大倉崇裕  作品別 内容・感想1

三人目の幽霊   6点

2001年05月 東京創元社 単行本
2007年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
「季刊落語」の編集部員となった新人の間宮緑と編集長の牧。たった二人だけの編集部であるのだが、落語界に顔の広い牧のもとに、落語界で起こる難事件が持ちかけられる。牧と緑は二人で奇妙な事件の数々を解決していくことに。

 「三人目の幽霊」
 「不機嫌なソムリエ」
 「三鷺荘奇談」
 「崩壊する喫茶店」
 「患う時計」

<感想>
 大倉氏の作品は「ツール&ストール」から読み始め、そこからはリアルタイムで読み続けている。そんな中、唯一落としていたのがデビュー作であるこの「三人目の幽霊」。文庫化されるのを長らく待っており、ようやく読むことができたしだいである。

 大倉氏の作品では「七度狐」や「やさしい死神」を読んでいたので落語がモチーフとなるミステリであるということは当然ながらわかっていた。ただ、実際に読んでみると5作品中、2作は落語と関係のない話によって展開されているのを知り驚かされた。

「不機嫌なソムリエ」はタイトルのとおり、ワインを扱ったミステリであり、「崩壊する喫茶店」は主人公である間宮緑の祖母が巻き込まれた事件を描いている。特に「放火する喫茶店」はあとがきを読むことにより、あの有名な作品をモチーフにしたものであるらしいということがわかり、二度驚かされる。

 また全体的にほのぼのとした落語ミステリであろうと思っていたので、サスペンスフルな展開がなされる「三鷺荘奇談」にも違った意味で驚かされた。

 よって、後に出た「やさしい死神」のような落語にまつわるミステリといえるものは分量としては少ないものの、ミステリ短編集としては十分なできに仕上げられているといえよう。読みやすい短編集として手に取りやすい傑作作品集。この作品と「やさしい死神」をそろえて読むと、落語の魅力にも魅入られることであろう。


ツール&ストール   6点

2002年08月 双葉社 単行本

<内容>
 「ツール&ストール」 ある朝、殺人容疑をかけられた友人が飛び込んできて目が覚めた白戸君。
 「サインペインター」 別の日は、怪我をした友人から突然頼まれた、怪しげな深夜のバイトに出掛け・・・・・・
 「セイフティゾーン」 それなのにいつでも金欠君、残金残高51円の通帳を握りしめた横で銃声が!?
 「トラブルシューター」 そんななか、やりくりして買ったばかりの携帯に、不穏な間違い電話・・・・・・
 「ショップリフター」 同じ過ちは繰り返さないぞと心に誓いながらも、やっぱり万引き犯と間違えられる。
  さまざまな事件に巻き込まれる、日本一運の悪いお人好し  白戸修 23歳。

<感想>
 それぞれの短編の題材が面白い。一般人が生活している場所のちょっと横道にそれたところに日常とは異なる世界が開けている。

 巻き込まれ型でお人よしの主人公という設定はあまり珍しくないような気もするが、物語の題材がしっかりしているのでなかなか楽しく読める。推理をしたりしなかったり、騙され倒されたり反撃したりと結末にもいろいろとバリエーションがありこれからも楽しませつづけてくれるシリーズになりそうだ。ぜひとも今後の白戸君の就職にも波乱があればなどと祈ってしまう。


七度狐   7点

2003年07月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 落語編集部にて勤務する新米記者・間宮緑は編集長から春華亭古秋(しゅんかていこしゅう)一門会の取材を命じられる。静岡県の温泉村の寒村にて六代目古秋が七代目を指名するというのである。六代目古秋の三人の息子はいずれもそれなりの芸の持ち主。果たして古秋の名を継ぐのは誰なのかという、一門会の直前に古秋一門を襲う殺人事件が勃発する。しかも豪雨により警察が立ち寄ることのできない陸の孤島と化した村で殺人事件はさらに続く。手の施しようのないこの事態はどのような結末を迎えるのか・・・・・・

<感想>
 金田一耕介の事件ともいうべき“見立て殺人”の系譜たる作品が現代に登場した。とはいっても現代的であり古臭さを感じさせるようなものではない。にもかかわらず、寒村と落語という世界を組み合わせることにより古風な色合いをもかもしだしている。この作品は今年の本格ミステリの目玉といってよいだろう。

