SF あ行−お 作家 作品別 内容・感想

ヴコドラク

2009年07月 早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

<内容>
 人工島として建造された“新台湾”にて猟奇殺人事件が勃発した。公安警察の一員である耶恵雨(かけいう)は事件を調べていくうちに、ロビン・スレイマンという青年と親しくなる。そうして事件を追っていくうちに、吸血鬼集団と、狼男との壮絶な戦闘のなかに巻き込まれてゆくことに・・・・・・

<感想>
 近未来を舞台としたバイオレンス伝奇小説、ということなのだが一番気になるのはリーダビリティが乏しいというところ。

 このJコレクションの作品にありがちなのだが、設定が詳細によく練り上げられているものの、その詳細すぎる設定に話が食われてしまって、テンポよく話が進んでいかない。本書についても同様に感じられた。

 また、それなりに多くの登場人物が描かれているのだが、それらについても各登場人物同士の細かい結びつきばかりが描かれすぎて、全体的なストーリー像が希薄になってしまっているように思えた。

 結局のところ、ページ数は多いものの、読み終えて考えてみると、全体的にストーリーの流れとしてはそれほど多くの事象がこなされていないということに気づく。個人的には、こういった伝奇小説であれば、まずは読みやすさ分かりやすさというものが大事だと思われるのだが・・・・・・


ユートロニカのこちら側

第3回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作
2015年11月 早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

<内容>
 マイン社が運営するアガスティアリゾート。そこは住民が視覚・聴覚・位置情報などの個人情報をすべて提示する代わりに、高水準の生活が保証されるというリゾート地。そのアガスティアリゾートを巡る6つの物語。

 「リップ・ヴァン・ウィンクル」
 「バック・イン・ザ・デイズ」
 「死者の記念日」
 「理屈湖の畔で」
 「ブリンカー」
 「最後の息子の父親」

<感想>
 アガスティアリゾートという情報開示型社会を先取りしたかのようなコミュニティー。その周辺で生きる人々の様子を描き、派生する問題や反響を提示するという内容。

 内容を要約すると難しそうに感じられるかもしれないが、実際の中身はわかりやすい物語として描かれている。ただ、主題に対して直接的ではなく、間接的というか、周辺事情を書くのみと感じられ、核心をついた内容とは感じられなかった。よって、アガスティアリゾートというものに対して、なんとなく中途半端な見解しか抱けなかったような気がする。

 結局のところ、周囲がいくらさわいでも情報開示型社会は勝手に進んでいくんだよ、というように捉えられる。近未来を描いた小説というか、すぐそこにまで迫りくる将来を描いた小説のようにも思えた。


ゲームの王国

2017年08月 早川書房 単行本(上下)
2019年12月 早川書房 ハヤカワ文庫JA(上下)

<内容>
 1900年代半ば、カンボジアにて貧困がはびこっていた。その状況を打開しようと人々は革命をとなえ、政権を奪い取る。しかし、その後待っていたのは、さらなる恐怖政治とさらなる虐殺であった。そうした時代を経て出会った、ソリヤとムイタック。偶然出会った明晰な二人の少年少女はゲームをすることにより邂逅し、そして運命の元にいつしか戦いを繰り広げることとなり・・・・・・

<感想>
 出版された当時から話題になっていた作品で、気になっていたものである。著者の小川哲氏は早川書房の「ユートロニカのこちら側」でデビューして、本書が2作目となる。この作品が文庫化したら買おうと思っていたので、購入して読んでみた次第。

 これは読んでみて、かなり印象に残る作品となった。大雑把に言えば、悲惨な体験により政治に不信感を抱いた少年少女がそれぞれの手によって、確立されたルールにしたがって人々が生きる世界を作ることができないかと考え、そして実行してゆく物語である。

 ただこの作品、SFというジャンルに組み込まれているにもかかわらず、上巻はまるで歴史小説であるかのように描かれている。カンボジアに生きる人々の視点から、歴史の返還の流れが事細かに描かれている。カンボジアというと、クメールルージュとか、ポル・ポトとかいう名前は聞いたことあると思われるが、詳しく知っている人は少数であろう。この作品の上巻を読めば、カンボジアの歴史を通して、それらがどのような役割を果たしてきたものなのかが、はっきりとわかるように描かれている。

