SF タ行−テ 作家 作品別 内容・感想

どんがらがん   Bumberboom (Avram Davidson)

2005年10月 河出書房新社 <奇想コレクション>

<内容>
 「ゴーレム」
 「物は証言できない」
 「さあ、みんなで眠ろう」
 「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」
 「ラホール駐屯地での出来事」
 「クイーン・エステル、おうちはどこさ」
 「尾をつながれた王族」
 「サシェヴラル」
 「眺めのいい静かな部屋」
 「グーバーども」
 「パシャルーニー大尉」
 「そして赤い薔薇一輪を忘れずに」
 「ナポリ」
 「すべての根っこに宿る力」
 「ナイルの水源」
 「どんがらがん」

<感想>
 短編の書き手として、それなりに名をはせているアヴラム・デイヴィッドスンの作品集。ということなのだが、読んで思ったのは、ひとつひとつの短編としては良いと思うのだが、この著者の場合はひとつの作品集として一気に読むのはちょっとつらいなという事。何かのアンソロジーで別々に掲載されているほうが読みやすいような気がする。

 何故そのように思うのかといえば、この作品集全体にまとわり付く暗い雰囲気のため。全編を通して、差別される立場の者がひんぱんに出てきたり、また暗い悪意に満ちた内容と感じられるものがほとんどであった。そういうわけで、一冊の本にしてしまうと“アク”がより強調されてしまうように感じられ、読むのには“重い”作品集となっている。

 とはいえ、ひとつひとつ見ていけばそれなりに印象的な短編も数多くあり、ラストにてどんでん返しによる皮肉が炸裂する「物は証言できない」、養老院での虚実を描いた「眺めのいい静かな部屋」、歪んだ形で描かれる少年の成長記「グーバーども」、この短編集の中では異例の心温まる話「パシャルーニー大尉」等々。

 今まで色々な作家の短編集を読んでいるが、このような雰囲気のものは初めてのこと。まさに異色作家と言うに相応しい作品集である。


アンドロイドは電気羊の夢を見るか?   Do Androids Dream of Electric Sheep? (Philip K. Dick)

1968年 出版
1977年03月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 第3次大戦により、多くの動物たちが死に絶えてしまい、今や残っているのはごくわずか。そんな中、生きた動物を飼うことが人々のステータスとなっていたのだが、多くの人々は高額なため入手することができず、電気仕掛けの動物を飼うことで我慢していた。
 アンドロイドを倒して賞金を稼ぐハンターを生業とするリック・デッカードは家にある電気羊の代わりに、生きた動物を飼うことを願っていた。そんなとき、8体のアンドロイドの存在が確認され、リックはその8体を倒して賞金を得て、それで動物を飼うことを決意する。しかし、最近のアンドロイドは人間と区別がつきにくく、判別が難しくなっており・・・・・・

<感想>
 映画「ブレードランナー」の原作として有名であり、SF史に残る有名作でもある。それをようやく今更ながら読み終えることができた。長年の積読本のひとつ。

 読んでみた感想はというと、思っていたよりもずっと精神的なものが強い作品であるということ。序盤は8体のアンドロイドを倒すということで、そこで様々な駆け引きと戦闘が繰り広げられることとなるのだろうと思っていたのだが、決してそういう作品ではなかった。

 主人公がやや悩めるタイプというか、この時代に生きている人の全てが鬱屈しているような感じ。そうした中で人間とアンドロイドとのアイデンティティに悩みつつ、動物に対する癒しとステータスを求めつつ、主人公は葛藤のなかをさまよい歩いていく。

 また、社会システムからつまはじきにされたイジドアという人物が印象的、象徴的に描かれている。かたくなに信仰を信じつつ、孤独に生活し、それゆえにアンドロイドに対して偏見を持たず、彼らを受け入れることができてしまう。こうしたイジドアの存在がさらに主人公を悩ませることとなる。

 最終的にリックがこの物語のなかで安息を手に入れることができたのかどうかはわからない。彼自身が変化しようとも、社会システムは一切変わることがないからである。しかし、彼と彼の妻との間に互いに歩み寄る気持ちが少しでも得られたのであれば、人生が良い方向へと変わりつつあると言えるのかもしれない。


偶然世界   Solar Lottery (Philip K. Dick)

1968年 早川書房 ハヤカワ・SF・シリーズ (「太陽クイズ」)
1977年05月 早川書房 ハヤカワ文庫SF (改題:「偶然世界」)
2012年06月 早川書房 ハヤカワ文庫SF <新装版>

<内容>
 ランダムなくじ引きにより権力者が代わる世界。そうしたなか、会社を解雇されることとなったテッド・ベントリー。彼は現在の権力者であるヴェリックのもとで働くことを決め、ヴェリックに会おうと試みる。間が悪いことに、その時ちょうど新たな権力者が選出され、ヴェリックは権力の座から落とされ、新たなものがその座に就くこととなった。権力者同士の争いに巻き込まれることとなったベントリーがとる行動とは!?

<感想>
 フィリップ・K・ディックの初長編とのこと。ディックの長編を読むのは「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」に続き、2作目となる私にとってはちょうどよいのだか、どうなのか?

 読んでみると、変わった設定の内容だという事は理解できるのだが、その全容についてはなかなか理解しにくい。というのも、“クイズ・マスター”というものが支配する世界という事で、クイズにより覇権を争う話なのかと思いきや、“クイズ”といった事象は一切出てこない。この辺は訳というよりは、“クイズ”というものに対する見方が日本とは異なるという事なのか。実際にはクイズではなく、偶発的なくじ引きにより権力が決められるという中での騒動を描いた物語のようである。

 物語として、あまり盛り上がらないのは主人公がいまいち自発的な行動をとっているように思えないところか。暗殺者が新たな権力者を狙い行動を起こし、対決が行われるという中盤の場面が一番の山場であった気がする。その他は、権力争いなのか、どうなのか? というような場面が続くのみ。一応の主人公がいるわりには、他の登場人物が主として行動する部分も多く、全体的に絞り込むことができなかったという感じ。また、設定と物語がきっちりと融合されていないところも残念なところ。

 とはいえ、これが初長編でありながら、ディックの出世作でもあるようだ。粗削りながらも、ディックのその後の力量の一端が垣間見えた作品と言ってよいのかもしれない。


アジャストメント   Adjustment Team and Other Stories (Philip K. Dick)

2011年04月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(ディック短篇傑作選1)

<内容>
 「アジャストメント」
 「ルーグ」
 「ウーヴ身重く横たわる」
 「にせもの」
 「くずれてしまえ」
 「消耗品」
 「おお! ブローベルとなりて」
 「ぶざまなオルフェウス」
 「父祖の信仰」
 「電気蟻」
 「凍った旅」
 「さよなら、ヴィンセント」
 「人間とアンドロイドと機械」(論考)

<感想>
 SF界の有名作家フィリップ・K・ディックであるが、私自身はまだそれほど多くの作品には触れていない。ゆえにこの短編集を購入した時も、昔に出た復刊作品なのかと思いきや、そうではなく近年新たに編纂された短編集とのこと。日本でも古くに何冊か短編集が出ていたようだが、手に入りにくくなっているようで、ハヤカワ文庫で新たに組み直しているようである。それもあってか、現在2014年ではハヤカワ文庫から立て続けに5冊の短編集が出ており、年内に6冊目も出るようである。

 それで、本書を読んでみての感想であるが、これが思いのほか楽しめた。どれもアイディアに満ち溢れたものとなっており、ハードSFというよりは、内容で読ませるSF作品と感じられた。

「アジャストメント」は、時の改変に取り残された男を描いた作品、「ルーグ」は、警鐘を鳴らす犬を描いたホラーめいた内容、「ウーヴ身重く横たわる」は、知性ある豚と宇宙船の乗組員の様相が描かれている。この3編はどれも動物が重要な(もしくはちょっとした)役割を与えられるというもの。ディックの作品は、動物をモチーフにしたものが多いのかと思ったのだが、この作品集ではこの3編のみ。「アジャストメント」も「ウーヴ・・・・・・」も、異なる内容であるがそれぞれ読みごたえがあり、一気にこの短編集に惹きこまれてゆくこととなった。

「にせもの」、アンドロイドを用いたスパイ小説。ラストが衝撃的。
「くずれてしまえ」、人々が物を生産しなくなった世界を描く。
「消耗品」、巨人を倒す話で始まりつつ、ちょっとした皮肉で終わることに。
「おお! ブローベルとなりて」、異星人に体が変化してしまう悩みをかかえた男の人生を描く。
「ぶざまなオルフェウス」、致命的な失敗をした男に与えられる新たな役割とは?
「父祖の信仰」、近未来の共産主義国にて生きる男が徐々にその真実に触れてゆくこととなる物語。
「電気蟻」、もし自分が突如、アンドロイドだと知らされたら?
「凍った旅」、冷凍催眠で宇宙航行中の宇宙船にて一人だけ起きてしまった男の憂鬱。
「さよなら、ヴィンセント」、リンダ人形を持った男の話ではなく、リンダ人形の話。
「人間とアンドロイドと機械」、発表用の原稿。ディック論としては重要な内容であるようだが、結構難しい。

 ベスト作品を選べないくらいどの短編も面白かった。短めの作品以外はどれもベストに押したいくらい。さすがディックの傑作選といったところ。「くずれてしまえ」あたりなどは、独創性が強く、その世界設定に目を惹かれた。また、「ぶざまなオルフェウス」も失敗者に着目した点というのが面白い。

 とりあえず、絶版になったら困ると他のハヤカワ文庫からの短編集を買っておいていたのだが、これは別の作品を読むのも楽しみ。残りの作品もゆっくりと堪能してゆきたいと思っている。


ユービック   Ubik (Philip K. Dick)

1969年 出版
1987年10月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 超能力者がはびこる時代、ランシターはその超能力を無効化する者を集め、超能力から身を守るための会社を経営していた。あるとき、彼らの前から突如超能力者たちが姿を消し、会社の経営に影がさす。そんなランシターの前に、会社が超能力による被害を受けているので助けてもらいたいという依頼が来る。ランシターは手の空いている社員たちを引き連れ、依頼先である月へと向かう。しかし彼らを待ち受けていたのは超能力者たちによる罠であった!

