白井智之  作品別 内容・感想

人間の顔は食べづらい   7点

2014年10月 角川書店 単行本
2017年08月 角川書店 角川文庫

<内容>
 安全な食料確保のため、“食用クローン人間”が育てられている日本。そのクローン工場で働く柴田和志は、事件に巻き込まれる。そのクローン工場を作ることに尽力を注いだ元政治家の家に、本来首無しで届くはずのクローンの切り落とした首が届けられていたのだ。その首を送り付けた犯人として容疑をかけられた柴田和志であったが、謎の男・由島三紀夫と名乗る男に助け(?)られ・・・・・・

<感想>
 いや、思っていた以上に面白かった。これはなかなかの作品。私が読んだのは文庫版で加筆修正されており、そのせいか意外と読みやすいとも感じられた。内容にはグロイところもあるけれども、今の時代であれば、これくらいの描写は珍しいものではない。

 クローン人間を工場で育て、それを食用として出荷するという、とんでもない世界が舞台。その工場で起きた、生首に関する問題。本来、食べにくいとされる“首”に関しては、切り落とされ、処分されることとなっている。それが元政治家に届けられた食肉のなかに生首までもが混ざっていたので、事態は紛糾する。工場で働く柴田和志に容疑がかかるが、果たしで本当は誰が行ったのか? さらには、目的は? というもの。

 物語はそれだけではなく、柴田和志と風俗嬢である河内ゐのり、との邂逅も含まれる。ただ、このパート、何のためにあるのかは読んでいるうちはわからない。物語上の主人公といってもよい柴田和志が出てくることにより、クローン工場事件とのつながりがありそうに見えるものの、実際のところ河内ゐのりは、その事件には直接的な関わりはない。では、この並行して進行されるパートには何の意味があるのか? と。

 と、そんなこんなで物語が進行していくのだが、本格推理小説ばりに、生首がどのように届けられたのか、色々な者たちによる推理が繰り返される。しかし、どの推理も決め手に欠き、真相は一向に見えてこない。そうして、最後の最後で読者はようやく真相にたどりつくこととなるのだが・・・・・・これがなかなかぶっ飛んでいて良い。ただし、悪い意味でぶっ飛んでいるというわけではなく、うまく物語上の設定を使用しているなと感心させられる。

 この作品は横溝正史賞に応募され、受賞とはならなかったものの、一部の選考委員の勧めにより書籍化されたとのこと。これについては、応募する先が横溝正史賞ではないほうが良かったのではないかと。別のレーベルのほうが、もっと大々的に取り上げてくれたのではないかと感じずにはいられない。ただ、その後も作品を書き続けているようなので、これからどんどんとミステリ界では有名に・・・・・・もうすでに時の人となっているのかな?


東京結合人間   7点

2015年09月 角川書店 単行本
2018年07月 角川書店 角川文庫

<内容>
 人類が生殖器官を持たず、生殖するには男女が体を結合させ一体となり、“結合人間”となる世界。そんな世界で援助交際の仲介人として生活するネズミ、オナコ、ビデオの三人。彼らはある日、映像を制作して金儲けをしようと考える。人が結合人間となる際、わずかな確率で一切嘘をつくことができなくなるという“オネストマン”と呼ばれる者が誕生することがある。そのオネストマンを集めて孤島で生活するドキュメンタリー映画を撮影しようと企画し、7人のオネストマンを集めて島へと向かったのだが・・・・・・

<感想>
 なんか凄いとしか言いようのない作品。まず、“結合人間”という設定がすごいながらも、その世界に登場する人々もゲスと言うか、なんともちょっとイッちゃっている者達ばかり。倫理的に云々というにも、そもそもその倫理がまかり通らぬ世界を作り上げているのだから、倫理や道徳など関係ないという潔さがそこにはある。

 序盤はネズミ、オナコ、ビデオのパートから始まり、中盤以降は孤島で過ごさなければならない羽目となった7人のオネストマンの話へと移ってゆくこととなる。そのパートの切り替え時にも、推理小説としての見どころがあるのだが、基本的にはオネストマン・パートのほうで事件が起きて、犯人探しが始まるので、そこからがこの作品の一番の見所であるといえよう。

