SF さ行−し 作家 作品別 内容・感想

鴉龍天晴

2014年12月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 関ヶ原の戦い以後、東西に分断された日ノ本。西の独立自治区・京で医学生として暮らす竹中光太郎は、平凡な日々を暮していたのだが、徐々に日ノ本に迫りくる騒乱に巻き込まれることとなってゆく。一方、東の帝国軍で左遷されながら冷遇されている武官・真田幸成は密命を帯びつつも、いつかは真田家の復興をと夢みながら日々を過ごしていた。そんなあるとき、元老・井伊直弼が勝手に締結した条約がもとで日ノ本の命運を握る東西合戦が巻き起こる!

<感想>
 ジパング・サイバー・パンクとでも言いたくなるSF系伝奇小説。架空の関ヶ原以後の日本を背景とした物語が展開してゆく小説。第2回早川SFコンテストの最終選考に残った作品。

 物語は西で過ごす平凡な学生(ただし、それなりの生まれと、とんでもない剣才を秘めている)と、東で野心を抱きながら日々を過ごす武官の視点が交互に描かれるものとなっている。そこに様々な個性的な人物たちが入り乱れ、やがてはそれらが相関関係を結びつつ、大きな戦乱が起こることとなる。

 読んでみると最終候補にとどまって、大賞に選ばれなかった理由がよくわかる。設定や、人物造形はよくできているのだが、それらが物語にほとんど生かされていない。言ってしまえば、主人公のひとりであるはずの光太郎青年ですら、別に登場させる必要はなかったのではと思える内容と展開。これであれば、真田幸成を主人公とするだけで十分ではなかったかと。他にも、登場はする者のほとんどが最終的な大団円に活かされてないと思われた。むしろ、そうした登場人物がそれぞれ活かされていれば、とんでもない作品になったと思えるのだが。


ニルヤの島

2014年11月 早川書房 ハヤカワSFシリーズJコレクション

<内容>
 生体受像の技術により生活の全てを記録し、いつでも己の人生を叙述できるようになった社会生活においては、死後の世界という概念がなくなっていた。唯一死後の世界の概念が現存されると伝えられるミクロネシアにて起こる数々の出来事。政治集会に招かれたイリアス・ノヴァク教授。人模倣子行動学者のヨハンナは、少女の葬列に遭遇する。ミクロネシアに住む、現地の者達の物語。そして、繰り返される謎のチェスゲーム。人々が見出すニルヤの島とはいったい?

<感想>
 いくつかの話が並列に語られつつ、進められていく物語。進められていくと言いつつも、その物語が時系列順とは限られず、非常に読み取りにくい。さらには、4つの物語についても、読み進めていくとそれらが決して並列の時間帯で進められているものではないという事に気づかされる。ただし、最終的には全ての話がひとつに収束していく模様。決してきれいな収束という感じはしないものの、ミクロネシアという舞台と民族学的な描写に独特な印象を感じ取ることができ、世界観にマッチした内容であったと思われる。内容は独特というわけではなく、全体的にはありがちなストーリーともいえるのだが、それを著者独自の世界観で書き上げている。


ヒト夜の永い夢

2019年04月 早川書房 ハヤカワ文庫JA

<内容>
 昭和2年、著名な博物学者である南方熊楠は、知人に誘われ、学者たちによる秘密団体“昭和考幽学会”に加わることに。その学会では新天皇即位行事に向けて、“天皇機関”なる自動人形を作ることを目標とし始める。熊楠はその天皇機関の核となる部分、人工宝石を粘菌により作ることに成功し・・・・・・

<感想>
 上記に書いた内容を読むと、一見暗い話のように思えるかもしれないが、そんなことはなく、何故か全体的に明るい雰囲気の作品。戦前の昭和初期の喧騒を描いた作品と言ってもよいのかもしれない。

 自動人形を“天皇機関”と呼び、それを天皇に献上するという意味合いは・・・・・・はっきりいって良くわからない。しかし、それを作ろうとする多くの学者たちの熱気や心意気が伝わる内容になっており、その熱意に惹かれるようにページをめくる手が止められなくなって行く。また、歴史上の人物を意外な形で登場させたり、史実にからませたりするところも心憎い。そんな感じで、ぐいぐいと物語に引き込まれてゆく。

 やがて製作された“天皇機関”が人々に幻覚を見せるという奇妙な効果を出すことにより、ますます喧騒の度合いは強まっていくことに。そうこうしていくうちに、その“天皇機関”を利用しようとするものが表れ、熊楠を中心とする“昭和考幽学会”の人々はとある選択を迫られることとなる。

 と、まさに“百鬼夜行”とでも言いたくなるような色彩で迫りくる幻想絵巻となっている。これはなかなか面白い小説であった。戦争に突入していく少し前の時代の狂騒をあえて明るい雰囲気で描きあらわしているところが印象的。


アメリカン・ブッダ

2020年08月 早川書房 ハヤカワ文庫JA

<内容>
 「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」
 「鏡石異譚」
 「邪義の壁」
 「1897年:龍動幕の内」
 「検疫官」
 「アメリカン・ブッダ」

