鮎川哲也  作品別 内容・感想

ペトロフ事件   5.5点

1950年04月 「別冊宝石 第8号」
1960年11月 光文社 単行本
1979年01月 角川書店 角川文庫
1987年06月 青樹社 青樹社ビッグ・ブックス
1987年06月 講談社 講談社文庫
2001年07月 光文社 光文社文庫

<内容>
 巨額の財産を狙った殺人か? 旧満州、大連近郊でロシヤ人富豪イワン・ペトロフが射ち殺される事件が起きた! 容疑者は三人の甥、アントン、ニコライ、アレクサンドルとその恋人たち。だが、彼らには一人残らず堅牢なアリバイがあった! 鬼貫警部は得意のロシヤ語をあやつり、粘り強く捜査する。はたして満鉄の時刻表は何を語るのか?

<感想>
 けっこう面白い。どうどうとした本格である。犯人が三人に絞られ、ひとりひとり彼らの不在証明における矛盾を解いていく様子はさすが王道といったところか。

 とはいうものの、自分はアリバイトリック物というのはあまり好きではないので、流し読みモードとなってしまった。あとがきに書いてあったことだが、鮎川氏もアリバイ物を面白いとは思っていなかったようであるが、クロフツ物をメモをとりながら読むことによってその面白さがわかったという。いつか私も「樽」をメモでもとりながら読み通したいと思っているのだが・・・・・・

 ただ、いくら本格ナイズされているとはいっても、こういう作品は生に合わないというのが本当のところ。


黒いトランク   6点

1956年07月 講談社 書下し長篇探偵小説全集13
1959年08月 講談社 ロマン・ブックス
1974年09月 角川書店 角川文庫
2002年01月 光文社 光文社文庫(初刊バージョン)
2002年01月 東京創元社 創元推理文庫(加筆訂正版)

<内容>
 1949年も押し詰まった日の午後、汐留駅前交番の電話のベルが鳴り、事件の幕が切って落とされた。トランクに詰められた男の腐乱死体。荷物の送り主は福岡県若松市近松千鶴夫とある。どうせ偽名だろう、という捜査陣の見込みに反し、送り主は実在した。その近松は溺死体となって発見され、事件は呆気なく解決したかに思われた。だが、かつて思いを寄せた人からの依頼で九州へ駆けつけた鬼貫の前に青ずくめの男の影がちらつき、アリバイの鉄の壁が立ちふさがる・・・・・・。鮎川哲也の事実上のデビュー作。

<感想>
 50年以上前の作品であり、戦後推理小説の魁となる一冊である。今でこそあたりまえのトラベルミステリーの魁たるものでもあろうか。(ひょっとしたらこれより前にもなにかあるのかもしれないが)そういった面で言えば貴重な一冊である。

 現在になり、昔に出たものに対して批評するのもどうかという部分もあるのだが、解決にあっけなさを感じたのは事実である。何かあまりにもあっさりしすぎたようにさえ感じてしまう。さらにいえば、解決が終わった後の一章は蛇足だと感じられた。もう物語りは終わっているのだから、事実はその前に持ってきてしかるべきだろうと思われた。


りら荘事件   8点

<旧稿版>
 1956年01月〜1957年12月 「探偵実話」掲載
 1958年08月 光風社
 1960年06月 小説刊行社
 1961年12月 春陽堂 春陽堂文庫
 1964年01月 宝石社 「鮎川哲也:現代推理作家シリーズ3」
 1966年01月 日本文華社 文華新書
 1951年11月 春陽堂 春陽堂文庫<新装版>
<改稿版>
 1968年08月 秋田書店 「現代推理小説選集3」
 1973年04月 廣済堂出版 ブルー・ブックス
 1975年08月 立風書房 「憎悪の化石:鮎川哲也長編推理小説全集2」
 1976年01月 角川書店 角川文庫
 1992年03月 講談社 講談社文庫
 2006年05月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
“りら荘”と呼ばれる美術大学の学生達の宿舎に夏休みの残りの日を過ごそう7人の学生達がやってきた。そのうちの一組の男女が婚約を宣言したことにより、学生達の雰囲気は険悪なものとなってしまう。そんななか、近くで炭焼き小屋に住む老人が谷で転落死したという事件が知らされることに。その老人のそばには、りら荘に泊っていた女学生のコートが置いてあり、さらにはトランプの札までが置かれていたという。たぶん、その老人がコートを勝手に盗んで行き、事故死したのだろうということで、事態は落ち着いたかにみえた。しかし、その事件を発端に、りら荘の学生達が何者かの手によって、次々と殺害されて行くことに。そして、死体のそばにはかならずスペードのトランプが落ちており・・・・・・

<感想>
 私が最初に「りら荘」を読んだのは講談社文庫によってであるが、昨年創元推理文庫からも出版されたので、これを機に再読をしてみたしだいである。

 この作品を読んで驚くのは、事件の展開のスピーディーさ。特に、他の鮎川作品を何冊か読んでから、この作品に触れたという人は、なおさら驚かされるであろう。

 本書は鮎川作品にしては異色作と言えよう。これは1956年から書かれた作品であるが、それが30年を経て、ようやく新本格推理小説という、この作品に並ぶような作品が数多く描かれることとなる。つまり、私がこれを最初に読んで何に驚いたのかといえば、鮎川氏が新本格推理小説のような作品を描いていたのか、ということに驚かされたのだ。鮎川氏というと、“アリバイ”とか“鉄道ミステリ”という言葉が浮かぶ人のほうが多いのではないだろうか。私自身もそうのような印象があったので、これを読んだときはこんな作品も書いていたのかと感嘆してしまった。しかし、鮎川氏が書くこのような内容の作品は、長編では他にほとんどみられないと言ってよいであろう。故に、本書は鮎川氏の代表作でありながらも、異色作という位置付けになるのだろうと思われる。