 そして後半に入ると、成長したソリヤとムイタックという人物のその後とカンボジアの未来が描かれてゆくこととなる。ソリヤはカンボジアを良くするために政治家を志すが、政治家として成り上がるためには、清廉潔白なままではいられないことに矛盾を感じ、悩み始める。そのソリヤの活動を阻もうとするムイタックであるが、彼は学者となり、政治とは無縁ともいえる状況のなか、ひとつのゲームを通して自身の今までの成果をぶつけてゆくこととなる。

 思想としては、わかりやすいというか、単純なものが語られているのかもしれないが、そこに至るまでに大きな死が広がり、一つ間違えば新たな死が待ち受けているかもしれないということを考えると決して単純なものとは言えないのであろう。さらには、結局のところ明確な答えなどは見つかることがないということも誰もが理解できることである。しかし、そうした答えを探すために人生をかけた、もしくはかけざるを得なかった二人の生きざまに心を打たれるのである。ただ、そうした二人の生きざまをあざ笑うかのように、国家という大きなものと残酷な時の流れに押し流されてしまうということも確かなことなのである。

 決して、思想的な部分だけでなく、登場人物の相関性なども含めて、物語としてきっちりと作り上げられた作品。重い命題がのしかかり続けるにもかかわらず、意外と読みやすく、そしてしっかりと読み込ませられる作品であった。単にSFというジャンルと考えられて、手に取る人が少ないとしたらもったいないと思われる作品。個人的には、ひとつの小説としてもオールタイムベスト級の作品として心に残るものであった。


嘘と正典

2019年09月 早川書房 単行本
2022年07月 早川書房 ハヤカワ文庫JA

<内容>
 「魔術師」
 「ひとすじの光」
 「時の扉」
 「ムジカ・ムンダーナ」
 「最後の不良」
 「嘘と正典」

<感想>
 長編「ゲームの王国」が凄い作品で、感銘を受けたのだが、短編作品はどうだろうと。そしてこの「嘘と正典」を読んでみたのだが、これまた凄い作品。ジャンルは、全部が全部SFというわけではなく、普通小説というようなものもあるのだが、そのどれもが素晴らしい出来に仕立て上げられている。これはSFファンだけではなく、多くの人に広く薦めることができる作品。小川氏の長編作品は分厚いので、こちらから読んでもらうほうが取っつきやすいと言えるであろう。

「魔術師」はとあるマジシャンの人生を描いた作品であるのだが、そのマジシャンの仕掛けるタイムマシン・マジックに凄みを感じ取れるものとなっている。
「ひとすじの光」 馬の血統を通して、父と息子の絆を描く小説。息子が魅入られたのは馬の血統であるのか、それとも父親が遺した痕跡であるのか。
「時の扉」 読んでいる途中はわかりづらい内容であるのだが、最後の最後に歴史的な有名人と向かい合うことに。
「ムジカ・ムンダーナ」 こちらもまた、父と息子を主題とした小説。変わった文化を持つ原住民と楽器を通して、父親の人生を辿ってゆく。
「最後の不良」 カルチャーについて語る作品。あれこれ考えずに、感情で動くべきものが流行ではないかと、ふと考えてしまった。

 この作品集で一番印象に残ったのは表題作である「嘘と正典」。ソ連におけるアメリカ人のCIA局員と、そのソ連で研究を続けるロシア人技師とが邂逅することにより歴史が動き始める。ロシア人技師の研究から過去へメッセージを送ることができるとわかり、それを利用して世界を変えようとする物語。過去へメッセージを送る機械というSF的要素をうまく物語に組み込み、見事な作品に昇華させたものとなっている。設定をうまく物語に取り入れ、しかも物語自体も非常にうまく構成されている。これは純粋にSF作品として良くできていると称賛したくなるものである。


