あ行 い  作品別 内容・感想

バッド・チューニング

2007年08月 早川書房 単行本

<内容>
 私立探偵である私が自宅マンションへと戻ると、そこで目にしたのは知り合いのピンサロ嬢・加奈子の惨殺死体であった。誰が何のために? そして何故ここに死体を置いたのか? 私はことの真相を調べ始めようとするのだが・・・・・・

<感想>
 上記のように<内容>を書いてしまうと、これはハードボイルド・ミステリ作品なのかと思うかもしれないが、実際にはいっさいそんなことのない奇怪な作品である。これはどちらかと言えば文学系の作品といってもよいのかもしれない(文学系作品の読み手や評論家はたぶん否定すると思えるが)。

 本書は事件が存在するものの、その後の出来事が主人公である私の身辺もしくは内面でほとんど処理されてしまう。探偵は自己の内面のみでものを考え、そして考えれば考えるほど、自己の内面から脱する事ができなくなる。

 話の全てが内面だけで終わるというようなことはないものの、せいぜい半径何十メートル以内で物語は収束されてしまう。そしてその中だけが探偵の人生であったかのようにさえ感じられてしまうのである。

 本書が文学系作品のようでありながら、ミステリ系ノワール作品のように感じられてしまうのは、この探偵が決して反省や後悔をすることがないからかもしれない。彼はせいぜい酒を飲みすぎたと自戒するだけで(だからといって酒を飲むのを止めるわけではない)、その他の出来事については全て自己を正当化してしまう。そうした考えのもとで話が進められることによって、奇怪で無残でグロテスクな文学作品のような怪物的なミステリが生まれてしまうこととなったのであろう。

 この作品は決して人にお薦めできるものではなく、グロテスクな描写や数多くの過剰な性的な表現も気にせず、しかも変わった小説を読みたいという人にのみが読むべき、かなりマニアックな作品である。


エフィラは泳ぎ出せない   6点

2022年08月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 故郷を離れて暮らす小野寺衛のもとに、伯母から電話が来て、兄の聡の死を知らされることに。衛は知的障碍者である兄の存在を重く感じ、高校卒業後に故郷を飛び出していたのだった。そんな兄が自殺したとの報を受けたものの、衛は兄が自殺したことを信じることができなかった。兄の死の真実が知りたいと、衛は故郷へと戻ることに。そこで、疎遠にしていた父と伯母、幼馴染の百合と会い、話を聞いてゆくのであったが・・・・・・

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<感想>
 物語としては面白かった。知的障碍者を抱えてきた家族の苦悩と葛藤を描いた作品と言えよう。知的障碍者の兄から逃れるために故郷を飛び出した弟。妻の死後、自分なりに兄弟を育てようと苦悩してきた父親。自分の結婚生活がうまくいかなかった後に、亡くなった自分の妹の家族を支えてきた伯母。かつて仲が良かったものの、その後離れ離れになり、久々に彼らに再会し、彼らを援助することを試みた幼馴染。そんな彼らの様子が描かれている。

 一応本書はミステリ仕立てとして書かれている。亡くなった兄の死因は自殺とされたものの、本当に自殺であるのか? 自殺ならば何故に? また、自殺でないのならばいったい? ということを確かめようと、贖罪であるかのように弟は事の真意を追求していく。

 この作品については、ミステリとして読まなくてもいいなと思える作品。強調すべき部分はそこではなく、あくまでも家族の苦悩と葛藤。そして亡くなった本人の本当の気持ち。そういったところに込められていると思われる。それゆえに、ミステリ・フロンティアとしてではなくて、他の媒体で出た方が良かったと思われる。ミステリ・フロンティアとしてでは、ミステリファンくらいしか手に取らなそうなところがもったいない。できれば、ミステリファンのみならず多くの人に手に取ってもらいたい作品である。


交渉人

2003年01月 新潮社 単行本

<内容>
 救急病院の患者を人質に立てこもる三人組。対する警視庁は500人体制で周囲を固めた。そして犯人グループとの駆け引きは特殊捜査班のエース、アメリカFBI仕込みの凄腕交渉人! 思い通りに犯人を誘導し、懐柔してゆく手腕が冴え渡る。解決間近と思われた事件だが、現金受け渡しのときから何かが狂う。どこで間違ったのか。彼らは何者なのか・・・・・・

<感想>
 このような“交渉”ものの作品というとディーヴァーの「静寂の叫び」や漫画「マスター・キートン」での誘拐犯との交渉などを思い浮かべる。そういった作品に並ぶように、日本における“交渉”物の作品として本書が登場してきた。

 内容としてはノンストップ・サスペンス小説とでもいうべきもので、手に汗握る場面がスピーディに展開され、飽きさせず、最後まで目を離させない。期待していたよりもある意味面白い小説といえる。交渉術においても非常にわかり易く、話の展開をとめない範囲で説明がなされている点にも好感がもてた。著者の作品を描く力量もなかなかのものといえるかもしれない。

 そして、全体的な感想はというと、話の構成においても前述でも名前を出した“ディーヴァー”的といえるかもしれない。要はラストにとあるどんでん返しがあるわけだ(最近の小説ではあたりまえといえるのかもしれないが)。ただ、私が読みたかったのものは、あくまでもタイトルにあるように“交渉”に力を入れて、その“交渉”のみによって話が進められて結末がつけられるようなものを期待していたのだ。よって、わたしの考えていた“交渉人”とは少々趣が異なるともいえる。

 とはいうものの、べつの意味では良い裏切り方をしているともいえると思う。本書を読みながら、いくつかの点については不必要なのではと感じられる部分があったのだが、それらの要素によって最後には話がうまくまとめられているのには驚かされた。読むものの予想だにさせないサスペンス小説としてうまく出来あがっている。


TJV

2005年01月 文藝春秋 単行本

<内容>
 テレビジャパンがお台場に移転され、新しいビルが建った。その開局イベントが行われようとした矢先、テレビ局はテロリスト集団によってのっとられてしまう。のっとりの現場に居合わせたテレビ局社員、高井由紀子は29歳。彼女は友人達が次々と結婚していくのを眺めつつあせっていた矢先、付き合っていた彼氏からプロポーズされた。そしてその日は彼の両親に挨拶に行くためにおめかしをしてきたのだが・・・・・・
 テロリスト集団によって局がのっとられた際に偶然にもひとりだけ逃れることができた由紀子は単独で未来の夫を助けようと行動に出るのであった。

<感想>
 これはなかなか面白く読むことができた。スピード感のあるジェットコースター型のアクション小説と言って良いであろう。

 読む前は、主人公が女性でしかもOLという設定なので、その女性がテロリストと渡り合うという設定には違和感を憶えた。しかし、物語の中ではその主人公が決して超人的な能力を発揮するという事はなく(いくつかの偶然には助けられるのだが)、あくまでもOLという範囲の中で行動し、それらの行為がテロリスト達の計画を邪魔をしていくという流れとなっていて、なかなかうまく練られていると感心させられた。

 ただ難をいうのであれば、本書の内容があまりにも「ダイ・ハード」に酷似しているという事。そして、途中まで凄腕のはずであった警察側の交渉人が最後の最後であっけなく騙されてしまうというのもどうだろうと感じられた。

 しかし、そういった細かいことを除けば、全体的には良質のエンターテイメント小説として楽しめる内容であった。特に最後の主人公とテロリストの親玉・少佐との対決は圧巻である。“結婚”を間近に控えた、20代後半の女性のパワーを知らしめる作品である。


法廷遊戯   6点

第62回メフィスト賞受賞作
2020年07月 講談社 単行本

<内容>
 現在ロースクールにて勉強中の久我清義は、弁護士を目指していた。そんな彼らの間では、裁判を模した“無辜ゲーム”が流行っていた。その無辜ゲームにおいて、とある事件により告訴を行うこととなった久我。その無辜ゲームをきっかけに、久我の過去を掘り起こす事件の渦中に意外な形で巻き込まれることとなり・・・・・・

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<感想>
 なかなか面白い作品であった。作品全体を通し、そして裁判での場面において“無辜の制裁”というものを表し切ったところは見事であると思われる。これだけ聞いても、未読の人はピンと来ないと思われるが、内容についてあれこれ言ってしまうとネタバレ気味になってしまうのでこのくらいに留めておきたい。この作品については内容を知らないままで読んだほうが面白いのではないかと思われるので、早めに読むことをお勧め。

 ただ、個人的に気になったことをひとつ。それは主人公の人物造形。なんとなく、全編通してみると主人公が正義感のある人物という形にしたいように思えるのだが、読んでいる最中はそれが伝わらなかった。どちらかというと主人公は元々犯罪者気質で、単に犯罪の代わりに法律を手に入れ、昔の心持ちと変わらぬまま法律の世界へ入っていったというように思えたのである。そもそも正義感とかを持ち合わせているならば、過去にあれこれと危ない橋を渡っておきながら、法曹界に入ること自体がおかしいような気がしてならなかった。そんなわけで、物語後半で主人公のとる行動の数々がなんともしっくりしていないように感じられてしまった。

 と、個人的なちょっとした違和感を抜きにすれば、全体的には良い作品であると思われた。これは次作が出たら是非とも読んでみたいと思える作家の作品。


不可逆少年   6点

2021年01月 講談社 単行本

<内容>
 家庭裁判所を震撼させた未成年者による殺人事件。13歳の少女が3人の成人男性を殺害し、実の姉を傷つけた。しかもその様子をネットで配信していたのである。家庭裁判所に務める調査官・瀬良真昼はとある事件を担当することとなる。それは巷を騒がせていた“カミキリムシ”と呼ばれる女子高生の髪を無差別に切るということを繰り返していた少年。その少年の背景を調べていくうちに、13歳の少女が起こした事件の被害者に今回の事件との関連性があることが明らかとなり・・・・・・

<感想>
 前作「法廷遊戯」でメフィスト賞を受賞した著者の2作目の作品。少年犯罪に一石を投じるような内容となっている。

 中身はそれなりに面白く、内容もてんこ盛りとなっている。ただてんこ盛りとした分、“少年犯罪”というところに重きを置くはずが、そこがちょっとぶれてしまっているように思われてしまう。少年犯罪主体であれば、もっとミステリ性は薄くてもいいような気がしてしまう。別にミステリを盛り込むことが悪いことではないのだが、ミステリ性を強めることにより、リアリティが薄くなってしまうと、当初の目的からぶれてしまうように思えてならないのである。

 13歳の少女による犯罪。その犯罪の被害者の家族である3人は同じ高校で顔を合わせる知り合いである。義父に虐待された少女、元ピアニストの父に虐待されていた兄弟、そして妹に殺されそうになった少女。学校の近隣で起きる髪の毛を切るという犯罪行為を繰り返す“カミキリムシ”と呼ばれる犯罪者。そして少年犯罪に奔走することとなる家庭裁判所の調査官たち。

 こういった背景の元、事件を繰り返し起こしていた“カミキリムシ”が捕まることに。少年であったその犯罪者を調査官が面接していく中で、その背後に潜む謎が浮かび上がってゆくこととなる。そして、事件全体に隠された謎と犯罪を犯した少年・少女の心理が表されることに。

 といった具合で、見所満載であるのだが、全体的には結構読みやすい内容となっている。うまく描かれていると思われるのだが、これを描くにあたって、軽めの切り口がいいのか、重めの切り口がいいのか迷うところ。本書は軽めの切り口で書いているように思える。軽めゆえに、多くの人に手に取ってもらうことができるという利点はあるものの、“少年犯罪と更生”というテーマが伝わり切るのかは微妙に思われる。重めの切り口というと、ふと脳裏に浮かぶのは天童荒太氏の「永遠の仔」を思い浮かべてしまうのだが、あれはあれでなかなか読み進めづらかったような気がする。どういう形がよいのかと一概にいうことはできないが、これはこれでそれなりに著者の思いを必死に描き上げた作品ということなのであろう。


空飛ぶタイヤ

2006年09月 実業之日本社 単行本
2008年08月 実業之日本社 Jノベル・コレクション
2009年09月 講談社 講談社文庫(上下)

<内容>
 運送会社・赤松運送所有するトレーラーの走行中、タイヤが外れて歩行者の母子を直撃し、母親が死亡するという事故が起きた。トレーラーのメーカーであるホープ自動車によると“運送会社の整備不良”という結論になったが、運送会社の社長である赤松は納得がいかなかった。整備には問題ないはず、トレーラーの性能自体に問題があったのでは? 必死にメーカーに食らいつく赤松であったが、大企業であるホープ自動車からは、まともな対応は返ってこなかった。しかも真相を追及しようとする間に会社の業績が悪化し、赤松運送は社会から孤立していくこととなり・・・・・・

<感想>
 熱い! とにかく熱い小説。フィクションであるはずなのだが、現実に起きた事件をモチーフにしているためか、ノン・フィクションに思えてしょうがない内容。

 死亡事故が起きた故に、社会的に揺さぶられることとなる中小企業が命運をかけて大企業に立ち向かうという内容。基本的な読み方としては当然のことながら中小企業のほうに肩を入れて読んでしまうのだが、別の立場から見てしまうという人もいるのではないだろうか。

 通常時であれば上から物を見てというのが普通の大企業、そして大銀行。それが有事においてどこまで通用するのかということが問われているようでもある。しかし、この小説のなかで表されているように、ボタンの掛け違いがあれば、大企業の論理がそのまま通用してしまうという恐れも十分にあるとも言えよう。

 最終的には主人公がハッピーエンドという立場に置かれるものの、ややご都合主義的な部分も多い。しかし、だからこそ爽快な小説に仕立て上げられているとも言える。さらには、それだけではなく、大企業と中小企業の間に、さまざまな立場のものが多く存在し、それらの人々に対しても瑞々しく描かれているところが素晴らしい。こうした有事の局面のなかで主人公らの思惑とは別に、悪い立場に陥る者もいれば、それを利用してしたたかに生きる者達も存在する。

 基本的な主導の路線だけではなく、群像小説として全体的にうまく描かれている。さらに読みやすく取っ付きやすい内容。この池井戸氏の作品を読むのは初めてであるが、これだけ読みやすい作品を書くのであれば、興味のあるテーマの作品があれば他のものも是非とも読んでみたい。


フレームアウト   6点

第27回メフィスト賞受賞作
2003年01月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 1979年、NY。映画編集者デイヴィッドの作業スペースに紛れ込んでいた邪悪で完璧に美しい一本のフィルム。あれは、本物の“スナッフ”!? 出演女優アンジェリカと、失踪したもう一人のアンフェリカの行方を追うデイヴィッドが覗いた暗黒の淵とは?

