<内容>
旧作を発掘し、本格ミステリー界の話題をさらってきた「本格推理マガジン」最新作登場。秘宝級の5作品に加え、宮原龍雄、山沢晴雄の特別寄稿も収録。
本格ミステリー界のバックボーンである鮎川哲也が心血を注いだシリーズを、その精神の継承者・芦辺拓が責任編集。本格推理ファンのみならず、全てのミステリーファンに捧げる一冊。
「ミデアンの井戸の七人の娘」岡村雄輔
「むかで横丁」宮原龍雄、須田刀太郎、山沢晴雄
「二つの遺書」坪田宏
「ニッポン・海鷹(シーホーク)」宮原龍雄
「風 魔」鷲尾三郎
<感想>
「ミデアンの井戸の七人の娘」
小栗虫太郎を少し読みやすくさせたような印象を受ける。そのような印象を受けたことと、事件のトリックなどがなんかどこかの作品で見たことあるような気がして、過去の有名作を張り合わせたような作品と感じてしまった。実際には当然そんな気はないのだろうけど・・・・・・
また、まさかこんなトリックじゃないだろうなぁ、と思っていた事を本当にやられてしまい唖然としてしまった。まぁ確かにいままでこのトリックはなかったなぁと思ったがこの作品ですでにやっていたのですねぇ。勉強になります。
「むかで横丁」
発展編がごちゃごちゃしすぎ。
「ニッポン・海鷹」
今の作家でも他の有名作を持ち出し、それと比べて事件を検証する探偵がいるが、昔の探偵(検事だけど)にもちゃんといた。“歴史は繰り返す”ならぬ“本格は繰り返す!” といったところか。
<内容>
「十年の密室・十分の消失」東篤哉
「恐怖時代の一事件」後藤紀子
「月の兎」愛理修
「湖岸道路のイリュージョン」宇多俊吾・春永保
「ジグソー失踪パズル」堀燐太郎
「時計台の恐怖」天宮蠍人
「窮鼠の悲しみ」鷹将純一郎
「『樽の木荘』の悲劇」長谷川順子・田辺正幸
<感想>
買ってから積読になってしまい、一年近くたってようやく読んだこの本。その間にここに掲載されている二人の作家が「登竜門」からデビューしていた。出版されたらすぐに読むべきだったか・・・・・・いやいや、積読にしておいて作家がデビューした後にこそ楽しめる醍醐味というものもあるのではないだろうか。
という私事はおいておいて、全編読んでみた感想は、本書の中で編集長・二階堂氏が述べているようにかなりレベルの高いものとなっている。物足りないところがないとはいえないが、それでも短編をまとめた一冊としてこれだけのものが集められるものというのは「本格推理」をおいて他にはあるまい。これからも続くのであろうが、書き手側から見ればますます垣根は高くなっていくのであろう。しかしながら、この垣根を越えることのできる者には作家への道というものが開けて行くのではないだろうかということを感じさせられる。
「十年の密室・十分の消失」は登竜門でデビューした東川篤哉氏の作品。デビューにいたって“東”から“東川”にしたようだ。
内容は“建物の消失”を扱ったもの。この大掛かりなトリックは好みのものである。ただ、トリックは面白いのだが、必然性や準備とか細かいことを考えると少々矛盾が感じられた。
「恐怖時代の一事件」
ミステリの王道たる構成となっている。不可能犯罪。惑わされる人々。探偵たる男。どんでんがえし。トリックの解決と。非常にミステリとしてまとまった作品である。
「月の兎」
水浸しの洋館での奇妙な犯罪劇。犯人は誰か? というものであるが、凝りに凝った設定と読者の前に提示された伏線らはよくできている。しかし、それにしてもなんでバニーガール??
