「扶桑社文庫昭和ミステリ秘宝」 作品別 内容・感想

翳ある墓標

1962年07月 早川書房 日本ミステリ・シリーズ
1967年06月 講談社 ロマン・ブックス
1988年09月 立風書房 立風ノベルス
2002年11月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 

<内容>
 トップ屋集団「メトロ取材グループ」の杉田は、同僚の高森映子とともに西銀座のキャバレーを取材するが、それに応じてくれた映子の友人のホステス“ひふみ”が翌日、熱海沖合いで水死体となって発見された。自殺という警察の判断に納得のいかない映子は独自に調査を開始するが、今度は彼女が何者かに殺害されてしまう。映子の遺したダイイング・メッセージを手がかりに、杉田がたどりついた意外な真相とは?
 翻訳短編4編とエッセイを併録。

鮎川哲也 著作一覧へ

<感想>
 出だしは事件を追う記者の失踪という、ミステリーにてよくあるパターン。そのままの流れで物語が進んでいくのかと思いきや事件は意外な方向へと進行していく。中盤からは予想だにせぬ展開へと物語は進み、犯人へといたる道のりが徐々につむがれていく。

 鮎川氏初のノンシリーズの長編であり、事件を追うのは事件記者。警察の捜査の手をかりずに、その身一つであちらこちらに顔を出して聞き込みをしていくさまは面白い。あえて本作をノンシリーズにしたのも、警察機構にたよらずに解決する事件を描いてみたかったのではないだろうか。しかし、その後は「死者をむち打て」のみしかノンシリーズは書いていなく、その辺の事情かと思われるようなことはあとがきに書かれている。

 作中において犯人は自らの犯行を隠蔽するために、あれやこれやと画策する。その計画は緻密で複雑な様相をていするものとなっている。しかし、懲りすぎた計画とは、その複雑なもつれを解くことができれば犯人へといたる道筋があきらかになる。まるで自らをエサにした罠を作っているように感じられるのは皮肉といえよう。

 わかりにくいダイイングメッセージは、まぁ、ご愛嬌ということで。


初稿・刺青殺人事件

2002年11月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 

<内容>
(内容)  「白雪姫」
 「影なき女」
 「鼠の贄」
 「原子病患者」
 「妖婦の宿」
 「初稿・刺青殺人事件」

<感想>
 昭和ミステリ秘宝として2002年の11月に四冊同時に刊行されたうちの一冊。その四冊のうち本書を読むのが一番最後になった。なぜ最後にまわしたかというと、すでに「刺青殺人事件」は別の文庫にて読んでいたのと、短編集であり読みづらいのではないかという懸念があり手を出すのを控えていた。しかし読んでみて、その内容のレベルの高さに驚き、なんで今まで読まなかったのだという気持ちと逆に最後までとっておいて良かったという気持ちが入り混じった。もし本書を読んでいない人で本格推理小説で面白いものはないかと捜している人にはぜひともお薦めの本である。

「白雪姫」は雪の中の足跡のない殺人事件。「影なき女」は密室の中での連続殺人。「鼠の贄」は妄想と虚構が入り混じる中での殺人事件。「原子病患者」はその時代によって生まれた事件といえるもの。「妖婦の宿」は密室殺人の犯人当てが試みられる。「刺青殺人事件」についてはここで取上げる必要もないだろう。

 すべての短編にて登場するのは名探偵・神津恭介。彼が事件を解いていく。そしてそれぞれの短編で驚くのはどれもがそれぞれ異なる様相の短編になっていて、読み側を飽きさせることがない。そしてトリックの分類としてもそれぞれ異なるものが披露されるのだからこれは秀逸な作品集といえるだろう。手に入らなくなった作品を集めたというものではあろうが、これはすでに一つの短編集として確立されているといってもよいものである。

 これらの短編の中で一番面白かったのが、読者への犯人当てが試みられる「妖婦の宿」。これは誰もが挑戦せずにはいられなくなる内容である。予告された殺人事件、現場は密室、監視状態の部屋、事件後外に放置された人形、それらが何を物語るのかということが理論的に解決されている。これ一編を読めただけでも満足できること間違いなしである。

 どうやら過去に出た作品で目を通していない名作がまだまだありそうな予感がしてきた。これは「昭和ミステリ秘宝」にますます頑張ってもらわなければならない。


古墳殺人事件

2002年11月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 

<内容>
 少年タイムス編集長・津田晧三の元に旧友の考古学者・曽根辞郎の訃報が届いた。多摩古墳群を発掘調査していた曽根が、その古墳の中で頭蓋を砕かれて殺されたというのだ。彼の遺した謎の詩は、誰を告発しているのか? 船を模して建てられた奇怪な家を舞台に、津田の推理が冴える。「古墳殺人事件」
 義経伝説に取り憑かれた一族の間で発生する連続密室殺人に津田が挑む「錦絵殺人事件」を併録。

