SF ハ行−ヘ 作家 作品別 内容・感想

トム・ハザードの止まらない時間   How to Stop Time (Matt Haig)

2017年 出版
2018年10月 早川書房 新・ハヤカワ・SFシリーズ5041

<内容>
 トム・ハザードは、“遅老症”という体質ゆえに、普通の人よりも長い時間(400年)を生きることを強いられてきた。彼は魔女狩りの時代に生まれ、母親を亡くし、その後、ペストの流行や太平洋航海などを乗り越えつつ、歴史上の数々の有名人と出会いながら、生きてきた。そして“遅老症”の体質を持つ者は彼だけではなく、その“遅老症”の人々による秘密組織があり、トム・ハザードは、その組織と共に時を過ごしてきた。彼が望むのは、遠い過去に離れ離れとなった娘、マリオンと会うことであり・・・・・・

<感想>
 面白いのだが、SFとしてではなく、普通小説として面白い。主人公が400年の時を生きているという設定が一番重要なところであるのだが、その主人公自身があまりにも普通の人すぎる。ゆえに、その400年という設定を除けば、普通の人が人生において悩み、逡巡する様子を描いた作品という感じにしかとらえられないのである。

 歴史上の有名人が出てきたり、その時代における特異な状況(魔女狩りとかペスト蔓延とか)、そういった様相を一人の人物の視点でリアルタイムのように眺めていけるところが興味深い。また、主人公の特異的な体質により、逃亡生活を余儀なくさせられたり等々、長い孤独な年月を感じ取ることができるようにも描かれている。

 ちょっと微妙と思えたのは、主人公があまりにも普通の人というか、だまされやすそうな人物というか、ちょっと弱弱しすぎるかなと。スーパーマンのような強靭さまでは必要ないと思われるのだが、400年の時を経て、もっとしたたかになることができたのでは? と思えてならない。特に組織や、娘に関する部分は、はたから見ても頼りなさすぎるのではと・・・・・・


ロボットの魂   The Soul of the Robot (Barrington J. Bayley)

1974年 出版
1993年09月 東京創元社 創元SF文庫

<内容>
 老ロボット師夫妻の手によって生まれた、ロボットのジャスペロダス。彼は生を受けた瞬間、自我を持ち、すぐに家を飛び出て都を目指す。彼は盗賊団の手を逃れ、やがて地方の王が治める土地へとたどり着く。ジャスペロダスは、自分の“意識”が存在するのかを確かめるべく、さまざまな行動に打って出るのであったが・・・・・・

<感想>
 自我を持って生まれたロボットが自分の存在を証明するために旅に出る・・・・・・と、書くと普通のロボットもののような感じを受けると思われるが、この主人公のロボットが結構とんでもない。

 なんと、ただ単に自分の存在を証明するだけのつもりなのかどうか、行く先々で政府を転覆させたり、革命を起こしたり、覇権を握ったかと思えば全てを投げだして逃亡しと、とにかくとんでもないことを繰り返す。ここまで自意識過剰というか、自己顕示欲が強いロボットが登場する作品というのは初めてみるような。

 これはとにかく従来のSFが描くロボット像をぶち壊すようなロボットSF。何気に、一番関わりたくないロボットランキングNo.1に上げることのできるような存在。しかし、このロボット、その行動を見ていると人間以上に十分自我が発達し、疑いなく“意識がある”といってよさそうな。ただ、あくまでもそれを論理的に説明することができなければ意識の存在を証明することにはならないのか。かといって、人間の意識について論理的に証明できるのかと言えば微妙なような気も。


分解された男   The Demolished Man (Alfred Bester)

1953年 出版
1965年05月 東京創元社 創元SF文庫

<内容>
 ベン・ライクは“顔のない男”に襲われる夢に悩む日々が続いていた。そんな中、ベンは仕事上、クレイ・ド・コートニが邪魔になり、彼を殺害する事を計画する。しかし、この時代では人の心を透視する超能力者の力によって、犯罪の発生率は激減していた。ベンは主治医である精神分析医オータスタ・テイトの力を借りて犯罪をなさんとするのだが・・・・・・