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<感想>
 これは素直にミステリとしてくくることはできなさそうである。雰囲気的には先月出版された西澤保彦氏の「ファンタズム」もしくは井上夢人氏の「メドゥサ、鏡をごらん」などのような本と考えていただくとわかりやすいかもしれない。ジャンルとしては幻想小説もしくは幻想ホラーといったところであろうか。

 全体の背景としては映画関連の知識で占められている。そして事件らしい事件というものが起こらずにその映画の知識や雑談的なものによって話がすすめられるので、このへんは人によって好き嫌いがでるところかもしれない。とはいうものの、独自の感性のなか独特の雰囲気にて進行していく物語は他では見られないものになっていて、すでに自分なりの世界観を持っているという点はすごいことであると思う。

 内容に関しては一言でいえば、“白昼夢”といったところか。白黒のような感覚がただよう世界観のなかで、コマ送りされる話の内容が最後に時系列順に結びつく。しかし、それが結びついたかと思いきやひとつであったはずの物語が二重にぶれてただようこととなる。

 ラストについては賛否両論あるだろうが、読んだものの頭の中にフレームを通して静かにコマ送りされる影像の足跡が残されることであろう。


ハードフェアリーズ

2003年06月 講談社 講談社ノベルス

<内容>
 バーの地下室から銃声が鳴り響く。地下室では3人の男が銃弾により倒れていた。ただ1人生き残った女性の話では仲間同士の男女関係のもつれから1人の男が2人を殺害し、その後自ら自殺したという。その話によって片付いたかと思われた事件がとある証言によって異なる形を帯びることに! 現場で銃声を聞き、発見者となった男は次第にその事件に取り付かれていくことになる。
 そして20年後、短編映画コンクールの応募作品にて、その過去の事件が再び甦ることに・・・・・・

<感想>
 2作目にして、自分なりの作風というのをすでに確立しているのではないだろうか。

 起こる事件は単純な物といえよう。4人の人物のうちの1人が2人を撃ち殺し、そして自分も自殺し、1人が生き残るというもの。しかしもうひとつの銃声の証言が出てきたことから実際にはそれとは反することが起きたのではないかと思い疑問に思った者が調査を進めていくというもの。そしてそれはさらに時代を超えて事件は引きずられていく。

 本書のポイントは事件事態のみならず、その見せ方にあると感じられる。影像にこだわりのある著者が小説を読む者に影像として思い浮かべさせるような効果を上げることができないかということを考えて書かれているのではないかというような感触を受ける。もしくは生垣氏は小説を書く際に、まず影像が先に浮かび、その影像を元に小説をおろしていってるのではないかという感触も受ける。

 そのような“効果”というものに対するこだわりを受けることができる。全体的には小説としては長いのではないかという印象を受けるのであるが、生垣氏にとってはその思い浮かべた影像を表現すると必然的にこのくらいの長さの書になったのかもしれない。

 それを“効果”と感じるのかそれとも“冗長”と感じるのかは人それぞれであると思う。しかし、このような作風のこだわりをもって小説を書くという意識は大事なことなのではないだろうか。


不連続線   6点

第2回鮎川哲也賞受賞作品
1991年11月 東京創元社 単行本
1999年03月 光文社 光文社文庫

<内容>
 夫を一年前に交通事故で亡くし、義母と二人暮らしをし、翻訳の仕事などを手掛けていた吉本紀子。ある日、義母が突然亡くなった。しかも、殺害された後、大きなカバンに詰められた状態で発見されたのである。ごく普通の生活をしていた義母が何故そのような死に方をしなければならなかったのか。紀子は単独で、義母の死の謎を解き明かそうと調査を開始する。すると、義母の足取りが徐々にわかり、生前の義母と会ったと思われる二人の男の存在が明らかとなり・・・・・・

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<感想>
 鮎川哲也賞作品を全て読破しようと思い、入手して初めて読んだ作品。実はこれを書いた石川真介氏のことをほとんど知らなかったのだが、どうやら旅情ミステリのような作品を何冊も書き上げているよう。そのジャンルの本は個人的にはあまり読まないがために、今までこの著者の作品を触れることがないままとなってしまった。

 本書を読んで感じたのは、非常に丁寧な旅情系・アリバイトリック系のミステリ作品になっているということ。ふと思うと“鮎川哲也賞”というと本格ミステリ系のイメージが強いものの、鮎川哲也氏の作品を思い起こすと、実はこの「不連続線」のような作品が主体であったなと。それゆえ、ある意味この作家、鮎川哲也氏の直系といってもよいような位置づけになるのかもしれない。

 非常に丁寧で、緻密に語られるミステリという感じであった。被害者が死亡する以前に辿った道筋を丁寧にたどり、詳細な調査が繰り広げられる。そうして徐々に事件背景が明らかになってゆくというもの。物語の進行が丁寧すぎて、退屈と感じられる部分はあるのだが、それでも主人公と言ってもいい女性翻訳家のパートと、警察のパートに分け、メリハリをつけながら捜査を展開させていっている。さらには、事件の背後に秘められた動機についても、うまく練られており、見事にアリバイトリックから事件の全貌まで、うまく描き切った作品と言えよう。

 ひとつ気になったのは、普通の主婦と言ってよいような主人公に対して、警察の情けなさが際立っていたところがちょっと微妙であったかなと。そんなことはさておき、デビュー作のわりには、素人らしからぬ作家としての手腕が感じられた作品であった。


死都日本   5点

第26回メフィスト賞受賞作
2002年09月 講談社 単行本

<内容>
 火山国日本は、幾度となく繰り返されてきた破局的大噴火によって形作られてきた。それがもし再び、明日起きるとしたら?  日本は第2のポンペイとなるのか?  クライシスノベルここに登場。

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<感想>
 火山の噴火のシミュレーションノベルか、日本の危機を知らしめる提言書か、それとも火山の噴火に関する論文か、はたまた国家レベルの防災対策マニュアルか? またもやメフィスト賞によって一冊の問題作が世に送り出されることとなった。

 正直言って導入部分は物語性が全く感じられなく、火山の論文を読まされているようにしか思えなかった。しかし読み進めていくうちに中盤以降に入ってからようやく物語として話が進んで行き、興味も少しずつ出てくるようになる。少なくとも最初は我慢して読み進めていくべき本である。そして途中で止めることなく読み進めていけば、日本において火山が爆発したときに世界的にどのような影響を与えることになるのかというのがまざまざと知らされる。一冊の本としては長いのだが、このテーマを本当に書ききるのであればもっと多いページ数が必要であるということがわかる。

 火山に興味がある人や九州地区に住まれている人にはお勧めの本である。


池袋ウエストゲートパーク

1998年09月 文藝春秋 単行本
2001年07月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
「池袋ウエストゲートパーク」
「エキサイタブルボーイ」
「オアシスの恋人」
「サンシャイン通り内戦」

<感想>
 この著者の本を読むのは初めてである。すでにこの作品はテレビドラマ化されており、本屋で文庫が並んでいたのをきっかけに手にとってみた。

 主人公は街の何でも屋(別にそれを生業にしているわけでも、商売をしているわけでもないのだが)とでもいったところか。このようなスタンスで描かれる物語というものは数多く書かれているのではないだろうか。しかし、そういったものとはいくつか異なると思われる点が見られる。その一つに主人公の若さというものをあげることができる。こういった、何でも屋のような事を行うには円熟さや経験といったものが必要になる場合が多い。本来ならばこういったスキルはある程度長く人生を生きてきたものが持つものであると思う。しかしこの主人公は若いながらもそれらとは異なる別のスキルを持っていることにより何でも屋というものをこなすことができるのである。それは彼がその街に生き、その街で暮らしてきたがための、街で生きるルールに熟知しているということと、街の住人ならではのその街を闊歩する権利というものが認められているということである。これがこの街で主人公が何でも屋をできる理由であり、そして彼にしかそれができない理由でもある。

 もうひとつのポイントは仲間という存在であろう。この主人公の特徴の一つに面倒見がいいという点があげられる。そして分け隔てなく多くの人達と付き合うことにより、数多くの信頼を勝ち得ることができ、多くの者が自分から彼に協力しようとするのである。また、それは主人公が私利私欲に走らず中立という姿勢を崩さないというスタンスも重要なのことであろう。

 結局のところ、ある種の時代劇の長屋の用心棒といった設定のようにも感じられる。それを現代風にアレンジするとこのような形になるのではないだろうか。その背景たる現代風の“街”というものを独自の設定で描いた作品といえよう。


少年計数機  池袋ウエストゲートパークU

2000年06月 文藝春秋 単行本
2002年05月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
「妖精の庭」
「少年計数機」
「銀十字」
「水のなかの目」

<感想>
「妖精の庭」
 これはまさに現代を書いた作品といえよう。性同一障害、ネット内の覗きサイト、ストーカーと現代的なキーワードが盛りだくさん。事件自体にひねりはないものの、それぞれのキャラクターが鮮烈に描かれている。ストーカーも悪い意味で鮮烈だ。

「少年計数機」
 孤独な少年とマコトの邂逅を描いた物語。その一言といえよう。純粋な子供ほど、大人の社会の犠牲になりやすいということなのだろうか。ラストの一文が心地よい小説であった。ここに出てくる少年から“ファイナル・ファンタジー X-2”の“シンラ”という少年を連想してしまった。

「銀の十字」
 ひったくり犯 VS 老人二人組み。マコトはレフェリーといったところか。エロジジイにマコトも形無し。池袋の町を闊歩する老人というのも乙か。老人達が強烈で、犯人のほうはほとんど目立たなかった。

「水の中の目」
 かなり重いものを題材として扱っている。“女子高生監禁事件”を題材にした記事を書こうと調査し始めたマコトだが賭博荒らしを捕まえてくれと別の事件を頼まれる。そしてその事件を調べていくうちに、犯人らが女子高生監禁事件に関わっていた者であることを突き止める。
 今までのシリーズの作品の中で、一番暗い内容の物語ではなかろうか。強烈なキャラクターとしてはマコトのボディーガードを勤める、ヤクザのミナガワ。そしてさらに強烈なキャラクターを持った人物もいるのだが、それは読んでもらえればわかると思う。この小説ではまさに狂気というものが描かれているといっていいだろう。ルールもモラルも持たずに犯罪行為をひたすら繰り返す愉快犯たち。マコトやその他、力がある者たちでさえも、その非常識な行動を止めることはできない。これぞ、極端な少年犯罪の行き着く先とでも表現すればよいのだろうか。それに巻き込まれた者は、ただただ運が悪いこととあきらめるしかないのだろうか。
 ラストのオープニングからエンディングにおいての“水のなかの目”が印象的。


赤・黒  池袋ウエストゲートパーク外伝

2001年02月 徳間書店 単行本
2004年02月 徳間書店 徳間文庫

<内容>
 カジノでの賭けによって借金におわれていた映像ディレクターの小峰は知り合いから狂言強盗に乗らないかと誘われる。それはヤクザの金を運搬するものとぐるになり、1億円を強奪するという計画であった。その計画に乗った小峰らは計画通りに事を進め、現金を強奪する。しかし、それを山分けする際に裏切りが起き、小峰は一円も手にすることができず、しかもヤクザから追われる羽目になり・・・・・・

