SF ラ行−リ 作家 作品別 内容・感想

悪魔の薔薇   The Devil's Rose (Tanith Lee)

2007年09月 河出書房新社 <奇想コレクション>

<内容>
 「別 離」
 「悪魔の薔薇」
 「彼女は三(死の女神)」
 「美女は野獣」
 「魔女のふたりの恋人」
 「黄金変成」
 「愚者、悪者、やさしい賢者」
 「蜃気楼と女呪者」
 「青い壺の幽霊」

<感想>
 タニス・リーという人の作品は今まで読んだことがなかったのだが、本屋で名前を見かけたことは何度もある。特にハヤカワ文庫のファンタジー小説にてよく見ることができる。この作家については言わずと知れた、ファンタジー界の女王というべき存在の人。作品を読んだことがなくてもそのくらいの知識が自然と入ってくるのだから、それだけ有名ということであろう。

 この作家は200を超える短編を書いているようで、その一端となるのがこの作品集。本書は有名作ではなく、今まで日本で披露されていなかった佳作を集めた短編集とのこと。読んでみて感じたのは、女性ならではの表現の繊細さ、優美さ、そして退廃さ。見事に独自の表現を成していると思われた。これに似たような作風は今ではいくつもあるかもしれないが、こういった表現の先駆となったのは、たぶんこの作家なのであろう。

 特に印象に残った作品は表題作にもなっている「悪魔の薔薇」。幻想的な作品であるにもかかわらず、実に現実的な作品でもある。“悪魔の薔薇”というタイトルが皮肉のようにもとれて、なんとも嫌な余韻を残す作品に仕上がっている。

 また、ヴァンパイヤを描いた「別離」も秀逸。これはある種の精神的なハードSMを描いた作品のように思われる。このSMの精神こそ正しき主人と従僕の関係といえるのかもしれない。

「愚者、悪者、やさしい賢者」は、この作品集のなかにあっては、わかりやすい昔話風の作品。ただ、こういった耽美で濃い内容の作品の中にあって、一種の清涼剤のように感じられたのも確か。これはこの短編集の中で、この位置に配した選者の慧眼をたたえたいところ。


翡翠城市   Jade City (Fonda Lee)

2017年 出版
2019年10月 早川書房 新・ハヤカワSF・シリーズ5045

<内容>
 ケコン島に住む“グリーンボーン”と呼ばれる者たち。彼らは島の天然資源である翡翠の力を借り、超人的な能力を発揮することができるのであった。そのグリーンボーンらが組織する二大勢力“無峰会”と“山岳会”は激しい縄張り争いを繰り広げていた。“無峰会”を束ねる“柱”はコール家のコール・ラン。若き柱は劣勢に立たされた状態を脱却しようと悩んでいた。粗暴ながらも唯一の理解者ともいえる“角”である弟のヒロ、かつての英雄であった祖父は年と共に老い、祖父の盟友で現在の柱の補佐役である“日和見”のドルはランを軽視しており、妹のシェイは翡翠を捨てて海外へ留学していった。また、一族の力となりつつある従弟のアンデンはまだグリーンボーン専用の学校で学んでいる途中。そうしたなか、縄張り争いは増々激化してゆき、無峰会は徐々に劣勢を強いられ・・・・・・

<感想>
 厚めの作品ゆえに、なかなか手を出せなくて、昨年のうちの読むことができなかった。今年になって読み始め、1か月くらいで読み終えることができた。内容はSFというよりは、伝奇小説のような感じのものとなっている。言うなれば、ファンタジー系のゴッドファーザー物語。

 翡翠を身に着けることにより、超人的な力を発揮することができる種族間の抗争を描いている。主人公となるのは“無峰会”のコール家の人々。この“無峰会”が徐々に力を付け始めている“山岳会”に推され始め、今まで主流であった“無峰会”優勢のパワーバランスが変わり始めてきているという状況。

