その他の作家 あ行 作品別 内容・感想

ありふれた死因

2007年11月 東京創元社 単行本

<内容>
 「愛と死を見つめて」
 「マリ子の秘密」
 <ジョートショート・ミステリ>
  「記憶」「終着駅」「安楽椅子」「対案吉日」
 「ボタンの花」
 「海辺のゲーム」
 「村一番の女房」
 「鏡の中で」
 「鼬」
 「飛行機でお行きなさい」
 「目は口ほどに」
 「女に強くなる法(問題編・解決編)」
 「廃墟の死体(問題編・解決編)」
 「ありふれた死因」
 「道づれ」
 <資料集>

<感想>
 この作品集の著者である芦川澄子という人は、週刊朝日・宝石共催の探偵小説コンテストに入選してデビューを果たす。5年間の執筆活動をした後、鮎川哲也氏と結婚して筆を絶つ。3年後に鮎川氏とは離婚するが、晩年に復縁したという。この作品集は、芦川氏の5年という短い期間に書かれた全ての作品を網羅したものである。

 さすがにコンテスト入選作というだけあり、「愛と死を見つめて」は秀逸であった。本格推理というよりも、心理サスペンスという趣が強いのだが、女性が描いたならではのミステリが展開されている。事件を追っていくうえでの主人公の心変わりを見事に描いているところもさることながら、読了後にも読者に疑問を提起する書き方は見事である。

 ただ、この「愛と死を見つめて」を超える作品が他になかったことが残念であった。家政婦の日記を盗み見する子供を視点として、資産家の家族の様相を描いた「マリ子の秘密」は、それなりにうまくできていたのだが、その他は短めの作品ばかり。犯人当ての作品も含まれているのだが、おせじにもうまく書かれているとはいえない。内容からすると、むしろ普通の作品として書いた方が良かったのではないかと思えたのだが・・・・・・

 デビュー作の「愛と死を見つめて」がうまくできているからこそ、これに次ぐ作品が出てこなかったのが惜しいところ。できれば、この作家の長編を読んでみたかったところである。


天城一の密室犯罪学教程

2004年05月 日本評論社 (日下三蔵編)

<内容>
 PART1「密室犯罪学教程 実践編」
 PART2「密室犯罪学教程 理論編」
 PART3「毒草/摩耶の場合」
「密室作法(改定)」

<感想>
 読んでみて驚いた。色々なことに驚かされた。まず最初にPART1「密室犯罪学教程 実践編」というものからとりかかった。この章では10編のミステリ短編を読むことができる。読んでみて、まず感じるのは文章の読みにくさ。昔に書かれた小説なので読みにくいことは当然なのだが、なかなか情景が頭に入ってこない。こういう本を読んだのは小栗虫太郎以来という気がする。そして10編を読み終わった感想というと、“密室”があまり出てこなかったなという事くらい。

 しかし、PART2を読んでみると驚くべき事実が浮かび上がる。PART2は評論・解説の章なのだが、何を解説しているかというと、何とPART1の作品を自分自身で解説しているのだ。しかもどう考えても“密室”ミステリとは思えないものを“密室”という分類の中に当てはめて語っているのだ。これには何とも唖然とさせられた。

 そしてPART3はではまたPART1と同様ミステリの短編が載っている。こちらはPART1での主人公で切れ者であったはずの島崎刑事が当て馬となり、エキセントリックな刑事の摩耶が活躍するものとなっている。まぁ、PART1と比べると突拍子もないトリックが多くなっていたかなと感じられた。

 ざっと感想を述べると以上の通りである。しかし本書はよくよく考えてみれば、あくまでも密室“教程”なのだから表紙からすれば間違ったことをやっているわけではないともいえる。とはいうものの、それらが面白いか面白くないかという事はまた別の話であるのだが・・・・・・

 本書はミステリを書くというよりも、密室の分類・定義が先にあり、それに属したものを書くというスタイルで描かれた作品であると感じられた。感覚としては学者が書いたミステリ、いや、ミステリ研究の書といったところであろうか。よって、私的にはあまり物語りとしての評価とか作品としての評価というのは語りづらいものがある。

 それよりも自作の解説を抜きにすれば、りっぱな“密室作品”の研究書、評論として読むぶんにはなかなか良いのではないかと思われる。ただし、多くの有名作品のネタバレをしているので読む際には気をつけたほうがよいであろう。

 何はともあれ、本書ははっきり言って万人に薦めることができるミステリとは言いがたい。昔のミステリの書をコンプリートしようとか、ミステリに精通している人のみが読むためのマニアックな濃いミステリと言い切ってよいであろう。これはただ単に“密室”好きというだけの人には荷が重過ぎる作品であると思える。


藐 鸚   名探偵帆村荘六の事件簿   6.5点

2015年07月 東京創元社 創元推理文庫 (日下三蔵編)

<内容>
 「麻雀殺人事件」
 「省線電車の射撃手」
 「ネオン横丁殺人事件」
 「振動魔」
 「爬虫館事件」
 「赤外線男」
 「点眼器殺人事件」
 「俘 囚」
 「人間灰」
 「獏 鸚」

<感想>
 海野十三氏により1930年から1935年にかけて書かれた作品のなかで帆村荘六を主人公とした作品を集めた短編集。帆村荘六はシャーロック・ホームズのもじりである。

「麻雀殺人事件」 麻雀をしている最中に死んだ男は誰に? どのようにして殺害されたのか?
「省線電車の射撃手」 電車のなかで起きた連続射殺事件の真相は?
「ネオン横丁殺人事件」 寝床にて天井の節穴から銃殺された男の事件の真相とは?
「振動魔」 振動を利用して、とある殺人をもくろんだ事件の裏に隠された秘密とは?
「爬虫館事件」 失踪した動物園園長の行方は? そのカギは爬虫類館に勤める男が握っているようなのであるが。
「赤外線男」 人の目に映らない男が事件を起こし、東京中をパニックに陥れる。
「点眼器殺人事件」 名探偵帆村は男の謎の死因は点眼器にあると推理し・・・・・・
「俘 囚」 密室を出入りすることができる謎の怪人の正体とは!?
「人間灰」 謎の失踪事件と空気工場の秘密。
「獏 鸚」 “藐鸚”に隠された謎の暗号の正体とは?