「湖岸道路のイリュージョン」
今回の作品のなかでは、これが一番好きである。“車の消失”を扱ったものであるが、そのトリックには思わず「なるほど」と感嘆してしまった。一番単純ながらも一番うまいと感じられた。
「ジグソー失踪パズル」
今回の作品群のなかでは本作は読みににくく感じられ状況が少しわかりにくかった。。そのため凝った設定にはなっているのだろうが全体的な構成を頭で整理しきれなかった。ダイイングメッセージの作者の意図はなかなか面白く感じられたのだが。
「時計台の恐怖」
“人間消失”を描いたもの。伏線などはきちんと張ってはいるものの、事件性が乏しかったように感じられる。ちょっとトリックが単純すぎたのではなかろうか。そのせいか、なんとなく“キャラもの”的な印象が残った。
「窮鼠の悲しみ」
“誘拐もの”であるのだが、これはなかなか良くかけている。長編にして江戸川乱歩賞に送ったらどうかと勧めたくなるできである。短編にしておくのがもったいない。トリックもなかなかだが、これは物語として優れている。
「『樽の木荘』の悲劇」 (田辺氏は加賀美雅之にて「登竜門」でデビュー)
この作品はある種、パスティーシュといっていいかもしれない。とある作品を読んでいる人はなるほどと思う部分に気づくに違いない。これは前出の「本格推理」で出版された作品の連作という形もとっているのだが、ぜひともまとまった形で読みたいものである。これはもう玄人の域に達しているといってもいいだろう。
<内容>
「とむらい鉄道」 小貫風樹
「悪夢まがいのイリュージョン」 宇田俊吾、春永保
「作者よ欺かるるなかれ」 園田修一郎
「稷下公案」 小貫風樹
「Y駅発深夜バス」 青木知己
「ポポロ島変死事件」 青山蘭堂
「夢の国の悪夢」 小貫風樹
「聖ディオニシウスのパズル」 大山誠一郎
<感想>
前回同様レベルの高いものがそろえられている。今回もひょっとしたらこの中から“登竜門”によって長編が出版される著者も出てくるかも知れなので早めに読んでおくことにした。
今回の注目株はなんといっても三作が掲載されている小貫氏であろう。実際にそれらの作品を読んでみると、よくできていることがわかる。なかでも一番といえるのは「とむらい鉄道」であろう。これは鉄道の爆弾魔を論理的な推理によって、偶然性も加味しながらも犯人像が徐々に語られていくのは圧巻である。また、その他の2編も“何かに押し潰されたかのような死体”や“密室での首切り殺人”といった不可能犯罪に挑戦している。小貫氏のこれらの作品において共通しているのは、ミステリとしての完成度のみならず、そこに殺人の動機といったようなもう一味を加味しているところであろう。表面上の犯罪だけでは終わらないというような工夫がなされている。
「悪夢まがいのイリュージョン」は前作02号にて一番良くできていたと思った作品の関連作。もちろん今作のみで単独で楽しめるようになっている。今作はトランクからの死体消失を扱っているのだが、犯人がわかり易すぎたように感じられた。ただし、その動機についてはなかなか考えられている。
「作者よ欺かるるなかれ」は犯人当て形式になっている。ここぞとばかりに挑戦したのだが、あえなく撃沈してしまった。これは怪しい、と感じた点があったにも関わらず、その上をいかれてしまった。なかなかうまいと思う。犯人当て形式ならではのトリックであろう。