 この作品、序盤から中盤まではちょっと読み進めづらかった。とうのは、主人公であるコール家がずっと劣勢に立たされ続け、彼らに関する話題も暗いものばかりなのである。若くして当主“柱”となったランは思慮深い性格であるものの、周囲の者たちから完全なる忠誠を得られていないことを苦にしている。ランの右腕であり、力の象徴である“角”は弟のヒロが担っているものの、その粗暴な性格にランは悩まされる。他にも、家を捨てて出ていった妹、力はあるもののまだ幼い従弟、年老いてボケ始めてきたかつての英雄である祖父、ヒロに対して忠誠の意志が見えない参謀役のドル。そんな状況下で“無峰会”を盛り立てつつ、“山岳会”から縄張りを守り、裏でひしめく陰謀を突き止めようとしなければならないので、柱であるランは悩みが尽きないのである。

 という設定のなかで、徐々に双方の縄張り争いが激化し、血で血を洗う抗争が繰り広げられることとなる。最初は悩みばかりが多く、ちょっと鬱屈した展開に興味があまり惹かれなかったものの、話が進んでいくうちに、徐々にその“無峰会”の行く末に興味が惹かれてゆくようになっていった。

 ちなみにこの作品、“グリーンボーン・サーガ”の第1作目ということらしい。2作目はすでに出ているそうなので、いつか翻訳されるであろう。たぶん2作目もまた悩み多き展開になるのだろうと思いつつも、“無峰会”がその後どんな顛末をたどるのかということは非常に興味深い。たまにはこういう一風変わったファンタジーも悪くはないかも。


移動都市   Mortal Engines (Philip Reeve)

2001年 出版
2006年09月 東京創元社 創元SF文庫

<内容>
 移動都市ロンドンに住むギルド見習いのトムは、日々の過酷な業務を続けているとき、ちょっとした罰則を受けてしまい、その事がもとであこがれの冒険家のサディアス・ヴァレンタインと接する機会ができた。しかし、そのヴァレンタインを付け狙い、彼を暗殺しようとする顔に大きな傷のある少女ヘスター・ショウと出会うことによりトムの生活は激変する。トムは移動都市ロンドンから放り出され、ヘスター・ショウと冒険を繰り広げながらロンドンを追う事に・・・・・・。ヴァレンタインと移動都市が抱える秘密とはいったい!?

<感想>
 これはSFというよりも冒険小説として楽しめる内容であった。移動都市ロンドンを追いながら、縦横無尽に冒険をする(というより翻弄されるのほうが正しいかも)トムとヘスターの姿が実に瑞々しい。

 多くの登場人物が出てきて、それらの人々と関わりながら移動都市ロンドンが抱える秘密に迫っていくという内容になっている。多くの登場人物もうまく配され、それなりに活躍しているとは思うのだが、もっと少しトムとヘスターにスポットを当ててもらいたかったと感じられた。

 また、さらに付け加えれば主人公のトムにもっと色々と活躍をしてもらいたかった。なんとなく全編通して、ただ単に巻き込まれましたというだけの印象が強かったので、トムの設定にもう一工夫ほしかったところである。ただし、本書は4部作の最初の作品ということなので、ひょっとすると今後トムの成長ぶりを垣間見ることができるかもしれないので、この作品だけで結論を出すのは早いのかもしれない。トムの今後の活躍に期待したい。

 とにかく、これだけの内容を詰め込むにはページ数が短すぎたのではないかと思われるくらい密度の濃い冒険作品であった。本書が出てから1年経つがまだ続編が翻訳されていないようなので、是非とも4部作全てを刊行してもらいたいと切に願うところである。


掠奪都市の黄金   Predator's Gold (Philip Reeve)

2003年 出版
2007年12月 東京創元社 創元SF文庫

<内容>
 移動都市ロンドンでの騒動後、譲り受けた飛行船により旅をするトムとヘスター。そんな彼らは、著名な探検家と名乗るペニーロイヤルを飛行船に乗せ、アンカレジという移動都市へと行き着くことに。その都市は、未知の土地であるアメリカを目指して移動中だというのだ。久しぶりの移動都市での暮らしに喜ぶトムと、そんなトムの姿を見て嫉妬をするヘスター。やがて彼らは、大きな騒動へと巻き込まれることに・・・・・・

