SF は行−は 作家 作品別 内容・感想

あなたのための物語

2009年08月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 西暦2083年、ニューロロジカル社の共同経営者にして研究者のサマンサ・ウォーカーは、脳内に擬似神経を形成することで経験や感情を直接伝達する言語(ITP)を開発していた。その実験のなかで<wanna be>と名づけられた仮想人格を創造し、試験的に<wanna be>に小説の執筆をさせていた。そんななか、サマンサは自身が余命半年であることを知ることとなり・・・・・・

<感想>
 唯物論を“痛感”させられる小説。一言でいうと、そんな感じ。

 実際には、提示されているテーマはたくさんある。プログラムによる仮想人格の形成と、意思の定義。または、その仮想人格に対する人間の対応と許容。他にも色々と考えれば考えるほどテーマは見つかりそうなのだが、あまりにも主人公の末期的な病状の描写が生々しく、結局はそれだけが印象として残ってしまう。

 この作品は上下段で300ページのそれなりの量の作品なのだが、ほぼ主人公が病状を理解し、そこから死に至るまでのみだけが書かれているという印象なので、非常に冗長と感じられる。もう少し、主要テーマを広げてもらうか、抑揚のある物語にしてくれればと思わずにはいられなかった。主題がぶれないので、ハードSF的な描写が多いものの、それらによって置いてけぼりにされるようなことはないのだが、物語上、非常に読み進めにくい作品であった。


天狼新星  SIRIUS:Hypernova

2012年05月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 2015年、通信事業者であるSOCOM社、その“ソリタリー・パケット問題対策室”にて、奇妙な状況が観測された。サーバーに大量のデータが流れ込んでいるのである。対策室の面々は、それを防ごうとするのだが思うようにいかず、詳しく調べてみることとなり・・・・・・
 2058年、サイバー・テロリズムを阻止するために組織されたサイバー・フォースの一団が行動を起こしていた。彼らは量子コンピュータ<フェント・ボイス>を破壊するという任務を命じられていた。しかし、彼らは<フェント・ボイス>により、2015年という過去の電脳空間へと送り込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 書かれている分量はそれなりに多いのだが、物語の流れ的にはむしろ書き込まれていないように思えてしまう。テクノロジーとかソフトとか、そういった分野の書き込みばかりという印象。

 最近のSF作品と言うと、長大ものが多く、やたらと書き込めばいいとは決して思えないので、分量としてはこれくらいがちょうどいい。ただ、そういった中で、未来でのサイバー兵器との戦闘と、現在の通信会社オフィスにおける問題対策とが、融合しきれていないように思われた。えらく大変なことが起きている割には、狭い領域のみで行われているとか、色々と思うことはあるのだが、なんとなく全体的にかみ合っていないという気がした。

 ただ驚くべきなのは、この作品はSF劇として舞台で公演されたものを脚本家自らが小説化したというものなのである。それであれば、登場人物が限定されているということがわからなくはないものの、実際にどのように演じられたのかに関しては全く想像がつかない。この作品の内容よりも、実際の舞台がどのようなものであったのか、そちらのほうが気になって仕方がない。


ウロボロスの波動

2002年07月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 西暦2100年、1機のX線観衛星がブラックホールを発見した。そしてそれがすべての始まりとなる。
 ブラックホールの軌道周辺に人口降着円盤を建設し、エネルギー転送システムを確立する。このプロジェクトのために創設された機構ADD。しかし、その設立された機構と地球の間にて社会的な溝が深まり、対立が激化していく・・・・・・

<感想>
 印象からすると、ちょうど今年に読んだ「ジーリー・クロニクル」を思わせるような内容といえる。それぞれが個々の短編として物語が成立しているのだが、それぞれの短編が一つの時間の流れの軸の上にのっているというもの。そしてその時間の進み具合はさほど早くなく、同じ登場人物が繰り返し登場している。

 本書は個々の短編作品として見れば、それぞれが面白く仕上がっていると思う。特にお気に入りは「ヒドラ氷穴」。SFを背景にしたスパイ活劇が謎を含みつつスピィーディーに描かれている。その他の話も良質のハードSFとして描かれており、なおかつ社会機構を背景にした作品群という点でもよく練られている。