「Y駅発深夜バス」は一人のサラリーマンの深夜バスにおける奇妙な体験を描いたもの。トリック、設定、物語とうまく練られていると感じられるのだけれども、何か作り物めいた感じがしてしまうのも事実。
「ポポロ島変死事件」は一人のあからさまに嫌な男が衆人監視の中、殺されるというもの。トリックに感心される部分はあるにせよ、いかんせん“レッド・ヘリング”が多すぎる。もう少し、すっきりさせてもらいたかった。
「聖ディオニシウスのパズル」もよくできた推理小説といえよう。何故、教祖の首が切られたのか? 何故、教祖の死体は移動したのか? これらの謎に焦点が当てられ、見事に解決がなされている。実現性や偶然性などを考えると喰い足りないと思うところもあるのだが、なかなか綺麗に仕上られた作品である。
<内容>
「迷宮の観覧車」 青木知己
「殺人の陽光」 森 輝喜
「ノベルティーウォッチ」 時織 深
「吾輩は密室である」 ひょうた
「幽霊横丁の殺人」 青山蘭堂
「カントールの楽園で」 小田牧央
「ありえざる村の奇跡」 園田修一郎
「金木犀の香り」 鷹将純一郎
<感想>
今回の作品のなかでは飛びぬけた一作というものがなかった。とはいえ、全体的には良くできているという印象。話がどれもきっちりとまとめられていて、それぞれの作品が中編というページ数をうまく生かしていると感じられた。年々「本格推理」のレベルが高くなっているということはよくわかる。また、途中に各作家のアンケートが掲載されているのだが、これがそれぞれの著者の味となっていて面白いと感じられた。作品と見比べながら吟味してみると面白い。
「迷宮の観覧車」
本書の中では一番推理小説として面白く感じられた作品。伏線を張りつつ話を全て一つに収束させる手腕はなかなかのもの。逆にいえば、小さな世界に要素がまとまりすぎていて、ご都合主義的なものが強すぎるとも感じられた。でも中編なのだから許容範囲であろう。
「殺人の陽光」
なかなか凝った物理トリックを用いた作品。とはいうものの、どうも現実性が乏しいように感じられた。成功率が高いようには思えないのだが。
「ノベルティーウォッチ」
時計から考察する心理的推理はなかなか興味深い。論理的なミステリーとしてはいいと思うのだが、キャラクターに関してはどうだろうと思えた。探偵が出てくるのであれば、タクシードライバーの存在は不要と思える。
「吾輩は密室である」
これはなかなかの異色作。しかし物語の傾き方に関しては少々微妙である。フェアかアンフェアかといわれれば、アンフェアである。とはいえ、二度と使えない一発トリックということで良いのであろう。
「幽霊横丁の殺人」
“黒後家蜘蛛の会”を思わせるような作品。よく考え抜かれた足跡トリックが披露されている。伏線の張り方もうまいといえよう。佳作!
「カントールの楽園で」
なんか訳のわからなかった作品。屋敷の図面やダイイングメッセージの図、そして時間経過の表などが掲載されているのだが、どこまで役に立っているのかが微妙。時間経過が書かれていたにしても、登場人物は少ししかいないのだが。
「ありえざる村の奇跡」
これぞバカミス、これぞバカミス村である。その大味なトリックにはもう笑うしかない。とはいえ、そういうトリックであれば、そこにいる人たちならば思いつくであろうから、決して不思議ではないのでは!?