 80年以上も前の作品にも関わらず、決してミステリとして色あせていないと言えよう。今の時代に読んでも十分楽しめる作品集となっている。面白かったのは「省線電車の射撃手」「振動魔」「赤外線男」あたりか。物理トリックのはしりともいえるような作品がいつくか書かれていると事も特徴と言えよう。

 海野氏の作品は、たまに単発で短編集として編纂されることがあるが、むしろ全集としてしっかりと読むことができるようにしてもらいたい昭和ミステリ作家のひとりである。今回、この“名探偵帆村荘六の事件簿”の他にもノン・シリーズ短編集を創元推理文庫で出版してくれており、こういった具合に全てのミステリ短編作品が手軽に読めるようになってもらいたいものである。


火葬国風景   

2015年09月 東京創元社 創元推理文庫 (日下三蔵編)

<内容>
 「電気風呂の怪死事件」
 「階 段」
 「恐しき通夜」
 「蠅」
 「顔」
 「不思議なる空間断層」
 「火葬国風景」
 「十八時の音楽浴」
 「盲光線事件」
 「生きている腸(はらわた)」
 「三人の双生児」

 「『三人の双生児』の故郷に帰る」(エッセイ)

<感想>
 海野十三氏、作品集。こちらはさまざまなノン・シリーズ作品が集められたものとなっている。既読作品も少々あったかなと。

 探偵小説としては「電気風呂の怪死事件」が面白い。あっという間に3人の被害者が出そろい、そこから奇妙奇天烈な真相が明らかとなってゆく。銭湯という今とはちょっと異なる風俗的なものがなつかしい。

 海野十三氏の代表作ともいえる「三人の双生児」もなかなか。こちらはミステリというよりは、綺譚といった感じ。奇妙な虚実の人生が徐々に明らかになっていくというもの。

 その他、幻想作品のようなものがこの作品集では多かったかなと。「蠅」とか「顔」のように、同一のテーマで複数の物語書き上げられているものなどは面白かった。また、全体的に科学的・生物的な分野が取り上げられた理系幻想譚となっているところも大きな特徴と言えよう。


蠅 男   名探偵帆村荘六の事件簿2   5点

2016年09月 東京創元社 創元推理文庫(日下三蔵編)

<内容>
 「蠅 男」
 「暗号数字」
 「街の探偵」
 「千早館の迷路」
 「断層顔」

<感想>
 探偵・帆村荘六が活躍する短編を取り上げた作品集の第2弾。今回は、「蠅男」が長編といってもよいくらいの分量で、作品の大半を占めている。その他は短めの作品。

「蠅男」は、江戸川乱歩が描く“怪人対名探偵”風の作品となっている。謎の怪人物“蠅男”が、警察、検事、探偵らを煙に巻き、次から次へと不可能犯罪を巻き起こす。それらに頭脳だけではなく、体も張って対決してゆく帆村探偵の奮闘が描かれている。普通に冒険ものとして面白いと思える。ただ、“怪人対名探偵”風の作品ゆえに、なんとなく子供向けの作品のようにも感じられてしまう。あと、“蠅男”という命名もインパクトはあれども微妙かなと。

 その他の作品については、微妙なものばかりという印象しか残らなかった。事件簿1に掲載しきれなかった残った作品という感じ。
「暗号数字」は、途中までは面白かったものの、結局「解かずに終わるのかい!」と・・・・・・
「街の探偵」は、ガスによる事件を扱ったものというか、事件報告のような感じ。
「千早館の迷路」は、中途半端なホラー風の作品。いきなり吸血鬼!?
「断層顔」は、内容よりも設定が凄い。火星探検から帰ってきた男とか、電気分解とか、何気にSFしている。また、ここでは老探偵となった帆村荘六が登場。


深夜の市長      5.5点

2016年11月 東京創元社 創元推理文庫(日下三蔵編)

<内容>
 「深夜の市長」
 「空中楼閣の話」
 「仲々死なぬ彼奴」
 「人喰円鋸」
 「キド効果」
 「風」
 「指 紋」
 「吸 殻」
 「雪山殺人譜」
 「幽霊消去法」
 「夜毎の恐怖」

<感想>
 海野十三の短編集。創元推理文庫での第4作品集となり、ここにはノン・シリーズ短編作品が集められている。

 短編集といいつつ、最初の「深夜の市長」は全ページ数のうちの半分の200ページを占める、ほとんど長編と言ってもよい分類の作品。
 役所で働く男が趣味である深夜の散歩を続けるうちに、“深夜の市長”と呼ばれる男と出会う話。これは冒険小説のような感触の内容。最初のうちは主人公がお使いを頼まれ、あちらこちらへと訪ねていくところから始まる。そしていつのまにか、警察と市を巡る陰謀の真っ只中に巻き込まれることに気付かされる。
 これは事件を解くというよりは、展開を楽しむという物語。そして物語の行き着く先では“深夜の市長”の正体が解き明かされる。

 その他は、なんとなくであるが前短編集に対して、こちらは余った話がまとめられたという印象。中には面白いものもあるのだが、「雪山殺人譜」や「夜毎の恐怖」のように何の山場もなく終わってしまう作品も含まれている。

「空中楼閣の話」、「風」、「指紋」、「吸殻」は、それぞれが同じテーマの作品を集めたショートショート集という感じ。

 一番面白く読めたのは「キド効果」。これは作中にグラフが付けられた作品であり、心理的な面とそのグラフによる効果を分析した物語が語られている。グラフが扱われているゆえに、わかりにくい話かと思いきや、最後には非常にわかりやすい話に収束しているところが秀逸。


死の快走船      6.5点

2020年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「死の快走船」
 「なこうど名探偵」
 「塑 像」
 「人喰い風呂」
 「水族館異変」
 「求婚広告」
 「三の字旅行会」
 「愛情盗難」
 「正札騒動」
 「告知板の女」
 「香水紳士」
 「空中の散歩者」
 「氷河婆さん」
 「夏芝居四谷怪談」
 「ちくてん奇談」