<感想>
 今作も移動都市を巡って、波乱万丈の展開が繰り広げられた物語となっている。作品全体を見通してみると、結構ご都合主義的というかお約束的な展開も見られ、いかにもジュブナイル作品というように受け止められる。これまで児童小説に慣れ親しんできた小学生中学生あたりが次の第一歩として読み始めるSF小説として調度良い作品であると言えるかもしれない。

 また、宇宙へ飛び出してゆくスペースオペラのような小説と比べても、異世界的とはいえ、この作品は地球が舞台になっているので、そういった意味でもとっつきやすいSFといえるだろう。

 今作では、トムとヘスターのこれからの関係に注目が行く内容となっている。また、そこにトムと親しくなろうとする移動都市アンカレッジの幼い辺境伯フレイアが関わることにより一波乱が起きる。その他にも、反移動都市連盟の残党、地中を移動しながら移動都市に寄生するロストボーイ、うさんくさい歴史家とその歴史家の支持の元アメリカを目指す移動都市アンカレジと、さまざまな要素が物語の中でからみあってゆく。そしてトムとヘスターがそれらの危機を無事に乗り越えて、その先の希望を見出せるのか、目を離せない展開となっている。

 前作の「移動都市」はその一作品のみで大波乱の物語となっており、ある意味それだけで収束していたという気もするが、今作では次回以降に展開を残すようにシリーズものらしい作りかたが成されている。ただ、次回作の設定が今作から16年後だそうで・・・・・ちょっと時間をあけすぎのように感じられるのだが・・・・・・


氷上都市の秘宝   Infernal Devices (Philip Reeve)

2005年 出版
2010年03月 東京創元社 創元SF文庫

<内容>
 ヘスターとトムがかつての氷上都市アンカレジに住むようになってから16年の月日が過ぎた。今では彼らの娘レンも15歳となり、平和な日々を過ごしていた。しかし、かつてのロストボーイの残党であるガーグルが“ブリキの本”を探しにアンカレジに来たことにより波乱の幕開けとなる。平和な日々を退屈と感じていたレンはロストボーイの手助けをし、彼らに協力したものの、アンカレジから連れ去られる羽目に陥る。ヘスターとトムは娘の行方を追って、久々にアンカレッジから飛び立つこととなり・・・・・・

<感想>
 前作から物語上16年の時が過ぎての続編、ヘスターとトムの新たな冒険が始まることとなる。ただし予想していたのは、彼らに子供ができたことにより、物語も世代交代がなされたうえで展開されてゆくのかと思ったのだが、そういうわけでもなかったのが意外なところ。

 最初の方は、ヘスターとトムの娘のレンが主として物語に登場していたものの、徐々に多視点の物語となって行き、過去の作品の主要人物が次々に登場してくる。新キャラも数名はいるものの、今までに登場したことのあるモノたちのほうが異彩を放ち、より目立っていたように感じられた。

 この作品を読んでいて印象深かったのは、物語に忍び寄る“暗さ”というもの。もともとこのシリーズはヘスターの復讐を始まりとし、物語が広がっていった作品。それが時を経た3作目になっても後を引いているのである。平和な暮らしに疑問を抱き、自分がここにいるということに違和感を抱き始めるヘスター。思春期の娘が自分を嫌っているということがそうした思いにさらに拍車をかけることとなる。そうしてヘスターは娘を助けるという目的がありながらも、久々に自由の身となった自分を解放するかのように殺戮を繰り広げる。そうした行為がトムとの溝を広げてゆくこととなろうとも。

 というわけでラストには思いもよらない結末が待ち受けている。本書はシリーズ第3巻の一冊ということなのだが、最終巻である第4巻と合わせての上下巻といってもよいように思えてしまう。そんなわけで続きが気になるのだが、果たしてヘスターたち親子に対してハッピーエンドというものはありうるのだろうか。


紙の動物園   The Paper Menagerie and Other Stories (Ken Liu)

2015年04月 早川書房 新ハヤカワ・SF・シリーズ5020

<内容>
 「紙の動物園」
 「もののあはれ」
 「月 へ」
 「結 縄」
 「太平洋横断海底トンネル小史」
 「潮 汐」
 「選抜宇宙種族の本づくり習性」
 「心智五行」
 「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」
 「円 弧」
 「波」
 「1ビットのエラー」
 「愛のアルゴリズム」
 「文字占い師」
 「良い狩りを」

