SF は行−ふ 作家 作品別 内容・感想

アマチャ・ズルチャ  柴刈天神前風土記

2003年08月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
「バフ熱」
 バフ熱という死に至る病にかかった人の話。
「蚯蚓、赤ん坊、あるいは砂糖水の沼」
 コインロッカーが人格をもっているかどうかを調べる話。
「隠密行動」
 大岡越前主演の加藤剛を賛美する話。
「若松岩松教授のかくも驚くべき冒険」
 新種のきのこをたくさん発見する話。
「飛び小母さん」
 最近空飛ぶ小母さんを見かけるという話。
「愛の陥穽」
 マンホールにうすいさんという名前を付ける話。
「トップレス獅子舞考」
 トップレス獅子舞についての考察。
「闇鍋奉行」
 かつて江戸には幕府の元に鍋奉行が設けられていたという話。

<感想>
 ハヤカワによるSFシリーズの1冊なのであるが本書のジャンルがSFであるかどうなのかは疑問。とはいえ、SFでないのならば何なのかと問われても困ってしまう、そんなジャンルの奇妙な本である。

 本書に掲載されているそれぞれの作品は着目点が実に奇怪であり、しかもその着目するものが必ずしも現実のものだとは限らない。そしてその着目したものに対して、とことんこだわり抜いて考察がずらずらと並べられるのだが、その方向性もまた奇怪。予想だにせぬ、というよりは予想することなんかできないような方向へと突き抜けていってしまう。それだけならば変な本で終わってしまうのだろうが、そこに下町風とでもいうような作風で一貫されていることにより何とも奇妙な味わいをかもし出している。

 これは人を選ぶ作品であり、ツボに入ってしまう人と、そうでない人の両極端に別れるのではないだろうか。誰にでもお薦めできるとは言いがたいのだが、とりあえず自分が適合するかどうか一度試してもらいたい本である。

 ただ一つ危惧するところは、今後この著者が「アマチャ・ズルチャ」以上の作品を書くことができるのだろうか? という点。これはこの作風自体によることだと思うのだが、今後この著者が作品を書き続けても「アマチャ・ズルチャ」と似通った本にしかならないのではと思えるのだ。本書を読んだ限りでは、全てがこの著書のみに集約されてしまうという印象を受けたのである。本当にどうなるかは、次の作品しだいというところであろう。とりあえずはもう少し見守っておきたいといったところである。


ハイドゥナン

2005年07月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション(上下)

<内容>
 西暦2032年、沖縄周辺の島々が沈没するという危機がせまっていた。この事象にいち早く気がついた科学者達は秘密裏に詳細を探索し、危機への対応策を練り上げようとする・・・・・・
 その一方、共感覚を持つ伊波岳志はスキューバーダイビングをしている最中、何者かに呼ばれるような感覚を何度も経験していた。そして与那国島にて、彼を呼んでいたと思われる、巫女を世襲した後間柚という少女と出会う。彼らは、与那国島を巡る存亡の危機に立ち向かう事になり・・・・・・

<感想>
「日本沈没」という一国が海に沈んでしまう状況を様々な面から描いた有名小説があるが、本書はそれを沖縄周辺にある島ベースで描いた作品といえよう。内容を簡潔に述べれば、沈み行こうとする沖縄の島々に対してどのような対策をとるか、もしくはどのように未然に防ぐかを様々な面から描いた小説である。

 本書の大きな特徴は、島の沈没に対して、民俗的伝承の分野と科学的な分野による二面から描いたところにあるだろう。この作品の構成は多視点から描かれたものとなっており、最初に読み始めたときには、いくつかの時間軸、もしくはいくつかの並列の世界を別々に描いているのだと思って読み進めていた。しかし、やがてそれらは全て同一の時間、世界の中で描かれているということが明らかにされてゆく。

 このへんの書き方は作者の意図であるのかどうかはわからないが、片や突出した科学技術が描かれており、もう片方は現実ではありえないような土着の“神”そのものの様子が描かれており、とても同じ世界の中でそれぞれが存在するものとは思えなかった。しかし、この物語の中ではそれら両者を合わせることにより、人々が結びつき、大きな災害から逃れる方法を見出していくように書かれている。

