SF あ行−あ 作家 作品別 内容・感想

クォンタム・ファミリーズ

2009年12月 新潮社 単行本

<内容>
 小説家、葦船往人のもとに誰からのものかわからないメールが届いた、それも繰り返し。葦船往人はその文字化けしたメールを解析し、読みとれるようにしたところ、そのメールは未来からのものであり、しかも生まれていないはずの彼の娘からであったことがわかる。並行世界によって一つの家族が結ばれ、彼らは真の幸福を手に入れようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 最初はひとりの男性の未遂テロ事件が語られる。そしてその後、男を中心に広がる並行世界からのやり取りが行われ、複数の世界からやりとりが行われ、実在する家族と実在しなかった家族とが出会うこととなる。

 簡単に言ってしまえば並行世界、いわゆるパラレルワールドものなのであるが、その世界の構築の仕方が興味深い。設定としては量子脳計算機科学などという言葉が使われているが、簡単に表現してみると“未練”による並行世界が描かれている。誰しもが、あのときこうしていれば、あのときこうだったらという未練や後悔から無数の並行世界が現れるというもの。そうして、この物語ではその並行世界とコンタクトが可能になってしまうという様を描いている。

 結末に至ることによって、劇的な変化とか、感情がどうこう変わるといったことはなかったように思える(そこまで到達するまでが十分に劇的なのだが)。結局は、家族一人一人の希望や未練、そういったものを改め、望み通りの世界を手に入れようとするのだが、誰もにとって都合のよい世界などはないということを痛感するようなものであったような気がする。

 物語の設定として、テロリズムや宗教団体などが描かれていたのだが、それらが物語上必然なのかどうかということまでは理解できなかった。また、最終的にひとりの男の昔犯した個人的な犯罪に帰結してしまうという流れも理解しがたいものである。ちょっとした村上春樹の作品論については解り易いという気はした。

 科学的な説明などは少々分かりにくかったが、物語全体としては決して読みにくいものではなかった。ただ、全体的な物語の真意を読み取ることは難しい。結局、彼ら家族たちは並行世界を結び付けることによって何を獲得したのであろうか。それとも実は電脳世界の夢でしかなかったのだろうか? 読了後も色々と考えさせられる物語。


クリュセの魚

2013年08月 河出書房新社 単行本
2016年08月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 太陽系がどんどんと開拓されてゆく中、火星市民である11歳の葦船彰人は大島麻理沙と出会う。月日を重ね、徐々に仲を深めていく二人であったが、異星文明が残したワームホールが発見されたことにより、地球と火星は動乱の道へと踏み込み始める。そしてその動乱に麻理沙は大きな役割を担うこととなり・・・・・・

<感想>
 元々はSFアンソロジーである「NOVA」に掲載されていた作品であり、それをまとめたもの。「NOVA」のほうで読んではいたのだが、まとめて読んでみたいとは思っていたので、今回こうして一気にこの作品に触れることができてよかった。

 文庫版で読んだのだが、ページ数は250ページ少々と薄めでありつつも、ボーイ・ミーツ・ガールから、火星での物語、異星人とのコンタクト、テロから派生する地球と火星の覇権争い等々、さまざな要素が描かれている。これらをわかりやすく、少ないページ数で描いたのは見事と言えよう。

 ただ、色々なことが描かれつつも、根底にあるのは一人の少年の初恋が全てという物語なのである。ただこの主人公の少年が、その後の成長後もあまりにも何も“持たざるもの”というか、空っぽの状態で生き続けてきたところが微妙であるが(そこがLと呼ばれる別の登場人物との違いであったのかなと)、逆に言えばそれ故に生涯にわたって初恋の人物を追い続けることができたのだろうとも考えられる。

 激動の宇宙史のなかからすれば、ほんの些細な男女の恋であったのかもしれないが、その男女の関係を中心で語ると、その盲目ともいえる恋ゆえの激動の宇宙史のようにも感じられてしまう。


グリーン・レクイエム/緑幻想

2007年11月 東京創元社 創元SF文庫
(「グリーン・レクイエム」1980年11月 奇想天外社、1983年10月 講談社文庫)
(「緑幻想 グリーン・レクイエムU」1990年01月 講談社、1993年04月 講談社文庫)

<内容>
 植物学の研究をする松嶋信彦は喫茶店で働く三沢明日香と出会ったときから、彼女のことが頭から離れなくなった。信彦は幼い頃田舎に住んでいたとき、山の中で迷ってしまい、そのときに緑色の髪を持つ女の子と出くわしたのである。その女の子が三沢明日香にそっくりであり、彼女が気になる信彦は連日喫茶店に通い続けるのであったのだが・・・・・・

<感想>
 SF作家として有名な新井素子氏であるが、その名を聞いたことはあれど、今まで作品を読んだことがなかった。今回、この「グリーン・レクイエム」というものが続編と共に一冊となって復刊されたことと、この「グリーン・レクエム」というタイトルもどこかで聞いたことがあったので、買って読んでみようと思ったしだい。

 最初の「グリーン・レクイエム」であるが短い作品ながらも、書きたい事をきちんと書ききっているなと感心させられた。しかも限られたこのページのなかでさまざまなことが描かれている。明日香と信彦の恋、明日香の出生の秘密、そしてその明日香の家族達を取り巻くそれぞれ異なる思惑を持った人々。

 植物の感情、共存といった難しいテーマを掲げながらも、恋愛小説風にかつ、わかりやすい作品として仕上げているところがさすがと感じられた。

 ただなんといっても「グリーン・レクイエム」だけでは、その終わり方が気になりすぎてしまうので、その続編が出来上がったというのは必然のことなのであろう。この続編のほうも、前作の雰囲気を壊したりすることなく、読者が期待を裏切らないきちんとした作品に仕上げられている。

「緑幻想」のほうでは、明日香とその同属たちに対する先行きが描かれたものとなっている。よって、前作までの事柄全てにきちんと決着をつけなければならないので、書くのは難しかったであろうと思われる。

 前回までの作品の内容を不必要に広げることなく、最低限の広がりの中でうまく決着が付くように描かれている。なんとなく悲しい終わり方をしているとも感じられつつも、不必要な奇蹟を用いずに綺麗にまとめきったと言えよう。

 さらには、植物の感情というものを見事にこの続編で描ききったところこそがすばらしいという一言につきる。これはまさに復刊され、これからも読まれ続けてもらいたいSF作品。SFが苦手という女性の方でも、安心して薦められる作品。




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