<感想>
 島田一男氏。推理作家協会賞受賞作のみ読んだことがある。そのときはあまり強い印象がなく、社会派小説のようなものを書くのだという印象を抱いていた。しかし、本書に掲載された2編の長編を読むと・・・・・・和製ファイロ・ヴァンスここに登場! これは日本のヴァン・ダインではないか!! と声をあげたくなるような本格推理小説が展開されていた。

 主人公は新聞記者という設定であるのだが、物語が進むにつれて新聞記者であるということなどは忘れてしまう。おまけに、彼と一緒に事件を見て回るのが、親友の検事と頑固な警察官ときてはファイロ・ヴァンスを思わずにいることこそ無理だというもの。

 内容は「古墳殺人事件」では不可能犯罪、「錦絵殺人事件」では見立て殺人を取り扱っている。正直いって推理方法は論理というよりも推測的な展開のように感じられた。しかしそれとは別に着目したいのは、これでもかといわんばかりの大掛かりなトリックの数々である。

「古墳殺人事件」ではなかなか瞠目されるようなトリックが扱われて、なおかつそれが事件の動機や背景にうまく結びついていく解決がなかなかすばらしいと思う。

「錦絵殺人事件」では連続殺人事件が起こる。それがいくつかのトリックが用いられ、捜査陣たちは犯人の大胆な犯行ぶりにただ右往左往する一方である。“見立て”というにはかなり強引な気がする部分もあるのだが、逆にその強引ぶりがいさぎよく、また骸骨を用いたトリックや動機には圧倒されてしまった。

 それにしても意外な所から出没してきた一冊である。これぞうもれた本格推理小説というべきか。余談ながら、せっかくのことだから12冊書いて、日本のヴァン・ダインと名乗りを挙げればよかったのではないかと勝手に考えてしまった。


三色の家

2002年11月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 

<内容>
 昭和八年、東京での留学生活を終え帰国の準備をしていた陶展文の元に、神戸で海産物問屋を営む友人・喬世修から一通の手紙が届いた。彼の頼みで久しぶりに同順泰公司の三色に塗り分けられた建物を訪れた展文だが、やがてそこで殺人事件が発生する。
 江戸川乱歩賞受賞作「枯草の根」で初登場した中国人探偵・陶展文の若き日の活躍を描く第二長編「三色の家」に加え、神戸異人館で発生した毒殺事件の謎を追う第三長編「弓の家」を収録。異国情緒と不可能興味にあふれる巨匠の初期傑作ミステリ。

<感想>
(「三色の家」)
 社会派ミステリーといえばいいのだろうが、ただ社会派というよりも風刺的なものであるように感じられた。バランスとしてはミステリーの背景とが一体化しているとはいえなく、ミステリー部分だけを取り出してみてもあまり着目するような点はない。
 どちらかといえば著者が描き出したいものとは、ミステリーという場を借りて、日本に住む日系アジア人らの生活の様相を表したいという気持ちが感じられる。本書では日本人と在日中国人の個人会社同志が協力して商売をしていくなかでの人々の在り様を描いている。その中で、そこで働く人々のそれぞれの生き様が金や名誉や思想などをからめて描き出されている。

(「弓の家」)
 この著者の作風というのは「三色の家」のような社会派的なものが多いように思えるのだが、こちらの作品はうって変わって本格推理色の強い作品となっている。
 複雑な人間関係の中で何の変哲もない1人の使用人が毒殺される。その殺人をめぐって推理が展開されてゆく。
 動機や人間関係については、かなり深く書かれており、凝ったものとなっている。しかし、肝心のミステリー部分が毒殺ものとしてはあまりにもありきたりすぎるように感じられた。ただし、昔に書かれた作品であることを考慮すれば致し方ないのかもしれないが。

(「心で見た」)
 ちょっとした推理クイズ形式の短編。でもクイズにしてはわかりにくい。


横溝正史翻訳コレクション

2006年12月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 

<内容>
「鍾乳洞殺人事件」 D・K・ウィップル(1934)
 新たに見つけられた鍾乳洞の検分をするためにベヤード・アシ博士は秘書のヘゼル・カーチスを連れて現地へとおもむく。現地には洞窟の所有者他、鍾乳洞を見学しようと女優や新聞記者、旅行者などが数人集まっていた。そんななか、鍾乳洞の中で殺人事件が起こることに! いったい誰が? 何のために? そしてこの鍾乳洞に隠された秘密とは!?