<感想>
 本書は池袋ウエストゲートパーク外伝となっている。本編の主人公とコンビを組むのがヤクザの斉藤・通称サルということで、こちらはIWGPのシリーズでもお馴染みの顔である。他はIWGPシリーズの登場人物の名前がちらほら出てくるくらい。ようするにIWGPの世界と同時期に池袋で起こった、また別の話という設定である。

 本書は現金強奪から、裏切り、そして奪われた金と謎を追うといった展開がスピーディーに繰り広げられる。そして後半には事件の全てを解決するために博打が、それも文字通りカジノにて大博打が打たれることになる。リーダビリティ充分のエンターテイメント小説にできあがっており、一気に読むことができる。

 ただ、前半に比べると後半がややもたついたかなという気もする。前半は主人公もあれこれ考えて、金を取り戻すために色々と行動するのだが、後半の展開はやや他力本願であったかのように思える。結局のところ賭けによる運任せということであればご都合主にならざるを得ない。とはいえ、そのカジノの場面も緊迫したものとなっており見ごたえがあることも確かである。

 最近は暗いノワール系のサスペンスが横行するなか、こういった胸のすくようなサスペンスというもの悪くはない。


骨 音  池袋ウエストゲートパークV

2002年10月 文藝春秋 単行本
2004年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
「骨 音」
「西一番街テイクアウト」
「キミドリの神様」
「西口ミッドサマー狂乱」

<感想>
 今作でも主人公のマコトが池袋に起こる事件の数々に首を突っ込んでいくというスタンスは変らない。ただ、今回はマコトと色々な仲間たちというよりは、マコトとGボーイズのリーダー・タカシとのコンビでの活躍が目立っていたように思える。

 作品内で起こる事件はいろいろな様相を見せてくれて楽しめるのだが、その謎が解かれる過程があまりにも単純化しているようにも思える。特に「骨音」や「西口ミッドサマー狂乱」などでは、明らかに事件の犯人や後の流れがわかってしまい、それに気づかないマコトに苛立ちを感じられる場面もしばしあった。とはいえ、ミステリー色を強調しているシリーズというわけではないので、その辺は逆にこのドラマ的ともいえるような流れこそが支持されている要因のひとつなのかもしれない。

 また、前述したようにさまざまなアイディアがつまっている事件の様相には見るべきところが多々あると思う。特に「キミドリの神様」の地域振興券ネタは現代の通貨制度に石を投げ込むような内容であり、なかなか面白く読むことができた。また、「西一番街テイクアウト」のラストでの揉め事を解決する方法はベタな展開ながらも、これこそIWGPらしさが出ているなと思わされる。

 好調続きのシリーズものであるが、できればもう少し過去の登場人物らにも活躍の場を与えてもらえたらなと思うところ。


電子の星  池袋ウエストゲートパークW

2003年11月 文藝春秋 単行本
2005年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
「東口ラーメンライン」
「ワルツ・フォー・ベビー」
「黒いフードの夜」
「電子の星」

<感想>
 今回も良い作品がそろっていると素直に感心。IWGPシリーズも4作品目となり、これだけシリーズが続けばマンネリ化してくるだろうと思いきや、その面白さは変わらない。確かに話の展開の仕方はパターン化しているのかもしれないが、逆にそのパターンが心地よく感じられるのだから不思議なものである。結局のところ、不必要に奇想な展開を狙わずに、じっくりと物語を楽しんでもらうというスタンスが成功を収めている要員ではないだろうか。もしくはそういった細々な理由ではなく、あくまでも作家の力量ゆえに面白く感じさせられているということなのかもしれない。

 もはや誰もが安心して楽しめる不動のシリーズという地位を築いてしまったかのような作品。


反自殺クラブ  池袋ウエストゲートパークX

2005年03月 文藝春秋 単行本
2007年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「スカウトマンズ・ブルース」
 「伝説の星」
 「死に至る玩具」
 「反自殺クラブ」

<感想>
 風俗で働く女性をスカウトすることを天職とする男の騒動を描いた「スカウトマンズ・ブルース」
 かつては誰もが知っていたロックスターの現在の生き様を描く「伝説の星」
 中国から出稼ぎにきた女性と、流行の玩具との悲しい思い出を描いた「死に至る玩具」
 自殺者を救おうとする三人の男女が奔走する事件を描く「反自殺クラブ」
 これらの事件の当事者たちに依頼され、一緒になって事件に奔走するライターのマコトの様相を描いたおなじみIWGPシリーズである。

 本書はある意味、ファンタジーだとか時代劇調の作品であるといえるかもしれない。特にファンタジーだと思えるのは、個人の力ではどうにもできないだろうと思えることを本当に作中でやってしまうからである。特に「死に至る玩具」を読んでいるときにはそう感じられた。これは大企業にクレームを付けるという話であり、主人公達が巨像に向かう蟻のようにさえ思えてしまう。読んでいて、無駄な足掻きのように見えてしまうのだが、それを主人公のマコトは事態を真摯に受け止め、なんとかしようと考え、そして実際に行動に移してゆくのである。

 一見、そんなことは無理だろうと思いつつも、読んでいて声援を送りたいという気持ちもあり、物語にどんどん惹きつけられていく。こういう思いを感じさせることこそがIWGPシリーズの魅力ともいえるのではないだろうか。

 大きな力に対して、自分達の力でなんとかしてみようという思い。そのマコトに力を貸そうとする人々。マコトの側にいる人々もこういう思いがあるからこそ、善行を行おうというマコトに対して積極的に力を貸そうとするように思える。マコトが頼りにする人々はアウトローともいうべき者達ばかりであるのだが、そんな彼らがたいして得にもならない仕事を引き受けてしまうのは、読者が感じているそのままの思いを彼らが持っているということなのではないだろうか。

 どうせ派手にやるのであれば、良いことをしたほうが気持ちがいい。このIWGPというものには、そんな感情があふれ出しているように感じられる。


灰色のピーターパン  池袋ウエストゲートパークY

2006年06月 文藝春秋 単行本
2008年10月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「灰色のピーターパン」
 「野獣とリユニオン」
 「駅前無認可ガーデン」
 「池袋フェニックス計画」

<感想>
 盗撮でお金を稼いでいた小学生が高校生からゆすられ、マコトに助けを求めてきた「灰色のピーターパン」
 兄の人生を台無しにしたケダモノに復讐したいとマコトに依頼してきた女性の事件を描く「野獣とリユニオン」
 ロリコンの疑いをかけられている保育園で働く男の無実を証明しようとする「駅前無認可ガーデン」
 池袋の外国人風俗が警察によって徹底的に摘発されたとき、事件は起こりつつあった「池袋フェニックス計画」

 今読んでいる本で「ひぐらしのなく頃に」というものがあるのだが、そのなかの主題で、事件を短絡的に解決しようとせずに、大勢で話し合って、よりよい方法を見つけていく事が大切、というようなことが書かれている。このIWGPを読むと、その事に大いに納得させられてしまう。

 事件というものは、なかには暴力で簡単に解決する事ができるものもあるかもしれない。しかし、そこを短絡的に解決せず、よりよい方向性を見つけて解決してゆくということは、このIWGPの主題でもあると思われる。

 主人公のマコトのコネを使えば、さまざまな事を短絡的に解決する事はできるのだが、決して直接的な暴力は使わずに穏便な解決方法を図ろうとする。なかには、暴力はふるわなくとも暴力的な背景を解決に用いることもあるのだが、充分に読んでいる者を納得させるものになっている。

 ある種、マコトが暴力団やストリートギャングのコネを使って事件を解決するのはご都合主義のように思えるのだが、あくまでもそれらのコネというのはマコトの今までの人生の中で信頼によって築き上げてきたコネであるゆえに、決して否定できるものではない。マコト自身が短絡的な暴力をふるわずに、よりよい解決を目指すというスタンスがあるからこそ、さまざまな人々が彼に対して好意的に協力してくれるということこそが大事なのであろう。

 ということで、今作でも現代的な事件を何でも屋のマコトが解決するというスタンスは変わっていない。今作のなかで一番目をひいたのは「野獣とリユニオン」。この作品こそが前述した内容について、一番著実に表している事件なのではないかと思われる。このような変わらぬスタンスでマコトはこれからも事件を解決してゆくのであろう。


Gボーイズ冬戦争  池袋ウエストゲートパークZ

2007年04月 文藝春秋 単行本
2009年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「要町テレフォンマン」
 「詐欺師のヴィーナス」
 「バーン・ダウン・ザ・ハウス」
 「Gボーイズ冬戦争」

<感想>
 オレオレ詐欺のグループから抜けたいという男がマコトに助け求めに来る「要町テレフォンマン」
 町で美人女性に声をかけられ絵画を買うこととなった男の悩みを描く「詐欺師のヴィーナス」
 以前、放火事件を起こした少年と、現在進行中の放火事件との関連を描く「バーン・ダウン・ザ・ハウス」
 謎の人物が次々とGボーイズを襲い、池袋を混乱におとしいれ、マコトは事態を収拾しようと奔走する「Gボーイズ冬戦争」

 年に一度のIWGP。今回もマコトやGボーイズらが活躍し、池袋の秩序を守っていく様子が描かれている。

 この作品でシリーズ7作目となるのだが、マコトやGボーイズのキングも年をとったなぁと思えてしまうのは気のせいだろうか? なんとなく、マコトらいつもの登場人物に老成とまでは言わないまでも、やたらと落ち着きが見られるような気がした。これは著者が年をとりつつあるせいか、それとも読んでいる自分が年を経たせいなのであろうか。

 などと感慨深げに読んでしまったためか、特に破天荒さというものは感じず、どの作品も落ち着きのある人情者ストーリーとして読み通していった。

 今現在であれば、昔書かれた江戸時代ころを描いた人情小説などに味わい深いものを感じ取る事ができるが、このシリーズも何十年か後に読まれれば平成の時代小説として感じてもらえるのではなかろうか。そういう感じで、今後もそのままの形でシリーズを続けてもらって、平成の人情ものとして後世に残るような作品であり続けてもらいたいと望んでいる。


非正規レジスタンス  池袋ウエストゲートパーク[

2008年07月 文藝春秋 単行本
2010年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「千川フォールアウト・マザー」
 「池袋クリンナップス」
 「定年ブルドッグ」
 「非正規レジスタンス」

<感想>
 シングルマザーとして生きる母親の悲哀を描いた「千川フォールアウト・マザー」
 池袋でボランティアのゴミ拾いをする者と誘拐事件とを描いた「池袋クリンナップス」
 元彼から脅迫される女と彼女を守ろうとする元警察官との事件を描いた「定年ブルドッグ」
 派遣会社からの仕事によって食いつなぐ青年の様相を描いた作品「非正規レジスタンス」

 おなじみIWGPのシリーズである。この作品は、社会派とまでいうと言い過ぎかもしれないが、現代の世相を表していると言えよう。徐々に陰惨なものになりつつある犯罪の様子。その犯罪も大人が行うものから子供が行うものまで種々さまざま。格差社会の問題と、それが引き起こす事件。特に今回の作品群はこうした世相を強調するものとなっている。もしくは著者がそうしたことを意識していなくても、現代風の事件を書けば自然とこのような作品が出来上がってしまうのかもしれない。

 特に印象に残るのが「非正規レジスタンス」。そこには格差社会のなかで日雇い労働を続ける青年の話が書かれている。これを読んだ時に思ったのは、この作品が単行本として刊行されたのが2年前、それから2年たって社会はどのように変わっていったのだろう。

 何年も前から景気が悪い悪いと言われつつも、今が底でだんだんと良くなるだろうと楽観視されていた。しかし、それからずっと景気は悪い方に傾き続けているように感じられる。この作品で派遣会社の仕事につく青年の悲哀が書かれているものの、現在ではその派遣会社ですら立ち行かなくなっている状況になっているのではないか。現に少し前までは求人票などを見ると派遣会社の名前が多く並んでいたが、車産業の景気が悪くなって以来、そうした派遣会社の名前を以前のように多く目にすることはなくなってきた。

 本作品のなかでは、格差のある社会の中でなんとか良い条件を勝ち取ろうという行動をとる人たちの様子が描かれている。しかし現実問題としては、そうした力がおよばないところから不景気というものがやってきて、人々の生活を脅かしている。よって、労働条件どころか、働く機会さえあればまだマシだというような状況に陥るばかりとなってゆく。この2年前に書かれた「非正規レジスタンス」を読むと、つい、今と照らし合わせてしまい、彼らの悲哀はこれからどこへと向かうのだろうと考え込まずにはいられない。