「金木犀の香り」
文学的な香りがただよう作品。自分自身の過去を追っていくミステリーといったところ。文章はよく書けていると思えるのだが推理小説という類のものではない。
<内容>
「水島のりかの冒険」 園田修一郎
「蛙男島の蜥蜴女」 高橋城太郎
「コスモスの鉢」 藤原遊子
「教唆は正犯」 秋井裕
「九人病」 青木知己
「無人島の絞首台」 時織深
「何処かで汽笛を聞きながら」 網浦圭
「モーニング・グローリィを君に」 鷹将純一郎
「紅き虚空の下で」 高橋城太郎
<感想>
今回の「新・本格推理」は、帯には“シリーズ最高”と書いてあるのだが、とてもそのようには感じることはできなかった。確かに全編とおして文章はしっかりしていると思う。その辺は“新”になってから中編になったという事もあり、二階堂編集長が巻末で厳しく力説し続けている事が浸透してきたのだともいえるのだろう。
しかしながら今作では肝心のミステリーとしての内容はとても薄く感じられたのだ。タイトルが“本格推理”であるにも関わらず、多くの小説が本格推理小説という形をとっていないというのも少々悲しい。とはいえ、応募作の内容に関わらず、毎年本をまとめ上げなければならないのだから、こういう年があることもいたしかたないことであろう。
「水島のりかの冒険」 園田修一郎
前作で「ありえざる村の奇蹟」という作品を書いた作家なのだが、その作品のことは印象深くよく憶えている。今回の作品でも大掛かりな舞台を作り上げ、独特のミステリーの世界を展開させてくれている。さらには舞台仕掛けのメイントリックだけでなく、他にも色々と作中に仕掛けを施してくれている。
ただ一点どうだろうと思えるのは、メインとなるトリックについてはその場にいる人たちにとっては謎にならないのではと感じられるところ。これは前作でも同様の感想を抱いたところである。
「コスモスの鉢」 藤原遊子
漫画で「家裁の人」という検事が主人公の作品があったが、本編はそんな感じの作品である。新人の女性検事が主人公なのだが、これはシリーズ化して一冊の本にすれば面白いかもしれない。
「教唆は正犯」 秋井裕
これは普通のミステリー作品という印象。交換殺人ではないのだが、それに近いものを描いた作品。平凡すぎて、何故に選ばれたのかがよくわからない。
「九人病」 青木知己
前作、前々作と立て続けに良作を書いた著者ゆえに期待していたのだが、今回はミステリーというよりはホラー作品という印象。ちょっと期待が大きすぎたのかもしれない。
「無人島の絞首台」 時織深
なんとなく鳥飼否宇氏の作品を思い起こすような内容。無人島での綺譚を伏線をちりばめながら仕上げた作品。うまいと思いつつも、謎となる点が明示されているわけではないので、本格推理からは少し外れているかなという気はする。でも一作品くらいはこういうものがあっても良いと思う。
「何処かで汽笛を聞きながら」 網浦圭
昔の出来事を思い返し、その特定の場所を当てるというミステリー。特定の駅を当ててしまう主人公の推理は見事と思いつつも、そんなにうまくいくのかなというような疑問もぬぐえなかった。
「モーニング・グローリィを君に」 鷹将純一郎
社会派ミステリーとして良くできている作品。これは小説としてもミステリーとしても完成されているといって良いであろう。ただ、社会派にかたより気味のところが好みの別れるところかもしれない。
「蛙男島の蜥蜴女」「紅き虚空の下で」 高橋城太郎
本書にて2作品掲載された初採用の高橋氏。今回はこの著者が一番“本格推理小説”していたと思われた。両方の作品とも実に奇抜な設定を用いて、一風変った本格ミステリーを展開させてくれている。特に「蛙男島」は強烈なバカミス・トリックを炸裂させてくれた。
ただ、今回初採用という事もあってか、他の作家に比べれば書き方の未熟さが感じられた点が多々見られた。しかし、それに関してはこれから伸びてくれればいいことであるのだから、どんどん作品を書き続けてもらいたいものである。次回にも期待したい。
<内容>
「手のひらの名前」 藤原遊子
「X以前の悲劇−『異邦の騎士』を読んだ男」 園田修一郎
「般若の目」 時織深
「みんなの殺人」 ひょうた
「マコトノ草ノ種マケリ」
「偶然のアリバイ」 愛理修
「あやかしの家」 七河迦南
「蛍の腕輪」 稗苗仁之
<感想>
このシリーズになってから6作目になり、文章という観点からはレベルが高くなっているとは思えるものの、本格推理小説という観点からは少しずつ薄まってきているのではないかと感じられた。どうしてもページ数が多いために、話全体を推理小説だけで展開させるのは難しいためか、他の要素を持ってきて話を作っていくとう作品が多く見られる。なんとなくではあるが、社会派推理小説の趣が強くなりつつあるように感じられるのは気のせいであろうか?
