その他の作家 や行 作品別 内容・感想

離れた家   7点

2007年06月 日本評論社 単行本(日下三蔵:編)

<内容>
[PART1]
 「砧最初の事件」
 「銀知恵の輪」
 「死の黙劇」
 「金知恵の輪」
[PART2]
 「扉」
 「神技」
 「厄日」
 「罠」
 「宗歩忌」
 「時計」
[PART3]
 「離れた家」

<感想>
 単行本化は初という幻の作家・山沢晴雄氏。どのような作品を書いているのかと思いきや、どうやら昔、光文社文庫で「離れた家」を読んでいるようなのだが全く覚えていなかった。よって、全ての作品を新鮮な思いで読むことができた。

[PART1]に代表されるように山沢氏というのは基本的にはアリバイものを書くのが作風といえよう。ただし、単なるアリバイものというわけではなく、そのアリバイを必要以上に難解にしてしまうのが最大の特徴といえるであろう。最初のほうの短編にしても、30ページ前後という短い作品にもかかわらず、きちんと読んでいかないと何を行っているのかがさっぱりわからないという書き方がなされている。この作風は、どうにもマニア向けという気がしてならなく、このような形で単行本化されたのは実に正しいことであるといえよう。

[PART1]では私立探偵の砧という人物が事件に巻き込まれながら懇意にしている警部とともに事件を解いていくというもの。これらの作品のなかでは「砧最初の事件」が一番よくできていると感じられた。アリバイトリックには詳しくないので、ひょっとしたらこの作品の前例があるかもしれないが、なければまさに“最初の事件”と言うにふさわしいトリックであろう。

[PART2]はノン・シリーズをまとめた章となっている。その中でも興味深かったのが「扉」という作品。これは一見パズラーのようにも見える作品であり、読者に考えさせる作品である。ただし、最終的にはちょっと違うところに到達してしまうのだが、物語としてもよくできているのではないだろうか。
「神技」という変わった作品に対して、それを補完するかのような「厄日」という2作で形を成している変わった作品が掲載されている。ただし、補完といっても、それで本当に完成させたと言えるのか微妙なところである。この2作品こそ、山沢氏のマニアックな作風を顕著に表す作品と言えよう。
 また山沢氏が将棋に対する愛情がこめられている作品が[PART1][PART2]と続けて描かれている。これもまた著者のこだわりを表すものなのであろう。

[PART3]は100ページからなる中編「離れた家」が収められている。個人的にはこれ一作だけでも十分という内容であった。
 降霊術の雰囲気を秘めたなかで行われる瞬間移動トリックが用いられている。ただし、そのトリックがとあるアリバイトリックにより簡単に解かれる・・・・・・と思いきや、さらにそこから複雑なアリバイトリックへと発展していくところが見事である。これは一見の価値がある作品と言えよう。

 というわけで、一般受けする作風とは言いがたいものの、推理小説に対する独特のアプローチ方法を確立しており、語り継がれるべき作家であることは間違いないと思われる。まさに日下三蔵セレクションにふさわしい作家である。


死の黙劇  <山沢晴雄セレクション>   6.5点

2021年07月 東京創元社 創元推理文庫(戸田和光編)

<内容>
 「砧最初の事件」
 「死の黙劇」
 「銀知恵の輪」
 「金知恵の輪」
 「見えない時間」
 「ふしぎな死体」
 「ロッカーの中の美人」
 「密室の夜」
 「京都発“あさしお7号”」

<感想>
 近年であれば山沢晴雄という名前についても「離れた家 山沢晴雄傑作集」が出版されたせいか、耳慣れた作家のように思えてしまう。実際には、山沢氏自身がアマチュア作家を突き通し、作品自体もさほど多くなかったゆえに、単行本化されない、ちょっとした幻の作家であったようである。本書はその作家の作品をさらにチョイスした作品集。

「砧最初の事件」については、タイトルをどこかで聞いたことがあるような気がする。ひょっとすると著者の代表作的な位置づけのように思えるので、各種アンソロジーなどではよく取り上げられているかもしれない。その内容についても良くできており、複雑に紡がれたアリバイトリックが光る作品となっている。

 その他の作品についてもアリバイトリックを基調とした作品がここでは収められている。ただ、それぞれ読んでいると、そのどれもが似たような設定であるなと思えるようになってくる。作品序盤に色々な人が一見、思い思いに行動する。そして、ロッカーやトランクが小道具として使われ、場合によってはその中から死体が発見されることとなる。そんな展開の作品がほとんど。

 それでも、似たような設定の中で、トリック自体は別個のものを用いており、それぞれ工夫が凝らされているところは見事であると感じられた。最初の「砧最初の事件」と最後の「京都発“あさしお7号”」の二つは、他とちょっと異なる様相で、なおかつ用いられるアリバイトリックもやや複雑なものとなっている。