 しかし本書を全体を一つの作品としてみると完成度は低いように感じられる。それもそのはずでこれらの物語はまだ完結しておらず、まだまだ続きがあるようなのだ。それならば、全てが出来上がってから出版したほうがよいのではとも思うが、たぶんそれを待っていたらいつ本がだせるかどうかわからないという事情もあるのだろう。

 これらのすべてが始まりから終わりまで完成したときに、詳細な設定などを追加加筆してまたもう一度ちゃんとした本として出版してもらいたい。それが例え遠い先になったとしても気の長いSFファンならばいくらでも待ち続けるであろう。


ストリンガーの沈黙

2005年11月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 ブラックホール・カーリーの周囲に建造された人工降着円盤。そこに人が住むようになり、宇宙空間に住む者達はAADDと呼ばれるようになる。そして、AADDと地球に住む者達の間に対立が生まれ、地球側はAADDに奇襲をかける計画を実行し始める。そのとき、AADD側は未知の知性体ストリンガーとの交信に成功していた。ストリンガーとの交信を進めようという最中、地球側に攻め込まれたAADDの運命は!?

<感想>
 前作「ウロボロスの波動」では連作短編という形をとっていたが、その続編の本書は長編小説という形になっている。また、前作でも地球側とAADD側の対立が描かれていたが、今作ではそれが深刻化し、全面戦争を起こしそうな様相を見せている。さらには、本来のAADDの目的ともいえる地球外生命体との接触も同時進行で描かれている。

 当初、AADDはもはや地球に住まうものとは考え方が異なる事から争いなどとはかけ離れたところに位置しているように感じ取れた。そのまま精神面のみで話を押し切ってしまうのかと思っていたが、さすがにAADDも物理的に占領されては困ると見えて、対抗策を練り出してゆくことになる。

 まぁ、簡潔に話をまとめてしまえば、上記に書いた通りなのだが、ここにSF的なアイディアがふんだんに盛り込まれている。これらの場面が地球側、AADD側、複数の視点から描かれており、さらにはそれぞれの立場によって様々な展開、行動がなされてゆき、飽きの来ない内容となっている。また、AADD側の地球に住む者とはかけ離れた思想を持っているというところも実に興味深いところである。

 そして地球外生命体との交信。これこそがどのような形で描かれるのか一番興味がわくところであるが・・・・・・なるほどこういう形で持ってきたか。従来の地球人型同士の触れ合いを描くようなものではなく、そこはハードSFらしく、複雑なコミュニケーションの様子がうかがえるものとなっている。

 さらには、本書はこの地球外生命体との交信だけで結末を付けているわけではなく、さらに複雑な命題をもうけている。この地球外生命体が人類に交信してきた理由や、そしてこれからその活動がどのように広がっていくのかと。そういったことについて、本書だけではまだ完全に結末をつけていないようにも感じられた。という事は、さらなる続刊がこれから出ると言う事なのだろうか? それとも、残されたものに関しては読者の考えにゆだねられたと言う事なのか・・・・・・

 まぁ、残された疑問は抜きにしても、本書は十分に満足させてくれるハードSFとして完成されている。前作もSF作品の出来として評価が高かったが、今作も負けず劣らず良い本であった。


進化の設計者

2007年09月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 2036年の近未来、日本は海外の海域に“ムルデカ”という大きな人工島をつくりあげていた。今、その島を中心として、優生学的思想を持つ集団ユーレカにより、ある計画がなされようとしていた。
 気象予測シミュレーションが大きく予測を誤った原因の調査におわれる吉野尚美、ジャーナリストの失踪を調査することとなった高齢福祉課の日向拓海、ムルデカで事故調査を請け負うこととなった山城星良。彼らが関わる別々の事件がやがてひとつの計画へとつながっていくことに・・・・・・

<感想>
 最初はタイトルからして、壮大な宇宙を巡る遺伝にかかわる話なのかと思っていたのだが、実は地球のなかでのレベルの話。何しろ、話のひとつとしてホームレスや高齢者介護を担う、高齢福祉課の職員が行方不明者を探すという話が含まれているのだから最初はタイトルとのギャップに驚かされた。といっても、最終的にはそれなりにスケールの大きな話になってくるので、読者の期待から外れるような内容では決してない。

