていったので、かえって驚かされてしまった。よって、印象としては社会風刺小説という部分のみが強く残っている。

 ということで、東京オリンピックにまつわる話や、その年代の日本の状況などを知る上ではもってこいの作品といえるのではないだろうか(どこまでが事実上の話なのかはわからないが)。


無 理   5点

2009年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 地方都市“ゆめの”で暮らす5人の者達にさまざまな問題が降りかかる。市役所に勤務する相原友則は市民のわがままな言い分を聞くのにうんざりし、女子高生の久保史恵は東京の大学を受験してこの町から出ていくことに夢を抱き、詐欺まがいのセールスを続ける暴走族あがりの加藤裕也は仕事は順調なものの離婚した妻との間に問題を抱え、スーパーの保安員を勤める48歳の堀部妙子は新興宗教に入っていることでトラブルに巻き込まれ、市議会議員の山本順一は支援者と市民の間で板挟みとなる。そんな5人がかかえるトラブルが飽和状態となったとき、彼らの身に降りかかる現実とは!?

<感想>
「最悪」「邪魔」に続く群像小説。タイトルから想像する通り、登場人物たちが巻き込まれる“厭な”話がメインとなるため、決して読みにくくはないもののリーダビリティに優れているとは言いにくい。しかし、そのさまざまな問題がどのような着地点へと到達するのかが気になり、ページをめくってゆくこととなる。

 そうして最後には大団円を迎えるものの、思ったことはただ一つ、「何も解決してないんじゃないか?」ということ。ひとつの町に住む5人の話がそれぞれどのように交錯してゆくのかが作品のポイントであると思っていたのだが、思いのほかそれぞれの事件が関わることなく、何もないまま終わってしまったという感じであった。

 こういった感じの内容であれば5つの短編集にわけて、それぞれの話で別々に結末をつければよかったのではないかという風に思えてならない。さすがにこの展開で驚愕の結末へと達するのは“無理”であったということなのだろうか。


罪の轍   6点

2019年08月 新潮社 単行本
2022年12月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 東京オリンピックも間近となった東京浅草で児童誘拐事件が発生した。誘拐された子供は金持ちの子供というわけでもなく、警視庁の捜査陣は首をひねる。誘拐犯を捜査する中で、北国訛りのある男が捜査線上に浮かびあがり・・・・・・

<感想>
 社会派ミステリ・・・・・・というよりは、もはや社会派小説。久々に読む奥田秀朗氏の作品は、実在の誘拐事件をモチーフとした作品。ただし、その時代に起きた誘拐事件を、あくまでもモチーフしたというものであり、その設定や中身については完全にフィクションのようである。

 長いページ数の作品ではあるのだが、読みやすかったので、あっという間に読み終えることができた。ただこの作品、ミステリやエンターテイメント性を期待して読むものではなく、あくまでも社会派小説として読むべきものである。基本的には一人の人間にスポットを当て、その人物がどのような人生を辿っていくのかを描いている。その一人の人間の人生を追いつつ、その時代における人々の感情や社会的な流れを描き上げている作品である。

 ただ単に事件を描くというだけでなく、そこに時代背景や政治的なからみなど、様々な複雑な状況を描き出しているところは非常に興味深かった。また、マスコミが注目する大きな事件に対する警察の動きなども赤裸々に語りつくしているところも、フィクションとはいえ、圧巻であった。高度成長期へと入り込みつつある日本の裏の情景を描いたかのようなそんな作品であった。




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