 そして、内容のほうなのだが、再読することによって、ますます作品の出来の良さというものを感じ取ることができた。次から次へと起こる事件を誰が起こしているのか? また、どうやってそれらの事件を成しえたのか? さらに、そこらじゅうにちりばめられた伏線を全て読み取ることが出来るのか? と、読者に挑戦的に訴えかけるような良質のミステリが展開されている。

 この作品で感心させられるのは、ミスリーディングが実にうまくできていること。事件の途中で警察が容疑者を特定し、その者を拘留することになる。ただし、話の途中であるので作品を読んでいる者にとっては、たぶんその容疑者は真犯人ではないなというのは、誰もが予想すると思われる。とはいえ、にも関らず、事件の全てがその容疑者がやったとしか考えられないような方向へと見事に向けられているのである。こうした細かさも良質のミステリとして完成されている大きな特徴なのではないかと思われる。

 また、事件を暴く上ではあまり関係なさそうと思われる動機についても、十分読者が推測できるように書かれているところもまたポイントといえよう。

 ということで、日本の推理小説を読んでいく上では決して読み逃すことのできない一作となっているので、読んでいない方は是非とも早めに読んでおいてもらいたい本である。ただし、慌てなくても、この作品だけは長らく絶版にならず残り続けているので簡単に探すことができるはず。ミステリ初心者にもお薦めできる作品である。


憎悪の化石   6.5点

1959年11月 講談社 単行本
1961年07月 東都書房 現代長編推理小説全集9
1962年08月 講談社 ロマン・ブックス
1975年03月 角川書店 角川文庫
1975年08月 立風書房 鮎川哲也長編推理小説全集2
1995年05月 双葉社 双葉文庫(日本推理作家協会賞全集12)
2002年03月 東京創元社 創元推理文庫
2014年02月 光文社 光文社文庫

<内容>
 熱海の旅館でひとりの男が殺されるという事件が起きた。被害者は探偵を仕事にしていたようだが、それとは別にゆすりで金を得ていたようで、そのゆすり相手に殺されたと捜査陣はみなし捜査を進めてゆく。そうしたなか、1ダースの容疑者が特定されるも、それぞれがアリバイを持ち、捜査は行き詰まることに。事件捜査を引き継いだ警視庁の鬼貫警部は、事件の突破口を見つけようと様々な推理を繰り広げるのであったが・・・・・・

<感想>
 かつて双葉文庫で読んでいたのだが、感想を書いていなかったので光文社文庫による新しい版で読み直してみた。単なるアリバイ崩しのみの作品ではなく、なかなか凝った内容の作品になっている。

 ゆすり屋が殺害されるという事件が起き、真犯人は当然のごとく被害者にゆすられていた者のうちの誰かと警察は見なす。ただ、そこから容疑者として挙げられることとなったのがなんと12名。警察が事細かく捜査を進め、ひとりひとりのアリバイを調査していくものの、全員のアリバイが確認され、捜査は暗礁に乗り上げる。それを鬼貫警部が再度調査し、アリバイの穴を探していくという内容。

 怪しそうな容疑者は実はあからさまではあるものの、物語の流れにうまく工夫を凝らして、簡単には犯人が割り出されないような形で展開されている。そして、最終的にアリバイトリックが破られるものの、事が明らかになってみると、意外と簡単なトリックが用いられている(それが読者がわかるかどうかは微妙であるが)。ただこの作品、実はアリバイトリックに重きを置いた作品ではなく、各容疑者が抱える動機にスポットを当てたかったミステリではなかったかと感じられた。その動機にこそ根深いものを感じられた一冊である。


白の恐怖   6点

1959年12月 桃源社 単行本
2018年08月 光文社 光文社文庫

<内容>
 日本人生まれでブラジルで生活していた資産家は死後、遺産を甥と姪に譲りたいといい残した。資産家の妻はその遺言通りに、甥と姪の行方を探すよう弁護士に依頼した。その結果、四人の生存が確認され、彼らは軽井沢にある“白樺荘”という別荘に集められることとなった。しかし、そこで彼らが集められた直後、殺人事件が起きることに。遺産は生きているもので分配されるということであり、自分の取り分を増やすために殺人を犯したのか? 吹雪により孤立状態となった別荘で、さらなる殺人事件が起こり・・・・・・

 短編「影法師」、その他随筆を併録。

<感想>
 なかなか文庫化されなかった鮎川氏の幻の作品。といいつつ、昨年(2017年)論創社から「鮎川哲也 探偵小説選」が出版され、そちらに「白の恐怖」が収録されており、これを購入していた。それを読む前に、読みやすい文庫版が出てしまい、こちらを購入して先に読了。

