ブラインドサイト Blindsight (Peter Watts)
2006年 出版
2013年10月 東京創元社 創元SF文庫(上下)
<内容>
突如、地球に65536個の異星からの探査機が飛来する。太陽系外縁に巨大な構造物の存在を確認することができ、未知の生物の存在を地球は感知する。その“もの”と、ファーストコンタクトをとるべく一隻の宇宙船が送られた。そこには、古代からよみがえった吸血鬼を指揮官とし、生物学者、四重人格の言語学者などが乗り込み、未知の生物との接触をはかる。そして、彼らが体験したものとは・・・・・・
<感想>
2013年のSF話題作。謎の生命体とのファーストコンタクトが描かれた作品。
謎の生命体と接触するべく地球から送られた人物は、指揮官である“吸血鬼”、機械化された生物学者、四重人格の言語学者、軍事を担当する革命意識の高い少佐、脳の半分を失ったがゆえに相手の反応を読み取ることにたけた主人公。
なんとなく、登場人物の属性を描くと、スーパーマンたちと、未知の生物の戦いのようなものを想い描いてしまうかもしれないが、アクション色が強いキワモノ作品では決してない。といって、それぞれの登場人物の設定が生かしきれた精神的なつながりを描いた作品というわけでもない。なにしろ、吸血鬼という設定にしても、さほど詳しく本文で説明されているわけではない(あとがきの注釈にて説明あり)。
本書は、主人公視点の物語であり、その目から見たファーストコンタクトの様子が描かれている。とはいえ、そのファーストコンタクトに至っても、きちんと展開や結末が描かれているといったものではなく、予想外の極めて漠然としたもの。また、相手側の様相を意識するどころか、味方陣営の感情でさえ、きっちりと理解できないありさま。
全体的になんともまとめきることができない作品であり、あくまでも個人視点の“意識”を取り扱った独白といった小説なのであろうか。テッド・チャンによるあとがきがつけられているものの、それを読むとますます混迷きわまってしまう。今まで読んだSF作品でも、理解しがたい難しいものは色々とあるのだが、それらとはまた別のベクトルの難しさを感じ取れる作品。理解しがたいがゆえに、話題作となったのかもしれない。
エコープラクシア 反響動作 Echopraxia (Peter Watts)
2014年 出版
2017年01月 東京創元社 創元SF文庫(上下)
<内容>
西暦2082年、地球を包囲した異星探査機群。その調査に向かった宇宙船テーセウスが太陽系外縁で謎の知的生命体と遭遇してから7年・・・・・・消息を絶ったはずの船から送られたと思われる謎のメッセージを巡り、地球では集合精神を構築するカルト教団、軍用ゾンビを従えた吸血鬼、そして人類らの熾烈な戦いが始まろうとしていた。生物学者ダニエル・ブリュクスはその渦中に飲み込まれることとなり・・・・・・
<感想>
ピーター・ワッツ作の「ブラインドサイト」に続く続編。それでは本書を読む前に「ブラインドサイト」を読んでおかねばならないかというと・・・・・・まぁ、読んでいようが読んでいまいが、どちらにしろ本書の内容はよくわからないような・・・・・・(私だけか!?)。
前作では、異能化した人類が宇宙船で旅立ち、宇宙人とのコンタクトを行うというものであった。しかし、今作ではその宇宙人についての言及は少なく、異能化した人類同士の争いが描かれている。もはや宇宙人を描く必要などなく、既に地球人たちの方が宇宙人ぽいという感じがした。
本書の下巻を取り上げると、肝心の物語はページ数の3分の2に達しないくらいのところで終わっている。後は参考文献や謝辞が書かれているのだが、その後に特別収録短編として「大佐」という40ページほどの作品が収録されている。これは「エコープラクシア」直前の物語であり、こちらを先に読むと、「エコープラクシア」の背景がよくわかるものとなっている。よって、まだ読んでいない人はこの短編から読むのもありかと。もしくは本編→短編→再度本編と読むほうがより味わい深いかもしれない。ちなみに個人的には短編のほうを落ち着いてじっくり読んでみると、意外に内容が把握できたので、本編の方も時間のあるときにゆっくりじっくり読めば、中身がより理解できるのでないかと・・・・・・ようは、飛ばし読みには向かないハードSFだと。
巨 星 The Island and other stories (Peter Watts)
1994-2014年 出版
2019年03月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
「天使」
「遊星からの物体Xの回想」
「神の目」
「乱 雲」
「肉の言葉」
「帰 郷」
「炎のブランド」
「付随的被害」
「ホットショット」
「巨 星」
「島」
<感想>
「ブラインドサイト」で有名となったピーター・ワッツの短編集。ワッツの作品を読んだことのある人であればわかるだろうが、その内容は難解。ゆえに、ここに掲載されている作品群もなかなかのツワモノぞろい。編集者もそれを察してか、扉に一言、完結に物語の背景を書いてくれているので、読むうえでそれが非常に助かった。これがなければ「乱雲」の雲が支配する世界という背景など、全く伝わらないまま読み終えてしまいそう。
