島田荘司  作品別 内容・感想3

吉敷竹史の肖像

2002年11月 光文社 カッパ・ノベルス

<内容>
 「光る鶴」 (書き下ろし:本格推理小説)
 「吉敷竹史の旅」
 「吉敷竹史と『冤罪の構造』」 (島田荘司vs.山下幸夫)
 「事件の女たち」 (エッセイと競作イラスト)
 「ブックカバー・コレクション」
 「事件史年表」
 「吉敷竹史、十八歳の肖像」 (書き下ろし:青春小説)


セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴   6点

2002年12月 原書房
2004年12月 講談社 講談社ノベルス
2005年12月 角川書店 角川文庫
2015年10月 新潮社 新潮文庫nex

<内容>
 御手洗潔と石岡は、馬車道の事務所にて、ひとりの老婦人の訪問を受ける。彼女は、友人の健康状態の心配とその友人が持つという“セント・ニコラスの靴”についての話をひとしきり語り始める。単に世間話をしにきたかのようであったのだが、その話を聞いて御手洗は、これは大事件だと言い出し・・・・・・
 「シアルヴィ館のクリスマス」併録。

<感想>
「季刊・島田荘司」に掲載されていたのを読んでいたので、単独の本では読んでおらず、今回新潮文庫nexで出版されたのをきっかけに読み直してみた。

 内容はまさに御手洗潔が活躍するシリーズらしい作品と言えよう。御手洗潔が一風変わった話から、誘拐事件の存在を暴き、セント・ニコラスの靴の行方を追うというもの。ただ、面白い反面、ちょっと冗長であったなと感じられた。中編風にしているが、短編の分量で十分であっただろう。

 併録されている「シアルヴィ館のクリスマス」は資料的な内容であり、セント・ニコラスの靴についての補足という感じである。この作品と「ロシア幽霊軍艦事件」とを合わせて、ロシア王朝時代を舞台に色々とミステリを書きたかったのであろうか? ただ、これっきりでその後の他の作品ではロシア関連は取り上げられていなかったような気もするが。


上高地の切り裂きジャック   6点

2003年03月 原書房

<内容>
 腹を裂かれて死んでいた女。しかし逮捕された容疑者には決定的な物証に対して絶対的なアリバイが存在した。なにもかもが辻褄が合わないこの事件。刑事から話を聞いた石岡はさっそく電話にて御手洗に相談を・・・・・・するとその御手洗の一言によって事件は一気に覆されて・・・・・・
 表題作である最新書き下ろし「上高地の切り裂きジャック」と「山手の幽霊」も併録。

<感想>
 なんと突然の書き下ろし作。ページ数からいって、季刊にいれたほうが良いのではないかと余計なことまで考えてしまう。あぁ、たぶん季刊はもう終了したんだろうなぁ。

 さて、本書の表題作「上高地の切り裂きジャック」であるが、読了後の感想は・・・・・・なんか中途半端に終わってしまったように感じられた。この作品での謎は、死体が殺された後になぜ臓器が持ち去られたのかというもの。また、死体には死姦の形跡があるのだが、その行為をしたものはDNAにより特定がなされる。しかしその者が殺人を犯すのは時間的に不可能なのであった。というような事件が起き、石岡は例によって、御手洗に事件を相談するというものである。

 そして御手洗は電話口から指示を出し、それを調査することによって事件は解かれていく。そしてその内容も事件の解決もそれなりに申し分のないものであるとは思えるのだが、御手洗がなぜそのような結論に至ったのかが全く書かれていないのである。それが書かれなければ、なんで電話口からそのような支持をしたのかとか、死亡推定時刻に関わることとかが納得できない部分が残ってしまう。

 うーーん、結構いい題材の島田氏らしい良作だと思ったんだけどなぁ。なんとなく尻切れトンボに思えてしまったのが残念である。

 併録された「山の手の幽霊」は季刊にて既読である。それでも、もう一度読み直したのだがこれは本当に面白いと思う。この作品を読んだときは島田氏もようやく本格推理小説に帰ってきてくれたんだなぁと思ったのだけれども、なかなかこのレベルの作品を量産するのは難しいようである。近年では一番、島田氏らしい御手洗ものの代表作であると思う。


透明人間の納屋   7点

2003年07月 講談社 ミステリーランド

<内容>
 小学生のぼくはお母さんと二人暮し。お母さんは働いているので、ぼくはいつも隣の印刷工場で働く真鍋さんとところへ行っていろいろな話をしてもらう。あるとき真鍋さんはぼくに透明人間について話してくれた。透明人間は人々が暮らす、すぐそばにたくさんいるのだと。そして真鍋さんがぼくに決して近づいてはいけないとう納屋には透明人間になる機械があるのだと打ち明けてくれる・・・・・・
 そんなある日、真鍋さんの知り合いの女の人が閉ざされたホテルの部屋から突然消えてしまうという事件が起きる!

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<感想>
 久々に島田氏らしい良作を読んだという気にさせられる一冊。

 本書は子どもの目から見た視点で描かれている。よって子どもから見ると未知の物や大人たちの行動などの多くは、みな不可解な謎としてとらえられる。そういった視点のなかで、さらに主人公である子どもの知っている人物が怪奇的な死を遂げる。そのような状況において子どもは自分の中でなんとかそれらの事象を解決しようとする。しかし、つたない知識にて考えついた思いというものは誤解により大人との溝を深めてしまうこともある。そういった子どもの大人の間のもどかしさやすれ違う悲しさというものが本書ではうまく描かれているのではないだろうか。

 また、ミステリーとしてのできばえもなかなかのものである。子どもの視点から描かれた不可解な現象、そして謎の密室殺人事件が、ラストにおいて、とある視点から眺めることにより綺麗に解決されてしまう。“密室”という点のみで評価をすると、そのトリックに対してはあまり評価できるものではないのだが、物語全体の一部としてみるとそれもうまく収まるようにできている。

 またなんといってもうまく描かれていると思ったのは“透明人間”の意味についてである。何気ないおとぎ話であるかのようなその言葉が最後になって思い意味を帯びてくる様には感心させられる。ラストにおいて溢れ出す“透明人間の悲しみ”というものには圧倒されずにはいられない。


ネジ式ザゼツキー   7点

2003年10月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 御手洗潔は記憶の一部をなくし、記憶を蓄積できない患者と対面する。その患者は一つの奇妙な童話を書いていた。「タンジール蜜柑共和国への帰還」それはあたかも架空の出来事を描いたような作品であったのだが、御手洗はその物語と現実との接点を指摘し始める。導きだされる事の真相とは?