 なんとも珍妙と言うか、グロテスクと言うか、奇妙としか言えない設定の中で起こる連続殺人事件。嘘を付けないはずのオネストマン達が事件の渦中のさなか、犯人探しの推理を展開していくこととなる。この推理については面白いものの、あまりにも二転三転し過ぎて、ややついていけないというきらいはある。とはいえ、一応はそれなりの筋立てと決着は付けているので、十分推理小説としての見どころは用意されていると言えよう。

 さらには、最初のネズミらのパートは無駄な感じで終わるのかと思いきや、最後の最後で前半のパートと中盤以降のパートが結びつくこととなる。そこで新たに披露される真相が驚かされ、もはや絶句という感じに陥ることとなる。もはや、ここまでやられたら脱帽というほかないなと。ただ、あまりにもグロテスクな世界ゆえに、一般受けしそうもない作品である。


おやすみ人面瘡   6.5点

2016年09月 角川書店 単行本
2019年09月 角川書店 角川文庫

<内容>
 全身に“人面瘡”が発症するという奇病が蔓延した日本。そんな奇病も次第に沈静化され、かつての日常を取り戻しつつあったが、人面瘡を発症した者たちはそのまま残され、社会問題となっていた。そうしたなか、人面瘡を発症したものを扱う風俗店にまつわる事件と、とある中学校の周辺で起きた事件。それれが複雑に絡み合ったのち、残ったものは・・・・・・

<感想>
 白井氏の作品は角川文庫から発行されたものばかりを読んでおり、これが3作目。今回もまたメチャクチャでおどろおどろしい世界を作り上げられている。

 最初はミステリというよりも長い物語が語られているかのよう。人面瘡ができた人間を扱う風俗店で起きた火事。そして、その風俗店を再開させようと、あらたな人面瘡人間を手に入れようとする男たち。場面は変わって、かつて人面瘡の感染が爆発的に広がったとある町。そこで起こる中学校を中心としたさまざまな事件。クラスの担任が変わり、登校拒否になった女生徒が出て、そこからさらに殺人事件へと発展していくこととなる。

 そんな展開が続いた後に、物語後半では、これでもかといわんばかりの怒涛の推理の連発。その推理っぷりは、登場人物のアイデンティティを壊してでも付き進めてゆくという一種異様なくらいなもの。そうして物語は終結(?)へと導かれる。

 きれいに終わることを予見させるような物語ではないので、別に良いとはいえ、それでも最後の最後まで後味の悪さを強めながら終わっていくというのはたいしたもの。非情な世界を作り上げ、それをいかんなく物語に利用していく姿勢には脱帽の一言。


少女を殺す100の方法   7点

2018年01月 光文社 単行本
2020年12月 光文社 光文社文庫

<内容>
 「少女教室」
 「少女ミキサー」
 「『少女』殺人事件」
 「少女ビデオ 公開版」
 「少女が町に降ってくる」

【文庫特別収録掌編】
 「ヴィレッジヴァンガードで少女を殺す方法」
 「ときわ書房で少女を殺す方法」
 「下狢書店で少女を殺す方法」

<感想>
 白井氏の短編作品を文庫で読了。これまた面白かった。グロい描写が多いので、広く進められる作品ではないのだが、ミステリとしてよくできていると唸らされる。非常識な世界においての論理が光る。

「少女教室」は、ひとつの教室における20人の少女を殺害した犯人を当てるというもの。生徒数は21人で、21人の生徒が教室に入ったことが監視カメラで確認されているので、殺害犯は行方不明となった一人のはずであるが・・・・・・という内容。担任教師による推理もさることながら、後に明らかになる・・・・・・という展開がうまくできている。理屈や可能性などを無視した犯行からのミステリ的な展開がかえって心地よい(中身はどす黒すぎるが)。

「少女ミキサー」は、これも理屈などは関係なしに、非情で理不尽な装置のなかにおいて、ミステリが繰り広げられるという内容。ミキサーのなかで死亡するのを防ぐことを考えて行動する中、なにゆえ、殺人事件が起きてしまったのか? 論理的な推理のみならず、生きようとする生命力にも圧倒される。

「『少女』殺人事件」と「少女ビデオ 公開版」の2編は微妙であったかなと。「『少女』殺人事件」のほうは犯人当てのミステリということなのだが、何故か真っ当そうに感じられるミステリ作品のほうが、真っ当でなかったりする。“ノックスの十戒”にこだわり過ぎか。また、「少女ビデオ」のほうは物語としてはそこそこ面白い。ただし、独白を聞いているのみという展開。意外な内容であることは確かなのだが。

