SF マ行−ミ 作家 作品別 内容・感想

都市と都市   The City & The City (China Mieville)

2009年 出版
2011年12月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 ふたつの都市国家“ベジェル”と“ウル・コーマ”。その二つの都市は地理的に同じ位置にあるのだが、モザイク状に組み合わさるという特殊な領土を有していた。そのなかで、それぞれの都市に住む者たちは、隣り合った都市で起こることは無視し、自分たちの領土のなかで起こることのみに注意をはらうという奇妙な生活を繰り広げていた。

“ベジェル”警察、過激犯罪課のボルル警部補は一つの事件を受け持つことに。それは、全裸に近い状態で放置された女性の死体が発見されるという事件。身元不明の死体について捜査しているうちに、彼女は“ウル・コーマ”に住んでいて、そこから運ばれてきたのではないかという疑いがもたれる。やがて2国間にわたる奇妙で、難解な捜査が行われることとなり・・・・・・

<感想>
 昨年末に出た本であるが、驚いたことにSF作品でありながらも、今年のミステリランキングを賑わしている。積読となっていた本をひっぱりだし、これは今年中に読まなければと慌てて読んだ次第。面白いというよりは、興味深い作品である。

 隣接していながらも隔絶された都市というと、旧ドイツを思い出す。しかし、当時のドイツは壁により物理的に隔たれている。それが本書で描かれている都市は、物理的には隔たれておらず、ほぼ同じ位置に部分的に交わりながらも“心理的に隔絶しなければならない都市”という奇妙な状況。何故そのようなという問いに対しては、そのように生活することこそが普通であり、習慣であり、かつ絶対的な行為なのであるという答えが返ってくるのみである。

 ここで起きる事件は、さほど大したものではなく、身元不明の死体がひとつ発見されるのみ。それが2カ国にわたるという、ありえない状況であるがゆえに、重大な事件として扱われてゆくというものなのである。

 どうもこの作品、“都市と都市”という奇妙な在り方を描くことこそが重要であり、事件自体にサプライズをもたらすというようなものではない。ゆえに、最後まで読んだからといって、大きなサプライズがあるとか、どんでん返しがあるとか、そういったことはない。あくまでも淡々とした警察小説と言ってよいであろう。

 そんなわけで、ミステリ的に期待してというスタンスであれば、あまりお勧めできる作品ではない。設定の妙が描かれたSF小説というスタンスで読むべき作品。前述で、事件自体はさほど大したことはないと書いたが、実はここで起こるような事件が起きることが実際にありえてはいけないのだ、ということを物語をとおして理解してもらうべき作品と言ったところであろう。とにかく思考的、思想的に深い内容の作品であるということは間違いない。


ペルディード・ストリート・ステーション   Perdido Street Station (China Mieville)

2000年 出版
2009年06月 早川書房 単行本

<内容>
 人類のみならず、鳥人、両生類人、昆虫人など、多種多様の知的生命体が共存する都市ニュー・クロブゾン。大学を辞めて、個人的に研究を続けるアイザックのもとに依頼人が現れる。その依頼人は鳥人族のヤガレクと名乗り、罪を犯したことにより失った翼を元に戻してもらいたいというのである。一方、アイザックの恋人であり昆虫人のリンは彼女独特の手法により彫刻家として活躍していた。彼女のもとにも、異形の者から自分の像を制作してもらいたいという依頼があり、リンは危ない仕事と知りながらも引き受けることに。アイザックはヤガレクの羽を復活させようと、鳥類のサンプルをかき集め研究に没頭する。そのサンプルの中に不思議な芋虫が含まれていたのだが、やがてその芋虫が都市全体を巻き込む大きな災厄をもたらすこととなり・・・・・・

<感想>
 2010年版の「このSFが読みたい」にて、見事1位になった作品。読んでみると、1位に選ばれたのもうなずける内容。これはエンターテイメント作品としては極上の部類に入るであろう。