<感想>
 本作こそが島田氏が提唱する“21世紀本格”の代表的一冊となりえるものであろう。「魔神の遊戯」もその流れではあったものの、こちらは若干ストレートというものではなかったように感じられた。よって、この「ネジ式」から真の意味での“21世紀本格”が始まっていくのだと期待したいところである。

 物語では終始“ネジ”にこだわり続け、話が進められていくように感じられた。これはものすごく興味を引かれる事象であり、その解決に導かれるまま最後まで一気に読みとおすこととなった。ただ、その解答としては解釈は納得できるものの、割と平凡に収まってしまったなという感はある。

 ただし、本書はトリックという面よりも、その“発想”が優れている作品であると感じられた。一部の記憶が喪失しており、記憶の蓄積ができない患者が書いた一冊の本。この内容から本に描かれている場所やその背景を指摘し、その著者の人生までを辿り返してしまうという力技。そして本の解釈のみで話は終わるのかと思いきや、そこから過去の事件を暴き出し、さらにその解決までを一つの部屋の中のみで行ってしまう。この発想、着想は、まさに圧巻というより他はない。

 ひとつひとつ細かいところに注目すれば、いささか強引であるともとることができる。しかし、それを1本のつながった道に並べてしまうという推理、着想こそが島田氏の“奇想”たるものであろう。


龍臥亭幻想   7点

2004年10月 光文社 カッパ・ノベルス(上下)

<内容>
 石岡和己、犬坊里美ら、8年前に龍臥亭にて事件を体験した者達が再びその地に集まった。なんでも当地では今、巫女さんの失踪事件が話題になっているらしい。多くの人々が居合わせた神社から突如その姿を消してしまったというのだ。誰にも見られずに山から降りることなどできるはずがないのに・・・・・・
 そして石岡が泊まっている龍臥亭にてもホームレスの行き倒れの死体が発見されたのをきっかけに次々と殺人事件が起こる。真犯人の正体がわからずに皆が慌てふためく中、村に伝わる伝説の“森孝魔王”が今この世に甦る!

<感想>
 実は読む前はさほど期待していなかったのであるが読んでみてその出来の良さに驚かされた。不可解な失踪事件と奇怪な死体の登場の仕方。バラバラにされた死体の謎。さらには伝説の魔王が死体の体を借りて復活と、その不可思議さは奇怪千万なる作品であった。そしてラストではそれらの謎が一挙に解かれるという快感を味わうことができるようになっている。これはまさに島田氏らしい作品といえよう。

 しかし内容が優れていたために、構成など荒と感じられた部分がいくつか見受けられた。ひとつは犬坊里美の登場による場違いな雰囲気。話としては重い内容であるはずなのに、そこの里美が登場することにより特に前半は場がしらけてしまうような場面がいくつかあった。後半になると里美が目立つような場面がなくなり落ち着いた雰囲気を取り戻したように感じられたのだが、終始そういう雰囲気を通してもらいたかったものである。

 そして本書のラストの場面。この解決の仕方は島田氏の作品ではよく使われるラストシーンである。その解決の方法事態は悪くないと思うのだが、そういった構成にするならば二人の名探偵をわざわざこの物語に出す必要があったのかなと感じざるを得ないのである。

 それらの点から総合して考えてみると、本書は龍臥亭の続編という形式にしないほうが枷がとれて、もっと良い作品になったのではないだろうかと思われる。本書において石岡の存在は必要だということがわかるのだが、その他のレギュラーキャラクターの存在意義を見出すことができなかった。

 というわけで、本書は島田氏らしさの出ている出来の良い極上のミステリーとなっているのだが、もっと良い作品になったのではないかと思わせる惜しい作品とも感じられた。それはともかく読んで損することは無い上質のミステリーであるという事は断言しておきたい。


摩天楼の怪人   7点

2005年10月 東京創元社 単行本

<内容>
 往年の大女優ジョディ・サリナスは死の間際に自分の人生の秘密について語り始める。彼女はトップスターの地位を得るために殺人を犯したのだと。そして、その彼女を後押ししてくれる“ファントム”という存在について打ち明ける。ジョディが語った不可能犯罪と奇怪な謎の数々。それらの謎に挑戦する事になった御手洗潔はどのような真実を見出す事ができるのか!?

<感想>
 島田荘司版「オペラ座の怪人」というにふさわしい内容。読み始めたらすぐに物語に引き込まれ、本の分厚さなど感じることなく、一気に読むことができた。

 今作は摩天楼にそびえ立つ一つのビルの中で起きた数々の怪事件の謎を解くというもの。その昔の事件が語られる部分が紙面の大半を占めているのだが、息をつく暇もなく次々と事件が起こるというスピーディーな展開となっているので、飽きるような事なく読み進める事ができた。

 そして、その事件の真相についてであるが、ひとつひとつのトリックどうのこうのというよりは、全体的な視点から見てみると、それが物語と見事に融合するものとなっている。また、本書ではビルの挿絵がところどころに掲載されているのだが、それが解決に結びつくものになっており、ラスト近くに提示された挿絵を見たときには「なるほどこういう効果を狙ったのか」と感嘆してしまった。

 基本的には本書はミステリーであり、犯罪劇を描いたものであるのだが、それだけに止まらず、とある大きな夢が語られた幻想的な意味合いを持つ小説になっていると感じられた。正直なところ、御手洗モノとしては少々物足りないように思えたのだが、それは本書がたとえ名探偵が登場しなくても成立する物語が出来上がっているからなのかもしれない。