全体的に、無機質さと人のぬくもりとの狭間を描いているという感じがする。一見、どちらかに偏りそうでありつつも、結局は振り切りすぎないように創られているような。ドローンAIを描いた「天使」は無機質さを感じ、「遊星からの〜」では人のぬくもりを描いているように感じられたが、決して一方向に振り切れず、その狭間でとどまるというような感触を得た。
編者の事前解説により助けられてはいるものの、全体的に難解な内容が多いので、一度読んだだけでは、なかなか印象に残りづらい作品ばかりと感じられてしまう。そうしたなかで最後の3作「ホットショット」「巨星」「島」が三部作のような形となっており(実際には密接につながった物語というわけではないが)、ある程度世界観に浸りやすい。ただ、それでも登場人物の行動が決して明快なものとは感じられず、とまどってしまう部分のほうが多いのだが。
6600万年の革命 The Freeze-Frame Revolution (Peter Watts)
2018年 出版
2021年01月 東京創元社 創元SF文庫
<内容>
銀河系にワームホールゲートを構築するために作られた恒星船<エリオフォラ>。その船に乗る者たちは冷凍睡眠状態にあり、必要な時だけ“チンプ”と名付けられたAIにより起こされながら旅を続けていた。地球を出発してから6500万年、もはや人類や故郷の存続も定かではないなかで、一部の乗組員たちが反乱を起こすことを計画する。乗組員のひとりであるサンディは、AIのチンプとの邂逅から、どちら側につくか迷い・・・・・・
<感想>
船を管理するAIに対して反乱を起こす者たちと、AIよりの主人公との葛藤と、その事件の行く末を描いた作品。しかもそれが冷凍睡眠により、何万年も宇宙をさまよう船の上で起きている事件ゆえに、ただならぬ状況となっている。
船内にいる者たちは、冷凍睡眠から覚めて起きている間の時間は、わずか数年ということになりつつも、その間に人類が進化しているのか、衰退しているのかという状況さえもわからない。そうした不安のなかで、AIに支配されるという不信感が人々の間で芽生え始めることにより、こうした反乱行動を引き起こすこととなる。そんな特殊な環境下で起こる事件の顛末が描かれている。
こうした環境下でなくとも、星間をわたる宇宙船において、何年もの月日が流れる長期間の移動であれば、AIやコンピュータと人間との諍いのようなものが起きてもおかしくはないであろう。昔であれば、基本的には宇宙船の管理者は人間というものが普通であったような気もするが、長い期間にわたる宇宙航行を描くとなれば、AIによる管理というのも普通に受け入れられるものである。今後は、こうした人とAIとの対立を描くような作品が多く書かれていくような(元々、人対コンピュータというもの自体がすでに珍しくはないかな?)。
また、この作品では短編として「ヒッチハイカー」という作品が掲載されている。これは同じく恒星船<エリオフォラ>で起きた出来事が書かれている。内容は未知の宇宙生物との接触が描かれる内容。ただ、その内容よりも、この「ヒッチハイカー」が「6600万年の革命」の話、以前なのか以後なのかが気になるところ(もしくはその途上なのか)。
エンベディング The Embedding (Ian Watson)
1973年 出版
2004年10月 国書刊行会 SF<未来の文学>シリーズ
<内容>
“埋め込み(エンベディング)”構造を応用して言語の研究をしている言語学者クリス・ソールは異星人とのコンタクトという重要な使命与えられ、それに挑むことになる。
一方、ソールの旧友ピエールはアマゾンの奥地に住む部族がドラックを使用し未知なる世界を経験することができるという事を知り、その調査に向かうのだが・・・・・・
<感想>
<未来の文学>シリーズの前作「ケルベロス第五の首」は難解な小説という印象が強かった。そして本書も同様に難解といえるのだが、ただどちらかといえば難解というよりは“分りづらい”といったほうが適しているように思える。
本書の要素となっているのは、子供たちをシミュレーションにかけての不可思議な言語の研究、ドラッグによって不思議なトリップをする南米の部族についての調査、その部落に対してのダム崩壊を企てるテロ行為、そして異星人とのコンタクトと盛りだくさんの内容となっている。しかし、これらの内容相互がどこまで関係しているのかというと、それは非常に微妙なところだと思われる。よって、分りにくい事象が分りにくい配置によって並べ立てられている物語という印象のみが強く、そのひとつひとつの要素をほとんど理解することができなかった。
唯一分り易く面白かったと思えたのは、異星人とのコンタクトの部分。異星人とのコンタクトといっても、これが地球人側に対する要求というような交渉がなされ、なんとなく商人同志の駆け引きと感じられるものになっている。ただ、この異星人とのコンタクトの部分も、最終的にはどういった形で決着がついたのかがはっきりと書かれていなかったように思われる。そのへんだけでも、もう少し詳しく書いてくれたら面白さが少しは増したと思うのだが。
SFを読みなれていて、さらなる変わったSFを読みたいという人にのみお薦めできる本。