<内容>
失踪調査人の佐久間公は何者かに車に爆弾を仕掛けられ命を狙われる。犯人の目星がつかないまま佐久間は失踪調査の依頼を受けることになる。依頼は結婚が決まった社長令嬢の元の恋人を探してもらいたいというものであった。その依頼とは別に友人からも失踪人の調査を手伝ってくれと依頼を受けるのだが、それらの別々の事件がやがて一つに・・・・・・
<感想>
“佐久間公”のシリーズといえば、私は角川文庫にて再版された「感傷の街角」を読み、これが最初のシリーズ作品だと思っていた。しかし、大沢氏のデビュー作にて入手困難であった作品、この「標的走路」こそが最初の佐久間公作品であるということを初めて知ることになった。このシリーズが好きで読んでいない人は必読。でも文庫で出版してくれてもよかったんじゃないかとも思う。
本書は加筆・修正してあるようで、デビュー作そのままという形ではないようである。そのせいもあってか、少なくとも古臭さはかんじられない。というよりもストーリーからして、デビュー作でよくもここまで複雑な背景の物語を書き上げたなと感心しきりである。ただ、逆に考えるとそのストーリーの複雑さが一般受けしなかったということもあるのかもしれない。それを考えると現在にいたって復刊されたというのは意義のあることだと思える。それにしてもこのストーリー展開は人探し、爆弾魔、吹雪の山荘、犯人探しと内容盛りだくさんである。まぁ盛りだくさんなだけに、それら全部をこなしきれなかったというようにも感じられるのだが。
ストーリーの複雑さは別として、佐久間公が本書では非常に瑞々しく感じられる。佐久間公と恋人とのやりとりを見ていると新宿鮫にて登場したばかりの鮫島と晶のまだ明るかったときの関係をどうしても思い描いてしまう。この人物像こそが“昔は若かったんだねぇ”というのを特に感じる場面であった。まだ、キャラのたちかたは弱いとはいえデビュー作らしき人物像の明るさが微笑ましいとも感じられる。近年の作は円熟味を増した分、思い話が多いものだから。
<内容>
ハワイに住んでいた桐生傀は、父親を殺害したとされる花木達治に復讐を果たすために日本へとやって来た。銃を手に入れ、花木の居場所を探る桐生。そんなとき、麻美と名乗る美女と出会い、彼女の協力により、花木達治と対面することができ・・・・・・
<感想>
久々に読んでみようと、新装版を購入。こんな話であったのかと、初読のような感じで読めた。昔懐かし、かなり粗目のハードボイルド作品。
これを読んで思ったのは、かつてのヒーローもののような、勧善懲悪作品だなということ。ご都合主義がすぎるように思われつつも、そこは少ないページ数のなかにギュッと話を凝縮させたことによるスピード感のほうをより強調させたとも言えるであろう。それゆえに、飽きることなく一気に読み通すことができる作品。
この令和の時代に読むと、ちょっと違和感を覚えてしまうような作品でありつつも、バブル期からそれ以後の時代を経験した人にとっては背景に懐かしさを感じ取れる作品でもある。ただ、違和感を覚えるといったものの、よくよく考えてみると、背景以外の部分では、そんなに今の小説と大きく変わっていないようにも思われる。時代だけが流れゆきつつも、その根本にあるものはさほど変わらないのかなと。
<内容>
かつて国の秘密機関に属し、暗殺を請け負っていた加瀬崇。とある任務の際に精神を病み、現在は現場から退いていた。そんな加瀬にかつての恋人から連絡を受ける。彼女が務める企業“出雲グループ”の総帥から暗殺の仕事を依頼されることに。総帥の孫を殺したテロリストを暗殺してもらいたいと。依頼者の熱意にほだされ、加瀬は任務遂行のための準備を始め、標的となるテロリストについて調べてゆき・・・・・・
<感想>
ちょっと古い作品であるが、新装版が出ていたので再読。しかしこれも、内容はほぼ覚えていなかったので、初読の気分。