エデンの命題   6点

2005年11月 光文社 カッパ・ノベルス

<内容>
 「エデンの命題」
 「ヘルター・スケルター」

<感想>
「エデンの命題」
 アスペルガー症候群の子供たちを集めた学園から始まる話。最初は学術的な話ばかりで、これは最後まで読み通すのが大変だと思ったのだが、中盤くらいからはミステリー的な展開となっている。前半をなんとかこなすことができれば、一気読みする事ができる作品である。
 で、その内容なのだが、どのように話をしてもネタバレになってしまいそうなので伏字にしておくが、簡単に言ってしまえば、

   “臓器農場”を罠とした“異邦の騎士”である。

そんなわけで途中まで読めばわかる人にはわかると思う。
 結局二番煎じのネタになってしまっているのだが、この小説単体で見ればよくできていると感じられた。

「ヘルター・スケルター」
 こちらは「21世紀本格」に掲載されていた作品なので既に読んでいる。ただ、結末を知っていての再読もなかなか悪くないものであった。読んでいるとき気になるのは、記憶を失っている男が“被害者”なのか“加害者”なのかという事なのだが、実はそれだけには留まらず最後の最後で仕掛けた“罠”が明らかにされるというもの。また、史実を取り入れているところも作品の完成度を高めていると思える。ただ、まぁ、そういう趣旨なので仕方がないといえば仕方ないのだろうが、やはり学術的な描写が多すぎるように思える。その辺をもう少し抑えてもらえれば小説としては読みやすかったのだが。


帝都衛星軌道   5.5点

2006年05月 講談社 単行本

<内容>
 「帝都衛星軌道」
 「ジャングルの虫たち」

<感想>
 最初は御手洗が活躍する話かと勝手に思い込んでいたのだが、全く御手洗は出てこず、ノン・シリーズの社会派ミステリーといった内容の中編が二つ収められた作品集となっている。

「帝都衛星軌道」
 タイトルからして、どのような内容なのか想像がつかなかったのだが、なんと扱われているのは誘拐事件。時代は1999年にも関わらず、なんとなく全体的にレトロな雰囲気がただよっていたように感じられた。

 現金引渡しの際に、犯人が警察の尾行が付いた被害者の母親をあちらこちらに引きずりまわす場面が山場といってよいだろう。警察は必至に誘拐犯の居場所を突き止めようとするが、それを嘲笑うかのように犯人側のほうが警察の一歩前を行き続ける。

 ただ、この場面で気になったのが、電車内でずっと、犯人と被害者の母親がトランシーバで話し続ける場面。これはさすがに周囲の注目を集めすぎるのではないかと思えた。

 それ以外の部分では、犯人の手法に感心できる部分もあり、また、タイトルが意味する犯人の思惑に付いても素直に感心させられた。

 そして、誘拐の交渉後、話が進み、誘拐された少年は戻ってくるものの、被害者の母親は自らの意思で家族の前から姿を消すという展開が待ち受けている。

 それから後半へと話は進んで行くのだが・・・・・・私的には後半の話は心情的に理解できなかった。視点をどの立場から見るかによって、どのように感じるかは違ってくると思うのだが、犯人が誘拐までをして行わなければならなかった理由については納得いかなかった。さらには、そのことが美談であるかのように語られているのことについてもどうかと思われる。

 と、なんか読んでいて批判的な感情ばかりが先立ってしまった故に、この話に対する評価が低くなってしまった。


「ジャングルの虫たち」
 これは島田氏の本にしては珍しい題材であった。なんと詐欺師が活躍するという内容なのである。ひとりのホームレスが死んだ昔の知人を思い起こすという構成になっているのだが、その一人の詐欺師が巻き起こす細々とした騒動は読んでいて楽しかった。ただ話し全体としては暗めの雰囲気に包まれているので、ちょっと読んでいて重たかったかなと。また、話の中に「摩天楼の怪人」の作品に通じるような部分も出てきていたので、そういったところも見物といえるかもしれない。


溺れる人魚   5点

2006年07月 原書房 単行本

<内容>
 「溺れる人魚」
 「人魚兵器」
 「耳の光る児」
 「海と毒薬」

<感想>
 島田氏のノン・ジャンル短編集、もしくは“ちょっとした21世紀本格”とでもいったところか。一応は全部の作品が御手洗潔に結びついているともいえなくもない。実際に「人魚兵器」「耳の光る児」には御手洗が登場している。しかしながら、本作は外伝的な作品という感じが強かった。
 というのも、どの作品もミステリーというよりは、調査したものを発表するというようなレポートを読まされているような気分になるからだ。まぁ、どの短編も掲載された書籍がミステリーから外れたようなものが多いので、こういう作品群になってしまったということなのであろう。

「溺れる人魚」
 これは元女性スイマーの生涯を描いた作品という感じでしかない。この女性の病状をミステリー的に描いてはいるものの、あくまでも医療の進化レベルの話。ただひとつ注目すべき点は、「摩天楼の怪人」と似たような事件が扱われ、異なるトリックにて解き明かされているというところ。構想するうえで、どちらが先になったのかはわからないが、この点は興味深い。

「人魚兵器」
 これはずばり、第二次世界大戦におけるドイツでの人体実験について描かれた作品。どこまでが本当なのかはわからないにしても、これも、昔こういうことがありました、というレベルでの内容となっている。

「耳の光る児」
 これも「人魚兵器」と同様、科学的・歴史的な面から、こういうことがありました、ということが描かれた作品。ただ、“耳の光る児”なんていう謎であれば、普段の島田しであれば、もっと大風呂敷を広げたような作品を描くと思うのだが・・・・・・ページ数に制約があったせいか?

「海と毒薬」
 これは石岡のもとに届いたファンレターをそのまま掲載したという形式がとられた作品。果たして、本当にこのようなファンレターが島田氏のもとに届いたのであろうか? 「異邦の騎士」をなぞらえるような作品ではあるが、ミステリー性に乏しいので、あくまでも“小説”に終始した内容。


UFO大通り   7点

2006年08月 講談社 単行本

<内容>
「UFO大通り」
 御手洗と石岡は散歩中に小学生の女の子から声をかけられる。彼女がいうには、皆に親切にしてくれているお婆さんがUFO見たのだというのだ。しかし周りの大人は誰も信じず、お婆さんがぼけてしまったと思い、施設に入れようとしているらしい。そのお婆さんがぼけていないのを証明することになった御手洗と石岡であるが、果たしてUFOの正体とはいったい!?