ドラゴン・ティアーズ −龍涙  池袋ウエストゲートパーク\

2009年08月 文藝春秋 単行本
2011年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「キャッチャー・オン・ザ・目白通り」
 「家なき者のパレード」
 「出会い系サンタクロース」
 「ドラゴン・ティアーズ −龍涙」

<感想>
 OLを狙ったエステ詐欺の実態を暴く 「キャッチャー・オン・ザ・目白通り」
 ホームレスの現状と彼らを食い物にしようとする者たちと闘う 「家なき者のパレード」
 出会い系にて出会った男女の恋物語を描く 「出会い系サンタクロース」
 労働現場から脱走した中国人研修生の行方を追う 「ドラゴン・ティアーズ −龍涙」

 今まで、この一連のシリーズを社会派っぽいと表現していたが、もはや完全に社会派小説であると断言してよいであろう。IWGPは今を描く社会派人情小説である。

 今回テーマとなっているのは、エステ詐欺、ホームレスの現状、出会い系、中国人出稼ぎ労働者といったもの。どれも目新しいものではなく、どこかで聞いた事のあるものばかりなのだが、これらの問題の過去と現状には大いに隔たりがあるようだ。これも社会的な長い不況のせいなのだろうか。

 これら作品を読んでいて気になったのは、作品全体における元気のなさ。主人公のマコトや主要キャラはいつものように活躍してくれているのだが、シリーズの代表とも言えるストリート・ボーイ達がホームレス化していったりと、若者社会にも影が射し始めていることに否が応でも気付かされてしまう。

 今回の作品の中で一番印象深いのはタイトルにもなっている「ドラゴン・ティアーズ」。普通、事件を解決するには主人公であるマコトが奇抜な解決方法を考え、それを皆の力を借りて実施するというものが多い。しかし、この作品ではあまりにも大きな不条理に打ちのめされ、マコトは身動きすらとれなくなってしまい、ただ状況に流されてゆくのみ。そんななか、ある登場人物のしたたかな計略により事件が見事な解決を見せることになるという内容。しかもマコト自身の身にも影響がでる結末であり、今後の作品の中ではどのような動きを見せることになるのやら。


PRIDE  池袋ウエストゲートパーク]

2010年12月 文藝春秋 単行本
2012年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「データBOXの蜘蛛」
 「鬼子母神ランダウン」
 「北口アイドル・アンダーグラウンド」
 「PRIDE」

<感想>
 個人情報を盗まれ、困っているIT企業の社長を助けることとなる「データBOXの蜘蛛」
 自転車事故を起こした加害者を捜す「鬼子母神ランダウン」
 アイドルをストーカーから守る「北口アイドル・アンダーグラウンド」
 広域指名手配レイプ団の正体を暴く「PRIDE」

 今回のテーマは個人情報、自転車による交通事故、地下アイドル、ホームレス自立支援組織といったもの。まさに今を描くドキュメント系エンターテイメントといえよう。

 背景はともかくとして、内容は全体的に普通というか、あまりひねりはなかったかなと。特にそういったミステリ系の効果を楽しむようなシリーズではなく、マコトとタカシの活躍を楽しむ作品なので、いつも通りというところが大切なことなのかもしれない。暗い影がたちこめる社会のなかで強く生き抜く者達の様子が描かれている作品集。


憎悪のパレード  池袋ウエストゲートパーク]T

2014年07月 文藝春秋 単行本
2016年09月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「北口スモークタワー」
 「ギャンブラーズ・ゴールド」
 「西池袋ノマドトラップ」
 「憎悪のパレード」

<感想>
 池袋ウエストゲートパーク、久々の11作目。約4年ぶりのお目見え。ハードカバーでは2014年に出ているのだが、私はこのシリーズは文庫で読んでいるので、今になってようやく読了。

「北口スモークタワー」 違法ドラッグの供給元をつぶせ!
「ギャンブラーズ・ゴールド」 ギャンブル依存症を直せ!
「西池袋ノマドトラップ」 ノマドワーカー(フリーのITワーカー)を救え!
「憎悪のパレード」 ヘイトスピーチに巻き込まれた街と、強引な地上げの真相に迫れ!

 相も変わらず軽快な社会派小説という感じであるのだが、登場人物らがなんとなく大人になった気がする。また、マコトとGボーイズの面々がこれらの事件を解決するというのも変わりないのだが、どこか大人びた解決がなされているような。

 今までのシリーズであれば、マコトが池袋のさまざまな人々の力を借りて、爽快に事を解決していくという感じであったのだが、今作ではその爽快さがなかったように思える。普通にというか、あまりにも現実的な解決がなされていることにより、別に主人公らが請け負わなくてもよさそうなと、感じてしまった。なんとなく大人の解決というか、役所的な解決で終わってしまっていることに不満を抱くのは私だけだろうか?


ブレイクスルー・トライアル   6点

第5回「このミス大賞」受賞作
2007年01月 宝島社 単行本

<内容>
 門脇雄介は学生時代の親友・丹羽史朗に誘われて、懸賞金1億円の大イベント“ブレイクスルー・トライアル”に挑むことに。そのイベントは最新のセキュリティー・システムによって守られた建物の中に侵入し、所定のものを持ち帰るというもの。丹羽はこの競技の主催者とある関係があり、その建物の中から競技とは関係ないものを持ち去ろうとしていた。また、門脇のほうにも丹羽には話していない秘密があり・・・・・・。さらには偶然このイベントに紛れ込んだ宝石を奪還しようとする強盗や、他の会社の産業スパイらを加えて、競技はますます混迷を深めることに!?

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<感想>
 なかなか面白かったし、多人数が出てくる小説としてはうまく書けている部類だと思う。特に、全編話を並列にしないで、最初は登場する者たちのエピソードを別々に語って、後半の場面で並列にして物語を構成するという手法は当たっていたと思われる。よって、新人が書いた作品としてはとても読みやすいものであった。

 内容に関しては面白くはあったものの、あまりにあっさりしすぎて何が核になっているのかがわかりにくかった。もちろんのこと、難攻不落の建物の中に侵入する事がメインなのであろうけれども、それもあまりにもあっさりと侵入してしまうので、話全体の意義が薄れてしまったような気がする。

 さらにはひとつひとつのエピソードそれぞれが良く出来ているとは思えるのだが、それもどれもが薄味であった。特に、建物の構造の理由などについてはネタとしてかなり面白いとは思えるので、書きようによってはもっと面白くなったのではないかと思われる。

 そういったことで、私個人としては大賞というよりは、佳作どまりの作品のように思える。書き方によってはもっとすごい作品になったかもしれないので、惜しい一冊ともいえよう。


週末のセッション   6点

2012年06月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 ちょっとしたトラブルにより、大きな借金を抱え込むこととなった4人の男。その状況を打開するために、4人の男たちはそれぞれにわか仕込みの犯罪を計画する。そうして計画を実行するとき、4人の思惑が交錯し・・・・・・

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<感想>
「このミス大賞」以来、読むのが久々となる伊園氏の作品。今作では、4人の男が集まって犯罪を企てるのかと思いきや、4人がバラバラに計画を立て、それが互いに交錯し合うという内容。

 序盤から中盤にかけての物語を計画し実行するというところまでは面白かったのだが、後半の展開が個人的には微妙。なんとなく、治まり易い所に収まってしまったなという印象。もっと、破天荒な展開を見たかった。

 物語全般、落ち着いた雰囲気で話が進んでいく。それゆえに、変に物語が逸脱せずに話が収まっていくのだが、そこが物足りなかった。最後まで読めば、全体像として驚かされる部分もあるのだが、小さくまとまり過ぎたという感じである。大人のスタイリッシュなクライム・コメディといったところか。


聴き屋の芸術学部祭   6点

2012年01月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 聴き屋と呼ばれるT大学芸術学部の柏木。彼のもとにはさまざまな愚痴や悩みが持ち込まれる。そうしたなかで柏木が遭遇することとなる4つの不可思議な事件!

 「聴き屋の芸術学部祭」
 「からくりツィスカの余命」
 「濡れ衣トワイライト」
 「泥棒たちの挽歌」

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<感想>
「からくりツィスカの余命」は何かのアンソロジーで既読。この一編だけを読むよりも、この作品集の中の一つとして読んだ方が取っ付きやすく印象も強く残ることとなった。前に読んだ時よりも、ずっと良いと感じられた。

 本書は主に大学生の生活範囲内で起こる事件を描いている(と言いつつも、殺人事件もあったりする)。それを主人公の柏木をはじめとするシリーズキャラクタ達と共に解決していくというもの。内容や設定はありきたりのようにも思えるものの、登場人物らがコミカルで、さらには大学生活を直に感じさせるような描写が心地よく、雰囲気としては悪くない。読みやすいミステリ作品集となっているのでお薦めできる。

 学園祭に突如発見される黒焦げ死体の謎を解く「聴き屋の芸術学部祭」と、未完となっている劇の台本の結末を推理する「からくりツィスカの余命」の2編は秀逸。

 残念なのは、残りの2編が最初の2編のレベルに到達していないと感じられたこと。「濡れ衣トワイライト」は誰が模型を壊したのかを推理する、「泥棒たちの挽歌」は温泉で起きた窃盗事件の謎に迫る。どちらも作品としてそんなに悪くないと思いつつも、物語が動かずに地味であったり、推理の検証部分が長かったりと、バランスを欠いていたと思われる。

 最初の2編と同じくらいのレベルで全部が描かれていたらな、と思うのは贅沢であろうか。後半の2編は“おばけちゃん”と呼びたくなるネガティブな先輩が出ていなかったのが敗因か!?


人魚と金魚鉢   6点

2015年02月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 「青鬼の涙」
 「恋の仮病」
 「世迷い子と」
 「愚者は春に隠れる」
 「人魚と金魚鉢」

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<感想>
 聴き屋と呼ばれる大学生・柏木君と文芸サークル第三部<ザ・フール>の面々が関わる事件の数々を書き表したシリーズ第2弾。

 相変わらず雰囲気がよい。近年書かれている学園系ミステリのなかでは、お気に入りの部類。ただ、最初の作品「青鬼の涙」は、学園のなかではなく、主人公柏木と祖父との関係を描いた内容。話が悪いということはないものの、こういう話は別にこのシリーズで書かなくてもよかったのではないかと思われる。

「恋の仮病」は、いたずらでくっついた男女の仲を巡る内容。
「世迷い子と」は、有名になりつつある子役タレントの苦悩を描く。
「愚者は春に隠れる」は、フリーマーケットで繰り広げられるザ・フールの鬼ごっこが描かれる。
「人魚と金魚鉢」は、音楽学科のコンサートで起こるステージ泡まみれ事件の謎を解く。

 面白かったのは「世迷い子」と「人魚と金魚鉢」。「世迷い子」は、タレント志望の子供にしては意外ともとれる感情が明らかになる話。変わった登場人物ばかりが登場する故に、活きる内容といえるかもしれない。

 表題作である「人魚と金魚鉢」は、単に謎を解くだけでなく、その事件の裏側に秘められた感情を紐解く内容。これは、前作「聴き屋の芸術学部際」に通じる内容の濃い短編作品と言えよう。このレベルの作品がそろうと、読み応えがあるのだがそこまでは難しいか。

 前作と比べると、やや前作のほうが読み応えがあった気がするが、今後もまだまだ続けてもらいたいシリーズ作品。本書「人魚と金魚鉢」レベルからは下回らない作品集を書き続けてもらえればと願うばかり。


予告状ブラック・オア・ホワイト   ご近所専門探偵物語   5点

2019年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「予告状ブラックオア・ホワイト」
 「堀江さんちの宝物」
 「嘘つきの町」
 「おかえりエーデルワイス」
 「絵馬に願いを」

<感想>
 著者の市井豊氏は「聴き屋の芸術学部祭」と「人魚と金魚鉢」という“聴き屋”と呼ばれる人物が活躍するシリーズを書いており、それらの作品がお気に入りとなっていたので、この作品も購入。それで読んでみたのだが・・・・・・こちらは正直なところいまいちであった。

 かつては全国を巡ってバリバリ働いていた探偵が心身ともに疲れ果てたので、ぐうたらなご当地探偵へと変貌した九条清春。そして彼のお目付け役となった堅物の秘書・渡会透子。この二人が川崎市近辺で起こる事件のみをユーモアに解き明かしていくという内容。

 最初の「予告状ブラック・オア・ホワイト」は、2人組のご当地アイドルに脅迫状が届き、彼女たちを護衛することとなる事件。次の「堀江さんちの宝物」は、箱のなかにしまわれた遺品の中身を箱を開けずに特定してもらいたいという依頼。こういった地元で起こる警察が相手にしてくれないような事件を解決するというもの。ご当地探偵ゆえに、あつかうものが本当にちょっとしたもの。

 それでも上に書いた最初の二編はある程度捻りがあったかなと思われたのだが、後の三編は捻りも何もなく、そのままという感じの結末であった。特に「嘘つきの町」など、すぐに話の核心がわかりそうだと思えるが。それと全体的にほのぼのとした感じであったこの作品集であったが、最後の短編では悪意満載の3人組が登場し、何故か後味の悪さ絶頂のまま幕が引かれる。この作品にそぐわない感じの終わり方は何なのだろうと疑問だけが残るのみ。


「予告状ブラックオア・ホワイト」 ご当地アイドルのもとに脅迫状が届く。探偵はアイドルを護衛することとなるが・・・・・・
「堀江さんちの宝物」 箱のなかにしまわれたままとなった遺品。そこには宝物が入っているというのだが・・・・・・
「嘘つきの町」 オリンピック代表選手の慰労会が行われるはずであったのだが突如中止となり、誰も理由を知らないと・・・・・・
「おかえりエーデルワイス」 動物園からリスザルを守ってもらいたいという依頼があったのだが・・・・・・
「絵馬に願いを」 願いを書いた絵馬がちょっとした隙に盗まれた事件。絵馬を盗んだ理由は? そして方法は?