ハードボイルドというよりは、謀略小説とかスパイ小説よりの作品である。もしくはマンハントものというような言い方もできるのかな? かつて組織に所属していた男が、孫の敵を討ってもらいたいという依頼を受けてテロリストの殺害を謀るというもの。
ふと思ったのは、日本が舞台ではこういう謀略小説を書くこと自体が難しそうということ。日本国内に“スパイ”とか“謀略”とかいう下地がないところに原因がありそう。ゆえに、日本国内でスパイものっぽい内容のものを展開させても、どこか浮いたような感覚が付きまとうこととなる。
また、謀略小説であると、ハードボイルド調にするのもどこかおかしいと思ってしまう。こういったものを読むと、いつも、よく喋る殺し屋というものに違和感を感じてしまうのだ。ゆえに、会話基調の作品にしてしまうと、これまた違和感が付きまということになる。
と、どうしてもそんな変な感情を抱いてしまうのだが、あまり深く考えずに物語を受け入れ、素直に読むべきなのか。本の内容よりも、読み手側のスタンスに問題があったかもしれない。
<内容>
元傭兵で今は匿名でノン・フィクション作家をしている高松圭介。大学時代の知り合いで、今は出版社に勤めている河合に呼ばれ、大物作家の辺見俊悟と対面する。辺見が何者かに狙われているらしく警護してもらいたいとのことであったが、話が噛み合わず圭介は依頼を断ることにした。圭介はその後、飲んで、深夜に家に帰ったところ、自宅の前で河合の死体を発見することに。辺見俊悟に関する事件に関わらざるを得なくなった圭介は・・・・・・
<感想>
大沢氏の初期長編。昔読んだ作品の再読。ずいぶん昔に読んだ作品なので内容は全く覚えていなかった。てっきり単純な内容の作品かと思っていたのだが、思いのほか複雑とも言える内容になっていることに改めて驚かされた。
物語の進行に関しては単純と言ってよいかもしれない。しかし、裏に潜む事件の動機に関しては練りに練られている。大物作家・辺見俊悟が何者かに狙われているようなのだが、誰に何故狙われているのかが、はっきりわからない。辺見が今書いている作品に関係があるのかもしれないが、狙われている辺見自身が言葉を濁し、もやもやしたまま話は進み続けてゆく。主人公らがプロと思われる男たちから作家を守るために悪戦苦闘し、そして、当然ながら血で血を洗う争いに突入していくこととなる。
近年、大沢氏の作品のプロットは複雑になりつつある・・・・・・と思っていたのだが、どうやら昔からのことらしい。このような作風の作品であれば、もっと単純に描いても十分と思えるのだが、ひょっとするとこの作品が出た時期では、こういった作風のものが多く、区別化するためにプロットにも工夫が必要とされたのかもしれない。とはいえ、最後のどんでん返しみたいなものは、さすがに余分だったのではと思わずにはいられなかった。
<内容>
工業デザイナーの木島に新たな恋人ができ、充実した日々を過ごしていた矢先、家のガレージに放火されるという事件が起きる。ひょっとしたら木島が何か恨みをかったのかと考えたものの、最近では特に心当たりはなかった。そうすると、彼が大学卒業後に戦場カメラマンとして過ごした日々の事に関係があるのかと・・・・・・
<感想>
昔読んだ本を新装版で・・・・・・ということなのであるが、読んだ覚えというか、作品に対する印象が全く残っていなかった。ひょっとしたら、初読であったのかもしれない。
全体的に話がちぐはぐであまり面白くなかったかなと。というのは、フリーランスとはいえ、普通のサラリーマンに近いような人物が、突如わけのわからない殺し屋に狙われるという内容に違和感を強く感じてしまったからだ。一応、主人公に対して、それなりの過去が用意されているものの、その過去についても10数年前のことであり、今更復讐劇が始まるというのも変な感じであった。