<感想>
 わけのわからなさが、絶妙なスパイスとなっているディックの幻想SF小説。

 超能力者と、その超能力から身を守るという構図はわかりやすい。ただ、そこに妙な力を持つパットという女性が登場することにより物語がややこしくなる。このパットが過去に遡り、現在に起きた出来事を修正するという能力を持っているのだが、この能力の定義がわかりづらい。どこまでが可能で、何が不可能かがよくわからないにもかかわらず、この能力による効果が物語の背景そのものとなってしまうのである。ゆえに、物語上、何が起こっているのかが不確定となり、非常に不安定な物語へと突入していくのである。

 ただ、本書はその不安定さこそが物語の核となり、その不安定で不確定が状況の中で、現実世界と、冷凍保存された人々の精神世界、パッとのわかりづらい超能力などが見事にまじりあうこととなる。さらには、タイトルにあるユービックという名のわけのわからない優れものまでもが登場し、事態は収束に向かうどころか、さらなる困難から発展へと進み続けるのである。

 あえて、はっきりと理解できる世界を描かずに、根拠の薄い不確定な世界を繰り広げたことがこの作品を成功に導いているのではなかろうか。後半の世界についてはは、わけがわからずとも、魅力的に感じられることは確かであった。


流れよわが涙と、警官は言った   Flow My Tears, The Policeman Sad (Philip K. Dick)

1974年 出版
1989年02月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 人気歌手のジェイスン・タヴァナーは、TVショーを終えた後、知り合いから逆恨みされ襲撃を受ける。そして、タヴァナーが目を覚ますと、そこは何も変わりのないはずの世界であるにも関わらず、誰も有名人である彼のことを知らないというのである。さらには、国のデータベースの中からもタヴァナーの痕跡が消えていたのである。存在しない男となったタヴァナーは、警察から追われることとなり・・・・・・

<感想>
 誰もが知っている人気歌手が、一夜にして誰も知らないことになっているという状況に陥る。しかも単に知られていなというだけでなく、国家のデータベースのなかにも彼のデータはなく、完全に世界的に存在しない男となってしまっているのである。不思議な形で描く、アイデンティティの物語といえばよいのであろうか。

 ただ、アイデンティティの喪失から、どのようにして生きていくかということを考える中で、主人公がよく遭遇するのが“愛”という言葉。いつの間にやら、アイデンティティの物語に、“愛とは”という副題が付いていってしまったような。

 話が進んでゆくと最終的に、何故このような世界に変貌したのかが語られることとなるのだが、それについてはなかなか独創的。ひとつの薬により、このように世界が変貌してしまうというアイディアはすごいといえよう。

 この作品はタイトルといい、内容といい、通俗のSFとはちょっと違う、変わったものとなっている。何故このような作品が描かれたのかは、著者であるディックがたどってきた人生にかかわりがあり、詳細についてはあとがきに書いてあるのでそちらを参考にしてもらいたい。そのトラブル続きの人生からの脱却として描かれた作品という事のようではあるのだが、その背景がわからなければ、いまいちピンとこない内容のようでもある。結局のところ、SF小説と言うよりは、ちょっと変わった形で精神的な救いを描いた小説という事なのかもしれない。


トータル・リコール   We Can Remember It for You Wholesale and Other Stories (Philip K. Dick)

2012年07月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(ディック短篇傑作選2)

<内容>
 「トータル・リコール」
 「出口はどこかへの入口」
 「地球防衛軍」
 「訪問者」
 「世界をわが手に」
 「ミスター・スペースシップ」
 「非O」
 「フード・メーカー」
 「吊るされたよそ者」
 「マイノリティ・リポート」

<感想>
 ディックの短編作品集第2弾。ディックの短編小説って面白いなぁと改めて感じられた。長編のみを読んで、ディックの小説は合わないと感じた人は是非ともこの作品集を読んでもらいたいところ。ディックに対するイメージが変わるかもしれない。

「トータル・リコール」 火星へ行くことを熱望する男が疑似体験できる施設で間に合わそうとするのであったが・・・・・・
「出口はどこかへの入口」 一青年にとっての希望を描いた作品と思いきや・・・・・・
「地球防衛軍」 戦争により人類は地下へもぐり、ロボットのみが地上で戦っているという世界の話。
「訪問者」 人類が放射能により地表に住めなくなった世界で、一部の生き残りが仲間を探す。
「世界をわが手に」 地球シミュレーションの話。
「ミスター・スペースシップ」 人の脳を搭載した宇宙船がとった行動とは!?
「非O」 感情が排除されたパラノイドと呼ばれる者たちの闘争を描く。
「フード・メーカー」 人の心を読める者たちが支配する世界の話。
「吊るされたよそ者」 吊るされた男の姿を見て驚く男、そして一向に動じない他の人々。
「マイノリティ・リポート」 犯罪予防局が全ての犯罪を抑止する世界で起きた事件。

 どれが一番と決められないほど興味深い作品が多数。一見妄想のように思える話から、神の所業へと変化していく「トータル・リコール」。別の長編作「スターファイター」のように希望に満ちた作品と思いきや、どんでん返しが待ち受ける「出口はどこかへの入り口」。皮肉の効いた切り口で物語を締める「訪問者」。「フード・メーカー」は支配者側の没落が見事なまで描き出されている。そして「マイノリティ・リポート」は、犯罪予防局の矛盾を見事に描き出した作品となっている。

 とにかくどれもお薦めで、SF短編集としては見事な出来栄え。ディックの作品を読んだことがないという人には特に手に取ってもらいたい一冊。


高い城の男   The Man in the High Castle (Philip K. Dick)

1962年 出版
1984年07月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 第二次世界大戦にて、ドイツと日本が勝利したという架空の世界。アメリカはドイツの支配下にあり、ドイツと日本の強い影響のもとで人々は生活している。日本人に対して美術品の販売をしている者、アメリカの新たな工芸品をつくろうとする者、ドイツの政変に翻弄される駐在大使、等々。そうしたなか、巷では一冊の本がベストセラーとなっていた。それは「イナゴ身重く横たわる」というタイトルで、第二次世界大戦においてアメリカが勝利を収めるという内容。その著者は高い城に住んでいるといわれているのであるが、その著者に会いに行こうとするものが現れ・・・・・・

<感想>
 いまさらながら、SFの名作とうたわれるこの作品を読了。歴史改変小説として有名なディックの「高い城の男」。第二次世界大戦において、ドイツと日本が勝利した中でのアメリカ社会を描いた作品。

 読んでみての感想はといえば、設定ありきの小説なのかなと。この設定において、その社会状況を描き切ったというところが大きいのであろう。ただ、小説としては決してわかりやすいものではなく、散文的なエピソードにちりばめられたものとなっているので、一つの流れの物語という感じのものではなかった。

 一応、その社会を通して、さらなる歴史的改変や登場人物の心変わりなどが描かれてはいるのだが、やや中途半端な感じにも思える。どれか一つのエピソードを強調するか、物語上の大きな流れを作ってもらえれば話としてはもっとわかりやすかったのではないかと感じてしまう。

 とはいえ、そういったわかりやすい物語ではなく、あえて中途半端にぶつ切りにし、その後の歴史的変換や思想の変化を想像させることにより、評価が高まった小説であるとも捉えられる。また、“易経”という占いを物語上の重要な位置に持ってきているのも独創的である。決して、とっつきやすい小説という感じではないが、物語全般にまとわりつく妙な重さが印象に残る作品。


変数人間   The Variable Man and Other Stories (Philip K. Dick)

2013年11月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(ディック短篇傑作選3)

<内容>
 「パーキー・パットの日々」
 「CM地獄」
 「不屈の蛙」
 「あんな目はごめんだ」
 「猫と宇宙船」
 「スパイはだれだ」
 「不適応者」
 「超能力世界」
 「ペイチェック」
 「変数人間」

<感想>
 ハヤカワ文庫によりディック短編作品集第3弾。さすがに3作品目ともなると、徐々に前に紹介された作品に比べると落ちてきているように思えるが、まだまだ基本的な水準は十分超えたSF短編集であると思われる。また、今作では短めの短編作品よりも、中編もしくは中編に近いくらいの長めの作品のほうが印象に残るものが多かった。

「パーキー・パットの日々」は、戦争後シェルターで暮らす人々の退屈な様子が描かれている。そうした退屈な人々が行うゲームとして“パーキー・パット”というものがあるのだが、これはバービー人形みないなものであるのであろうか? そしてゲームが行き過ぎて、その人形の暮らし自体に道徳や地域による貞操観念の違いなどが現れているところが見物である。

「超能力世界」は、タイトルのとおり超能力を持つ者たちの戦いが描かれている。数々の超能力、超能力の定義と超能力を持たないとされる者、そして次の世代へと、さまざまな要素満載の見どころのある作品となっている。

「ペイチェック」は、とある会社で2年間働いていた男が記憶を失った状態で放り出されるというもの。ただ、彼が持ち合わせていた(まるで予期して持っていたかのような)“7つの品”を使うことにより、窮地を切り抜けていく。冒険小説として面白いと思いつつも、後半では役得ずくのような、やけに実際的な展開になっていってしまったなと。

「変数人間」は、人類が地球外生命体との戦争を繰り広げる中、ようやく人類にとっての打開策が見出されることとなったとき、とある不確定要素が迷い込むこととなる。それは過去からやってきた人間であり、“変数人間”と呼ばれることに。まさにSFアクションという感じの作品。中編であるのがもったいないくらい。過去から来た謎の男・コールの活躍から目が離せなくなる。


宇宙の眼   Eye in the Sky (Philip K. Dick)

1957年 出版
1959年05月 早川書房 ハヤカワ・ファンタジイ
1970年07月 早川書房 世界SF全集(第18巻収録)
2014年09月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 ロケット工場で勤務するジャック・ハミルトンは、妻がかつて反社会組織に加わっていたことを指摘され、それを理由に工場から解雇されてしまう。その後、ハミルトンは妻と共に新型の陽子ビーム加速器を見学しに行った際に、その加速器の暴走に巻き込まれる。陽子ビームが見学者が並ぶ観測台を焼き尽くしてしまい、その場にいた8人は床へと投げ出されてしまう。幸運にも死亡者はなく、全員が病院に運ばれることに。そしてジャックが目を覚ました時、その世界は彼が今まで過ごしていた世界とは異なることに徐々に気づくこととなり・・・・・・

<感想>
 なんとこの作品がディックの作品のなかで一番最初に日本に紹介された長編作品であるとのこと。そんな貴重な作品であるにも関わらず、版権の問題でなかなか再販することができなかったらしい。しかも読んでみると、なかなかのよく出来た作品であるので、これは貴重な復刊といえよう。

 陽子ビーム加速器の暴走に巻き込まれた8人の人々が体験する奇妙な物語を描いた作品。事故が起き、死者は出なくとも怪我をして病院に運び込まれた8人が目を覚ますと、そこは今までの世界とは異なっていた! という展開。

 パラレルワールド的な展開が起こるのだが、その奇妙な世界とは何かといえば、事故に起きた8人のうちの1人の人物が描き出した世界なのである。しかも、その世界だけで終わらずに、登場人物たちは、次から次へと、8人の中の他の人物が描く世界へと投げ出されてゆくこととなる。

 ただ単に奇妙な世界を描くというだけではなく、とある一人の人物の思想や宗教観が奇怪な世界を形どるという描き方に何とも言えない味が出ている。そのひとりひとりの世界を描き出すと、ここまで歪んだ世界になってしまうのかと驚嘆してしまう。これらの描写が本書を単なるSF作品としてではなく、社会観や倫理観などといった様々なものを表現しているように思えて、妙な深みを感じてしまう。これは今まで読んできたディックの代表作に負けず劣らず、なかなかのものであると感嘆させられる作品。


ジョーンズの世界   The World Jones Made (Philip K. Dick)