ちなみに私的ベスト作品は「あやかしの家」、続いて「X以前の悲劇」というところ。
「手のひらの名前」 藤原遊子(『05』で採用)
女性検事の事件を扱った、シリーズもののような作品である。前作に続いて2作目であるのだが、どうしても単なるシリーズものの一編というようにしか見ることができない。本格推理小説風ではないと思うのだが。
「X以前の悲劇−『異邦の騎士』を読んだ男」 園田修一郎(『01、03、04、05』で採用。常連)
最初にひとつの事件の提示があるのだが、それが簡単に思えて、作品全体をあなどってしまった。しかし、最後まで読んでみると色々な要素をうまく組み合わせた内容になっており、実によく出来ている作品と感じられた。
「般若の目」 時織深(『04、05』で採用)
山の中での殺人事件をホラー風に語る作品。理論的には理解できるのだが、心情的に理解しにくい作品。なんとなく納得がいかなかった、という思いだけが残った。
「みんなの殺人」 ひょうた(『04』で採用
殺人の呪文によって殺害されてしまうという異色ミステリー。読み終わったときには、こういう作品も掲載されるんだな、と妙な感想を抱いてしまった。ちなみに、「私自身は特に何の行動も起こさなかった」というわけで・・・・・・
「マコトノ草ノ種マケリ」(初採用)
こういう作品がどうも苦手。本格推理小説を書きたかったのか、その背景にあるものを書きたかったのか。このような作品を読むと、別に推理小説にしなくてもいいのではないかと思えてしまうのだ。
どのような作品かといえば宮澤賢治を探偵にした作品である。では、ミステリーとしてきちんと出来ていないのかというとそんなことはない。とはいえ、やはり心情的にこういう作品は苦手なのである。
「偶然のアリバイ」 愛理修(『02』で採用)
大勢の人々を恐喝していた男が殺害されたという事件。怪しい男がいるものの、その男には一風変わったアリバイが! というもの。いわゆるアリバイ崩しであるのだが、そのアリバイを崩す際の着眼点が面白かった。地味目ではあるが、なかなか楽しめる作品。
「あやかしの家」 七河迦南(初採用)
ある意味“館もの”と言えるかもしれない。また、普通の作家では書けないような“バカミス”と言われてしまうかもしれない。でもこのような作品が私は一番好きなのである。
記憶を失った男、謎だらけの屋敷とその住人、シャム双生児、次々と起こる殺人事件。こういうサービス精神にあふれた作品をこれからも待ち望みたいものである。
「蛍の腕輪」 稗苗仁之(初採用)
過去に起こった事を書き記した伝承から推理するという内容の作品。伝承とは言うものの、どこか昔話、または教訓が書かれているような内容でもあり、現実にはありえなさそうな事が書かれている。しかし、そこから現実に照らしあわされた解答が出てくるという、なかなか優れたミステリーではあると思う。とはいえ、話の進め方が単調すぎるような気が・・・・・・
<内容>
「暗黒の海を漂う黄金の林檎」 七河迦南
「床屋の源さん、探偵になる」 青山蘭堂
「黄昏に沈む、魔術師の助手」 如月妃
「くるまれて」 葦原崇貴
「密室の石棒」 藤原遊子
「歪んだ鏡」 成重奇荘
「詭計の神」 愛理修
「ホワットダニットパズル」 園田修一郎
「イルクの秋」 安萬純一
<感想>
今回は最初の2作品を読んだときには、これは濃い内容の推理小説が集められているなと思えたのだが、その後の作品を読んでいくにつれて、そのボルテージもどんどんと下がって行ってしまった。しかし、最後の2作品を読んだときには、またなんとかミステリ作品集として持ち直したなと感じられた。要するに、うまい順番に並べたなということに感心させられた作品集であったということ。
