<内容>
坂田勇吉、二十八歳。東京の食品会社の宣伝課勤務。前回の大阪出張で大変な事件に巻き込まれた彼が今度は北海道で事件を巻き起こす。
出張先の小樽の会社を見学したあと、坂田はロシア人女性がロシア人の男達に襲われているのを見て助けようとするが、逆に捕まり漁船に拉致されてしまう。途方にくれていると一人の謎の男が助けてくれ、立ち去ってしまう。
脱出した後、警察に通報するがほとんど相手にしてもらえない。拍子抜けしていると救出してくれた謎の男が再び彼の前に現れる。そして男は坂田に稚内のある者に携帯を渡す様頼まれる。結局引き受けることになる坂田は事件の渦中に巻き込まれていく。
<内容>
「冬の保安官」
シーズンオフの別荘地に拳銃を片手に迷い込んだ娘と、別荘地の保安管理人として働きながら己の生き方を頑なに貫く男との交流。
「ジョーカーの選択」
飯倉の裏通りにあるバーを根城にする一匹狼のもめごと処理屋ジョーカー。彼のもとに一人の青年がある売春婦を探してほしいと依頼を持ちかける。
「湯の町オプ」
元警官で温泉街のもめごと引受人。そして彼の弟はこの町のやくざ。家族などのしがらみに板ばさみにされつつも仕事をこなしていく男の生き様。
「カモ」
“賭け”に生きてきた男に女がある賭けを持ちかける。さて、「カモ」にされるのは男か? 女か?
「ローズ1 小人が哄った夜」
「ローズ2 黄金の龍」
「ローズ3 リガラルウの夢」
未来の巨大ホテルを舞台に、麻薬ローズショットの中毒者のホテル探偵の活躍を描いた作品。マフィアの抗争、富豪の夫人の護衛、七年に一度の祭り、さまざまな事件、もめごとをホテル探偵ローズが解決していく。
「ナイト・オン・ファイア」
恋人を殺されたロックシンガーの女性が復讐のため単身立ち上がる。相手は某国の独裁者、そしてその男は亡命してアメリカにやってきた。
「再会の街」
元失踪人調査員、新宿警察署の刑事、アルバイトの学生。ひとつの事件がさまざまな人をすれ違えさせる。
<内容>
身長 185cmで柔道の使い手である大浦 通称「ウラ」。小柄で敏捷で空手の使い手である赤池 通称「イケ」。この二人は刑事でコンビを組んでいる。検挙率はダントツ。しかし容疑者受傷率120%。人から「史上最悪のコンビ」といわれる二人は狂暴でしかも発火点が異様に低い。この二人が縦横無尽理不尽に容疑者どもをなぎ倒す。痛快無比の短編集!
「ちきこん」(IN POCKET 1994年 7月号「チキコン」改題)
「ぴーひゃら」(小説新潮 1995年12月号)
「がらがらがん」(小説新潮 1995年 6月号)
「ほろほろり」(ミステリマガジン 1995年11月臨時増刊号)
「ころころり」(小説新潮 1996年 5月号)
「おっとっと」(小説新潮 1997年 1月号)
「しとしとり」(小説新潮 1997年 6月号)
「てんてんてん」(オール読物 1997年12月号)
「あちらこちら」(小説新潮 1998年 6月号)
「ばらばらり」(オール読物 1998年 7月号)
<内容>
美貌の潜入捜査官である擽(くぬぎ)涼子はブラックボールという麻薬を扱う謎の組織を探り出すために長期間の潜入捜査の任務を受けた。
元刑事のトラックの運転手として組織に近づき、犯罪組織内でのいざこざとなっていたトラックジャッカーを捕まえてみたりと組織の中で少しづつ信用を得ていく涼子。組織の中の裏切り者を探しつつも、組織の内部を暴き出し警察の捜査を介入させ、組織を壊滅させなければならない。周りの人間が敵か見方かもわからないまま涼子は一人戦いつづける。
<内容>
フリーカメラマンをしている26歳の絹田信一は、20年以上、音信普通であった父親が亡くなったという知らせを受けた。最後を看取ったという内縁の妻と名乗る人が、わざわざ連絡をくれたのである。信一は墓参りに行き、遺品となる一枚の絵を譲り受ける。そして父親の死の知らせを受けた頃から、信一の周辺が騒がしいこととなる。父親が知っていた何らかの秘密を巡って、さまざまな者達が争奪戦を繰り広げていたのである。なんでもそれは“夢の島”とのことらしいのだが・・・・・・
<感想>
中盤以降から、なんかどこかで読んだようなネタだなと感じていた。なんとなくありがちの話のような気もしたので、あまり気にしないで読んでいたのだが、読了後に確かめてみると、双葉ノベルス版を読んでいたことに気づかされる。すっかり忘れていて、講談社文庫版を購入してしまった。まぁ、内容に関しては多くを忘れていたので、新鮮に読めたのでよしとしよう。
内容は父の死によって、その父親がたどってきた人生と、その残したものについて青年が調べてゆくという物語。ただし、主人公が調べてゆくといっても、抗争に巻き込まれたとも言えるので、半ば強制的に動かざるを得ない状況におちいることとなる。
そういったなかで、その抗争の舞台裏や、父親の生前の秘密などをといったことが徐々に明らかになっていく。
話としては非常にうまく出来ていると言えるであろう。大沢氏の作品であるから読みやすさは当たり前のこと、展開もスピーディーで読み応えのある作品である。ただし、大沢氏の作品を読み続けている人にとっては、ありきたりだとか、少々軽めの話と思えてしまうかもしれない。
どちらかといえば、重めのハードボイルド・ミステリを読みたいという人よりも、軽めの冒険ミステリを読みたいという人にお薦めの作品であろう。ページ数は厚いものの、さらっと読める作品なので、初心者向けのサスペンス・ミステリ作品といったところである。
<内容>
<感想>
新宿鮫の最初の話しに出てきていた真壁が登場する。いつか鮫島と対決することになるかもしれないと示唆されていたので、今回の作品で激しく対立することになるのかと思ったが、思い描いていたのとは異なる関わり方になってしまった。期待していたのとは異なる内容となってしまったのは残念だった。元気な真壁がみたかったのだが・・・・・・
いくつかのそれぞれの人々の過去や現在の話しが最後にはすべて一つへと収束されていく。そのまとめかたは見事だと思うのだが、少々できすぎのような気もする。もうすこし全然関係ない形で平行線を描いたり、すれ違ったりしてもよかったのではないかと思えた。
しかしそれにしても、重厚さがありながらも読みやすく、もはや洗練された熟練の作品というしかない。車両窃盗団を追う、警察小説の部分が主軸としてなりたっているのがやはり新宿鮫のシリーズらしく、他の作品とは一線をひいている。さらにそれを取り巻く駐車場の謎の老人などといった魅力的な登場人物でさらに話しにひきつけられる。いまだ新宿鮫は健在である。
<内容>
佐久間公、失踪人調査を得意とする私立探偵。今は麻薬依存者の構成補助組織“セイル・オフ”で働きながら、探偵の仕事も続けている。今回、佐久間が引き受けることになったのは、昔有名であった“まのままる”という漫画家を探してほしいとの依頼。佐久間は自分にできる範囲でという条件を付けて依頼を引き受ける。また、そのころ“セイル・オフ”では新たな入所者の雅宗という男がトラブルを引き起こしていた・・・・・・。佐久間は探偵としての調査とセイル・オフの仕事を両立していくうちに裏に潜む犯罪を暴いてしまい、トラブルの真っ只中へと入り込んでゆくことに!
