<内容>
大学生たちによるバンド、メイプル・リーフのメンバーは合宿で越後湯沢に来ていた。彼らはゲミニー・ハウスというロッジに泊まり、バンド演奏の練習を行う予定であった。しかし、宿泊した1日目の夜にギターを担当する戸越の姿が見えなくなり、翌日ロッジの部屋で死体となって発見される。夜にはその姿がなかったはずなのに、殺害された後にどこからか運ばれてきたというのか? 犯人の検討がつかないまま月日が経ち、今度はライブハウスで同じような殺人事件が再び起こる。以前、メイプル・リーフのドラマーであり、ドイツから帰ってきた信濃譲二が事件の謎に挑む!
<感想>
歌野晶午氏のデビュー作を新装版にて再読。懐かしくて、つい再購入してしまった。この作品、実はちょっとした思い出があり、というのは、私はミステリ作品を読んでもほとんどトリックや犯人について検討がつかないのだが、この「長い家の殺人」については珍しく読み終える前に真相がわかったのである。そうした思い出をかみしめつつも、懐かしみながら読んでみた。
再読すると、本書が決して内容の薄いミステリとか、単純なトリックというようなものではなく、きっちりと描かれた本格ミステリだということが理解できた。何気に全体的にうまく書かれている作品ではないかと。また、二つの殺人事件が起きる構成となっているのだが、第1の事件に対して、第2の事件がしっかりと第1の事件のヒントとなっているところは興味深く感じられた。
何気に語り手、真犯人、探偵役らが、少々反社会的な考え方を持っており、そういった作風についても当時を思わせるものがあり、著者の若さが前面に出た作風だと思われた。ただ、そのやや反社会的な考え方が、意外とこの令和の時代にマッチしているように感じられる部分もあり、思想が一回りしたというように個人的には考えられる部分もあった。
久々に、歌野氏のデビュー作を読んだのだが、本書の良さを改めて知ることができたのと同時に、過去から現代における社会的な思想についても色々と考えることができ、有意義な読書となった。実は最初に読んだ当時は、この作品をさほど評価してはいなかったのだが、改めて読んでみると実は良い作品だなと感じてしまった。
<内容>
市之瀬徹は資産家である猪狩家の別荘に招かれていた。高校生である静香の家庭教師として出張講習に来ていたのだ。猪狩家では毎年の恒例行事としての集まりで会ったのだが、そうしたなか静香が惨殺されてしまう。絞殺されたうえ、天井から逆さづりにされていたのだ・・・・・・しかも密室で! スキャンダルを恐れた猪狩家は警察を呼ばずに、事を内密に済ませようとする。そこで犯人を捜すために市之瀬の友人である信濃譲二が呼ばれることに。しかし、譲二が到着する前に、第2の殺人事件が起きてしまい・・・・・・
<感想>
歌野氏の2作品目を久々の再読。この著者の処女作は、あまりにもトリックがわかりやすいものであったが、こちらはさすがに工夫を凝らした作品となっている。理由や方法がわからない謎の密室、どのようにしてターゲットを狙ったのかがわからない毒殺事件、雪の上の足跡なき死体と、本格ミステリコード満載の内容。
若干、オリジナリティに欠けているような気はするものの、読者を楽しませてくれるミステリに仕立て上げられているのは確か。がちがちのミステリ的展開のなか、斜め横から攻め立てたような動機と方法によって、変則的なミステリに仕立て上げている。結末を見てしまえば、「なんだ、そんなことか」と思うかもしれないが、読んでいる途上で真相を暴くのは至難の業であろう。
<内容>
信濃譲二は、スタッフを募集していた小劇団マスターストロークでマネージャーとして働き始める。マスターストロークは現在、特別公演に向けて稽古中。何故、特別公演かというと、かつて劇を上演中に事故により死者が出たため、その追悼としての特別公演とのこと。なんとか公演にこぎつけ、上演が行われるものの、劇中に事件が起きることとなり・・・・・・
<感想>
新装版で再読。「長い家」「白い家」と連続で読んできたのだが、そのなかではミステリとして本書が“一番下”という感じ。
のっけから“信濃譲二が死んだ”というところから始まるのだが、読んでいくうちに、感の良い読者はあることに気づくであろう。というか、著者も別にそれは隠さずにわかりやすくしているような。その後、劇団の公演中に事故や殺人が起こるというミステリが展開していくこととなる。
色々な意味で読者にトリックを仕掛けた本という感じ。このへんは、言い過ぎてしまうとネタバレになるのであまり語らないようにしておきたい。ミステリとしてそれなりに面白い仕掛けがなされているとは思えるのだが、肝心の本題のほうがややお粗末であったような。真相を聞いても、あまり心情的に納得のいかないものであった。一応、それを補完するためにエピローグみたいなものを入れているが、そうしたものがなくても通じるように作中に複線のようなものを張っておいてもらいたいところ。
この作品をもって信濃譲二の登場は終わりとなったらしい。あとは、短編集に登場するのみ。冒頭で著者が語っているように色々な理由はあるみたいだが、なんとなくではあるが色々と反社会的なところもあるので、著者でさえも持て余し気味の探偵となってしまったという気がしてならない。むしろ今の世の中(令和3年)に登場してもらいたい探偵であるような気もする。
<内容>
「第二の事件 保健室の名探偵」
正体不明の連続婦女殺人魔を捕らえようと佐原刑事は奔走する。その際、思わぬところから協力者が現れる。それは高校の保険教論・松浦梨花であった。
「第三の事件 ガラス張りの誘拐」
佐原刑事の娘が何者かに誘拐された。誘拐犯の奇妙な要求が意味するものとは?