1956年 出版
1990年11月 東京創元社 創元SF文庫

<内容>
 保安警察の秘密捜査官、ダグ・カシックはカーニバルで予知能力者と名乗るフロイド・ジョーンズと出会う。その出会いをきっかけに世界は動乱にみまわれることに。地球を侵略しようとする未知の生命体。避難所で密かに行われる謎のプロジェクト。そして台頭するフロイド・ジョーンズ。世界の行く末は・・・・・・

<感想>
 ディックの本にしては、やけに読みやすい! どうやら初期作品のよう。これを読むと今までのディックに対する印象も変わるかも。ちなみに2014年の復刊フェアで購入した本。

 水面下で謎の生命体による侵略が行われつつあるという世界、そこに未来予知者であるジョーンズが現れたことにより、世界は翻弄されることとなる。何故か、対生命体ではなく、ジョーンズの存在に世界が揺るがされるように描いているところがこの作品のキモというか、変わったところ。この辺は政治的というか、社会派SFのような感覚で読むことができる。

 本書のもうひとつのポイントは“避難所”に住まう謎の人々。この避難所が何のためにあるのかが、作品の中盤で明らかにされる。やがてそれが宇宙からの生命体への対策になるかと思いきや、そういう書き方はされなかった。このへん、書き方によっては大団円によるハッピーエンドにもできたのではないかと思われるが、そういう描き方をしないところがディックらしさなのであろうか。

 個人的にはモヤモヤしたものが残るのだが、それでもうまく描かれた壮大なスケールのSF作品であると思われる。


死の迷路   A Maze of Death (Philip K. Dick)

1970年 出版
1989年12月 東京創元社 創元SF文庫
2016年05月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 目的も伝えられず、辺境の惑星へと送り込まれた14名の男女。何をすればよいのかもわからなく、手持ち無沙汰であるなか、仲間のひとりが死亡する。やがて、ひとりまたひとりと集められた者達が奇怪な死を遂げることに。そして残された者達はいったい何を・・・・・・

<感想>
 ジャンルとすれば、“ゼロ・サムゲーム”とでも言えばよいのであろうか。もしくはミステリであれば、「そして誰もいなくなった」系。未知の惑星に、何の説明もなしに集められた者達が、やがてひとり、またひとりと死んでゆくという話が語られている。

 内容を語ればそれだけなのだが、それをディックらしい、不可思議さと言うか、独特な世界観が描かれている。特に今回は、それが物語として重要であるのかないのかはわからないのだが、“神”とか“神学”について描かれているところもポイントとなっているようだ。

 さらには、あとがきに書いてあったことなのだが、“落伍者”を主人公にするのがディックお得意の作風であるらしい。ただし、ひとつの物語でこれだけ多くの落伍者が登場するというのも珍しいとのこと。そうした14人の落伍者たちの先行きがどうなるのかは、実際に読んで確かめてもらいたい。


火星のタイムスリップ   Martian Time-Ship (Philip K. Dick)

1964年 出版
1980年06月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 恒久的な水不足で苦しむ火星の植民地で暮らすジャック・ボーレン。彼は会社の修理員として毎日ヘリコプターで飛び回っている。ある日、ジャックは火星の資産家であるアーニー・コットと知り合うこととなり、そこで大きく人生が狂い始める。ジャックの家の隣に住む、密輸を生業としているノーバート・スタイナー。彼には自閉症の息子がおり、そのことで日々悩んでいた。そしてスタイナーが悩んだ末にとった突発的な行動が全ての始まりの引き金となり・・・・・・

<感想>
 今まで読んだディックの作品のなかでも非常に面白く、印象深い作品であった。特にこれがディックの代表作とされているわけではないようだが、個人的にはディック作品のなかでもかなり上位に位置する作品だと感じられた。

 火星の植民地で暮らす者たちの憂鬱が描かれた作品。ふと考えると、火星の植民地というものに関しては、全てが貧しいイメージで語られているような気がする。この作品もそんな行き詰まりの様子が描かれている。さらには、その火星にある自閉症などといった問題のある子供たちが集められる施設の存在もまた物語を陰鬱にさせる要素のひとつのなっている。

 一応、物語の主人公はジャック・ボーレンという機械を修理する仕事についている男であるが、個人的には実は本当の主人公は資産家のアーニー・コットだったのではないかと考えてしまう。一見、単なる悪役という配役のアーニー・コットが実は物語の全てを動かしているといってもよく、彼の行動によりさまざまな人々の人生が変わることとなってゆく。

 この「火星のタイムスリップ」というタイトルはどこから来ているのかというと、自閉症の少年の時の流れが他の人との流れと異なると精神科医が提唱する。その理論を利用してアーニー・コットがタイムスリップを行うための機械をジャックに作らせようとするという展開。そして、その顛末は!? というのがこの物語の核なのである。

 最終的にはあるべきところに全てが落ち着くという内容のような感じがするが、そこまでに至るディテールが凄いと感じられる。陰鬱で幻想的な作調により構築される物語が見事に育まれているという感じの小説。ディックの世界観にドップリとはまることのできる作品である。


ザップ・ガン   The Zap Gun (Philip K. Dick)

1965年 出版
1989年06月 東京創元社 創元推理文庫
2015年03月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 超次元空間に意識を浮遊させることにより独創的な殺戮兵器を開発する兵器ファッション・デザイナー。東西両陣営が冷戦状態の中、西側ではラーズ・パウダードライが独創的なアイディアで次々と新たな兵器を生み出していた・・・・・・と巷では信じられているのだが、実は“殺戮兵器”というのは大嘘で、開発されているものは全て全く役に立たない代物であった。しかし事態は一変、地球にエイリアンが侵略してきたため、彼らを向かい打つための武器が必要となったのだが・・・・・・

<感想>
“兵器ファッション・デザイナー”とか、冷戦状態の裏でかわされる東西の約束事であるとか、よくぞこんな設定を考えたものだと感心せざるを得ないような作品。ただ、その設定が物語に活かしきれずに終わってしまったというように感じられた。

 肝心のエイリアン対人類の戦いが描かれておらず、人類の最終兵器“ザップ・ガン”さえもどこへやら。エイリアンを横目に、マイペースで、利益にならない日常会議を繰り返しているだけのような・・・・・・


シミュラクラ   The Simulacra (Philip K. Dick)

1964年 出版
2017年11月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(新訳版)

<内容>
 世界がヨーロッパ・アメリカ合衆国(USEA)とワルシャワを中心とする共産主義社会に二極化された時代の21世紀なかば。USEAでは、大統領夫人が権力を持つ体制へと移行。格差社会が広がってゆく中、タレントショーに出演し、大統領夫人を芸によって満足させることが、底辺の人々がのしあがる方法のひとつとなっていた。そんな時代に生きる人々は・・・・・・

<感想>
 ディックの作品などで、読んでいても話がよくわからない場合は、途中で解説を読んでみると話の流れを理解できるようになることがある。本書の場合は、途中で解説を読んでも世界設定は理解できたものの、話の流れについては結局よくわからないままであった。

 というのもこの作品、登場人物が多すぎるのである。それらがつながりがありそうでありつつも、結局はつながりがあまりないという流れになっていき、単に個々の活動で終始している。ゆえに、特に大きな道筋というものが示されていないがゆえに、なんかバタバタしながら勝手に話が収束していったという感触を受けた。

 最初は、政治や体制に対して、不満を述べたり愚痴を言ったりという庶民の生活を描いたものかと思っていた。しかし、そこへその体制側の人物も主たる人物のように登場してきてしまうがゆえに、ポイントがぶれていってしまったかのよう。まぁ、著者自身もどこに重きを置いてとか考えて書いた作品ではなかったのかもしれないが。


スキャナー・ダークリー   A Scanner Darkly (Philip K. Dick)

1977年 出版
1980年07月 サンリオ出版 サンリオSF文庫(「暗闇のスキャナー」)
1991年11月 東京創元社 創元SF文庫(「暗闇のスキャナー」)
2005年11月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(改題「スキャナー・ダークリー」新訳)

<内容>
 カリフォルニア州オレンジ郡、麻薬捜査官のボブ・アークターは潜入捜査を行っていた。目的は巷にはびこる物質Dと呼ばれる麻薬の供給源を断つためである。しかしボブは自身が麻薬に犯されることとなり、次第に意識が分裂してゆき・・・・・・

<感想>
 ディック特有のドラッグ小説とのこと。まだまだ、ディックの小説を読み足りないのか、個人的にはディックらしさなどは感じられなかったものの、雰囲気的に奥深さを感じられなくはない。と、言いつつも、巻末の解説を読んで、ようやく大筋を理解できたという始末。

 この作品、麻薬捜査官が登場し、潜入捜査を行うということがメインパートのひとつでもある。通常の小説であれば、そこに目的があり、その目的に向かっていくことで事態は収束するものである。それが本書の場合は、途中で目的どころか捜査官が自身を見失ってしまうがゆえに、到達点以前に今どこにいるのかという立ち位置さえあやふやな状況となってしまう。

 そのあやふやなところに工夫が凝らされ、本書の見所となっているようだが、そこを理解し、面白さとして見定めるのはかなり難解な作業。むしろそういった不可解な状況を分析せずに、暗闇に漂うがごとく読書にふけるという読み方こそがこの作品をより深く味わえるのかもしれない。


パーマー・エルドリッチの三つの聖痕   The Three Stigmata of Palmer Eldritch (Philip K. Dick)

1964年 出版
1978年02月 早川書房 単行本
1984年12月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 企業家のレオ・ビュレロは、謎の男パーマー・エルドリッチのことが気になっていた。パーマーは人前に姿を現さず、避けるかのようにレオとも会おうとしない。そうしたなか、レオは強引にパーマーと会おうとするのだが、すると彼のドラッグによる幻影世界に囚われてしまい・・・・・・

<感想>
 最近、ディックの作品をそこそこの量読みこなしてきたが、そこから作中でよく使われる要素をあげると、“超能力”“ドラッグ”“企業”の3つがあげられる。本書はまさにその3つが扱われたものとなっている。

 ただ、この作品のみならず、他の作品でも見受けられるのが、序盤はその3つの要素が扱われつつも最終的には超能力や企業の要素があやふやになり“ドラッグ”のみが残るという感じ。本書は特にドラッグによる幻影世界というもののみの印象が強すぎたような。

 企業で未来予知能力を発揮するバーニイ・メイヤスン、彼の地位を脅かすロンディネラ、会社へ壺を売りに行くリチャード・ナット、その妻で壺の製作者で元メイヤスンの妻でもあるエミリー、企業の取締役社長でありメイヤスンの雇い主レオ・ビュレロ、そして謎の男パーマー・エルドリッチ。こうした人々が序盤から登場する。

 ただ後半へ行くに従い、それぞれの登場場面の分量がばらけ、しばらくの間はレオが登場し、何気に主人公の座に躍り出たかと思いきや、何故かまたメイヤスンが幅を利かせ始める。さらには他の登場人物の場面がほとんど扱われなかったりとなんともバランス的に居心地が悪い。こうしたことから、いつの間にか物語から企業的な要素が吹っ飛んでしまい、個人小説のような感じで語られてゆくこととなる。