「傘を折る女」
 石岡がラジオを聞いていると、変わった出来事が紹介されていた。なんでも、雨が降る寒空の中、白いワンピースを着た女性が車道に傘を置き、車に傘を折らせていたのだと言うのだ。その出来事に興味をもった石岡はさっそく御手洗に話してみることに。すると御手洗はその話を聞いただけで、裏に潜む殺人事件を暴くのだが・・・・・・

<感想>
「UFO大通り」
 これは島田氏描く御手洗潔シリーズらしい内容であり、待ち望んでいた作品であった。UFOを見たという目撃証言から、それを現実に照らし合わせるとどうなるのか? また、近くで起きた殺人事件とどう結びつくのか? こういったことが実にうまくまとめられており、見事にひとつの推理によって事件が収束されている。
 ただ、気になったのは“21世紀本格”という悪い面が少し首をもたげているところ。事件の解明中に科学的な説明が出てくるものの、別にそれほど詳しく説明せずに軽く流してもよかったのではないかと思われた。そこさえ、なければもっとすんなりと御手洗潔もののミステリに浸れたのに残念。
 とはいえ、よく出来ている作品と言うことに間違いはないので、最近の島田氏の作品に物足りなさを感じていた人にもお薦めできる内容である。

「傘を折る女」
 これはちょっと変わった内容の作品。石岡がラジオで聞いた不思議な話を御手洗に話し、その内容だけで御手洗が事件を推理するというもの。この作品の中では御手洗は家の中から出ずに、全てその場で推理するという趣向がとられている。
 その、“傘を折る女”の話から論理的に推理を展開させてゆき、事件へとつなげていくところは、まさに本書の見せ場といえよう。島田氏のこういった書き方の作品も久々のように感じられ、実に新鮮であった。
 また、話の中盤からは事件を追っていく場面が続き、これがずっと長々と続くのかなとうんざりしていたのだが、この作品ではもうひとつ驚きの展開が待ち受けていた。というように、なかなか凝った作品となっているので、これも読み逃すには惜しい作品といえよう。

 そんなわけで、今回はこの2作品にかなり満足させられた。今年になって島田氏の作品ラッシュが続いているものの、いまいちその内容が合わないという人もいたかもしれないが、この作品であれば満足する事間違いないであろう。


光る鶴   6点

2006年09月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「光る鶴」
 「吉敷竹史、十八歳の肖像」
 「電車最中」

<感想>
 本書は、2002年にカッパ・ノベルスから出版された「吉敷竹史の肖像」から「光る鶴」と「吉敷竹史、十八歳の肖像」を収録し、書下ろし作品「電車最中」を加えたもの。なんとなく読むきっかけ無しに長い期間放置していた作品。ちなみに「吉敷竹史の肖像」は読んだはずなのだが、全くもって覚えていない。

「光る鶴」 吉敷が元組関係者の葬儀に出た際に、昔に起きた事件の関係者から被害者の無実を証明してもらいたいと頼まれる。それは「昭島事件」と呼ばれ、容疑者は死刑が確定しつつも、死刑の取り消しを巡って控訴中とのこと。その事件当時、線路に置き去りにされていた子供がおり、それが今回吉敷に依頼をしてきた人物であった。当時、その子供の胸には銀紙で作られた折り鶴が乗っていたと・・・・・・

 この作品は、島田氏が冤罪事件を扱ったもののひとつであり、実在する「秋好事件」をモチーフとして描かれたとのこと。文庫で約250ページの長さであり、これひとつで長編くらいの分量がある。短めの長編としたことで、読みやすくはあるのだが、その分捜査時間が制限されており、なし崩し的に事件が解決されてしまっているというご都合的なところも感じられる。とはいえ、一つの作品としてはうまくできている。まさに冤罪を扱った社会派ミステリという感じの内容。


「吉敷竹史、十八歳の肖像」 吉敷竹史の学生時代の邂逅、別れ、決意を描いた作品。学生運動に関わっていた友人が死亡した事件を調べようとする吉敷であったが、学生の身分で事件を捜査しようとすることに限界を感じ・・・・・・

 タイトルの通り、吉敷竹史の学生時代が描かれており、彼がどうして警官となることを決意したかのきっかけが描かれている。御手洗潔であったら解決しそうな事件であるが、そこは吉敷竹史ゆえにリアリティを持って、捜査活動がうまくいかない様が描かれている。名探偵と一警官、そして本格ミステリと社会派ミステリという対比をふと感じてしまう。


「電車最中」 鹿児島県で起きた事件。被害者のズボンの裾から見つかった市電の形をした最中の販売先を調べようとするものの、全く見つからず・・・・・・

 最後のほうに吉敷竹史が登場するというだけで、全く事件に関わっていない。鹿児島書の刑事の留井が主導する事件。この人物「灰の迷宮」の登場人物。基本的に最中探しだけで終わってしまっている。最後に東京に出てきた留井が吉敷と久々に出会い話をして終わる。市電に関する知識のみが埋め込まれた作品と言う感じであった。


犬坊里美の冒険   5点

2006年10月 光文社 カッパ・ノベルス

<内容>
 いよいよ岡山県で司法修習生として働く事になった犬坊里美。新人として6人が集められ、里美は倉敷の事務所にて同じ新人(大学生の息子までいる元教師)の添田と共に働く事になる。山田法律事務所の山田弁護士の下で働く事になった矢先、事務所宛に国選の依頼が来る。それがなんと殺人事件の弁護であるという。被告人はホームレスの男性であり、生前その被害者の男性と争った事があるという。事件が明らかになったのは、神社で祭りの準備をしていた女性衆が境内の下から腐乱死体を発見した! 大騒ぎになって、女性が全員その場から離れ、警察を呼びに行って戻ってきたところ、死体はどこかに消えうせていたという。そして境内の下にもぐりこんでいたのを発見されたホームレスの男性がそのまま逮捕されたのだというのだ。
 不可解な事件を自ら担当する事になった犬坊里美であったが、弁護士活動もなかなか思ったようにはうまく進まず・・・・・・・

<感想>
 一言で言ってしまえば「ファンタジーだな」と。2時間ドラマレベルの勧善懲悪ものといったらわかりやすいであろうか。

 不満不平はありすぎて、書き出したらきりがないので省略することにする。ただ、色々と不可解な点を感じたのは、私が国内の法廷ものの作品をあまり読んでいないゆえの無知によるものなのかもしれない。海外の法廷ものの作品ならば何冊かは読んでいるので、それとなぞらえるから不可解に思えたのであろうか?