<感想>
よくぞここまで書き尽くしたなという他はない。さまざまな人間の感情、矛盾、そういったものをとことん文章化し、それをひとつの作品に込めて書ききった力作である。
今作ではさまざまな事象に触れているが、その中でも“漫画”について細々とした書き込みがされているのが一番印象に残るところ。それは作家から見た漫画について、編集者から見た漫画について、そして読者から見た漫画について。さまざまな側面から漫画というものについて書き込まれている。
どちらかといえば、ここに書かれているのは流行作についてという表層的な一面でしかないと思われるのだが、あまり漫画自体に興味がなさそうな大沢氏がよくぞここまで調べて書いたなという苦労がうかがわれたりもする。
そして最終的にはヤクザ組織同士が入り乱れる構想という、大沢氏得意の展開へと持っていくことになるのだが、これについてもよくぞここまでというばかりに複雑な構成にて事件を展開させ、主人公が苦難の連続の末、なんとか事態の収拾へとこぎつけてる・・・・・・というように描かれている。
さまざまな事象を用いつつ、そこからハードボイルドの世界へと発展させ、さらに一筋縄ではいかない内容へと持ち込んでいるところもさすがといえよう。いや、ここまで書かれたら、軽い気持ちではなく本当に大沢氏“渾身の一作”と言い切りたい。
ただ、文書は読みやすいものの分厚さといい、テーマといい、「気軽に読むのには重すぎる」と蛇足ながら付け加えておくことにする。
<内容>
冷たい闇の底、目覚めた檻の中で、鮫島の孤独な戦いが始まった。自殺した同僚・宮本の故郷での七回忌で、宮本の旧友・古山と会った新宿署の刑事・鮫島に麻薬取締官・寺澤の接触が。ある特殊な覚醒剤密輸ルートの件で古山を捜査中だという。深夜、寺澤の連絡を待つ鮫島に突然の襲撃、拉致監禁。無気味な巨漢の脅迫の後、解放された鮫島。だが代わりに古山が監禁され、寺澤も行方不明に。理不尽な暴力で圧倒する凶悪な敵、警察すら頼れぬ見知らぬ街、底知れぬ力の影が交錯する最悪の状況下、鮫島の熱い怒りが弾ける。
<感想>
序盤は「新宿鮫」というよりは「はしらなあかん〜」のような雰囲気。前半は「新宿鮫」シリーズにしては少々違和感を感じずにはいられない。この事件では、鮫島の過去のキャリアの道から離れ、孤立するにいたった事件に関する話題から始まるのだが、そちらの内容は全く進展はなく、それがきっかけとなり、他の事件に巻き込まれて行く。
後半になると、ようやく「新宿鮫」のシリーズらしくなってくる。複雑に絡み合う利権の中で、鮫島が刑事というより交渉人のように、当事者たちの間を駆け回っていく様は圧巻である。しかしながら、鮫島の部外者という立場が刑事としての役目があやふやになってしまうところには消化不良気味。まぁ、作者はその刑事としての権力機構の中にある苛立ちを表現したかったのだろうが・・・・・・。でも結局、「新宿鮫」シリーズで取上げる話しとは、少々ずれていたのかなぁ、という気がしないでもない。
また、この作品は「風化水脈」とは違ったパターンでご都合主義過ぎ!
<内容>
犯罪者や借金を負った者を追手から逃すプロ集団“逃がし屋”。関東で名の知れた逃がし屋である葛原の前に警察庁警備局の河内山と名乗る男が現れた。河内山は葛原が過去に犯した犯罪をネタに、某国の重要人物を探し出すことを要求する。その人物は関西でも名うての逃がし屋により匿われていて、警察でも容易に居場所を特定することができないというのである。自分自身の身と仲間の身を守るため葛原は河内山の要求を呑む。葛原は仲間とともに重要人物の居場所を探り始めたのだが・・・・・・
<感想>
これまた何となく積読にしてしまった作品。なんとなくというか、その分厚さからつい敬遠してしまっていた。
内容はスパイ小説という雰囲気に近い。ただし主人公の職業は“逃がし屋”。その逃がし屋というのは、借金を負った者や犯罪者などを国外などへ逃がすことを生業とした集団。なんとなく聞いたことはあるものの、あまりなじみのない職業であるので、できれば“逃がし屋”として活躍する作品をまず読みたかった。というか、ひょっとしたら大沢氏の作品の中にすでにあるのかもしれない。
その逃がし屋が某国の重要人物を捜すという任務を警察から脅迫されつつ請け負うというもの。そうして舞台は日本国内ながらもアジア某国の工作員らと銃撃戦を繰り広げつつ、目標となる人物の元へと近づいていく。
この作品はアクションもふんだんに取り入れられているが、それよりも何よりも複雑に絡み合った利害関係がポイントと言えよう。主人公の逃がし屋、重要人物をかくまう関西の逃がし屋、重要人物の国の者、その国の者と敵対する者、それら背景を周知している警察官たち、そういった背景を知らない警察官たちと、さまざまな立場の者たちが入り乱れていくこととなる。
正直言って、途中は話が複雑になり過ぎて、結局どういうふうになれば正解にいたるのかという結末が全く見えなかった。しかし、結末にいたると意外にもすっきりとした状況にはまりこみ、きちんと話がまとめられているところはさすがである。また、色々な立場の者が出て来るとは言え、基本的な視点を主人公である葛原のみに統一したところも、変にややこしくなりすぎなかったポイントと言えよう。
最終的な印象としては、なんとなく作者の思惑どおりに、うまくまとめられたというか、うまく丸めこまれたという気がしてならない。
<内容>
「殺しは仕事にしたことがない。殺しをしなかったとはいわないが」
男は六本木の裏通りのバーで客を待つ。ジョーカーはつながらない数と数のあいだを埋めるのにつかう、最後の切り札。使われたあとは用はない。そこに捨て置かれるか、別の人間が使う・・・・・・
「ジョーカーの当惑」 (1993年1月号:小説現代)
「雨とジョーカー」 (1995年7月号:小説現代)
「ジョーカーの後悔」 (1998年5月号:小説現代)
「ジョーカーと革命」 (2000年1月号:小説現代)
「ジョーカーとレスラー」 (2001年1月号:小説現代)
「ジョーカーの伝説」 (2002年1月〜2月号:小説現代)
<内容>
暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとした。この不条理な捜査に駆り出されたのは、かつて未成年の容疑者を射殺して警察を追われた<狂犬>と恐れられる刑事だった!