「第一の事件 夢で見た明日」
とある家出少女が夢に見た悪夢が現実のものとなってしまい・・・・・・
<感想>
久々の再読なのだが、内容を全く覚えていなかったので新刊を読んだ気分。
大まかに言うと、三つの話が語られる連作短編のような形式となっている。ただし順番が“第二の事件”→“第三の事件”→”第一の事件”となっていて、この順番にどのような意味が込められているのかがポイントとなる。
最初は連続殺人魔を個人的な問題を抱えている刑事が追うというもの。ただし、なんやかやとありつつも、普通に事件は終幕を迎える。
次に起こるのは、その連続殺人魔を追っていた刑事の娘が誘拐されるという事件。不可解な犯人とのやりとりのなかで身代金の受け渡しが行われるも、消化不良な形で事件は終わる。
そしてそれらの事件が起こる前のエピソード“第一の事件”が語られることとなるのだが、読み手の予想を裏切る意外な結末が待ち受けることに。その後、エピローグへとなだれ込み、今まで起きた事件の裏に潜む真相が明らかとなるのである。
これはなかなか意外な点を突いてきたと感嘆させられた。どうしても大きな事件に目を奪われがちとなるのだが、実はその裏に思いもよらない意志が隠されていたとは。これはなかなかの野心作。当時の新本格ミステリらしい作品といえよう。
<内容>
著者不明の小説「白骨鬼」という作品が小説誌に掲載された。それはひょっとすると江戸川乱歩による未公開作品ではないかと噂された。その原稿を目にしたミステリ小説家の重鎮・細見辰時は、出版社に頼み込み、著者と会うこととなり・・・・・・
「白骨鬼」 昭和8年、作家という仕事をしつつもスランプを抱えていた廣宇雷太は、ふと崖から飛び降りようとし、ひとりの青年に助けられる。その青年が廣宇と同じ旅館に泊まっていたことを知ることになるのだが、旅館の女中は彼の言動がおかしいという。夜な夜な女装をして、月に向かうのだと。そんな奇行を繰り返す青年が自殺を図り・・・・・・
<感想>
最近、なぜか復刊されていて本屋にならんでいたので講談社文庫版を買ってしまった。かつては光文社文庫版で読んだ作品であるが、感想を書いていなかったのでちょうど良かった。
この作品に言えることは、野心的な挑戦作ではあるが、うまくいかなかった作品ということ。まぁ、それなりに出来ているという気はするのだが、それをうわまわる拙さという感触が残るのである。
一番の問題は、「白骨鬼」という作品が乱歩が遺した作品のように描かれているものの、ちっとも乱歩作品らしさが感じられないところではないかと思われる。こここそを、もっと乱歩っぽく描いてもらいたかったところ。それが一番重要ではなかったかと。
あと、双子の入れ替えトリックのようなもののみでずっと話を進めていくところもきつかったように思われる。最後まで読んでゆけば、物語の構成としてはうまくできていると感じられるのだが、読んでいる途中はなんともきついものがあった。
まぁ、今となっては歌野氏がこのような作品も書いていたということで。
<内容>
便利屋のもとに来た女小宮山佐緒理は、「私を誘拐してください」と依頼してきた。冷え切った仲となった夫を試したいというのである。金に困っていた便利屋は依頼を受け、誘拐プランを練ることに。そして小宮山佐緒理の協力により、警察を煙に巻き、なんとか多額の金をせしめるのであったが・・・・・・
<感想>
以前、講談社文庫で読んだ作品を角川文庫版で再読。もう30年近く前の作品となるのか。
本書は“誘拐”をテーマとした作品。ただし純然たる誘拐ではなく、狂言誘拐を描いたもの。女性が便利屋に狂言誘拐を持ち掛け、それを利用して便利屋は警察に捕まらずに金を得る方法を考える。金を手に入れた後は、女性を解放しておしまい・・・・・・となるはずが、待っていたのは“死体”であったという展開。
サスペンス・ミステリとして面白い作品であった。次に何が起こるかわからない、そして裏ではいったい何が起きているのか、という予想だにしないサスペンスが繰り広げられる。さらには、最後に迎える終幕の様子もなかなかうまくできている。実際に過去に映像化されたこともあったようであるが、これは確かに映像化すると面白そうな作品と捉えられた。
<内容>
厚化粧によるメイクにより素顔を隠し、派手なパフォーマンスで歌い続ける流行歌手のROMMY。今回アメリカの有名歌手とレコーディングを共にすることとなり、スタジオは緊張感であふれていた。控室でひとりで過ごしていたROMMYであったが、その控室で絞殺死体となって発見されることに。外部からは簡単に出入りができない状況であり、スタジオ内の誰かが犯行を行ったのであろうか? アメリカの歌手がもうすぐスタジオに入ろうとする中、スタッフらは事件を隠し、レコーディングを強行しようとする。そんな折、控室から目を離したすきに、ROMMYの死体が切り刻まれ、奇妙な装飾がなされ・・・・・・
<感想>
以前に講談社ノベルス版で読んだ作品を文庫版で再読してみた。本書が書かれる前の作品から、少し年数が開いており、それまで普通の本格ミステリを書き続けていた著者にとっては、転換点とも言える作品であると思われる。今読み返すと、そんな風に感じ取ることができる一風変わったミステリ作品である。
物語の序盤で人気歌手であるROMMYが殺害されるという事件が起きる。その現在の流れと並行して、ROMMYが辿ってきた軌跡が描かれている。そうして過去が現在へとたどり着き、同時に真相が見出されるように展開されてゆく。
ただ、本書についてだが、ミステリ的な展開がなされてはいるものの、そのミステリ的部分が主軸というものではない。この作品は“ROMMY”という人物の人生を書き表した作品となっており、あくまでもその途上にミステリ的な出来事があったにすぎないという感じなのである。
ひとりのミュージシャンの人生をミステリを通して描くという挑戦的な作品であったと思われる。描かれた人物の人生に重みが感じられるものとなっているがゆえに、ミステリとしても成功している作品であると感じられた。これは色々な意味で印象深い作品である。
<内容>
「盗 聴」
「逃亡者 大河内清秀」
「猫部屋の亡者」
「記憶の囚人」
「美神崩壊」
「プラットホームのカオス」
「正月十一日、鏡殺し」
<感想>
サスペンス的な内容のものが多くみられる作品集。その中には着地点が予想もつかないようなものもいくつかあるので、それぞれが読んでみてのお楽しみ。
「盗聴」「美神崩壊」は、その時代ならではの設定の作品。今では古いと感じられてしまうが、当時であればむしろ新しい感覚で読めたかもしれない。ちなみに「美神崩壊」はホラー小説としても堪能できる内容。
「逃亡者 大河内清秀」「プラットホームのカオス」は、一見単純なような内容でありつつ、最後の最後には思わぬところへ着地するというもの。「猫部屋の亡者」も単なるホラー系の作品にとどまらず、最後にしっかりとオチを付けている。
「正月十一日、鏡殺し」も単純な話のようでいて、救いようのない結末をつけているところが何とも。
「記憶の囚人」は、唯一本格ミステリっぽい作品。幻想から現実があぶりだされてゆく流れに感嘆させられる。
「盗 聴」 (野生時代1991年7月号)
浪人生が盗聴した不可解な無線の内容。その意味は?
「逃亡者 大河内清秀」 (メフィスト1995年8月号)
一つのパスポートと2人の人物。それぞれがたどる人生。
「猫部屋の亡者」 (小説推理1995年12月号)
彼女を殺してしまった会社員の末路。
「記憶の囚人」 (海燕1994年1月号)
童話のような話の裏側に潜む真実とは?
「美神崩壊」 (メフィスト1995年11月号)
整形美女を愛した男を待ち受けるものとは?
「プラットホームのカオス」 (メフィスト1996年4月号)
いじめっ子の死にまつわる真相とは?
「正月十一日、鏡殺し」 (書き下ろし)
娘一人をかかえた女は姑を殺してしまいそうだと悩み・・・・・・
<内容>
今ぼくは第二の人生を送っています。つまりぼくには前世があるのです。ある雨の日の晩にバロン・サムデイがやってきて、おなかをえぐられて、そうしてぼくは死にました。前世、ぼくは黒人でした。チャーリー、それがぼくの名前でした。現世に蘇る、前世でいちばん残酷は日。不可解な謎を孕む戦慄の殺人劇に、天才少年探偵が挑む!