 というように、なかなか他では見られない稀有な作品ともいえるのだが、では本書がよくできた作品であったかといわれると私はそのようには感じられなかった。

 なぜかというと、確かに「ハイドゥナン」という物語を構成する上で民族的伝承と科学的分野の二つの面から描かれていたのだが、これら二つが本当に物語り上、融合していたようには思えなかったからである。別にそのうちのどちらかが欠けても十分物語として成り立ったのではないだろうか。特に科学の分野に関しては、様々な技術、機械が出てきた割には“観測”というベースのみに収まってしまい、これだけであればわざわざ先端技術を盛り込まなくても問題なかったのではないかとも思われる。

 また、それと同様に本書は多視点で語られ、さまざまな人々が出てくるものの、それらひとりひとりが物語り上、どこまで必要不可欠であったのかも疑問であった。結局のところ、そのほとんどが物語が進行する上で、無くても全く問題はなく、ただ無駄にページを割いていたようにしか感じられなかった。

 ゆえに、結局のところ、ここまで膨大なページ数が必要であったのかというのが一番の不満というか、疑問に思えるところである。もう少し、主題を絞って、上下巻の片方くらいに収めるくらいの長さで十分であったと思われる。


クリスタルサイレンス

1999年10月 朝日ソノラマ社 単行本
2003年05月 朝日ソノラマ社 ソノラマ文庫(上下)
2005年11月 早川書房 ハヤカワ文庫JA(上下)

<内容>
 西暦2071年、テラフォーミングが進み地球の各国からの進出がなされている火星において、今まで発見されることのなかった高等生物の死骸が発掘された。その発掘物の調査団のひとりとして指名された生命考古学者のアスカイ・サヤ。彼女は火星行きを迷ったものの、恋人であるケレンを地球に残し、火星へと旅立つ。一方、地球に残されたケレンはサヤの身を案じ、影から彼女を支えようと、とある計画を実行しようとするのであるが・・・・・・

<感想>
 藤崎氏の作品は「ハイドゥナン」を先に読み、この「クリスタルサイレンス」が2作品目となる。読んでの感想はというと、良いと思えるところも悪いと思えるところも「ハイドゥナン」と変わらないなということ。

 最初読み始めた時は、火星で発見された未知の生物の秘密にせまる内容ということで、このような題材を扱ったSFが日本でも過去に書かれていたのかと興奮してしまった。しかし、未知の生物の発見以後、それに関する内容はほとんど進まないまま。その後は、ネットワークの世界を背景とした仮想世界が延々と描かれている。

 本書で不満に思えたのは、火星についての研究調査が進まないことのみならず、物語全体の関連性が希薄なところ。ネットワークでの暗闘がメインともいえる小説であるのだが、その背景が火星での話とほとんど結びついてない。また、他にも物語の要素となる部分がいくつか語られているものの、それらも互いの結びつきがないままに話が進行していってしまう。

 要は奇抜な設定のみという作品。ただ、その点に関しては著者の積極的な考えのようであり、あえて意図的にこのような内容にしているようである。つまりは私自身の好みとは相性が悪いという他はない。こういった作風に関しては、著者がきちんとした考えを持っての上であるならば、他にどうこう言うようなことではなく読み手側が好みに合わせて読めばよいということなのであろう。


レフト・アローン

2006年02月 早川書房 ハヤカワ文庫JA

<内容>
 「レフト・アローン」
 「猫の天使」
 「星に願いを ピノキオ2076」
 「コスモノーティス」
 「星 窪」

<感想>
 思いのほか、読みやすく楽しめる短編集であった。勝手なイメージで、もっと小難しいのかと思っていたが、決してそんなことはなかった。

 3作品目までを読んだときには、“インタフェース”というものに焦点を当てた短編集かと思ったのだが、後の2作はそういったテーマではなく、普通に今まで書かれた短編作品を集めたものという構成。

「レフト・アローン」は兵士をインタフェース化し、「猫の天使」は猫を、「星に願いを」にいたっては赤ん坊をインタフェース化している。兵士のインタフェース化はともかく、赤ん坊のインタフェース化はもはやホラー。「猫の天使」は、猫にセンサをつけたら、その猫がテロ組織が人質と共に閉じこもったところに一緒に入り込んでしまい、猫からテロ組織の情報を得ていくという内容。緊迫感と猫ならではの脱力感も兼ね備えた良い作品。

「コスモノーティス」は進化した人類というよりも、知能を持った機械のように近い気もするのだが、「レフト・アローン」よりも未来に希望が持てるように描かれているのは、皮肉にも捉えられる。