<感想>
 精神分析と人の心を読むという超能力ものが合わさった物語とでも言えばよいだろうか。主人公はベンという会社の社長であるが、読んでいるときは暗黒街の大物というような印象。このベンが精神科医を巻き込んでひとりの男を殺害しようとする。

 ここで設定として用いられるのが“超能力”という存在。本書の世界では人の考えている事を読むことができる者たちが存在し、犯罪の発生を抑えているという設定になっている。しかし、この人の思考を読むという設定があまり厳密にできているようには思えなく、このへんの描写には少々混乱してしまう。また、その人の能力読む力を抑えつつ、ベンは犯行を行うのだが、このまわりくどい計画のどこまでが必然なのかという事もわかりにくかった。

 そして犯行が行われた後は主人公が変わり、パウエルという刑事が捜査に当たり徐々にベンを追い詰めてゆく。当初はベンのみにスポットが当てられ、そのままずっと話が進んでいくかと思っていたのだが、途中からこのパウエルが出てくることにより、未来の警察小説のような内容へと様変わりする。未来の警察小説といっても別に特殊な事がなされるわけではなく、地道に捜査をしていくのだが、このへんは以外にも読み応えがあるものとなっている。

 そして、物語の収束ぶりはというと、思っていたよりもきちんとした結末が用意されていて失礼ながらも驚かされてしまった。話の途中、かなりあやふやに感じられるところなどがあり(例えばベンが殺人を犯す動機とか)、話の流れがわかりにくく感じたのだが、最後にはそういったものにきちんと理由をつけていた。その結末の様相から見ると本書はどちらかといえば、精神分析的な小説であったという印象を強く感じられた。


願い星、叶い星   Star Light, Star Bright (Alfred Bester)

2004年10月 河出書房新社 <奇想コレクション>

<内容>
「ごきげん目盛り」
「ジェットコースター」
「願い星、叶い星」
「イヴのいないアダム」
「選り好みなし」
「昔を今になすよしもがな」
「時と三番街と」
「地獄は永遠に」

<感想>
 これまた変った短編集であった。それぞれの短編に用いられている題材自体は目新しいものではない。しかし、その題材をこの作家が調理するとどうしてこうも奇怪な物語ができるのだろう、ということが不思議でならない。狂気のまとわりついたSF短編集、SFを読んでいるはずなのに何故かサイコサスペンスを読んでいる気分にさせられる。

「ごきげん目盛り」
 アンドロイドによって“ロボット三原則”に挑戦したかのような作品。しかしその内容は純然たる論理的なものというよりはサイコサスペンス的な雰囲気に近い。あくまでもSFとして読むべきか、それともミステリーとして穿って読むべきか。

「ジェットコースター」
 サイコサスペンス風味にもかかわらず、実はタイムトラベルを描いた作品となっている。ここでは“ジェットコースター”=“時間旅行”とかけてあるのだが、どういう意味合いを持つのかは読んで確かめてもらいたい。これぞ狂気のSFとでも呼びたくなるような物語。

「願い星、叶い星」
 セールスマンのセールストークから始まる話が、いつしか特別な能力を持つ子供達の話へと展開されてゆく。その天才的な子供達が望んだ世界の行く末はいったいどのようになっているのか? そのラストがなかなか効果的に描かれている作品。表題作だけあって、まさしく代表作。

「イヴのいないアダム」
 一人の人物の狂気によって、地球があっという間に終末へと向かい行く作品。それは科学を過信する人類への黙示録ともとれるような内容となっている。世界のどこかでありそうな話で怖い。

「選り好みなし」
 この著者にタイムトラベルものを書かせると、どうしてこうも奇妙な作品ができあがるのだろう。「ジェットコースター」でもそうなのだが、あくまでも主たる人物は傍観者であり、その“現代”に立っている者から見たタイムトラベルが描かれている。これもなんとも奇怪というしかない。
 あと、この作品のラストは微妙。発表当時、あれこれと問題になったのでは!?