「魔術師」 落ちぶれたマジシャンは19年の時をかけて作り出した盛大なるマジックを娘・息子の前で披露し・・・・・・
「ひとすじの光」 文章を書けなくなった作家は、父親が遺した競走馬の血統について書き留めたノートを読み・・・・・・
「時の扉」 パラドックスについて語る男と、それを聞く男との関係は!?
「ムジカ・ムンダーナ」 男は父親が遺したカセットテープを聞き、そこで演奏されている音楽の源を突き止めようとし・・・・・・
「最後の不良」 カルチャー誌が休刊となった編集者の男は、特攻服に身を包み、単者に乗ってデモに参加して一抹の抵抗を・・・・・・
「嘘と正典」 CAI局員はロシア人の研究者の手を借りて、過去に起きた事象を変えて歴史を編纂しようと試み・・・・・・


波の手紙が響くとき

2015年05月 早川書房 ハヤカワSF Jコレクション

<内容>
 音に関する謎や思いを追及する“武佐音響研究所”。所員は、巨体にして幼女の声を持つ所長・佐敷裕一郎、口の悪い音響技術者・武藤富士伸、新人社員の鏑島カリンの三人。“武佐音研”の面々が今日も音に関する不思議な謎を解き明かす。

 「エコーの中でもう一度」
 「亡霊と天使のビート」
 「サイレンの呪文」
 「波の手紙が響くとき」

<感想>
 つい最近、2013年版年刊日本SF傑作選を読んでおり、そのなかにこの作品集にも掲載されている「エコーの中でもう一度」が載っていた。そこで読んだときには、シリーズ化したら面白そうな内容だなと思っていたのだが、しっかりとシリーズとして一冊の本になっていたことをこの「波の手紙が響くとき」を読んで知ることができた。

 この作品集は“武佐音響研究所”が音に関する問題を引き受け、解決するという内容。「エコーの中でもう一度」では録音された音から特定の場所を探し、「亡霊と天使のビート」では怪奇音の正体を解明し、「サイレンの呪文」では魔法の音の謎に迫り、「波の手紙が響くとき」では聞いたものに害をもたらすという音について調査している。

 一応、シリーズ作品という感じではあるものの、連作短編集のような趣もみせており、この本一冊で一つの物語という捉え方もできる。「サイレンの呪文」は、“武佐音研”の過去の話であり、「波の手紙が響くとき」は、この作品での登場人物が一堂に会するというもの。よって、この作品である種の完結を見せており、続編が書かれるかどうかは予想がつかない。

 ここで書かれたどの短編作品も楽しめるのだが、単なるちょっとした話にとどまらず、最終話の「波の手紙が響くとき」では、予想しないような大きなところへ話が膨らんで行き、それがむしろ心地よいと感じられた。SF作品として、このくらい大風呂敷を広げるのはよいことではなかろうか。音と科学と浪漫を堪能できるSF作品。


テキスト9

2014年01月 早川書房 ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

<内容>
 惑星ユーンに暮らす物理学者サローベンとその弟子カレンのもとにムスビメ議会からの召喚状が届く。ムスビメ議会からの依頼により、宇宙を脅かす超テクノロジー設計図を奪還する旅に出ることとなったカレン。彼女は仲間たちと共に惑星タヴに潜入することとなったはずなのだが・・・・・・

<感想>
 読みやすいようでありつつも、内容を把握しづらいという作品。なんとなく印象としては短編小説をつなぎ合わせて一つの作品にしたというような感じ。

 なんか、宇宙全体にわたる危機を解決するために行動に出たはずなのだが、物語が進めば進むほど、小さい方向へ収束してしまうという感じがした。最初はムスビメ議会というのが、ものすごい強力な組織のように思えたのだが、話が進めば進むほど陳腐な組織にしか見えなくなってしまったり・・・・・・

 新進のSF作家による作品に多い(もしくはデビュー作に多い)ような気がするのだが、風呂敷を大きく広げてみるものの、そのスケールの大きさを感じられないまま終わってしまう。それならば、むしろもう少し小さなところで、きちんと描き切ったほうが良いと思えるのだが(そうするとスケールが小さいと評されてしまうのかな?)。




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