 幻影世界が出てくるまでは、企業を中心にその周辺で働く人々の様相という感じでわかりやすかったと思えた。ただ、幻影世界が出てきてから、色々なものがあやふやになってしまったような。ただ、そのドラッグによる幻影世界とあやふや加減こそがディックの小説ならではということなのであろうが。


時は乱れて   Time Out of Joint (Philip K. Dick)

1959年 出版
1978年07月 サンリオ社 サンリオSF文庫
2014年01月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 元軍人のレイグル・ガムは弟夫婦の家で居候暮らしを続けていた。そんなレイグルは町では有名人で、新聞の懸賞クイズに2年間ずっと勝ち続けるという全国チャンピオンであった。満ち足りているようで、どこか満ち足りないような生活。そんなある日、レイグルは自分が暮らしている世界に違和感を抱く。そこでレイグルは町から出ようとするのであったが・・・・・・

<感想>
 ディックの初期のほうの作品となるのかな? これは中身がわかりやすくて面白く読めた作品。

 内容はSFではよくありそうな、自分が過ごす現実に違和感を感じ、疑いを抱くというもの。よくありそうな設定と言いつつも、ひょっとしたそういった作品の先駆け的なものであるのかもしれない。ディックの作品でこのような内容のものであると、最後があやふやで幻想的な感じでおしまいというイメージが強いのだが、本書はそういったものとは異なるものとなっている。

 この“現実に対する違和感”という設定ものの作品であるのだが、最初はごく普通の家族が暮らす様子が書かれ、このへんはまるで普通小説のような感じ。それが周囲の様子に疑いを持ち始めてからは、徐々にスパイ小説のようになってゆく。そしてSF的な要素へと・・・・・・というような形で、読んでいて飽きを感じさせないような展開で物語が進められてゆく。

 ひょっとしたら古典SFというような分類になるのかもしれないが、それはともかくSFとしてきちんと楽しめる内容。これはディックの数ある作品のなかでも読んでおいてもらいたい作品のひとつ。


ヴァリス   Valis (Philip K. Dick)

1981年 出版
1982年05月 サンリオ出版 サンリオSF文庫
1997年05月 東京創元社 創元SF文庫
2014年05月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(新訳版)

<内容>
 友人の自殺をきっかけにSF作家のディックは狂い始める。自信を客観的に見るために、別の人格として“ホースラヴァー・ファット”という名前を与え、そのファットとしての行動を記述し始める。薬物体験から生じた妄想は神秘体験を経て、やがて“ヴァリス”という映画に出会うことによって、さらなる境地へと・・・・・・

<感想>
 フィリップ・K・ディックが亡くなったのが1982年なので、この「ヴァリス」を含む3部作は、本当に最後期の作品であり、死の直前にまとめられた作品といってもいいものなのであろう。そして、ディックの問題作とも言われている作品でもあるらしい。2014年に発売された新訳版により初読。

 最初、ファットという人物の視点による作品なのかと思いきや、書き手の“ぼく”による視点をあえて第三者視点として分けて描いた作品とのこと。ではその“ぼく”は誰かと言えば、著者のフィリップ・K・ディック自身。というスタンスのはずが、いつしかそのファットがディックとは別の人格を持ち行動し始めてしまうような流れになってゆく。

 友人の自殺を経て、薬物による混乱、そして医者とのカウンセリング。そのカウンセリングを経て、友人らを自殺から救うにはどうすればいいのかに悩む。それがやがて神秘体験へと移行してゆく。薬物から神秘体験というのは、ディックの小説を読んでいると決まった流れなのかなと思ってしまうのだが、実際にそれが自身の体験によるものであり、それを書き綴っているに過ぎないのかもしれない。

 後半に入り、話が全く異なる方向へ流れていく。「ヴァリス」という映画を見たことにより、陰謀説へと流れ始め、そこから地球外を感じさせるような展開となりつつあり・・・・・・なぜかそこから話が広がらず収束してしまい終わってしまうという物語。

 物語としては破綻というか、そもそも物語として描いていないような気もするので、整合性とか話の流れとかそういったものを期待するような小説ではないのであろう。ディック自身が、自身の実体験というか、頭のなかで起こったことをなんとかまとめ上げ、小説という形にした作品という気がする。そこからどのようなものを読み取るのかは、もはや読者次第というか、読者に投げ放たれたという感じの小説であろうか。


聖なる侵入   The Divine Invasion (Philip K. Dick)

1981年 出版
1982年07月 サンリオ社 サンリオSF文庫
1990年12月 東京創元社 創元SF文庫
2015年01月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(新訳版)

<内容>
 ハーブ・アッシャーは辺境の惑星にて自分のドームに引きこもり、ひたすら受信機から流れるリンダ・フォックスの音楽を聴いていた。ある日、隣のドームに住む女性ライピス・ロミーといやいやながらハーブは会うこととなる。その会合が元となり、いつしかハーブはライピスとエリアス・テートという男と共に地球へと向かわざるを得ないはめとなり・・・・・・

<感想>
 一応、“ヴァリス”三部作の2冊目の作品という位置づけ。ただし、前作となる「ヴァリス」とは物語上関係していないので、これ単体のみ読んでも問題ない。とはいえ、この作品とか“ヴァリス”三部作あたりになると一般的にお薦めできるような作品ではなく、読んでいる人もディックのファンくらいだろうということで読み方に関して今更どうこう言う必要はないのかもしれない。

 本書は「ヴァリス」と比べれば物語上の構造で複雑なところはなく、結構普通に読み進めることができる。と言いつつも、その裏に隠れているテーマについては、そう簡単に理解できるものではないと思われる。

 辺境の惑星から話が始まり、ハーブ・アッシャーが近くに住む病気を抱えたライピスという女性と嫌々知り合いとなる。そのライピスが妊娠していることを知り、エリアス・テートという男の勧めにより地球へと旅立つことに。しかし、宇宙船は事故に遭遇し、ハーブは冷凍睡眠、ライピスは死に、子供だけが生き残るという展開。その後、ハーブと生き残った子供との邂逅のようなものが行われることになる。

 なんとなくイメージ的には聖書を意識しているような宗教的な物語という感じ。実際に、死んだライピスの息子エマニュエルが神という位置づけであり、比喩でもなんでもなくそのまま宗教的な話となっている。うわべだけ見るとある種の善対悪のような話でもあり、もしくはハーブ・アッシャーの再生を描いた作品のようにも思える。その裏に秘めた真相があるとしても、そこまではなんとも理解できない内容である。果たして深読みして裏の裏まで探るべきなのか、実は表層のみの話にとどまるものに過ぎないのか、そのへんはもはや読者の判断によるものと言うことなのであろうか。


ティモシー・アーチャーの転生   The Transmigration of Timothy Archer (Philip K. Dick)

1982年 出版
1984年10月 サンリオ出版 サンリオSF文庫
1997年02月 東京創元社 創元SF文庫
2015年11月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 ジョン・レノンが亡くなった日、エンジェル・アーチャーはかつて亡くなった人々のことを思い出していた。昔、エンジェルがジェフと結婚し、二人で暮らしていたころ、義父であるティモシー・アーチャー主教とよく話をしていた。あるとき、エンジェルの友人であるキルスティンを義父に紹介したところ、その後いつのまにか二人は愛人の関係となってしまった。エンジェル、ティモシー、キルスティンと奇妙な関係のなか、エンジェルは他の二人が亡くなるまで、多くの時を一緒に過ごし・・・・・・

<感想>
「ヴァリス」三部作の最後の作品という位置づけであり、なおかつディックの遺作とされる作品。三部作云々という位置づけではあるのだが、基本的に単体の作品として十分読めるような。

 今作は、SFという感覚はほとんどなく、宗教小説的なところが色濃く出た作品となっている。内容的には意外と人間臭さが出たものとなっており、主人公であるエンジェルは、夫の父親であるティモシー・アーチャー主教と仲が良く、よく話をする関係であった。そこにエンジェルの友人であるキルスティンが入ってきて、なんとアーチャー教の愛人の座に収まってしまったことにより、エンジェルはもやもやしたものを抱え続けることとなるのである。そんな奇妙な三角関係が続く中で、さまざまな宗教的な会話がなされてゆく。

 結局のところ「ヴァリス」から通して、これら作品で何を言いたかったのかはよくわからない。ただ、自分なりに浅く解釈した中で思ったことをここに書きあらわしてみたい。

 ディック自身、または彼の思いを投影した主人公らが、友人や知人の死を乗り越えることができず、どうすればよいかと思い悩む。さまざまな方策を考えてゆくなかで、宗教に頼らざるを得ないことに。さらにこの作品では話が進み、宗教に頼ることから、亡くなったものの“復活”へと羽を広げてゆくことに。ただ、その“復活”においても満足できるようなものではなく、結局のところまたもやもやとした感情を抱くまま、悩み続けることとなる。

 と、そんな感情を表したシリーズであったと、勝手に解釈している。悩みから目を背けたり、他のもので発散したりせずに、愚直に向き合い続けて、自分の知識以上のことを求め続けてゆくと、こんな感じになっていってしまうのかなと、そんなことを考えさせられた。


変種第二号   Second Variety and other stories (Philip K. Dick)

2014年03月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(ディック短篇傑作選4)

<内容>
 「たそがれの朝食」
 「ゴールデン・マン」
 「安定社会」
 「戦利船」
 「火星潜入」
 「歴戦の勇士」
 「奉仕するもの」
 「ジョンの世界」
 「変種第二号」

<感想>
 ハヤカワ文庫によるディックの短編集の第4作品集。この作品集では主に“戦争”を取り扱ったものが集められたようである。

 退廃的な世界が描き出されているところは、どれもディックの作品らしかったかなと思われた。突如戦線に投げ込まれた「たそがれの朝食」などは、とにかく唐突としか言いようがなく、ただただ変わった設定の作品だなと。

 他には、日本での照会が初となる「戦利船」などはジョークが効いていて面白かった。ガニメデ星人から奪った船の性能を確かめようと実際に動かしてみると、とんでもない船であるということがわかるという内容。

「歴戦の勇士」も面白かった。単に昔ばなしを語るのが好きな退役軍人の話かと思えば、その退役軍人が語るのは未来の話というぶっ飛んだ内容。そこからの話の発展具合もなかなかのもの。

「ジョンの世界」と「変種第二号」は、話は別個のものであるが、設定背景は同じようにも感じられた。ロボットにより侵略された世界の様子が語られている。「変種第二号」は、ロボットと人をどう見分けるかが、裏の主題というようにも感じ取れ、それがディックの代表作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」にもかかっていたのかなと、ふと考えてしまった。