<感想>
また、一つ変わったアプローチにより新境地が開かれた。著者にとっては「ROMMY」に続いての意欲作であろう。
出だしは一人の少年のホームページによる告白から始まる。それは自分は前世の鮮明な記憶があり、黒人であったことを思い出すことができると。さらには、その少年は前世では長く生きることができず、その時分の死の記憶までもを思い出すことができるのだと。そしてその彼に死をもたらしたという“バロン・サムデイ”。
出だしを読んだときにはこれはミステリーとして成り立つものだろうかと余計な心配をしてしまった。しかしながらこれがうまくミステリーとして展開されていく。その少年の身辺で殺人事件が起こり、そしてその事件の陰に彼の前世の記憶にある者が見え隠れして行くのだ。少年はその殺人者と共に自分のその謎の記憶について追ってゆくことになる。
ある種本書は島田荘司氏の「眩暈」を読んだときの感触に似ている。序盤での出来事が滑稽で仮想的な出来事にしかおもえなかったものが、それが次第に現実に起こりえることとして異なる側面が展開されていく。そして本書でも少年の前世出来事として記憶されているものが次第に異なる視点によって別の展開を見せることになる。
最終的に考えるとそれはある意味、あまりにも多くの偶然性のつながりによって構成されているものといえるかもしれない。しかしながら、それが多少強引であるにしても一つの線としてつなげてゆき、最終的に我々に最初に提示されたものと異なったものを大胆に示して行く様は見事なものと感じた。
<内容>
「ドア⇔ドア」
(山科大輔の不手際はどこにありましたか?)
「幽霊病棟」
(なぜ死体が移動したのですか?)
「烏勧請」
(最有力容疑者が潔白である理由をのべなさい)
「有罪としての不在」
(ズバリ、犯人を当ててください)
「水難の夜」
(何を指しての「水難」ですか?)
「W=mgh」
(なぜ死者が疾走するのですか?)
「阿闍梨天空死譚」
(即身仏はどこからどのように出現したのですか?)
<感想>
最初に読んだ時以来の再読であるのだが、これが思っていたよりも面白く、非常に楽しめた。レベルの高い、推理クイズというような趣。
「ドア⇔ドア」は、犯罪を隠ぺいしようとした男の話。その隠ぺい工作については、思い付きのもので粗が多すぎるのだが、探偵である信濃譲二が何故すぐにその隠ぺい工作に気づいたのかが本題。読んでいる側としては、簡単に思い至ることはできなさそうであるが、それでもしっかりと明快な解答が与えられている。
「幽霊病棟」は、死体が移動した理由を述べるものであるが、これは意外と簡単。本書のなかでは一番わかりやすい話であった。
「烏勧請」は、ごみ屋敷で発見された死体をめぐる話。単純な話と思いきや、意外にも凝りに凝った犯罪隠ぺい工作の様子が明らかとなる。
「有罪としての不在」は、ちょっとした趣向をこらした犯人当てとなっている。学生寮で起きた殺人事件をアリバイにポイントを置いて、学生同士で犯人を当てようとする。明快な解答が与えられるというよりも、意地の悪いクイズのような・・・・・・あくまでも褒め言葉ということで。
「水難の夜」も、予想外に凝った話。思いもよらないところから、思いもよらない展開が待ち受けるというもの。単にひとりの被害者と、ひとりの生き残りが! という状況のなか、犯人がどうやって侵入したのかのみの話かと思ったのだが・・・・・・
「W=mgh」のような、死者が疾走すると聞けば、島田荘司氏の作品を思い浮かべてしまう。この作品では、死体を宙吊りにしない、疾走方法が語られていて面白い。
「阿闍梨天空死譚」は、巨大な塔状の建築物の途中に縛り付けられた死体の謎にせまる。死体がどのようにして、そこに縛り付けられることとなったのか? これぞまさしく、奇想系のミステリと言えよう。
<内容>
兵吾少年は奇妙な枡形の屋敷に住む老婆に助けられた。その夜、少年は窓から忍び入ろうとする鬼に出くわす。そのときからこの屋敷に奇怪な事件が次々に起こる。
その屋敷に四人の兵隊が宿を求めてやってくる。そしてその晩、兵隊達の上官である男が密室の部屋で殺され、もう一人の兵隊が枡形の屋敷の中庭の虎の彫像の口に首吊りのような状態でぶら下がっているのを発見される。屋敷の中に米兵もしくは鬼がいる、と残った兵隊達は屋敷をくまなく探すがそれらしきものは見当たらない。そんな中、また兵隊の一人が死体となって発見される。中庭の武者像の矢じりのさきにぶら下げられたかっこうで・・・・・・。そして残った一人の兵隊はかくまわれた瀕死の米兵を見つけ、屋敷の老婆を糾弾する。そんな中、兵吾と兵隊は本当に鬼と出会う。兵隊は鬼を銃殺し、老婆を拘束し真相を吐かせようとする。しかし、最後に兵吾が見たものは、ずぶぬれになった老婆の死体と、額を割られた兵隊の死体であった。
兵吾少年が見たものは本当に真実だったのだろうか? 鬼の正体とは? 真相は五十年の歳月を経て、一人の探偵の手によって解き明かされる。
<感想>
感想を書いていなかったので再読。再読してみて、感想を書いていなかった理由がなんとなくわかった。この作品、表紙から見るとガチガチの本格推理小説のようであるのだが、実は設定も登場人物も異なる、さまざま挿話が盛り込まれた内容となっているのである。それゆえに、初読時はなんとも感想を書きづらかったのではなかったのかと。
最初は、「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」という子ど向けの絵本めいた話から始まる。その次は一転して、日本人留学生が体験する「メキシコ海岸の切り裂き魔」という事件が語られ、その次にようやく上記の(内容)に書いた「安達ケ原の鬼密室」が語られるのである。その“鬼密室”の謎を解くべく、「直観探偵・八神一彦」が登場し、彼が活躍した過去の事件である「密室の行水者」という事件が語られることとなる。
と、そんな形で物語が展開していく。では、それぞれが全く別の話なのかと思いきや、実はここに書かれている挿話のそれぞれが同じようなトリックのようなものが扱われ、そのトリックを中心に解決が図られることとなっているのである。それゆえに、一応は統一された連作ミステリのような感じに捉えられないこともないのである。
ただ、一言いってしまえば、「安達ケ原の鬼密室」だけでは、長編として書き切れなかったのかなと。この作品に関しては、細かく書きこむほど、トリックがわかりやすくなってしまうと考えられるので、そんなところもあって、このような書き方になってしまったのかもしれない。もしくは、最初からこの構成を意図して全て書き切ったというのであれば、それはそれで凄いことであると思われる。何はともあれ、作品の表紙からは想像もできないような流れのミステリを楽しめるものとなっている。
<内容>
鹿児島の遙か沖の孤島、屍島に六人の男女が降り立った。彼らは都内で爆弾テロを行った四人の実行犯と二人の幹部だった。翌日、幹部の一人が船とともに姿を消し、残りの五人は文字通り絶海の孤島に閉じ込められた!組織に対する疑心と、食料をめぐる仲間同士の暗鬼。やがて、一人また一人と殺されていく・・・・・・犯人は誰か? そして、最後に生き残る者は?