 あとがきを読んだことによって気づかされたのは、著者が海洋SFを書きたかったというところ。そういわれてみれば、本書は確かに海洋SFといえるような内容でもあったなと読み終わってから感じたりもした。読んでいる最中の印象では、社会派ミステリっぽいなとか、SFテロ小説とかそういったものが頭に浮かんでいた。

 本書についてはSF小説としてはもはや言うことなしである。ムルデカの設定とか、ユビキタス社会の思わぬ反乱とか、気象予測シミュレーションが何故誤ったのかとか、それぞれ詳細が練られたものとなっている。

 ただ、全体的にうまくまとめてはいるものの、並行して起こる三つのエピソードが全てきちんと結びついていたかどうかは疑問にも思える。特に高齢福祉課のパートは物語上大事な人物が登場するとはいえ、ちょっと浮いていたようにも感じられた。

 また、本作品のムルデカのパートにおいて山城星良という人物が活躍するものの、どうしてこの人物がこれだけの活躍が行えるかという説得力にも欠けていたような気がする。もっとこの人物造形にページをさいてもよかったのではないだろうか。

 と、注文を付けたくなるような部分がいくつかあったものの、本書が優良なSF小説であるということは間違いない。そこそこボリュームのある小説であったが、かなりのハイペースで読み終えることができた。読みやすいSF小説となっているので、SF初心者の方にも安心してお薦めできる作品である。


ルナ・シューター1

2008年08月 幻冬舎 幻狼ファンタジアノベルス

<内容>
 2025年、人類は月面上で未知の生物と遭遇する。突如、その生物は人類に攻撃をしかけ、月面衛星等を破壊してゆく。人型のロボットのような容姿のその生物を人類は“ラミア”と名づけた。地球上の人類は月面上を奪還しようと、対策プロジェクトチームを派遣。その中には、ラミアからの最初の攻撃で婚約者を殺された仁乃涼が加わっていた。
 いったいラミアとは何者なのか? そして何を目的として行動しているのか? 人間と未知の生物との抗争が始まる。

<感想>
 幻狼ファンタジアノベルスというものが刊行され、そのラインナップに読んだことのある作家、林譲治氏が含まれていたので、さっそく購入し、読んでみることとした。幻狼ファンタジアノベルスというレーベルを見て、ライト系の作品が多いのかなと感じたのだが、少なくともこの「ルナ・シューター」という作品に関しては、そんなことはなく、ハードSFとして楽しめる作品となっている。よって、ライトノベルスだと思って買った人には少々きつい作品かもしれなく、ライトノベルスだと思って購入してない人は買わなければ損な作品。

 本書はのっけから月面上で人類が未知の生物に襲われるとい場面から始まっている。そして、そのラミアと名づけた生物に対し、人類が反撃をしながら、ラミアの正体を探っていくという内容。

 人類対未知の生物ということで、アクションシーン満載の作品ではあるのだが、そこはハードSFということで、単なるアクションシーンのみという展開ではない。月面上での動きのひとつひとつに解釈や注釈をいれながら、地球上での行動と宇宙での行動がいかに異なるものかということが検証されつつ話が進められてゆく。ゆえに、展開にスピーディーさが欠けているという言い方もできるのだが、それよりも本書がいかに重厚なSF作品であるかということのほうが納得させられるであろう。

 この作品を読むと宇宙空間を駆け巡るロボットアニメが、いかに自由に動かされているか(それはそれで良いと思えるのだが)ということが理解できて面白かったりする。

 この「ルナ・シューター」という作品は“1”と銘打たれている通り、この作品では完結していなく、物語は次の巻へ持ち越しとなっている。本書ではまだまだ解明し切れていない“ラミア”の正体がいかなるものであるのか、それがこれから徐々に明らかになってゆくのであろう。今後、どのような展開がなされてゆくのか楽しみなSF作品である。


ルナ・シューター2

2008年12月 幻冬舎 幻狼ファンタジアノベルス

<内容>
 月面に配置された地球軍は、ラミアとの攻防を制し、戦線も一時的にこう着状態となっていた。その間、ラミアの技術力に追い越されないようにと、さまざまな用意を行う地球軍であったが、ラミアは予想だにしなかった新兵器を用いて地球軍に攻撃を仕掛けてきた! さらなる攻防が続く中、仁乃涼のパートナーである北条サキとアンソニーのパートナーのジュディとの仲が悪化し、思わぬ事態を引き起こすことに・・・・・・