主人公とその恋人との馴れ初めや、二人で過ごす様子などは、普通に恋愛小説っぽいようなものであり、普通のカップルの日常を描いたように捉えられた。それゆえに、そこに殺し屋のような者が立ち入るようなスペースはなかったように感じてしまい、後半の展開についていくことができなかった。
<内容>
「鏡の顔」
「空中ブランコ」
「インターバル」
「アイアン・シティ」
「フェアウェルパーティー」
<感想>
かつて角川文庫版で読んだ作品を新装版にて再読。久々の読書となるが、若干ではあったが、内容とか、場面のみを覚えているものもちらほら。
これを読んで思ったのは、昭和後期の時代性を感じてしまうなということ。理屈のない暴力、しゃれた建物に住む人々、孤独な男、美人な女、そこにやや泥臭い日常、こうした要素があわさり、いかにもバブル後期というような時期を思い返さずにはいられないものとなっている。今ではなかなか描かれることのない作風かもしれないが、当時はこういった作品が多く書かれていたのではなかろうか。
本書のなかで一番深みのある内容の作品は「鏡の顔」。これは、大沢氏の傑作短編集の表題にもなった作品。“殺し屋”というワードがいかにもという気がするが、登場する3人の人間模様をうまく描きあらわしている。
その他は、理不尽な暴力と、理不尽な内容というような印象のものばかり。ゆえに、特に心に残るような作品はなかったかなと。ただ、それらに反して「インターバル」はずいぶんと変わった内容のものである。出だしこそ、理不尽な暴力性を感じる場面から始まるのだが、その後は一変して一人の男の生活が描かれるものとなる。実はこの作品集のなかでこの「インターバル」のみは、記憶に残っていた。何気に地味な内容ではあるのだが、この作品集のなかに収められたからこそ、印象に残りやすかったのかもしれない。
「鏡の顔」 殺し屋と写真家と病を持つ女。その三角関係の末に・・・・・・
「空中ブランコ」 男は女と共に軽井沢の別荘へ。近所には老画家と外国人の女が共に住んでおり・・・・・・
「インターバル」 男は家を離れ、仕事を休み、ただひたすら体を鍛え・・・・・・
「アイアン・シティ」 クラブのマスターで殺し屋のマービンは店で歌うキャサリンの動向を気にし・・・・・・
「フェアウェルパーティー」 ボディーガードを雇われた元サーファー、そして殺しを依頼されたマービンと・・・・・・
<内容>
恋人の国夫を交通事故で失ったシンガーソングライターの堀河優美は、遺品のなかから“SHADOW GAME”というタイトルの楽譜を見つけた。その曲に興味を持った優美は、国夫がどこで楽譜を手に入れたかを調べようと、彼が事故前にいた名古屋にて調査を始める。そんな優美を、殺し屋の伊神が密かに追い始める。“SHADOW GAME”に隠された秘密とはいったい!?
<感想>
昔、読んだ・・・・・・はず。久々のはずだが、全然覚えていない作品であった。もはや、初読と言ってもよいくらい?
恋人を交通事故で亡くしたシンガーソングライターが、遺品の楽譜の元々の持ち主を辿ってゆくというもの。その楽譜を辿っていくと、数々の事件が掘り起こされ、さらには彼女自身や協力者も命を狙われ始めることに。楽譜に隠された秘密とは? という内容。
ただ、この作品読み通してみると、結局はシンガーソングライターである優美の物語ではなく、孤独な殺し屋・伊神の物語であったのかなという感じ。何気に優美の話は最後の最後で中途半端。それよりも、伊神の歪んだ生きざまの方が目を引くものがあった。タイトルの“シャドウゲーム”でさえも、伊神の生き方を示すようであったかのように思えてしまう。
<内容>
「一瞬の街」
「ゆきどまりの女」
「人喰い」
「六本木怪談」
「夜を突っ走れ」
「眠りの家」
<感想>
全編読んでみると、全体的になんとなく怪談っぽいテイストの作品集だと感じられた。ハードボイルド・ホラー?