 やられたと感じてしまったのは「少女が町に降ってくる」。これに関しては、論理的とか整合性云々ではなく、よくぞこんな内容のミステリ作品を考えつくなとただただ感嘆するのみ。そのすさまじい真相に、まさにやられてしまった。

 文庫特別収録掌編に関しては、ちょっとしたショートショート作品という感じのもの。


「少女教室」 厳重に出入りを管理された教室で殺された20人の少女たち。教室から行方不明となった1人の少女に嫌疑がかかるが・・・・・・
「少女ミキサー」 毎日1人の少女が補充される巨大フードプロセッサー。少女が5人そろうとフードプロセッサーにより中にいる者たちは小間切れにされる。そんな部屋のなかで思いもよらぬ殺人事件が・・・・・・
「『少女』殺人事件」 先輩から渡された犯人当ての推理小説。その先輩が書いたその作品は“ノックスの十戒”に従ったものだというのだが・・・・・・
「少女ビデオ 公開版」 父親による遺された娘へのビデオレター。そのビデオのなかで娘の出生の秘密が語られ・・・・・・
「少女が町に降ってくる」 年に一回、空から20人の少女が降ってくるという町で起こる奇譚。


お前の彼女は二階で茹で死に   6.5点

2018年12月 実業之日本社 単行本
2022年08月 実業之日本社 実業之日本社文庫

<内容>
 刑事ヒコボシは事件捜査のかたわら、自殺した妹への仇を討つことを日々考えていた。彼の妹は“ミミズ”と呼ばれる特異体質の持ち主で、そのことで学校で酷くいじめられていたのだ。そうしたなか、同じく“ミミズ”という枷を持って生まれた青年があちこちで事件の種を撒き、それらの事件を刑事ヒコボシが解決していくうちに、妹の仇の関係者に次々と出会うこととなり・・・・・・

<感想>
 連作短編のような形で描きつつ、最終的にはひとつの長編のような形でまとめられる作品となっている。ミステリ要素のある事件は各章ごとに起き、その都度事件を解決し、やがて後半の予想だにしない展開へとなだれ込んでいくこととなる。

 各章では、水槽に投げ入れられた幼児に関する不可能犯罪。宴会場で起きた毒殺事件の謎。変則的な密室とアリバイの謎。トレーラーハウスで起きた殺人事件の謎。といった謎満載の事件が目白押し。しかも単なる事件ではなく、白井氏らしい作品要素満載で、ミミズ人間とかトカゲ人間とか、奇抜な設定が持ち込まれることにより、さらに不可解さが難解なものとなっている。

 また、この作品では各章ごとに想像できないような展開が待ち受けており、単なる刑事小説、探偵小説と考えていると足をすくわれるようなものとなっている。というか、足をすくわれ続ける探偵小説というような感じのものとなっている。

 それぞれの事件で、論理と推理がこれでもかと言わんばかりに盛り込まれ、グロテスクな描写もてんこ盛り、さらには思いもよらぬ展開が常に待ち受けていたりと、とにかく(ゲテモノ料理で)お腹いっぱいという、何とも言えない味わいがもたらされる作品。白井氏ならではのグロテスクな本格ミステリのフルコースを胃が持たれるほどに堪能することができる。


そして誰も死ななかった   6点

2019年09月 角川書店 単行本
2022年01月 角川書店 角川文庫

<内容>
 親の遺品原稿をそのまま出して推理小説作家としてデビューした大亦牛男は、文化人類学者の娘に関わるトラブルに巻き込まれ、何が何だかわけがわからない状態となる。その後、風俗店の雇われ店長となった牛男であったが、彼の元に覆面推理小説家の天城菖蒲から無人島でのパーティーの誘いを受けることに。そのパーティーに呼ばれたのは全員推理作家で、牛男を合わせて5名。島に到着したものの、正体主は姿を現さず、不気味な5体の泥人形が置かれている中で、殺人事件が勃発することに。そして招待客は次から次へと殺されてゆき・・・・・・

<感想>
 無人島で“そして誰もいなくなった”ばりの連続殺人事件が起きて、全員死亡してしまう。しかし、何故か全員生き返り、そこで生きる死体となった者たちが推理を語りだすという話。

 序盤の導入部では、何故死体が生き返ることになるのかという重要な前提の物語がしっかりと創りこまれている。そこを踏まえたうえで、招かれた者たちが島へと渡り、殺人劇と推理劇が繰り広げられることとなるのである。