「昔を今になすよしもがな」
 地球に残された最後の人類を描いたもの。しかし、その原因もその後の展望も何も描かれておらず、ただただ二人だけの少しだけ狂った世界が展開されているのみなのである。

「時と三番街と」
 これまたタイムトラベルものなのであるが、前述の2作とは違って、結末がちょっと良い話として終わっている。奇妙な内容という事には変わりないのだけれど。

「地獄は永遠に」
 本書の中で半分近くのページを占める中編。ベスターの代表作の1つらしい。
 集まった6人の男女による奇怪な物語が展開される。彼等が望む希望は全てかなえられるものなのか!? 絶望の行く末の中で最後の最後で表題作の意味へとたどり着く。確かに本書の最後を飾るにふさわしい人間そのものを描いた奇怪な物語である。


虎よ、虎よ!   Tiger! Tiger! (Alfred Bester)

1956年 出版
1978年01月 早川書房 ハヤカワ文庫
2008年02月 早川書房 ハヤカワ文庫<新装版>

<内容>
 ガリヴァー・フォイルは遭難した宇宙船で、ただ一人の生き残りとなった。死の気配が迫り来る中、彼が遭難している近くを別の宇宙船が通る。フォイルは遭難信号を出し、相手はそれに気づくものの、なんと遭難した宇宙船を無視して通り過ぎてしまった。怒り狂ったフォイルは必ず生き延びて、今通り過ぎた宇宙船“ヴォーガ”に対して復讐する事を誓った。ガリヴァー・フォイルのすさまじい復讐の物語が今ここに幕を開ける。

<感想>
 これは面白かった。前に読んだベクターの作品「分解された男」はわかりづらいと感じたので、今作も小難しい内容になっているのかと思ったのだが、この作品はアクションSFと言っても過言ではないような作品であり、一気に読まされる展開の速い内容になっている。

 この作品の主人公ガリヴァー・フォイルが自分が体験したことによる屈辱をバネに、復讐を近い、世界にそして宇宙に喧嘩を売っていくというような内容。どうしてここまで復讐にとらわれるのか? と不思議に思えるほどのパワーで目的を達成しようとするフォイルの無茶苦茶ぶりを楽しめる内容。

 しかも単なるアクションものというだけではなく、細かい設定がなされたハードSF作品であることも注目に値する。フォイルが漂流していた宇宙船の積荷の謎やらフォイルを付け狙う者達の正体など、物語全体に謎も多く、最後まで読者をひきつけるような物語となっている。

 また、本書の大きな特徴として“ジョウント”というテレポーテーションというものが設定されている。これに関しては最初はただ単に移動描写を簡潔にするためくらいの役割でしかないと思っていたのだが、最終的にはストーリー上でも大きな役割をしめることとなる。

 と、良いとこずくめで欠点がないようにも思われる作品なのだが、最後の物語の締め方については疑問が残るところ。この作品の主人公ガリヴァー・フォイルという人物は“破壊者”という言葉がふさわしいような無茶苦茶な人物。ゆえに、最後の最後までその無茶振りを通してもらいたかった。それがラストではこの主人公にそぐわないような形で終わってしまったところに非常に違和感を感じられた。

 と、それ以外ではとにかく面白く読む事ができたSF作品である。ただし、主人公が少々癖のある人物なので、そのへんで人によって好き嫌いがでるかもしれない。とはいえ、不朽の名作と言われるに値する作品であることは確かなのでSFに興味のある方は是非とも読んでいただきたい。


ゴーレム100   Golem100 (Alfred Bester)

1980年 出版
2007年06月 国書刊行会 <未来の文学>

<内容>
 22世紀の近未来都市。そこで人間の仕業とは思えないような残虐で不可解な連続殺人事件が勃発していた。インドゥニ警部がこの事件を担当することになったのだが、理解不能の事件に難色を示していた。そんなとき、科学者のブレイズ・シマと精神工学者のグレッチェン・ナンが図らずも二人でゴーレムの謎に挑むこととなり・・・・・・