<感想>
中編ながら良くできているのではないだろうか。題名といい、内容といい、練りに練られていて、最後にはすべてが計算されていたということが良く分かる。無駄がなくすっきりしていて、このページ数もちょうどいい。
そして読者を煙に巻くようなラストもいい。
<内容>
東京近郊で発生した小学生誘拐事件。父親の勤務先に身代金要求を告げるメールが届けられた。不可解なことに、要求金額はわずか200万円でしかなかった。そんな中、事件が起こった町内に住む富樫修は、ある疑惑に取り憑かれる。小学校6年生の息子・雄介が事件に何らかの関わりを持っているのではないかと。そのとき、父のとった行動は・・・・・・
<感想>
ミステリを超越したと帯びに書いてあったのだが、ミステリを超越したというよりはミステリではないといったほうが良い。社会派的な作品をミステリ式の構成によって書かれたものとでも言えばよいのだろうか。それは、ロールプレイングゲーム的なもののようにもとれる。
この作品を内容を明かさずに語るのは非常に難しい。結論から言えば、一気に読み通すことができ、なかなか面白い。ただ、もろ手を挙げて面白かったともいえない部分もある。中盤での切り替えしには、少々あきれもした。しかしながら以後それがこれでもかとばかりに行われれば、なるほどそれも一つの書き方であるとも感じられた。著者の意図することはよくわかるのであるが、読了後にもやもや感が残るのも確か。それからすれば、これはある種の書き方である、というようには終わらせてもらいたくはないのであるが・・・・・・
<内容>
「奇妙な殺人事件は、奇妙な構造の館で起こるのが定説です」三星館と名づけられた西洋館の主は、四人の招待客にある提案をした。それぞれが殺人者、被害者、探偵役になって行う<殺人トリック・ゲーム>である。そして今、百数十年前にイギリスで起こった事件が再現される! 時空を超えて幽霊の如く立ち現われる奇怪な現象、謎、さらに最後の惨劇とは?
<感想>
中編ならではのネタでうまくまとめている。このトリックで長編はきついだろうから丁度いいページの分量であろう。ただし、それでもトリックが少々わかり易すぎるような気もする。ヒントの出しすぎであるかもしれない。
とはいえ、自分で館を作り、そこでミステリゲームを行うというのは好事家にとっては夢の話しではないだろうか。本当に惨劇が起こったら困るが、どこかの山荘にでも招かれてこういったゲームに興じてみたいと思う人は多いだろう。しかし、そのトリックが一発ものになってしまうと、ますます実現にはほど遠いものとなる。そんな大人の遊び心をくすぐる内容が楽しい一冊。
<内容>
何でも屋である成瀬将虎は、知り合いに頼まれたことによって霊感商法を行っている“蓬莱倶楽部”の所業を調べることになる。“蓬莱倶楽部”はどうやら悪徳商会らしく、商品を高く売りつけて消費者たちを食い物にしているようであった。やがて成瀬はその事件に深く関わっていくことに・・・・・・
<感想>
ぐいぐいと読ませられる小説である。内容はハードボイルドとなっていて、全編とても読みやすく書かれている。
読んでいる途中で唐突に過去に戻ったり、また元に戻ったりという場面の切り替わる部分がいくつかある。また、読んでいていくつか疑問点がわいたところも多々あった。しかし、それらはあくまで計算されたものであり、最後にそれらの全てが意味をもちラストに向けて収束されてしまうのには舌を巻かざるをえない。というよりも驚天動地といっても過言ではない。
また、話自体はハードボイルド的な展開なのだが、ミステリ仕立てになっている部分もあり、楽しませてくれること請け合いの一冊である。今年度のベストに間違いなく名を連ねるのでないかと思える出来になっている。
本作はなるべく先入観や余計な情報を仕入れずに読んだほうがいいと思うので、紹介などをみたり、あれこれ調べたりする前にぜひとも読んでもらいたい一冊。
<内容>
「人形師の家で」 (メフィスト:1998年小説現代5月増刊号)
ひとり人形を創りつづける男と失踪事件、殺人事件を結ぶ鍵とは?
「家 守」 (ジャーロ:2002年冬号)
自殺と思われる窒息事件と過去の誘拐事件の裏の真実とは?
「埴生の宿」 (ジャーロ:2002年夏号)
地方老人の家族のふりをしてくれと頼まれた男の結末は・・・・・・
「鄙」 (ジャーロ:2003年冬号)
寒村に帰ってきた男が首吊りの状態で発見される。しかし、そこにはある秘密が・・・
「転居先不明」 (ジャーロ:2003年夏号)
妻は誰かの視線を感じるのだと夫に訴えるのだが・・・・・・
<感想>(再読:2022/04)
昔読んで、感想も書いていたものの、さっぱり内容を覚えていなかったので再読してみた。歌野氏のノン・シリーズ短編集。本格ミステリでありつつも、背景にある物語のほうが重視されているようにも思える。その物語の創りこみ加減が、うまい具合にミステリに色を添えている。全体的によくできているミステリ作品集と思われた。
「人形師の家で」 人形師が作った石膏像が生身の人間に変わる? かつて住んでいた家で母が父を殺した事件。人形師の家で遊んでいた子供時代。失踪した幼馴染の謎。過去に起きた数々の謎が、現在においてすべて解明される様子を描いたもの。
数々の謎が、一気に解き明かされる様相が見事。石膏像が人間に変わるという童話めいた謎が、きちんと明かされるところが見ものである。
「家 守」 閉ざされた部屋のなかで窒息死していた女。容疑は夫にかけられるがアリバイがある。死亡した女は立ち退きを迫られていたが、強く拒否。かつてその家では、女が幼いころ妹が誘拐されるという事件が。
何気に普通のトリック系のミステリというような内容。女が家を立ち退かない理由については、ややわかりやすかったか。ひょっとしたら、昔読んだのをただ覚えていただけなのかもしれない。
「埴生の宿」 フリーターの男は、破格のバイトを引き受ける。依頼主が言うには、男は死亡した弟に似ているので選んだという。父親がぼけてしまったために、弟に扮して、父の話に付き合ってもらいたいと。
島田荘司氏のとある作品を思い起こさせるような内容。ただ、時系列でいうと、ひょっとしたらこちらの方が先だとか? ぼけた父親への対応に関する方が謎なのかと思いきや・・・・・・
「鄙」 官能作家とその弟が旅行で訪れた小さな集落。そこで、彼らと同じ日に村外から帰ってきた男がいたのだが、その男が自殺した。官能作家は、事件の謎を解こうとする。
大げさに言えば、民俗系ミステリといったところか。何気に大胆なトリックが思いもよらぬところで、さく裂している。
「転居先不明」 妻が最近、ゆく先々で視線を感じると言い出す。実は、その夫婦が借りた家は凄惨な殺人事件が起きた家であった。その事件は、一見、強盗が犯したものと思われたのだが。
“家”で起きた殺人事件と、本編の事件があまりリンクしていなかったような。この作品で一番感心させられたのは、妻が感じる視線について。この解釈が面白かった。
<感想>
やけに安定感たっぷりのミステリー短編集であると感心してしまうほどのできである。アクロバット的な要素はないのだが、それぞれの作品が堅実なミステリーを展開している。謎がいくつか並行して走ったり、謎が分岐していったりと構成のしかたはそれぞれ異なるが結末において謎がぴたりと結び付けられるさまには感心してしまう。物語り自体もミステリーのネタ自体も地味なものを取上げているのにもかかわらず、読者をひきつける一つの短編としてしまうのだからその手腕はなかなかのものであるといえよう。
今年出版された貫井氏の「被害者は誰?」に通じるものがあるという感触。満足!