 ただ、トンデモ推理の連続というか、突飛過ぎる事件の連続で、もはやゴタゴタやゴチャゴチャを通り越したような感じであった。整合性とか、伏線とか抜きにしても、途中からはもはやどうでもいいやというような思いになってしまう。騒々しすぎる設定が、落ち着いた推理という展開には向いていなかったというところか。それでも、ここまで突き抜けてしまえば、やり切った感が感じられないこともない。


名探偵のはらわた   6点

2020年08月 新潮社 単行本
2023年03月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 現代日本に甦る昭和に起きた凄惨な殺人事件。事件に相対するのは名探偵・浦野灸とその助手の原田亘(通称:はらわた)。

 「神咒寺事件」 寺の中で七人の男女が焼死した事件。彼らは何故か逃げる気配がなかったようであり・・・・・・
 「八重定事件」 男性が殺害された後、局部が切り落とされ持ち去られるという事件が連続して起こり・・・・・・
 「農薬コーラ事件」 クラブで毒が混入された飲み物により、客が死亡するという事件が起き・・・・・・
 「津ヶ山事件」 10人以上の被害者が出る大量殺りく事件が連続して勃発することとなり・・・・・・

<感想>
 白井氏の作品は、最初文庫本から読み始め、徐々に単行本にも手を出すようになり、今はリアルタイムで購入する作家のひとりとなった。単行本で購入していない未読の作品がこの「名探偵のはらわた」で最後となり、ようやく白井氏の作品に追いつくことができた。

 そんなわけで、去年出版された「名探偵のいけにえ」のほうを先に読んでおり、本書も「いけにえ」と同様の路線で、実在の事件を取り上げてミステリを展開させる内容だと思っていた。それが実際に本書を読んでみると、日本の昭和史に残る有名な凶悪犯罪を取り上げてはいるものの、史実そのものではなく多少脚色した形での紹介となっている。また、本書では超自然的な事象も付け加えられており、かなり「名探偵のいけにえ」とはテイストが違うものとなっていた。また、同じ出版社から出ていて、タイトルが似ているというだけで、決してシリーズではないので、どちらから読んでも、片方は読まなくてもという選択をとっても全く問題はない。

 本書については、上記での内容紹介では、かなりぼかし気味に書いている。話の展開についても見所のひとつとなっているので、先入観なしで読んだほうが面白いであろう。また、短編のような形式ではあっても、基本的にはひとつの流れの話になっているので、長編という感触で読むことができる作品となっている。

 中身については、昭和に起きた凶悪犯罪をモチーフとして、現代においていつもながらの白井氏らしいミステリと論理を展開している。また、グロっぽい表現はかなり抑え気味となっているので、いつもの白井氏の作品が合わないという人でも気軽るに手に取ることができる作品となっている。いつもながらの、白井氏らしいミステリということで、読んでいて面白かったのだが、作中に出てくるヤクザとその抗争部分はなくても良かったように思われた。そのほうがよりミステリ的な部分が強調されたのではないかと感じられたのだが。


ミステリー・オーバードーズ   6.5点

2021年05月 光文社 単行本

<内容>
 「グルメ探偵が消えた」
 「げろがげり、げりがげろ」
 「隣の部屋の女」
 「ちびまんとジャンボ」
 「ディティクティブ・オーバードーズ」

<感想>
 今まで白井氏の作品は、文庫化してから読んでいたのだが、とうとう初めて単行本を購入して読んでみた。今まで読んだ作品が面白いものばかりだったので、これは新刊を読み逃すべきではないなと思い購入。そしてその内容であるが・・・・・・どれも癖が強いなと。手放しで良い作品とは言えないものの、掲載されている作品のどれもがキワモノ的な世界を設定し、その世界の中での独自の論理で事件を解決しているところは見事と思えた。ただ、それぞれの作品の世界観が、決して惹かれるものではないところがまたなんとも・・・・・・

「グルメ探偵が消えた」は、食べれば食べるほど推理が冴えるという探偵の失踪を描いた作品。食べれば食べるほど推理が冴えるというものを、キワモノ的な見方で利用した物語の展開が異様。ただただ異様としかいいきれない内容。また、最終的にも事件解決で終わるというものではなく、世界観の異様さを強調して終わらせるような後味の悪い終わり方がまた何とも言えない。