 長編作品ではあるが、短めの作品。山荘に人々が集められた後、吹雪により脱出不可能のなか、連続殺人事件が起こるという、まさにミステリで言う“雪山の山荘”もの。また、集められた者達は、莫大な遺産を受ける資格がある者達なのであるが、生きている者達でその総資産が分けられるという状況。ゆえに、遺産を受ける資格を持つ者が死ぬたびに、取り分が増えるのである。そうしたなか、遺産受給者とその他の者達、さらには居合わせることになった警察官などもいるのだが、人々の警戒をよそに次々と連続殺人が起きてしまう。そして、最後に生き残るのは・・・・・・

 一見、わかりやすい構図であるものの、何気に不可解な様相を示す内容。結局、最後に得をする者は誰なのか? ということを核に物語の幕引きへと突入する。最後の最後で星影龍三が現れ事件の真相を生存者たちの前で語ることとなる。

 うまく出来ているという反面、やはり何と言ってもページ数が薄く、書き込みが不十分のような気もする。ただ、トリックからして、あまり書き込み過ぎるとわかりやすくなってしまうかもしれないので、これくらいの分量でも致し方ないのかもしれない。何はともあれ、鮎川氏によるアリバイ小説ならぬ、本格推理小説を堪能できる作品ゆえに貴重な一冊と言えよう。


黒い白鳥   6点

1960年02月 講談社 単行本
1961年05月 講談社 ロマン・ブックス
1961年07月 東都書房 現代長編推理小説全集9
1975年08月 角川書店 角川文庫
1975年09月 立風書房 鮎川哲也長編推理小説全集3
1995年05月 双葉社 双葉文庫(日本推理作家協会全集11)
2002年03月 東京創元社 創元推理文庫
2013年12月 光文社 光文社文庫

<内容>
 線路沿いで遺体が発見されたのだが、その遺体は列車に轢かれる前に既に何者かによって銃により殺害されていた。被害者は会社社長であり、労働組合との闘争を繰り広げていることにより、新聞紙上をにぎわせる時の人であった。被害者に対して動機がある者は、闘争を繰り広げている労働組合員、被害者社長が会社ぐるみで関わっていた新興宗教の信者など。しかし、怪しいものたちにはアリバイがあり、ひとり姿を消していた重要容疑者は死体で発見されることとなる。途中から捜査に加わることとなった鬼貫警部は、貸金庫にしまわれていた写真から新たな容疑者の存在を浮かび上がらせ・・・・・・

<感想>
 再読であるが、ずいぶんと前に読んだので、全く内容を覚えていなかった。被害者の背景に労働争議や新興宗教などの存在があり、ずいぶんと特殊な背景が語られる作品であるなと思いながら読んでいった。

 ただ、中盤以降からはそういった背景はどこへやら、それらの背景とは別の容疑者が浮かび上がってくることとなる。あとは、鬼貫警部がいかにその鉄壁のアリバイを崩すかが焦点となる。とはいえ、容疑者にとっては、警察にマークされた時点で完全犯罪はもはや崩れ去ってしまったのではなかろうか。容疑者の動機がなんともいえないものであり、同情を禁じ得ない内容。今の世であれば、それでも人を殺すことではないと思われるのだが、当時であるとやはり死活問題なのであろう。

 あと、この作品を読んで感じたのは、鬼貫警部の捜査方法がクロフツ描くフレンチ警部に似ているという言うもの。検証に検証を重ね、ひとつひとつの事象を確認し、そして少しずつ真相に近づいていく捜査方法。ただ、そのクロフツの作品に対して、しっかりと日本文化風というか鮎川哲也氏的といえるような独自の作風を持って作品を描いている。ゆえに、完全にクロフツ風となることなく、鬼貫警部が活躍する様子を描いているところは見事と感じられた。


人はそれを情死と呼ぶ   6点

1961年06月 東都書房 単行本
1966年02月 講談社 ロマン・ブックス
1977年02月 角川書店 角川文庫
2001年07月 光文社 光文社文庫

<内容>
 人は皆、警察までもが、河辺遼吉は浮気の果てに心中したと断定した。しかし、ある点に注目した妻と妹だけは、偽装心中との疑念を抱いたのだった! 貝沼産業の販売部長だった遼吉は、A省の汚職事件に関与していたという。彼は口を封じられたのではないか? そして彼が死んでほくそ笑んだ人物ならば二人いる。調べるほどに強固さを増すアリバイを破ることはできるのか!? 驚嘆のドンデン返し。

<感想>
 全体像からいえば、通常のサスペンス小説に他ならない。ただし、それでも他の通俗サスペンス小説とは一線を画するものがあり、心中ではなく殺人ではないか? との目のつけどころや事件の裏に隠された犯人の思惑などと感心させられるところは多々ある。とはいうもののうーーーん、それでもやっぱり普通のサスペンス小説なんだよなぁー、という結論に収まってしまう。


砂の城   6点

1963年04月 中央公論社
1978年07月 角川書店 角川文庫
1996年08月 青樹社文庫
2010年02月 光文社 光文社文庫

<内容>
 鳥取砂丘で早朝、カメラマンによって女性の死体が発見された。被害者はその後、高校の教師であることが判明する。目撃者の証言により、被害者は男性と一緒にいたようで、警察はその男の正体をつかもうと奔走する。かつて被害者と付き合っていた男が最有力容疑者として挙がられるが、男には強力なアリバイがあった。しかし、そこに作為的なものを感じた鬼貫警部は真相を暴こうと捜査を開始する。

