「ヴィーナスの命題」の真相について考えてみる


○黛を殺害した犯人は「少女A」
 動機は、黛が席替えをしたと知らず、柳瀬の机に書置きを残したつもりが見ず知らずの“少女A”の机に入れてしまった。
 7月25日(月曜日)7時頃 2-8教室、黛から「ハズレ」と言われた“少女A”はショックで黛を窓から突き落してしまう。

 このことを知った(見ていた)蓑田しのぶは少女Aに罪の意識を持たせないように、黛は彼女が殺したのではなく、3階の2-1教室から自ら飛び降りたという嘘と事実をすり替える。そのため、生徒会の高槻を利用し、4階の窓を閉め、3階の窓を開けることによって事実を捻じ曲げる。高槻が第一発見者としてふさわしいのは、3階にある生徒会室に用事があるという言い訳がたつため。1階や2階では自殺という理由をつけるには弱すぎる。

 乃木の自転車としのぶのバイクのタイヤをパンクさせたのは少女Aの仕業。ニアミスした乃木と反対側の校舎にいたしのぶらに目撃されたかもしれないと恐れてのこと。


○乃木由也の物語
 7月25日(月曜日)7時頃、柳瀬と別れた乃木は、益子巧と会い、彼女に告白する。(その様子を蓑田しのぶが見ていた)
 しかし、その告白に対し益子は怒り出す(照れ隠し?)。
 その後、乃木が校舎から出ていく時、少女Aとニアミスする。
(物語の最初にこの告白が行われていたということを知ると、その後の乃木と益子のぎくしゃくとしたやりとりに納得ができる)

 1週間後、乃木は益子から告白の返事を聞くこととなり、それが迷いに迷った末に黒板に書かれた『保留』という一言。
(これは決して悪い意味ではないのであろう)

 この作品におけるメインテーマは「黛の死の謎」ではなく、「乃木と益子の恋の行方」のほうにある。タイトルの“ヴィーナス”を示唆する蓑田しのぶが見たかった物語というのはこれのことだったのだろう。それゆえに、物語全般に黛の死の真相や、その推理については重きを置いてはいない。


○柳瀬さとみの物語
 7月25日(月曜日)7時頃、乃木と窓から校舎の中庭を見ていた柳瀬は公文が見知らぬ少女と一緒にいるのを見て、激情にかられる。
(これは誤解であり、同じ園芸部の園川がふらついて公文にもたれただけ)
 その後、柳瀬は出来心から、近くに止めてあった白い車に勝手に乗り込み、それを運転して帰ることにした。
 その途中、土手で自分の母親と父親になる予定の公文の父を見つけてしまい、新たな父親をためすべく、車で突っ込んでいく。
(車から降りたところを蓑田しのぶに目撃される)
 公文の父親は無事であったが、罪の意識にかられた柳瀬はつい、黛を殺害したのは自分だと嘘の告白をしてしまう。


○3年前の事件
 冒頭の扉に書かれた「だから、これが頂点だと思うんです」から始まる文章。
 これは公文聡美が自殺する直前、蓑田しのぶと電話で話をした内容。

 元S中の生徒、蓑田しのぶ、公文覚、公文聡美、牧永悠宇太、高槻護。

 亡くなった聡美に対抗するかのように蓑田しのぶは“大きな物語”を見出そうとする。
 その一端として、しのぶが発した「首吊り浪人の成央校舎の呪い」がある。


□一人称に区別をつけると格段に読みやすくなる
 乃木由也:おれ  公文覚:僕  益子巧:ぼく  柳瀬さとみ:あたし  牧永悠宇太:オレ  蓑田しのぶ:私

 ・益子巧は女。それがわかると物語の見方がガラリと変わることとなる。
 ・“ぼく”と呼ぶのは完全にミスディレクションを誘うものであろう。


□その他
 他にも個々の小さな物語は存在する(「牧永と“クミコ”」の物語とか、「高槻の内面」等々)。
 ただし、これも含めて物語のひとつひとつは、重なっているぶぶんはあれども、決してつながっているわけではない。
 一応は、小さな物語が多数あって、大きな物語を形成していると言えるのではないだろうか。
 ただし、最終的には蓑田しのぶは“大きな物語”についてはあきらめ、小さな“綺麗な物語”のみにこだわったように思える。



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