<感想>
 今作も前作に引き続き、ハードSFな戦線が展開されてゆく。本書が他のSF戦争小説と異なる象徴的な一言がこれ。

(本文中より)
「しかし、二つの文明の衝突だってのに、なんでどっちもこんな貧乏な戦争なんだろ」

 人類側は2025年という設定であるがために、現代から比べて飛躍的に技術が発達しているわけでもなく、なれない月面上で非常に苦しい軍事活動を強いられることとなる。そして敵側であるラミアも何故か地球軍に付き合うように、非常に乏しい軍事活動を展開してゆく。

 この敵側が何故、このような乏しい軍事活動を行わなければならないかということは、この作品の核になってくるのではないかと思われる。確かに月面上が物資に乏しいという理由もあげられるのだが、それ以上にラミア側にはそのような戦線を行わなければならない理由があると思われるのである。

 と、徐々に敵側の背景も明らかになってきつつあるような気がするが、今作ではあまり話しの内容自体が進行したというようには感じられなく、ラストにおけるまでは進展と呼べるほどのものはなかったように思える。

 ただ、月面軍の面々の個人的な感情がクローズアップされ、互いの人間関係という面では色々な進展があった。次作あたりでは、こういった人間関係の進展だけではなく、ラミア側の謎も含めてかなり進展するのではないかと思わせるようなフリで終わっている。

 ということで、もはや私にとってこのシリーズは最終巻まで読まずにはいられない作品となってしまっている(果たして何巻で終わるのだろう?)。


ルナ・シューター3 (完結編)

2009年05月 幻冬舎 幻狼ファンタジアノベルス

<内容>
 ラミアの基地のひとつを制圧し、思いもかけぬ出会いをとげた仁乃涼。しかし、そんな思いもつかの間、基地を取り戻そうとするラミアによって、今までにない大規模な攻撃が始まることに。必死に防衛する地球軍であったが、ラミアの攻撃は苛烈を極め・・・・・・。月面上に展開する地球軍の運命やいかに!?

<感想>
 あと何作続くのだろうと思っていたのだが、まさか第3巻で終わってしまうとは予想だにしなかった。

 今までの話の展開からしても、敵となるラミアの存在については何一つ分かっていないといっても過言ではないであろう。そうしたなかで物語の終演を無事迎えることができるのだろうかと不安であったのだが、そうした思いを吹き飛ばすように無事に物語は終幕を迎えることに。

 読んでいる側の思いとしては、異星人に遭遇し、どのようにその異星人と邂逅していくのかが物語の焦点となるのかと考えていたのだが、実際のところこの作品ではそこは中心となるべき部分ではなかった。本書では、異星人と遭遇した際の人類側の対応と、そうしてもう一つは異星人が侵略・偵察にするさいのスタンスについて描いた作品のようであった。

 特にこの巻の中心ともなっているのは、月面に残されて作業していたものたちの心理状態と、その状況下で異星人と遭遇したらどうなるかという一つのパターン。この戦線の発端となるエピソードは人間的でいかにもありそうなパターンといえよう。

 そうしてさらには、侵略を意図する異性人たちのスタンスのありかたについても興味深く描かれている。これについては読んでいる側からすれば、やけにあっさり目とも言えなくはないのだが、これはこれで十分なリアリティがあるともいえよう。

<異性人との遭遇=邂逅>とならないうえでの物語が実にうまく描かれている。物語としてうまく出来ていたとは言いがたい部分もあるのだが、異星人との遭遇に関する一つのパターンとして読み応えのあるSF作品であった。

 ただ、最後にひとつ付け加えれば、主人公である仁乃涼とその相棒である北条サキとの関係が最後の巻では、あまりにも描かれていない点が気になった。最後の最後でサキがおざなりになってしまったという気がする。

 何はともあれ、読みやすく、良質のハードSFであることは間違いない。これはSFファンであれば必ず読んでおいてもらいたい1冊である。また、SF初心者でも十分に楽しむ事はできるであろう。まだ1冊も読んでいない人は3冊一気読みをお薦めする。