<感想>
最近の新宿鮫シリーズでも書ききれなかった大沢氏の真骨頂といいたくなる小説の出来である。
近年“ノワール”と銘うたれる小説がやたらと出版されているが、本書もある種の“ノワール”といった雰囲気がある。警察を追われながらも依頼され現場への戻ってくる主人公には破滅的な未来しか想像することができない。そして捜査を進めながらも徐々に運命に飲まれていくかのような姿が描かれている。
しかし、当然本書がその廃退的な様が描かれているだけのものではない。まさに著者の独壇場ともいえる警察小説としての色は濃く出ている。そして警察、公安、やくざ、マフィアらの対立の構図が複雑に描かれ、その中で主人公はそれらの間に立ち無法な殺人を押さえ込もうと奔走する。このあたりは「新宿鮫[ 灰夜」と同様な趣であるが本書のほうがうまく描かれていると思う。
最近の“ノワール”といわれるものなどは内容がとぼしく、ただ単に登場人物が落ちていく様が描かれているだけで結末がすでに見えているようなものが多い。本書も主人公の先行きという点ではある程度の予想はついてしまう。しかし、事件を解決するためにどんな手段がとられるのか、とかこの複雑な構図の対立がどのように収束されるのかなどと他の要素が多々盛り込まれており、ページをめくる手を休ませることはない。小説たるものこの作品くらい骨太であってもらいたい。
<内容>
松原龍は千葉県の勝浦で漫画の脚本を書く仕事をしながら犬と共に静かに暮らす毎日を送っていた。しかし、ある日突然、杏奈と名乗る女が松原の静かな暮らしの中に飛び込んできた。杏奈は何かから逃げているような曰くつきの身の上のようであった。松原は実は杏奈と初めて会ったときから彼女に惹かれていて・・・・・・
そしてその杏奈が松原の前から姿を消すことに。それは杏奈自身の意思なのか、それとも他のものの意思によるものなのか。松原はもう一度杏奈と会って話し合いたいと考え、彼女を追うことを決意する。
<感想>
この本から感じる練達さは、ローレンス・ブロックの熟練さを思わせる。
本書の特徴はなんといってもハードボイルドであるのに、極力暴力的な描写を抑えている点である。アクションシーンを抑え、会話と主人公の感情から表される世界には円熟さというものを感じざるをえない。もともとはアンダーグラウンドな世界に身をおいていたとはいえ、基本的には普通の中年といってもいい主人公。読むものはその男によって繰り広げられる静かな活劇に引き込まれることは間違いないであろう。
また、複雑な様相をなしていく物語の中で主人公の行動は単純一途といえる。それは「ほれた女の気持ちを聞くため」。ただそれだけのために、その女性に翻弄されつつ、周囲に起きる事件に巻き込まれながらもひたすら追い求める姿がまた潔い。
男のほれた女に対するもどかしさや猪突猛進さなどが熟練のテクニックによって描かれた作品といってよいであろう。
ただ一つ付け加えて言いたいことは(若干ネタバレ気味にて反転)
最後の最後で銃撃戦によるアクションシーンが出てしまうのは残念であった。できることなら、最後までアクションシーンなしで物語を描いてもらいたかった。
<内容>
脳移植手術によって、美しい美貌と肉体を持つことになったアスカ。彼女はその後、アメリカで研修を受け、麻薬取締官として現場復帰を果たす。その麻薬取締部の事務所に武装した女が乗り込んできて、人質をとって立てこもる。女は警察が捕まえた犯罪者の引き渡しを要求。アスカは元同僚で恋人である古芳刑事と共に現場に乗り込み、なんとか事態を収拾する。しかし、この事件を発端とし、アスカは彼女と同様に脳移植の手術を行ったロシアの殺し屋から狙われることとなる。多額の偽札、外国マフィアの抗争、ロシアから来た殺し屋たち、さらにはCIAまでを巻き込む大きな事件へと発展してゆき・・・・・・
<感想>
「天使の牙」の続編なのだが、それを読んでからもう何年過ぎたことか。ただ、「天使の牙」は非常に印象に残る作品であったので、意外と内容を覚えていて、本書にもすんなりと入り込むことができた。
読みとおしてみると本書は実に内容の濃い作品だなと感嘆してしまった。とにかくこれ一冊にこれでもかといわんばかりに、思いっきり内容が詰め込まれているのである。2000年以降、大沢氏の作品は大作が多くなったように思えるのだが、これなどその代表的な一冊と言えるであろう。内容は脳移植手術を受けた、立場の異なる二人が死闘を繰り広げるというもの。もはや警察モノ、謀略モノを超えてSFに近くなっているような気さえしてしまった。
読んでいて気付いたのが、上記でも述べた作品の分厚さについて。なぜ作品が長大になるかというと、一つ起きた事象に対して、複数の立場からの検討や話し合いがなされているのが原因の一つではないかと思える。これは一見、同じ事を繰り返しているだけのようにも思えてしまう。ただ、よく考えてみると、こうした丁寧な書き方がなされているからこそ、この複雑なプロットの物語を読みやすい小説として消化できるのであろう。よって、このページ数の厚さは、親切設計ゆえのものだと感じ取れるのである。
<内容>
高校生らを裏で操って金儲けしている者の正体をさぐろうと単独潜入捜査をする“リュウ”。その捜査自体はなんとか一区切り付いたとはいえ、思わぬ厄介ごとを背負ってしまう羽目に。厄介ごとついでにと、内閣調査室の島津さんから新たな依頼を受ける“リュウ”。その依頼の内容とは・・・・・・7年前に行方不明になった武器商人のモーリスという男の白骨死体が日本で発見された。そのモーリスが行方不明になる前に扱っていた武器は“核”であったという情報が入っているという。ということはその“核”が日本にあるかもしれないと・・・・・・
高校生探偵リュウと不良中年オヤジが捜査に乗り出す中、“核”を狙うテロリストたちが次々と・・・・・・
<感想>
分厚い帯が巻いてあるのだが、それをはずしてみてみるとカッパ・ノベルズみたいに見えるのはちょっとした冗談であろうか?。
とうとう“アルバイト探偵”が復活。本当に「よくぞ帰ってきた」といいたくなる待ち望んでいたシリーズである。軽めのシリーズタイトルなのだが、その実、複雑で重いものを扱った内容となっている。とはいっても軽口に乗って話が進んでいくので、読みにくいとう程ではない。