名探偵の証明   6点

第23回鮎川哲也賞受賞作品
2013年10月 東京創元社 単行本

<内容>
 1980年代に名探偵として活躍した屋敷啓次郎。彼は数々の事件を活躍し、マスコミにもてはやされ、多くのスタッフを抱える事務所を開設していた。時は流れ、2000年代になると屋敷啓次郎の名声もすたれ、とある事件がきっかけで屋敷は探偵をやめ、ひとり細々とその日暮らしの生活を続けていた。そんな彼を心配するものは、かつての輝きを取り戻してもらおうと、再び事件に誘い込もうとする。とある資産家の一家に届けられた脅迫状。その事件を巡って、現代の新たな探偵ともてはやされる蜜柑花子と屋敷啓次郎との推理対決が行われることとなり・・・・・・

鮎川哲也賞 一覧へ

<感想>
 探偵小説の裏側を描いたかのような作品。決してアンチというわけではなく、通常の探偵小説のなかでスポットが当てられていないところに着目したものとなっている。

 1990年代くらいから本格ミステリ小説がはやりはじめ、そこから20年以上の時を経た今、このような小説が描かれるのも必然なのかもしれない。まぁ、こういった小説が今までになかったということは決してなく、似たようなものは描かれているのであるが、これを書いた著者の年齢が若いのであれば(何歳なのかはわからない)ミステリの一つの到達点が描かれたと言っても過言ではないのかもしれない。

 個人的には、これがデビュー作であるというのならば、もっとストレートな本格を目指して、それらを書き上げてからこういう作品にも挑戦してもらいたかったなというところ。内容や話の流れについてはよくできていると思えるが、作中に出てくるミステリのトリック等については、やや物足りなかったかと感じられた。

 著者の本格ミステリへの愛情はそれなりに感じられたものの、次回作はどのようなものが書かれるのかは全く想像がつかない。次はどのようなミステリに挑戦してくれるのか、読むのが楽しみである。


密室館殺人事件  名探偵の証明   6点

2014年11月 東京創元社 単行本

<内容>
 名探偵・蜜柑花子の存在をうとましく思いながら日々を過ごす大学生の日戸涼。そんな彼があるとき突然、密室館と呼ばれる館に閉じ込められた。閉じ込めた主は推理作家の拝島登美恵。彼女は日戸も含めた男女8人を密室館に閉じ込め、そこで殺人ゲームを行うというのである。そのトリックを見破ることができれば生き残った者は解放されると。その8人のなかには蜜柑花子までもが! 館に閉じ込められた中、実際に殺人事件が起き、蜜柑花子が推理することとなるはずが・・・・・・

<感想>
 鮎川哲也賞を受賞した<名探偵の証明>シリーズ第2弾。今作ではデスゲームが行われる中での探偵・蜜柑花子の活躍が描かれている。

 正直、読み進めている最中は、あまりよい感じがしなかった。探偵・蜜柑花子に対して悪意を持つものが物語の語り手故に、その嫌な感情を前面に出しながら話が押し進められてゆくこととなる。その負の感情が、探偵活動を邪魔しているどころか、物語の進行を妨げるようにさえ感じさせられてしまう。さらには、本編とは関係なさそうなエピソードが語られたりと、全体的に大事なところが描かれず、余計な事ばかり語られている作品という気がしてならなかった。

 しかし終盤にて、デスゲームの真相が蜜柑花子によって語られることにより、ここまで負の感情で進行してきた部分や、さらには関係なさそうなエピソードまで含めて、実は事件の内幕に密接に関係していたという事が明らかになるのである。これにより、前半とは打って変わって、うまく描かれた作品と感心させられることとなる。

 まぁ、真相が分かってみれば、あまりにも自虐的というか、予防線を張り過ぎというか、著者自身のトリックに対して微妙に思えるところもある。個人的には、もっとストレートな感じで密室に挑戦してもらいたかったところであるが、これはこれで意欲的な挑戦作と言えるであろう。

 真相が明かされた後の展開については、あまりにも感情が先走り過ぎるような気がして、やや納得のいかないところがある。ただ、シリーズの一幕という意味においては重要といえるのかもしれない。まぁ、細かい点について色々と思うところはあるのだが、まだしばらくは追って行ってもよさそうなシリーズという気はする。


蜜柑花子の栄光  名探偵の証明   6点

2016年08月 東京創元社 単行本

<内容>
 名探偵・蜜柑花子の宿敵、もしくは天敵ともいえる祇園寺恋が何者かの計略にはめられ、蜜柑花子を巻き込んだ推理ゲームを行うこととなる。制限時間内に蜜柑花子は、祇園寺恋がかつて経験した4つの未解決事件を解き明かさなければならない。果たして蜜柑花子は、謎を全て解決することができるのか!?

<感想>
 この「蜜柑花子の栄光」は、鮎川賞を受賞した「名探偵の証明」のシリーズ3作品目であり、シリーズ完結編となるとのこと。「密室館殺人事件」という続編が出た後、続く続かないということはあまり意識していなかったのだが、著者的には、きっちりと区切りを付けたかったという事なのか。

 それでこの作品の感想なのだが、なんかミステリ云々というよりは、造形した蜜柑花子という探偵をひたすらいじめ尽すという趣向としかとらえられない。探偵やミステリについてどうのこうのよりも、何かに憎しみをぶつけたいとか、批判したいとか、そういう負の感情ばかりが先行しているように思えた。

 この作品では蜜柑花子が四つの事件に挑むこととなる。
 「親と子のバイロネキシス」は、超能力で火を起こすことができるという息子が母親をその超能力で殺害してしまうという事件。
 「教祖と人体消失」は、教団で起きた衆人環視のもとでの人体消失の謎に挑む。
 「友人たちとダイイングメッセージ」は、4人で肝試しをしたさいに起きた殺人事件の真相に迫る。
 「姉弟とアリバイ」は、恨みのある人物を殺害するために、完全犯罪を成し遂げようと試みる親子の話。

 それぞれが不可能犯罪などを扱っているようではあるのだが、実際にはさほどたいしたものはないな・・・・・・と思っていたら、最後の「姉弟とアリバイ」は、なかなか優れもののミステリであると感心させられた。意表をついたアリバイトリックにうならされる。この作品のみ完成度が高いと思えたので、ここにこの一編だけ挿入されているのはちょっともったいたいと思ってしまったほど。

 なんか、もっとストレートにミステリを描いてくれてもいいじゃないかなと思えてならない。無理やり良い話やハッピーエンドに持ち込むのもどうかと思われるが、無理やり嫌な話としてしまうのも考え物だと思われるのだが。


屋上の名探偵   6点

2017年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「みずぎロジック」
 「人体バニッシュ」
 「卒業間際のセンチメンタル」
 「ダイイングみたいなメッセージのパズル」

<感想>
 著者の市川哲也氏描く蜜柑花子シリーズも終り、新たな作品が書かれるのかと思いきや! なんと新作は蜜柑花子が高校時代に経験した事件を描いたものと・・・・・・まぁ、面白かったから別にいいけど。そんなわけで、新作は蜜柑花子の学園ミステリ短編集となっている。

 著者も書きたかったらしい、学園ミステリ。また、蜜柑花子が登場するものの、シリーズに見られた探偵としての悩み云々というようなものも控えめで、今作は純粋に学園ミステリを楽しむことができる作品。全体的にミステリ性が薄めな感じがしなくもないが、“学園”という舞台設定は存分に楽しむことができた。

 この作品の主人公と言うかワトソン役をするのは、美貌の生徒会長を姉に持つ中葉悠介。彼が蜜柑花子に事件を持ち掛け、蜜柑花子が謎を解き、表には出たがらない蜜柑の代わりに探偵役として真相を告げる役割を担っている。少々シスコンすぎるきらいがあるものの、そこは現代的な小説というか、ライトノベル風というか。

 一番トリックが面白かったのは「人体バニッシュ」であろうか。これは、バカミス炸裂というようなトリックが扱われている。そのトリックを行うための練習風景を思い浮かべると微笑ましくなってしまう。

 その他は、平凡なミステリという気がしつつも、全体的に青春しているというか、良くも悪くも学園生活満喫しているという感じがして実に微笑ましい。楽しんで読めること請け合いのミステリ短編集である。

「みずぎロジック」 姉の水着を盗んだのは3人の容疑者のうち・・・・・・現場に残された上履きが語るものは!?
「人体バニッシュ」 タバコを口にし、教師を挑発した生徒が消え失せた! いったい、どのようにして・・・・・・
「卒業間際のセンチメンタル」 卒業製作の写真フレームを壊したのはいったい誰? そして何故?
「ダイイングみたいなメッセージのパズル」 怪我をした女性とは、部屋に逃げ込み施錠し、血でメッセージを残したのだが・・・・・・


放課後の名探偵   6点

2018年09月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「プロローグ」
 「ルサンチマンの行方」
 「オレのダイイング・メッセージ」
 「誰がGを入れたのか」
 「屋上の奇跡」
 「エピローグ」

<感想>
 市川氏による連作短編集。女子高生探偵・蜜柑花子がミス研のメンバーらと共に学校で起きた事件に挑む。今作は、全体を通して、ちょっといい話のようなものを書き上げたというような内容。まさしく青春ミステリというにふさわしいようなもの。

「ルサンチマンの行方」では、蜜柑花子にちょっとした思いを抱いた少年が起こす事件を描き、「オレのダイイング・メッセージ」では、ミス研のひとりが考案したダイイング・メッセージの謎を部員に解かせようと奔走する姿を描き、「誰がGを入れたのか」ではちょっとした事件を通し、女子高生の教室でのヒエラルキーとその行方を描き、「屋上の奇跡」では、そこまでの物語から展開される事の顛末を描いている。

 最初の「ルサンチマンの行方」を読んだときから、とあるトリックをやろうとしているのかなと既に気が付いてしまった。それが「誰がGを入れたのか」で生かされることとなるのだが、これはまぁ、わかりやすいものであったかなと。あと、「オレのダイイング・メッセージ」では、自分の考案したトリックにかける情熱と、ミステリファンであれば誰もが持っていると噂される“スケキヨ”のマスクに、爆笑させられる。

 蜜柑花子の探偵物語ってこんな内容のものであったのかなと思いつつも、学校で味わうことのできる青春ミステリとしては悪くないう印象。なんとなく蜜柑花子の学園生活が順調すぎて、この後一気にどん底に落とされるような事件が待ち構えているのではないかと勘繰りたくなってしまう。


あの魔女を殺せ   5.5点

2023年09月 東京創元社 単行本

<内容>
 グロテスクな人形作りとして名を馳せ始めた常世三姉妹。その人形にはまるで魂が宿っているようで見るものを魅了する魔力を持っていた。その常世三姉妹の屋敷に招待された者たち。フリーライターの麻生真哉とその6歳の娘の麻里。人形商の関島とその親類で三姉妹に気に入られている御子柴。そして彼らの動向をうかがう三姉妹の妹の常世命。それぞれが思惑を抱える中、人形に彩られる館の中で殺人事件が起きる。しかも密室の状態での不可能犯罪。次々と起こる殺人事件の犯人はいったい!?