「たそがれの朝食」 朝食をとった家族が外へ出ると、外の風景は一変し、異なる時代へと・・・・・・
「ゴールデン・マン」 人類のなかで変種が生まれ、発見され次第収容される時代。そのなかに特殊なタイプが発見され・・・・・・
「安定社会」 知らぬ間に発明を申請していたとされる男は、自分がタイムマシンを申請していたことに気づくこととなり・・・・・・
「戦利船」 ガニメデ星人から奪った船。その性能を確かめるために乗り込んだ者たちが目の当たりにした光景とは・・・・・・
「火星潜入」 火星を旅立つ宇宙船に、3名のテロリストが乗っているということで乗員全員が取り調べをうけることとなり・・・・・・
「歴戦の勇士」 退役軍人だという老人の話を聞くと、どうやら本人が知らぬうちに未来から過去にやってきたようで、現在の戦争の先行きを語りだし・・・・・・
「奉仕するもの」 ロボットが全て廃棄された世界で、ロボットを見つけた青年は・・・・・・
「ジョンの世界」 タイムマシンに乗って旅する前に、ライアン心残りであった被保護者のジョンにとある処置を施す。ジョンは度々幻覚にとらわれ・・・・・・
「変種第二号」 ロボットが人類を駆逐しつつある時代、負傷兵を装った第一号、子供を装った第三号により、ロボットたちは人類のふところに入り込み・・・・・・


銀河の壺なおし   Galactic Pot-Healer (Philip K. Dick)

1969年 出版
1983年05月 サンリオ出版 サンリオSF文庫(「銀河の壺直し」)
2017年10月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(新訳:「銀河の壺なおし」)

<内容>
 集中管理された世界の中で“壺なおし”を生業にするジョー・ファーンライトは、開店休業中の身の上。ジョーは、電話で言葉の“ゲーム”をすることが唯一の楽しみ。そんなある日突如、シリウス星系のグリマンズと名乗る者から仕事を依頼される。グリマンズは何者かと調べてみると、その星に住み着く主のような存在らしい。ジョー以外にも、それぞれ特技を持つ者が集められ、グリマンズを助けるための旅に出ることとなり・・・・・・

<感想>
 これは話が途中破綻せず、最後まで楽しむことができた作品。ディックの作品を色々と読んできたのだが、序盤の設定は良いと思えたものの、中盤くらいからその設定が破綻してしまうというものが結構あったような気がする。本書では、途中で目的を見失わず最後で突っ走っていったように思われた。

 各星々から、何らかの技術を持ったスペシャリストを集めて、星に棲む主のような存在のものが自分を助けるために協力させるという内容。主人公は集められた技術者のひとりである“壺なおし”職人のジョー。

 せっかく色々な人を集めたのだから、それぞれが活躍する場を設けてもと思いつつも、そんなのを書くのはディックの小説らしくはないか。そもそも主人公のジョーも含めて、そのスペシャリストとも言われる技術については、全体的におざなりな扱い。

 それでも極力、設定や話を破綻させずになんとか持ちこたえて、目的に沿って話が進められたという感じ。まぁ、それなりに面白かったかなと。ただ、せっかくなので“壺なおし”の技術についてくらい、見せ場があっても良かったのではと思えてならないのだが。


去年を待ちながら   Now Wait fot Last Year (Philip K. Dick)

1966年 出版
1993年03月 東京創元社 創元SF文庫
2017年09月 早川書房 ハヤカワ文庫(新訳版)

<内容>
 2055年、人類が異星人同士の星間戦争に巻き込まれているさなか、人工臓器医師として働くエリックは、国連事務総長ジーノ・モリナリーの主治医となる。その出会いにより、エリックは星間戦争の交渉の現場を目の当たりにすることとなり・・・・・・。一方、夫エリックに不満を抱えるキャシーは、自由奔放な生活を続け、新種のドラッグJJ-180に手を出す。そのドラッグには、時間旅行を可能にしてしまう効果があり・・・・・・

<感想>
 読み始めは、普通小説のような感じ。物語の背景では、星間戦争が起きているということになっているのだが、そんな様相は話の流れからはあまり感じられない。それよりも、自分の仕事の先行きに悩む医師が、さらに自分の妻との関係に悩まされるというところだけが取り上げられて話が進む。そんな感じなので、普通小説と言っても良さそうな内容であった。

 ディックの作品というと、序盤は面白いが、後半になるにしたがって話が破綻していったり、わかりにくくなっていったりという感じのものが良くみられるが、この作品は中盤から後半にかけてが面白かった。特に、戦争に関する交渉を描いているところが興味深かった。国連事務総長が自分の病気を理由に会議を引き延ばそうとする暴挙ともとれる行動には目を見張るものがある。

 なんといっても本書は、ドラッグによって時間移動してしまうという設定が一番の注目点であろう。ただ、主人公のみがその時間移動の軸となっているところは微妙な気もするのだが、そんな設定の粗さが意外と魅力的と捉えられるところなのかもしれない。

 それと、あとがきを読んで知ったことであるが、どうやらディックがこれを書いていた当時、結婚生活に悩んでいたようである。浪費癖のある妻に対し、先行きどのように行動するかということが、この作品に込められていたのかもしれない。そんなディック自身の背景を考えつつ読んでみると、さらに楽しんで読むことができそうな作品である。


小さな黒い箱   The Little Black Box and Other Stories (Philip K. Dick)

2014年07月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(ディック短篇傑作選5)

<内容>
 「小さな黒い箱」
 「輪廻の車」
 「ラウタヴァーラ事件」
 「待機員」
 「ラグランド・パークをどうする?」
 「聖なる争い」
 「運のないゲーム」
 「傍観者」
 「ジェイムズ・P・クロウ」
 「水蜘蛛計画」
 「時間飛行士へのささやかな贈物」

<感想>
 ハヤカワ文庫からのディック短編集の5冊目。この作品集では政治や宗教を扱った作品を集めたとのこと。全体的にディックの作品らしさは存分に出ているが、さすがに5冊目の短編集ともなれば、突出した作品はなかったという感じ。である。

「小さな黒い箱」 ディックらしい作品ではあるのだが、明らかに短編では書き切れないような内容。十分長編にもできるネタ、というか、ひょっとすると長編作品の元になっている可能性もありそう。
「輪廻の車」 ただの宗教に関する風刺のようなものが描かれているのかと思いきや、最後の一文が唐突な世界設定の印象を残すことに。
「ラウタヴァーラ事件」 地球人と異星人の道徳的なものの違いを“死”を通して書き上げた作品。興味深い題材。

「待機員」と「ラグランド・パークをどうする?」は、続きのような設定の2編。「待機員」では、コンピュータの代わりに大統領となった男が、権力を持ったことにより、自分の思い通りに世の中を動かそうとするが、それにとって代わろうとする勢力が現れる。「ラグランド・パーク〜」は、その待機員が大統領となった世界で、フォークシンガーが、思いもよらぬ能力を発揮することに。全体的にドタバタ劇系のSFという感じで、話自体が面白い。突如発揮される特殊能力もまた見もの。

「聖なる争い」 コンピュータの反乱かと思いきや、コンピュータに入力する事象によって、世の中が変わってしまうという珍事を描いている。
「運のないゲーム」 ある種の超能力モノであり、侵略モノでもあるのだが、最終的な目的がよくわからなくて、なんとも。
「傍観者」 色々と考えさせられる話。2つの政党が市民を巻き込んで激しく争い、どちらかに加担しなければならなくなったらどうする? という話。清潔党の主張が一見バカバカしく思われるが、SFにおいて近代化された綺麗な街並みなどが描かれていることを想像すると、何気にそれは清潔党であると考えられなくもない。よって、思想としては極端ながらもありがちなのではと。そして、独裁国家や全体主義などを表した社会派SFなどと劣らずに、この話も何気に怖い。

「ジェイムズ〜」 ロボットが人類よりも上位の地位に立つという世界が描かれている。虐げられている人間たちであったが、一人の人間がそれを打破しようと画策する。ロボットと人類の関係を政治的に表すといったところが面白い。また、ジェイムズ・P・クロウによる計画が果たされた後のオチについても見ものである。
「水蜘蛛計画」 ある種のタイムスリップものである。今回の作品集のなかでは一番長い作品であるが、設定が色々となされており、長編化しても十分な内容・・・・・・かと思いきや、最後のオチが非常にうまくまとめられているので、実はこれくらいの長さでちょうど良かったのかもしれない。
「時間飛行士〜」 宇宙飛行士ならぬ時間飛行士の苦悩。死ねなかったものの苦悩、そして死にたくても死ねない苦悩が描かれている。もう一度、同じことを繰り返すと、人数が増えたりして。


「小さな黒い箱」 キューバに派遣され宗教教育を行うこととなったミス・ハヤシ。巷ではウィルバー・マーサーの苦行を共感できる黒い箱が出回る。ミス・ハヤシの恋人の演奏家レイ・メリタンテレパスとして監視され・・・・・・
「輪廻の車」 スン・ウーは白人たちの秘密結社による儀式の様子を探って来いという命令を受け、不承不承その地区へと乗り込むのであったが・・・・・・
「ラウタヴァーラ事件」 宇宙で死亡した地球人技術者に遭遇した異星人が何とかその命を救おうとするのであるが・・・・・・
「待機員」 待機大統領というお飾りのポジションにつくだけであったはずの男が、異星人の侵略により、本当に大統領になってしまい・・・・・・
「ラグランド・パークをどうする?」 政変により投獄された人気アナウンサーをなんとか自分の社のアナウンサーとして復帰させようと・・・・・・
「聖なる争い」 不調となった重要な制御を担うコンピュータの修理を任された技術者であったが・・・・・・
「運のないゲーム」 一度サーカス団に収穫をかすめとられた開拓村の人々は、超能力者を使って優位に事を運び、15体のロボット人形を獲得し・・・・・・
「傍観者」 清潔党と自然党が熾烈な政党争いをするなか、男は中立の立場を取り続けるのであったが・・・・・・
「ジェイムズ・P・クロウ」 ロボットが人間の上に君臨する世界。一人の人間が難解なテストを突破して、世界を逆転しようと・・・・・・
「水蜘蛛計画」 うまくいかなくなった計画を成功させるために、過去から未来予知できる作家を連れてこようという計画が・・・・・・
「時間飛行士へのささやかな贈物」 実験により死んだはずの3人の宇宙飛行士は、時間の輪から外れたのか、何故か生きた姿で皆の前に現れ・・・・・・


ジャック・イジドアの告白   Confessions of a Crap Artist (Philip K. Dick)

1975年 出版
1985年12月 晶文社 単行本(「戦争が終り、世界の終りが始まった」)
2017年12月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(改題・新訳「ジャック・イジドアの告白」)

<内容>
 33歳のジャック・イジドアは万引きして警察に捕まり、保護者として妹フェイが呼ばれることに。フェイの旦那であるチャーリーは、ジャックを放っておくべきではないと考え、自分たちの家にジャックを引き取ることを決める。ジャックは妹の家で、彼女の娘らの面倒をみながら家政婦としてこき使われる日々に満足感を覚える。そうしたなか、フェイとジャックの危うかった仲が決定的な亀裂を生む出来事が起こり・・・・・・

<感想>
 今回はどのようなSF模様が見られるのか? と思って読んでみたら、なんと普通小説のような内容。物語の主人公、ジャック・イジドアの妹夫婦の家庭を舞台に繰り広げられる愛憎劇。

