<内容>
大正末期から勃興しつつあった探偵小説界に、医学者としての知識を駆使した作品群で多大な影響を与えた小酒井不木。安楽死、毒薬、人工心臓、人体実験など今も古びないモチーフと意外な結末。科学と神秘的世界が結合した世界を見事に描ききった作風は、新鮮な輝きを放っている。
<感想>
これらが大正に書かれたものだとは信じられない作品群である。これらの内容は今現在読んでも色あせることなく、十分に通じるないようである。解説を読むと、そこに小酒井不木がSFの先駆者でもあると書かれていた。なるほど、平成の時代に読めば何の違和感も無く読めてしまうこの作品群を大正の時代に読めばそれがSFになってしまうのだろう。すごく納得。ただし、そう考えると逆に生まれるのが早すぎた作家であるともいえるかもしれない。
それぞれの作品は著者が医学博士であるという経歴を生かして描かれており、医療の技術や当時の背景における病気等々が作品に生かされている。最初読み始めたときは、それらの医療技術等を紹介するような作風なのか、とも思ったのだが、読む進めていくうちにそんな考えは一変した。そこにはそれぞれ憎悪、復讐、狂気といったさまざまな人間の悪たる感情がほとばしるように描き出されていた。そのなかでも「安死術」という作品などはそれが顕著に表れており、“小酒井不木の世界”に圧倒されてしまった。この名作選の中にかなり多くの作品が掲載されているのだが、手を変え品を変えよくここまでいろいろなパターンにて憎悪や狂気を描ききれるものだと感心してしまった。
ただ、最後に一言付け加えるならば、小酒井不木が医者であったとしても絶対に診察してもらいたくないとこれを読んだものは必ず思うであろう。
<内容>
「偽眼のマドンナ」
「佝僂記」
「復讐芸人」
「擬似放蕩症」
「血笑婦」
「写真魔」
「変身術師」
「愛慾埃及学」
「美しき皮膚病」
「地獄横丁」
「血痕二重奏」
「吸血花」
「塗込められた洋次郎」
「北海道四谷怪談」
「暗室」
「灰色鸚哥」
「悪魔の指」
「血のロビンソン」
「紅耳」
「聖悪魔」
「血蝙蝠」
「屍くずれ」
「タンタラスの呪い皿」
「決闘記」
「ニセモノもまた愉し(作者の言葉)」
<感想>
この渡辺啓助という作家の著作を読むのは、この作品集が初めて。よって、この著者のことさえも知らなかったのだが、なんと渡辺氏は1901年(明治34年)生まれで、2002年に亡くなったのだという。ようするについこの間まで(これを書いているのは2007年5月であるが)生きていたことになる。101歳という年齢であれば、生きていても全く不思議はないのだが、昭和初期に活躍した他の探偵作家たちのほとんどがずいぶん前に亡くなっているのを考えると平成の世まで生きていたというのは快挙であろう。昭和初期の実際に探偵小説が書かれていた時代に触れた人がそこにいたのであるから、こういう人が亡くなってしまうのは本当に残念なことといえよう。
と、そんな背景を持つ渡辺氏の作品集であるが、この作品集を読んだ上ではあまり探偵小説を読んだという気にはならなかった。どちらといえば怪奇小説という部類になるのであろうが、当時の怪奇小説、探偵小説、幻想小説の区分けがあいまいであった(のかもしれない)時代には、一緒くたに探偵小説の中に組み込まれてしまったのかもしれない。
この作品集に掲載されている作品のどこが探偵小説らしくないかといえば、その展開の唐突さ。どの作品も、なんら伏線もなく、いきなり奇妙な展開へと突入していってしまうものばかり。その急な展開振りを楽しめないこともないのだが、本格推理小説を期待して読んだ人には肩透かしのように捕らえられるであろう。
たぶんではあるが、そのように感じられる理由としては、ここに掲載されている作品のページ数の短さにあるかと思われる。たいがいは20数ページのものばかりであるのだが、その短さゆえに伏線を抜粋せざるを得ないような作品になってしまっていると考えられる。その証拠に、「灰色鸚哥」という作品はこの作品集の中では長いページ数にあたる32ページで書かれているのだが、このくらいの長さがあればきちんと探偵小説としての体裁がとられている。
また、全体的にこの作品集はこれといった印象に残るものが少なく、渡辺氏らしい作品というものを感じたり、体現したりということはできなかった。どれも男女の愛憎劇が描かれるというワンパターンのネタばかりで少々退屈であったという印象しか残らなかった。
ただ、後半の作品になって外国が舞台として取り上げられていた作品がいくつかあり、それらの作品は目新しさを感じる事ができた。また、「血蝙蝠」という作品は、前半は校舎での怪談話が展開されてゆくのだが、それが最後の最後になって男女の愛憎の話に急展開して物語が締められるという唐突さが傑出していて面白かった。
<内容>
「息を止める男」
「歪んだ夢」
「鉄 路」
「自 殺」
「足の裏」
「舌打する」
「古 傷」
「孤 独」
「幻 聴」
「蝕眠譜」
「穴」
「魔 像」
「夢 鬼」
「虻の囁き」
「腐った蜻蛉」
「鱗 粉」
「白金神経の少女」
「睡 魔」
「地図にない島」
「火星の魔術師」
「植物人間」
「脳波操縦師」
<感想>