 『随筆・アンケート回答』

<感想>
 大阪圭吉氏の作品集。同じタイトルで別会社からも作品集が出ているが、内容については関連はなく、こちらは東京創元社独自で編纂したものとなっている。

 ガチガチのミステリというよりは、大衆小説のような感覚の作品が多かったように思われる。ただ、それぞれの作品が大衆小説っぽい雰囲気を出しながらも、しっかりとしたオチが付いているので、本書をミステリ作品集と捉えることも十分に可能である。

「死の快走船」に関しては完全にミステリと言い切ってよい作品。体重で犯人を当てるという趣向が際立つ。また、動機となる海のとあるものに関する話も面白い。

 その他は各種諸々という感じ。猟奇的で幻想的な「塑像」。下町の奇談を描いたような「人喰い風呂」。人間関係のもつれによる犯罪を描いた「水族館異変」。ホームズの「赤毛連盟」の変種のような「求婚広告」。デパートで起きた盗難騒動を描く「正札騒動」。駅前掲示板の存在がなつかしい「告知板の女」。現代になってからとある事件を思い浮かべる「空中の散歩者」。

 と、色々な形の作品を楽しめる。それぞれ全部の作品をミステリっぽく堪能できるところが著者の大阪圭吉氏の凄さであろう。


「死の快走船」 ヨットにロープで結びつけられた状態で海に投げ出された死体。被害者は、生前何か慌てた様子を見せていたが・・・・・・
「なこうど名探偵」 訪ねてきた洗濯屋に、てんかんで死んだはずの主人が起き上がり、トマト泥棒に関する推理を話だし・・・・・・
「塑 像」 やせ細る石膏像の謎??
「人喰い風呂」 女子風呂の脱衣所に残された着物。着物の主はどこへ消えたのか!?
「水族館異変」 水族館での尼による実演の見世物の最中に起きた殺人事件。
「求婚広告」 謹厳実直な48歳の独身男が新聞の求婚広告欄を見て、結婚相手を見つけ、その女性と会おうとするが・・・・・・
「三の字旅行会」 東京駅のプラットフォームにて、毎日、三時の急行列車の三両目から降りてくる夫人(毎回異なる女性)を出迎える男がいて・・・・・・
「愛情盗難」 酔っぱらって自分の部屋の下の部屋で眠ってしまった男が盗難騒動に巻き込まれてしまい・・・・・・
「正札騒動」 デパート内の家具売り場で起きた値札張替え事件。
「告知板の女」 デートに送れた男は、彼女が残した板書を見ながら、行き先を辿って行き・・・・・・
「香水紳士」 列車で相席した男が銀行強盗ではないかと疑い始め、女はとある行動をとり・・・・・・
「空中の散歩者」 デパートのアドバルーンの紐が度々切られるといういたずらの目的とは!?
「氷河婆さん」 アラスカの土地に40年も住み着くエスキモーの女の真意とは!?
「夏芝居四谷怪談」 怪談の芝居を行っている舞台裏の奈落にお岩さんの幽霊が出たという騒ぎが起き・・・・・・
「ちくてん奇談」 元旦早々、町の男衆の姿が見えなくなるという事件が起き・・・・・・


見たのは誰だ   6点

1959年07月 講談社 単行本
2017年03月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 貧しい大学生・桐原進は友人の古川昌人と起業を計画するが、それを成すには先立つ金が必要であった。そこで古川の手引きにより強盗により金を手に入れようとするのだが、思いもよらぬ殺人事件が起きることとなり・・・・・・

<感想>
 本格推理小説を読んだというよりも社会派小説を読んだという感触。倒叙小説でありつつも、工夫をこらした部分も見受けられる。

 学生である桐原が起業するために必要な金を稼ぐために犯罪に手を染めようと計画するところから物語は始まる。その計画部分を担う古川と共に貴重品を強奪しようと実行するものの、現場で桐原と古川が争うこととなり、殺人事件が起きてしまう。その後、事件は裁判へと移行していく。

 前半の主人公は桐原で、後半からは弁護士の俵が主として物語が展開していく。桐原と古川が貴重品の強奪を企て、実行しようとしたことは間違いないものの、それを主導した者、そして複数の殺人を犯したものとして桐原が全ての件の容疑者とされてしまう。そうしたなか弁護士の俵は、桐原の恋人と友人に依頼され、事件の真相を見抜こうとする。

 倒叙小説ゆえに大筋はわかっているので、後半の弁護士のパートについては、最初やや退屈に感じられた。しかし、俵弁護士による桐原への執拗ともとれるような尋問と、そこから検察側の追及との矛盾を見つけ真相を見極めようとする手腕には惹かれるものがあった。また、事件の真相を明らかにする重要なパーツとして現れるものが意外なもので驚かされることとなったのだが、よく考えればそれがタイトルに表されているのだとようやく気づかされる。

「罪と罰」を意識したような物語と弁護士の奮闘ぶりに惹かれる小説であった。昭和という時代を感じ取れる社会派小説でもある。


偽悪病患者   6点

2022年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「偽悪病患者」
 「毒」
 「金色の獏」
 「死の倒影」
 「情 獄」
 「決闘介添人」
 「紅座の庖厨」
 「魔法街」
 「灰 人」
(エッセイ)
 「探偵小説の型を破れ」
 「探偵小説不自然論」

<感想>
 1929年〜1936年に大下宇陀児によって書かれた作品集。これを読んだときに思ったのは、他の昭和初期に活躍した作家の感想でも同じことを書いたかもしれないが、乱歩っぽいなと。個人による独白とか、書簡とかで表される作品が多いことからそのように感じられる。ただ、当時はこのような作風のものが多かったのであろう。ゆえに、一概に“乱歩っぽい”という表現は乱暴なのかもしれない。