そうしたなかで、「一瞬の街」と「眠りの家」は短編では書き足りなさが残る作品であった。中編、もしくは長編にすることが十分にできそうなネタが詰め込まれている。その他の作品は短編でちょうど良い分量であり、それぞれが色合いの異なるホラー・サスペンスとなっていて楽しめた。
「ゆきどまりの女」は、ちょっとした謎解きのようなサスペンス。しかも、それが命を懸けた謎解きとなっている。
「人喰い」は、予想した結末と違い驚かされる。絶対に主人公が・・・・・・と誰もが想像しそうであるが。
「六本木怪談」と「夜を突っ走れ」は、ホラー系、もしくは都市伝説のような話となっている。さらっと終わらせているが、何気にどちらも恐ろしい。
「一瞬の街」 亡くなった父と兄が不思議な力を持っていたことを知った弟は、遺言で兄に頼まれたことをしようと行動をとると・・・・・・
「ゆきどまりの女」 殺し屋のターゲットとなるのはとある女で、仕事の条件は、銃を使うな、そして殺す前に女を抱けと・・・・・・
「人喰い」 英二はアンという女と仲良くなり、グアム旅行に誘われる。旅先で待っていたのは、殺人の片棒をかつぐ話であり・・・・・・
「六本木怪談」 作家の男は知り合いに面白い話があると誘われ、ディスコへ行く。その古びたディスコには幽霊が出るという噂があるそうで・・・・・・
「夜を突っ走れ」 ミュージシャンの仁は、たまたまリコという娘と知り合い、車に乗せて送っていくことに。ところがその娘がいわくつきの女らしく・・・・・・
「眠りの家」 千葉の別荘に住む男とその友人は、近場に気になる釣り場があり、そこへ行ってみることに。すると、そこで妙な建物を発見し・・・・・・
<内容>
私立探偵の緒方洸三は議員の娘の失踪調査を引き受ける。その娘はやくざの息子の外岡秀志と共に行動しているよう。緒方はやくざの親分である父親の外岡と交渉し、娘を返すよう秀志に伝えてもらうことに。その行為に腹を立てた秀志が緒方の事務所に乗り込んでくるものの、なんとか事は収め、議員の娘は戻り事態は決着する。しかしその後、秀志が死亡するという事件が起きてしまう。秀志の背後に姿の見えない何者かの存在が浮かぶのだが!? 緒方はその存在の見えない相手の正体を探り始めるのであったが・・・・・・
<感想>
大沢在昌氏の出世作、と言いたいところだが、皮肉なことに“新宿鮫”シリーズで売れ出したのちに、ようやく再評価された作品だとのこと。結構良い作品であり、その当時の大沢氏にとっての集大成的なものであるということも読んでいてよくわかるような内容。とにかく濃い目で良質なハードボイルドが展開されている。
失踪調査から一点、やくざの息子が死亡するといういざこざに巻き込まれる主人公。さらには、婚約者が死んだことになっとくできない青年からの依頼調査までも受けることとなる。そうしたなかで、事件の裏に潜む、謎の人物の存在を暴き出そうとするものの、手掛かりに手が届きそうになると、新たな死亡事件に直面するという繰り返し。果たして事件の影に隠れて、全てを操作しているものの正体とは? というような事件が描かれている。
非常に面白い内容で、一気に読むことができる。ただ、その当時にあまり注目されなかった理由としては、主人公が若干スーパーマン的な何でもできるような存在であり過ぎることかなと考えられる。その当時、ハードボイルドの主人公と言えば、こういった人物造形が主流であったように思われる。そこに“新宿鮫”のような人間味のある刑事を(若干スーパーマン的なところはぬぐえなかったが)添えたことが売れた要因ではないかとも思えてしまう。