 チャイナ・ミエヴィルの作品は、最初に「都市と都市」を読んだせいか、設定が大きくものをいう作品を描くのかと思っていた。この作品も、最初は異形の者たちが住む都市国家として描かれている。この著者の作品の特徴は、この都市や星が宇宙のどこにあるかなどといったことは抜きで、もうそこに存在するのがあたりまえであるかのようなスタンスで描いている。よって、この作品も主には、この都市の紹介で終わってしまうのかと思っていたのだが、そんなことはなくスピーディーに数々の事件が展開し始めることとなる。

 物語の基本的なところは主人公である科学者アイザックが、自分の行為が原因で野に放つこととなった蛾の怪物を倒そうと奔走するというもの。ただし、アイザックは科学者とはいえ、普通の人間でしかないので、都市に巣くうさまざまな者たちの手をかりて、怪物に立ち向かうこととなる。

 一応、科学者のアイザックという人物が主人公と書いたものの、最後まで物語を読むと実はこの物語の真の主人公はアイザックではなく、鳥人のヤガレクだったのではないかと思いをはせることとなった。視点を変えて読み直してみると、この物語はさらに深みを増していくのではないかとも考えられる。

 科学と魔術が共存し、数々の異形の者達が生息する都市。そうした設定の中で、壮大というか過大とも言えるような、とほうもない事件と物語が語られてゆく。SFともファンタジーとも言える作品であるが、これはもうジャンル云々を抜きにして、見事なエンターテイメント小説として完成された作品。ここまで壮大な物語は、そうそう誰にでも創作できるというものではない。これだけの設定が、この一作のみというのはもったいないと思っていたら、本国ではすでにシリーズ作品として3作目まで出ているとのこと。これは、続編が出たら是非とも読んでみたいところである。かなりページ数の厚い作品であるが、決して読んで損はない作品といえよう。


ジェイクをさがして   Looking for Jake (China Mieville)

2005年 出版
2010年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「ジェイクをさがして」
 「基 礎」
 「ボールルーム」 (エマ・バーチャム、マックス・シェイファーとの共作)
 「ロンドンにおける“ある出来事”の報告」
 「使い魔」
 「ある医学百科事典の一項目」
 「細部に宿るもの」
 「仲介者」
 「もうひとつの空」
 「飢餓の終わり」
 「あの季節がやってきた」
 「ジャック」
 「鏡」
 「前線へむかう道」 (画:ライアム・シャープ)

<感想>
 チャイナ・ミエヴィルの作品は「都市と都市」「ペルティード・ストリート・ステーション」に続き、読むのはこれで3冊目。既読のものは長編であるが、この作品は短編集。

 この作品集を読んだだけでは・・・・・・だれもチャイナ・ミエヴィルがSF作家だとは思わないだろうなぁ、というのが一番の印象。前半の作品は幻想小説風であり、後半の方はモダンホラー風という感じ。どの作品も不安にかられる人々を描いているように見え、それが主題なのかと思えるほど。

「ペルティード・ストリート・ステーション」の世界の一コマを描いた「ジャック」が入っているのだが、これだけ読んでもその世界観はわかりづらく、むしろ「ペルティード〜」のほうを読んだ人でなければ伝わらないかもしれない。

「鏡」はこの作品集のなかでは一番長く、核となる作品。“鏡”の世界から飛び出してきた異形の者たちと、人類との戦いを描いている。なんとなくではあるが、「都市と都市」と同等の内容を感じ取ることができる。

 全体的に読みにくかったなぁ、という印象が残る。もしミエヴィルの作品で、これを最初に読んでいたら、その後他の作品は読んでいなかったかもしれない。ミエヴィル作品未読の方は長編から読んだほうが良いと思われる。また、ジャンルがSFとも言い難いので(ハヤカワSF文庫から出ているが)、SF好きの人にお薦めしにくい。むしろ、幻想小説とかのジャンルに組み込んだほうが自然なのかもしれない。