この「新・本格推理」になってからは一編一編の分量が長くなったため、それなりの数の作品を掲載するとかなり分厚いページ数になってしまう。ただ、別に無理に分厚いページ数にする必要はないと思えるので、“本格推理”から外れた作品をわざわざ無理に載せることはないのではと感じてしまう。数を並べるよりも、質で勝負したほうがよいのではないだろうか。
「暗黒の海を漂う黄金の林檎」 七河迦南
宇宙ステーションでの連続殺人事件を描いたもの。登場人物は少数に限られており、誰が行ったのかということはなんとなく様相がつかなくもない。ただ、それよりもどうやってその犯罪を成したのかということにスポットが当てられるミステリであったと思われた。もう少し、わかりやくす状況を説明してもらいたかったと思わないでもないが、充分によくできているSFミステリ作品であった。
「床屋の源さん、探偵になる」 青山蘭堂
コミカルに出来ていて、楽しませてくれるミステリ。また、前半と後半のギャップというものも楽しめる。ミステリ作品としてうまく出来ているとは思えるものの、最後に真犯人が明かされる部分については、唐突過ぎたような気がしないでもない。もう少し、それらしい伏線が張ってあればもっと良い作品になったのではないかと思われる。
「黄昏に沈む、魔術師の助手」 如月妃
魔術師による犯罪? ・・・・・・なのか、何なんだかよくわからなかった。設定はファンタジーのような設定であり、魔術師らしき能力をもった人物も出てくるものの、それらの設定が生かされているようにも思えなかったし、ミステリといってよいのかどうかもわからなかった。何で掲載されたのかよくわからない作品。
「くるまれて」 葦原崇貴
手紙のやりとりによって徐々に犯罪の様子が浮き彫りになってくるという形式のミステリ。一応、青春ミステリと言ってもよいのかもしれない。それなりに楽しんで読むことはできるものの、少々薄味すぎたようにも思われる。
「密室の石棒」 藤原遊子
密室による犯罪を描いた作品であり、それがタイトルに用いられているにもかかわらず、密室自体が重視されていない作品となっている。二時間サスペンスドラマ風なやりとりが主な内容という感じであった。
「歪んだ鏡」 成重奇荘
閉ざされた風呂桶の中で発見された死体。状況からは自殺としか考えられないものなのだが・・・・・・という内容のミステリ。こんなやり方で自殺はしないだろう、と思いながらも結構楽しく読めた作品。トリックのみならず、犯行を行ったものの心情がうまく描かれている作品でもある。
「詭計の神」 愛理修
衆人環視のなか、建物の一室にいたはずの新興宗教の教祖が離れた場所で人を殺害したという事件。不可能犯罪が描かれた作品ながらも、結末はあまり腑に落ちなかった。トリック自体が拍子抜けをしてしまうものなのであるが、こういうトリックを用いるなら用いるで、もう少し読んでいるものを納得させるような伏線なり物語の展開が欲しかったところである。
「ホワットダニットパズル」 園田修一郎
何か、騙されているなと感じながら読んでいるものの、それが何なのかがわからない。お笑い芸人達が集まった集会場で起きた事件を描いたもの。“ホワットダニット”というタイトルが光る内容の小説であった。凝りに凝った小説と言えよう。
「イルクの秋」 安萬純一
刑務所からの脱獄を描いた作品であるのだが、読んでいる最中はあまり感心もせず、退屈ささえ感じられた小説である。しかしラストにて、そのトリックが明かされたときには感心させられた・・・・・・と言うか・・・・・・笑ってしまった。これは見事な“バカミス”ぷりを示した作品といえよう。終始、真面目に語られる作品であるだけに、そのトリックの荒唐さには笑わせられてしまう。
<内容>
「ウェルメイド・オキュパイド」 堀燐太郎
「コンポジッド・ボム」 藤崎秋平
「論理の犠牲者」 優騎洸
「第四象限の密室」 澤本等
「天空からの槍」 泉水尭
「ミカエルの心臓」 獏野行進
「賢者セント・メーテルの敗北」 小宮英嗣