その当時、こういった作品が多かったと言うこともあり、それにより影にかくれてしまったのもまた事実かなと。何はともあれ、後々になってからでも売れて、再評価されたのは良かったことであろう。得体の知れない何者かに立ち向かってゆく主人公の姿に惹かれてゆく作品であった。
<内容>
「見ていた女」
「日曜の晩に」
「マッスル・パーティー」
「六本木・うどん」
「空気のように」
「セヴン・ストーリーズ」
<感想>
ちょっと昔の作品集を再読。大沢氏の作品ゆえに、ハードボイルド作品集かと思っていたが、恋愛小説集という位置づけのよう。
普通にちょっと良い話とか、やや恥ずかしめの話とか、本当に恋愛模様が描かれている。と思いきや、ややハードなアクション系のものまで含まれている。個人的には普通の恋愛の話が描かれているものより(特にプラトニックな内容では物足りなさを感じてしまうので)、ちょっと別の色合いが付いたものの方が面白かった。
ナンパをしたら、その相手の彼氏に殴り倒され、体を鍛え始めるという「マッスル・パーティー」。主題がちょっと変わっているような気がするが、それはそれで面白い。体を鍛える者同士の一体感も楽しめる。
一番印象的なのは「空気のように」。ここに乗っているエピソードで、バーテンダーが生意気なボーイを叩きのめし、床に伸びた状態のボーイの上で営業を続けるというものがある。このエピソードだけ覚えていて、何の作品だったのかは忘れていたのだが、この作品であったのかと再確認できた。この話だけ作品集の中では特に異色でかなりハードボイルドな内容。ただ、行き過ぎていて、ややファンタジーめいた内容に感じられてしまうほど。
最後の「セヴン・ストーリーズ」は、さらに短めのショートショートの作品がタイトルの通り7つ盛り込まれている。
個人的には恋愛小説自体にあまり興味がないので、特にこれといった感想はないのだが、それでも過去に購入して読んだ作品を再読して再認識できたのは良かった。昔はこういった大沢氏の作品を片っ端から読んでいたことを思い出す。
<内容>
新宿署防犯課の刑事・鮫島はその執拗な捜査活動から新宿鮫と呼ばれていた。キャリア警官でありながらも、やっかいな荷物をしょい込んだことから出世街道からはつま弾きにされ、一刑事として日々単独での捜査活動を強いられていた。しかし鮫島はそんな状況でありながらも、ロックシンガーを恋人に持ち、それなりに充実した日々を送っていた。現在、鮫島が追っているのは拳銃の密造犯。その男を追って、銃を作っている工房を洗い出そうとしていたのだ。そんなとき、連続して警官が銃で襲われる事件が起こり・・・・・・
<感想>
ハードボイルド史上の伝説の名作を再読。昔のことではっきりとは覚えていないのだが、ひょっとすると大沢氏の作品で初めて読んだのがこの「新宿鮫」だったような気がする。昔、本屋にこの作品のカッパ・ノベルス版が並んでいたのを見た記憶は未だにある。
そんな大沢氏の作品であるが、この作品が出るまでにすでに30冊近い作品が書き上げられている。それゆえにハードボイルド界では十分に有名であったと思われるのだが、この作品が出たことによって一気に人気作家のスターダムへとのし上がったのではなかろうか。
何と言ってもこの作品、主人公の人物造詣が良い。重たい過去を持ち、ひとりで活動することを余儀なくされる孤独な刑事。その境遇に腐ることなく、誇りを持って日々仕事に邁進していく。このような設定のみであればありがちかもしれないが、そこにロックシンガーを恋人に持つという若者風なスタイルが人気を博した原因ではなかろうか。この設定は、固めの警察ドラマ風ではなく、過去の破天荒な刑事もののドラマを思わせるようなヒーロー像と感じられる。