狼は猫と狐に遊ばれる

2010年01月 幻冬舎 幻狼ファンタジアノベルス

<内容>
 人類が宇宙を自由に行き来するようになり、火星に居住地ができるようになった時代、人類初の核融合宇宙船ということで注目されたアンドロメダが航行中に突如消息を絶った。それから一年後・・・・・・
 密輸取引の現場を押さえるために地球へと派遣されたICPOの鳴海であったが、謎のテロリストの介入により犯人を取り逃がしてしまうこととなる。また、そこで取引されていたものが宇宙船アンドロメダに関係するものであったことが明らかになる。鳴海は部外者ということもあり、捜査から外されたような格好になってしまったが、単独で事件を追い続ける。すると、謎のテロリストのひとりを探す凶狐(キョウコ)という謎の女と出会い、そして共に行動することとなり・・・・・・

<感想>
 タイトルは「狼は猫と狐に遊ばれる」だが実際には「主人公が狼と猫と狐に遊ばれる」というような内容。

 著者の林氏がイメチェンを図る・・・・・・というほどでもないかもしれないが、今作はキャラクター小説に挑戦してみたのかなという感じがした。しかし、その試みは成功しているとは思えず、従来通りのハードSFのようにしか思えなかった。内容からはなんとなくハードボイルド調という気がしなくもないのだが、社会的なシステムに関することや、機械のハードに関する説明が多くなり、結局はハードSF以外の何物でもないように感じられてしまうのである。

 物語の流れとしてはうまくできているのだが、その分主人公の造形に問題があったように思える。主人公は周囲に流されるだけのような印象しか残らなく、あまりにも必要性が薄かった。また、その相棒の凶狐もだんだん必要なのかどうかがわからなくなり、後半に入るとテロリスト達に物語を見事なくらいに喰われてしまったという気がしてならない。

 というわけで、SF作品としてのアイディアは問題ないと思うので、従来通りガチガチに書いてくれればそれで良いのではないだろうか。ただし、それが“幻狼ファンタジアノベルス”というレーベルに合うかどうかは別の問題である。


ファントマは哭く

2009年10月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 ブラックホールの周囲に人工降着円盤が建設され、そこに住む者たちはAADDと呼ばれるようになる。彼らは地球外の生物ストリンガーとの交信に成功し、その後困難な意思疎通の作業を繰り返していた。
 そうして2189年、地球と宇宙を結ぶ軌道エレベーターの完成が間近とされていたとき、地球上のAADDに対する反対組織の手によるテロ事件が発生した。その事件の首謀者たちは事件の混乱に乗じて密かに宇宙船を打ち上げていた。そのころAADDではストリンガーが未知の生物“ファントマ”と呼ばれるものから攻撃を受けているとの情報がもたらされる。ストリンガーとの意思疎通がまだおぼつかないなかでAADDの者達は事件の解決を図ろうとするのだが・・・・・・

<感想>
“AADD”シリーズの第3作目ということなのだが、続編を希望していたものの、だいぶ年数が空いたので、まさか本当に書かれるとは思ってもみなかった。

 その待望のシリーズ最新作であるが、今作を読んで感じたのは、このシリーズってこんなに難しい内容だったっけ? ということ。林氏の作品は何作も読んでいるが、ハードSFにしてはわかりやすいというイメージがあったのだが、今作はやたらと難解だったという気がした。

 というのも、話の中心となるのはストリンガーという未知の生命体。この生命体に関しては、なんとか意思疎通が繰り返されてはいるものの、まだまだ互いの文化とか科学といった面では互いの状況が理解されていない部分が大きい。さらには、文化や様式が全く異なることから、深く理解をすることが不可能に近いという状況。

 そうした設定の中で、ストリンガーたちの元で起きた事件を解決しようとするのだから、これは難解にならざるを得ない。さらには、そういった設定を妥協することなく、不可解な手探りな状況のなかで異なる文化という面を崩さずに物語を進めていくので、さらに理解しにくくなっている。

 なんとなく気分的にはグレッグ・イーガンのアイデンティティに関する話を読み進めていったようにも感じられる。全部が全部を理解するには、私個人としてはもっと努力が必要であろう。しかし、難解であるにも関わらず、たぶん次回作が出たら必ず読むことになるだろうと思っている。たまにはこうした骨太のハードSFも悪くはないだろう。