「シュレーディンガーの雪密室」 園田修一郎
「エクノツィオの奇跡」 森輝喜
<感想>
今回も、中編という分量の物語を創る事にそれぞれの作家が悪戦苦闘している様子が見受けられた。物語の背景としては、SF、ファンタジー、新興宗教、テロなどと、バラエティ豊かのようでありながらも、意外といままでの“新・本格推理”のなかで扱われていたものが多かったりする。ページ数が多いことにより、さまざまな背景を用いるというのは当然のことながらも、それらがミステリとして生かされてなければ、肝心の本格推理としての濃度が薄くなってしまう。
今回も選ばれただけあって、文章としてはしっかりしたものが多かったものの、全体的にミステリとしての濃度は薄かったと感じられた。
「ウェルメイド・オキュパイド」は、誘拐を用いたミステリとなっている。凝ってはいるものの、犯行を犯した側の凝り方については、少々理解しがたいような。どちらかというと、そこまでしなくてもよいのでは、という感情が先行してしまう。
「コンポジッド・ボム」は人体に爆発物を付けるという、無差別テロを扱ったサスペンス。ただ、サスペンスはサスペンスなのだが、話にきちんと決着がつけられていないような。なんでここに掲載されたのか、疑問に思えた一編。
「論理の犠牲者」はロボット三原則に挑戦し、ロボットが人を殺害できるかという命題に挑戦した、野心的なSFミステリ。これは起承転結でいえば、“起承転”までは最高の出来であると思われた。しかし、最後の結びが弱かった。ラストをもっときちんと持っていくことができれば、かなりレベルの高い本格推理短編小説として完成されたことであろう。
「第四象限の密室」は一見、普通のサスペンス・ミステリともとれるのだが、そこに密室の分類学として照らし合わせる事によって、斬新さを表した作品。盲目の女性の視点から、犯行時の様子が語られ、その不可能犯罪がいかに起きたかを暴くという内容。地道ながらも、堅実であり、よくできたミステリ作品と思える。
「天空からの槍」は中世の世界を背景に、戦乱のなかで起きた不可能殺人を推理するというもの。これは、ミステリ云々よりも、ファンタジー的な雰囲気が強すぎたように思える。ファンタジーの世界において、このような犯罪が起きても、さほど不思議ではないという気もするのだが。
「ミカエルの心臓」は、とある教会での宝探しを描いた作品。これは本当に宝探しのみに終始した作品であり、ミステリというよりは冒険物という雰囲気であった。この作品も、ここに掲載されるのはそぐわないように感じられた。
「賢者セント・メーテルの敗北」は新興宗教の教祖が衆人環視の部屋から消失するというトリックを描いた作品。これについては、少々わかりやすいという気がしないでもない。ただ、ある種の盲点を突いた作品ともいえなくもない。ミステリ作品としてのできでいえば、及第点というところか。しかし、それにしても信者を得るためのパフォーマンスとしては、あまりにもインチキくさいように思えてならないのだが。
「シュレーディンガーの雪密室」は西澤保彦氏の「七回死んだ男」を思わせるような“時間の遡り”を用いたSFミステリ作品。最終的に明らかになる犯人の意外性もさることながら、途中で何度も行われる犯人宛の推理もそれなりによくできていると思われる。本書のなかでは一番のできではないだろうか。
「エクノツィオの奇跡」は、傾いた塔のなかで起こる超常現象を扱ったミステリ。これは色々とうまくできていると思われるのだが、似たような短編を我孫子武丸氏の作品で読んでいたために、ネタがすぐに割れてしまった。この作品が先に語られていれば、かなり良い出来だと思えたのだが。
<内容>
「死霊の如き歩くもの」 三津田信三
「花散る夜に」 光原百合
「時速四十キロの密室」 東川篤哉
「ハンギング・ゲーム」 石持浅海
「聖アレキサンドラ寺院の惨劇」 加賀美雅之