 表題作の「偽悪病患者」が面白かった。“偽悪病”がポイントになる作品なのかと思いきや、思わぬ告発がなされることとなり、意外な展開を見せることとなる。

 この作品集のなかで異色と思えたのが次の2編「毒」と「金色の獏」。「毒」は子どもの視点による物語。中身は不倫の描写そのものであるのだが、それをわからない子供目線による語りが奇妙な雰囲気を醸し出している。「金色の獏」は、読んでいる最中でだいたい内容を把握することができそうな詐欺が語られている。肝心の骨董品屋がこのような詐欺に騙されるようでは勤まるまいと。

 あとは童話めいた「紅座の庖厨」なども異色な作品で楽しめる。なんとなくではあるが、宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思い起こす。

「魔法街」は、派手目な乱歩作品っぽくて面白い。まさしく怪人二十面相の世界。ただ、幕の引き方がやや粗目になっていたかなと。


「偽悪病患者」 妹との書簡により、兄はその男は“偽悪病患者”であるから気を付けろと・・・・・・
「毒」 子供たちは、新しい母親が父親の体がよくなるように薬を盛っていることを密かに知り・・・・・・
「金色の獏」 金色の獏が高く売れることを知った骨董品屋は・・・・・・
「死の倒影」 容姿に恵まれなかった男の犯罪譚。
「情 獄」 男は恩義のあるはずの男に対し、嫉妬にかられ殺害してしまう羽目となり・・・・・・
「決闘介添人」 教え子の二人はひとりの女を巡って諍いをし、決闘騒ぎにいたり、師はそれに乗じてある計画を・・・・・・
「紅座の庖厨」 胃弱の男が、とあるレストランにて、金を詰めば胃弱が治ると言われ・・・・・・
「魔法街」 怪電車事件、怪ラジオ事件、怪救世軍事件、これら怪事件の顛末は・・・・・・
「灰 人」 犬を飼い始めた男が大けがをし、後に妻は不倫をし、それを発端に事件が起き・・・・・・


烙 印   6.5点

2022年09月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「烙 印」
 「爪」
 「決闘街」
 「情 鬼」
 「凧」
 「不思議な母」
 「危険なる姉妹」
 「螢」
(エッセイ)
 「乱歩の脱皮」
 「探偵小説の中の人間」

<感想>
「偽悪病患者」に続く大下宇陀児傑作選(全二巻)。ここに掲載されているものは、1928年〜1960年と幅広い年代で書かれている。前作を読んだ感じでは、平凡な普通の昭和ミステリという感じであったのだが、今作ではその評価は一変することに。今回掲載されている作品は、どれも良くできていると思われた。そのどれもが、意外な展開を見せる作品となっている。読み始めこそは、よくありがちな話という感じであるものの、物語の後半へたどり着くと意外な展開を見せるというものばかり。それゆえに、かなり読み応えのある作品集という印象を持つことができた。

「烙印」は、中編くらいの内容で、読み応えがある。単に横領詐欺の話かと思いきや、そこから相手を罠にかけるたくらみがなされ、さらには犯罪者側が追われるという展開が続くことに。そして、最後に思いもよらぬ一撃が待ち受けているという展開。これは表題作とされるだけのことはあると思える内容。

 その他の作品も、それぞれ意外な展開を見せる内容となっており、それぞれ読み応えのあるものとなっている。ある種ミステリというよりも、奇譚集として楽しめる作品群と言えるかもしれない。


「烙印」 子爵の金を着服し、返済を迫られた男は、子爵を罠にかけ、自殺したと見せかけようと・・・・・・
「爪」 恋敵を殺害するために、破傷風の菌を利用することに決めた男は・・・・・・
「決闘街」 雪山でのハプニングを利用して、ライヴァルの男を殺害しようと・・・・・・
「情鬼」 赤い色が苦手な男は強盗として数奇な人生を歩むこととなり・・・・・・
「凧」 暴君であった父を亡くした息子は、母親とその愛人らしき男を疑い・・・・・・
「不思議な母」 若くして結婚した女の夫が死に、別の男と再婚した女。あるとき、今の夫が前の夫を殺したのではないかと疑い始め・・・・・・
「危険なる姉妹」 資産家の娘として生まれた姉妹であったが、やがて家が没落し、奇異な運命をたどることとなり・・・・・・
「螢」 資産家の高校生の息子が誘拐され、身代金を要求されることとなり・・・・・・


立春大吉  大坪砂男全集1

2013年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 「赤痣の女」
 「三月十三日午前二時」
 「大師誕生」
 「美しき証拠」
 「黒 子」
 「立春大吉」
 「涅槃雪」
 「暁に祈る」
 「雪に消えた女」
 「検事調書」
 「浴 槽」
 「幽霊はお人好し」
 「師父ブラウンの独り言」
 「胡蝶の行方 −贋作・師父ブラウン物語−」

<感想>
 積読となっていた“大坪砂男全集”の1巻にようやく着手。私はこの大坪氏の作品に触れるのは初めてなのだが、あとがきによると「凝り性の遅筆家」という評価が非常に適したものだとのこと。また、遅筆家とはいえ、それなりに短編作品はあるのだが、有名作もしくは良作として評価されているのが「天狗」という作品のみとのことである。

 本書を読んでの感想はというと、凝り性であるかどうかはわからないが、起承転結がわかりにくい小説だなと感じられた。転や結はともかく事件の発端がわかりにくく、いつの間にか探偵小説となっているという作品が多くみられた。意外にも、普通小説が多いのかと思いきや、ここの掲載されている作品は、導入は一見普通に見えながらも、途中から急にしっかりとした探偵小説になっていくというものが多くみられた。

「三月十三日午前二時」などは、後半になると、とんでもない大がかりな探偵小説であると驚愕させられる内容であったし、本編のなかでは比較的わかりやすい「美しき証拠」あたりなどは毒殺小説としてなかなかのものと感じられた。また、「立春大吉」なども、短いページ数ながらも、意外なトリック小説であることを見せつけられる。

 あと、最後の二編にブラウン神父ものの作品がアンソロジーのような形で書かれているが、こちらはあまり受け入れられなかった。特に「師父ブラウンの独り言」は、ブラウン神父らしさが全然なかったような・・・・・・