しかし、こんなに複雑で重い内容を扱うシリーズだったかなと記憶を呼び覚ましてみると、元々国際的な謀略を扱うものであったかと思い出す。主人公の父親が元はそういう国防関係の職に付いていたようで、そのからみから、こうした謀略に巻き込まれていくというシリーズであったような気がする。そういえば、女王陛下の警護みたいな内容の本もあった。
本書の内容のほうであるが、序盤はかなりややこしい。一人の人物、一つの“物”に対して、さまざまな人物と組織が次々と絡んでくる。それらの力関係を把握するのは、なかなか困難なものであった。しかし、その組織関係も中盤以降は徐々に整理され始め、後半になると全体の図式がすっきりとしたものになってくる。よって、前半ある程度を我慢して通り過ぎれば、後半は一気に読める小説となっている。
全体的に言えば、かなり面白い小説といえよう。少々キャラクターが多すぎて、もう少しそれぞれの個性を活かしてもらいたかったという点はあるものの、概ね完成度の高い謀略サスペンス小説にできあがっている。序盤の複雑な組織関係が、徐々に一方向へと収束されてゆき、複雑な謎が明らかになっていく展開はまさに圧巻。そしてラストの山場も、お約束とはいえ、心憎い展開といえよう。ただし、ラストはもっとさっぱりとハッピーエンドで終わらせても良かったと感じられた。
そして全体的に感じられた一つの不満な点は、「親父が万能すぎるということ」。主人公はあくまでも“リュウ”なのであるが、その親父の存在があまりにも“ジョーカー”というか“オールマイティー”な色が強すぎる。要するに“親父”さえ出てくれば、なんでもうまくいくだろうという安心感が常につきまとうのである。その事によって、主人公が所詮手足でしかないように感じられ、存在感がやや薄く感じられてしまう。確かに“親子で”というところがこのシリーズのテーマなのでもあるのだろうが、もう少し“親父”の存在を抑えるべきではなかったのだろうかと感じられた。
<内容>
元商社マンで64歳となった尾津は、熟年離婚する破目となり、現在は就職活動中。小さなアパートで一人静かに暮らしているとき、突然水川という青年が現れ、尾津に途方もない話を告げる。水川が言うには、とあるハッカー集団が未来予測シミュレーションソフトを作り、その鍵となる人物が二人いて、そのひとりが尾津であると言うのだ。アダムである尾津ともう一人イヴと呼ばれる者が揃えば、ソフトを起動させる事ができるのだという。とても信用できる話ではなかったが、次々と尾津の周りで事件が起き始め、気づいたときにはシミュレーションソフトを巡る争奪戦に巻き込まれていることになり・・・・・・
<感想>
今でも大沢氏の作品は細々と読み続けているのだが、最近になって、この人の小説ってこんなに理屈っぽかったっけと思うようになってきた。近年出版されている大沢作品は分厚いページ数のものが多い。そのページが厚くなる理由のひとつが細々としたことに対しての理屈っぽさによるものではないかと感じられてしまう。良く言えばこだわりともいえるのかもしれないが、ハードボイルド小説や冒険小説であるならば、そういった細やかさにも限度があるのではと感じてしまうのである。
そしてこの「ニッポン泥棒」であるが、こちらは理屈っぽさがさらに顕著に表れた小説となっている。基本的にはシミュレーションソフトの争奪戦が繰り広げられるという内容なのであるが、メインテーマとしては戦後から現在に至るまでの日本人論を展開させている作品。今作での主人公は64歳という老齢の人物で、その人がどのような時代背景を生きてきて、現在の日本をどのように感じているのかということが作中で表されている。
また、今作も物語を複雑化させるために、さまざまな機関が登場し、かつ、その機関のなかでの裏切りなどを盛り込み、より込み入ったプロットが作り上げられている。ただ、そうしたプロットもやりこみすぎると、それもまた理屈っぽいと感じられてしまうのである。このプロットの複雑化に関しては、生半可な作品をいまさら書いてもという思いがあるのかもしれないが、行過ぎると話そのものがわかりづらくなってしまう。
というわけで、ここ最近の細かすぎて理屈っぽいという大沢氏の作品を象徴したかのような小説であると顕著に思われた作品。
<内容>
「ジョーカーの鉄則」
「ジョーカーの感謝」
「ジョーカーと『戦士』」
「ジョーカーと亡命者」
「ジョーカーの命拾い」
「ジョーカーの節介」
<感想>
請負人ジョーカーが活躍するスパイ系ハードボイルド作品集。
内容といい、展開といい、いかにも大沢氏が描くガチガチのハードボイルド作品集という感じがした。ただし、ある意味、それ以上でも以下でもないとも思える。
そうはいいながらも、さすが、一つ一つの作品の政治的な背景などをきっちりと書いており、十分読むに値する内容であることは間違いない。
この夏、とりあえず何かハードボイルド小説を一冊と言うのであれば、薦めてみたい一冊。シリーズ1作目の「ザ・ジョーカー」と合わせてどうぞ。
<内容>
男をひと目で見抜くという力を生かし、裏社会でコンサルタント業を営みながら独りで生きてきた女・水原。彼女は“地獄島”と呼ばれるところから生還した数少ない人間であり、追っての目から隠れながらも成功者として生きのびることができた。その彼女に過去からの魔の手がせまることとなり、水原はその絶望的な悪夢と立ち向かわなければならなくなったのだが・・・・・・
<感想>
最初は特殊な能力をもった女主人公・水原がさまざまな仕事をこなしていくという連作短編形式の作品かと思われた。しかし、話はだんだんと彼女の過去に密接に関係してゆくこととなり、読み終えてみれば1冊の長編小説を読んだという感じになった。
とにかく登場人物も、設定も、起こる出来事もヘビーなものばかり。日本で起こった出来事というよりも、近未来の仮想社会で起きている話のような非現実的なことがハードボイルド調に語られる物語となっている。
物語の最初から最後まで影響を及ぼすこととなるのは、まるでおとぎ話の鬼ヶ島のような“地獄島”。主人公はこの島の存在に怯えつつも、やがてはそこに立ち向かうこととなるのだが、いざその地獄島を紐解いてみると、ややチープに感じられてしまった。