「かれ草の雪とけたれば」 鏑木蓮
「だから誰もいなくなった」 園田修一郎
<感想>
今回はプロの作家による特別編。さすがにプロの作家による書き下ろしということで粒ぞろいの作品がそろっている。どれもこれもそれぞれ特徴のある作品となっているので読んでいてとても楽しむことができた。
また、今作では今まで「本格推理」で作品を描いた後にプロになった作家について紹介されているのだが、おどろくほどのたくさんの作家がいるということを知らされる。当時と今のペンネームが異なる人もいて、こんなペンネームで書いていたんだとこれもまた驚かされてしまう。私はこの「本格推理」を創刊当時から読み続けているので、実に感慨深いことである。
「死霊の如き歩くもの」は雪の上にひとり分の足跡しかない密室殺人を描いた内容。しかも下駄がひとりでに歩く様子を目撃したりと、ホラー色もきちんと付け加えられている。トリックだけ抜き出すとそれほどでもないのだが、伏線をはりながら、真相まで持っていく話の創り方はうまいとしか言いようがない。これもまた三津田氏らしい作品として創りこまれた本格ミステリ作品となっている。本書のなかではこれがベスト級であろう。それだけに作品中で一番最初に持ってこられるのは惜しいと・・・・・・
「花散る夜に」は不治の病が治るのだが副作用として記憶の一部を失ってしまうという薬を用いたミステリ作品。最初読み始めたときは男女の愛憎劇を描いたものであり、ミステリからは程遠いのでは、と思われたのだが最後まで読めば決してそんなことはなかった。案外本書のなかでは一番意外な展開を見せるミステリ作品であったかもしれない。
「時速四十キロの密室」は・・・・・・うーん、これはどうも。トラックの荷台に乗せられたベンチの中に入り込んでいた男が、時速40キロで走るトラックのなかで殺されるという事件を描いた作品。トリックがあまりにも無茶苦茶すぎるのではと感じられてしまう。ただ、この作品は探偵が依頼者から金をせしめたいがためにでっち上げた適当な話というスタンスでとらえることもできる。とはいえ、それならそれで真の解答というのも作っておいてもらいたかったところ。
「ハンギング・ゲーム」は政治犯のリーダーを公開処刑中に仲間達が救い出そうという内容。凄腕の執行官との駆け引きが楽しめる作品。まるで柳広司氏描く「ジョーカー・ゲーム」を連想させるような内容。ミステリというよりは謀略小説のような感じもするが、小説として楽しめる事は確か。ラストで与えられるインパクトは収録作品のなかでは一番であろう。
「聖アレキサンドラ寺院の惨劇」は塔の上部で首をくくられた状況で発見される死体の謎を解く物語。本書は機械的トリックがうまく描かれた作品と言えよう。その犯罪がなされる状況が図入りで説明されているが、結構納得させられるものであった(ただし、実際にできそうなのかはよくわからないが)。ロシア皇帝の一族の謎を背景に持ってきた物語といい、よく描けていると感じられた。
「かれ草の雪とけたれば」は宮沢賢治が不可能犯罪に挑戦する作品。この著者についてはよく憶えていないのだが、確か今までの作品のなかで宮沢賢治が探偵を勤めた作品があったということは思い出される。一見、バカミストリックともいえないことはないのだが、登場人物らがまじめな人達ばかりなので、決してちゃかすような雰囲気にはなれない。主人公を含めた登場人物たちの真摯さが伝わってくるミステリ作品。
「だから誰もいなくなった」は唯一のアマチュアによる寄稿作品ながらも微妙と感じられた。宇宙空間のなかで起きた連続殺人事件を描いたものであるが、焦点になるのは人間のなかにアンドロイドが含まれているという謎が用いられている。こうした設定の中で複雑なロジックにより謎が解かれているのだが、そもそも人間かアンドロイドかという設定について不可解に思えるところが多々あり、不満が残ってしまう内容であった。