<感想>
 それなりに話題となった作品であり、昨年のうちに読んでおきたかったのだが、今年になってようやく着手。著者のケン・リュウの幻想的なSFの世界を堪能することができた。近年、アジアを舞台にした作品を描く作家が紹介されることが多くなったような気がするが、ケン・リュウもそのひとりと言えよう。ただ、他のそうした作家に比べると日本の文化に対する理解が深いと感じられた。中国生まれのアメリカ育ちとのこと。

 全体的に面白いと思えつつも、癖のある内容のものも多く、あまり一般的に薦められる作品とは言えない。TVなどでも取り上げられたことにより、手に取った人もいたと思われるが、気軽に手に取ったら難解な作品に遭遇したという感じであったのではなかろうか。各作品のあとがきで著者自身も触れているのであるが、テッド・チャンの影響をかなり受けているようである。

 やはりタイトルとなっている「紙の動物園」が印象的。アメリカ人と中国人の間に生まれた息子と、中国人との母親との間の葛藤と邂逅を描いた作品。母が作った折り紙が動き出すという設定はファンタジーチックであるのだが、そうしたことを超える母の思いに心を捉えられる。

 全体的にアイデンティティに言及した作品が多いように思えるが、個人のアイデンティティではなく、家族や恋人とのつながりにアイデンティティを見出していると感じられた。

 そしたなか、縄の結び目をDNAの配列にかけ、果ては近代的な資本主義の搾取を描いた「結縄」、異星人(地球人?)とのコンタクトを、バクテリアを用いて描いた「心智五行」、不死のテクノロジーをひとりの女性の人生を通して描いた「円弧」あたりが印象的であった。

 SF小説のみならず、幻想よりの小説もしばしみられ、多彩な作家といえるかもしれない。また、アジアの革命的なものから、情報工学、そして宇宙へと知識についても幅広い。今後も色々な作品をというか、既に多くの短編作品を書いているようなので、これからどんどんと紹介されていくこととなる作家であろう。


母の記憶に   Memories of My Mother and Other Stories (Ken Liu)

2017年04月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5032

<内容>
 「烏蘇里羆」
 「草を結びて環を銜えん」
 「重荷は常に汝とともに」
 「母の記憶に」
 「存 在」
 「シミュラクラ」
 「レギュラー」
 「ループのなかで」
 「状態変化」
 「パーフェクト・マッチ」
 「カサンドラ」
 「残されし者」
 「上級読者のための比較認知科学絵本」
 「訴訟師と猿の王」
 「万味調和−軍神関羽のアメリカでの物語」
 「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」

<感想>
 読み始めた時は、これはオールタイムベストに入るほどの出来の短編集じゃないかと思ったのだが、前半の作品と比べると後半の作品はやや見劣りしてしまう。これは一層の事、前半部部のみ切り離すか、もう少し精選すればオールタイムベスト作品を作り上げることができたのではないかと、もったいなさすら感じてしまう。

 のっけから「烏蘇里羆」のハイパーSFマタギのような内容の作品に圧倒されてしまう。しかも単なる熊対人という構図に収まらないところがまた見事。

「草を結びて環を銜えん」は、遊女のしたたかさと知恵を感じさせる内容の作品であるのだが、これまたそれだけに終わらず、人情的な奥行きを感じさせる内容。

「重荷は常に汝とともに」は、SFチックな考古学的な物語であるのだが、異なる分野のものが違った視点で見ることにより、意外な結末が待ち受けることとなる。なんとなく、その道のプロフェッショナルに対する皮肉を効かせた作品のような。

「母の記憶に」は、短い作品ながら、母と子の関係と時の残酷さが見事に描きつくされている。難病を逃れるために宇宙に出て延命措置を図る母親と、地球にて母親より速いスピードで年をとる娘の物語。母親自身のためなのか、娘のためなのか、誰が悪いというわけではないのだが、なぜか残酷さのみが残る作品。

「存在」は老人ホームへ訪問を行うものの未来の姿が描かれた作品。なんとなくありがちの作品のようであるが、あえてロボットを用いているところがポイントなのかもしれない。

「シミュラクラ」は、未来のセックスマシーンの発展と、それを作り上げた父親と娘との複雑な思いを描いている。現代風に言えば、ダッチワイフ職人の娘が抱く思い・・・・・・とは、ちょっと違うか?