 一応、主人公らしき人物はいるものの、多視点で描かれる構成となっているので、ある意味誰もが主人公とも言える。ジャック・イジドア、その妹フェイ、彼女の夫チャーリー、そしてフェイの不倫相手。主にこれら4人の人物の視点によって話が進められ、妹夫婦の家庭が壊れていく様が描かれている。何気に最初は主要人物とは思えなかったフェイが段々と存在感を増していき、結局は彼女の周りを他の者たちがぐるぐると回り続けていたというように思われた。

 唯一、SF的な展開と思えたところは、ジャックが怪しげな終末思想を持つ団体にのめり込んでいくところ。この怪しげな思想が最後には爆発して、カタストロフィを迎えるのではと思いきや、普通に現実的な流れのまま終わってしまう。ゆえに、結局は普通小説のまま帰結してしまうという小説であった。


いたずらの問題   The Man Who Japed (Philip K. Dick)

1956年 出版
1992年10月 東京創元社 創元SF文庫
2018年08月 早川書房 ハヤカワSF文庫

<内容>
 2114年、管理社会となった地球で暮らす調査代理店経営者のアラン・パーセル。そんな彼は、テレメディアの局長のポストを打診され、先行きは良好と見られたが、実はとある問題を抱えていた。それは、彼が一時記憶を失くし、かつての著名人であるストレイター大佐の銅像にいたずらを仕掛けてしまったのである。自分の身に何が起きているかにおびえながら生活するアランの元にさらなる厄介ごとが持ち上がり・・・・・・

<感想>
 ディックの作品にしては珍しい展開の作品だと感じられた。というのは、今まで読んだディックの作品の多くが、体制に虐げられた人々が、その状態を受け入れ、あきらめの境地のまま話が進んでいくという流れの印象。それが本書では、体制に虐げられた者による、ちょっとした反乱を描いた作品となっている。この反乱を起こすというところが珍しかったなと。

 基本路線は、従来のディック作品と変わり映えはしない。設定自体は壮大な宇宙に広がる人類の未来が描かれている。しかし、主人公ら地球人は、管理体制のなかで細々と暮らす始末。この辺は、よくある設定で、SF的な背景であっても、主人公はなんら変わり映えしないサラリーマンという感じであり、現代的な普通小説に通じるところ。そんな主人公が管理社会のなかで色々と悩みながら生活に勤しんでいくというもの。

 この作品、どうやらディックの初期作品のようであり、このころの著者としては、まだ体制に逆らおうというような血気にはやるような作品を描いていたのかなと考えてしまう。それがだんだんと、体制に流されるままという感じに思想が変化していったのだろうか。この辺は、ディック自身がたどってきた人生とも関係がありそう。


フロリクス8から来た友人   Our friends form Frolix 8 (Philip K. Dick)

1970年 出版
1992年01月 東京創元社 創元SF文庫
2019年08月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 世界が“異人”、“新人”と呼ばれる者たちに支配され、その他大勢の“旧人”たちはおろそかにされる時代。ニック・アップルトンは息子に試験を受けさせ、“新人”にしようと試みていたが、一向に試験には受からずに途方に暮れていた。そうしたある日、この体制を打倒するために、地球外生命体の力を借りようと太陽系外の宇宙へ旅立っていた反逆者トース・プロヴォーニが帰ってくるという噂が流れ・・・・・・

<感想>
 体制に逆らって、というよりは、体制に逆らう風潮に流されてという感じのような。一応、体制に逆らい、異星人の手を借りて新たな世界を・・・・・・という流れがなされているものの、肝心の主人公がその流れに乗り切れていなかった。

 ニック・アップルトンという男がこの物語の主人公であるように思えるのだが、そうではなかったのかな? 一応、登場機会といい、重要人物と絡んでいたりと、要所要所に顔を出していたような気がするのだが。

 この主人公らしきニック・アップルトンが特に主張らしきものを持たず、何故かよくわからないまま女に惹かれて行動し(それに関しても大した情熱的ではなく)、あれよあれよという間に体制の変わり目となる時代の流れに、ただ単に身を任せていくという風に展開していく。結局、意思・主張を持たないゆえに傍観者でしかなかったように思えてしまう。ディックの作品では珍しく、体制に対する反逆がしっかりとなされた作品ではあるのだが、どこか希薄な印象のまま静かに物語が終わってしまっている。


タイタンのゲーム・プレーヤー   The Game-Players of Titan (Philip K. Dick)

1963年 出版
1990年03月 東京創元社 創元SF文庫
2020年03月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 地球は、戦争によって人口が激減し、さらにタイタンからやってきた異星人との戦いにもやぶれ疲弊しきった世界となっていた。そうしたなか、人類は土地を賭けたゲームに明け暮れることに。ピート・ガーデンはゲームの名手であったが、自分の大事な土地をゲームで奪われてしまうことに。その土地を巡って、やり手のゲームプレイヤーと戦うこととなるのだが・・・・・・

<感想>
 ディックによるディックらしい作品。ディック後期の作品なのかと思って読んでいたのだが、実は初期に書かれた作品とのこと。後半の収束具合が、ディック作品にはよく見られる様相であったので、てっきり後期に書かれた作品なのかと思ってしまった。

 とっかかりというか、物語前半は興味深く読むことができた。土地を奪うゲームというものを主題とした展開は面白かった。それがサイキックの存在が前面に押し出されてきてから、全体的にあやふやな感じになっていってしまったように思われる。普通に作中で行われるゲーム主体のまま話が進んでいってくれればよかったと思えるのだが、途中からその流れがあやふやとなり、とっちらかった展開になってしまった。最終的にはまた、ゲームの流れへと戻って行ったものの、前半の流れは引き戻せなかったかなという感じ。

 とはいえ、こういった流れの作品こそディックらしい作品とも言えよう。ある意味、いつもながらのディック作品の雰囲気を楽しめる作品と言う感じではある。


人間以前   The Pre-Persons and Other Stories (Philip K. Dick)

2014年11月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(ディック短篇傑作選6)

<内容>
 「地図にない町」
 「妖精の王」
 「この卑しい地上に」
 「欠陥ビーバー」
 「不法侵入者」
 「宇宙の死者」
 「父さんもどき」
 「新世代」
 「ナニー」
 「フォスター、おまえはもう死んでるぞ」
 「人間以前」
 「シビュラの目」

<感想>
 ハヤカワ文庫からのディックの短編集の6冊目であり完結編。ディックの短編はおよそ120編くらいあるらしいのだが、そのうちの64編がこの6冊の作品集に入れられたとのこと。本書では12作品が掲載され、幻想系の作品と、子供が主人公もしくは子供をテーマにした作品を中心に選出されたとのこと。

 ディックの作品については、長編よりも短編の方がわかりやすくて取っつきやすいように感じられる。本書においても、ずいぶんとわかり易い内容のものが集められているという風に思われた。特に本書で一番の長さ(100ページくらい)の「宇宙の死者」は、通常のディックの長編であれば、超自然的なものを前面に出しての内容となりそうなところが、この作品では極めて理論的なところで物語を進行させている。内容は面白いものの、なんとなくディックらしからぬ作品と思えてしまった。

 ディックの代表作かもしれない「地図にない町」も面白い。幻の土地というネタはありそうだが、その幻が現実を侵食していくという感じの内容に目新しさを感じた。
「不法侵入者」は、結構普通に、「いや、そういう風になるだろう」というネタだと思えるのだが・・・・・・気づかない地球人の方にどうかと思ってしまった。
「ナニー」と「フォスター、おまえはもう死んでるぞ」は、新しい技術の発展と共に、買い替えがとまらない世間一般の様子を皮肉っているかのよう。

 その他、もろもろ面白かった。最初に言った通り、多くの作品が普通に進行して、普通にオチがあって、普通に楽しめたという感じ。


「地図にない町」 存在しないはずの駅までの切符を買い求めようとする男の様子を見て、実際にその駅を探そうとしてみたところ・・・・・・
「妖精の王」 田舎のガソリンスタンドの店主が突如現れた“妖精の王”と名乗る者を助けたところ・・・・・・
「この卑しい地上に」 恋人のシルヴィアが謎の生命体とのコンタクトを果たしたことにより・・・・・・
「欠陥ビーバー」 精神科に通うビーバーの雄のキャドベリー(既婚)は、川にタバコの缶を流し、見知らぬ女と文通し・・・・・・
「不法侵入者」 不法侵入を果たした昆虫型異星人が宇宙船で運んでいたものを調べてみると・・・・・・
「宇宙の死者」 組織の長である男の冷凍保存が失敗し、死亡したと思われたのだが・・・・・・宇宙からその男の声による電波が届き・・・・・・
「父さんもどき」 擬態する生物との戦い。
「新世代」 子供が生まれたと聞き、宇宙から帰還した男が見た地球社会の変わりよう。
「ナニー」 子供の面倒を見てくれるロボット“ナニー”。企業による競争開発が進むなか・・・・・・
「フォスター、おまえはもう死んでるぞ」 自分の家にシェルターがないフォスターはその状況におびえ続け・・・・・・
「人間以前」 中絶が生まれてから12歳までの子供にまで適用される社会において・・・・・・
「シビュラの目」 シビュラの書に書かれていた意味とは!?


逆まわりの世界   Counter-Clock World (Philip K. Dick)

1967年 出版
1983年08月 早川書房 ハヤカワ文庫SF
2020年07月 早川書房 ハヤカワ文庫SF(改訳版)

<内容>
 死者は墓からよみがえり、生者は若返って行き・・・・・・ホバート位相と名付けられた時間逆流現象に見舞われたせかい。そうしたなかで、ユーディ教の教祖トマス・ピークが甦ることが予見され、その体をいち早く奪取しようとする者たちが暗躍をし始める。それはやがて教祖の争奪戦に繋がって行き・・・・・・

<感想>
 なんともディックらしい作品。SF的背景のなかでドラックと宗教的な要素が語られてゆくというもの。今作では宗教的な要素が強めのものとなっている。

 一見、主題は教祖の奪還にあるように思えつつ、その実、妻や愛人を巡る争奪戦のほうが強い要素になっていた気がする。大きな流れに巻き込まれた者たちが、基本的には自らの感情に身を任せ、行動する様が描かれていたという感触であった。

 背景となる時間逆流現象、そして圧倒的な宗教観、そうしたものをよそに個人個人はただ己の欲望と愛するものを手にするために行動するのみといったような。


市に虎声あらん   Voice from the Street (Philip K. Dick)

2007年 出版
2013年08月 平凡社 単行本
2020年06月 早川書房 ハヤカワSF文庫

<内容>
 1952年、アメリカ西海岸。戦後の好況が続くものの、核戦争の恐怖があおられるなか、スチュアート・ハドリーはテレビ販売店で働いていた。妻は子どもを宿し、順風満帆な生活を送っているかのように見えたスチュアートであったが、鬱屈した思いと何やらわからぬ不満を抱えていた。そんなときに、カルト宗教「イエスの番人協会」と出会い・・・・・・

<感想>
 本書はフィリップ・K・ディックの処女作であったが、当時出版されることがかなわずお蔵入りとなってしまった。そして死後25年を経過した後、ようやく出版されたという幻の作品。日本では2013年に平凡社から出版されたものが2020年に早川書房により文庫化され、その文庫版を読了。