最初の設定では、ある種のファンタジーめいた空間のように思えたのだが、そこに中国人やら韓国人やらが立ち入って来るというやけに現実的な部分が、かえって地獄島という設定を邪魔してしまったような気がしてならない。
できれば、話を一気に進めずに、この巻では主人公の特徴を生かしたコンサルタント業を行い、次の巻で「地獄島へ」というくらいのペースでもよかったのではないだろうか。
<内容>
新宿中央公園でナイジェリア人同士の喧嘩が起きた。ひとりは刃物で切りつけられて警察に保護され、ひとりは大麻の入ったバッグを持って逃げ出した。この些細な紛争を調べていた鮫島であったが、やがて別のルートから外国人犯罪者による不法取引組織の存在が見え隠れしてきた。その組織の壊滅を謀ろうとする鮫島であったが、同期のキャリア出身の香田から事件調査に対する横槍を入れられる事に。香田のほうは、外国人犯罪を撲滅するために、大手の暴力団組織と手を組む事を考えていたのだ。鮫島と香田、両者の考えが対立する中、鮫島はひたすら単独で取引組織の裏を探ろうとするのであったが・・・・・・
<感想>
5年半ぶりの新宿鮫シリーズとのことであるが、長らく待たせただけあって、ものすごく内容の濃い小説に仕上がっている。これはシリーズ屈指の作品といっても決して過言ではないだろう。
序盤に事件が起こり、鮫島が事件の捜査を始めたときには、やけに単純な事件を扱っているなとか、あまり魅力的な登場人物が出てこないななどと思っていたのだが、話が進んでいくうちにそんな思いはどこかへすっ飛んで行ってしまった。
本書の大きなテーマとなっているのは、外国人による犯罪と暴力団の存在について。これらそれぞれの存在と現状というものが本書では語りつくされている。そういった問題があるなかで、決断を下さなければならない現場で働いている刑事である鮫島と、キャリアであり下部組織を束ねるべき存在である香田との考え方の違いが浮き彫りにされている。どちらが正しいとか、どちらが間違っているとかは決していえなく、だからこそ互いに相手の存在を認め合いながらも、自分の主張を譲る事の出来ない両者。それぞれの葛藤を抱きつつ、物語はクライマックスへと突入していく。
そして警察がそのような考え方を持っている中で、現在は犯罪者側に立場おきながらも、かつては警察関係者であった男も自分の主義主張を自分なりの手段で表そうとする。また今回の事件の中心ともいえる存在である中国人女性・明蘭も自分の生き方に選択を強いられる事となる。
というように、登場人物がさまざま主張を抱え、自分なりの生き方を貫き通そうとし、それが現状の外国人犯罪と暴力団組織を巡る背景の中で、どのような結末を迎えるかという事が焦点となってくる。
当然のことながら物語としては結末がついているものの、社会的背景としては今後どのような流れてなってくるのだろうという事を考えさせられてしまう作品。本書は色々な意味で問題作であり、鮫島にとってもターニングポイントであり、さらには不思議な余韻を残す内容となっている。ただし、このように感想を書いたからといって、本書は決して社会問題を扱った社会派小説よりの内容というわけではなく、鮫島と他の主人公を中心とした物語よりの内容となっているので難しく考えずに手にとってもらいたい本である。
<内容>
地獄島での騒動の後、釜山にかくまわれていた水原。事件のほとぼりが冷めたころに日本へ帰るつもりであった彼女のもとに、謎の女が接触してきた。その後、地獄島の事件で一役かった、フリーランスの殺し屋と思われていた金が、地獄島事件の関係者を皆殺しにする。その現場から命からがら逃げ伸びた水原は、謎の女に身柄を匿われる。彼女は上海の警官で白理と言った。白理は金の背後にいる黄という男に復讐するため、水原に協力を迫るのであったが・・・・・・
<感想>
前半は前回の事件をリセットし、新しい展開へと持ち込むかのようにも思えたのだが、後半へと進むにしたがって、前作を引き継いだ続編らしい展開へと戻っていくこととなる。これは続刊として、うまくできている作品。さらには、先のことを見越してのキャラクターも用意されており、今後シリーズとしても先行きが楽しみになる。
シリーズ作品としても面白かったが、この作品単体でも十分に楽しめる濃い内容であった。日本でのやり直しを図るために、どのような行動に出るべきか悩む水原であったが、中国人・女警官の復讐の手助けをせざるを得ないという状況に陥ってしまう。そうしたなか、水原は活路を見出そうと、できる限りの情報を取り入れ、交渉し、ぎりぎりの状況の中でうまく立ち回ろうとする。
そうしたなかで、アジア地域における中国韓国日本、それぞれの立ち位置、見方、犯罪状況など興味深い話が繰り返し語られてゆく。韓国から中国、そして日本と場所を変えつつ、大きなスケールのなかでの立ち回りは圧巻としかいいようがない。そして主人公の水原って、こんなに謀略にたけた人物だったっけ、と目を見張らされることとなる。
そして友人というわけでもなく、奇妙な縁で結びつけられる水原と白理の関係も妙に心を揺さぶられる。女二人の立ち回りとその生き方に、ただただ圧倒されるばかりであった。
<内容>
新宿署の刑事・佐江は上司から公安警察関係の事件に協力してもらいたいといわれ、捜査補助員という名目の謎の中国人とコンビを組まされることに。佐江と中国人は、中国人ばかりを狙った殺人事件を追うこととなる。殺害された中国人には共通点があり、体に“五岳聖山”にちなんだ文字が掘られていた。それをヒントに二人は捜査を開始するのだが・・・・・・。一方、外務省に勤める野瀬由紀も中国人連続殺人の事件を耳にし、その情報を仕入れようと知り合いの公安の刑事に探りを入れていくうちに深みにはまることとなり・・・・・・
<感想>
文庫で購入して積読となっていた作品。分厚いページ数で、しかも上下巻とくると、どうしても後回し後回しとなってしまう。大沢氏の作品ゆえに、いったん手を付けてしまえば、すぐにのめり込めるというのはわかっているのだが。