<感想>
 鮎川哲也賞受賞作家である市川哲也氏の久々の作品。現代社会の中に、魔術を扱う魔女の存在を設定しつつ、館のなかで起こる不可能犯罪を暴き出すという内容の作品。

 世界設定は近代的なミステリらしくて面白いと思われるのだが、全体的には微妙であったかなという感じ。数人からの視点で描いているものの、どこが軸であるのかが定まらず、また人物造形についても疑問に思えるところがあったりと、なんともぶれていると感じられる様相。そして、結末は世界設定を利用しての解決がうまくなされていると思われる反面、真犯人の存在についてはちょっと書き足りていない点を感じられたりと、不満も残ってしまった。

 全体的に粗削りなのは別にいいとしても、色々な要素が全体的にかみ合っていなかったような印象を受けてしまう作品であった。設定が特殊な作品ほど、うまくまとめ上げないと、奇をてらっただけの作品のようになってしまって、それはそれで描くのが難しいということが感じ取れた。


檻の中の少女   5.5点

第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作
2011年04月 原書房 単行本

<内容>
 個人でサイバーセキュリティのコンサルタントをしている君島のもとに老夫婦が依頼にやってきた。夫婦のひとり息子の死の真相を調べてもらいたいというのである。その息子は生前、自殺支援サイトとして有名になりつつある“ミトラス”に加入していた。彼は死の直前、ミトラスに金を振り込んでいたというのである。君島は単なる自殺であろうと思い、気のりはしなかったものの多額の報酬につられて引き受けることに。そうしてミトラスというサイトについて調べていくうちに、事件の渦中に君島自身が巻き込まれてゆくことに・・・・・・

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<感想>
 同じ“第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作”である「鬼畜の家」と比べると、こちらのほうがやや弱いかなという気がした。

 内容はサイバーセキュリティというものに焦点を当てたものであり、極めて今風の作品である。このような背景を用いた作風が近代的であるがゆえに選出された作品かなと思われた。

 ただ、最後のエピローグへ到達すると、今までの作調ががらりと変わり、島田荘司風のミステリ作品のようになる。とはいえ、エピローグの作調が変わり過ぎていて、前半部分とかみ合わないように感じられ、どうも自分には単なる蛇足のように思えてならなかった。

 物語が終始、セキュリティのプロである君島による軽快な物語であるにも関わらず、最後の最後でちょこっと重いものを持ってこられてもどうにも受け入れにくいのである。この部分を素直に受け入れることができれば、新人賞受賞作にふさわしいと感じられるのではあるまいか。

 ちなみにタイトルである「檻の中の少女」の意味は最後まで読みとおさなければわからないようになっている。


サイバーテロ 漂流少女   5点

2012年02月 原書房 単行本

<内容>
 サイバーセキュリティのコンサルタントをしている君島は、とある少年の行方を捜してもらいたいと頼まれる。君島は自分の仕事と全く関係ないと思ったのだが、詳しく話を聞いてみると、行方不明になった少年はパソコンやネットに関しては天才といわれるほどの技術の持ち主らしい。依頼を受けた君島はツィッターやネットの痕跡から少年の足取りをたどろうとする。そうこうしているうちに、君島はネットセキュリティを狙った大がかりなサイバーテロ犯罪に巻き込まれてゆくこととなり・・・・・・

<感想>
 こういった内容の小説にはありがちなのだが、技術的・専門的な用語が物語の多くを占めてしまって、小説としてはあまり機能していないという典型的な例。

 かえって、こういった専門知識を多く持つ人がそれを用いて小説を描くというのは適していないように思われる。専門家であるからこそ、些細なものに関しても、一切漏れがないように描こうとしてしまうのではなかろうか。しかし、小説を書くというのであるならば、物語上必要なものだけを取り上げ、細かい条項に関しては省いた方がよいように思われる。

 むしろこういった作品は、専門外の人がその専門的な分野を調べて、そして小説を描くという方がうまく書きあげられていると感じられる。もし、些細な部分も網羅してネットやセキュリティ関連のことを詳細に描きたいというのであれば、いっそのことSF小説として仕上げてしまった方がうまいこと行くのではなかろうか。


神の値段   6点

第14回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作
2016年02月 宝島社 単行本
2017年01月 宝島社 宝島文庫(加筆修正)

<内容>
 インク・アーティストと呼ばれ、世界中から高い評価を受ける現代芸術家・川田無名。彼はマスコミだけでなく、関係者の前にさえ姿を現さず、本当は存在していないのではと噂されるほど。そんな川田無名の作品を扱うギャラリーで働く、田中佐和子。しかし、その佐和子ですら川田無名には会ったことがなく、実際に彼と連絡を取っているのはギャラリーのオーナー・永井唯子とアトリエを統括するディレクター・土門正男の二人だけと言われていた。ある日、突然ギャラリーに川田無名の過去の大作が届く。何故ギャラリーにその大作が届いたのかわからないまま、今度はオーナーの永井唯子が殺されたとの報が・・・・・・。唯子がいなくなり一時的にギャラリーをとりしきらなければならなくなった佐和子であったが肝心の川田無名の居所はわからないまま。しかも警察は事件の容疑者として無名の所在を調べ始める。そうしたなか、香港で行われる展示会に向けて佐和子の仕事は忙しくなり・・・・・・

「このミス」大賞 一覧へ

<感想>
 昨年の“このミス大賞”が2作ということを失念しており、この作品を読んでいないことに今年になってから気づく。そこで文庫化されていたので、こちらを購入し、読んでみた次第。

 読んでみて思ったのは、非常に読みやすい小説になっているということ。文庫版で加筆修正されているということもあり、そのせいもあるのかもしれないが、非常に取っ付きやすかった。

 内容としては芸術家の作品を扱うギャラリーやその周辺の事情を描いたものとなっている。近年、“このミス大賞”を含め、いくつかのミステリ関連の新人賞企画がなされているが、なんとなく徐々にどれもが“乱歩賞”風の作品が受賞することが多くなってきたと感じられる。この作品もミステリありき、というよりは背景ありきの作品。

 人前に姿を見せない現代芸術家の作品を取り扱うギャラリーで働く女性が主人公。芸術というものについて言及するだけでなく、ビジネスとして扱うときにどのような考え方に基づかなければならないか、さらには現代の芸術作品にまつわる金銭的な事情まで分かりやすく事細かに描かれている。

 芸術品に関わる内容については、知らないことばかりであったが、わかりやすく書いていてくれているので、非常に興味深く読むことができた。ただ、そうした背景の部分がきっちりと描けており、別に殺人事件とかが起きなくても十分に作品として成立しているゆえに、ミステリ部分が蛇足のように思えてしまうところが欠点か。


バロックライン   

2007年02月 光文社 カッパ・ノベルス(KAPPA-ONE 登竜門 第5弾)

<内容>
 イギリスの大学生、ヴィクター・グレイは国家の任務をおびてウィーンに来ていた。ヴィクター自身は一介の学生でしかないのだが、父親の仕事の関係上、彼にこの任務の白羽の矢が立てられようなのである。ヴィクターはウィーンへと出向き、その任務を聞き、取引相手と会うことになる。しかし、その取引相手のもとへ行ってみると、瀕死の重傷を負っていたのだった! ヴィクターは徐々にヨーロッパを巡る陰謀のなかへと巻き込まれていくことに。

KAPPA-ONE 登竜門 一覧へ

<感想>
“KAPPA-ONE 登竜門”の作品ということで、当然これが処女作となるのだが、第一作とは思えないほどよく書けていると感じられた。なかなか書き手としてのレベルは高いのではないだろうか。ただし、ストーリーテーラとしての力量はどうかなと疑問に思われる。

 本書は普通の学生である主人公が国家の陰謀劇に巻き込まれてゆくという内容のもの。ただ、いくら“巻き込まれ型”のストーリーであるとしても、あまりにも主人公が流されすぎであると思われる。もう少し、主人公自身に主体性を持たせて行動させてもらいたかった。

 もしくは、途中から物語の主導権がラヨシュという登場人物に移りつつあったように感じられたので、それならばいっそうのこと、ラヨシュを主人公にして、ヴィクターを守りつつ陰謀を切り抜けていくという展開のほうがしっくりいったようにも思われる。

 そんなわけで、よくは出来ていると思われつつも、あまり印象に残らない冒険活劇というところで終わってしまったような気がする。とはいえ、書き手には充分な力量があると言えるので、続けて書いていればいつかは良い作品を出してくれることであろう。


メグル   

2010年02月 東京創元社 単行本

<内容>
 「ヒカレル」
 「モドル」
 「アタエル」
 「タベル」
 「メグル」

<感想>
 ミステリ系ブログ「鴨がネギしょってやってきた」の管理人さんからお薦めいただいた作品。乾ルカという作家については、本屋で名前を見たことはあるものの、これまで手に取ろうと思ったことはなかったので、これが良い機会となった。

 この「メグル」という作品は東京創元社から出ているがミステリ系の内容ではない。ただし、ミステリ作品ではない割には謎めいた登場人物が出てきたりと、どこかミステリっぽいようなところも感じさせる。登場する人々それぞれの人生を感じさせる深みのある短編小説集。

 五つの物語が収められているのだが、主人公はそれぞれバラバラであるものの、皆が大学生であり、大学学生部で不思議な女性職員からアルバイをと強要されるというところは共通項となっている。そうしてそれぞれがアルバイトを通して不思議な体験をする。このそれぞれの物語が、ホラー系の作品もあれば、感動を感じさせるものもあり、さらには人生の過酷さを感じさせたりと、さまざまな人間模様を見せてくれる。実際にそのアルバイトが始まるまでは、どんな系統の作品なのかがわからないというところも、この作品集の魅力であろう。

 この短編集がミステリ的ではないと感じさせるのは、アルバイトを強要する女性職員が不可思議な存在の割には、そこで起こる出来事がきわめて現実的なものであること。ちょっとした奇跡や、現実にはありえないことも起きたりはするのだが、物語全体が決して現実的なものから乖離しているとは感じさせないのである。そうした現実と不思議な出来事に直面しながらも、登場する若者たちはまた現実の世界へと帰って行き、そこで生きていくこととなるのである。

 個人的には「メグル」という作品の最後の言葉が印象的であった。この単品の作品のみならず、全体的に見ても実に味わい深い作品集であった。それと蛇足ながら、学生部で働く謎の女性職員について、最後まで詳細が伏せられたままで終わってしまっているのだが、彼女についての物語を最後に載せてくれてもよかったのではないだろうか。それとも、続編とかそういったことは言わずに「メグル」の最後の言葉のみで終わってしまった方が美しいという見方もあるのかもしれない。


完全なる首長竜の日   

第9回「このミス大賞」受賞作
2011年01月 宝島社 単行本

<内容>
 少女漫画家の敦美はベテランの漫画家であり、長きにわたる連載を終えようとしていた。そんな彼女に気がかりなことがひとつあった。それは自殺未遂により植物状態となった弟のことである。科学の発達により、植物状態となった患者とコミュニケーションをとることができる“SCインターフェース”というものができ、そのインターフェースにより敦美は弟とコミュニケーションをとり続けていた。そうするうちに、インターフェースの中の世界と現実世界との狭間があいまいとなり・・・・・・

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<感想>
 何も惹かれるところがないうちに話が終わってしまった。何をメインテーマとして、どの要素により読者を引き付けようとしていたのかが、さっぱりわからない。サイコサスペンスっぽいところも感じられるのだが、それにしては緊張感がない。かといって、良い話なのかと言えば、あまりにも不安定な展開がなされている。また、話自体も全く先へ進まず、足踏み状態のまま最後まで行ってしまったという印象。

 これが「このミス大賞」を受賞した作品とのことであるが、選考では満場一致で決定したとのこと。今回は他に良い作品がなかったということなのだろうか。


密室は御手の中   6.5点

2021年07月 光文社 単行本(Kappa-Two 登竜門)

<内容>
 探偵・安城和音はとある理由により、新興宗教“こころの宇宙”にジャーナリストに扮して乗り込んだ。そこは少年・教祖、神室密(かみむろ ひそみ)が束ねており、少人数の信者らと共に暮らしていた。安城和音は取材を行い、教祖から“こころの宇宙”について説明を受けている中、一つ目の事件が起きる。そこは、昔にも閉じこもっていたものが消失するといういわくつきの瞑想室であり、その閉ざされた部屋のなかでバラバラ死体が発見されたのだ。犯人は、いったいどのようにして? どのような理由で? 探偵が謎を解明する間もなく、第二の密室殺人事件が起きることとなり・・・・・・

<感想>
 光文社による登竜門Kappa-Twoによって選出された作品。どういう選出かわからないが、以前選ばれた阿津川氏以来の二人目がこの犬飼ねこそぎ氏。前作の発表から間がずいぶんと空いていたので、Kappa-Twoの存在自体忘れてしまっていた。

 本書は宗教施設で起きた密室殺人事件を扱った作品。宗教施設といっても、こじんまりしたもので登場人物もさほど多くなく、ごく一般的な“孤島の館”もののような感触。その施設の中で、探偵が謎を解くという趣向。

 読み始めたときは、新人作家にありがちの、ちょっと読みづらいというか、取っつきにくさを感じたのだが、中盤くらいからは段々と気にならなくなってきたような気がする。中盤以降は、起きた事件に対して、様々な推理が披露されることとなり、その推理を行っているところが面白く読むことができて非常に楽しめた。まさに本格ミステリらしい作品という感じであった。

 全体的によくできていて楽しめた作品。動機については、やや微妙と思われるところもあったのだが、それでもよくできていたと思われる。書くのがうまくなれば、さらにより良い作品を書いてくれそうな気がするので、今後が楽しみな作家と言えよう。


竹馬男の犯罪   6点

1993年08月 講談社 講談社ノベルス
2007年11月 講談社 講談社ノベルス<復刊セレクション>

<内容>
 かつて幻のサーカス団として名をはせたサーカスの天幕が突如、その姿を現した。しかし、その実態はかつてサーカス団員であったものたちを収容する養老院。その養老院で奇怪な密室殺人ともとれるような事件が起きる事に! いたるところに不思議な謎を秘めた、幻のサーカス団。その天幕に秘められた大いなる謎とはいったい!?