言語都市   Embassy Town (China Mieville)

2011年 出版
2013年02月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5008

<内容>
 人類は宇宙に進出し、辺境の惑星アリエカに居留地エンバシータウンを建設した。アリエカの先住種族は、口に相当する二つの器官から同時に発話するという特殊な言語構造を持っているため、人類は彼らと意思疎通をすることができる二人で一組となる“大使”と呼ばれるクローンを生成し、外交を行うこととした。平穏に共存することができたアリエカ社会であったが、異色の大使の赴任により星を揺るがす動乱が起きることとなり・・・・・・

<感想>
 地球を遠く離れた辺境惑星においての他種族との共存の様子が描かれた作品。建造物や工業物が有機物という想像しにくいものであったり、また複雑な言語文化についても理解しがたいものがある。序盤は、その難解さから取っ付きにくく読み進めるのが大変であった。しかし、基本エンバシータウンというところのみの物語であるためか、徐々にその世界に馴染むことができ(理解できたわけではないが)、段々と読むペースも早くなっていって、内容にのめり込むことができるようになった。

 大雑把に言えば、他種族との共存から、その文化や性質の違いにより動乱が起き、混乱極まる中でそれらをどう抑えてゆくかという物語となっている。あらすじのみを見ると壮大な物語だと、読む前に圧倒されるかもしれないが、実際にはひとりの女性が中心となり、そこから見渡した物語となっているため、不必要に話が広げられるようなことはない。取っ付きにくい難解な内容でありつつも、どこか難解になり過ぎないように一線を保っているような感じがして、それなりにのめり込むことができる。

 ここでは異種族文化について描かれているが、ちょっとしたボタンの掛け違いから動乱が起きるという様子は今の世の中でも考えられることなのかもしれない。それが異種族の間であれば、原因不明のまま秩序の崩壊という事もありえそうなので、“接触”のみならず“共存”というものの困難さを痛感させられる。


爆発の三つの欠片   Three Moments of an Explosion: Stories (China Mieville)

2016年12月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5030

<内容>
 「爆発の三つの欠片」
 「ポリニア」
 「<新死>の条件」
 「<蜂>の皇太后」
 「山腹にて」
 「クローラー」
 「神を見る目」
 「九番目のテクニック」
 「<ザ・ロープ>こそが世界」
 「ノスリの卵」
 「ゼッケン」
 「シラバス」
 「恐ろしい結末」
 「祝祭のあと」
 「土埃まみれの帽子」
 「脱出者」
 「バスタード・プロンプト」
 「ルール」
 「団 地」
 「キープ」
 「切断主義第二宣言」
 「コヴハイズ」
 「饗 応」
 「最後の瞬間のオルフェウス 四種」
 「ウシャギ」
 「鳥の声を聞け」
 「馬」
 「デザイン」

<感想>
 チャイナ・ミエヴィルの短編集。28編と数が多い。ただ、これだけ多くの短編集のなかで、印象に残る作品が少なかったかなと。

 数多くの作品が掲載され、その作風はさまざま。SFのみならず、ホラーっぽいものから、民俗的・宗教的、ときには芸術が語られ、ギャンブルが行われ、幻想的なものから、学生時代の体験談のような話まで。とはいっても、どれも一筋縄ではいかず、それぞれが独特な背景や設定のなかで物語が進行していく。その“独特な設定”がどれも短編向きではなかったかなという印象。

 ミエヴィルの作品で最近読んだ長編に「言語都市」というものがあったのだが、これも独特な設定がなされているものであった。その長編を読み進めていく中で、徐々にその世界観になれ、いつのまにかその語り口に惹かれていく、というような作品。それが、短編では短すぎて、徐々に世界観にならされていくという雰囲気が味わえないまま終わってしまうという感じ。ゆえに、ミエヴィルは長編向きの作家なのかなと思ってしまう。