<感想>
 アリバイ崩し、特に電車の時刻表によるアリバイトリックに特化した作品。アリバイ崩しゆえに、中盤で犯人らしき人物が登場し、あとはアリバイの検証が続くので、山あり谷ありという内容ではなく、本当に地道なもの。

 アリバイ崩しに特化するのはよいのだが、微妙に思えたところが何点かある。ひとつは、犯人の顔を見ている目撃者がいるので、写真で確認してしまえば、ほぼ犯人が断定できるのではないかということ。さらにもうひとつは、週刊誌の発売日を巡るアリバイトリックは完成度が低いのではないかということ。

 とはいえ、鞄と鍵を使ったアリバイの念の入れよう、第2の殺人の目的、電車による時刻表トリックと見どころも満載なのは間違いない。完璧な作品とは言い難いものの、アリバイトリックものとして、こだわり抜いた作品である。


偽りの墳墓   6点

1963年07月 文藝春秋 ポケット文春
1972年05月 毎日新聞社
1979年09月 角川書店 角川文庫
2002年12月 光文社 光文社文庫

<内容>
 浜名湖、温泉街の土産物屋のおかみが首吊り死体で発見された。第一発見者は亭主。その亭主は別に愛人を持っていて、妻との仲は冷えきっており、保険金めあてで殺害したのではないかと疑われる。しかし、強固なアリバイにより犯人との特定はなされなかった。
 その後、保険会社から浜名湖の件で調査を依頼された女性調査員が何者かに殺害されるという事件が起きた。よって、浜名湖の事件はまたむしかえされることに。いったい何故、調査員は殺害されたのか?

<感想>
 この作品も鬼貫警部が活躍するアリバイものの作品。また、それだけにとどまらず社会派推理小説としても読み応えのある内容となっている。

 本書の核となるアリバイトリックは一着のワンピースを元に構成されている。このワンピースを利用して犯人がアリバイを作り、そして捜査員達がそのトリックを崩そうとするという構図がよくできている。

 アリバイトリックというと煩雑なものが多いような気がするが、本書はこのワンピースひとつに絞った事により、わかりやすいアリバイトリック・ミステリとして仕上げられている。

 この作品でひとつ惜しいと思えるのは、2つの事件の関係性について。事件が2つ起き、警察がその捜査を進めていくものの、実際にはその2つの事件にはほとんど関連性がない。最初の事件の背景が少しずつ明らかになっていったときには、事件と社会的な問題がうまく結び付けられていると思えたのだが、そこでその事件についてはいったん話が終わってしまっているのだ。よって、ひとつの長編を読んだわりには、なんとなく2つの短編を読んだ気にさせられてしまうという風な作品であった。


死のある風景   6点

1965年01月 講談社
1966年06月 講談社 ロマン・ブックス
1976年02月 立風書房 鮎川哲也兆編推理小説全集5
1977年10月 角川書店 角川文庫
1992年08月 青樹社 ビッグ・ブックス
1995年01月 青樹社 青樹社文庫
1999年01月 角川春樹事務所 ハルキ文庫
2002年09月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 石山美知子の誕生日の日、姉が何の連絡もないまま帰ってこなかった。数週間後、九州の阿蘇山の噴火口に身投げをした女性が姉の真佐子ではないかと連絡がもたらされる。姉は結婚を間近に控えており、自殺する理由などないはず。不審に思う美知子であったが・・・・・・
 一方、金沢に旅行に来ていた医者と看護婦。二人は結婚することになっており、医者が金沢に用事があったので、一緒に看護婦も出向いてきたという。そんな旅行中、二人が別々に行動していたとき、看護婦のほうが夜になっても旅館に戻ってこなかった。医者が警察に通報すると、翌日看護婦は銃殺死体として発見される。遺留品がなかったことから強盗の仕業かと思われたのであるが・・・・・・

<感想>
 最初にプロローグとして、OLの自殺の話が語られる。その後、本題へと入り、一人の看護婦の死が提示されることとなる。銃で殺害されるという事態と、さらにはその銃が遠く離れた東京駅で見つかるという変わった状況。警察は、看護婦に恨みがあるものを捜し、事件の調査を行ってゆく。

 最初のプロローグが、本題の殺人事件にどのように関わっていくのかと思って読んでみると、中盤で特に秘密もなく、あっさりと明かされてしまう。その後、真犯人に対するアリバイ捜査が進められていくというもの。

 面白くは読めたものの、複数の短編小説のネタが一つに集められた作品という感じであった。複数の事件がうまく交錯してくれれば、もっと読み応えがあったと思われるのだが、基本的に別々の事件として進められてゆく。話の核はひとつとはいえ、事件のトリックが別々のものになっているのはやや不満が残る。ただし、それぞれの事件のアリバイトリックや、その解決にいたるまでの推理等は、それなりにきちんとできていたと思われる。

 あと、解決編が鬼貫警部のみで語られるのかと思いきや、鬼貫警部のパートと、男女のカップルと新聞記者とのパートに分かれており、鬼貫警部ファンにとってはやや未消化気味か。とはいえ、ページ数の厚い一つの長編作品とするために、色々な工夫を凝らして書いたのだろうなというところは、十分に見て取れる作品となっている。


宛先不明   6点

1965年07月 学習研究社 ガッケン・ブックスミステリーNo.9
1976年02月 立風書房 「死のある風景:鮎川哲也長編推理小説全集5」
1985年04月 講談社 講談社文庫
2010年07月 光文社 光文社文庫