そして鮫島を取り巻く脇役たちも、それぞれ良い味を出している。死人(マンジュウ)と呼ばれる無気力な鮫島の上司・桃井。弾道学についてやたら詳しい鑑識の藪。鮫島にむき出しの敵対心を持つ公安課の香田。そして鮫島の恋人でインディーズロックバンドの歌手である晶。
さらには物語も面白く目が離せないものとなっている。鮫島が追い続けている拳銃密造犯。新宿界隈で連続して起こる拳銃による警官殺し。そしてその警官殺しを予告させるような謎の男からのメッセージ。それら事件に鮫島が深くかかわってゆくこととなり、後半はノンストップ・サスペンスのような展開を見せ、ラストへと一気になだれ込んでゆく。
読み返して思ったのだが、これだけの要素がひとつの本に盛り込まれれば面白くないわけがないと。まさしく、良作となるべき要素をてんこ盛りに盛り込んだ作品であり、それを警察小説にて成し遂げたところが見事と言えるのではなかろうか。ありえないような設定と、妙にリアリティのある事象を組み込んだことにより、うまく読者の琴線を響かせるような作品が仕立て上げられている。出版されてから30年経った今読んでも手放しで面白いと思えた作品。
<内容>
台湾人の賭場を見張っていた際に、鮫島は気になる男を目にする。その男を偶然街で見かけ、後をつけてみると、他の男との小競り合いが起き、鮫島はすかさず割って入る。素性を確かめると、男は郭と名乗り、台湾の刑事であるという。郭は凄腕の殺し屋である“毒猿”を追って日本にやってきたのだと。毒猿のターゲットが日本へ潜伏したため、それを追って毒猿は日本へ密入国したというのだ。鮫島は郭と共に、毒猿を追うこととなるのだが、その毒猿を巡って新宿では騒動が起きつつあり・・・・・・
<感想>
“新宿鮫”シリーズ第2弾。久々に再読。このシリーズ、1作目から話題となったが、その地位を確かにしたのは、この2作目からではないかと勝手に思っている。個人的には、1作目よりも、この2作目の方が圧倒的に面白いと思っている。
このシリーズを書く前の大沢氏であれば、殺し屋視点のみで作品を描いていたのではなかろうか。それを、新宿鮫というキャラクターと、殺し屋との視点を分けたことにより、強烈な作品に仕立て上げられたのではないかと考える。ストーリー上、鮫島と毒猿が相まみえるところというのはほとんどないのだが、その代わりに鮫島と台湾警察の郭との邂逅を描いている。そして、毒猿のほうは中国残留孤児二世のホステス奈美との関係を描き、物語に色を添えている。
というような形で、鮫島と郭、毒猿と奈美の別々のパートで進めつつ、互いの物語が徐々に交錯していくこととなる。そして、交錯した後は、ハイスピードで一気に終幕まで走り切ることとなる。今回の作品では、読了後によくよく考えると鮫島の活躍が少なかったように思われる(特に後半)。いつのまにやら脇役に徹してしまったように感じられるが、しかし、その脇役という役柄でも十分に物語上に存在感を出し、作品全体を盛り上げていたというように思われる。
とにかく、パッと読んでも面白いし、深く考えても興味深い。そんなエンターテイメント作品として描き切った作品こそがこの「毒猿」である。個人的には、シリーズ中、1、2を争う作品。
<内容>
フリーのカメラマンのメジローは、いちはやく犯行現場へ行き、現場や弥次馬たちの写真をとるという犯罪現場専門のカメラマン。そんなメジローの目的はフクロウと呼ばれる殺し屋を見つけ出すこと。それを目的に色々な情報を仕入れていたメジローはやがてフクロウが狙っているターゲットの情報を入手する。元傭兵で片腕のマスター、車椅子に乗る盗聴のプロ、ニューハーフのボディーガード、メジローを疎ましがる刑事、そして女兵士。様々な人々を巻き込み、やがて彼らはフクロウの存在へと到達することに!?