“見立て殺人”を用いた作品というものは現代でも数多くあるように思える。しかしそのどの作品も無理に見立てているように感じられたり、偶然の産物を勝手に見立てになぞらえているというものが多い。それを本書では“七度狐”という落語に見立てて、正面から見立て殺人に挑戦している。そして一番感心させられるのが、何故犯人が見立て殺人を行ったのかという点である。事件がすべて明らかになったとき、犯人の意図と落語という“芸術”というものに薄ら寒さを覚えずにはいられなくなってしまう。そしてエピローグまで読み終えたときには芯から寒気を覚えずにはいられなくなってしまう。

 いや、これは本当に誰が読んでも“これこそが見立て殺人だ”と感じずにはいられないのではないだろうか。ミステリーと落語をうまく組み合わせたという点でも感心させられる一冊である。


無法地帯 幻の?を捜せ!   6点

2003年11月 双葉社 単行本

<内容>
 大物ヤクザの息子が幻のプラモデルを欲しがっているとの情報が飛び交った。一匹狼のヤクザ(怪獣コレクター)は昔世話になった人のためにと、そのプラモデルの所在を探す。依頼を受けた私立探偵(これもコレクター)もそのプラモデル探しに奔走する。そしてそのヤクザの息子とコレクター仲間である男も先手を打たんとプラモデルの行方を追う。最後に笑うものは誰!!

<感想>
 世の中において本当の無法地帯とは“おたくコレクター”の世界に存在したのだ! おたく系ハードボイルド・サスペンスここに極まれり。

 いやぁー、いいなぁ。自分でもまた何か集めたいなぁ。遠い昔に仮面ライダーのカードを集めていた覚えがある。しかも、コンプリートしていた(いまは残念ながらもうないが・・・・・・)。ああいったものをそろえるには、同好の仲間がいなければなかなか集めることはできないだろう。よく友達同士で交換などをしたものだ。と、そういう昔の状況を思い出しながらも、こういうコレクションはお金を自由に扱える大人が行うようになれば、それはえげつないものになるだろうと予想される。箱買い、人海戦術、または乱立するネットオークションなどと。そういったちょっと行き過ぎた人たちがこの本には出てくる。手に入れるためなら手段は選ばず! これぞ本当の無法地帯!!

 また、本書はミステリーとしてもそれなりに凝っていて、一筋縄ではいかない展開に読み応えは充分である。ぜひともシリーズ化してもらいた一冊である。最強のオタクたちの活躍がまた見たい。


やさしい死神   6点

2005年01月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 「やさしい死神」 (創元推理21:2001年冬号、9月)
 「無口な噺家」 (創元推理21:2003年春号、2月)
 「幻の婚礼」 (書き下ろし)
 「へそを曲げた噺家」 (ミステリーズ! Vol.4:2004年3月)
 「紙切り騒動」 (書き下ろし)

<感想>
 雑誌「季刊落語」の編集者・間宮緑が巻き込まれる落語界にて起こる事件の数々。事件はどれもひとつの落語をモチーフとして、それに関連するミステリーが展開されている。

「やさしい死神」では“死神”を元に高齢の落語名人が倒れる事件が起きる。倒れるときに一言「死神にやられたと」。
「無口な噺家」では“宿屋仇”を元に、とある落語家ついたの嘘について描かれている。
「幻の婚礼」では“子別れ”を元に落語家に持ちかけられた虚偽の結婚式の話が描かれている。
「へそを曲げた噺家」では“富久”を元に落語家の高座中断事件が描かれる。
「紙切り騒動」では“親子酒”を元に緑が幻の紙切り屋を探す騒動が描かれている。

 といった構成になっているのだが、個々の物語が元となっている落語にぴったりと合い、それぞれが人情物語としてうまくまとめられている。本書を単なるミステリーとしてのみ見るのであれば、それは弱いと感じられるかもしれない。しかし本書はあくまでも“落語ミステリー”であり、落語とミステリーというものが融合された事による完成度をじっくりと味わってもらいたい作品集となっている。

「やさしい死神」「無口な噺家」「へそを曲げた噺家」の三本は特に良かったと感じられた。この三本どれもが師匠と弟子の関係をそれぞれ違った形で描き、うまく落としどころにもっていっている。

「幻の婚礼」は仕組まれた計略が複雑すぎるように感じられた。また「紙切り騒動」も師匠と弟子を描いたものであったが、こちらはネタがわかりやすかったと思える。

 と細かいことはさておき、これを読めば良質の“落語ミステリー”をたっぷりと味合える事間違いなし! 落語に興味がないという方でも十分に楽しむことができる内容となっている。逆にこれを読めば落語にはまってしまう可能性もあるので注意。