<内容>
 順風満帆かと思われた出版社社員・木原の人生に影が差したのは自動車事故を起こしてからであった。整備不良と思われたが、事故により電車通勤を余儀なくされる。そして電車のなかで痴漢扱いされて会社で問題となり・・・・・・
 秋田にて印刷会社の慰安旅行が行われていた。その途中、別行動していた伊吹という社員が死体で発見されることとなる。警察の捜査により、伊吹は誰かを脅迫していたのではないかという疑いがかかる。その脅迫の主に殺害されたのではないかと、警察はその人物の特定に急ぐのであったが・・・・・・

<感想>
 この作品は学研で企画された“産業推理小説シリーズ”の1冊として書かれたとのこと。産業と言いつつ、舞台となるのは作家にはお馴染みの出版社。企業小説と言われて、鮎川氏は困惑しながら書いたようである。

 書く題材には困ったようだが、小説の内容としては出版社を舞台に、犯人の動機となるものをうまく描いている。前半、物語の中心となるのは、被害者が殺害された動機について。これを出版業界の内幕をうまく利用し、複雑なプロットによって表している。

 物語後半は鬼貫警部ならではのアリバイを暴く内容となっている。アリバイ崩しといっても、時刻表トリックではなく、今回はタイトルの通り、手紙によるトリック。これが何でアリバイトリックになるのかと不思議に思われるかもしれないが、これまた出版業界ならではのネタを盛り込んでいる。

 ミステリとしては、小粒のようにも感じられるが、ネタとしては変化球気味の面白いものをそれぞれ用いているように感じられた。鮎川氏自身が書きたかったミステリというものではなく、依頼された作品ということであるが、そういったきっかけにより思いもよらぬ作品を生み出すこともあるということであろう。


死者を笞打て   5点

<感想>
1965年08月 講談社 単行本
1972年06月 双葉社 「双葉社小説シリーズ9」
1975年07月 角川書店 角川文庫
1993年10月 講談社 講談社文庫

<内容>
 ミステリ作家・鮎川哲也は編集者に頼まれ、急きょ作品を書き下ろすことに。鮎川は、昔に構想した作品を思い起こし、「死者を笞打て」という作品を書き、編集者へ渡す。するとその後、「死者を笞打て」は十年以上前に石本峯子という作家書いた「未完の手記」とそっくり同じものだという告発を受け、鮎川は窮地に立たされる。鮎川は、石本がなんらかの形で自分が構想したものを入手し、作品を書いたのではないかと考え、石本峯子の行方を捜そうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 この作品、以前読んだことがあったはずで、持っていたはずなのに見当たらず。すでに絶版されていてなかなか入手できず、ようやく古本でゲット。

 久々の再読となる作品であるのだが、こちら鮎川氏の作品のなかでも異色作。鮎川氏自身が登場し、盗作の汚名をはらそうと、自ら捜査活動に乗り出すというもの。ただ、基本的に過去に活動した形跡のある石本峯子という作家の行方を捜すというもののみであり、全体的にあまり楽しくない内容。ただただ、地道にその痕跡を追うというのみ。

 読みどころとしては、鮎川氏自身が登場しているように、他の実在の作家や編集者たちも仮名で登場していること。例えば、陳瞬臣氏を沈瞬水として登場させているなど。ただし、1965年に書かれた作品ゆえに、相当のオールドミステリファンでなければわからない名前が多いので、これも一般のミステリファンが楽しめるような要素ではなさそう。

 最後の最後では、それなりに見せ場を作り、大団円となるものの、やはりそこにいたるまでが退屈続きという感じであったかなと。その当時に読めば、ミステリネタとして色々と楽しめたことであろうが、年数が経過してから読むには、ちょっと微妙な作風。


準急ながら   6点

1966年06月 文藝春秋 ポケット文春
1979年02月 角川書店 角川文庫
2001年08月 光文社 光文社文庫

<内容>
 冬の北海道、月寒にて瀕死のけが人を助けた海里昭子。その美談が十数年後、新聞にてとりあげられた。しかしながら昭子はあまり世間に自分の名前が出るのを嫌がるかのようであった。
 一方、愛知県にて経営不振の土産物屋店主が殺害される事件が起こる。犯人は販売員を装い被害者に近づき、誘い出した上で刺殺した模様。しかし、その後事件の被害者は戸籍上生存しているとの情報が・・・・・・

<感想>
 前半は何がどのように繋がるかがまったくわからない展開にて物語が進められる。10数年前の命を救ってくれた恩人に会いに行く者。正体をあまり明かしたくないその恩人。客足が少なくて悩む土産物屋。その土産物屋にこけしを売りに来る怪しい男。そしてそれらは殺人事件により徐々に繋がりが明らかになっていく。
 サスペンス・ミステリーたる展開。過去に何があり、どのように繋がるのかが見所になっている。そして、事件が起きてからは警察による捜査のパートとなるのだが、ここで物語ががらっと変わる雰囲気になる。なぜかこの捜査の場面からは通常のミステリーとしてあまり変わり映えしない様相になってしまう。さらには時刻表によるアリバイトリックへの看破へと展開してい。く
 本書のタイトルの意味が最初はよく分からなかった。“ながら”という言葉が「何々をしながら」のながらだと思い込んでいたせいである。読んでみれば、“ながら”という名前の列車であった。ゆえに「準急ながら」。これは時刻表トリックが出てきて当たり前である。
 そして少々ネタバレ気味になってしまうかもしれないが、ラスト近くになって犯人が絞られていく。しかし、そこで登場すべき“真犯人”の思いや執念についてはあまり表現されていない。これは、あえてそこに登場させないことによって何か効果を狙ったものであったのだろうか。それとも、別の表面上の嫌われ役のような者を、あえて前面に出して勧善懲悪として話を終わらせたかったのだろうか。その辺については考えさせられる。
 そして、最後の捜査について思ったのが捜査陣はアリバイトリックを一生懸命看破しようとしていたが、容疑者の写真を土産物屋へ持っていけばそれで話が解決するような気がしたのだが・・・・・・