「レギュラー」は娼婦を襲う連続殺人鬼の正体を暴くという内容。SF的な背景とSF的な動機が見事にはまったミステリ作品。事件を追う女探偵もまたキャラクタ的に味が出ていて良い。

「ループのなかで」は、ドローンを扱った戦争における人の感情の行く末を描く。ドローンを用いているところはいかにも今風な感じであるが、感情的な部分に関しては、決して兵器の質が変わろうとも、過去も未来も戦争によるダメージの質は変わらないように思える。

 この作品以後くらいから印象に残る作品がなくなっていったように思える。後半で一番長い“関羽のアメリカ物語”も個人的には、あまりはまらなかった。ひょっとすると全編で16作という長さが飽きをもよおさせたのかもしれない。今を時めくケン・リュウの作品だからと言って、わざわざ全部を掲載せずに、精選したもののみでも良かったのではなかろうか。


生まれ変わり   The Reborn and Other Stories (Ken Liu)

2019年02月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5043

<内容>
 「生まれ変わり」
 「介護士」
 「ランニング・シューズ」
 「化学調味料ゴーレム」
 「ホモ・フローレシエンシス」
 「訪問者」
 「悪 疫」
 「生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話」
 「ペレの住民」
 「揺り籠からの特報:隠遁者−マサチューセッツ海での四十八時間」
 「七度の誕生日」
 「数えられるもの」
 「カルタゴの薔薇」
 「神々は鎖に繋がれてはいない」
 「神々は殺されはしない」
 「神々は犬死にはしない」
 「闇に響くこだま」
 「ゴースト・デイズ」
 「隠 娘」
 「ビザンチン・エンパシー」

<感想>
 ケン・リュウの最新短編集(最新と言いつつも、出たのは今年の初め)。今作も印象深い作品が数多くみられるものとなっている。

「生まれ変わり」は、人類と異人種とのコンタクトが描かれた壮大な内容。既存のものとはちょっと異なるコンタクトが印象の残るものとなっている。

「介護士」は介護ロボットが取り上げられた作品。一見、ありきたりのように思えるのだが、意外な展開がなされるものとなっている。ただ、その意外性が現実的にありえそうなものと感じられ、何気にありえる未来を予感させるものとなっているような。

「化学調味料ゴーレム」は、神様と少女とのコンタクトがコミカルに描かれた作品。神様という役どころも大変だと、楽しみながら読むことができる。

「ペレの住民」は、壮大なSFが描かれており、長編で読みたいネタと感じられた。地球から遠く離れた未知の惑星にたどり着く人類の様子が描かれているのだが、そのコンタクトよりも、残された地球の様子のほうが気になってしまう内容。

「七度目の誕生日」は、7年ごとではなく、7倍年ごとの時間差で描かれるスケールの大きな作品。

「神々は〜」でタイトルが始まる作品は三部作となっている。AIと家族が主題として描かれた物語。今や時代はロボットSFではなく、“AI”SFこそが主流か。

「隠 娘」はSFチックな忍法帳絵巻という感じの内容。今風でありながら、レトロな味わいが心地よい。


蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ   The Grace of Kings (Ken Liu)

2015年 出版
2016年04月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5026

<内容>
 六ヵ国を支配するザナ国の皇帝マビデレ。そのマビデレにより圧政が敷かれる中人々の反発は高まり、遂にはマビデレの死によって、ザナ国は反乱により一気に乱れることとなる。皇帝に一族を殺され、復讐を誓うマタ・ジンドゥ。陽気に生きながらも、何か大きなことを成し遂げたいと夢見るクニ・ガル。いつしか二人は、反乱軍の旗頭として、協力してザナ国と戦うこととなり・・・・・・