「げろがげり、げりがげろ」は、AVの撮影中のなかで起きた事件を描いた作品。しかもただ単に事件が起きるだけではなく、事件が進行している最中に主人公がパラレルワールドへと飛ばされることとなる。その飛ばされた世界では、人々が肛門から食事を摂取し、口から排出するという世界。それがタイトルにかかっているわけである。そんな世界と現実の世界の両方を合わせて事件解決に導くところは、まさしくキワモノ以外の何物でもない。また、しっかりと事件解決に導いているところが心憎い。ただ、個人的には排泄する部分の近くに鼻があるのはどうなんだろうと、余計なことに気を取られてしまった。

「隣の部屋の女」は、夫婦でマンションに引っ越してきた妻のほうがそのマンション内でストーカー紛いの男に狙われたり、異様な事件を目撃してしまうという話。決して普通の内容ではないものの、この作品中であれば、普通のサスペンスミステリに見えてしまう。そしてもちろんのこと、見えている風景そのままで物語が終わることはなく、最後に一波乱待ち受けている。何気に構成の妙といったような作品である。

「ちびまんとジャンボ」は、大食い選手権中に毒を盛られて死亡した挑戦者の謎について解き明かすというもの。これまたフードファイトの様相と、その世界設定が異様な形で創られている。キャラクター設定についてもこれでもかというばかりにグロテスクなもの。そして途中から出てきた人物が何気に事件に重要な役割を果たすことに。キワモノばかりが目に付く内容であるが、実はしっかりと事件解決を精密に行っている作品でもある。

「ディティクティブ・オーバードーズ」は、閉ざされた館で死亡していた探偵たちの様相から、事件が起きたときの経緯を読み解くという内容の作品。集められた探偵たちと、そこに置かれていた一つの死体。その事件を巡って、探偵たちは事件解決の手記を残すのだが、その手記を書く際になんと彼らはLSDを飲まされることとなり、手記の内容が奇妙なものとなってしまう。その奇怪な手記を読み解いて、真相を探るというとにかく異様な状態での推理が繰り広げられる。その解決の内容云々というよりも、こんな突飛な設定を考えたことこそ凄いと思えてしまう。もはや解決にいたっては、凄いのか凄くないのか・・・・・・


死体の汁を啜れ   6.5点

2021年09月 実業之日本社 単行本

<内容>
 前日譚
 「豚の顔をした死体」
 「何もない死体」
 「血を抜かれた死体」
 「膨れた死体と萎んだ死体」
 「折り畳まれた死体」
 「屋上で溺れた死体」
 「死体の中の死体」
 「生きている死体」
 後日譚

<感想>
 なんとも奇抜な短編集。事件の謎を解く人物は一貫し、かつ時系列順に物語が語られているので、連作短編小説といってもよい内容になっている。

 本書を読んで思うのは、普通だったら没ネタになりそうなトリックであるな、ということ。ただ、それらがここで描かれる世界観ゆえか、はたまた白井氏によるマジックにハマってしまっているのか、そういった微妙とも思われるトリックを普通に受け入れられてしまうのである。これはこれで書き方の妙であるなと感じられた。

 中にはその世界観と奇抜なトリックがマッチして、「膨れた死体と萎んだ死体」における奇妙な二つの死体と、二つの死因については思わずうならされてしまう。また、「死体の中の死体」における大柄な人物の死体の中に小柄な子供の死体が埋め込まれているという状況も、この世界観のなかでうまく処理されていて見事な作品だと思わされてしまうほど。

 ちょっと角度は異なるかもしれないが歌野晶午氏の「密室殺人ゲーム」シリーズを読んでいるような感覚であった。それに近いミステリをブラック・ユーモアを踏まえて書き上げた作品という感じである。ときにバカバカしく、ときに唸らされる、まさしく奇想天外なミステリであった。


「豚の顔をした死体」 顔の皮をはがされ、豚の顔をかぶらされた死体の真意は!?
「何もない死体」 ギロチンにより殺された死体。犯人は何を意図してこのような犯行を行ったのか?
「血を抜かれた死体」 密室の中で殺害され、吊るされていた死体。いったい密室はどのようにして・・・・・・
「膨れた死体と萎んだ死体」 痩せた男は食い過ぎで死亡し、太っていたはずの男はやせた状態で死体となり・・・・・・
「折り畳まれた死体」 テーマパークで拷問器具にかけられた少年と、その犯行の真意とは!?
「屋上で溺れた死体」 水がない場所で、溺れ死んでいた教祖の死体が物語るものとは・・・・・・
「死体の中の死体」 大柄な女の死体のなかには、小さな子供の死体が! さらに子供の腹の中には・・・・・・
「生きている死体」 何故、男は両目をつぶされ、歯を砕かれ、四肢を切られながらも生かされていたのか??