法治の獣

2022年04月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 「主観者」
 「法治の獣」
 「方舟は荒野をわたる」

<感想>
 2023年版「SFが読みたい!」で国内1位の作品ということで興味がわき、購入した作品。ただ、読んでみた感想としては、それほどでもなかったかなと。

「主観者」 地球から離れた惑星で、生命体らしきものを発見する。それは自ら発光する生物であり、宇宙船の乗組員たちは、その生命体について調べ始め・・・・・・
 この作品のみならず、作品集全体の主題として、異性の生命体との接触を描いている。ただし、それらはヒューマノイドのようなものではないため、観測や解析によって、どのようなものかを確かめていかなければならない。この作品が3編のなかでは一番うまくまとまっていたという感じ。起承転結が、うまくできていると思われた。また、このような形での地球外生命体とのコンタクトというものこそ、最もリアリティがあるように感じられる。

「法治の獣」 地球外の惑星で発見されたガゼルに似た剣のような角を持つ動物。この動物が何らかの法に従って行動しているのではないかと考えられ、コロニーを儲けての大規模な実験が行われることとなった。
 表題作ということで、この作品こそがメインなのであろうが、これがよくわからなかった。普通に動物が生活しているようにしか感じられず、しかもその動物の行動が外界になんらかの影響を及ぼすという考え方もピンとこなかった。どうみても、鹿の集団を観測というか、眺めているだけにしか感じられなかった。

「方舟は荒野をわたる」 とある惑星で発見された生命体。その生命体内部には、惑星の全生物と全資源が包括されていることから“方舟”と名付けられ、さらなる観測が行われることとなった。

 この短編集に対する不満のようなものが、この作品に全て集約されている。物事を判断するにあたって、何故か体制派と反体制派の2極のみに分割するという点。また、小さなレベルでの実験・観測のみが繰り広げられるような感触。こういったものが、一見壮大に感じられる作品全体を非常に狭い領域に封じ込めているように感じられるのだ。壮大なはずの宇宙の物語が、何故か小さな水槽のなかだけで語られているようなそんな窮屈な印象のみが強くて、全体的に感銘を抱けなかった。


なめらかな世界と、その敵

2019年08月 早川書房 単行本

<内容>
 「なめらかな世界と、その敵」
 「ゼロ年代の臨界点」
 「美亜羽へ贈る拳銃」
 「ホーリーアイアンメイデン」
 「シンギュラリティ・ソヴィエト」
 「ひかりより速く、ゆるやかに」

<感想>
 2020年版の「SFが読みたい!」で国内作品第1位に輝いた作品。読んでみて納得、1位に挙げられたのも当然と思えるような作品集であった。著者の伴名練氏は2010年に角川ホラー文庫から出版された「少女禁区」でデビューし、本書はそれ以来となる2冊目の作品。

「なめらかな世界と、その敵」は、読み始めは一見、普通の学生生活を描いたかのように思える内容であるのだが、次第にどこか違和感を覚えることとなる。話が進んでゆくと、その世界が、無数のパラレルワールドからできた世界であり、人々はそれらの世界の中から自分にとって都合のよい世界を選んでいくことができるという究極とも言える世界が広がっていることを知ることとなる。そうしたなかで、主人公の少女は久々に会う友人が、それらのパラレルワールドの取捨選択ができなくなったことを知るというもの。
 内容はある種の“学園友情もの”であるのだが、そこに複雑な世界設定を取り入れることで奇抜なSF小説として昇華しているのである。少女の選択に刮目!