 主人公の造形においても色々と不満はあるものの、なりふりかまわずに事件を解決しようと最後まで意志を貫いたところは唯一認めてもよいところであろう。

 ただ、主人公を犬坊里美の司法修習生としての成長を描くシリーズ作品とするのであれば、いきなりこのような長編ではなく、連作短編くらいでじっくり書いてもらいたかったと思うところ。

 いや、もう書いていて本当に先にも言ったとおり突っ込みどころがありすぎて、なかなかうまくまとめることができない。書こうと思えば、消失トリックの内容に付いてとか、事前の警察の捜査についてとか、いろいろな事についてあれこれ書きなぐりたくなってしまう。ただ、あまり批判ばかりしていてもしょうがないので、尻切れトンボであるがこのくらいにしておきたい。

 ただ、島田氏の本は読み続けたいと思うものの、このシリーズに限ってはあんまり読みたくないような・・・・・・


最後の一球   6点

2006年11月 原書房 単行本
2009年05月 講談社 講談社ノベルス
2010年07月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 御手洗潔のもとにひとりの青年が訪れる。彼は、母親が自殺未遂をした理由がわからなく、その理由を突き止めたいというのだ。御手洗はその話から、悪徳金融会社のローン融資の事件を想起する。すると、その金融会社のビルが火事を起こしたという事件が起き、警察から御手洗が駆り出される。なんでも、発火するはずのないところから突然火が出たというのである。その事件の裏には、プロ野球選手を目指したとある投手の人生があり・・・・・・

<感想>
 実は一冊の本として読むのは初めて。というのは、2005年刊の「季刊島田荘司04」に一挙掲載されていたのを読んでいたからである。よって、一応既読ということで、その後は読んでいなかったのだが、久々に再読してみた。

 一応は御手洗潔シリーズということであるのだが、あまりそれらしい作品ではない。事件の取っ掛かりこそ、シリーズらしき要素が出てきたと思ったのだが、“四つのお好み焼き”とか、そういった部分はスルーされ、謎などは関係なく、途中からは一人の男の手記が始まり、それが本書の大部分を占めている。

 その手記とは、親が金融会社に関わり貧乏となった少年が、母親に裕福な暮らしをさせるためにプロ野球選手を目指し、高校、企業、プロ野球へと道を歩んでいく話が書かれている。結局のところ、野球では決して大成できたとはいえないものの、そこで人生に関わるとある出会いをすることに。そしてそれは、かつて父親が関わった金融会社へと通じるものとなっていく。

 そんなひとつの逸話のようなものが単に手記として語られる話であり、ほとんど御手洗の出番はないという作品。とりあえずシリーズっぽくするために、最初と最後に御手洗が登場するだけというもの。まぁ、それでも話としては面白いのでそれなりに読みがいはある。野球選手の人生を辿った話と、たぶん実話がもとになっていると思われる金融会社の話を合わせた内容。


リベルタスの寓話   7点

2007年10月 講談社 単行本

<内容>
「リベルタスの寓話」
 ボスニア・ヘルツェゴヴィナにて、奇怪な状態の死体が発見された。4人の男が首を切られて殺害されていたのだが、そのうちのひとりは内臓を全て抜き取られ、臓器の代用品としてさまざまなガラクタが体に埋め込まれていたのだ。これはドゥブロブニクに伝わる“リベルタス”というブリキ人間に関わり合いがあるのか?

「クロアチア人の手」
 俳句振興会によって日本に招待されたクロアチア人が内側から閉ざされた密室で殺害された。被害者はピラニアが入れられた水槽の中に顔をつっこんだ状態で発見された。死因は溺死。そして左腕が無くなっていたのだが、これは果たしてピラニアに食べられたものなのか? この不可解な殺人事件の真相は?

<感想>
 今年も島田荘司はやってくれた。去年の「UFO大通り」に続いて、今回も読者の期待を裏切らない御手洗ものをきっちりと作り上げてくれた。ここ最近の島田氏の仕事の充実振りには、ただただ頭が下がるのみ。

「リベルタスの寓話」については、ネタとしては既出かと思われる(柄刀氏がこのようなネタを使ったことがあったような)。ただ、そのネタだけでなく、リベルタスの寓話になぞらえた機械人間、ボスニアを取り巻く社会情勢、オンラインゲームによるマネーゲームなどといったさまざまな要素をひとつの物語としてしまう手腕が見事といえよう。

 御手洗のひらめき振りが神の領域にまで達しているように思えるのは、ちょっと首をひねりたくなるところなのだが、それでもそれなりに論理的に事件を解釈していくところはさすがである。

 ちなみにあとがきでも触れているのだが“リベルタスの寓話”というものは島田氏の創作とのこと。

「クロアチア人の手」もなかなか読みごたえのあるできに仕上げられている。事件がまた魅力的で水槽のパイプのみでつながった二つの部屋と強固な密室がメインとなっている作品。正直言って密室トリックについては想像だにしないようなものなので、ちょっと脱力気味なのだが、それらも含めた数多くの伏線や関連付けが見事といえる作品であった。


写 楽  閉じた国の幻   

2010年06月 新潮社 単行本

<内容>
 浮世絵の研究家である佐藤は、仕事も立ち行かなくなり、さらには身内を巻き込む事故まで起こることに! どん底にまで落ち込んだ佐藤であったが、自分には浮世絵の研究しかないと考え、浮世絵界の最大の謎である“写楽”の正体に迫る。