 個人的には、凝り性というよりも、癖のある探偵小説を書く作家という感じがした。次の全集2には、噂の「天狗」が掲載されているので、読むのを楽しみにしたい。


天 狗  大坪砂男全集2

2013年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
〈第一部 奇想篇〉
 「天 狗」
 「盲 妹」
 「虚 影」
 「花 束」
 「髯の美について」
 「桐の木」
 「雨男・雪女」
 「閑雅な殺人」
 「逃避行」
 「三ツ辻を振返るな」
 「白い文化住宅」
 「細川あや夫人の手記」

〈第二部 時代篇〉
 「ものぐさ物語」
 「真珠橋」
 「密偵の顔」
 「武姫伝」
 「河童寺」
 「霧隠才蔵」
 「春情狸噺」
 「野武士出陣」
 「驢馬修行」
 「硬骨に罪あり」

 「天 狗」(初稿版)
 「変化の貌」(「密偵の顔」異稿版)

<感想>
「立春大吉」に続く、大坪砂男全集の2冊目。前作のあとがきに大坪氏について“凝り性の遅筆家”とあったのだが、本書を読んでみると、意外と色々な作品をそれなりの数出しているではないかと感じてしまう。しかも全集は4冊まであるし。

 本書での目玉はなんといっても「天狗」という著者の代表作と言われる作品。これが読んでみてびっくり。想像を超えるような、なんともいえぬ内容。一人の女性に対するストーカーのような描写から、突然のアクロバティックな完全犯罪実行へとスピーディーに変貌していく。結局のところ“完全”犯罪となったのかどうかはわからないが、その展開と発想に驚かされるばかり。また、他の作品と比較して、描写の仕方がこの作品だけやけに独特であったなと感じられた。

 第一部の綺想篇ではミステリ的な作品が取り上げられているが、ミステリというよりは、どれもが男女関係のもつれを描いた作品というように捉えられた。「三ツ辻を振返るな」だけ、少々趣向が異なっていたが、全体的に印象に残るという作品はあまりなく、平凡な物語という域を脱していないようにも思えた。特に、印象に残るようなキャラクターも見受けられず。

 第二部は時代篇ということで歴史的な物語であるのだが、不思議と平凡。忍者なども出てくるので、もう少し冒険活劇めいた内容でもよかったと思えるのだが。猿飛佐助とか、いくつかの短編にわたって登場するものもいたので、シリーズ化させるような感じで描いてもらった方が、取っ付きやすかったかもしれない。


私 刑  大坪砂男全集3

2013年05月 東京創元社 創元推理文庫

 「私 刑」
 「夢路を辿る」
 「花売娘」
 「茨の目」
 「街かどの貞操」
 「初恋 −課題小説に応えて−」
 「外 套」
 「現場写真売ります」
 「第四宇宙の夜想曲」
 「密航前三十分」
 「ある夢見術師の話」
 「男井戸女井戸」
 「ショウだけは続けろ!」
 「電話はお話し中」
 「危険な夫婦」
 「彩られたコップ」

 「二十四時間の恐怖」
 「ヴェラクルス」

 「『私刑』絵物語」
 「名作劇画『私刑』」

 「『私刑』後書」
 「水谷先生との因縁」

 「純系の感じはどこから来る−大坪砂男評」 木々高太郎
 「解 説」 中島河太郎
 「『閑雅な殺人』読後−大坪砂男氏の近業」 中島河太郎
 「大坪砂男−推理作家群像11」 中島河太郎

 「ホフマンと大坪砂男」 紀田純一郎

<感想>
 大坪砂男氏についてはさほど知らないので、そんなに作品を書いていないのかと思いきや、全集として集めてみると、結構多くの作品があるようだ。既に全集も3冊目。この作品集では、従来の小説のみならず、犯人当て小説や映画のノヴェライズなど、色々な内容のものが掲載されている。

 ただ、このように色々な作品が並べられているものの、印象に残る作品はほとんどない。この作品集ではタイトルにもなっている「私刑」を力を入れて紹介しているようであるが、あまりピンとこない内容であった。黄金の仏像の争奪戦が描かれているのであるが、サプライズというか、細かい伏線とか繋がりに微妙なところがあり、全体的にも微妙になってしまっている。

 その他、色々な作品があるのだが、器用貧乏というよりも、どれもがものにならず、色々な分野に挑戦したというような気がしなくもない。ただ当時であれば探偵小説が確立されていたわけでもなさそうなので、小説家として色々と書くのは当然の事か。そもそも大坪氏自体、別に探偵小説家であるという意識はなかったのかもしれない。


零 人  大坪砂男全集4

2013年07月 東京創元社 創元推理文庫

【第一部 幻想小説篇】
 「零 人」「幻影城」「黄色い斑点」「幻術自来也」
【第二部 コント篇】
 「コント・コントン」「寸計別田」「階 段」「賓客皆秀才」「銀 狐」
 「日曜日の朝」「憎まれ者」「露店将棋」「蟋蟀の歌」「三つのイス」
 「現代の死神」「ビヤホール風景」「天来の着想」「旧屋敷」
【第三部 SF篇】
 「プロ・レス・ロボット」「ロボット殺人事件」「ロボットぎらい」「宇宙船の怪人」
【その他】
 「推理小説とは」「推理小説私見−大坪砂男氏にこたえて」 高木彬光
 「再び「推理小説」に就いて」「困った問題」「讃えよ青春!−不可能への挑戦−」「受賞の言葉」「宮野叢子に寄する抒情」
 「戦後派探偵作家告知板」「夢中問答」「改名由来の記」「πの文字」「アンケート「宝石」1951年10月増刊号」
 「アンケート「宝石」1952年1月号」「相馬堂鬼語」「意義ある受賞」「怪奇製造の限界」「ミステリーとは何ぞや」
 「願 望」「佐久の草笛」「『花束』の作意に就いて」「筆名もとへ戻る」「椅子は空いている」
 「短篇形式について」「地下潜行者の心理」「POST ROOM」「私人私語」「重厚な作風」
 「人生を闊歩する人」「新人らしく生真面目に」「透明な空間の中にあって」「?の表情」「会計報告について」
 「新しき発展へ」「ノーベルが残した五つの賞金」「ミュスカの椅子」「アルバイト」「病気という名の休養」
 「アンケート「宝石」1957年10月号」「街の裁判化学」「ふるえ止め」「影の理論」「見ぬ恋に憧れて」