<内容>
アメリカの陸上競技チームに所属するエチオピア出身のジェシカは日本人ランナーのアユミから「自分の分身があったらいいと思わない」と問いかけられる。ランナーとして調子を落としていたアユミは悩みを抱えているようで、友人であるジェシカは彼女のことが気になっていた。そしてある日突然、アユミはチームを辞めることにしたとジェシカに告げ、去っていくことに。しばらく後、ジェシカの元にアユミが亡くなったという知らせが届き・・・・・・
<感想>
騙されたというよりは、スカされたという感覚。手品師が右手に注目させておいて、左手によって奇術をなしえたという、そんな感じであった。
読んでみて、よく長編という形にすることができたなと感心させられた。話のネタとしては中編ぐらいに収まるようなトリックではないだろうか。しかし、そこにあえてフェイクとなる部分を添えることによって、物語全体としての効果を出すことに成功し、一つの長編として完成されている。見方によっては、不必要な部分があると感じられなくもないのだが、それはあくまでも効果を高めるものであり、著者の手腕によるものであると認めたいと思う。
去年の「葉桜の〜」が売れた効果というわけではないのだが、最近の歌野氏の作品は安定感が出ていると思える。今回の作品も一気に読まされる内容に仕上がっていた。いつのまにやら、熟達さをうかがわせる作家になっていたようである。
内容とは全く関係ないのだが、ちょうどこの本を読んでいた時期にアテネに出場するマラソン選手の選考を行っていたことが印象に残った。
<内容>
星野台小学校5年1組の“ぼく”こと佐藤翔太は“KAZ”こと宇田川香月に誘われて、おなじく友人の“おっちゃん”こと小田川健太を含めて、51分署捜査1課を結成する。さまざまな冒険を行ってきた彼らのターゲットは町のハズレにある不気味な屋敷、通称“デオドロス城”。さまざまな噂が流れるその城へ乗り込んでいった3人であったが、彼らはそこで謎のゾンビ女と遭遇し、さらにゾンビ女が小屋の中で消失するのを目撃することに!
51分署捜査1課の面々はその消失劇の謎を解こうと、再び“デオドロス城”に向かってみたのだが、そこで彼等が目にしたものはなんと男の死体であった!!
<感想>
いや、これは面白く読むことができた。素直に面白いといえる小説である。この内容はミステリーランドの趣旨にもあっていて、大人でも子供でも楽しめる内容になっている。ミステリーランドの作品の中では有栖川氏の作品に並んで1、2位を争う作品ではないだろうか。
内容は小学生グループが遭遇した謎の現象を突き止めようとするはずが、さらなる事件へと発展していくというもの。そしてその事件は大人の手を借りることによって、真実を見出すことができるようになってゆく。
子供達が仲間と共に冒険するという話を聞くと、なつかしく感じてしまう。今考えれば他愛もないことが、子供の頃はものすごい冒険に感じられたものである。本書はそういった懐かしさを思い起こさせる小説であった。
また、本書に用いられるトリックもなかなかのものだといえよう。解決を聞けば他愛もないのであるが、残念ながら私自身はそれを解くことができず、それゆえに楽しく読むことができたともいえる(解けなかったことがちょっとくやしかったりして)。
しかしながら、トリックと物語をうまく結びつけ、無理のないようにうまくまとめた小説だと感心させられる。いろいろな人にこの本を読んでもらって、大人には昔を思い出してもらい、子供には同じような冒険へと飛び出してもらえれば、この小説も本望であろう。
<内容>
省 略。
<感想>
本書はサプライズ小説であると思われるので、内容については省略しておきたい。事細かな、ちょっとした驚きなども多々あるので、できれば何も知らないまま読んだほうがより楽しめると思われる。
まず本書を読み始めたとき、これは「電車男」のような、ちょっと変った男女の邂逅を描いた物語なのかと思ったのだが、それだけで終わるはずもなく、途中からきちんと事件が起こるようになっている。そしてその事件の様相もどんどんと予想だにしない展開へと進んでいく。
中盤くらいまで読んだときには、これはと“名作の予感”がしたものだが、中盤以降はその勢いも失速してしまったように思われた。まぁ、歌野氏は「世界の終り」という前科もある事だから、このくらいの展開では驚いてはいけないのだろうけど、途中期待してしまったがゆえに終盤での収束についてはことさら残念であった。
ところで、本書では歌野氏は最初からこういう終わり方にすると決めていたのだろうか? ひょっとすると途中までは本格推理小説として書いていたものの、最終的に収拾が付かなくなってしまいこのような話となってしまったのではなかろうか? この辺の舞台裏も探る事ができればおもしろいのだが。
<内容>
「そして名探偵は生まれた」
「生存者、一名」
「館という名の楽園で」
<感想>
三作の中編が収められた作品集であるのだが、「生存者、一名」と「館という名の楽園で」は既にそれぞれ祥伝社文庫の書下ろし作品として出版されている。よって、今回の書下ろし作品は「そして名探偵は生まれた」だけであり、私は先に前ニ作品を読んでいるので少々物足りなさを感じてしまった。
「生存者、一名」「館という名の楽園で」に関しては再読になったのだが、改めて読んでみてもなかなか良い作品であると感じられた。中編ゆえに、どちらも薄味ではあるけれども、それぞれ“孤島”と“館”を用いた味のある作品となっている。
「生存者、一名」のほうは、サプライズ小説でありながら、実は論理的な行動に基づいた内容になっているというところに感心させられてしまう。「館という名の楽園で」については、単純に“館”に対する愛情が感じられる作品。
ただ、今回この作品集で特に残念に感じられたのが、書下ろし作品の「そして名探偵は生まれた」が前二作の水準に達していなかったということ。一応、“雪山の山荘”を用いてはいるのだが、どちらかというとパロディー小説というように感じられた。ストーリーとしては凝っているように思えるのだが、本書の中に入れるような内容の作品ではなかったように思われる。
これで、この書下ろし作品がばっちりと決まっていれば、もっと本書に対する評価も上がったのだが。
<内容>
ダースベイダーのお面をかぶった“頭狂人”、ホッケーマスクをかぶった“axe”、かつらと眼鏡で扮装する“伴道全教授”、カメを身代わりにカメラに映す“ザンギャ君”、ピントをぼかしたフィルターごしに話す“044APD”。ネット上にて知り合った5人は、いつしか本当の犯罪に手をかけ、それぞれが出す謎解きを楽しむようになった。今日も5人のうちのひとりがどこかで犯罪を犯し、他の4人が当てるというゲームが・・・・・・