いちおう“狩人”シリーズということになるのだろうか。シリーズを通して登場しているのは、新宿署の刑事・佐江。これは名字なので、決して女刑事ではなく、容姿はマル暴担当のむさいおっさん。本書はこの人物が一番の主要人物となっているのであるが、このシリーズでは、どちらかというと佐江以外のキャラクターにスポットが当てられ、そちらのほうが目立っていたような。この作品でも佐江以外に、謎の中国人刑事(刑事?)と外務省の野瀬由紀(こちらは女性)が主要人物として登場し、存在感を示している。
これを読むと、大沢氏の作風ってこんな風になってきたのかと・・・・・・。昔は大沢氏に対してハードボイルドの書き手というイメージであったが、近年の作品を読むと、もはや警察小説というよりはスパイ小説・謀略小説の書き手という感じがしてくる。どの作品を読んでも一筋縄ではいかない、情勢・状況絡み合った複雑な犯罪模様が描き出されている。
この作品でも単に連続殺人犯を追うというものではなく、国と国の利益の絡み合い、警察省庁どうしの相関関係、暴力団と中国マフィアの利権の絡みなど、さまざまな複雑な要素があいまって物語を構築している。ゆえに、読んでいる最中、内容はかなりややこしいと感じられるものとなっている。ただ、最終的にはそういった複雑な部分をあまり気にしなくてもよさそうな具合にうまくまとめている感じ。途中、内容がわけわからなくなっても、個性のあるキャラクター達がグイグイと引っ張っていってくれるので、十分に読み通すことができる。
<内容>
「夜 風」
「年 期」
「Saturday」
「二杯目のジンフィズ」
「Wednesday」
「ひとり」
「空気のように」
「ゆきどまりの女」
「冬の保安官」
「ダックのルール」
「ジョーカーと革命」
「鏡の顔」
<感想>
序盤の短めの作品群を読んだときには、昔角川文庫で読みあさった時の大沢氏の短編やノン・シリーズを思い起こすなと感じたのだが・・・・・・それもそのはず、読み終えてあとがきを見ると、本書は大沢氏の傑作選であったことにそこでようやく気付く。思い起こすどころか、たぶん全部の作品が既読であったのではないだろうか。とはいいつつも、ずいぶんと前に読んだものばかりであったので、内容は全くといってよいほど覚えておらず、新鮮な心持ちで読むことができた。
最初の作品が新宿鮫シリーズのものであり、その短編集を読んだのが最近であったために、てっきり他の作品についても最新短編なのかと思ってしまった。そういえば、別のシリーズキャラクターである佐久間公の作品設定が初期のものであったので、違和感はあったのだが。
こうして作品群を振り返ってみると、いろいろなものを書いているのだなと感慨深い。シリーズ、ノンシリーズを含めて、それぞれの思いを貫き通したハードボイルド作品を描き切っていると感嘆させられる。
このような作品群は、今の人にはどう受け止められるのであろうか。大沢作品の初心者にこそ是非とも触れてもらいたい作品集。
<内容>
香港の中国返還を目前に控えた1997年。世界の麻薬の流通に異変が見られるようになり、それに関与してかグアムにて、現地の業者が爆殺される事件が起こる。連邦司法省麻薬取締局(DEA)のダニエル・ベリコフは、ロシアにて麻薬ルートの流れを探るもとん挫し、やがて一人の密売人の情報を追って日本へと向かう。一方、日本の麻薬捜査官の三崎は潜入捜査中に上海系のマフィアに襲われ、同僚が殺されるも、一命をとりとめる。三崎を助けたのは、台湾人華僑の徐(シュイ)であり、以前息子が三崎に助けられた恩を返したかったという。これら事件はやがてユーラシア大陸を大きな麻薬取引の舞台にしようと画策するホワイトタイガーと呼ばれるものの仕業だと・・・・・・
<感想>
積読本を読了。大沢氏、最長作品と言われるだけあって、本当に分厚い。その分厚さから集英社文庫版で購入したものの、なかなか手を付けることができなかったが、6年近くたってようやく読むことができた。
この作品はまさに大沢氏の集大成といってもよさそうな出来栄え。ユーラシア大陸を股に掛けた犯罪の構図を暴き出すというもの。ただし、物語の舞台となっているのは日本国内がほとんどである。序盤はロシアが舞台になっているので、色々な国を飛び回るかと思いきや、そんなことはなかった。
かねてから大沢氏が作品で述べているのが、犯罪の多様化と国際化。それが日本にもすごい勢いで蔓延してきて、決して他人ごとではないという状況。ただし、その状況と言うのは決して普通に暮らす人々の目には映らないなかで着々と進行しているよう。そして、それらの多様化する犯罪に対し、各国の警察組織(今作では主に麻薬取締局)の捜査の在り方に言及している。
内容はとにかくややこしい。わかりやすく書いているようでも、最終的には犯罪の構図は何がなんだかという混乱した状況。大きな金が動く事件であれば、それだけ末端から、それを指揮しているものまでの間にいる人間の数が増えすぎて、全体の構図がわかりづらくなっていくよう。そして、それらを指揮する方も、本当に全貌を把握することができるのかどうなのか。最終的には、一番上にいるものは、どんな工程であれ、着実に金さえ入れば文句ないということなのか。
何かそんな感じで、物語の最後に至っても、事件が解決したという感じにはならない。その犯罪の構図の大きさに対して、麻薬取締官という立場のものが翻弄されていくというようなところ。それでも取締官は全貌があいまいだからといって腐らずに、矜持を持ってコツコツと事件にあたってゆかなければならないということを証明しているような作品。
<内容>
家族を何者かに惨殺された過去を持ち、復讐に燃えるタケル。中国残留孤児三世のホウ。タケルとホウをスカウトし、二人の力を借りて犯罪組織のボスである父親と対決しようとするカスミ。かつてカスミの父親を捕らえようとしたものの失敗し両足を失った警官、クチナワ。4人はチームを組み、悪人たちに立ち向かう。
<感想>
この作品、元々は単行本で4冊出ており、それらを2冊ずつ文庫化してまとめたものが「生け贄のマチ」と「解放者」。そして文庫オリジナルとして物語の結末を描いたものが「十字架の王女」となる。私は文庫で読んだのだが、この作品を単行本で購入した人は明らかに損したように思えたのではなかろうか。それとも、そもそも単行本自体があまり売れなかったのかな?