 印象に残ったのは、死体が常に一定の方向を指し示すという「<新死>の条件」。これはなんとなくTVゲームの主観的なものを感じてしまったのだが、実際のところはどうなのであろう。何によって、こんな妙なことを思いついたのか興味がわいてくる。

「ゼッケン」は、湖畔の別荘で体験するホラー。それまでの短編作品と異なり、いきなり普通のホラーのような作品が登場し、ある意味驚かされる。幻想小説のようなホラー小説のようなという作風。

「恐ろしい結末」は、とんでもないセラピストが登場する作品。精神的な話と思いきや、突如とんでもないアクション作品になってしまう。一番ぶっ飛んでいる作品という印象。


クラーケン   Kraken (China Mieville)

2010年 出版
2013年07月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(上下)

<内容>
 ロンドンの自然史博物館でキュレータを務めるビリー・ハロウは、自分が担当しているダイオウイカの巨大な標本が水槽ごとなくなっているのを発見する。その事件を皮切りに、ダイオウイカを神とあがめる集団、時代を超えて生き続ける殺人鬼、謎の魔術師等々による、ダイオウイカ争奪戦が行われることに。知らないうちに事件のキーパーソンとされてしまったビリーは、騒動の渦中に引きずりこまれ・・・・・・

<感想>
 結構長い間積読にしていた作品。購入してから9年、寝かせていたことになる。上下巻で長めの作品なので、なかなか手が出なかったのだが、なんとか読了することができた。

 チャイナ・ミエヴィル氏と言えば、「ペルディード・ストリート・ステーション」という怪作・代表作があるが、それに通じるような内容となっている。日本風でいえば、SFというよりは伝奇小説というようなものとなっている。

 とにかく、入り乱れる。クラーケンをあがめる信者たち、謎の殺人鬼コンビ、正体のよくわからない魔術師や“タトゥー”と呼ばれる者。さらには犯罪を取り締まろうとする警官たち。こうした者たちが入り乱れる内容となっているのだが、本書の問題はしっかりとした目的がないところ。結局のところ、彼らが何を目的としているのか、よくわからないまま入り乱れ続け、しかもそのまま後半からラストへと入り乱れ続けるのである。

 もうちょっと各々の目的とか、大まかな終着点とかがはっきりとしていたほうが面白い作品になったと思われるのだが。ただ、ひょっとすると著者としては、そうした入り乱れ続ける情景を描きたかっただけというものであったのかもしれない。ただ単に争乱のみを描きたかったのだと。


黒魚都市   Blackfish City (Sam J. Miller)

2018年 出版
2020年11月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5050

<内容>
 地上の多くが水没し、残された地域においても原因不明のブレイクスという感染症がはびこる世界。そうした世界のなかで生き延びていく人々。町を牛耳る大富豪の孫息子はブレイクスを発症し、絶望に囚われる。政治家の元で秘書として働く女性。スポーツファイターを生業とする男。そして謎の女・オルカ使いは、シロクマを引き連れ地上を闊歩する。一見、関係のなさそうな人々が、町を巡る陰謀にからめとられ、ひとつのところに集まってきて・・・・・・

<感想>
 水没しつつある世界で、原因不明の感染症がはびこるといったアジア系舞台の近未来を描いた作品。登場人物が多いというか、主観となる人物が多くなっており、群像小説のような描き方となっている。

 バラバラで無秩序めいた群像小説というようなものが好きな人は良いかもしれないが、個人的には微妙な作風であった。それぞれの登場人物が何を目的としているかがわからなく、ただ単に生き延びていくだけというような感じ。また、世界設定に関しても、後々ブレイクスという感染症に関しては、真相のようなものが表されるものの、全体的に世界設定と物語があまり絡み合っていないような気がした。別にこの世界でなくても成立するような物語であったような感じ。

 最終的に登場人物らが集まり、一つの方向へと向かうように描かれているものの、その展開も流動的というような感じがし、どこか必然性に欠けているような。なんとも全体的にバラバラでまとまりがないような中身であったように思われた。




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