<感想>
 その分厚さから読むのに尻込みし、3年以上の積読にしてしまった作品。ただし、実際に読んでみるとわかりやすいとは言い難いものの、意外と語り口は柔らかいので思っていたほど読みにくい小説ではなかった。

 内容に関しては大雑把にであれば簡潔に示すことができる。8人の女性たちが集まり、そこで降霊会のようなものを繰り広げている。いつも失敗しているようだが、実は彼女たちが知らないところでゴーレムという存在が具現化し、とほうもない殺戮を行っている。しかし、警察やそれに関わるものどころか当人たちもそんなこととはつゆ知らず。そうしたなか二人の学者がこの謎に立ち入ることになるというもの。

 本書で一番の目玉と言えるのは、二人の学者がゴーレムを生み出す精神世界へと入っていく様子が描かれているところ。その様子を文字だけではなく、イラストを用いて不可解な世界を表しているのである。よって、ページ数のわりにはイラスト部分が多かったりするので、外見ほど分厚中身ではないのである。

 そういった具合で、変わった手法で精神世界を描いているところが大きな特徴といえる本である。また、あとがきによるとこの本を日本語に訳したこと自体が奇跡的に近いということらしい。SFという枠組みだけでなく、文学史上類をみない奇作といってよいのではないだろうか。

 作者がSF作家として有名なアルフレッド・ベスターなだけに、今更薦めなくともベスターの名を知っている人は手にとっていることであろう。ベスター自身SF長編は5作しか出していなく、現在訳されているのはそのうち4作品とのこと(「コンピューター・コネクション」という作品は現在手に入りにくいようである)。装丁もなかなかのものなので、SFファンであれば色々な意味で一冊手元に置いておきたい作品であることは間違いなかろう。


ページをめくれば   Turn the Page (Zenna Henderson)

2006年02月 河出書房新社 <奇想コレクション>(日本独自編集)

<内容>
 「忘れられないこと」
 「光るもの」
 「いちばん近い学校」
 「しーッ!」
 「先生、知ってる?」
 「小委員会」
 「信じる子」
 「おいで、ワゴン!」
 「グランダー」
 「ページをめくれば」
 「鏡にて見るごとく おぼろげに」

<感想>
 最初の「忘れられないこと」は、宇宙人とのコンタクトを描いた作品。コンタクトといっても衝撃的なものではなく、どちらかといえばほのぼとしたものとなっている。どうやらこの作家はこういうような無害な異星人を描く作品が多いようで、その後の「光るもの」「いちばん近い学校」と、ほのぼのとした中に感動を感じ取れるような作品が続いていた。

 ほのぼのとした作品が集められたものかと思っていたら、次の「しーッ!」でたちまちその印象を取り下げるはめに。こちらは、普通の子どもを主人公としたホラーテイスト・・・・・・いや、ホラーそのものと言ってもいい邪悪な“もの”が組み込まれた作品となっている。

 以降、ジャンルや作風にこだわらず色々な作品が並べられている。
 家庭内の不和を描いた「先生、知ってる?」。
 異性人とのコンタクトを主婦の観点から描いた「小委員会」、これは本書の中で一番好きになった作品。
 不思議な感情を持つ子どもの不思議な能力をホラーテイストで描いた「信じる子」。
 そしてこれも超能力を持つ子どもを描きながらも意外なラストで終わる「おいで、ワゴン!」。
 夫婦を悩ます嫉妬を解決するために幻の魚を吊り上げようとする「グランダー」。
 心温まる幼少の学校生活を未だ引き続けるがゆえの悲哀を描く「ページをめくれば」。
 普通に生活していながら、視点だけが時間軸がずれたものを見てしまうという奇妙な体験を描く「鏡にてみるごとく」。

 と、子どもを主人公にしたものだけでなく、大人が主人公になったものまでと幅広い作品集となっている。そうしたなかで前編を通して感じられるのはSFとして描かれているようでありながら、どの作品もファンタジーのような感覚につつまれているかのように描かれているところが特徴といえるのであろう。まさに<奇想コレクション>ならではの一冊。




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