「ちくま文庫 怪奇探偵小説傑作選」 作品別 内容・感想

岡本綺堂集

2001年02月 筑摩書房 ちくま文庫:怪奇探偵小説傑作選1

<内容>
 第一部 青蛙堂鬼談
  「青蛙神」
  「利根の渡」
  「兄妹の魂」
  「猿の眼」
  「蛇 精」
  「清水の井」
  「窯 変」
  「蟹」
  「一本足の女」
  「黄いろい紙」
  「笛 塚」
  「竜馬の池」

 第二部
  「木曾の旅人」
  「水 鬼」
  「鰻に呪われた男」
  「蛔 虫」
  「河 鹿」
  「麻畑の一夜」
  「経帷子の秘密」
  「慈悲心鳥」
  「鴛鴦鏡」
  「月の夜がたり」
  「西 瓜」
  「影を踏まれた女」
  「白髪鬼」

<感想>
 第一部の短編は青蛙堂鬼談とくくられている。これは百物語のように、集まった人々が個々にそれぞれの怪談の経験談を語っていくというもの。一応、続きのように書かれているが、内容は完全に別々の怪談物語である。

 第二部の短編は完全に個々の話となっているのだが、第一部の続きといってもよいような怪談の短編が続いている。探偵小説という見方もとれる物語もあるのだが、基本的には怪談とひとくくりにしてもかまわない内容であると思う。

 これら怪談でなかなか面白く感じられたのはそれぞれの題材について。題名の通り食べ物が題材にされているものがけっこうある。“西瓜”“蟹”“鰻”など。そして動物等、生き物というジャンルで取り上げればもっと色々な作品をあげることができる。そういった身近な題材を怪談話にしている手腕は見事といえよう。

 こういう物語が集められているならば、いっそのこと短編を百集めて、百物語としてしまったほうがよかったかもしれない。それぐらいの作品はこの著者ならありそうな感じもするが・・・・・・ひょっとしたらそういう本がすでにあるのかもしれないが。


久生十蘭集

2001年04月 筑摩書房 ちくま文庫:怪奇探偵小説傑作選3

<内容>
 該博な知識と彫琢を凝らした文章。現実と非現実のあわいの世界と人間の狂おしい心情を描く久生十蘭の世界。高等遊民の男と、非常な美しさをたたえた女性との数奇な運命を描いた「湖畔」「墓地展望亭」、驚くべき着想で架空の土地をリアルに描き出した「海豹島」「地底獣国」、戦後間もなく発表され代表作とされる「ハムレット」と、その原型となった「刺客」など、十蘭の魅力を網羅した一冊。

<感想>
 その幻想的とも言える文章は探偵小説という枠組みよりも文学小説という枠組みのほうがしっくりくるようにも思える。全編どちらかといえば鬱気味な主人公による廃退的な世界で描かれている。最初に掲載されている作品「黒い手帳」が特にそうした面が色濃く出ていて、そこに十蘭の作品という物の色を予期させていく。

 本書の作品群のなかで一番探偵小説らしいものは「海豹島」であろう。まさに怪奇的な島において怪奇的な人々により沈鬱なる事件と顛末が描かれている。そのトリックもまさに怪奇にふさわしい。

 また、歪んだ恋愛感情が描かれる作品「湖畔」。そこには猟奇的でもあり、かつその現実と虚実の狭間を行き交うかのような揺れ動く思いが絶妙なるバランスで書かれている。

 本書で一番たる作品として掲げたいのは「墓地展望亭」。鬱屈した“ローマの休日”とでも呼べばよいのであろうか。ひとつの冒険譚であり、恋愛物語でもある。なかなか希望に満ちた話しであると思えるのだがこのタイトルが十蘭らしきといったところか。

「ハムレット」は探偵小説の形態をとりながらも、一人の男の悲喜劇が描かれている。一大劇として周りの人々がハムレットを取り巻いて右往左往しながらも結局はそのハムレットの元へと収束していくかのように。


海野十三集

2001年06月 筑摩書房 ちくま文庫:怪奇探偵小説傑作選1

<内容>
 日本SFの元祖・海野十三。理科系作家がその新しい知識を駆使して生み出す奇怪で新鮮な物語に、昭和の科学少年たちは胸を躍らせた。
 赤外線、テレヴィジョン、超音波に電気風呂・・・・・・。
 エログロ・ナンセンスにみちた初期の作品から戦時下の緊迫した空気を伝える異色作まで、鬼才が遺した多彩な推理小説を収める。

<感想>
 この作品集はすごい。既知の人にはいまさらなのかもしれないが、初めて読んだ私にはこんな作家もいたのかと感嘆してしまった。これは大阪圭吉氏を知ったときと同様のインパクトである。

 海野氏の作品は日本SFの元祖ともいわれているとおり、科学を扱ったものが多く見られる。そしてさらには、その科学と怪奇と推理が同居し、うまく融合されひとつの作品となっている。他にもこういったものを書いていた人がいないわけではないのだが、バランスがとれた小説として完成されたものは少ない。この作品集のなかではそういった完成度の高い作品がいくつも採り上げられている。

 この作品集で編集の際に力が入れられたのは探偵“帆村荘六”ものを集めたという部分のようである。そしてその代表作として「振動魔」「爬虫館事件」「赤外線男」「点眼器殺人事件」「俘囚」「人間灰」らが集められている。これらには科学などの知識を用いて殺人を行うものや科学による不可思議な現象、そういった科学トリックが満載されている。また、それだけではなく小説として科学だけに頼らずに犯人の異常性などを描き出しそこに怪奇を重ね合わせている。「赤外線男」などは透明人間を思わせるようなものに仕上がっており、また「俘囚」は乱歩を読んでいるかのようなグロテスクさが描かれている。「人間灰」の話はトリックのみ他で聞いたことがあり、作品を読んでこれが原型であったのかなどと感嘆してしまった。

 他にもSFのショートショート集のような「蝿」やエログロの怪奇色の濃い「階段」「恐ろしき通夜」「三人の双生児」などと見所が満載である。

 これらの作品群を読んでいて感じたのは、犯行を行う者達の突出した異常性という共通項である。戦前、戦後のミステリはよく、エログロ・ナンセンスなどと呼ばれることが多い。それはその時代によるものであろう。現代では新本格などを代表する、ある種無機質なミステリがはやっている。そこでは最近のサイコブームによるものが描かれているのもあるのだが、基本的には一般人と思われる者が犯罪に走るケースが描かれている。それが昭和初期の時代では普通の人が犯罪にはしるというケースがおかしいという目でみられたじだいなのではないかと考える。だからこそミステリ作家たちは殺人を犯すような人間は異常者であるという面を前面に出さなければ受け入れられなかったのではなかろうか。それが今でいうエログロの世界へとつながっているような気がした。そのせいで昭和初期のミステリはどちらかといえば、現代的な感覚からはずれているので楽しめるものが少ないのだが、そういったなかでも“海野十三”氏の作品のような昭和初期ならではの奇跡的な作品があるというのはすごいことである。




作品一覧に戻る

著者一覧に戻る

Top へ戻る