<感想>
 タイトルの通り、歴史ミステリに挑んだ作品。写楽の正体は? という美術に疎い私でも聞いた事のある謎に迫る内容。

 分厚いページ数の作品であるのだが、読んでみるとそのページのほとんどが浮世絵や写楽についての知識や考察という内容になっている。よって、ミステリ的な趣向はなく、完全に歴史の謎にせまる研究書という作品であった。そういうわけでミステリを期待した人には、ややきつめの作品と言えるであろう。

 本書を読んで腑に落ちなかった点がいくつか。序盤は写楽の正体のみならず、現代的における社会派ミステリをとりこんだような内容になっていたはずなのに、後半はほとんどその内容に触れることはなく、なんだったのだろうと思わされた。また、意味不明の美人教授があまりにも都合のよい展開で出てきたりと、やや妙な感じ。こういった余計な部分を増やすくらいなら、それらを省いてもっとページ数を短くしてもらいたかったというのが正直な感想である。

 ただ、実はそういった妙な展開になっているのにはわけがあり、島田作品にはめずらしく“あとがき”で著者自ら説明をしている。

 というわけで、ミステリとして期待してしまうと微妙な作品なので、歴史ミステリという観点で楽しみたい人のみにお薦めしておきたい。


追憶のカシュガル   進々堂世界一周   

2011年04月 新潮社 単行本

<内容>
 「進々堂ブレンド1974」
 「シェフィールドの奇跡」
 「戻り橋と悲願花」
 「追憶のカシュガル」

<感想>
 御手洗潔が登場するので、久々に島田氏の本格ミステリ作品が読めると思ったのだが、期待した内容ではなかった。

 舞台は1974年くらいで、世界中を旅してまわり、現在は京都に住む御手洗が珈琲店“進々堂”でサトル少年(京大を目指す浪人生)にさまざまな体験談を話すというもの。でも、このような内容であるならば、わざわざ御手洗潔を持ってくる必要はないと思えるのだが。

「進々堂ブレンド1974」では、軽くサトル少年の昔の思い出が語られる。

「シェフィールドの奇跡」は御手洗がイギリスで出会った障害を持ちながら重量挙げに挑戦しようという青年の話。なんとなくテレビ番組の“奇跡体験アンビリーバボー”で取り上げられそうな内容。

「戻り橋と悲願花」が小説として一番濃い内容であった。戦時中の日本において大陸から連れられてきた朝鮮人の悲哀が描かれている。さらには、知られざる戦争史として風船爆弾による“富号作戦”というものが取り上げられている。

「追憶のカシュガル」はソメイヨシノの歴史と御手洗がシルクロードのカシュガルで出会った老人との体験が描かれている。ただ、そのカシュガルで老人が過去に体験した話の中で何故日本人が登場するのかがわかりにくかった。話の流れからして、日本人の登場が唐突のように思われた。

 という、体験記が描かれた作品。知られざる戦争史や世界史などは、過去にも色々な作品のなかで取り上げられていたが、そうしたものをミステリに結び付けるのが島田氏の作品ではなかろうか。そうすると、これらはミステリに結び付けることができなかったボツネタであるのかなと考えてしまう。御手洗が登場する年代といい、内容といい、なんで今更と感じてしまう内容。


ゴーグル男の怪   6点

2011年10月 新潮社 単行本

<内容>
 煙草屋の老婆が殺害されるという事件が起こった。逃走する犯人の姿が目撃されており、犯人は赤いレンズのゴーグルをかけた男であったという。犯人は老婆を殺害し、老婆がため込んでいたと思われる現金を奪った後、逃走。現場には、真新しい煙草が散乱し、黄色く塗られた五千円札が発見された。その五千円札は別の煙草屋からも発見され、さらにはゴーグル男がいたるところに出没しているという目撃情報も得られた。この事件が意味するものはいったい!?

<感想>
 島田氏の新刊が突然出たので、何でこの時期に? さらには何でこんなレトロなタイトルの作品となったのか? と、不思議に思って読んでいたのだが、なんと中身は原発関連について書かれた内容となっている。原発といえば、今年起きた福島での事故が記憶に新しいが、ここでの事件は東海村の臨界事故(例のバケツ云々)をベースとしたものである。

 今年になって、色々と指摘され始めた原発の報道などに誘発されて出版した作品なのかと思ったのだが、今年の8月にNHKで放送された「探偵Xからの挑戦状!」で出題した内容が元となっているようである。たぶん、そこで出題した内容に原発関連の話を絡めてひとつの作品にしたというのがこの「ゴーグル男の怪」なのであろう。

 実はこの作品、原発関連の話がさほど真相と結びついていなかったりする。原発関連の話がレッドヘリングにすぎないのか、別の話を盛り込んだにすぎないのか、最後まで読み終えると、どうも違和感を感じずにはいられなかった。

 ミステリのネタとしてはよくできているというか、うまく組み合わせたというような内容。ひとつひとつのネタはどれもどこかで聞いた事のあるようなものばかり。きちんと仕上げられたミステリ作品ではあるものの、どこか物足りなさと、拍子抜け感が感じられてしまった一作。


アルカトラズ幻想   6点

2012年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 1939年、ワシントンにて奇怪な死体が発見された。その死体は女性のものであり、ロープにより宙づりにされ、性器が切り取られ内臓がはみ出しているという状態。解剖の結果、女性の死因は心不全であり、死亡した後にこのような状態にされたことが明らかとなる。犯人はいったい何故このようなことをしたのか。警察の捜査が進められるなか、さらに似たような状態の死体が発見されることとなる。そして、事件関係者から示された一つの論文。その論文が犯人を示す鍵となり・・・・・・

<感想>
 猟奇連続殺人事件が起こり(正確には連続死体遺棄?)、重力と恐竜の関係について書かれた論文が提示され、アルカトラズ刑務所の様子が描かれ、さらには奇怪な世界へと舞い込むこととなる。という、そんな流れで展開していく作品。