丑三つ時から夜明けまで   6点

2005年10月 光文社 単行本

<内容>
 事件を不審に思った警察の科学特捜班が実験を繰り返した結果、意外なことが判明した。“幽霊”は存在するという事が実証されたのだ! そして、その“幽霊”が未解決事件の大半の原因になっているのだと!! そこで特殊な能力を持つ者たちが集められ、捜査五課が誕生し、その捜査にあたることになったのだが・・・・・・

 「丑三つ時から夜明けまで」
 「復 讐」
 「闇 夜」
 「幻の夏山」
 「最後の事件」

<感想>
 大倉氏の新作は一風変わったミステリー作品となっている。なんと、推理小説であれば“ご法度”と言うべき、“霊”の存在を持ち出してきて、ミステリー小説を展開するという掟破りの作品なのである。

 実は多くの未解決事件は幽霊による犯罪であったという仮想事実と、その霊に対する捜査を行う捜査五課という組織を背景に謎解きが展開されて行く。幽霊が事件を起こすのであればミステリーにはなりえないのでは? と思いきや、そこはあの手この手と色々な手腕を用いて、変わった事件の解決ぶりをそれぞれの短編にて示している。本格ミステリーの裏をかいた内容のものもあれば、落語にようなオチの作品もありとどこから何が飛び出してくるか予想がつかない作品集となっている。

 ただ、やはり“霊”という存在を前面に押し出しているせいもあり、フェアな本格推理小説とはいいがたいが、こういうミステリーのかき方も面白いのではないかと思わせるものが確かにある。ただ、どちらかといえば推理小説というよりは警察小説というに近いものであろう。

 とにかくどんな内容なのかはぜひとも自分の目で読んで確かめてもらいたいところ。


福家警部補の挨拶   6.5点

2006年06月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 どこの現場へ行っても警察関係者だと思われない中年女性の福家警部補。そんな福家警部補が活躍する倒叙ミステリ作品集。
 「最後の一冊」
 「オッカムの剃刀」
 「愛情のシナリオ」
 「月の雫」

<感想>
 久々に怖い探偵小説を読んだという気がする。こういう探偵の凄みを感じさせられたのは、東野圭吾氏描く加賀恭一郎以来ではないだろうか。女性刑事という肩書きにもかかわらず、せいぜい会社の事務員くらいにしか見えない福家警部補がじわじわと犯人を追い詰めていく様は、まさに圧巻である。

 また、本書は倒叙ミステリであり、その倒叙ミステリとしての代名詞といえば“刑事コロンボ”というシリーズがある。本書にはそのコロンボの作品を思わせるような場面がいくつか登場する。それもそのはず、著者の大倉氏はコロンボの研究家と言ってもいいほどで、自らオリジナル小説やノベライゼーションを手がけている。その“刑事コロンボ”シリーズのようなものを自らの作品でやってみようということなのだから力の入れようも並ではない。これこそ“倒叙ミステリ”だといわんばかりのこの作品集、ぜひとも堪能していただきたい。

「最後の一冊」
 私設図書館にて行われた書籍をめぐる殺人。これは犯行の暴き方よりも、犯人の本に対する思いいれに感じ入る事の出来る作品となっている。本を愛するが故に殺人を犯すのだが、その度を越した本への愛情により、犯行が明らかにされるのは皮肉としかいいようがない。

「オッカムの剃刀」
 元科警研科学捜査部で働いていた男による犯罪を描いた作品。なんとなくではあるが「容疑者x」を思わせるような内容。これはじりじりと犯人に詰め寄っていく福原警部補のアプローチーの仕方が見事といえる。また、最後の犯人の質問に対する福原の解答がうまく物語り全体を締めくくっている。

「愛情のシナリオ」
 ある女優がライバルと目される同期の女優を殺害する事件。これは福原警部補が提示する犯行の証拠がなんとも奇抜なものである。ある種、偶然性に頼ったというようにも思えるのだが、うまくできていることに間違いない。また、この作品は犯行そのものだけでなく、動機についても綿密に描かれたものとなっている。

「月の雫」
 老舗の酒屋の社長がライバル会社の社長を殺害するという事件。これも「最後の一冊」と同様、酒造りに対する愛ゆえに犯行が明らかになってしまうというもの。うまくできている作品のように思えるが、犯行そのものが若干ずさんなように感じられるところがマイナス面といったところか。


警官倶楽部   6点

2007年02月 祥伝社 ノン・ノベル

<内容>
 警察官が現金運搬車を襲撃した!? 実はこの警官たちは警察マニアの集団であり、金銭的な理由から仲間を救うために悪徳宗教団体の裏金を奪取したのである。しかし、現金を手に入れたのもつかの間。今度は仲間の息子が誘拐され、手に入れた現金を持って交渉に応じることに・・・・・・。悪徳宗教団体、謎の誘拐犯、金融業者、それに対するは制服マニア、鑑識マニア、盗聴マニア、尾行マニア、拳銃マニアらが集まる“警官倶楽部”の面々。混迷する事件の行き着く先とは??