<感想>
 本書は何度か手に取るチャンスがあったにも関わらず、今まで読まずにすごしてきてしまったという作品である。私は文庫版でよく本屋で見かけることがあったのだが、いざ実際に買ってみるかと思ったときには絶版となってしまい、本屋から姿が消え、入手することができなくなっていた。そんなときに、昨年の講談社ノベルス<復刊セレクション>の中に入っていた事をきっかけに購入し、ようやく読むことができたしだいである。

 この作品を一言で言えば平成の世には珍しい“フリークス”というものを描いた作品。正直なところ、正当な本格ミステリ作品というような気はしなかった。確かに密室事件らしきものは起こるのだが、あまりその“密室”というものにこだわった気配もなく、解答に関してもあっさりと流されてしまったというような感じであった。

 それよりも本書が力を入れているのは、サーカス団そのものにまつわる謎についてである。ゆえに、物語全体を謎とするような奇怪色の濃い作品として仕上げられている。何故、このようなサーカス団ともいえるような“場”が存在するのかということこそが本書の一番の謎なのである。

 付け加えておくとミステリ作品としては、探偵役のものが、サーカス団のある場所から出たり入ったりという行為は無駄のように感じられた。サーカス団の中のみで構成される作品で充分であったように感じられる。
 あと、個人的には大掛かりなトリックともいえる“ディアボロ橋”が実はたいした意味のない存在だった、というところがツボであった。


夜の欧羅巴   

2011年03月 講談社 ミステリーランド

<内容>
 12歳の宮島レイは、画家である母親のミラルカと平和に暮らしていたのだが、ある日ミラルカが突然姿を消してしまう。その行方を追って青山のおじさんはヨーロッパへ行ってしまうものの、ひとり日本に取り残されるレイ。レイは家を飛び出し、かつて母親と一緒に歩いた街並みを思い出しながら歩いていると、過去に来たという記憶があるまるでヨーロッパを思わせるよな街にたどり着く。そこでレイは一冊の画集を巡って不思議な冒険をすることとなり・・・・・・

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<感想>
 ファンタジー小説としてよくできている作品である。幻想的な街並みとヨーロッパとを一冊の本によって結びつけてしまうという試みが面白い。また、主人公たちをつけ狙う敵の組織や、魔物たちについてもうまくできていると感心させられた。

 個人的には普通のファンタジー小説に落ち着き過ぎてしまって、とくにこれといった捻りがないのが残念に思えた。ゆえに、子供むけのファンタジー冒険小説というのが妥当な位置づけであろう。小学生くらいの子供に読ませるにはうってつけの作品ではなかろうか。


仮名手本殺人事件      5.5点

2020年02月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 歌舞伎の舞台公演、演目は“忠臣蔵”。その舞台が行われている最中、舞台上で役者が毒により殺害された。そして事件の前、舞台関係者らに対して不穏な行動をしていた男がいたのだが、その男も死体となって発見される。歌舞伎役者の家系に秘められた過去とは・・・・・・

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<感想>
 稲羽氏の作品を読むのは初。今回、ミステリー・リーグから作品が出ていたので読んでみた。ちなみに稲羽氏はこれが2作品目。

 どうやら歌舞伎とかに造詣が深い作家であるよう。事件の背景が歌舞伎界によるものとなっており、それらの説明がなされるとともに、歌舞伎の舞台上で事件が起こることとなる。歌舞伎の舞台上で起こる毒殺事件、死体となって発見された胡散臭い人物、さらには残された三枚のカルタ。これらの謎を、三味線奏者の冨沢弦次郎をワトソン役として、劇評家の海神惣右介が解き明かす。

 と、構成要素を抜き出すと面白そうな感じがするのだが、実際に読んでみるとさほど・・・・・・といった感想が正直なところ。結局は、単に家系上の恨みつらみを暴き出してゆくことに終始するのみの内容。それゆえに、舞台上の殺人というもの自体の必要性があまり感じられなかった。また、探偵役として冨沢と海神という二人が調査を進めてゆくも、別に二人もいらないのではと思ってしまった。さらには、事件関係者である天之助という青年も行動を共にしているため、発言しているのが誰が誰やらとこんがらがってしまった。

 そんなわけで、まだデビューしたばかりの作家だからかもしれないが、内容云々よりも書き手としての力量に問題がありそう。特に印象深いものを感じないまま読み終えることとなった。


刀と傘   明治京洛推理帖   6.5点

2018年11月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 「佐賀から来た男」
 「弾正台切腹事件」
 「監獄舎の殺人」
 「桜」
 「そして、佐賀の乱」

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<感想>
 歴史ミステリということもあり、たいして期待せずに読んでみたのだが、これは面白かった。個人的に、これは今年の収穫と言うか、隠し玉的な一冊と言ってよいと思われる。読んでいない人や、全く興味がなかった人にもミステリ作品として是非ともお薦めしておきたい。

 一応、短編集であるが、江藤新平と鹿野師光という二人の登場人物を巡って話が進められてゆくので、連作短編集、もしくは一冊の小説として読むことができる作品。明治維新後の動乱に満ちた日本のなかで2人は様々な事件に関わることとなる。

「佐賀から来た男」では、隠れ家に潜んでいた男を殺害したものを四人のなかから絞り込むという話。「弾正台切腹事件」では、ちょっとした密室殺人が語られている。そして個人的には話が面白くなるのは3作品目の「監獄舎の殺人」から。ちなみにこの作品は第12回ミステリーズ! 新人賞を受賞している。

「監獄舎の殺人」は、その日に死刑を命じられた男が毒殺されるという事件。何ゆえに、放っておけば死んでしまう死刑囚を殺害せねばならないのか? 法月綸太郎氏の「死刑囚パズル」を思い起こさせるような事件が語られている。

 そして個人的に一番と思えたのが「桜」。これは倒叙ミステリにより、犯人は読者にはわかってしまうのだが、最後の最後で語られる秘められた真相に驚かされることに。そして、その作品を追うようにして、最後の「そして、佐賀の乱」が語られてゆくこととなる。

 雰囲気的にも個人的には好みの一冊であった。明治維新後、日本が新しくなる輝ける夜明けのはずが、その裏に潜む闇に迫ったような作品。物語の進行と共に見え隠れする鹿野と江藤の人間関係が絶妙に描かれた作品でもある。


雨と短銃   6点

2021年02月 東京創元社 ミステリ・フロンティア

<内容>
 慶応元年、坂本龍馬が薩長同盟を結ぼうとしていた矢先、その同盟を阻むかのような事件が起きる。薩摩藩士が長州藩士を切りつけたのであった。事件後、現場に出くわした坂本龍馬は下手人と思われる薩摩藩士を目撃し、追いかけたものの、神社の鳥居道から忽然と姿を消したのであった。いったい何が起きたというのか? 坂本龍馬から依頼を受けた尾張藩士・鹿野師光は事件捜査に乗り出し・・・・・・

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<感想>
 デビュー作「刀と傘」で注目を集めた伊吹氏の第2作品。今作は長編。舞台は、年代的には前作より少し前の出来事となるのだが、前作と同じく尾張藩士・鹿野師光が探偵役を務めている。

 今作はミステリというよりは、物語を描いたという感じ。前作は短編により一編一編をミステリ仕立てにしていたゆえに、ミステリ濃度が高く感じられたのだが、今作では長編ゆえにミステリとしての濃度が薄くなってしまったような。また、薩長同盟の締結という歴史的にも有名な事象を用いたがゆえに、物語上大きな改変をすることもできないところから、物語仕立てになってしまうのは致し方無いことか。

 私自身は歴史にはあまり詳しくないものの、幕末に関しては多々、小説・漫画・映像化されているために多少の知識はあった。その拙い知識で思ったのは、今作の物語と歴史上の有名人の幾人かの人物造形というか性格的なところが、ちょっと違うのではないかなと。まぁ、そのへんの捉え方は人それぞれということもあるので、書き手次第ということなのかもしれないが、いささかそこだけが気になった。

 歴史ミステリというジャンルも面白いと思われるものの、なかなか書き方が難しそうだなと今作を読んで感じてしまった。有名な事象を用いると、色々な点で制限されてしまうし、かといってあまり有名ではない事象を用いると、読者の興味がそがれてしまうというジレンマのようなものを感じてしまう。なかなか歴史ミステリというものも奥が深そうだ。


幻月と探偵   6点

2021年08月 角川書店 単行本

<内容>
 1938年、満州で私立探偵を営む月寒三四郎は、元陸軍中将であり、現在も軍に対し多大な影響力を持つ小柳津義稙から依頼を受けることとなる。小柳津邸での晩餐会のおりに、義稙の孫娘・千代子の婚約者が毒により殺害されたのである。事件の真相調査に乗り出した月寒であったが、調査の途上で新たなる事件が起きることとなる。連続殺人事件と思われるこの事件の動機はいったいどこにあるのか? 脅迫状に書かれていた“三つの太陽”が意味するものとは? 調査を進める月寒は次第に満州にはびこる闇に足を踏み入れることとなり・・・・・・

<感想>
 最近、歴史ミステリの書き手として有名になりつつある著者の新作。今作では、第2次世界大戦前の満州を舞台とした事件を描いたものとなっている。

 主人公である探偵が、私立探偵ゆえに、ハードボイルドっぽい作品という感じ。満州で私立探偵を営んでいる月寒が、現在でも陸軍に多大なる影響を持つ元陸軍中将から依頼され、毒殺事件を追うというもの。その毒殺がどのように行われたかのみならず、何故被害者が狙われたのかもポイントとなる。

 私立探偵が事件に奔走する探偵小説として、それなりに楽しめた。舞台設定も、戦前の満州というあまり慣れ親しみのない舞台ではあるが、それでもすんなりと読み通せた。中味に関しては、ミステリというよりも、事実を追って、背景や裏に隠された陰謀などを調べるというような感じであり、時代小説を読んだという感触が強かった。

 それでも最後に明らかにされる真相は凝ったものであり、思いもよらぬ強烈な動機が示されることとなる。そんな感じで、普通に楽しんで読むことができた作品であった。


卍の殺人   6点

1989年11月 東京創元社 単行本
1996年03月 中央公論社 C・NOVELS
1999年01月 東京創元社 創元推理文庫
2011年10月 中央公論新社 中公文庫

<内容>
 荻原亮子は、恋人の安東匠と共に彼の実家を訪れることとなった。なんでも匠の祖母が匠を従姉妹の宵子と結婚させようとしており、結婚しなければ財産は譲らないというのだと。しかし匠は亮子と結婚することを決め、二人で祖母を訪ね、遺産相続を放棄しようというのである。亮子が訪れた匠の実家は、“卍屋敷”と呼ばれる異様な館。そこに住む人たちも悪い意味で強烈な個性の持ち主ばかり。そして二人が屋敷に着いてから、次々と怪死事件が起こることとなり・・・・・・

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<感想>
 鮎川哲也賞受賞作をコンプリートしようと思い、手を付けた1冊。1988年に全13巻の書き下ろし推理小説シリーズ「鮎川哲也と十三の謎」を刊行する際に、その最終巻を「十三番目の椅子」として一般公募した。その作品に選ばれたのが本書「卍の殺人」であり、これが鮎川哲也賞の前段となった。

 そんな今邑氏のデビュー作であるが、たぶん既読のはず。というのも一時期、今邑氏の作品を読みふけったことがあり(光文社文庫やC・NOVELSあたりで出ていたころ)、そのころに読んだと思われる。今邑氏の作品を読んだのは、このHPを書く前の頃であったので、全く感想を残していないのは残念なところ。

 そして、ほとんど内容を覚えていなかった本書であるが、読んでみると・・・・・・なかなかよい雰囲気のミステリに仕立て上げられている。プロローグの場面があるゆえに、全体的な構造が透けて見えてしまうところがなんともいえないのだが、本格ミステリらしい作品で良いと思われる。

 不思議な形の館、複雑な家系図と複雑な人間関係、遺産相続を巡る(?)連続殺人事件、そういったミステリ的な要素がふんだんに詰め込められている。途中までは“卍屋敷”が効果的に使われていないように思えたものの、実はしっかりとトリックに組み込まれているところは好感が持てる。また、序盤のちょっとしたミスのような出来事が、しっかりと最後の犯行証明に活かされているところも心憎い。


屍人荘の殺人   6点

第27回鮎川哲也賞受賞作
2017年10月 東京創元社 単行本

<内容>
 神紅大学ミステリ愛好会の二人だけの会員である明智と葉村は映画研究部の夏合宿に加わろうと奔走するも、あえなく断られる。しかし、同じ大学にて名探偵と噂される剣崎比留子の誘いにより、合宿に参加できることに。ただ、それは比留子の誘いだけではなく、昨年合宿で嫌な出来事が起きたという噂が流れ、参加予定の者たちがキャンセルしたせいだとか・・・・・・。何はともあれ、合宿に参加することができた二人であったが、彼らを待ち受けていたのは、ゾンビの襲撃と連続殺人事件であった!!