いろいろな形式の作品が書かれているものの、そこにはいくつかのパターンが存在する。たいがいの作品ではどこか病んだ青年が登場し、サナトリウムなどといった街から外れたところで過ごしている事が多い。そして、その療養場所で事件に遭遇する。また、これも必ずといっていいほど美女や美少女が登場するのもきまりのパターンとなっている。
前半の作品ではさまざまな快楽を求める男たちの綺譚が描かれている。息を止めることによる快楽、夢と現実が交錯する快楽などなど。
そんな中序盤で一押しの作品は「鉄路」で、これは列車でひとを轢くことを快楽とする男の話が描かれている。ただ、それだけに止まらずミステリといっても遜色のない内容になっているところが印象的。
中盤では写真愛好家が友人を罠にはめる「魔像」や本書の中では一番長い作品であるサーカス団に生まれ育つ男の話を描いた「夢鬼」といった良作が配置されている。特に「夢鬼」は飛ぶ事への快楽が書かれており、その快楽を目指して人生までもを堕としていくことになる男の様子がまざまざと描かれている。
後半に入ってはSFっぽい設定の作品が見られるようになってくる。人造少女、染色体クローン、火星の植物、ロボットと色々な題材を用いてそれぞれ一風変わった作品が描かれている。どちらかといえば、SFの設定は虚偽であり、ミステリ作品へと帰結していくものが多かったが、SF設定のままで進められる作品もいくつか含まれている。
これらは今の時代に読めば、稚拙なSFというようにも感じられるのだが、当時であればSFのはしりという位置付けの作品であったのかもしれない。
<内容>
「かむなぎうた」
「狐の鶏」
「奇妙な隊商」
「東天紅」
「飾燈」
「鵺の来歴」
「旅愁」
「吉備津の釜」
「月夜蟹」
「ねずみ」
「猫の泉」
「写真仲間」
「饅頭軍談」
「王とのつきあい」
「粉屋の猫」
「吸血鬼」
<感想>
旅愁と望郷を感じさせる作風。書かれた年代が戦前戦後であろうから、そう感じられるのも当然なのかもしれないが、それでも強く“旅愁と望郷”というものを印象付けられた。
望郷という面では「かむなぎうた」「狐の鶏」。特に「狐の鶏」は戦後の田舎の地における労働力であるとか、そういった風土的なものも読み取ることができる作品となっている。
旅という面では「吉備津の釜」「饅頭軍談」、そして海外を舞台にした旅話「猫の泉」「粉屋の猫」などといった作品が掲載されている。
また、幻想的かつ意外な内容の「奇妙な隊商」、突如別世界にて展開されるSF問題作「旅愁」、などといった変った作品も挿入されている。
ホラー色の強いミステリー「東天紅」「飾燈」、意外な展開が冴え渡る現代的なミステリー「王とのつきあい」などといった作品も印象に残った。
<内容>
「乳母車」
「春妖記」
「白い蝶」
「白い外套の女」
「悪魔の顫音(トリル)」
「天使の犯罪」
「風原博士の奇怪な実験」
「浴 室」
「窓」
「睡蓮夫人」
「天平商人と二匹の鬼」
「洞 窟」
「陽炎の家」
「華胥の島」
「路地の奥」
「風 蝕」
<感想>
名前を聞いたことのない作家だと思ったら、これが単行本として世に出るのが初というのだからあたりまえか。またあとがきによってファンタジー作家のひかわ玲子氏が姪にあたることを知る。
全体的に表題作「睡蓮夫人」を代表するように女性に囚われた男を描いた作品を多く見ることができる。また主人公は文学青年風のキャラクターが多く登場し、サナトリウムといった単語も多く用いられている。
その多くは幻想小説という部類に入るものがほとんどであるが、いくつかは探偵小説といってよいものも含まれている。
天使のような看護婦の心に徐々に殺意が芽生えていく様子を描いた「天使の犯罪」
性の人工転換という奇術を用いた「風原博士の奇怪な実験」
唐突に奇想的ともいえる真実を突きつけられる「洞窟」
いきなり社会派風の推理小説が展開される「風蝕」(結末はいまいちだったけれども)
と、さまざまな内容の物語が繰り広げられる一冊。そして氷川朧の奇想の物語を読むことができるたった一冊の本が本書である。
<内容>
「エル・ドラドオ」
「美しき獣」
「海蛇の島」
「沈黙の復讐」
「美しき山猫」
「人 魚」
「緑の蜘蛛」
「爬虫邸奇譚」
「タヒチの情火」
「心臓花」
「魔林の美女」
「不死の女王」
「シャト・エル・アラブ」
「有翼人を尋ねて」
「熱沙の涯」
「沙漠の魔術師」
「ソロモンの秘宝」
「マンドラカーリカ」
「十万弗の魚料理」
<感想>
香山氏の“人見十吉”を主人公とした短編の全てを収録した作品。
本書は探偵小説ではなく冒険小説となっている。人見十吉が世界のあちこちを飛び回り、現地で見た数々の怪異を描いた作品集となっている。
面白いのは人見の冒険に対する目的である。本人談としては色々なところを駆け巡り、色々な珍しいものを自分の目で見たいというような事なのだが読んでいてそうは思えなかった。どうも人見は現地へ行って、ご当地一番の美女に誘惑されるのが好きだというようにしか思えない。どちからといえば、世界秘境巡りというよりは、世界怪異美女巡りとでも言ったほうがいいようなきがする。
物語は個々の短編として構成されているようで、特に他の作品とのつながりはないようだ。たまに、他の作品に出てきた人物や名前などは出てくるものがあるのだが、特に大きな意図は含まれてはないであろう。
怪奇冒険小説を好みとする人向きの本かな。