<感想>
表紙の折り返しに書いてあるのだが、この本に出てくるアイディアの着想は以前からあったものであり、それを今まで溜め込んでいたとのこと。実際この本を読んでみて思ったのは、新本格の全盛の頃にこの本を出さなくて正解だったなぁということ。もし、10年前にこの作品が出されていたら、ここぞとばかりにこき下ろされていたことであろう。本書は今の時代だからこそ、読んでいても違和感のない作品。そういうことを考えると内容によっては出版時期の遅い早いということは重要なんだなぁと、改めて考えさせられる。
本書は長編というよりは連作短編集として一冊の本に仕上げられている作品である。この作品を一冊の長編として評価することもできなくはないのだが、どちらかといえば、ひとつひとつの短編として評価したほうが、その評価は高くなるであろう。ようするに一冊の本としての完成度はあまり高くないかなと(全体的なトリックについては独創性もさほど感じられなかったことであるし)。
この作品それぞれをひとつの短編とすれば、それなりに面白く読むことができる。
「次は誰を殺しますか?」は、ミッシングリンクが問われる作品となっている。その回答は分かりやすいようでもあるのだが、その辺著者はきちんとトラップを仕掛けている。著者の意図するとおり、私は“キティちゃん”に引掛けられてしまった。
「生首に聞いてみる?」は、死体をどのようにして周囲の者に見つからずに運んだかというもの。これは単純ながらもなかなか感心させられるトリックとして仕上がっている。私自身は全然その方法に検討がつかず、なるほどとうならされるばかりであった。
「求道者の密室」は、セキュリティ強固な住宅にて殺人事件が起こるというもの。しかも、この問題はただ単に密室殺人を解くだけではないというもの。これは考えるというよりも、読まされてしまった一編。一見そのトリックは荒唐無稽なようでも、ここに集められた5人であれば本当にやりそうであり、なんとなく納得させられてしまう。しかも、それなりに伏線も張り巡らされているし・・・・・・
これらの他にもちょっとしたアリバイ崩し等々、ちょっと変わったミステリ・トリックがてんこ盛りとなっている。本書は、普通では扱いにくい没になったトリックを生かすことができる作品ともいえるかもしれない。ミステリファンであれば必ずや楽しめる作品になっているといえよう。
<内容>
「おねえちゃん」
「サクラチル」
「天国の兄に一筆啓上」
「消された15番」
「死 面」
「防 疫」
「玉川上死」
「殺人休暇」
「永遠の契り」
「In the lap of the mother」
「尊厳、死」
<感想>
ふと、思い返すと歌野氏の作品って、純粋にハッピーエンドで終わるというものは長編にしろ短編にしろほとんどなかったように思える。そう考えるとこの作品集のタイトルがあらわすように、バッド・エンディングで終わる作品が集められたというのも、意図してのことより自然な流れでということであったのかもしれない。
本書はミステリ的な作品集というよりは、バッド・エンディングな物語を読ませるための作品が集まっているという感じのものである。中には意外性を狙う事によって、どんでん返しが仕掛けられているものもあるが、それでもミステリという呼び名を付けるには、ちょっと弱いかもしれない。
本書の中でミステリ的な作品といえば、別のアンソロジーに掲載されていた「玉川上死」くらいであろうか。
その他にも、色々なミステリ的な効果を使用することにより物語の幅を持たせたものが多々掲載されている。ただ、それをひとつひとつ述べてしまうと、思いっきりネタバレとなってしまうので、それぞれの作品に対しての細かい検証はここではしないでおこうと思う。
今まで歌野氏の作品を読んだことのあるであれば、いかにも歌野氏らしい作品集であるということがよくわかるものとなっている。また、バッド・エンディングで終わる作品ばかりが並べられているのであるが、その内容の重さに関わらず、不思議な事に読みやすい作品集となっているので、意外と気軽に手に取ることができる本でもある。
<内容>
「黒こげおばさん、殺したのはだあれ?」
「金、銀、ダイヤモンド、ザックザック」
「いいおじさん、わるいおじさん」
「いいおじさん? わるいおじさん?」
「トカゲは見ていた知っていた」
「そのひとみに映るもの」
<感想>
“タイトルに難あり”と、とりあえず言っておこうと思う。本書のタイトルを見たとき大方の人が、事件を相談された、もしくは聞きつけた子供が快刀乱麻のごとく真相を導く、というようなものを想像するであろう。実は本書は、全くそのような内容ではなく、地道な警察小説といってもよいような作品となっている。
主人公は平凡な性格でありながらも、そこそこやり手の刑事である。彼の管轄内でさまざまな事件が起こるものの、彼の兄と兄の子供(姪のひとみ)が住む住居へ顔を出し、そこでひとみが何気なく放った一言をヒントにして、事件を解決に導いていくというもの。そして、この解決というのが、それぞれの事件でなかなか凝ったものとなっており、ミステリ作品として存分に楽しめる内容となっている。
起こる事件は町レベルのものから、殺人事件までと幅広い。本書は短編という構成になっているのだが、面白く感じられたのは、前に起きた事件や前に登場した人物が何気なく次の事件に関連したりと、連作形式という意味でも楽しめるものとなっている。こうした事件ごとのつながり方などについては良くできていると感じられた。
本書はある程度、軽いノリで進行される作品であるのだが、事件を解くという点に関しては、きっちりとした警察小説のように締められているので、タイトルから軽いものを想像して手に取るのを止めたという人は、もったいないので一読することをお薦めしておきたい。
では、タイトルに出てくる“舞田ひとみ”という女の子については何も関係ないのかといえば、そんなこともなく、姪のことを大切に思っている主人公が彼女に振り回されていて、彼女中心に物語が周っているようにさえ思われるのも確かである。また、彼女に関するちょっとした見所も作品全体で仕掛けられているというのもポイントのひとつである。
ということで、読み終わってみれば、きっちりとしたミステリに仕上げられていたなと感嘆させられた作品である。
<内容>
大刀川照音(たちかわ しょおん)はビートルズのジョン・レノンのフリークである父親によって、“しょおん”という変わった名前を授けられた。しかし、その名前から“たちしょん”とあだ名を付けられ、同級生からいじめに合う羽目に。照音はある日、一冊のノートに“絶望”というタイトルを付け、そこに自分がいじめられている苦しみを書き綴り始めた。そして、自分をいじめる者達の死を願ったとき、それが現実となり・・・・・・