<感想>
 ノリとしては同じく大倉氏が書いた作品「無法地帯」に近いといえよう。近いと言うか、実際「無法地帯」に登場した人物も出てくるのだが・・・・・・

 本書はそんなわけで、ちょっとしたクライム小説、またはアクション・サスペンス小説として楽しめる内容となっている。

 ただ、面白かったのは事実ではあるのだが、ちょっと煮え切らなかった部分もある。それは“警官倶楽部”というのを結成した警察マニアの面々が登場し、色々なことを行うのだが、本書のなかでは始終“警官倶楽部”の面々たちが犯罪者に振り回されているのである。これだけの人員と装備をそろえているのであれば、もっと快刀乱麻に解決してもらいたかったところである。

 そんわけで、もし続編があるとするならば“警官倶楽部”のひとりひとりが活躍する連作短編でも書いてもらえると楽しめるんだけどなぁなどと考えてしまう。


オチケン!   6点

2007年09月 理論社 ミステリーYA!

<内容>
 大学に入学したばかりの越智健一はその名前のせいでオチケン(落語研究会)に入部させられるはめになった。しかし、その研究会は二人の先輩が在籍しているのみ。しかもその二人の先輩が挙動不審で普段何をしているのかわからないような人物であった。また、今大学内では文科系サークルの釣竿会、折り紙の会、お笑い研の三つがオチケンの部室を狙っているというのである。思わぬ争いに巻き込まれる事になった越智であったが・・・・・・

<感想>
 最初は落語の楽しさを広めるような内容かと思ったのだが、どちらかといえば大学サークル内の争いをユーモアタッチで描いた作品という趣が強く感じられた。最初に釣竿会、折り紙の会、お笑い研らのサークルが登場してきたときには、後々までこの部室争いの話が引っ張られるとは思っていなかったので、物語の展開としては驚かされた。まぁ、ミステリとか落語とかというよりは、ちょっと変わったキャンパスライフを楽しむ作品という程度で肩の力を抜いて読むことができる作品である。

 この作品では当然のことながら“オチケン”という名のとおり“落語”もまたメインとなる作品であることも間違いない。実際、サークルの争いにまつわるさまざまな謎が解かれるとき、落語が決めてやヒントとなって真相が明らかになるという展開がなされている。

 とはいえ、主人公が落語のすばらしさに目覚めてゆくようになるのは、まだ先の話のようである。今作でようやく主人公が落語というものに目を向けることになり、部室を巡る争いも片付いた今、これから真の意味で落語というものに触れていく事になるのだろうと思われる。続編が出るのであれば、今後の主人公の成長に期待をしながら読み続けて行きたい。


聖 域   6点

2008年04月 東京創元社 単行本

<内容>
 草庭は大学時代の親友・安西に誘われて山へと登ることに。草庭は学生時代に犯したとある事件のせいで山から遠ざかっていたのだ。そんな彼に安西は山を登り続ける事をそれとなく薦めるのであった。それから後、草庭は安西が山から落ちたことを知らされる。安西が登った山は安西の婚約者が命を落とした山であった。しかし、その山はそれほどの難所ではなく、安西ほどのベテランが落ちるということは考えられなかった。草庭は安西の死を受け入れることができず、山で何が起きたかを必死に調べようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 大倉氏による渾身の山岳ミステリ・・・・・・というべきなのであるのだが、ミステリとしても山岳小説としても端正すぎて、あまりにもきちんと収まりすぎているという印象を受けた。

 ミステリにしたからこそ、あまり山岳小説としての描写が生かされていないように感じられ、山岳小説にしたからこそ、ミステリとしての飛躍がいまいちであったとも感じられた。

 良い小説であることは間違いないのだが、これならばもっと山岳小説にこだわった作品にしたほうがよかったのではないかと思われる。いっそ、ミステリパートを無くした大倉氏の手による山岳小説というものを読んでみたいと感じてしまった。

 と、良い作品を読んだゆえに色々な注文を付けたくなったというだけで、この作品自体には特に欠点などは見当たらない。安心して、納得できるミステリ小説になっているので、広く多くの人に読んでもらえることを希望したい。