 「奇妙な恋文−大坪砂男様に」 宮野叢子
 「アラン・ポーの末裔−大坪砂男氏と語る」 渡辺剣次
 「幻物語」 山田風太郎
 「推理文壇戦後史(抄) 山村正夫
 「夢幻の錬金術師・大坪砂男−わが懐久的作家論」 山村正夫
 「大坪砂男さんのこと」 色川武大
 「故 人」 色川武大
 「書評 逆さまの椅子−『天狗』(国書刊行会)」 倉阪鬼一郎

<感想>
 大坪砂男氏の作品全集の最後をかざる4冊目。この辺に来ると、残り全部という感触になっており、「幻想小説」「コント」「SF」「その他もろもろ」といった、雑多なものが集められている。

 基本的にこの人の小説って、わかりにくいというか“唐突”という感じがしてならない。ゆえに、最後まで読んでもしっくりと来なかったり、よくわからなかったりというものが多かったような気がする。今回の中では表題となっている「零人」が読み応えがあったものの、主題としてはありがちな内容の作品であったという気もする。ただ、“零人”という言葉の意味はそれなりにうまく使われているかなと。

 その他「コント集」というものが多く掲載されているものの、どれも面白いというような感じではなかった。これについては、単なる時代のせいだけでなないような気もするのだが。あと「SF」に関しては意外と面白かったなと。そうしたなかで、「ロボット殺人事件」は、そこそこのページ数のもので、SFミステリとして描かれている作品ではあるのだが、これが“唐突”そのもの。面白そうな展開であったわりには、真相がいきなり現れるという感じであった。

 後半は、小説のみならず、大坪氏がアンケートに答えたものや、ちょっとした文章を書いたものなど、さまざまなものが掲載されている。これらは、全集というだけあって、とにかく大坪氏の痕跡を全て集めたというような感じ。むしろ、ここまで一つの作品集のなかに集められているところが凄いと感嘆させられる。

 この大坪砂男氏についてであるが、幻の作家的な位置づけのようにされているところもあるが、実際のところあまり大衆に受け入れられなかった作家という感じがしてならない。代表作とされる「天狗」でさえ、決して読みやすい作品とは言えず、内容に関しても決して一般的に受け入れやすいというものではなかろう。そういったところから、結局のところいつしかマニアックな作家のひとりというところに落ち着いてしまったのではないかと思われる。こういうような作家は、実際のところ数多くいると思われるが、そうしたなかで一つの代表作があるということと、そしてそれなりに数多くの短編を書いていたという事から、全集が編纂されたということなのであろう。


黒死館殺人事件

1935年 出版
1956年02月 早川書房 ハヤカワミステリ240

<内容>
 降矢木算哲博士は一度も住まず5年しか経っていない館の内部を大改修した。人々からは“黒死館”と呼ばれるその館。改修後、そこに住む者達は次々と不可解な自殺を遂げていた。そうして当主である降矢木算哲までもが自殺をし、さらなる惨劇が幕を開けることとなる。
 現在、黒死館に住むのは算哲の息子・旗太郎と、算哲が連れてきた4人の外国人、そして使用人たち。4人の外国人のうちの一人、グレーテ・ダンネベルグ夫人が神秘的な状態で死んでいるのが発見される。なんと死体となったダンネベルグは自ら光を放っていたのである。
 さらに、館に住む者たちへの殺害予告が見つかり、その予告にそうように次々と殺人事件が起きてゆく。次々と起こる事件に法水麟太郎が見出した真相とは!?

<感想>
 ついに永遠の積読と思われた一冊を読破! 普通の積読のように、なんとなく読まなかったとかではなく、読もうとして挫折した作品。それをどうにかこうにか読みとおしたわけだが・・・・・・読了したにもかかわらず、結局よくわからない。

 大まかな(かなり大まかな)内容については理解できる。黒死館というところで次々と住人が奇怪な死を遂げるというもの。だが、それ以外はほとんどよくわからない。奇怪な死を遂げると書いたものの、その状況が幻想的過ぎてよくわからない。事件を捜査しているはずの法水麟太郎がどのように捜査を進めているのか、よくわからない。最後に真犯人の名が告げられるものの、それにも関わらず全貌が全くわからない。

 といった、不可思議な作品。歴史的価値として、こういった不可思議な館で起こる連続殺人事件を描いた作品は、当時他の作家によっては書かれていなかったのではなかろうか。新本格ミステリ台頭後の今であれば珍しくはないが、その前の作品と考えると、代表作的なものを挙げようとしても思いつかない。また、他の作家では描きようのない怪しげな小栗虫太郎ならではの作風に彩られているというのも大きな特徴なのであろう。

 そう考えれば、確かに日本三大奇書の名にふさわしい怪作と言えよう。本来、一度読んでよくわからなかった作品については再読することを考えるのだが、この作品については再読したからといって理解できるとはというてい思えない。果たして、生きている間にもう一度読むことがあるのかどうか。それでも、本棚の一角にとどめておくことは間違いなかろう。


紅殻駱駝の秘密   5.5点

1936年02月 春秋社 単行本
1970年05月 桃源社 単行本
2018年09月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 手に入れれば多大なる財産を得ることができるといわれるシドッチの石。1700年代に伝わったとされる石は、明治時代にさまざまな事件を起こし、さらに時を経て、“紅殻駱駝”という言葉の謎と共に新たな事件が起きることとなり・・・・・・