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<感想>
 今年の鮎川賞受賞作であるが、なかなかしっかりとした本格ミステリに仕上げられている。設定にゾンビを用いるところは現代的といえるが、そのなかで“WHO”だけではなく、“HOW”や“WHY”にも重点を置いたミステリが描き上げられている。

“班目機関”という不気味な存在を浮かび上がらせつつも、序盤は能天気な大学生による軽めのミステリという印象。そこから映画研究部の合宿所へと行き、不穏ともいえる人物らを登場させ、徐々にサスペンスとして場を盛り上げてゆく。さらには、ゾンビの介入により緊張感はピークを迎えるが、そんな状況の中で殺人事件という要素をさらに入れ込んでくる。そして事件が起きてゆくのだが、それらも謎の密室殺人事件や、エレベータを使用した不可解な殺人事件とミステリ要素もてんこ盛り。この辺は構成として非常にうまくできていると感心させられる。

 そして結末へと至るのであるが、ミステリのネタとしては、ちょっと分かりやす過ぎたかなと。というか、伏線があからさまというか、わかりやすいヒントを与えすぎているような気がする。そんなわけで、ミステリとしてサプライズ性が薄まってしまっているところが残念なところ。ゾンビが存在するという状況をうまく使いこなしているのだが、全体的に見ると、何気に普通のミステリ作品というような感じ。

 と、辛口な評価をしつつも、新人作品としてはよく出来てるかなと。鮎川賞を受賞したのも十分に頷ける作品。ひょっとすると、ここに登場してきた探偵の活躍を再びみることができるのではないかと期待したいところ。


魔眼の匣の殺人   7点

2019年02月 東京創元社 単行本

<内容>
 集団感染テロ事件を生き延びた剣崎比留子と葉村譲。二人はその事件の黒幕とみられる“班目機関”と呼ばれるものの正体を探るべく情報を集めていた。そんなとき、月刊アトランティスという雑誌に書かれていた予言者が何らかの秘密を知っているのではと考え、その村を訪ねていくことに。たまたま同じにその村を訪れた剣崎と葉村を含めた9人、そして予言者を名乗るサキミという老女とその世話役。集まった人々の前でサキミは二日間のうちにこの地で男二人、女二人の計四人が命を落とすと予言する。村に閉じ込められた人々は、その予言が示すものを目の当たりにすることとなり・・・・・・

<感想>
「屍人荘の殺人」で一躍注目を浴びた今村昌弘氏による第2作品が登場。個人的には、こちらのほうが面白いと感じられ、デビュー作によるプレッシャーのなか、よくぞここまでのものが書けたなと感嘆。

 この作品はちょっと変化球気味の設定。クローズドサークルもののミステリであるのだが、そのクローズドサークルと“予言”の存在が合わさって、奇妙な状況に陥るという内容。

 閉鎖された空間のなかで次々と起こる殺人事件。本当かどうかわからなくとも、強烈な存在感を及ぼすこととなる死の予言があり、それにより多大なる緊張感がもたらされる。外れることのない予言、もうひとりの女子高生予言者、この地の事と予言者について調べに来たマスコミ、かつてこの場所に住んでいた者、さらには何かを隠しているかに思えるものも数人、そうした人々が集まったなかで次々と殺人事件が起こることとなる。

 序盤は偶然的な事故や、超自然的な予言などが取り上げられ、ミステリ的なネタには程遠いようにも思えたが、中盤からは徐々にミステリ的な要素が濃厚になってゆく。そして、最終的に全ての謎が探偵の手により解き明かされることとなる。論理的な解決が見せられるのだが、個人的にはその論理的なものよりも、全体をまとう構造的な部分のほうが良く出来ていたなと感じられた。隅々までしっかりと練りに練られたミステリ作品という感触であった。

 次回作はさらに派手な事件に関わることが記されており、そちらも期待できそう。一気に、今一番期待できるミステリ作家という地位に踊り上がってきたなと。


兇人邸の殺人   6.5点

2021年07月 東京創元社 単行本

<内容>
 廃墟テーマパークのなかにある“兇人邸”という建物のなかに班目機関の研究資料があるらしく、それを奪取しようとするグループと剣崎比留子と葉村譲は共に行動することに。その“兇人邸”では、中へと誘われたものが次々と行方不明となっており、班目機関に関係する研究が行われているのではないかという噂もあった。そんな屋敷に侵入したグループが見たものは、人間を殺戮する片腕の巨人であった。閉じ込められた一行は、巨人に襲われ、死者を出してしまう。何故か、その巨人は襲った者の首を切り落とす習性があった。そして一行は屋敷に閉じ込められ、行動が制限されてしまう。そうしたなか、巨人によるものと見せかけた殺人事件が発覚し・・・・・・

<感想>
 鮎川哲也賞受賞者である今村氏の三作品目。今作はテイストとしては、第1作の「屍人荘の殺人」に似ているように思えた。

 かなり特殊な設定。秘密の研究内容を暴くためにテーマパーク内の館へと出向いた者たちが、逆に閉じ込められることとなり、さらには巨人の殺人鬼に館内で追われることとなる。巨人によって数名の者が殺害されるのだが、殺害された者のなかに巨人の手によるものではない殺人が判明し、生存者は疑心暗鬼にかられてゆく。

 というような特殊設定。しかも、館から容易に脱出できないという理由もあり、進退問題についても容易には決められない。そういった状況の中で、犯人当てを優先すべきなのか、目的の実行を優先すべきか、もしくは生存者の救出など、色々な課題が山積みとなる。

 そんな特殊な状況下での事件となっているので、通常の“閉ざされた山荘”もののミステリとは異なるものとなっている。純然たる本格推理ものともちょっと異なる状況により、果たして犯人当てが必要なのかというようなジレンマに問われるものとなっている。

 よって、普通の本格推理小説とはちょっと異なるテイストにより、全体的に微妙と感じられなくもない。ただ、ホラー系のミステリとしては、恐怖を煽る雰囲気が存分に出ており、それはそれで楽しめる。また、最後に明らかになる真相や、体を張ったとある策略などと見所があるところも確か。変化球気味のミステリとして楽しめる作品ではあると思われる。


でぃすぺる   6.5点

2023年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 オカルトに興味のある小学6年生、木島悠介は二学期に掲示係に立候補する。壁新聞に自分の好きなオカルト関連の記事を載せようと考えていたからだ。すると、一学期に委員長だった波多野沙月も立候補し、彼女も掲示板係となる。また、当日休んでいた今年来たばかりの転校生の畑美奈も掲示板係となっていた。悠介は、波多野が掲示板係になったことにより、オカルト関連の記事は載せさせてくれないだろうと意気消沈していたのだが、波多野から意外な提案がなされる。それは彼らが住む町の七不思議ついて調べることであった。実は、波多野は昨年従姉を亡くしていたのだが、その従姉がパソコンに町の七不思議について書いたものが残っていたのだと。その七不思議を解き明かすことが従姉の死の真相につながるのではないかと波多野は考えていた。掲示板係の3人が町の七不思議について調べ始めると、彼らの周りに不可解なことが起き始め・・・・・・

<感想>
 デビュー作「屍人荘の殺人」がヒットした今村昌弘氏の4作品目。今作が初の東京創元社以外の出版社からの発行となる。

 主人公らが小学6年生ということもあり、やや子供向けの小説とも感じられるが、読み通して見ると大人でも十分に楽しめる内容になっていると思われた。とはいえ、学生が読むくらいでちょうどいいかなという感じもする。内容はホラーサスペンス。

 小学生3人組が町の七不思議に迫るという内容であるのだが、単なる興味で怪談を調べるというわけではなく、従姉の死の真相を探るべく七不思議について調べてゆくという、ややディープなもの。そして、その町の七不思議を調べていくうちに、町の隠された過去を辿ることとなる。それらを辿るうちに、彼らの活動を邪魔するものが出始め、調査は難航することとなる。それでも、あきらめずに彼らは調査を進め、やがて町の七不思議に隠された真相へたどり着くこととなる。

 なかなかうまく描かれている作品であると思われる。ホラー的な要素とミステリ的な要素がうまく融合し、ライトな(起きている事象は決してライトではないが)民俗系ホラーとして仕立て上げられている。読んでいる途中、大人たちの対応に疑問が持たれる部分もあったのだが(特にラストのほうで)、あくまでも子供たち主体の作品となっているがゆえに、そのへんは致し方ないことか。映像化してもよさそうなくらい面白そうな題材であり、うまくできたホラーサスペンスであると感じられた。


がん消滅の罠   完全寛解の謎   5点

第15回「このミステリーがすごい!」大賞 大賞受賞作
2017年01月 宝島社 単行本

<内容>
 余命半年の宣告を受けたがん患者が、生命保険の給付金を受け取ると、その直後に病巣が消えてしまうということが、日本がんセンターにて度々起こることに。医師の夏目とがん研究社の羽島は、それらの案件になんらかの裏があるのではないかと調べ始め・・・・・・

「このミス」大賞 一覧へ

<感想>
 今年の「このミス」大賞受賞作。その内容は医療ミステリ。率直な感想はというと“平凡”。なんとなく医療系のミステリが描かれていたなという程度。読んでいて思ったのは、良い点よりも、粗の方が目だったかなと。

 全体的に見て、結局のところ良い医療小説を書こうとしたのか、それとも悪人側のスタンスにのっとった小説を書こうとしたのかがわからなく、それが中途半端な結果につながってしまったように思える。また、犯罪を暴こうとする主人公ともいえる医師たちも、あまり作品の内容に関係なさそうな人たちなども集まって議論している場面は、はたして必要であったのかも疑問(しかも、そのパートが意外と多い)。

“がん消滅”というネタ自体は医療的な話であるので予想できるような範疇ではないことはわかっているゆえに、その周辺の部分をどう描くのかが重要となるはず。残念ながら、この作品ではそれがうまくいっていなかったように思われる。医療系のミステリ作品は多く書かれているので、この系統の内容で良質の作品を書くのはかなりハードルが高いと言えよう。


風よ、緑よ、故郷よ   6点

1988年11月 東京創元社 単行本
2003年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 刈谷正雄が子供の頃、父親が何者かに刺し殺された。そのとき父親は盗まれた埋蔵金の地図の切れ端を握っていたため、盗人の汚名をきせられ、正雄ら家族は肩身の狭い思いをして村で暮らしていかなければならなかった。
 その後、正雄は村を出て教職についていたが仕事を辞め、村に十年ぶりに帰ることを決意する。殺人事件の時効の前に父親を殺した犯人を捕らえようと、正雄の探偵活動が始まった。

<感想>
 本書も岩崎氏ならではの田園ミステリーとして見事に完成されている。

 事件そのものとしては殺伐とした殺人事件であるのだが、他の面から見ると埋蔵金の地図だとか、その地図に関わる隠された背景だとか、遊び心もふくまれている。また、十年ぶりに帰ってきた正雄が村の人たちにむかえられる様子などもコミカルに描かれている。本書はこういった田舎のほのぼのとした雰囲気をかもしだしながら、ミステリーも楽しもうという試みがなされているように感じられる。

 そしてなんといっても本書で強い印象を残すのが、それぞれの事件に関わる動機というものである。その動機が小さな村の中で住むひとたちの生活の様子をまざまざと見せ付けているようにも感じられる。

 本書は手軽に読める作品であるので、息抜きにでも読んでみてはいかがだろうか。

 それともうひとつ特徴を述べるとするならば、岩崎氏が描く田舎の情緒の中にはHな描写も含まれるということ。このことはたぶん「闇かがやく島へ」を読んだ影響が強いのかもしれない。興味のある方は、今は手に入りにくいかもしれないが角川文庫から出版されている岩崎氏の著作「闇かがやく島へ」をごらんあれ。私がいわんとすることはわかってもらえると思う(たぶん)。




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