<感想>
「SFが読みたい! 2021年版」で2位になっていたので購入した作品。昨年も「ヒト夜の永い夢」が「SFが読みたい!」のランキングに掲載されていたのをきっかけに購入して読んだので、今後は柴田勝家氏の作品が出たら即刻購入してもよいかもしれない。そう思わせるほど「ヒト夜の永い夢」もこの「アメリカン・ブッダ」も良い作品であった。

「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」は、生まれた直後にVR装置を付けることを義務付けられ、その後装置を付けたまま動かずに暮らすという部族について描いたもの。一見、現実的ではない設定のように思えるが、読んでいるうちにどこか納得させられてしまうような話。そうして読了後にたどり着くのは、ひょっとしてVR装置を付けて過ごす虚実も、現実の世界ともそう変わりのあるものではないのでは? ということ。

「鏡石異譚」 端的に言えば、“神隠し”の話。それを極めて物理的に解釈しようとしている話。とはいっても、最初から物理的に考察するというものではなく、あくまでもここで起きた神隠したる出来事についての検証を物理的に行っているのである。それを先生と女生徒の邂逅のような形で行っているところが魅力的。

「邪義の壁」 旧家の家の壁から発見された白骨について検証するという内容。それが過去の異端の宗教を掘り起こしていくこととなる。一見、現実味の薄い、壮大な内容のように思えつつも、それを最終的にひとつの家族に起こりうることとして収束させているところが興味深い。

「1897年:龍動幕の内」 「ヒト夜の永い夢」の前日譚となっているらしい。南方熊楠が登場している。この作品のなかの内容としてはイギリスに現れる天使の正体について言及するもの。そこからコンピュータの走りのような存在が浮き彫りにされていくことに。別に前日譚云々というのは関係なく、ひとつの物語としても楽しめる。

「検疫官」は、物語の存在を取り締まる国について描いた作品。物語の存在自体を検疫するというのはありえなさそうな話ではるものの、似たような思想は至る所に存在しそう。それを行き過ぎた領域まで突き詰めれば本書のような話になるということか。物語云々よりも、思想的なものを取り締まった後の世界を表した作品とも捉えられる。

「アメリカン・ブッダ」は、大洪水が起きた地上から、人々がコンピュータの領域に逃げ延びた世界を描いたものとなっている。そして、洪水が引いて再び住めるようになった地上から仏教を教義としているインディアンの青年がコンピュータの領域に住む人々に開放を語るという話。地上の世界の時間と、コンピュータ領域の世界の時間とが異なるという設定も物語に変革をもたらしている。インディアンの青年の語る教義がコンピュータ内で住む人たちの人生をそのまま照らし合わせたかのように思われるところが、興味深く読めるものとなっている。色々と深く考えさせられる内容の作品。


走馬灯のセトリは考えておいて

2022年11月 早川書房 ハヤカワ文庫JA

<内容>
 「オンライン福男」
 「クランツマンの秘仏」
 「絶滅の作法」
 「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」
 「姫日記」
 「走馬灯のセトリは考えておいて」

<感想>
 柴田勝家氏のSF作品集。近年は、柴田氏の作品が出たら、即購入して読むようにしている。個人的にお気に入りのSF作家のひとり。

 掲載されている作品は、特に統一性はないものの、近代的なSFというか、今の社会背景を捉えつつ、描かれたSFという感触がもたらされる。特に「オンライン福男」などは、コロナ禍により、オンライン化された行事の行方が描かれているところなど、まことにタイムリーだと感じられた。また、いつの間にか壮大な福男競技になっているところも、SFらしくて良いと思えた。

 そんなに大した内容ではないと思われた「姫日記」が、最後の一言により、柴田氏自身の私小説のように捉えられるところが面白かった。ひょっとして、一部脚色があったとしても、概ね事実であるのかな? と。

「クランツマンの秘仏」は、宗教を物質的に捉えようとする試みが面白く、「絶滅の作法」は、ある種壮大なSFでありつつも、どことなくノスタルジックなところが良く、「火星環境下〜」は、宗教の伝播を寄生虫に例えて表しているところが面白い。

 表題作の「走馬灯のセトリは考えておいて」が今作のなかでは一番良かった。死者をデータによって生かすという試みと、Vtuberの人生とを掛け合わせた物語が秀逸にハマっていた。今後、Vtuberという存在を生かし続けるという試みは、現実的に行われることがあるかもしれないと予見させるような作品。


「オンライン福男」 福男の競技をオンラインでやってみたら・・・・・・
「クランツマンの秘仏」 信仰と質量の研究。
「絶滅の作法」 地球の絶滅後、地球の環境を復興させて、地球に住む異星人たち。
「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」 宗教を寄生虫に例えて、火星へ布教してみたら・・・・・・
「姫日記」 クソゲー戦国シミュレーションをやり込んだ結果・・・・・・
「走馬灯のセトリは考えておいて」 死後にコミュニケーションをとることができるキャストを作れる時代。それをVtuberに適用すると・・・・・・




著者一覧に戻る

Top へ戻る