<感想>
 小栗虫太郎氏の第一長編。ミステリというよりは冒険小説という感じ。そしてなんといっても、先鋭的に感じられるタイトルに惹かれるものがある。

 最初はシドッチの石の存在や、謎の“紅駱駝”もしくは“紅殻駱駝”という呼び名が紹介されてゆく。そこから、あまりに奇抜さに閉口してしまうイエス・キリストまでもが登場するシャーロック・ホームズ劇。さらには、シドッチの石を巡っての2世代にわたる犯罪模様。

 本書は小栗虫太郎氏の作品としては読みやすいほうだと思えるが、中盤以降からはついて行くのがしんどくなっていった。ホームズ劇くらいまでは結構面白かったのだが。

 それでも小栗氏の物語を書き上げるという力量について、ただただ感嘆させられる作品。それは決して一般受けするようなものではないかもしれないが、ここまで不可思議で壮大な物語を強引に書き上げる作家としての力に恐ろしいものを感じとることができる。後に“黒死館”というような怪作を書き上げてしまったのにも納得させられる。


法水麟太郎全短篇   7点

2019年05月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 「後光殺人事件」
 「聖アレキセイ寺院の惨劇」
 「夢殿殺人事件」
 「失楽園殺人事件」
 「オフェリア殺し」
 「潜航艇『鷹の城』」
 「人魚謎お岩殺し」
 「国なき人々」

<感想>
「後光殺人事件」
 寺の住職が大石に背をもたせ、合掌したまま死亡しているのが発見された。死因は、頭部への刺し傷であると思われるのだが、その傷跡から時間をかけて凶器を押し込んだものと見られている。しかし、何故か被害者は安らかな表情のまま亡くなっており・・・・・・
 独創的というよりは、こんな殺害方法誰も想像がつかないというようなもの。それでも、舞台仕立てはなかなか面白いものであると思われる。ある種、心理ミステリ的にも捉えられるのだが、常識の範囲から逸脱する心理のように思われ、通常の範疇では語り尽くせないミステリ。

「聖アレキセイ寺院の惨劇」
 聖アレキセイ寺院からなる鐘の音に不審なものを感じた検事が法水麟太郎と共に寺院へと向かうと、そこに住む一寸法師のマシコフと出会う。彼が言うには偽の電報により呼び出されたのだという。マシコフと共に寺院へと入ると、そこで発見したものは、寺院の主であるラザレフの刺殺体であった!
 寺院による殺人事件ということで、もともとの現場がそれなりのものゆえか、事件の動機についてはさほど奇妙というものでもない。ただ、その殺人方法については奇抜。小栗氏の作品らしい機械的トリックが用いられているのだが、説明されても何が何だかわからないところはむしろこの著者らしいもの。そこまで大掛かりなトリックを使う必要があるのかどうかは微妙なところであるのだが、こういった殺人模様こそが著者を特徴付けている一端であると思われる。

「夢殿殺人事件」
 尼僧寺からの通報により現場へと駆け付けた法水麟太郎と支倉検事。その尼僧には最近、奇跡を行う行者、推摩居士というものが居ついていたのだが、その推摩居士ともう一人の尼僧が死体となって発見された。曼荼羅の前で発見された死体はまるで、絵から出てきた孔雀明王に殺されたかのように・・・・・・
 舞台は尼僧、しかも死体が発見される現場も奇妙な状況。謎の凶器、元々戦争により足を失っていた推摩居士の直立した死体、失った血液の行方、謎の梵字、そして密室殺人事件? と、色々な要素が詰まった事件が描かれているのだが、解決がいまいち・・・・・・というか、かなりわかりづらい。絵付きでというよりむしろ、動画で説明してもらいたいくらい。このような事件解決であるならば、むしろ孔雀明王に殺されたというほうがまだわかりやすいような気がしなくもない。

「失楽園殺人事件」
 兼常博士が資材を投じて作った療養所。失楽園とよばれるその場所では、博士と二人の助手しか入ることが許されていなかった。そこで博士らは完全死蝋の研究を行っていた。妊娠した女性の体を実験台として、その女性の死蝋が完成した時、事件が起きる。助手の一人が密室のなかで他殺体となって死亡し、博士は異様な急死を遂げていた。事件の真相はいかに? そして貴重なコスター所版聖書の行方は?
 これまた突飛な物理トリックが扱われている。しかし、どう考えても今の世でたとえドローンを使っても難しそうなことを、軽くトリックとして扱ってしまっているところが何とも言えない。また、事件における動機についても異様と言えるもので、これもまた目を見張るものとなっている。

「オフェリア殺し」
 ハムレットを上映している劇団。そこのスターであった風間九十郎が去り、今回舞台で主演を務めるのはなんと、法水麟太郎そのひとであった。その劇の上演中、オフェリア役の女優がのどを切り裂かれ死亡するという事件が起き・・・・・・
 科学的検証やら、錯覚のような心理的現象などが色々と説明されるものの、肝心のトリックに関しては、他の作品と比べてやや小ぶりであったかなと。普通ならば、上演中に起こる事件というのは、推理小説上では魅力的といえるかもしれないが、法水麟太郎ものの一編となるとスケールが小さいと感じられてしまう。

「潜航艇『鷹の城』」
 かつて撃沈した潜航艇『鷹の城』が引き上げられた。その潜航艇に乗船していた、現在は盲目の乗組員4名。彼らはそのときの怪事件を思いおこす。4人の乗組員は元々室戸丸という船に乗っていたが、撃沈され、潜航艇に引き上げられた。その潜航艇内で、艇長が自然死を遂げ、その後死体が消失するという事件。そして、またもや甦った潜航艇『鷹の城』にて、不可解な殺人事件が起こることに!
 法水麟太郎作品集のなかでは一番長い短編作品。潜航艇の乗組員が巻き込まれた怪事件や、ジークフリートの神話などが語られ、そして事件の全貌を法水麟太郎が解き明かす。一部の登場人物が盲目ゆえに可能なトリックなのかどうか、それでも微妙な感じはする。また、凶器に関するトリックは、化学反応に関しては理解できるのだが、実現可能なのかはよくわからない。ただ、このシリーズ、リアリティに関してはどうでもよく、スケールの大きさと奇想天外っぷりを楽しむものなのであろう。