生 還   山岳捜査官・釜谷亮二  

2008年09月 山と渓谷社 単行本

<内容>
 山岳捜査官の釜谷亮二が新人の助手・原田と共に山に関する事件の謎を解いて行く。
 「生 還」
 「誤 解」
 「捜 索」
 「英 雄」

<感想>
「聖域」に続き、大倉氏が描く登山を中心に描いたミステリ作品集・・・・・・ということだが、ミステリ作品というよりは山岳小説というジャンルに組み込まれるような気がする。特に「捜索」は完全に山のみの話であるし、また「英雄」もミステリ作品としては尻切れトンボに終わってしまっている。

 本書は山岳専門誌「山と渓谷」という雑誌に掲載されたものであり、そこに書下ろしとなる「英雄」という作品を加えている。ゆえに、基本的には山好きの人のために書かれたといってもよい作品であり、決してミステリファン中心に描かれたものではない。

 一応、私でも楽しめたので別に登山などに興味のない人が読んでも十分楽しむ事ができるが、ミステリのみを楽しみたいという人は無理して読まなければならない作品であるとは思えない。まぁ、山好きの人にとっては強くお薦めできるということは言うまでもないであろう。


オチケン、ピンチ!!   6点

2009年05月 理論社 ミステリーYA!

<内容>
 大学に入り、半ば無理やりオチケン部に入れられた落語未経験の越智健一。そんなオチは今日も他のオチケン部員たち(といっても他に2人しかいないが)に振り回されながら学生生活をおくっていた。ある日、部長の岸が構内のガラスを割ったという罪で学生部から目を付けられる。しかも岸は今までにも問題を起こしており、今回の事件の犯人が岸と確定されれば退学しなければならないのだ。さらにその事件を発端として次々と退学を命じられる者が出てくることに。これら一連の事件には何か裏があるのでは? オチは岸の無実を証明しようと学園内を奔走する!

<感想>
 オチケン・シリーズ第2巻!! 無事に続編が出てくれた。

 そろそろ新入部員のオチも落語へ目覚めるかと思いきや、前巻と同じように「落語っていうのは面白そう」というくらいの感情が芽生えるだけで、そこから先は進展せず。以下続巻へ持ち越しか・・・・・・といいたいところだが、このペースではいったいいつになるのやら。

 そんなわけで、今回もオチと他のオチケン部員が学園内で事件に巻き込まれてゆくこととなる。話は2編掲載されており、一話目は岸が構内のガラスを割ったという罪をきせられ、退学になりかける話。二話目は公演予定であった有名な落語家の失踪と暴走族の騒音に悩まされるという話。

 一話目のほうがより推理小説らしい内容となっており、明かされる真相もなかなか凝られている。また、落語を用いて事件解決のヒントとしているところも、シリーズらしさを出しており、良い味を出した話となっている。

 二話目の方は謎というよりは、登場する人物らにまつわる人情話という趣のほうが強いと感じられた。さらには続巻への話までが振られており、次回はオチケン部員の中村に危機がせまるという内容のようである。

 今回の物語を追っていると、オチケン部員の中で今後大きな転機にみまわれるのは主人公のオチよりも部長の岸のような気がする。オチが実際に落語を修行し始める前に、シリーズにとって大きな転換があり、部員達の立ち位置が変わっていくというようなフラグが既に立てられているように思えるのだ。そして、このシリーズがその転機が訪れることにより完結するのか、それともそこから別の立ち位置により話が続いていくのか、などと勝手に考えている次第である。

 何はともあれ、とりあえずもう少しは続いてもらいたいシリーズである。こういう気軽に読める学園ミステリ・シリーズというのも最近はあまり見かけられなくなったので。


福家警部補の再訪   6.5点

2009年05月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 「マックス号事件」
 「失われた灯」
 「相 棒」
 「プロジェクトブルー」

<感想>
 まだ2作目にも関わらず、ものすごい存在感が出ているシリーズである。最初の作品である「マックス号事件」では福家警部補がとんでもない登場の仕方をしているのだが、この人だったらありえると違和感を感じずに受け入れることができてしまう。

 主人公である福家警部補に関しては、もう十分なキャラクター造形ができており、今後とも何かと使いやすいキャラクターではないかと思われる。ただ、外見が警察官らしからぬという点はよいにしても、幅広いジャンルでオタク過ぎるという部分に関しては、いささかやり過ぎではないだろうか。

 内容に関しては「刑事コロンボ」を踏襲するシリーズゆえに、今更ふれる必要はないだろう。殺人犯に対して、思いもよらないところから証拠をあぶりだすというのは当然のことながら前作から変わっていない。

「マックス号事件」は豪華客船上での事件、「失われた灯」は誘拐事件によるアリバイを崩す内容、「相棒」では漫才師の相方の死の真相を巡り、「プロジェクトブルー」では食玩にからんだ事件を扱っている。