<感想>
着手するまでに日があいてしまった。そこそこの厚さがあり、内容がいかにも陰鬱そうということもあり、しばし読むのを敬遠していた。そして実際に読んでみると、だいたい想像通りの暗い内容の作品であった。
ただし、最後まで読み終えてみると、思っていたよりもミステリ作品としてきちんと出来上がっていることに驚かされた。読んでいるときは、もっと単純な構造の内容だろうと思っていたのだが、実際にはかなり複雑にからみあった人間模様のうえで物語が形成されている。
本書については色々書きたいこともあるのだが、何を書いてもネタバレになってしまいそうなので、うまく書けそうにもない。印象としては、タイトルからして人気漫画の「デス・ノート」を思い浮かべる事ができるし、実際にそれを意識した部分もあると思える。また、個人的には「ドラえもん」における、便利な道具の間違った使い方というものが頭に浮かんだりもした。
鬱屈した気持ちが延々と書き綴られている作品ゆえに、読み進めづらいということもあり、薦めにくい小説ではあるが、読み終えると妙に印象に残る内容であることは確かである。作品を読んだもの同士で色々と語り合ってみたいと思ってしまう作品。
<内容>
「次は誰が殺しますか」
「密室などない」
「切り裂きジャック三十分の孤独」
「相当な悪魔」
「三つの閂」
「密室よ、さらば」
「そして扉が開かれた」
<感想>
まさか「密室殺人ゲーム」の続編が出るなどと、誰が予想していたであろうか。続かないはずの前作から、ちょっと趣向を凝らせた続け方となっているのだが、そのへんはこだわらなくとも、前回と同様の鬼畜系ミステリ・ゲームが展開される内容となっている。
今作も、この設定だからこそ可能な犯罪模様に驚かされることに。前作の存在があるからこそ、そこでワンクッションとなり、本書のショッキングな内容にもある程度許容できるようになっている。
破天荒な密室の作り方を実行する「切り裂きジャック三十分の孤独」
アリバイトリックのみならず、その動機がまさに“相当な”と言いたくなるような「相当の悪魔」
透明な箱を使って雪上に、まさに密室を意図的に作るという趣向の「三つの閂」
管理人によって監視された状態のマンションに侵入して殺人を犯すという不可能トリックに挑んだ「密室よ、さらば」
そのどれもが反則ギリギリというか、道徳ギリギリ(ではなく、道徳に関してはアウトか)のミステリ・トリックに挑んでおり、読むものの想像を逸脱するようなミステリ・ゲームが展開されている。これはまさに、色々な意味で突き抜けた本格ミステリ作品と言ってよいであろう。
道徳を無視した残虐系のミステリ作品を許容できるのであれば、存分に楽しめる今年一番の本格ミステリと断言できる作品。こうした作品を描けるというのは、歌野氏が良い意味で“若い”作家であるということなのであろう。今後もさらに、読者の予想が追いつかないようなミステリ作品を書き続けてくれることであろう。
<内容>
「白+赤=シロ」
「警備員は見た!」
「幽霊は先生」
「電卓男」
「誘拐ポリリズム」
「母」
<感想>
“舞田ひとみ”って、シリーズものとして続けるのかなぁ、などと漠然と考えていたのだが、まさか3年後の14歳となって再登場するとは想像だにしていなかった。
今作は前作と比べるとミステリとしての濃度は落ちたと思う。ただし、それは構成上しょうがないというか、著者の方も意識して、こうした構成にしたのではないかと考える。
というのは、前作は刑事であるひとみの叔父がメインとして書かれていた話であった。ゆえに、警察官としての視点が中心であり、事件についても積極的にかかわることのできる立場。今作では14歳となったひとみと叔父がべったりというのも違和感があるということなのか、メインの視点を同じ年の女子中学生からのものに切り換えている。ゆえに、ひとみらが体現する事件は14歳にふさわしい日常の謎のようなものを取り扱うこととなる。
“怪しい募金者の正体を暴こうとする事件”“学校で起きたユニフォームや私服などの大量盗難事件”“外国語講師が体験した幽霊事件”“メールの暗号事件”“近所で起きた唐突な誘拐事件”“病院で起きた謎の死亡事件”こうした事件に、ひとみとひとみとは別の中学に通う3人の女子中学生達が関わることとなる。事件によっては大ごととなるものもあるのだが、基本的に四人が関わることとなるのは小さな部分のみ。
といったこともあり、ミステリ的に規模が小さくなってしまうのはいたしかたないことなのかもしれない。あくまでもひとみらが体験する等身大の事件、というところがメインテーマなのではないだろうか。もし、このシリーズが続けば次にひとみと会うときは17歳となっているらしい(カバーの折り返しに歌野氏自らの言葉として書かれている)。今後はどのような形で、どんな事件と遭遇することになるのか。長い目で追ってゆくという風に考えると、色々と楽しめそうなシリーズである。
<内容>
「六人目の探偵士」
「本当に見えない男」
「そして誰もいなくなった」
「予約された出題の記録」
<感想>
待ちに待った「密室殺人ゲーム」の第3弾! 購入したときにややページ数が薄いので気になったのだが、読んでみると確かにこれくらいのページ数にするのがちょうどよいような内容。とはいえ、もうちょっとこの世界観を堪能したかったなと。
本書は最初の「六人目の探偵士」につきると言ってよい作品。事件が起きたとき、犯人とされる人物ははるか遠い場所で警察から取り調べを受けていた。その状況でどのようにして犯行をなすことができたのかという問題。
解答を出されてみると脱力系の部分もあるのだが、伏線と言い訳をこれでもかというくらい盛り込んで構築した渾身のトリックとも言えよう。これぞ“密室殺人ゲーム”と言える作品。
「本当に見えない男」もある意味「六人目の探偵士」と同様、伏線と言い訳をちりばめた内容となっているのだが、なんとなく煙にまかれたような気がしてしまう。
そうして、ラストの2作によりそのままエンディングとなり、今作の全体像が明かされることとなる。読み終わっての感想はというと、いかにも現代風なミステリであると感じられた。ネットで流される殺人ゲームの様相、さらには背後に潜む犯人の思惑。現実的に、ありそうでなさそう、もしくは、なさそうでありそうな犯罪と言えるのではないだろうか。よくよく考えると、ある種の社会派ミステリのようであり、現代に警鐘を鳴らす恐ろしい作品と言えるかもしれない。
<内容>