積木の塔   6点

1966年12月 読売新聞社 単行本
1999年04月 青樹社 青樹社文庫
2010年10月 光文社 光文社文庫

<内容>
 東京の喫茶店でセールスマンが毒殺されるという事件が起きた。ひとりの女性が容疑者として浮かび上がったものの、彼女は数日後死体となって発見された。死体は線路脇で見つかり、寝台列車のなかで殺害された後に窓から外に投げ捨てられようである。捜査線上にひとりの容疑者があげられたが、彼には確かなアリバイがあり・・・・・・。鬼貫警部が事件の謎に挑む。

<感想>
 これはなかなか良い作品であった。隠れざる名作といっても過言ではあるまい。ただし、名作と言っても犯人や被害者の背景が凝ったものとして作られているという意味であり、残念ながらミステリ的な部分については普通と言えよう。

 アリバイトリックについては、考え抜かれているとは思えるものの、さほど奇抜なものではない。ゆえに、大雑把な評価としては、普通の電車を用いた、アリバイ・ミステリ作品としか見なされないであろう。

 ただ、本書が優れていると思えたのは、その社会背景を見事に浮き彫りにしている犯人の動機について。また、被害者となった女性の生き方も実に奇抜なものと言える。現代であれば、ここに書かれているものが犯行の動機にはなりえないようにも思えるのだが、書かれた当時の状況を感じさせる作風がなんとも言えぬ余韻を残すものとなっている。

 読んでいてふと感じたのは、島田荘司氏の初期のミステリ作品を読んでいるように思えたこと。本来は当然ながら、鮎川氏の作品のほうが先に書かれているので、逆に考えなければならないのだが、なんとなくそんな風に思えてしまった。


鍵孔のない扉   7点

1969年06月 光文社 カッパ・ノベルス
1982年11月 角川書店 角川文庫
1989年02月 光文社 光文社文庫
2002年04月 光文社 光文社文庫

<内容>
 ピアニストの鈴木重之は妻であり、アルト歌手である久美子が浮気をしていることに気づく。その愛情のもつれが発端となり事態は殺人事件へと発展してゆく。ある日、放送作家の雨宮という男が自宅で死んでいるのが見つかった。その雨宮という男の部屋に密かに通っていた女こそが鈴木久美子であったのだ。警察は久美子の夫の重之を容疑者として調べてゆくのだが・・・・・・

<感想>
 まずは夫婦の不倫の問題から話は始まり、そしてマンションの一室にて殺人事件が起こる。その事件は不倫の問題と結びついているようで、そうでないようなという微妙な展開へと進んでいく。そしてさらなる殺人事件が起こり、ますます予想だにできぬ展開へと物語が発展していく。序盤はスピーディーに事件が進んで行き、サスペンスとして楽しめる内容である。

 そして中盤以降になり、ようやく犯人らしき人物の影が見えてきて、そこから鬼貫警部によりアリバイ崩しが始まってゆく。正直、アリバイ崩しに入ってしまうと心持ち、興味が薄れてしまう。しかし、今回はタイトルにあるように“密室殺人”も含めた謎となっているので興味を持続させたまま結末まで一気に読むことができた。そしてある意味感心してしまうのは著者は事件の中に“密室”という要素を含んでいるにもかかわらず、あくまでもそれを主とせずに“アリバイ”を主とし、事件を解決していくという姿勢にこだわっているということである。死体の“とある点”からアリバイを看破するというところはお見事。


風の証言   6点

1971年11月 毎日新聞社 
2003年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 井之頭公園に隣接する植物園にて二人の男女の死体が発見された。男は一流企業の音響技師、女はバレエダンサー。二人の間に接点はないようで、どちらか片方が事件に巻き込まれたのでは、というせんから捜査が始められた。捜査班は二人のどちらかを殺害する理由のありそうなものを調べ上げていくのだが、これという人物が見つかるたびにアリバイによって捜査が阻まれてゆく。そして、この人物かと思われる容疑者が挙げられたのだが・・・・・・

<感想>
 ひとりの容疑者があげられて、そのアリバイを調べて、シロとわかったら次の容疑者を捜すという展開で話が進められてゆく。次々と新たな容疑者が現われ、新たなアリバイ捜査が始められる・・・・・・という展開で、次から次へと様々な容疑者が挙げられていく。その次から次へ、という進め方によって読者を飽きさせずに最後まで読ませるというような内容になっている。

 なかなか面白く読むことができたものの、不満も結構感じられた。昔に書かれたから仕方のないことかもしれないけれど、やたらと写真を利用したアリバイ作りが使われている。そのアリバイ自体も凝ってはいるものの、やはり写真を使えばトリックというものは限定されてしまうのでやや不満が残ってしまうのも事実。