名探偵のいけにえ   人民教会殺人事件   6.5点

2022年09月 新潮社 単行本

<内容>
 私立探偵の大塒(おおとや)は、アメリカへ出かけた助手の有森りり子が期日になっても戻らないことを心配し始める。りり子の行き先を調べると、どうやらりり子は大塒に嘘をつき、富豪の依頼で宗教団体に潜入捜査を行っていたということを知る。ジム・ジョーデンが務める新興宗教・人民教会へ乗り込んでいった大塒であったが、その教団内で起きた連続殺人事件を目の当たりにすることとなり・・・・・・

<感想>
 ずいぶんと大掛かりとも言えるミステリを展開していてすごい。実際の話で、かつて人民寺院というアメリカの教団が集団自殺によって900名以上の死者を出したという事件があった。その実在の事件を用いて、そこでミステリを展開させるという、ずいぶんと手の込んだ内容となっている。

 そこで起きる連続殺人事件については史実ではないが、その周辺の出来事はある程度史実をもとに描かれたものとなっている。ゆえに、本書を読む前に“人民寺院”の事件について調べておくとまた別の楽しみ方ができるであろう。

 そういった背景を除けば、いつもながらの白井氏らしいミステリが展開されている。むしろ、いつのような奇抜な背景がなく、グロテスクな部分が控えめとなっている分、一般的には読みやすくなっていると言えるかもしれない(あくまでも白井氏の作品のなかでということ)。

 最後の最後でといっても、100ページくらい使って、怒濤の推理の連続で真相を究明していくところはさすがと言えよう。やり過ぎと思いつつも、この舞台背景の前では決してやり過ぎとも言えないくらい妙な説得力を持った作品に仕立て上げられている。また、読んでいる途中で、すっかり忘れてしまっていた序盤に起きる事件についてもしっかりと補完しているところは見事。胃もたれするぐらいにミステリを堪能できる、やり過ぎミステリ。


エレファントヘッド   7点

2023年09月 角川書店 単行本

<内容>
 精神科医の象山(ささやま)晴太は、妻と二人の娘と共に充実した生活を送っていた。一見、普通の家族に見えたその裏で晴太は、家族にまとわりつくストーカーや怪しい者たちを密かに殺害し、平穏な生活を守ろうとしていた。あるとき、娘の彼氏に会うことになったとき、晴太はとある失敗を犯し、家族の心が彼の元から離れていくことに。現実逃避をしようと、ブローカーからもらった違法薬物を口にしたとき、彼の心は分裂し、そして意識は失敗を犯した事態が起きる前の時間に戻っていて・・・・・・

<感想>
 最初はSF的な内容の作品なのかと思ってしまった。現実逃避を行なおうとした精神科医が、特殊な薬を飲んだことにより時間を飛び越えて精神分裂し、しかもその行為が繰り返されたことにより4人の人間に分裂し、その4人が夢の中のようなところで一堂に会して話し合うという、そんな展開。

 そんなところから始まってゆくものの、実はそれらはあくまでも今回の舞台づくりであって、そこからその舞台を用いた殺人事件が始まってゆくこととなる。その設定された舞台の大きな特徴は、4人が別々に過ごす世界にて、誰かが死ねば、他の世界の同一人物も同じように死を遂げるというもの。それゆえに、身近な人物の誰かが死亡したとき、4人の世界の内の誰が殺したのかが問題になってくる。そんな破天荒な設定の中で起きる、とびぬけたような事件の真相を探るものとなっている。

 現実などどうてもいいと言わんばかりの設定と、倫理観など関係ないと言わんばかりの事件の様相と真相に、ただただ唖然とするばかり。こんな妙な世界の中で起きる不可能犯罪を、とびぬけた推理できっちりと真相を表してくる。読んでいる途中は、積み上げられる特殊な世界設定にあっけにとられるばかりであったが、最後まで読むと人智を超えるような推理小説として成立していることに圧倒されてしまった。




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