 どの作品もシリーズものとしてはうまくできているので、甲乙つけがたいのだが、「相棒」が物語としてうまくできていると感じられた。反対に「失われた灯」のほうは、犯人のやりすぎ感が否めない作品となっている。

 とにかく安定したシリーズ作品と言えよう。今後も続く事を願いたいシリーズである。このまま続けばドラマ化されてもおかしくないほどのクォリティ。そうすると主人公は誰が演じることになるのやら。


白戸修の狼狽   6点

2010年04月 双葉社 単行本

<内容>
 「ウォールアート」
 「ベストスタッフ」
 「タップ」
 「ラリー」
 「オリキ ベストスタッフ2」

<感想>
「ツール&ストール」(文庫版では「白戸修の事件簿」に改題)に続く白戸修が活躍する短編集第2弾! であるわけなのだが、晴れて社会人となったはずの白戸くんが、何故か学生の頃アルバイトをしていたときと同じように、仕事の合間を縫うようにさまざまな出来事に巻き込まれる。

 町内で起きた落書き事件の犯人と間違えられ、コンサート会場を舞台としたファンやスタッフによる陰謀に巻き込まれ、盗聴バスターズの女性に拉致され、無茶苦茶なスタンプラリーに途中参加させられる。前作を読んだのは8年前なのでうろ覚えなのだが、今作ではバイオレンス度が増したように感じられた。

 お人好しの白戸君がどんな事件に巻き込まれてゆくかを単純に楽しんでくれればよい作品。大倉氏はいろいろな作品を書いているが、始めて読む人にはこの白戸修シリーズを薦めておきたい。

 それと個人的な意見であるが、短編集のなかの「ラリー」では「無法地帯」の例の人たちが登場するのだが、こうして自作にちょっとずつ登場させるくらいならばそろそろ「無法地帯2」を書いてもらいたいと思うのだが。


小鳥を愛した容疑者   6点

2010年07月 講談社 単行本

<内容>
 警視庁捜査一課の第一線で活躍していた須藤警部補。彼は現場で銃撃を受けたことにより入院を余儀なくされ、その後捜査一課には戻れず、閑職と噂される警視庁総務部総務課動植物管理係に配属される。その課は容疑者のペットを保護するという仕事を行う課であり、須藤は外見は女学生にしか見えないが動物の生態にやたらと詳しい薄巡査とコンビを組むこととなる。そうして須藤は薄に振り回されつつも、次々と事件を解決していくこととなり・・・・・・

 「小鳥を愛した容疑者」
 「ヘビを愛した容疑者」
 「カメを愛した容疑者」
 「フクロウを愛した容疑者」

<感想>
 感心するのは著者の大倉氏がさまざまな事柄について見識が深いこと(というよりも、多趣味ということなのか?)。今までの作品では、落語をはじめとして、プラモデルなどの玩具関係、コロンボ警部シリーズ、山岳関連とさまざまなモチーフによって作品を描いてきた。それが今回はさらに“ペット”を主題としての作品を描きだしている。

 ここで登場するペットは上記の章題を見てもらえば一目瞭然。“小鳥”“蛇”“亀”“ふくろう”が登場している。それら動物たちの蘊蓄を披露しつつ、その動物たちの飼い主が関わることとなった事件の真相にせまるという内容。

 正直なところ、動物の蘊蓄が披露されるという以外はそれほど注目する点もなく普通のミステリという感じ。穿った見方をすれば、なんとなくドラマ化しやすそうという気がしなくもない。動物を扱うということに関してはドラマ化すると微妙なところもあると思うのだが、キャラクターについてはこちらはいかにもというような登場人物ばかり。まぁ、読んで楽しめるということについては間違いないので、気軽に手にとってもらいたい作品である。ただ、単行本ではなく、買うなら文庫で十分という気がしてしまうのも確かである。


白 虹   6点

2010年12月 PHP研究所 単行本

<内容>
 北アルプスの山小屋で働く五木健司は、かつては警官であったのだが、とある事件がもとで辞めることとなった。ある日、五木は予約していた客が来なかったことに不審を抱く。所用で下山する途中、五木はその客が足を踏み外し転落していたのを発見し、救助する。五木の活躍によって男は一命を取り留めたのだが、その数ヶ月後、五木が助けた男が恋人を殺害した後に死亡したと報道される。五木はあの男が恋人を殺害したはずはないと思い、単独で事件を調査するのであったが・・・・・・