 マニアックな作家のミステリを紹介してもらえたということで、これは満足な一冊。こだわりを持った職人のようなミステリ作家の作品を堪能できる作品集。


「砧最初の事件」 砧に依頼してきた男は、電話によってあちらこちらへと振り回されたという。その後、バラバラ死体が見つかり、男はアリバイトリックを使ったという疑いが・・・・・・
「死の黙劇」 事故を起こしたタクシーの中で死んでいた男は怪我をしていないのに顔に包帯を巻いていた。砧はその男が死ぬ直前に会ったと思われたのだが・・・・・・
「銀知恵の輪」 殺された男は、その直前に盗みを働いていたようであるが、どのタイミングで盗み、どのタイミングで殺されたのか? 真相は将棋の駒に!?
「金知恵の輪」 殺された男は将棋の金を握っていた。現場にカフスボタンが落ちていたものの、当時、将棋の駒と棋譜を持ち込んだ女のアリバイにおかしなところがあり・・・・・・
「見えない時間」 首を繰られた女流作家の死体と共に見知らぬ女の死体が発見された。人の出入りはなかったという証言のもと、犯行はどのように行われたのか!?
「ふしぎな死体」 破産しかけている会社の社長と思われる死体がホテルに置かれたトランクの中から発見された。さらには社長夫人の死体。社長は生前に不思議な行動をとっており・・・・・・
「ロッカーの中の美人」 ロッカーの中から現れた女の死体。この犯罪を成しえることができたのは容疑者のうちの誰か??
「密室の夜」 スターそっくり大会、刺された社長、一目ぼれした女の後をつける男、新しく買ったスチール庫から出てきた死体!
「京都発“あさしお7号”」 元警官の探偵が、セールスマンを迎えたのちに、何者かに殺害された。事件を調べてゆくと列車を使ったアリバイ工作が見え隠れし・・・・・・


ダミー・プロット  <山沢晴雄セレクション>   7点

2000年03月 『別冊シャレード Vo.54 山沢晴雄特集2』(「砧自身の事件 ダミー・プロット」)
2022年02月 東京創元社 創元推理文庫(改題:「ダミー・プロット」)

<内容>
 占い師と思われる女が首と手首が切断された死体となって発見される。ただし、顔がひどく損傷されていて、本人かどうかの判断がつかない。その事件の関連があるのかないのか、別の場所でフリーライターの女が殺害されているのが見つかる。どうもそのフリーライターの女は、占い師の不倫を暴いて恐喝しようとしていた模様。占い師を支援していた、デザイナーとして有名な岸浜涼子が警察から疑われるものの、アリバイが証明される。ただ、その岸浜がよく似た人物を身代わりに立て、なんらかの計画を練っていたということが明らかになり・・・・・・

<感想>
 かつて「離れた家」が紹介され、最近では創元推理文庫から「死の黙劇」が刊行されたが、元々作品を同人誌などで発表していて、世間一般にはあまり知られていない作家であったよう。この「ダミー・プロット」も同人誌として発表された後、最近になって「別冊シャレード」に掲載され、そしてようやく今年に創元推理文庫として発表されたようである。よって、きちんと一冊の本となって広く世間に紹介されるのは初めてと言えよう。

 そんなわけで、この作品について知らない人も多いと思われるのだが、もし未読であれば、是非とも一度読むことをお薦めしたい。これはアリバイ・トリックを描いたミステリ作品として逸品と言えるものである。一見、古臭そうに見えるから敬遠してしまう・・・・・・という人もいるかもしれないが、これはミステリ愛好家であれば、読んでおくべき作品と言えよう。

 物語は序盤に、装飾デザイナーの岸浜涼子が、自分に似た女に出会い、自らの影武者になってくれないかという出来事から始まる。そこから、なんらかのアリバイトリックが派生してゆくのかと思いきや、その影武者の件を無視するように殺人事件が起きる。占い師と思われる者が殺害された事件、フリーライターの女が殺害された事件、それら事件の犯人を追って、周辺に入る人物からの聞き込みとアリバイ調査が始められてゆくというもの。

 メインとなる人物は数名のようであるが、一見、関係あるのかないのかわからないような事象がいくつかあり、それらの登場人物も含めると、そこそこの登場人物が出てくる。それらについてのアリバイを追っていくこととなると、とても追いきれるものではない。しかし、最終的に探偵・砧順之介が見出した真犯人の指摘により、一見複雑と思われた犯罪模様が、実にすっきりとするものとなるのである。その真相が予想外なものであり、作品自体の構成が実にうまくできていると感嘆させられるものなのである。

 と、そんなわけで、手放しに感心させられてしまった作品。ちなみにこの作品、同人誌としては既に世に出ているようなのだが、今年のミステリランキングに載るということはあるのかな? 内容的には、取り上げられても決しておかしくないものと思われるのだが。




著者一覧に戻る

Top へ戻る