 読んでみてびっくりするのは、処女作にして、既にディックのエッセンスたるものの多くが作品内に内包されていること。不安を抱える主人公、宗教にのめり込んでいく様子、背景となる企業(今回は商店というレベルであったが)、こういったディックの作品でよく見られるものが、既にこの作品内で描かれている。これは、ディックの作品を10冊以上読んだ人であれば、著者の名を知らずにこの作品を読んだとしても、たぶんディックの作品だと皆が分かることであろう。

 ちなみに本書は、文学小説っぽいような中味になっていて、SFの要素はほとんどない。そんなこともあってか、誰にでもお薦めできるような内容ではなく、ディックのファンのみが読むべき作品というようにも思える。基本的にひとりの青年が自分の人生に悩みながらも、その人生を失敗を繰り返しつつも前に進み続けるというもの。主人公本人が、きっちりと選択をしていないようにも思えるので、進むというよりは、時間が経過し続けているというだけのようにも思えるのだが、それゆえに現実的という感触にもさらされるものとなっている。


アジアの岸辺   The Asian Shore (Thomas M. Disch)

2004年12月 国書刊行会 SF<未来の文学>シリーズ

<内容>
 「降りる」
 「争いのホネ」
 「リスの檻」
 「リンダとダニエルとスパイク」
 「カサブランカ」
 「アジアの岸辺」
 「国旗掲揚」
 「死神と独身女」
 「黒猫」
 「犯ルの惑星」
 「話にならない男」
 「本を読んだ男」
 「第一回パフォーマンス芸術祭、於スローターロック戦場跡」

<感想>
<未来の文学>三作目という事で、どんなものかと構えて読んでいったのだが、序盤の短編はソフトな路線なのでこれは読みやすいと安心してしまう。ところが、中盤以降からはこれまた癖のある作品ぞろい。やはりこれも<未来の文学>シリーズにふさわしいといえる珍品ぞろいの短編集であった。

 最初の「降りる」は永遠に続く下りのエスカレーターに乗ってしまった男の話。こういうのは心理SFとでもいうのだろうか。この短編集の中では一番のお気に入り。次の「争いのホネ」は死者の保存を扱った話。ちゃんとオチもあり、きわめて普通のミステリーといったところ。

 そしてこれ以降の作品から徐々に癖のある方向へと走り始めてゆく。「リスの檻」では作家自身の作家としての妄想と恐怖を描いたかのような作品。「カサブランカ」では不条理ともいえる厄介ごとにさいなまれる男の様子が描かれる。最後で暴発する男のあまりにも正直な感情が印象的であった。「アジアの岸辺」は・・・・・・・普通の幻想小説としか感じられなかった。内容よりも描写を楽しむような作品という事なのだろうか。

 中盤以降からは風刺的な内容の作品が多く見られるようになる。「国旗掲揚」「死神と独身女」「本を読んだ男」「第一回パフォーマンス〜」らが、それぞれ異なる材料を用いて、非現実的な様相を現実にからめながら社会を皮肉っていると感じられた。特に「第一回〜」にいたっては、取り上げるべき主題が多すぎて、もはや何を皮肉っているのかさえわからなくなっている。

 後半にて印象的だったのは「話にならない男」。これは人と人とのコミュニケーションがSF的に描かれており、その中で人との接点を見出しながら社会的にのし上がって行こうとする男の様子が描かれている。これは1978年に書かれているのだが、未来を見すえて、コンピューター社会の氾濫を警句した風刺的作品ととるのは考えすぎであろうか。とはいえ、ラストはけっこう良い話のようにまとめられていたりする。

 そして本作品中もっとも強烈なのは「犯ルの惑星」(←もちろん「猿の惑星」をもじったものだろう)。仮想的な未来を創作し、男女のコミュニケーションをバカバカしい形で描いたバカSFの傑作。近未来SF風、織姫と彦星・・・・・・と言ったらこれも言い過ぎか。


歌の翼に   On Wings of Song (Thomas M. Disch)

1979年 出版
2009年09月 国書刊行会 SF<未来の文学>シリーズ

<内容>
 歌うことにより肉体から精神を解き放つこと、それが“飛翔”である。その“飛翔”することに夢を見るダニエル少年。彼は人生を過ごすうえで常にその“飛翔”に捕らわれ続ける。そうした彼が送った人生とは・・・・・・

<感想>
 SF作品ということであるのだが、一見、アメリカの純文学作品のようにも思えてしまう。それのどこがSFたるのかと言えば、“飛翔”という設定がなされているところ。

 一応、舞台は近未来のアメリカということなのだが、科学的にアメリカが進歩しているというよりも、文化的に現在とは異なる状況にあるととらえられる。このような舞台でダニエル・ワインレブという人物の人生が書きつづられる。

 この作品を読み終えた時には、“飛翔”というのはあくまでも現実における幽体離脱のようなもの、もしくは植物状態にある人の様子を描いたもので、あくまでも抽象的な役割でしかないのかなと考えた。そうした現実的であるが漠然としたものを“飛翔”というものに例え、そこにダニエルという普通の人物を配置し、この近未来の設定の中に生きる様子を描いただけというようにも感じられた。

 あとがきを見ると“飛翔”というものは決して付け足し的なものではなく、抽象的なものでもなく、著者はまず始めに“飛翔”ありきで作品を創っていったのだという。そうすると、やはりこの“飛翔”こそが物語の中心であったのだろうか。しかし、そうすると後半に至っての主人公の“飛翔”への戸惑いの様子が理解しにくくなってくる。あこがれのものはあこがれのままでよいのか、それともあこがれ続けることこそが人生なのであろうか。

 物語として単調な気もするのだが、各章をまたぐときにはそれぞれ大きな事件が起き、徐々に目を離すことができない内容となっている。とはいえ、思想を描くものとして難しい内容といえるので、読み通すのもなかなか大変であった。読み終えた後に、ダニエル・ワインレブの生涯とはいったいどのようなものであったのかと考えずにはいられなくなる作品である。


完璧な夏の日   The Violent Century (Lavie Tidhar)

2013年 出版
2015年02月 東京創元社 創元SF文庫(上下巻)

<内容>
 第二次世界大戦の直前、世界各地に突如現れた特殊能力を持つ者たちは“超人(ユーバーメンシュ)”と呼ばれ、彼らは戦線に投入されていった。イギリスの諜報機関によってスカウトされた、フォッグとオブリヴィオンのコンビは、彼らのボスであるオールドマンの命ずるまま、各地の戦線を渡り歩く。そして、その戦争から数十年が経過したのち、フォッグはオールドマンから呼び出され、過去の件について事情聴取を受けることとなり・・・・・・

<感想>
 今年度の「SFが読みたい!」のランキングに掲載されていた作品のなかで興味を持ったので、購入して読んでみた次第。本書の特徴は、超能力を持った者たちの戦闘を単に描いただけではなく、史実を通して、彼らの行く末を描いているというところ。また、序盤の様子はイギリス作品らしいスパイもののような感じで物語が始まってゆく。

 単なるヒーローものではなく、史実をしっかりと描きつつ、そのなかで活躍もしくは苦悩する主人公たちの様子が描き出されている。そうして歴史を通して、超能力を持った者たちの姿を描き上げた作品なのかなと思いきや、それだけではなかったようである。

 読み終えてみると、全体的に微妙な内容の作品と感じられてしまった。というのは、主題が色々とありすぎて、どこが焦点なのかということがわかりにくく感じられた。結局のところ、単にヒーローものを描きたかったのか、史実を通してのSFを描きたかったのか、それとも友情と恋愛を描きたかったのか? そのどれもが中途半端に混ざり合ったように思われて、やや消化不良気味に終わってしまったという感じであった。


アインシュタイン交点   The Einstein Intersection (Samuel R. Delany)

1967年 出版
1996年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 遠い未来の地球。人類は今とは違う形に変貌を遂げ、想像しえぬ文明を築き上げていた。その地球に生きる人類のひとり、ロービー。彼らが暮らす村の中で、不思議な力を持ったロービーの恋人が突然死んでしまった。ロービーはその死の謎を巡る旅へと出ることになるのだが・・・・・・

<感想>
 SF作品の名作に数えられる一品と知り、読んでみたものの・・・・・・これまた難解な作品だとしか・・・・・・。この作品が未だ訳されていなければ、たぶん国書刊行会の<未来の文学>あたりで訳されていたことであろう。そんな感じの本。

 上記の内容のところに「人類は今とは違う形に変貌を遂げ、想像しえぬ文明を築き上げていた」などと書いてみたのだが、この文明自体について作中に全てが書き込まれているわけではない。あくまでも主人公であるロービーを中心に物語りは進められているので、ロービーが経験していないこと、理解し得ないことについては、あまり事細かに書かれてはいない。ゆえに、遠い地球の未来が描かれているとはいっても、ロービーが経験するさまざまな描写から、瑣末な設定については予想していかなければならない。

 そんなわけで一度読んだだけではなんとも判別のつかない本。短いページ数ながらもそこには、人類の進化と退化、その変異による隔離と差別、等々と色々な興味深い主題が盛り込まれているように感じられる。故に、読むたびに新しい発見があり、読むたびに違う感想を抱く事になりそうなそんな作品である。


ダールグレン   Dhalgren (Samuel R. Delany)

1974年 出版
2011年06月 国書刊行会 <未来の文学>(T、U分冊)

<内容>
(省略)

<感想>
 積読の難書をようやく読了。T巻は昨年読んだのだが、その後すぐにU巻に手をつける気にならず、今年になってようやく手をつけ読み終えることができた。T巻、U巻とも500ページを誇る大作。内容が決して難解というわけでもないのだが、何を表現したいのかが、さっぱり理解できない不思議な作品。

 冒頭、超新星のように男女が登場し、記憶のおぼつかない男のみが残される。自ら詩人と名乗るこの男が主人公。物語の舞台となる都市ベローナ、そこで主人公はキッドと呼ばれることになり、様々な人々と邂逅する。最初は地球が終末を迎え、最後に取り残された都市がベローナなのかと思えたのだが、話が進むにつれてそうでもなさそうと感じてくる。また、この都市が他から隔絶された場所にように思えたのだが、実際そうでもなく、徐々にあやふやになってくる。

 その都市のなかで、主人公は異形の者たちと出会い、かと思えば普通の人々と暮らし、さらにそこを追い出され、やがてはヒッピーのコミューンみたいなところに住むこととなり、そこでフリーセックス主体の生活を送り続けるという展開。後半のU巻では、延々とフリーセックス主体の性活描写が語られていくという感じ。

 読む前は、難解な書というか、奇書的な扱いをされた問題作という感じにとらえてしまったが、実際に読んでみるとそういう印象の本ではない。前半はSFとしても深い話のように思えたのだが、後半は普通にヒッピー・コミューンを描いたという感じでしかなかった。こうしたものが書かれた背景としては、あとがきによる著者が送ってきた人生にあることがわかる。だからといって物語の内容を理解できるかというとそうでもない。本国でも決して全面的に賛同を得た小説ではないということもあり、日本人にとっては、より理解しがたい内容ではないかと思われる。