 また、最後まで違和感を感じたのが、アリバイを崩したから即犯人逮捕というのはおかしいように思われる。アリバイは別として、犯行の決め手となる証拠なり何なりが出なければ犯人逮捕とはいかないのではないだろうか。この“アリバイを崩す=犯人逮捕につながる”、という図式に納得がいかなかった。とはいえ、アリバイ崩しものっていうのは、だいたいこういった展開なのかもしれない。

 ただし、本書は単純な“アリバイ崩し”というわけでもなく、そのアリバイを作るのに犯人側がこれでもかというくらいに入念に作を練っているので、その凝りようを見るだけでも本書は一読の価値があると思われる。それなりに楽しめるサスペンス・ミステリ。


戌神はなにを見たか   

1976年02月 講談社 推理小説特別書下しシリーズ
1978年06月 講談社 ロマン・ブックス
1983年04月 講談社 講談社文庫
2001年12月 光文社 光文社文庫

<内容>
 ヌードカメラマン小日向大輔が刺殺死体として発見される。現場には外国人の顔が刻まれたレリーフと、被害者の胃に未消化のまま残されていた文字の入った瓦煎餅だけが残される。決め手の欠ける捜査の中、容疑者として被害者と仲の悪かった同業のカメラマン、坂下護が浮かびあがる。
 坂下が殺人容疑で逮捕されるが、坂下の従妹のまち江は無実を主張する。まち江の婚約者であるミステリー作家の大塚は事件を調査しなおしてみることに。すると事件現場の住民から事件の特ダネを持ちかけられるのだが・・・・・・

<感想>
 まず一つ述べるとするならばやや冗長。他の鮎川氏の推理小説に比べると少し長いかなと。それもアリバイ一本のみでもっていくのには長いなと感じられた。

 とはいうものの本書にも読みどころは多々存在する。本書は基本としてはアリバイトリックものであるが、それだけには留まらないような工夫もこらされている。今現在(2003/8/18)ではもうありきたりのトリックであるのかもしれないが、当時であれば画期的であったのかもしれない。確かになるほどと手をうちたくなるようなものではある。

 そして興味深いのは本書の序盤に、消えた戦前のミステリ作家を追う、という話が展開されている。最近の復刊ブームのこともあり、耳にする作家の名前が幾人か挙げられており、さらには知らない作家の名前も挙げられている。作中にこのような内容が含まれるとかなり内容に惹きつけられてしまう。とはいうものの、その後それらが作中では語られなくなってしまうため、もう少しそいったものも取上げてもらいたかったなと感じられた。

 とはいえ、鮎川氏はそれを作中で述べるだけではなく自分自らが編者になり、そういった企画を進めることとなっていったわけである。本書にその片鱗がみえるということは興味深いことであろう。


沈黙の函   6点

1979年03月 光文社 カッパ・ノベルス
1984年12月 光文社 光文社文庫
2003年03月 光文社 光文社文庫<新装版>

<内容>
 落水と茨木の二人は中古のレコード店を共同経営していた。珍しいレコードがあると聞けば、落水が全国何処でも買取に出向いていた。あるとき、青森にレコードの買い入れにいった落水は、函館にレコードを売りたいという人がいることを聞き、出向くことに。そこで目にしたのは今では珍しい蝋官レコードであった。落水は買い取る事を約束し、一旦東京へと戻り、後日再び函館へと出向きレコードを引き取りにいく。しかしその後、レコードを買い取りに行った落水が函館を出た後消息不明になってしまったのだ! 函館から発送されたジュラルミンケースの中に入ったレコードを茨木が取りに行き、店に帰って明けてみると、そこからはなんと落水の生首が!!

<感想>
 事件の中心となるのが中古のレコード店であるためか、レコードに関する薀蓄が数多く出てくるという鮎川氏の作品にしてはちょっと変わった内容・・・・・・と思いながら読み、あとがきを見てみると、なんとレコードを聴くのが唯一の生きがいでもあったという鮎川氏がレコード発明100周年を記念して書いた作品だと言うのだ。ゆえにレコードに対する描写が多かったのかと納得させられ、また知らなかった鮎川氏の一面を垣間見ることができた一冊である。

 内容に関しては、ジュラルミンケースの中から生首が出てくるという、なんともショッキングな犯罪を扱った事件であり、その異様な状況に思わず惹きつけられてしまった。しかし、その後の捜査状況から真相へといたるまでには不満が残る展開であった。

 犯人に関しては感の良い読者なら、あらかた検討はつくのではないかと思える。よって、読む側としては、ショッキングな事件が起きた後、警察側がその事件がどのような手順で行われたかを論破していくのかをポイントと置く事になる。しかし、警察側がなかなか犯人の特定ができず、さらには犯人を特定した後には犯行の様子があっさりと解かれてしまい、充分な捜査状況というものを楽しむ暇さえもないのである。

 当初は、「黒いトランク」などのような犯行側の込み入った手順の解明がなされると思って期待していたのだが、犯罪がある一点だけに絞られて可否が問われるものとなってしまっていたために、あまりにもあっさりし過ぎるという結果にて終わってしまった。真犯人の動機なども含め、色々な意味で食い足りなかったと感じる作品であった。