 ただ、この作品って前半と後半が内容的にほとんど関係ないのでは? と思わずにはいられない。全く別の作品を二つ貼り付けて長い作品にしたという感じがしてならない。

 前半は猟奇事件が起こり、2章の終りで犯人が示唆されるものの、後半に入るとその猟奇事件は何だったのか、という展開になってしまう。犯人のその後の処遇についても色々な意味であやふやというか、こんな扱いでいいのかと思われる。

 後半に関しては、今までの島田作品を読んでいると、いくつかのネタをつなぎ合わせた感じであることに気付かされる。さすがに物語の流れまでは想像することはできなかったが、全く予想がつかない展開ではない。とはいえ、全体的にちりばめられた伏線や要素が、単にミスリーディングを示すものというのみで、その多くが無駄になっているような気がしてならなかった。このエピローグの展開へと持ち込むのであれば、序盤からもっと別な書き方があったのではなかろうか。正直なところ、この本の半分くらいで十分と思える内容。


星籠の海   6点

2013年10月 講談社 単行本(上下)

<内容>
 御手洗と石岡は瀬戸内海の小島に次々と身元不明の死体が浮かぶという事件を聞きつけ、瀬戸内海へと向かう。そこで彼らが遭遇するのは、とある教団を巡る数々の事件。さらには、かつて瀬戸内海を制したという水軍の秘密兵器の謎に迫ることに!

<感想>
 ふと思ったのは、島田荘司って、こんな作風だったっけ? ということ。なんか、御手洗の性格とか、石岡君との関係とか、あからさまに変になっているような気がした。まぁ、既に「犬坊里美の冒険」あたりから、妙な作調になりつつあると感じてはいたのだが(島田氏以外の人が書いているってことはないよね)。

 ここでの物語は、まだ御手洗潔が日本にいるときのもので、この事件の後に外国へと旅立ったという設定。内容はミステリというよりは、“冒険”というものであったように思えた。最初に身元不明の死体が次々に浮かぶという謎が提示されたものの、それについてはすぐに事象が延べられ、さほど不可解な謎という設定ではなかった。次に、一人の青年が上京して、帰郷して、宗教にのめりこむようになるという人生が語られることとなる。

 この青年が歩む人生のなかで、とある事件が起こるのだが、それが謎解きというような形で提示されていなく、物語というような感じで流されてしまったところがミステリとしては物足りなかった。もう少し本格推理小説らしい意匠が欲しかったところ。単に宗教をとりまくドタバタ劇のような感じで最初から最後まで通してしまったというような感じ。

 本書のもうひとつのテーマは、歴史上のミステリ“星籠”というものの存在。この謎について御手洗潔が迫る。こちらは物語とうまく結びついていて、なかなか楽しい解決っぷりが見ものとなっているのだが、それゆえに“冒険”というイメージが強くなったのもまた事実。そういえば、石岡君の存在が、物語の途中からほとんど感じられなくなってしまったような印象を受けたのだが・・・・・・今作では、やたらと影が薄かったような気が。


幻 肢   5点

2014年08月 文藝春秋 単行本

<内容>
 医大生・糸永遥は、病室で目を覚ます。一時的に記憶を失っていた彼女は、徐々に記憶を取り戻すが肝心な部分だけが思い出すことができない。雅人という恋人のことを思い出すのだが、彼がどうなったのか、今どうしているのかが、わからない。遥の治療が行われる中で、脳に磁気刺激を与え、脳の活動を活性化させるという方式が取り入れられた。その治療のなかで遥は、磁気刺激を脳のある部分に当てることにより、雅人の幻を見ることができることに気が付く。その幻の雅人との邂逅により、記憶を取り戻していく遥であったが・・・・・・

<感想>
 映画化と同時進行で刊行された小説という事なのだが・・・・・・ミステリとは言い難い作品であり、個人的には期待外れであった。

 内容はというと、ひとりの患者が徐々に記憶を取り戻していくという、それだけ。若干謎めいたことはなくもないのだが、さほど大したものはなく、ミステリ的な提示もない。そうしたなかで、ただ患者の治療と不安定な生活が続けられるというもの。

 最終的にミステリっぽいような結末を付けようとしているものの、その結末によりミステリ性が益々薄くなったかなと。むしろ、物語重視とし、再生の物語として普通に描いたほうが、作品としてはよかったのではなかろうか。医療の知識や考察については感心させられるが、それのみという感じの作品。別に島田氏が書く必要のある内容とは感じられなかった。


新しい十五匹のネズミのフライ  ジョン・H・ワトソンの冒険   6点

2015年10月 新潮社 単行本

<内容>
「赤毛組合」事件は未解決だった!? シャーロック・ホームズの冴えわたる推理により、見事解決がなされた赤毛組合の事件。しかし、その解決の裏側に真実が潜み、真犯人たちは警察の手から逃れ、密かに大金を獲得していたのだった。麻薬中毒によって倒れるホームズの代わりに、ワトソン博士が事件の続きに関わることとなり・・・・・・

<感想>
 島田荘司氏によるシャーロック・ホームズのパスティーシュ・・・・・・なのだが、もはやホームズ・パスティーシュというよりも副題にある通り、ワトソン・パスティーシュにふさわしい内容のようにも思える。

 ホームズとワトソンとの出会いから、「赤毛組合」の事件までが普通に描かれてゆく。しかし、事件を解決したのち、ホームズは麻薬中毒により倒れ、幻覚をみることとなり、とても推理などは覚束ない始末。そこでワトソンが代わりというか、うまい具合に巻き込まれて知恵で勝負というよりも冒険の名の通り体を張って真犯人逮捕に臨むというもの。

 思っていたよりも“推理”という比重が少なく、ほとんどが“冒険”に費やされているので、本格推理小説を期待して読んでしまうと肩透かしをくらうこととなる。また、ホームズ・パスティーシュという観念からも外れる物語であり、シャーロック・ホームズのファンだという人にとっては見どころが少ないどころか、怒りだしてしまいそうな内容。

 まぁ、シャーロック・ホームズをかじったことのある人にしてみれば、それなりに楽しめるのではないかなというもの。ただし、ワトソンの活躍にどれだけ関心を持てるかということが大きなポイントとなることであろう。意味深のタイトルについては、最終的にとある形で解き明かされることとなるので、我慢して最後まで読まれたし。