<感想>
昔、角川文庫版で読んだ作品であるが、それが今年になって集英社文庫から改めて出版されたので購入して読んでみた。内容は全く覚えておらず、こんな内容であったのかと再確認。
集英社文庫版のあとがきで、馳星周氏がこの作品はアンドリュー・バクスのバーク・シリーズに通じるところがあるというようなことが書かれていてなるほどと思えた。あくまでも単発の作品であるので、バーク・シリーズで描かれるチームとは異なるものの、確かにチームのようなものを組んで仕事にあたるというようなニュアンスが感じられる作品であった。
謎の殺し屋フクロウに対して、色々な思いがあるものが集い、それぞれの思いを抱えて、その殺し屋に挑むという内容。主人公はカメラマンであり、犯罪者と相対するということにおいては、あまり役にはたたないのだが、それでもフクロウという存在に対して人一倍大きな思いを抱えている。そして最後には、殺し屋と対面することとなり・・・・・・というような内容。
作品の分量的にもちょうど良かったなと。最近の大沢氏の作品が、どれもこれも長大なページ数になりつつあるので、過去の作品を読むと特にそう感じてしまう。本書はページが薄いからといって決して中身が薄いということはないので、これで十分と思わずにはいられない。昔の作品ゆえに、古き良き時代という言葉を思い返しながらノスタルジーに浸れる作品。その物騒な内容においてさえも、最近では見られないような作調ゆえに、ノスタルジーを感じてしまう。
<内容>
オークラ製薬で営業マンとして働く長生太郎は、ひき逃げに遭い、死亡してしまう。そんな死亡したはずの長生は、違和感と共に生き返ることに。彼は自分が働く製薬会社が開発した新薬を全身の血液と入れ替えることにより、“生きる死体”として蘇ったのである。痛みも疲れも感じることなく、永久に活動することができる肉体。唯一の懸念は、定期的に薬品を体に摂取しなければ、体が腐ってしまうということ。誰の目にも止まらない研究所で暮らす日々を送っていたが、何者かが新薬と長生の存在を知り、それらの成果を手に入れようと魔の手が伸びる。その危機から逃れるために、長生は逃亡生活を送ることとなり・・・・・・
<感想>
久しぶりの再読。かつては講談社文庫版で読んだことのある作品。
大沢氏の作品と言うと、特に昔に描かれた作品では、やや大人向けのテイストのものが多かったように思われる。それに対してこの作品は、全年齢対象というか、若年層でも楽しめるような内容のものとなっている。
ひき逃げに遭った普通の営業マンが、製薬会社の人工血液のようなものにより、ゾンビとなって生き返る。ただし、ゾンビといっても、むやみに人々を襲うようなものではなく、事故に遭う前と変わらずに普通に理知的に行動している。
生き返った後は、監禁生活から逃亡生活、さらには犯罪者と闘うことになり、そこから逃げだし、さらに闘ってと、非常にテンポよく話が進んでいく内容。ある種、ご都合主義的であり過ぎるような気もするのだが、そこはテンポよく話を進めるには致し方ないところ。むしろ、背景や細かいところを書きすぎていないがゆえに読みやすい内容となっている。
何気に重苦しい内容・背景ではあるのだが、そこを重苦しすぎないように描いているところが良かった感じである。勧善懲悪風の物語として気軽に楽しめる作品であった。
<内容>
組織に莫大な借金を負わせ、東京から地方の温泉街に逃げ込んだ経済ヤクザ・高見。一方、大阪から単独捜査のため、その街を訪れたはみ出し刑事・月岡。街で二人を待っていたのは、地元の政治家や観光業者をまきこんだ巨大新興宗教団体の跡目争いと、闇にうごめく寄生虫たち。惚れた女のために、そして巨大な悪に立ち向かうため、奇妙な友情で結ばれた一匹狼たちの闘いが始まる。
<感想>
あいかわらず魅力的な主人公達と舞台設定をし、大沢氏らしい作品を繰り広げてくれる。偶然やってきた高見が宗教団体と観光業者同士の利権の対立に巻き込まれて行くのだが、高見の存在が調停者のような存在になり、この対立をどちらの方向へ持っていくのかというのに興味を惹かれた。ただ結果としては、別のヤクザがからんできて最終的には善と悪の対立みたいな結末になってしまうのは不満である。好みとしてはもう少し、別の結末を描いてもたいたかったのだが・・・・・・
どうも最近の大沢氏の作品は登場人物達の思惑が入り乱れるところまではいいのだが、最終的にきれいに収まりすぎてしまっているように思える。大沢氏の作品を読んで、ふと、対極に思える作品が馳星周氏の作品である。大沢氏の本を読むと、もっと突っ込んで、もっとえげつなくても・・・・・・などと思うが、馳氏の本を読むと、いやそこまでしなくても、いやそこまでするか・・・・・・と思うのだ。妙にじれったく思ったり、少々うんざりさせられたりと描き方が両極端だと、ふと考える。これらの間くらいの作品がいいんだけどなぁ。うーん・・・・・・