朱の絶筆   6.5点

1979年07月 祥伝社 ノン・ノベル
1989年02月 祥伝社 ノン・ポシェット
1994年06月 講談社 講談社文庫
2007年02月 光文社 光文社文庫

<内容>
 人気作家・篠原豪輔は軽井沢の山荘に住んでおり、そこはいつでも大勢の客が泊まれるように完備されている。その山荘に多くの人が集まったとき、殺人事件が起こる。篠原豪輔が部屋で首を絞められ殺害されていたのである。実は、この篠原という作家は傲岸不遜な人間で、多くの人々から恨みをかっていたのである。容疑者多数のなか、警察は誰を逮捕すれば迷っていると、次の殺人事件が起きてしまうことに!? その事件を解決すべく、離れた地から名探偵・星影龍三が電話により事件の謎を解き明かす。

<感想>
 なんとアリバイトリックならぬ、読者への挑戦付きの犯人当て小説。元々短編小説であったものを長編に書き直した作品。ちなみにその短編作品も同時収録されているが、こちらは必ず後から読んだ方がよい。

 感触としては「りら荘」に近い内容。よって、鮎川作品のなかでは異色ともいえよう。そのような内容のためか、登場する探偵も鬼貫警部ならぬ、星影龍三が電話による声のみで現れる。

 犯人当てではあるものの、誰が犯人か? ということについては、結構わかってしまう人が多いのではなかろうか。ただし、その犯人をどのように特定すればよいかというところは難しい。とはいえ、犯人当て小説でもあるために、きちんと伏線は張られている。読み終えた後に、序盤の場面を読み返すと、どのように伏線が張られたかに気づき、感心させられること間違いなし。

 この作品では連続殺人が描かれているのだが、全体的に言えばやや荒いという感じもする。全ての事件がうまい具合に解決されれば言うことがないのだが、結構荒い内容の真相が描かれているものもある。とはいえ、本格推理小説としてはなかなか面白い内容。また、鮎川氏自身が若者受けするために、アリバイトリック作品ではなく、この作品を上梓したという経緯についても非常に興味深かった。

 鮎川氏の作品で「りら荘事件」は読んでいる人が多いと思うのだが、この「朱の絶筆」は読み逃している人も多いと思うので、未読の推理小説ファンの方には是非ともお薦めしておきたい。


王を探せ   5点

1981年12月 角川書店 カドカワノベルズ
1987年07月 講談社 講談社文庫
2002年05月 光文社 光文社文庫

<内容>
 とある事件がもとで、恐喝されていた男は、恐喝者を殺害することにした。自身に鉄壁のアリバイを用意した状態で!
 評論家を名乗る木牟田盛隆が殺害されているのが見つかり、警察は捜査に乗り出した。木牟田は殺害される前に亀取五郎という男と会っていたことがわかり、事件はあっという間に解決するかに思われたのだが・・・・・・

<感想>
 この作品は決して趣向がうまくいっているとはいえないであろう。

 通常アリバイものといえば、犯人とおぼしきものがわかり、あとはそのアリバイを崩していくというのが普通の展開。本書では、犯人がすぐに特定できないように犯人である亀取五郎という同姓同名の人物をなんと、5人も用意してきた。警察はその5人のアリバイを崩していかなければならないのである。

 容疑者が5人も出てきたということは、確認しなければならないアリバイが増えたというだけ。しかも5人の区別といっても、同姓同名で容姿もある程度似た者たちなのでだんだんと区別がつかなくなってゆく。

 そうして最終的にはアリバイトリックが明かされるわけであるが、これひとつのネタであるならば、もっと短いページの作品でよいだろうと感じられた。それを5人の容疑者を出して、だらだらと話が進められるので、読み進めるのは結構大変であった。

 まぁ、決してうまくいかなかった野心的な挑戦作というところぐらいにとどめておきたい。


死びとの座   5.5点

1983年12月 新潮社 単行本
1986年01月 新潮社 新潮文庫
2002年03月 光文社 光文社文庫

<内容>
 東京・中野区の公園に置かれた一つのベンチ。それはいつからか、“死びとの座”と呼ばれ、不吉なベンチと噂されるようになった。
 そしてとうとう、そのベンチで死体が発見された! 被害者はスターの物まねで有名な芸能人のミッキー中野。ベンチに座っているところを何者かに撃たれたようである。捜査官たちは容疑者を絞り込もうとするものの、出現する容疑者ひとりひとりにアリバイがあり・・・・・・

<感想>
 なんとなく無駄に長かったなと感じられた作品であった。途中は旅情ミステリーのような体裁であったように思われた。

 警官が捜査をすると、次から次へと怪しい容疑者が発見される。しかし、その一人一人にアリバイがあり、段々と捜査が尻つぼみになっていってしまう。そして途中からは警察官ではなく、一般人が素人探偵となり、捜査を始めてしまうという展開で話が進んでゆく。

 こういった展開で進められるのだが、途中はもっとけずってもよかったのではないかと思われる。結局のところ、あれこれ行われた捜査も不必要な回り道をしたというようにしか感じられなかった。

 さらに付け加えれば、後半の事件の締め方は、なかなか良かったと思われたので、それにより特に中盤の展開が無駄だと感じられたのである。最終的に見極められたアリバイトリックや、最初に出てきて放置されていた“死びとの座”に関連する話等、ミステリーとしてうまく出来ていると思えたので、これはもっと話を詰めてすっきりした内容としてくれれば、もっと評価は高くなったであろう。

 そういう意味で、ちょっと残念な内容の本であった。




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