特殊捜査班カルテットの活躍を描く作品とのことであるが・・・・・・微妙。突っ込みどころが多すぎて、書き切れないくらいなのだが、そもそも“カルテット”という4人組という気が全くしないところが問題ではなかろうか。タケルとホウの役割の違いがよくわからないし、カスミが天才だと描かれているものの大してそのようには感じなかったし、もっと彼らが活躍するエピソードを描いてもらいたかったところである。
この特殊捜査班、タケル、ホウ、カスミに逮捕の権限はなく、また彼らが人を殺めるようなことをすることもないので、結局のところ単なるオトリとしてしか捜査に役立つことができないのである。それで最後は警察が来て、逮捕となっても、なんのための特殊捜査班なのか微妙としか思えない。法に準ずるがゆえに、飛びぬけた活躍がないまま終わってしまったなという感じである。
<内容>
鮫島はヤクの売人から、とある情報をもたらされる。刑務所帰りらしい初老で大柄な凶暴そうな男から、警官を始末するために銃を買いたいと声をかけられたというのだ。警官を狙っているということを聞き、鮫島は男の特定を急ぐ。昔つぶれた組に関係があるらしきことを突き止めるが、なかなか男の特定も行方も発見することができない。調査を進めていくうちに、公安らが調査しているらしい大きな組織の存在が浮き彫りになってくる。複雑な状況下におかれ、難しい局面になっていくなかで鮫島はただひたすら男の行方を追い求めるのであったが・・・・・・
<感想>
傑作であった。ほぼ一日で一気に読み切ってしまった。途中まで読むと、もう先が気になって読むのを止めることができなくなってしまった。前作も良かったと思ったが、今作はそれをさらに超えるくらいのできであると思われる。シリーズとして5年ぶりの作品であるが、5年待ったかいがある内容であった。
事件の発端は、刑務所帰りの男が警官の命を狙っているらしいという漠然とした情報。それを鮫島が調査していくうちに、暴力団組織や海外の組織などとの複雑な関係が見え隠れしてくる。徐々に登場人物それぞれの関係は複雑化し、ややこしくなってくる。
しかし、今作で見事と感じたのは、そこからの事件の回収の仕方。ややこしい人間関係が、関係のなさそうな人間関係にまで波及しつつ、やがてその波が一つにまとめられてゆく。今回のタイトル“絆回廊”というのは作品の流れを見事に表しており、非常にうまいタイトルだと感じられた。
今作は鮫島にとってもシリーズとしての展開としても大きな流れがあるので、あまりここで内容に触れることはできない。ただ一つ言えることは、鮫島は警察組織にいてこその新宿鮫であり、今作にて本人もそれを痛感したのではないかと思う。
たぶん、まだまだシリーズは続くと思うので、次回作を楽しみに待ちたいと思う。また、それまでの間長くなると思われるが、この作品に出てきたマツカサのように何年でも待ち続けるつもりである。
<内容>
「区立花園公園」
「夜 風」
「似た者どうし」
「亡 霊」
「雷 鳴」
「幼な馴染み」
「再 会」
「水 仙」
「五十階で待つ」
「霊園の男」
<感想>
昨年出た「新宿鮫]」から間を開けずに、こんなに早く鮫島に出会えるとは。といっても、今回は短編集、しかも新宿鮫シリーズとしては初。
そんなわけで、かなり古い作品も混ざっているのかと思ったのだが、どれも2000年以降に書かれたもので、結構新しい。それ以前は、このシリーズの短編というのは書いていなかったのであろうか。また、どんな短編集になっているかと期待しつつも、「こち亀」や「シティ・ハンター」とコラボした作品もあるということで、色ものめいた内容になっているかと心配したのだが、そんなことは一切なかった。
どの作品も新宿鮫シリーズらしさが前面にあふれ出ていて、鮫島やサブキャラクターの活躍を堪能できるものとなっている。また、前述した「こち亀」や「シティ・ハンター」の主人公らと共演しつつも、決して新宿鮫の世界観を壊さずに作品を描いているところはさすがと言えよう(とはいえ、両津勘吉はやっぱり苦しかったか?)。
鮫島が組を破門になったヤクザから呼び出される「夜風」、半年近く姿を消していた男が姿を現すことにより騒動を起こす「亡霊」、あたりが個人的にはベスト。
初期短編集といいつつも、シリーズの初心者向きというよりは、シリーズを通して読んできた人のほうが楽しめそうな内容になっている。たぶんシリーズ初期のころには短編が書かれていなかったと思うので、もはや叶わぬ願いであるが、本書を読んだらシリーズ初期のころのみの鮫島を描いた作品集というのを読んでみたかったと強く感じるようになった。
<内容>
望月拓馬は、裏社会の大物である祖父を持ち、その権力をかさにかけ、薬・女とやりたい放題。そんな様子を見かねた祖父は、拓馬を拉致し、とあるマンションに管理人助手として1年間働かせることに。しかもそのマンションは普通のものではなく、訳ありの人々が住み、銃やミサイルが飛び交う、とんでもない場所。そこで拓馬は、恐ろしいゴリラのような風貌の管理人・白旗のもとで働くこととなるのであったが、初日からいきなり命の危険に遭遇することとなり・・・・・・
<感想>
大沢氏によるピカレスク・コメディ。命がけの物騒な展開が続きつつも、どこか面白おかしく読めてしまう作品。
主人公の望月拓馬は、裏社会の大物の孫でありつつも、日ごろの生活態度が悪すぎたため、罰としてとんでもない場所で働かされることとなる。それが、舞台となる非常にセキュリティの厳しい、裏社会の人々が利用する専用マンション。そこで望月はゴリラのような強面のマンション管理人・白旗の元で助手を務めることとなる。
そのマンション管理人の仕事はすさまじいものであり、マンション内で何が起きても警察などには知らせず、自分たちで全ての処理を行う。死体が出たとしても専用業者に電話し、引き取りに来てもらう。そこに住む住人達も一癖二癖ある者達ばかりで、隙を見せれば管理人と言えでも命を落としかねないという状況。そうしたなかで、拓馬は一年間の業務を務めあげなければならない・・・・・・というか、1年間生き延びなければならない。たいていの管理人助手は2か月ももたない(要するに死亡しているということ)とのこと。
うっすらとではあるが、何気に主人公・望月拓馬の成長物語のようでもある。どうしようもない金持ちのチンピラがなんとか知力・体力を駆使しして生き延びつつ、それなりに裏社会での生き方を身に付けつつあるような感じ。ただ、実はこの物語、何気にマンション管理人の白幡が主人公のようにも思えてしまう。特に作品の後半は白幡を中心にして事件が回っているような展開が見られる。このとんでもない管理人と助手のコンビに明日はあるのか? そして、まさかの続編は??