<感想>
 ケン・リュウ氏による幻想戦国絵巻、“たんぽぽ王朝記”。三国志のような内容であるが、あとがきを見ると著者としては「項羽と劉邦」を意識したものとのこと。

 基本的には歴史小説のような国盗り物語が描かれている。圧政を敷く帝国と、それに氾濫する人々の様子。そこに、若干SFチックな飛空兵器などが用いられており、普通の歴史ものとは少し異なる様相で描かれている。とはいえ、普通に三国志などを読むような感覚で読み込める作品である。

 登場人物の表記がカタカナ表記でやや覚えにくいかなと。ただ、漢字表記でも覚えやすいとは思えないので、その辺は登場人物の数が多いということもあるのかもしれない。ただ、話が進むにつれて、重要人物と思われていたものが徐々に亡くなってゆくという思わぬ展開に。これはあとがきを読んで納得したケン・リュウ版「項羽と劉邦」ゆえの作品であるからこそ、基本的にはマタとクニの二人中心の話であるからなのだと納得。

 この作品、巻ノ一、巻ノ二と別れているが、本国では一冊の本として出版されたのものを日本で上下巻という形で分けたものとのこと。ゆえに、残りの下巻も期待して読みたい。「項羽と劉邦」の通りに話が終わるのか、それとも一波乱あるのか、いったいどうなっていることやら。積読にして読むのがだいぶ遅くなってしまったが、下巻である巻ノ二は今年中に読み終えたいところ。


蒲公英王朝記 巻ノ二 囚われの王狼   The Grace of Kings (Ken Liu)

2015年 出版
2016年06月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5027

<内容>
 反乱軍の旗頭として活躍するマタ・ジンドゥとクニ・ガル。彼らの軍隊は帝国を圧倒し、徐々に都市を制圧していく。鬼神のごとき活躍で帝国軍をなぎ倒していくマタ、一方クニは首都パンで皇帝を捕えることに成功する。そんな二人であったが、感情と行為の行き違いによりマタはクニに裏切られたと解釈し、二人の仲は危険な状態となり・・・・・・

<感想>
 なんか盛り上がらなかったなぁ。というのが率直な感想。巻ノ一を読んだときはもう少し話が盛り上がるのではないかと思ったのだが。

 とにかくストーリー展開が微妙。あまりにも簡単に反乱軍が帝国を制圧してしまったように思えた。しかもそのあと、マタ・ジンドゥが元の帝国とほぼ変わらないような圧政を行っている。それならば、むしろ帝国の象徴として最初からマタを配置し、クニ・ガルとの対決という構図にしたほうが良かったのではと思えたほど。

 この巻ノ二になってから、やたらとマタとクニの人間性が卑小に見えてしまったところが物語としての一番の失敗だったような。また、戦いの場面とか、その他の場面においても、どこか盛り上がるところが欲しかったのだが、そういった盛り上がりがなく平坦な描写なまま話が進み終わってしまったというところも何とも言えないものがある。

 一応、蒲公英王朝記のシリーズとして続刊はあるようなのだが、これならば別に続きは読まなくてもいいと感じられた。とりあえずケン・リュウの作品を読むのはSF作品のみで良さそう。


宇宙の春   Cosmic Spring (Ken Liu)

2021年03月 早川書房 新・ハヤカワ・SF・シリーズ5052

<内容>
 「宇宙の春」
 「マクスウェルの悪魔」
 「ブックセイヴァ」
 「思いと祈り」
 「切り取り」
 「充実した時間」
 「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」
 「メッセージ」
 「古生代で老後を過ごしましょう」
 「歴史を終わらせた男 − ドキュメンタリー」

<感想>
 ケン・リュウの短編が集められた作品集の第4弾。今作については、今までのものと比べるとやや見劣りするような。印象に残る作品が少なかったような感じがする。ただ、今の時代を思わせるような作品をいくつか見ることができて、こういった時代性を感じられるSF作品集を読むと言うことは貴重だなと考えさせられる。

 ファンタジー風の「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」あたりは印象に残りやすい。動物に変化する種族という設定がそのままタイトルを表すものとなっている。これは、この短編のみで終わるのはもったいないと思えた作品。

 離れ離れになって暮らしていた父と娘の邂逅を描く「メッセージ」という作品も印象深い。やや残酷な終わり方のような気もするが、それを感動的ととらえるかどうかは人によるところか。