<感想>
 山岳小説というよりも、普通に警察小説といってもよいくらいの内容である。なんといっても主人公の五木のキャラクターがよい。鋭い洞察力によって、人の不審なものを読み取るという能力を持ちながらも、その能力によって警察を辞めることとなった男。その五木が過去のもやもやした自身の思いを振り切るため、また山で救助したひとりの男の無実を勝ち取るため、単独で事件を捜査してゆく。

 基本的によくできた推理小説であると思ったのだが、最後の展開はいかなるものかと疑問を抱かずにはいられなかった。普通にストレートな警察小説的な作品でよかったと思うのだが、あえてどんでん返しを挿入することによって強引すぎるミステリ小説となってしまったという印象。

 特にシリーズ化ということはなさそうだが、この主人公が活躍する作品であれば是非とも読んでみたいものである。本当は五木が警察官として活躍する姿を見たかったなと思わずにはいられなかった。


凍 雨   6点

2012年03月 徳間書店 単行本

<内容>
 福島県北部に位置する嶺雲岳。深江信二は亡き親友をしのぶために山を訪れていた。しかし、そこで親友の妻と子供が来ているのを見かけ、引き返すことにする。その引き返す途中、不審なワゴン車とすれちがう。そしてそのワゴン車から降りてきた男が、深江が乗るタクシーめがけて銃を発砲する。追ってから逃げようとする武装したワゴン車の男たち。彼らを追う、中国人たち。そして、それらを知らずに山を登ろうとする母娘。深江信二は親友の妻と娘を助けようと、単独で山へと入っていく。

<感想>
 いつもながらの大倉氏による山岳ミステリ小説かと思っていたのだが、今回はなんとマン・ハント小説。山で武装集団と出くわした男が母娘を助けようと孤軍奮闘するという内容。もちろん主人公は一般人ではなく、いわくつきのプロである。

 山岳冒険小説というよりも、山岳戦闘小説である。生きるか死ぬかの闘いが山の中で繰り広げられる。しかもこの物語はだいたい半日くらいの時間で起こったことを描いたもの。それゆえにスピード感にあふれるスリリングな内容となっている。

 主人公のバックボーンのみならず、敵役の設定もなかなかのもの。少ないページ数のわりには、こういった瑣末な部分も最低限で効果的に描いていると感じられた。やや主人公が強すぎるような気がしなくもないが、そこは御愛嬌。今までの大倉氏の山岳小説では、特にシリーズ化をしたものはないが、この作品に関してはどうであろうか。シリーズではなくても、この主人公が他の大倉作品に出てくるということはありえるかもしれない。


夏 雷   6.5点

2012年07月 祥伝社 単行本
2015年07月 祥伝社 祥伝社文庫

<内容>
 かつて探偵事務所で働いていたものの、とあるいざこざで辞めることとなり、現在では商店街で便利屋を営んでいる倉持。彼のもとに、奇妙な依頼人が現れる。山田と名乗る初老の男は倉持に、槍ヶ岳に登ることができるように登山のトレーニングをしてくれというのである。ただし、その理由については聞かないでくれと。かつて山登りをしていたことのある倉持は依頼内容の条件の良さから、その仕事を引き受けることに。そうして倉持と山田はトレーニングを続け、いくつかの簡単な山へと登り、そしていざ槍ヶ岳に挑戦しようとしたとき、突如山田が姿を見せなくなり・・・・・・

<感想>
 大倉氏の作品のなかで山を背景としたものがいくつか書かれている。そうしたものも読んできていて、この「夏雷」が出た時には、無理に単行本で買わず、文庫になってからでいいやと思い、昨年買ってようやく読むこととなった。個人的にはそれほど期待していなかった作品なのだが、これが読んでみると思いのほか面白かった。

 本書は山岳小説という要素もあるのだが、基本的にはハードボイルド小説といってよいと思われる。まるで香納諒一氏が描くような感じの作品となっている。さまざまな葛藤があったなかで、便利屋として過ごす生活に落ち着いた男が、ひとりの依頼人にまつわる事件に関わってゆくことになるという話。

 何でも屋の主人公が、初老の男から山に登るためのトレーニングをしてもらいたいという依頼を受けることとなる。ここまでは特に事件性はなく、謎めいた依頼人と謎めいた依頼というのみ。その依頼人が突如、失踪したことにより事件性が増してくることとなる。そして、依頼人にまつわる人生と、何でも屋にまつわる人生が間接的に交錯しつつ、事件の真相へと肉薄していくという展開。