「星窪」は何となく民俗ミステリ小説のような趣。それでも締めはきっちりとSFになっている、予想だにせぬ展開。うまく治めたなと感心してしまった。


GENE MAPPER -full build-

2012年07月 電子書籍(個人出版)
2013年04月 早川書房 ハヤカワ文庫JA(増補改稿完全版)

<内容>
 拡張現実世界が広く社会に浸透する中、作物に革命が起き、蒸留作物と呼ばれる遺伝子設計された作物が作られるようになる。遺伝子デザイナーの林田は、自分が参加した企業の遺伝子プロジェクトにおいて、窮地に追い込まれることに。発育中の作物に原因不明の異常が認められたのである。林田は企業のエージェントである黒川と、ハッカーの力を借りて原因究明にあたる。すると予想外の事実が明らかとなり、林田はさらなる窮地に追い込まれ・・・・・・

<感想>
 難しそうな話のようで、結構わかりやすくまとめている。拡張現実世界が浸透しつつある社会を魅力的に描いていると言えよう。また、本書はSF設定のなかでの企業小説ともなっており、そこも魅力のひとつとなっている。

“ジーンマッパー”という植物の遺伝子設計を行うことを生業としている者が主人公。その主人公が設計した植物に異常が見られ、その原因を突き止めるために奔走するという内容。あらすじとしては単純に表されるものの、そこにSF的な設定を存分に生かし、なおかつ企業としてやりとり、さらには遺伝子設計反対派との対立もからめ、濃厚に物語を描き出している。

 主人公は、企業小説によく見られがちな、人よりちょっと仕事ができそうな(悪く言えばちょっと気取ったような)人物。その設定はよいのだが、物語上ほとんど活躍することがなく、ほぼ脇役たちに存在感を持って行かれてしまったかなという感じがした。最後までそのままで終わるのかと思いきや、最後の最後でようやく主人公らしき存在感を発揮することとなり、物語に見事な終止符を打つ。

 適役の者たちの造形が足りなかったように思えたものの、このページ数ならば仕方がないこと。むしろ、不必要に物語を広げなかったゆえに、うまくまとめられたという印象。設定と物語が見事に融合したSF小説の秀作。


ビッグデータ・コネクト

2015年04月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 京都府警サイバー犯罪対策課の万田は、ITエンジニア誘拐事件の捜査に駆り出される。誘拐された月田という男は、行政サービスを民間に委託するプロジェクト<コンポジタ>のシステム開発責任者であった。その捜査線上に容疑者としてのぼってきたのは、ハッカーの武岱。彼はかつて万田らがXPウイルスの作成者として捕らえたものの、冤罪が認められ釈放されたのである。果たして今回の事件は、武岱が主導したものなのか!?

<感想>
 新時代の警察小説と言いつつ、“警察小説ごろし”もしくは“刑事ドラマごろし”という側面も持ち合わせた作品である。ここで描かれる取り調べの様子が基本として採用されれば、今までの刑事ドラマの概念が覆されてしまうであろう。しかし、冤罪などの問題を考えると、今後ここに描かれているような取り調べの様子、もしくは容疑者がの権利の主張が、現実のものとなりうるかもしれない。

 一応、本作品は誘拐事件を描いたものであるのだが、それよりもIT小説という赴きが強く、警察小説というイメージですら、話が進むにつれて薄まっていく。IT業種の下請けの過酷さ、個人情報を取り扱うことの危うさ、そういったもののメッセージを伝える小説と捉えられた。

 こういったIT関連の危うさを伝える作品を読むと、当たり前のように使われている技術が微妙なパワーバランスの上に乗っかっていると感じられてならない。それが大きなトラブルを起こしたときに、どのようなことになるのかは、いつか我々が現実に身をもって知ることとなるのかもしれない。


オービタル・クラウド

2014年02月 早川書房 単行本
2016年05月 早川書房 ハヤカワ文庫JA(上下巻)

<内容>
 2020年、流れ星の発生を予測する“メテオ・ニュース”を運営する木村和海は、イランが打ち上げたロケットの異常に気が付く。切り離したロケットブースターが本来、するはずのない動きをしていることに。やがてその事態から、国際宇宙ステーションを狙うテロ事件が浮き彫りになることとなり・・・・・・

<感想>
 文庫版で購入。ちょっと読むまでに間隔があいてしまったが、これはなかなかの力作。壮大なSF絵巻がここに描かれている。

 ただ、壮大なSFといいつつも、現実の技術から乖離されていないところが本書のすごいところ。近い将来、もしくは現代のテクノロジーで十分に実現可能なのではないかということを作品のなかで成しているのである。その極めて現実的なテクノロジーにより壮大なSFを描き出したことこそが本書の凄みであろう。