<内容>
新宿署生活安全課に勤める鮫島刑事。信頼する上司が死んだことにより、新たな上司が安全課に配置されることに。そうしたなか、鮫島はヤミ民泊で薬の売買がなされているという情報を聞きつけ、張り込みを行っていた。その結果、張り込みをしていた住宅で銃殺死体を発見することに。その死体の身元がわからないうえに、殺害したのはプロの仕業と見受けられる。鮫島は、徐々に闇取引の陰謀の渦中にひきずりこまれることに。
新たな女性上司。そして、新たに組むこととなった相棒。そして鮫島に因縁のある人々・・・・・・新たな鮫島の事件捜査が始まる。
<感想>
新宿鮫、8年ぶりの帰還。前作、10作目のすぐ後の話となっているので、シリーズというよりも続編のような感じで読めてしまう内容。
楽しみにしていたシリーズであるが、雰囲気がやや重すぎるような。前作で鮫島の上司が亡くなり、その死の責任をしょい込んでいるということもあり、鮫島の雰囲気がただただ重たい。しかも、鮫島自身が自暴自棄になっているようにも感じられないこともない。
そうしたなかでの捜査が繰り広げられるのであるが、最初はヤミ民泊施設での麻薬の取引を追うというものであったのだが、それが徐々に思わぬ事態へと発展していくこととなる。シリーズも巻を重ねるごとに、そんなに簡単な内容のもので終わらせるわけにはいかないというのはわかるものの、ここまで行くと生活安全課の刑事という範疇を超えすぎていないかと感じずにはいられなくなる。こうした事件を扱うのであれば、そもそも設定自体を変えなければ、全体像がおかしくなるのではないかと。
また、今作では中盤から鮫島の視点とは別に、もうひとつの視点が加わり、その二つが並行して物語が進められることとなる。そのもうひとつの視点は前作にも絡む、永昌という人物であるのだが、この人物の視点の部分が微妙であったかなと。というのは、実はこの人物、事件に直接かかわっているわけではなく、何が起こっているのか現地(東京)で確かめようという行動をとる。ようするに、探偵役が二つに増えただけのことで、ある意味、この人物の視点は無駄ではないのかとも感じられてしまうのである。さらには、特に感情移入できるような人物でもなかったような。
そんなわけで、シリーズとしては楽しみにしていたものの、今作単体で見ると、ずいぶんと微妙であったような。ただ、今後のシリーズの流れという点からみると、数々の興味深い人物が登場してきたので、そこは楽しみにしてもよさそうである。というわけで、とりあえずシリーズの中途の一冊というような感じであったかなと。
<内容>
中国残留孤児の二世、三世により作られたネットワーク“八石”。そのメンバーのひとりが、警察に助けを求めてきた。“八石”のなかの“徐福”と呼ばれる男が、“八石”をまとめようとし、意に沿わないものを殺し屋を使って殺害し始めているというのだ。その殺し屋は“黒石(ヘイシ)”と呼ばれていると。鮫島は前の事件に引き続き、公安の矢崎と組み、この事件に挑む。まずは“八石”のメンバーをそれぞれ特定しようとするのであったが・・・・・・
<感想>
年末にまさかの新宿鮫の新作が読めるとは。前作から3年のスパンで新作が登場した。そして、読んでみると今回もやっぱり面白い。
今作の特徴としては、かなり前作を踏襲しているというか、続編のような流れで書かれていること。特に鮫島を中心とした警察の面々は、前作と同じ陣容になっている。ただし、捜査される側に関しては、前作から続きで名前が出てくる者もいる(多くは死んでいるのだが)が、基本的には一新された陣容である。ゆえに、続編っぽいとはいえ、今作は今作で独立して読むことは可能である。
今回の作品の目玉は、“黒石(ヘイシ)”と呼ばれる殺し屋の存在。基本的には鮫島視点から描かれている作品であるのだが、ところどころ殺し屋視点のパートも含まれていて、この“黒石”が今作の重要人物であることはすぐにわかる。この黒石の存在のみならず、“八石”という8人からなる中華系ネットワークがあり、彼らは“徐福”などといった仮の名で呼ばれている。それら8名がどのような人物で、誰と誰が犯罪に加担しているのかなども見所となっている。
前作に続き、鮫島と矢崎がコンビを組み、事件の謎を追っていく。事件捜査のみならず、こちらも前作から登場した新上司の阿坂と、レギュラーメンバーの鑑識の藪らとの関係性からも目が離せない。11作以降の新シリーズとして、今後もこの陣容での活躍が見られることとなるのだろう。
あと、本書に関してだが、全体的に面白かったのだが、最後だけちょっと不満が残った。というのは、この作品を読んでいて最後のほうに近づいてきたとき、「あれ? この作品では終わり切らずに次巻に続くのか?」と思ってしまった。すると、残り数ページでなし崩し的に、怒濤の展開の末、一気に話が終わってしまった。ご都合主義はしょうがないとはいえ、ここはもう少しどうにかならなかったのかなと思わずにはいられない。そこだけ除けば、凄く良くできた作品であったと思われた。