「ゼロ年代の臨界点」は、1900年の初頭、3人の女学生がSF小説の祖となり、彼女たちが文壇をどのように騒がせたかを描いた作品。
 仮想の書籍に対する評論を描いた作品と言うものは存在するが、仮想の文壇の流れを描いたものというのは珍しいのではなかろうか。3人の女学生がSFの祖となるという設定にも目を見張るものがある。そして内容は、ハードSFというよりは、ハード評論とでも言いたくなるような出来栄え。

「美亜羽へ贈る拳銃」は、脳科学が進んだ世界が描かれており、そのなかで特定の相手を永遠に愛する装置が完成され、そこで出会う男女の悲哀が語られることとなる。
 簡単に言えば、男女二人の愛情と憎悪が描かれた物語。そこにSF設定を組み入れることにより、事態は複雑化され、その愛と憎しみもより深いものとなってゆく。なんとなく子供っぽい愛憎劇でありつつも、どこか放って置けないような慈しみを感じてしまような小説である。

「ホーリーアイアンメイデン」は、妹からの一方的な手紙により語られる物語。妹の死後も、手配したことにより続きの手紙が送られてくることとなる。そして繰り返される手紙により、不思議な力を持つ姉と、それに対する妹の思いが徐々に明らかになってゆく。
 これも単なる姉妹の愛憎を描いた作品でしかないはずなのだが、その愛憎がやけに深いもののように感じられてしまうのが不思議である。書き方の妙と言うより他はないのか。

「シンギュラリティ・ソヴィエト」は、ソ連が高性能のAIの開発に成功したという世界を描いた物語。人工知能博物館の学芸員ヴィーカと、捉えられた記者マイケルとの会話により、徐々に世界設定や状況が明らかとなってゆく。
 仮想的な世界を描いた作品ゆえに、その世界の説明のみで終わるかと思いきや、しっかりと物語上のどんでん返しなども取り入れられ、小説としても十分に楽しめる。世界観とそこではぐくまれる物語がしっかりとマッチされたものとなっている。

「ひかりより速く、ゆるやかに」は、卒業式に二人の学生しかおらず、それ以外は・・・・・・と聞くと、災害的なものを想像すると思うが、想像をはるかに上回る内容の作品となっていた。
 物語の流れからすると、この作品が一番単純ではないかとも思われる。ただ、それでもこの作品こそが一番面白いと感じられた。どこが良かったかといえば、超自然的な出来事により、人々が囚われの身のような形となるのだが、通常であればそのまま時間が過ぎ・・・・・・というような結末で終わってしまうのではなかろうか。それをこの作品では、しっかりと打開策を考え(しかも一人の少年の手によるもの)、事態を論理的に回復させようとする試みが素晴らしかった。これもある種のちょっとした恋の物語ともいえないことはないのだが、あまりのスケールの大きさに心躍らされることとなる。


産霊山むすびのやま秘録

1975年01月 早川書房 ハヤカワ文庫
2021年10月 早川書房 ハヤカワ文庫(復刊)

<内容>
 人智を超えた異能を持った一族、<ヒ>一族。彼らは自らの勢力を後押しするために、歴史の裏側で暗躍し、歴史上の大きな出来事を動かしてきた。織田信長の天下取りから始まり、やがては関ヶ原の戦い、激動の幕末、太平洋戦争、そして戦後へと。数々の歴史の分岐点を体現してきた中で<ヒ>一族が目にしたものとは!?

<感想>
 昨年の“ハヤカワ文庫JA1500番到達記念”に復刊された1冊。分厚い作品ゆえに、読むのが遅れてしまった。半村良という作家については、伝奇作家としてもの凄く有名という印象があるのだが、作品に関しては1、2冊読んだくらいで、あまり印象に残っていない。そんなこともあり、今回この作品を手に取ってみた。

 壮大な作品であるのだが、面白いかどうかというと、ちょっと微妙な感じが。長い歴史を追ってゆく話でありつつも、読みやすく、内容に関しても史実をなぞらえているがゆえに取っつきやすく、何気に楽しめた。ただ、あまりにも史実を追っていくのみというところが気になってしまった。

 歴史の裏に<ヒ>一族というもの達がおり、彼らが歴史を操作し、日本の礎を気づいていったというような感じの内容。ただ、その<ヒ>一族というものが万能なのかどうなのかわかりづらく、その歴史の操作っぷりも微妙であったような。結局のところ<ヒ>一族の望むような歴史になっていったのかどうかも怪しいところ。

 歴史の流れをそのまま描いてい行き、その裏にうまい具合に<ヒ>一族を当て込んでいっただけのように感じられた。あまりにも史実の流れにこだわり過ぎたのではないかと思われる。大まかには史実通りの歴史の流れを目の当たりにするだけとなったがゆえに、本作品の特徴のようなものがうまく伝わってこなかった。




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