「二輪馬車の秘密」 ファーガス・ヒューム(1886)
 二輪馬車に乗った泥酔した男が殺害されるという事件が起きた。途中まで泥酔者を介抱するために載っていた男が犯人と思われ、警察は被害者と容疑者の身元を捜査してゆく。そして徐々に明らかにされる、さる資産家の令嬢を巡っての男同士の争い。警察は令嬢の婚約者を逮捕するのだが、果たして真相は!?

<感想>
 これまた積読にしてしまっていた昭和ミステリ秘宝の一冊。そういえば、昭和ミステリ秘宝という企画の作品がこれ以後出ていないようだが、今後も続いてくれるのかが心配・・・・・・

 それはそうと、ここには海外作品が2作収められている。どちらも有名作家ではないのだが、それぞれが思いのほかレベルの高いミステリ作品となっている。翻訳者は横溝正史であるが、別に横溝作品とはなんら関係なく海外ミステリを楽しむことができる作品集という位置づけで読むことのできる本である。

 ただこれを読んで思ったのが、1,000円未満でそこそこのレベルの2作の海外作品が読めるということは実にリーズナブルであるということ。最近の古典海外ミステリ作品は2,000円以上出して1作であるからそれらと比べると・・・・・・

「鍾乳洞殺人事件」
 新しく発見された鍾乳洞のもとに群がってきた人々が巻き起こす騒動を描いた一編。いかにもというミステリ的な要素が込められているものの、どちらかといえばサスペンス小説風であると思われる。また、ユーモア小説としても読む事ができるミステリ作品。
 殺人事件が起こるものの、論理的な解釈はされずドタバタ劇の末に犯人が指摘される。その犯人の謎についてもミステリ的な要素が含まれているのだが、やや唐突という気がしてならない。とはいえ、ユーモア・サスペンス小説として充分に楽しむことができた。

「二輪馬車の秘密」
 犯罪らしきものは序盤に起こるのみなのだが、不思議と物語に惹きつけられて、ぐいぐいと読まされるリーダビリティの高い小説。
 この作品はさまざまな展開で物語を引っ張っていく。一風変わった殺人劇が提示され、それからとある富豪の娘にまつわる恋の話、そして容疑者の逮捕と裁判の様子と奇抜とまでは行かないまでも、要所要所で新事実を突きつけることによって、話が先へと進んでゆく。
 最後の真相についてはもう一ひねり欲しかったというところなのだが、書かれた年代を考えればいたしかたないところか。本書はちょうど、普通小説というものから探偵小説への遍歴が表された一編といってよい作品なのかもしれない。


東京夢幻図絵

2008年10月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 

<内容>
 「墓場の丁」
 「浪花ぶし大和亭」
 「白山下簿暮」
 「墨東鬼譚」
 「花電車まがいの女」
 「矢来下夜景」
 「鬼を泣かした女」
 「黒豹脱走曲」
 「ガラスの知恵の輪」
 「九段の母」
 「道化の餌食」
 「東京五月大空襲」

<感想>
 都筑氏というと色々な作風の本を書いているので読んでみなければ、どんな作品なのかはわからない。この作品集は一風変わった趣向のものとなっている。

 都筑氏は昔から作品を書いているとはいえ、戦後の作家と思っていたが、これを読むとそのイメージが一新される。最近よく昭和初期のミステリ作家の作品集が紹介されているが、雰囲気はそういったものと全く変わらない。昭和初期を思わせる作風であり、さらにはタイトルの通り東京を舞台に幻想絵巻が描かれている。一応「昭和ミステリ秘宝」のシリーズということではあるが本書はミステリ色は薄い。それよりも当時の情景や風俗を味わいのある語り口のなかで味わうことができる小説として堪能することができる。

 印象深かったのは、陰惨な事件が起きた時に、小説を書いているだけでは飽き足りなくなって実際に手を染めたんだろうと江戸川乱歩が疑われるという話。フィクションっぽい話でもあるが、実際にありそうな話でもあり、当時探偵小説がどのように受け取られていたのかが想像がつく。

 これらの作品の中では「道化の餌食」がミステリ的に一番凝っていた。短編なので一気に話が進んでしまったという感じがしたので、本来ならもう少し長いページ数でじっくりと読んでみたかった内容。