 現在の日本でも頻繁にニュースとなっている人工衛星の打ち上げ、ロケット開発、さらには発展した天文観測と、そこにともなうインターネットテクノロジー、こうした技術が取りざたされつつ、北朝鮮をめぐる社会的な背景までもを取り上げ、物語を紡いでいる。また、登場人物たちも非現実的な者たちは少なく、多くの技術者よりの人々で構成されているところも特徴と言えよう。

 ただ、そうしたなかでスーパーマンのような人物がいないゆえに、終盤の物語の展開にやや劇的さが足りないように感じられてしまったのは、贅沢な要求であろうか。登場人物が技術者が多いせいか、ぶっとんだ人々はいなく、その分人々の印象がテクノロジーの存在に負けてしまっているところは少々もったいなかったかなと。


星の綿毛

2003年10月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 砂漠に囲まれたとある惑星。とある村に住む少年ニジダマは外の世界にあこがれていた。村に住む人々は外の世界にでることがなく、村を外の世界とつなぐのは村々を渡る“交易人”という者の存在であった。ニジダマは村を訪ねてきた交易人に頼み込み外の世界へと足を踏み入れるのであるが・・・・・・そこで見出された真実とは!?

<感想>
 本書は薄く、あっさりした内容ともいえるのだが、それでもこの1冊の本なかにSFのエッセンスの多くが凝縮されている。これはSF初心者でも楽しめる本といってもよいのではないだろうか。

 本書で面白いと思えたのが最初に登場した少年が主人公であると思っていたのが、実はそうともいえなく、予期せぬ展開へと物語が進んでゆくところ。そしてその物語が進んでゆくごとに、前に示されていた世界が崩壊していくように感じられ、虚飾と現実がどんどん入り混じって行き、とある真実へとたどり着くようになっている。

 最初に読み始めたときはファンタジー色が強い本なのかと思ったのだが、実はそんなことはなく、どっぷりとSFの世界につかりきった内容であった。欲をいえば、ラストをもう少しはっきりさせてもらえればと思わないでもなかったかなと。とはいえ、なかなか楽しませてくれた一作であった。


サムライ・レンズマン

2001年12月 徳間書店 徳間デュアル文庫

<内容>
 伝説のレンズマン、キムボール・キニスンにより壊滅された宇宙海賊ボスコーン。しかしその残党達はいまだ生息し、勢力を拡大せんと謀っていた。その計画を察知したレンズマンの一人シン・クザクはそれを殲滅せんと動き出す。彼の働きぶりから人々はクザクのことをこう呼ぶ。“サムライ・レンズマン”と。

<感想>
 ちょうど今の時期、レンズマン・シリーズの改訂版を読んでいるところなので、この本を読むのは私にとってタイムリーである。本書はレンズマン・シリーズを読んでいる人向きの本である。読んでいなければ、ちょっとついていくのは難しいであろう。

 この本はレンズマン・シリーズを読んだときに感じられた不満を補完するかのような内容となっている。レンズマン・シリーズにおける不満とは何かというと、魅力的な舞台や設定を創造しながらも、その物語のほとんどが主人公であるキニスン一人によって進められてしまうという点である。このキニスンというのがまた万能であるがゆえに、一人で行動したがるものだから他のキャラクターがからむ余地があまりないのである。

 それを本書では、キニスンの周囲の人々を登場させるだけではなく、その他のレンズマンたちを登場させ、活躍の場を与えるという読者が待ち望んでいたかのような内容を提供している。外伝としてでもいいから、こういうようなものが読みたかったと思わせる一冊である。しかし、それであってもやはりキニスンの呪縛というものが強いのか、話の中盤くらいには本書においても結構キニスンが登場しているのが気になるところではあるのだが。

「サムライ・レンズマン」のタイトルどおり、その名のとおりのある意味“とんでもレンズマン”的な主人公が活躍する。この主人公はまた、やたらと強くてハチャメチャであるのだが、物語の設定自体は従来のシリーズを崩すことなく重厚なハードSFのままで、こういった魅力のある登場人物を活躍させるという荒業を展開させている。

 これは面白いし、待ち望んでいた物語でもある。できれば、シリーズ化させて、いろいろなレンズマンを創造してもらえたらと期待したい。




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