 本のページ数が分厚いせいで、やや敬遠気味であったのだが、実際に読んでみるとこれが読みやすく、まさしく一気読みしてしまった。主人公のみならず、彼を取り巻く人たちも魅力的に描かれており、いろいろな要素で話に惹き込まれることとなる。依頼人との個人的な約束を遂行しようと愚直にふるまう主人公に引き付けられること必至。表紙や帯のみを見ると山岳小説ということのみが強調されているように思えるが、普通にハードボイルド小説として読むことができるので、先入観を持たずに読んでもらいたい作品。


オチケン探偵の事件簿   6点

2012年12月 PHP研究所 単行本

<内容>
 その名前のせいで落語研究会に入部させられた越智健一、通称オチケン。越智は落語が得意でのんびり屋の岸と涼やかながら強引で腕力にものをいわせる中村という二人の先輩に振り回されながら大学生活を送ることとなる。それは夏休みになってからも相変わらず・・・・・・

 学生落語選手権にて優勝を狙う千条学園の落語研究部から狙われたり、水泳部と水球部の根深い対立に巻き込まれたりとオチケンは家に帰る暇もなく大忙し。いつしかオチケンのメンバーたちは、新校長による学校改革のいざこざに深入りしていくこととなり・・・・・・

<感想>
 出版社が変わって、無事に3巻目まで突入。最初の「オチケン!」が本になったのは5年前であるが、作中ではまだ4ヶ月くらいしか経っておらず、落語研究会の新入部員・越智健一はようやく夏休みを迎えることとなる。

 一応は落語ミステリと銘打ってもいいのだが、それが中心という感触でもなく、“落語”+“大学校内のイザコザ”+“ドタバタ劇”という要素が均等に割り振られた小説という感じである。ただ、読みやすいライト系のミステリ小説となっているためか、落語ミステリというよりも、大学校ミステリというイメージのほうが段々と強くなっていっているようにも思われる。

 今回の作品を読んでいると大学校ミステリから、学生運動という方向へシフトチェンジしていっているようにも感じられた。ライト系の作品ゆえに、“学生運動”というほど重い内容では決してないのだが、徐々にその重圧が増しているような気がしてならない。構図としては“部活サークル”対“学生部”対“校長”というもの。こうした中で今後どのような形でシリーズが進んでいくのかというところも注目点である。

 このシリーズ、段々と落語ミステリという要素が軽くなっているような気がしてならない。というのも、肝心の主人公である越智がいっこうに落語に正面から向き合うという展開がないのである。このような展開であると、他の要素の濃い部分に話が乗っ取られて行ってしまうような・・・・・・


福家警部補の報告   6.5点

2013年02月 東京創元社 創元クライム・クラブ

<内容>
 「禁断の筋書」
 「少女の沈黙」
 「女神の微笑」

<感想>
 前作から4年近くも間隔が空いているのだが、その割には安定したシリーズ作品として捉えられる。久々に読んだ割には、妙にキャラクターが根付いていると感じられる作品である。

 福家警部補のキャラクターについては、言うまでもなし。さらには、彼女の周囲を固めるキャラクターもしっかりしてきたという感じがする。まるで福家の部下であるような鑑識班の二岡、福家に振り回される同僚の(というか同じ立場のはずの)石岡警部補。ただ、ひとつ気になるのは、福家があまりにも神がかり過ぎてアン・タッチャブルな存在になり過ぎるのはどうかと感じられること。敏腕にも程があると思えてしまうことがしばしば。

「禁断の筋書」は、過去の確執から作家が編集者を殺害するという事件。編集者の身体的な状況から福家が容疑者を追いつめる。
「少女の沈黙」は、元のやくざの組員が元組長の孫娘を誘拐し、その誘拐犯を元の組頭が殺害するという事件。福家は執拗に容疑者を追いつめるのだが、その場にいたはずの少女が証言を拒否することから福家が追いつめられることとなる。
「女神の微笑」は、銀行強盗を爆殺する老夫婦、その驚くべき正体を福家が暴きだす。

 今作では、一番ページ数が長い「少女の沈黙」が読み応えがある。元やくざに対して、福家警部補の執拗な捜査が行われる。犯人は誘拐された少女のために犯行を起こしたことにより、現場にいた少女が事件の鍵を握ると思われるのだが、少女は犯人をかばう姿勢を見せる。そうしたなかで、福家が犯人逮捕の決め手となる証拠を見せるのだが、それが奇抜でなかなかのものであった。

「禁断の筋書」にて福家の仕掛ける罠もすばらしいし、「女神の微笑」で見せる意外性にも驚かされた。

 今作では今後に続くような仕掛けまで見せてくれるのだが、そのせいでますます次回作が読みたくなってしまった。4作目は、もう少し早めに出版してもらえるとうれしいのだが、どうなることやら。




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