バベル−17   BABEL-17 (Samel R. Delany)

1966年 出版
1997年07月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 太陽系を含む同盟軍は破壊活動を行うインベーダーとの戦闘を繰り広げていた。そうしたなか、インベーダーによる謎の通信“バベル−17”が傍受された。同盟軍はその通信を解読しようと、天才詩人リドラ・ウォンに依頼する。ウォンは謎を解明すべく、乗組員を選別し、宇宙へと旅立つ。

<感想>
 最初は語学系のサイエンス小説なのかと思いきや、いきなりスペースオペラばりの展開を見せてゆくこととなる。

 レスリングが行われる中から宇宙船パイロットを決定し、死者の中から乗組員を選び出し、スパイによる破壊活動にもめげず宇宙へと飛び出し、やがてインベーダーによる事故現場へとたどり着き、一人の男を見出す。さらには、宇宙空間での戦闘も繰り広げる。

 というような華々しい展開が行われるのだが、それぞれの基本的な事柄がわかりやすく書かれているという小説ではない。何がなんだかわからないなかからも、主人公であるリドラ・ウォンに引きずり回されていくというそんな感じ。

 なんとなく読んでいるときは、もっと設定や人物像をわかりやすく描けばいいのにと思ったのだが、実はこの作品を300ページというコンパクトな分量に収めたことにこそ価値があるのかもしれない。また、必要最小限の説明により、あえて想像力の羽根を伸ばすという、そういった小説なのかもしれない。


ドリフトグラス   Driftglass (Samuel R. Delany)

2014年12月 国書刊行会 未来の文学

<内容>
 「スター・ピット」
 「コロナ」
 「然り、そしてゴモラ・・・・・・」
 「ドリフトグラス」
 「われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む」
 「真鍮の檻」
 「ホログラム」
 「時は準宝石の螺旋のように」
 「オメガヘルム」
 「ブロブ」
 「タペストリー」
 「プリズマティカ」
 「廃 墟」
 「漁師の網にかかった犬」
 「夜とジョー・ディコスタンツォの愛するこども」
 「あとがき−疑いと夢について」
 「エンパイア・スター」

<感想>
 まさにSF作品集という感じ。見知らぬ通り、見知らぬ街を歩いているような感覚に陥るような作品集。

「スター・ピット」が印象的。 最初は“生態観察館”という生物の進化のシミュレーションのようなキットを主人公が観察し、そこから波乱が始まるのかと思いきや、話は全く別方向へ。宇宙を渡り歩きつつ、整備工場で働く主人公は”ゴールデン”と呼ばれる者たちと知り合いとなる。彼らは長寿命ゆえに、宇宙の果てまで旅ができるという特殊な人間。物語の後半は、そのゴールデンらや他の整備工らと邂逅やちょっとした諍いなどが描かれる。ただ、前半の“生態観察館”というテーマのみで良かったような気がした。後半に入り“ゴールデン”とかその他の要素も組み込まれ、徐々に主題がぶれていったような気がする。

 分量的に言えば「コロナ」あたりがちょうどよさそうな感触。刑務所で悲惨な目にあった少年と、人の心が読めるゆえに何度も自殺を試みる少女との出会いを描いたもの。“コロナ”とは、有名なミュージシャンが歌う曲。その曲を通して少年少女は出会い、ほんの少しの邂逅を遂げる。世界も二人の人生も、ほとんど何一つ変わることはないのだが、にも関わらず物語の最後には心温まることとなる。

「ドリフトグラス」は、とある漁村の話。その村では、海を渡す電力ケーブルを引く計画がなされていた。過去に大きな失敗があったが再びその計画が実行されようとする。という背景のなかで、事件当時者であるかつての漁師キャルの視点から描く。キャルを含め村人たちが人工か、天然か、半魚人のような生態を持っているようであるが、それについてはあまり意識することなく読み進めることができる。背景こそSF設定でありつつも、ごくありふれた近代化をはかる漁村の様子をドラマ風に描いた作品という感じ。

「われら異形の軍団は、地を這う線にまたがって進む」 全世界動力委員会は、世界中に電源ケーブルを配置し、コンセントから電力を供給できるように工事をして回る。ブラッキーが仲間と共に電力を引いて回る旅の途中、ひとつの村に出くわす。そこでは、昔ながらもコミュニティを維持する村であり、電力の供給を望んではいなかった。
 色々な解釈ができる話。浅く見れば、道路拡張工事を行う際にそれを拒む者たちの小競り合い。深く見れば、宗教や風習を強制して回る中で、それらに関係なく生きる者たちとの交渉や争いを描くとも捉えられる。見るべきところが多い作品ではあるものの、後半のコミュニティの崩壊に関して、その理由がよくわからなかったところが難点。

   この作品集を読んで感じたのは、話が長くなればなるほど主題らしきものがどんどんとぶれていくように思えたこと。面白そうな要素をはらんでいたとしても、話が長くなると、話の目的が変わって行ってしまうような。それは、最後に掲載されていた「エンパイア・スター」という物語にも言えるような。それでもまだ「エンパイア・スター」はまとまっていたほうか。

 前半はSFらしい作品という気がしたが、後半は色々な作品が詰め込まれていた。童話風の「タペストリー」や童話風で冒険譚でもある「プリズマティカ」、「廃墟」や「漁師の網にかかった犬」は神話風の物語。


故郷から10000光年   Ten Thousand Light-Years from Home (James Tiptree Jr.)

1973年 出版
1991年04月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 粒子加速研究所の大惨事が、地球を壊滅させ、ひとりの男を時間の乱流へと押し流した。だが男の意思は強かった。彼はおのれの足で失われた“故郷”へと歩いて帰るべく、遥かなる旅に出立したのだ。「故郷へ歩いた男」ほか、ティプトリーの華麗なるキャリアの出発点である「セールスマンの誕生」、最高傑作と名高い「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」など、全15篇を収録するSFファン待望の第一短篇集。

<感想>
 ディープなSF短篇集。本のページをめくると、いっさいの細かい説明などはなしに、遥かなる異世界に突如投げ出される。そしてそこで数々のSFへの異世界や未知なる人々と遭遇することができる。現実世界にはもう飽きた方に。ディープなSFの世界を楽しみたい方にお薦め。


たったひとつの冴えたやりかた   The Starry Rift (James Tiptree Jr.)

1986年 出版
1987年10月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 「たったひとつの冴えたやりかた」
 「グッド・ナイト、スイートハーツ」
 「衝 突」

<感想>
 この著者の作品は前に一冊だけ読んでいて、その印象から本書も難しいハードSFなのであろうと思っていたのだが、そんなことはなく、かなり読みやすい作品であった。これは「夏の扉」と並ぶ、格好のSF入門書と言えるのではないだろうか。

「たったひとつの冴えたやりかた」
 表題作にもなっている作品であり、この作品集の中でも当然のごとく一番といえる作品に仕上げられている。
 人間と宇宙生物との邂逅、ようするに“未知との遭遇”ものであるが、なんといっても主人公の人物造形が良い。主人公は好奇心旺盛で天真爛漫ともいえるような性格の16歳の少女。この少女が未知の生物と遭遇し、事件に巻き込まれてゆく事となる。
 全体的に見れば悲劇的な内容といえるのだが、それを少女の性格がカバーすることによって、明るいテンポによって話が進められていくこととなる。ただ、その少女の明るい性格により、救われつつも、よりいっそう涙を誘う結末が待ち受けることに・・・・・・

「グッド・ナイト、スイートハーツ」
 舞台は前の作品と全く異なり、今度の主人公は宇宙船のサルベージをしている経験豊かな男性。本編の内容を大雑把に言えば、時を超えたラブストーリーというところか・・・・・・いや、この表現は少々大げさであるかもしれない。
 また、内容としても奴隷商人と戦うといった、冒険的な小説になってはいるものの、主人公のミスによって話が大きくなっただけということもあり、あまり感心するような作品であるとは言い難かった。

「衝 突」
 この作品は、他の2編に比べればそこそこ難しい内容であると言えよう。これも“未知との遭遇”を描いたものであるが、個人レベルではなく、国家レベルの話となっている。
 異星人同士の邂逅を描いている故に、言葉のやりとりがきちんと成立せず、やきもきした状態が続くように描かれている。こういう場面はうまく描かれていると思いつつも、話がなかなか進まないことにより、ストレスを感じられもする。
 ただ、作品全体で評価すれば、異星人同士のコンタクトと、個人レベルでのそれぞれの行動というものがうまく描かれた作品であると感じられた作品であった。


輝くもの天より墜ち   Brightness Falls from the Air (James Tiptree, Jr.)

1985年 出版
2007年07月 早川書房 ハヤカワ文庫SF

<内容>
 美しき惑星ダミエム。そこには、翼を持つ美しい妖精のような種族が住んでいるのだが、その種族が分泌する液体が人間にとって美味ということが発見され、人類から迫害を受けたという歴史があった。今ではそういった迫害も収まり、連邦行政官の手によって惑星は平和に管理されている。そんな惑星ダミエムに、以前に爆発した星の残骸が接近し、上空にオーロラを何倍も壮麗にしたような光景が見れるとあって、十数人の観光客が来ることとなった。その観光客の中には、正体不明のものも交じっていて、やがて事件が起こることとなり・・・・・・

<感想>
 家に会ったSF作品の積読本。「たったひとつの冴えたやりかた」で有名なジェイムズ・ティプトリー・ジュニアであるが、長編作品は少なく、本書を含めて2冊しか書いていないとのこと。

 この作品、サスペンス・ミステリのような内容となっていて、SFとしてはとっつきやすく、楽しんで読むことができた。物語はダミエムという妖精のような原住民が住む惑星での出来事を描いている。ダミエムは、さまざまないきさつにより現在は連邦政府から派遣された3人の人類によって管理されており、本来ならば人が訪れるような場所ではないのだが、星の残骸が惑星に近づくという現象を見ようと、少数の観光客が訪れることとなる。それら観光客の中に、とある意図をもってその星に訪れた者たちがおり、彼らが騒動を起こし、それらを連邦行政官らが食い止めようと尽力する。

 そういった内容がサスペンスフルに描かれたものとなっている。なかなか面白い展開で、興味深いものではありつつも、しばし欠点も見られた。サスペンス風な物語の割には、全体的に冗長という感じであり、もっと話をスピィーディーにまとめてもらいたかったところ。また、登場人物が多く、群像小説的な感じとなってしまっているのだが、そこは主要キャラクターをきちんと決め打ちしてしてもらいたかった。意外と主要キャラクターに成り得た人物が多かったと思われるので、人物造形のうえでもなんとなく物語的にはもったいと思われた。また、肝心なサスペンスの部分が、あまり惑星ダミエムという背景を生かし切れていなかったように思えたところも、ちょっと残念であった。

 と、色々と書きつつも、基本的なところでは面白い作品として仕立て上げられていると思われるので、十分に楽しめる作品ではある。また、やや分厚い作品でありつつも、これはSF初心者でも楽しめそうな作品となっている。いつくかSF作品を読んだのだが、次に何を読めばよいかわからないと思った人にはうってつけの作品と言えるかもしれない。




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