「人魚謎お岩殺し」
 劇団、浅尾里虹一座。彼らは血なまぐさい演目を行う一座であった。彼らの出自は変わっており、調査隊の手により島で発見されたアサオリコウと、もうひとりの青年、そして4人の嬰児。あるとき、一座の長である浅尾里虹が失踪する。するとその後、演目の最中に、役者が死亡するという事件が起き・・・・・・
 登場人物一覧が欲しいところ。きっちりと登場人物が紹介されていないように思え、なんとも読みづらい。ついでに言えば、人物相関図までも欲しいところ。メインはトリックの解明云々ではなく、その登場人物らの背景にあると思われる。結局のところ、劇中の殺人事件などというよりも、その人物相関や背景がキモであるという気はするのだが、それらの説明がわかりづらいため、事件の動機がよくわからないまま。

「国なき人々」
 快速艇にてポルトガル沖を旅していた法水麟太郎と小牧夫妻。彼らが乗った船は、スペインの反政府組織が乗った船に拿捕される。捕らわれた法水らは、船内で起きた殺人事件に関わることとなり・・・・・・
 設定は相変わらず破天荒であるが、内容はあっさりめ。とは言いつつも、他の作品もこれくらいわかりやすければよいのだが。ミステリというよりは、海上での冒険を描いたかのような内容。


人外魔境   5.5点

1968年12月 桃源社 単行本
2018年01月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 第 一話 有尾人
 第 二話 大暗黒
 第 三話 天母峰
 第 四話 「太平洋漏水孔」漂流記
 第 五話 水棲人
 第 六話 畸獣楽園
 第 七話 水礁海
 第 八話 遊魂境
 第 九話 第五類人猿
 第 十話 地軸二万哩
 第十一話 死の番卒
 第十二話 伽羅絶境
 第十三話 アメリカ鉄仮面

<感想>
 タイトルの通り、魔境を舞台に繰り広げる冒険活劇が描かれた作品。といいつつも、本当に冒険活劇らしきものが描かれていたのは最初の「有尾人」くらいであったような。謎の地帯「悪魔の尿溜」を目指し、謎の生物“有尾人ドド”と共に奥地へと出かけていくという内容。

 次の「大暗黒」については、冒険よりも、やや陰謀めいた話の方が強くなっていたような印象。そして、その次の3作目の「天母峰」からは、折竹孫七という冒険家らしき男が中心となって語られてゆく話となり、ここから作品全体のテイストが変わって行く。

 この第三話からは、ページ数がやや短くなり、それゆえに冒険譚も中途半端。また、これらの話がフィクションであるのは当然ではあるのだが、それをさらに折竹が語った話という風に作中で行われてしまうと、一種のホラ話のようなテイストが加えられてしまうので、そういったところも物語全体の興をそぐような感じに思えてならなかった。

 そんな感じで、第三話以降は、まぁ、色々なネタを用いた冒険譚、または陰謀譚、諸々という感じで語られてゆく話となっている。タイトルの「人外魔境」というテイストのまま話を進めるのであれば、第一話の「有尾人」くらいの内容の濃さで進めてもらいたかったところ。


二十世紀鉄仮面   5点

1936年09月 春秋社 単行本
2017年07月 河出書房新社 河出文庫

<内容>
 帝都にペストが大流行したとき、その裏に潜む陰謀を暴き出すため、法水麟太郎は死の商人・瀬高十八郎に挑む。九州某所に幽閉された謎の鉄仮面の正体とは!?

<感想>
 小栗虫太郎氏による、探偵・法水麟太郎が活躍する作品であるのだが、今作はミステリではなく完全なる冒険ものとなっている。法水麟太郎がスパイを暴き出す(?)のか何なのか、何やらアグレッシブに行動している。

 本書はとにかく内容がわかりづらい。場面がいつの間にかきりかわっているかと思えば、矢継ぎ早に事が起こり、密書や手紙が都合のいいように消えたり、現れたり。そんな感じで、どんどんと話は流れていくものの、物語の核心部分がどこにあるのかが読み進めていってもよくわからない。タイトルになっている鉄仮面を付けて幽閉されている者の正体を暴くのがメインなのかと思いきや、結局さほど重要そうな感じでもなく、とりあえず冒険ものっぽい作品を書いてみたというような感じしか伝わらなかった。

 あとがきをみて(読んだのは河出文庫版)、その内容や物語の焦点などを確認したかったところなのだが、なぜかそのあとがきで、本書の内容に全くと言っていいほど触れていなかった。解説者にとっても理解不能な物語であるのかな??


黒いハンカチ   小沼 丹(おぬまたん)

1958年08月 三笠書房
2003年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 A女学院にて働く女教師ニシ・アズマ。彼女はちょっとした出来事などからその裏に隠される真相を導き出してしまう。そんな彼女の元にいろいろな事件の話が持ち込まれてきたり、または彼女自身が首を突っ込んでみたりとさまざまな冒険譚をつむぎだしていく。

<感想>
 全編にわたって何かモダンな印象を受ける作品集である。何がモダンかというと名前の表記が“ニシ・アズマ”となぜかカタカナ表記であるとことが変わっている・・・・・・というのは冗談として、この作品が45年前に書かれたものであるとは信じられないくらい現代風なのである。それを考えると当時であれば本書に対してモダンな印象を受けたという人もいるのではないだろうか。

 内容は今で言えば“日常の謎系”というのがしっくりとくるものである。そんな昔からもこのような作風のものが書かれていたのだなと感心してしまうことしきり。

 本書はミステリーであるのだが、“ニシ・アズマの推理”というよりは“ニシ・アズマの奇妙な日常”とでもいったほうが良いように思える。女教師のニシ・アズマが日常のなかで見た人々の奇妙な行動に対して疑問に思ったことを検討するというもの。とはいってもその中にも推理小説としてすぐれた作品もいくつかは見受けられる。なかでも「蛇」という作品なんかは、はっとするような推理が展開されている。一編、一編は短いもののメケルマンの「九マイルは遠すぎる」をほうふつさせるような作品なども含まれている。




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