スーパーの保安主任をしている平田は、ある日いつものように万引き客を捕まえ、調書をとっていた。たまたま、その女の生まれた年が自分の死んだ娘と同じ年であったため、平田は何となく警察に通報せずに解放した。翌日、平田がいつものように昼休みに公園で昼食をとっていると、解放した万引きした女・末永ますみに声をかけられた。その後もたびたび平田はますみから声をかけられ、彼女の身の上話を聞くことに。うとましく思いつつも、平田はいつしか自分の過去をますみに話すようになり・・・・・・
<感想>
全部読み終えた後で思うことは、“結局、末永ますみという女は何だったのだろうか”と。
歌野氏の作品としては地味で面白みのない部類に入るであろう。話の前半はスーパーの保安員の平田と、平田が働くスーパーで万引きをした女との二人の現状とこれまでたどってきた過去の話が少しずつ明らかになっていくというもの。ただ単に、そういった話が語られるのみで事件性などはなく、ミステリ的な展開もないまま話が続いていく。
後半になり、とある事件が起き、そこからようやくミステリ的な展開として動き始めることとなる。ただし、スピーディーさには欠けており、ゆるゆるとラストへと流れていく。
その問題のラストであるが、確かに読んでいるときには想像もしないような着地点へとたどり着きはするものの、衝撃というよりは冒頭に書いたような謎が頭に浮かぶこととなる。物語の主人公である保安員の平田にとっては完全に帰結した物語と言えるのであろうが、一歩離れたところから見ている者からすると、不可解さが謎となり奇妙な余韻を残すこととなる。
<内容>
家庭の事情により家に引きこもることとなってしまった馬場由宇。ある日、由宇は家の裏にあるアパートのベランダに幼児が放置されているのを見かける。まさか虐待されているのではという疑問を抱くことに。すると、その子供がパチンコ屋の駐車場の車内に放置されているのを由宇は発見してしまう。見かねた由宇は、思わず子供を家に連れてきてしまった。しかし、幼児をどのように扱えばいいかわからない由宇は、かつて友人であり、現在は高校に通っている舞田ひとみを頼ることに。舞田ひとみを家に連れて来てみると、幼児の姿は消えており・・・・・・
<感想>
舞田ひとみが活躍するシリーズ作品。ゆえに今まで通り、舞田ひとみ17歳、というタイトルでカッパ・ノベルスで出してくれればいいのだが、今回はタイトルも異なり、ハードカバーでの出版。ページ数がずいぶんと多くなってしまったせいなのか、カッパ・ノベルス作品自体が減っているせいからなのか。
この作品では誘拐事件を描いている。二人の幼児が同時期にさらわれ、現金の取引が同時進行で行われる。それに対応しながらも犯人に振り回される刑事達、不可解な犯人の要求、さらに不可解な結末。そして最後に事件の全容を舞田ひとみが解説するという展開。この誘拐事件については、なかなかうまく書けていると思う。特に、現代的な盲点ともいえるものをうまく使用している。ただ、犯人のプロファイリング像が合わないように思えるところがやや微妙か。
実は、本書は誘拐事件のみをメインに描いた作品ではない。もうひとつ別の主題があり、それは馬場由宇という少年の家族の絆と少年自身の再生を描いているのである。引きこもりになった少年が舞田ひとみの助けを借りて、自身の人生を少しずつ変えていこうとしているのである。
この作品で一見不可解に思えるのは舞田ひとみの行動。何故彼女が、親友といえるほどでもない知人の厄介事を、嫌がりつつも事細かに面倒を見ていくのか。実はその舞田ひとみ自身も自分の人生に悩んでおり、それを変えたいと願っていたのである。由宇を助けることが、自身の変化につながるのではないかと考えていたのかもしれない。
本題ともいえる誘拐事件以外の部分も色々と描かれているので、かなり分厚い作品となってしまったようだ。最初、舞田ひとみが登場したときには、やけにすれた子になってしまったなと感じられたのだが、作品を読んでいくうちに、決してそんなことはないと思えるようになってきた。次の作品では20歳になった舞田ひとみに会うこととなるのであろうか。
<内容>
「ずっとあなたが好きでした」
「黄泉路より」
「遠い初恋」
「別れの刃」
「ドレスと留袖」
「マドンナと王子のキューピッド」
「まどろみ」
「幻の女」
「匿名で恋をして」
「舞 姫」
「女!」
「錦の袋はタイムカプセル」
「散る花、咲く花」
<感想>
様々な恋愛模様を書き表した短編集。ただし、恋愛小説と言いつつもしっかりと、それぞれオチを付けている。
最初の「ずっとあなたが好きでした」は、なんとなくオチを想像したら、まさにその通りになってしまった。「遠い初恋」などは、いや、そんな終わり方でいいのかよ、というようなオチ。全体的に、ほんわかした作品集なのかと思えば、「別れの刃」ではとんでもないラストが待ち受けていたりする。
そうして、ただ単に短編集が並べられているだけかと思いきや、しっかりとミステリ作家らしい意外な展開が待ち受けることとなる。このへんは、さすがといったところか。ただ、全体的にあまりにもページ数が多すぎるような。発表した短編作品を全部並べてしまいました的なところは、改善の余地があったのではなかろうか。
<内容>
「椅子? 人間!」
「スマホと旅する男」
「Dの殺人事件、まことに恐ろしきは」
「『お勢登場』を読んだ男」
「赤い部屋はいかにリフォームされたか?」
「陰獣幻戯」
「人でなしの恋からはじまる物語」
<感想>
歌野氏による短編集であるが、これがなんとも悪趣味で良い。著者の作品である「密室殺人ゲーム」を彷彿させるかのような悪趣味っぷり。
どの作品もタイトルのとおり、乱歩の作品をモチーフとしたもの。それぞれの作品を現代風にアレンジしている。例えば「スマホと旅する男」などはタイトルからしても、現代風と感じられ、さらに技術的に“イッテ”しまっている内容になっている。
最初の「椅子? 人間!」からして、中途半端なところで終わりにしないで、悪趣味の限りを突き抜けていってしまっているところがなんともいえない。
「Dの殺人事件〜」は、途中まで良い話のように思えたのだが、最後の最後で救いようのないところまで話が“イッテ”しまっている。最後の部分は冗談であったと祈らずにはいられない。
「『お勢登場』〜」は、予想がつきそうな内容であったものの、主人公の心持はあっぱれといえよう。最後に良い話にもっていっている(そうでもないか?)。
「赤い部屋〜」は、いつになったら終わるんだ感がものすごい。
「陰獣幻戯」は、予想通りの話かと思いきや、最後の最後で読者の一歩先をいった内容となっている。まさしく“幻戯”というタイトルにふさわしい。
「人でなし〜」は、ひとつだけの話ではなく、多重に描かれている物語という感じ。ネットでの生活と現実が区別つかなくなったものの話と、暗号解読、宝探し。この作品に関しては、悪趣味というよりは、最終的には笑い話に落ち着いたものであった。