贋作ゲーム

1978年10月 文藝春秋 単行本
1983年01月 文藝春秋 文春文庫
2008年12月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 

<内容>
 [PART1]
  「贋作ゲーム」
  「スエズに死す」
  「エアーポート・81」
  「ラスト・ワン」

 [PART2]
  「アマゾン・ゲーム」
  「マッカーサーを射った男」
  「伊豆の捕虜」

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<感想>
 過去に発表された「贋作ゲーム」(上記<内容>の[PART1]部分)に、増補として3短編([PART2]の部分)を付け加えたもの。
 昭和ミステリ秘宝では“山田正紀犯罪ゲーム小説集”と銘打っているが、ゲームというよりは、犯罪作戦モノとか、もしくはミッション・インポシブル風などと言ったほうがしっくりくるかもしれない。

「贋作ゲーム」では、評論家が罠に掛けられ、名画を盗まなければならなくなる。
「スエズに死す」は爆弾解体のスペシャリストが敵対するテロ組織に脅迫されながら、不可能といわれる爆弾解体に挑む。
「エアポート・81」は映画を撮影するカメラマンが本当のハイジャック事件の手助けをしなくてはならない羽目に陥る。
「ラスト・ワン」は普通の建築家が金庫破りに挑むことになる話が描かれる。

 という内容で、異なる主人公が異なる背景のなかでそれぞれのミッションに挑むというもの。しかもただ単にミッションをこなすというだけではなく、どんでん返しもあるので、予断の許さない読み応えのある内容になっている。

 本書を読んでいて惜しまれると思ったのは、主人公がそれぞれ異なるというところ。これが一人の主人公、もしくは一つのチームを用いての作品集であれば、もっと注目されるような作品になったのではないだろうか。とはいえ、ここに掲載されている作品は、背景がそれぞれ大きい役割を占めているとも言えるので主人公がそれぞれ異なるのはしかたのないところ。しかし、それでも一つのチームに統一できなかったのは惜しいと思われる。

 増補された3編も短めの作品とはいえ、それぞれよくできたものがとりあげられている。特に「マッカーサーを射った男」は面白かった。

 これらの作品も含めて、ここに掲載されている作品の全てが長編化されてもおかしくないほどのクオリティがあると感じられるところがすごい。そういった作品がこの1冊に収められているのだから、読み応えがあるのはあたりまえ。初期の山田作品のなかの名作ということで入手しやすいうちに読んでおいてもらいたい作品。


ふしぎの国の犯罪者たち

1980年10月 文藝春秋 単行本
1983年10月 文藝春秋 文春文庫
2009年02月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫(昭和ミステリ秘宝) 
(「閃光」「マリーセレスト・2」「剥製の島」は『剥製の島』に収録された作品)

<内容>
 [PART1 ふしぎの国の犯罪者たち]
  「襲 撃」
  「誘 拐」
  「博 打」
  「逆 転」

 [PART2]
  「閃 光」
  「マリーセレスト・2」
  「剥製の島」

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<感想>
 PART1にて描かれる「ふしぎの国の犯罪者たち」は連作となっている。六本木のバー“チェシャ・キャット”の常連たちが犯罪にかかわっていく物語が描かれている。これを読むと後に山田氏が描いた「おとり捜査官」シリーズを連想させられる。

 最初に一般人として生活している“チェシャ・キャット”の常連たちが現金輸送車襲撃を計画し、その後は彼ら自身を狙う陰謀から身を守っていくという展開が続いて行く。短編作品ごとに視点が変わっていくというところも見ものである。

 PART2は山田氏が描く“犯罪”関連の短編作品が収められている。
 暗殺者と浪人生との交点を描いた「閃光」
 住宅地から人が消えるという事件の謎を解く「マリーセレスト・2」
 カラスの巣くう島にて人間の欲が描かれる「剥製の島」
 謎が描かれているという点で「マリーセレスト・2」が面白かった。

 作品全体として見てみると、まとまっていた分、前半の「ふしぎの国の犯罪者たち」のみでもよかったように思える。ただ、それだけではややページ数が少ないので、3編の短編も含めたということか。「ふしぎの国の〜」をもっと長い作品として堪能したいとも思ったのだが、ようするにそういったものを「おとり捜査官」などで改めて描いたということなのであろう。山田氏の作品には、こういった名作がまだまだ隠れていそうなのだが、作品がたくさんありすぎて全てをチェックしていくのは大変だ。解説書でも欲しいところだが、それを一通り読むのも大変そうな気がする。




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