「歴史を終わらせた男」は、史実というものを残すことの難しさを表した作品といってよいのだろうか。たとえ事実を見せられたとしても、それがそのまま歴史上の真実になりえるのかどうかが難しいところ。結局は人というフィルターが入るゆえに、どう思うかは人それぞれということか。そして、それをさらに伝えるとなると、結局虚実が入り込むこととなってしまうのだろう・・・・・・といったことを考えさせられた。


円 劉慈欣短篇集   

2015年 出版
2021年11月 早川書房 単行本
2023年03月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「鯨 歌」
 「地 火」
 「郷村教師」
 「繊 維」
 「メッセンジャー」
 「カオスの蝶」
 「詩 雲」
 「栄光と夢」
 「円円のシャボン玉」
 「二〇一八年四月一日」
 「月の光」
 「人 生」
 「円」

<感想>
 今や「三体」ですっかりおなじみとなった劉氏のSF短編作品集。早くも文庫化。作品のいくつかは、新・ハヤカワ・SF・シリーズのアンソロジーにより読んだものが含まれていた。

 全体的な内容については、あまり好みではなかったかなと。というのも、SFの割には、普通の人々の生活感(しかも苦労系の)が感じ取れ過ぎるなというところ。個人的には、せっかくのSFなのだから、もっと夢とか希望を味わいたいと感じてしまうのである。とはいうものの、「郷村教師」における農村に戻ってきて教職を貫く男の人生には感動させられた。

「地火」と「円円のシャボン玉」は、どちらも技術系のSFが描かれた作品であるのだが、好みとしては「円円のシャボン玉」のように、希望にあふれるようなものが好みである。

 その他、戦争もテーマになっているとみられて、歴史的な戦争から、未来的な戦争の様子まで、種々様々な在りようを堪能することができる。また、「三体」も含めて劉氏の作品の翻訳に力が入れられているようであり、非常に読みやすいSF作品集になっているところも大きな特徴と言えよう。


三 体   The Three-Body Problem (Cixin Liu)

2006年 出版
2019年07月 早川書房 単行本
2024年02月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ナノテク素材の研究者である汪森は、軍と警察に依頼され、科学者の連続自殺事件の謎を追うことに。その事件には科学フロンティアという会が関わっているらしく、汪森はそこへ潜入捜査を行うこととなる。科学フロンティアと関わるうちに、汪森はVRゲーム“三体”というものを体験することになる。そのゲームを体験してゆくうちに、この事件の裏の思いもよらぬ目的が見えてくることとなり・・・・・・

<感想>
 巷で話題(?)の「三体」の文庫版がようやく登場。文庫化されてから読もうと思っていたので、これを機に読んでみた。買って早めに読み始めたのは、この後すぐに続編も文庫で登場することになっているので、そちらが出る前に読んでしまおうと思った次第。

 正直なところ、途中までは「続編のほうは読まなくてもいいかな」と思っていた。ただ、最後まで読むと、興味を惹かれることとなり、「やっぱり残りの2巻、3巻も読んでみよう」と考えを改めた。

 序盤は、中国国内の文化大革命史をたどるようなものでSFらしからぬ内容。そこから、三体と名付けられたVRゲームが行われる。そのゲームの中味がよくわからない内容で、話についていけず、若干躓きかける。ただ、そのゲームの内容は科学者などの知識を持ったものでなければクリアできないという設定ゆえに、しょうがない事。なんとか、そのVRのパートを乗り越え、物語の核心にたどり着くと、俄然内容に興味が惹かれることとなる。

 後半の内容についても決してわかりやすいとは言えないものの、ここまできたら物語にはついていけるようになり、最後まで読み通せるようになる。さらにいえば、物語の核心がわかったといっても、今後の展開は全く読めないものであり、今後どのように物語が発展していくのか気になるようになってくる。

 途中から思いもよらぬ壮大な展開に心惹かれて、作品に興味がわいてきた。ある種、この最初の巻が導入で、これ以後に本当の意味で物語が動き出すのだろうと予感させられる。これは続刊も読み逃すわけにはいかなそうだ。難しい内容というか、難しい要素がちりばめられている作品ではあるが、なんとか物語についていくことにしよう。




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