 最後に蛇足となるのだが、個人的にこの物語には違和感を抱かずにはいられなかった。というのは、本来のホームズの正典と異なり、ホームズがきちんと解決した物語ではなく、違う形でワトソンがインスピレーションを得て、いくつかの小説を描いたという形が披露されている。ただ、こうしたエピソードが本来の著者であるコナン・ドイルのエピソードであるのならわかるのだが、作中の登場人物であるワトソンがここにあるような形でインスピレーションを受けたという描き方はおかしいのではないかと感じてしまうのである。パスティーシュといえども取り扱わない、もしくは触れない方がよい部分もあると思われるのだが。


屋上の道化たち   6.5点

2016年04月 講談社 単行本

<内容>
 銀行の屋上で次々と起こる不可解な飛び降り事故。屋上にある盆栽に水をまきに行った行員が、何故か屋上から飛び降りてしまうのだった。屋上には飛び降りた行員以外は誰もおらず、しかもそれぞれの行員たちにも自殺するような理由などはなかったのである。いったい銀行の屋上で何が起きたというのか・・・・・・

<感想>
 物語は3つの物語が交錯する形で描かれている。メインとなるのは銀行で起こる怪異。屋上においてある盆栽に水をまきに行ったものが次々と転落事故によって亡くなってゆく。そしてサブパートのような物語が2つ。ひとつは恵まれない人生を歩みつつ、家から見える駄菓子屋の看板に恨みを重ねてゆくものの話。もうひとつは、サンタクロースの恰好をしてティッシュ配りのアルバイトをするはずだった中年男が遭遇する綺譚。

 そして屋上で謎の転落事故が起きているという相談を受け、御手洗潔の出番となってゆくわけである。銀行での事故の話を聞くだけだと何がなんだかわからなかもしれないが、読者はその背景についてもサブストーリーで語られていることにより、おおまかな状況は把握することができる。ただ唯一の謎と言ってもよい屋上での転落事故の真相についてはわからない。それを御手洗が現場検証や、さまざまな人から話を聞いて謎を解き明かしてゆくこととなる。

 なんとなく全体的には下町で起きた人間模様を表したような作品という感じがする。人が死ぬ事件が書かれている割には、どこかアットホームな雰囲気のする物語とも捉えることができる。このへんの雰囲気については読む人によって好き嫌いの好みがわかれてゆくかもしれない。

 全体的に面白く満足できたのだが、本書における目玉というと、なんと屋上からの謎の転落事故よりも、そこに至るまでに起きたひとつの偶然な事故のほう。これが島田氏らしいのからしくないのか、バカミスっぷりが炸裂していて、なんとも印象深かった。


御手洗潔の追憶   

2016年06月 新潮社 新潮文庫nex

<内容>
 「御手洗潔、その時代の幻」
 「天使の名前」
 「石岡先生の執筆メモから。」
 「石岡氏への手紙」
 「石岡先生、ロング・ロング・インタヴュー」
 「シアルヴィ」
 「ミタライ・カフェ」

<感想>
 過去に色々な雑誌等に掲載された、御手洗潔・石岡和己関連の作品を集めたもの。ゆえに、いくつかは既読であったような気がする。あくまでも御手洗潔ファン本という感じであるので、ミステリ的な内容のものは含まれていない。

 メインは、御手洗潔と石岡和己それぞれに対し、島田荘司がインタビューするという形式の2編の作品と言ってよいであろう。それと、御手洗潔のインタビューの際に、その存在についてとりあげられた御手洗潔の父親の話が描かれた「天使の名前」も中編くらいの分量があり、読み応えはある。ただし、これは戦争小説であるので、興味や好みについては好き嫌い別れるであろう。

 というくらいで、今まで知っていた御手洗潔にまつわる話をまとめて読むことができたというくらいの内容。最近、御手洗潔シリーズを読み始めた人には紹介的な意味合いとなるし、御手洗潔シリーズを読んでからずいぶんと時間が経っているという人は道程の再確認をすることができるであろう。

「御手洗潔、その時代の幻」 島田荘司による御手洗潔インタビュー。
「天使の名前」 御手洗潔の父、外務省勤務の御手洗直俊が戦時中、奔走する様子を描く。
「石岡先生の執筆メモから。」 犬坊里見による石岡執筆メモの紹介。
「石岡氏への手紙」 石岡への松崎レオナからの手紙。
「石岡先生、ロング・ロング・インタヴュー」 島田荘司による石岡和己インタビュー。
「シアルヴィ」 2001年2月、シアルヴィ館にて。
「ミタライ・カフェ」 ストックホルムの御手洗の様子をハインリッヒが紹介。


鳥居の密室   世界にただひとりのサンタクロース   6点

2018年08月 新潮社 単行本

<内容>
 十年前に起きた謎の密室殺人事件。鍵のかけられた部屋のなかで母親が絞殺死体となって発見された。別の部屋に寝ていた娘は無事であったものの、彼女のそばにはサンタクロースからのプレゼントが置かれていた。そのプレゼントが母親からのものでなかったとしたら、いったい誰がどうやって、プレゼントを置いたというのか? そして殺人はいったいどのようにして成しえたのか? 事件の謎を大学生である御手洗潔が解き明かす。

<感想>
 密室での殺人事件を描いた内容のものであるのだが、全体的に軽めと言うか、内容も薄めと言うか。ひとつの事件に対し、別の角度から同じことを繰り返し語っているように思え(最近、島田氏の作品でこういったものがいくつか見られるようになってきた気がする)、ちょっと無駄が多いと感じられた。この作品自体、元々そんなに厚くないページ数であるので、無駄を省けば中編もしくは短編くらいの分量になるのではなかろうか。

 また、その内容についても、中盤くらいで分かりやすくネタを割ってしまっているように思え、そんなに謎を強調したミステリという感じには捉えることができなかった。むしろ、サンタクロースをネタにもってきた、ちょっと良い話というくらいの小説。そんなわけで、全体的に喰い足りないという印象。




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