光文社文庫 甦る推理雑誌 作品別 内容・感想

「ロック」傑作選   甦る推理雑誌@

2002年10月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
1946年(昭和21年)3月、創刊。
 戦後、立て続けに専門誌が創刊された中の一冊であり、推理小説専門誌のトップバッターとなる。
「新青年」の愛読者であったものの、編集経験が一切ない山崎哲也が編集長を務めた。
 4年にわたって発行され、戦後多くの作家・作品の発表場所となった雑誌。
 推理小説専門誌と見なせる第四巻三号まで27冊刊行。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 戦後いち早く創刊された推理雑誌 山前譲

 「花粉(『笹井夫妻と殺人事件』の内)」 横溝正史
 「写真解読者」 北洋
 「緑亭の首吊男」 角田喜久雄
 「不思議な母」 大下宇陀児
 「みささぎ盗賊」 山田風太郎
 「9・1・8」 島田一男
 「蛇と猪」 薔薇小路棘麿(鮎川哲也)
 「火山観測所殺人事件」 水上幻一郎
 「遺 書」 伴道平
 「噴火口上の殺人」 岡田鯱彦
 「飛行する死人」 青池研吉
【探偵小説随筆】
 「新泉録(1−3)」 木々高太郎
 「一人の芭蕉の問題」 江戸川乱歩
 「新泉録(4−7)乱歩氏に応える」 木々高太郎
 「探偵小説の宿命について再説」 江戸川乱歩
 「新泉録(8−10)」 木々高太郎
 「論議の新展回を」 江戸川乱歩

 ゆめとなりうつし世 赤城毅
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「ロック(LOCK)」 総目次
 「ロック」 作者別作品リスト

<感想>
 戦後に刊行された推理小説専門誌「ロック」。今まで、幻の探偵雑誌シリーズを読み、戦前のミステリ雑誌についてまとめられたものに触れてきたのだが、この「ロック」を読むと確かに時代が変わり、ミステリの書かれ方も変容を迎えたということが、なんとなくではあるが感じられた。

 ここに掲載されている作品は、なかなかの力作ぞろい。どれもミステリとして粗さを感じられるものの、新たな物語を書こうとする気概が見られる。ここに掲載されているものがたまたまなのかもしれないが、全体的にはトリック重視というような作品ではなく、物語や事件の背景に重きをおいた作品が目立っていたように思える。


「緑亭の首吊男」はまさに力作といえよう。酒場の亭主が首を吊った事件、いくつか浮かび上がる矛盾、そしてハンカチが示す真相。物語がうまく練り上げられていた作品。

「不思議な母」については、母親が悩みぬいた過去の事件について、子供らが改めて検討するというもの。それは男二人がビルの鉄骨を渡り歩くという賭け事。これもまたちょっと毛色の変わった話になっている。

「蛇と猪」は田舎で起きた事件が粗い感じで描かれたミステリ。内容よりも鮎川哲也氏が薔薇小路棘麿などというペンネームで作品を書いていたことに驚かされる。

「噴火口上の殺人」も力作であるが、トリック云々よりも、登場人物たちの物語や感情の変化などがまざまざと描かれている。なんとなくではあるが、後に書かれた、大学などを舞台とし、学生らが主役となって展開されるミステリの先駆け的な作品だったのではないかと勝手に想像する。

「飛行する死人」は、この時代からは“死体は飛ばすのがロマン”という考えが存在していたのか! と勝手に感動。トリックも内容も大味ながらも、勝手にロマンを感じて物語に堪能。


「噴火口の殺人」を代表として、重厚な物語を描くことに力が入れられるようになっていったのかなと勝手に想像してしまう。それらがその後の社会派ミステリの先駆けになっていったのかなと。よくよく考えてみれば、戦後の作家でトリック重視のような作家などいたのかなとふと考えてしまう。せいぜい高木彬光氏と鮎川哲也氏の一部の作品くらいではなかろうか。それとも、この甦る推理雑誌シリーズを読んでいけば、他にも着目すべき作家を改めて発見できるのであろうか。


「黒 猫」傑作選   甦る推理雑誌A

2002年11月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
 発行元はイヴニング・スター社で1947年4月、創刊。
 戦後の用紙事情の悪さを反映しており、B6判、八十ページとやや貧弱なものとなった。
 戦前派の作家や新人作家の発表の場となったものの、1年半ほどの間に十一号を発行しただけにとどまる。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 どこかモダンな雰囲気漂う「黒猫」 山前譲

【黒 猫】
 「憂愁の人」 城昌幸
 「黒いカーテン」 薄風之介
 「三つめの棺」 蒼井雄
 「密室の魔術師」 双葉十三郎
 「白い蝶」 氷川瓏
 「鬼面の犯罪」 天城一
 「天 牛」 香山滋
 「探偵小説を截る」 坂口安吾
【トップ】
 「蔦のある家」 角田喜久雄
 「吝嗇の真理」 大下宇陀児
【ぷろふいる】
 「豹助、町を驚かす」 九鬼澹
 「能面殺人事件」 青鷺幽鬼(角田喜久雄)
 「昇降機殺人事件」 青鷺幽鬼(海野十三)
 「探偵小説思い出話」 山本禾太郎
 「甲賀先生追憶記」 九鬼澹
 「二十年前」 城昌幸
 「小栗虫太郎の考えていたこと」 海野十三
 「湖畔の殺人」 小熊二郎
【探偵よみもの】
 「詰将棋」 横溝正史
 「芍薬の墓」 島田一男
 「村の殺人事件」 島久平

 夢見る時を過ぎても 篠田秀幸
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「黒 猫」 総目次
 「トップ」 総目次
 「ぷろふいる」「仮面」 総目次
 「探偵よみもの」 総目次
 「探偵よみもの」 作者別作品リスト
 「ぷろふいる」「仮面」 作者別作品リスト
 「トップ」 作者別作品リスト
 「黒 猫」 作者別作品リスト

<感想>
 戦後の雑誌「黒猫」を紹介する企画のはずなのだが、「黒猫」の発行部数が少なかったため、「トップ」「ぷろふいる」「探偵よみもの」も合わせての作品紹介。やや企画そのものがぶれているような。まぁ、「ぷろふいる」あたりは、作品を紹介しきれなかったものもあると思われるので、それはそれで良いのかもしれない。

「憂愁の人」 偏執狂の夫に悩む妻、そしてそこから当然のように派生する事件を描く。古風なようで近代風のようでもある内容が良いと思える。
「黒いカーテン」 昔、子供心に感じた不気味な大人を体現したような小説という感じ。
「三つめの棺」 三人の男女の前で、とある事件の顛末を説明し、真相を披露するというもの。ミステリらしい趣向でよい。ただし、真相は微妙、雰囲気は良いのだが。
「密室の魔術師」 タイトルに惹かれるものがあるが、わかりやすいミステリ。とはいえ、発表された当時であれば、それなりに新しいミステリとしてとらえられていたかも。
「白い蝶」 短めの幻想譚。個人的には蝶に対する恐怖心というのが理解できなかった。
「鬼面の犯罪」 面白そうな内容を書いているのだが、わかりにくい。それこそが天城一である。ただ、天城一にしてはわかりやすいのかもしれない。
「天 牛」 探偵譚ではなく、怪人の話? それとも怪女??
「探偵小説を截る」 坂口安吾、探偵小説を語る。これを読んで思ったのは、そもそも坂口安吾って、そんなすごい探偵小説を書いていたっけ? と。

【黒猫】以外で目をひいたのは「ぷろふいる」の「能面殺人事件」と「昇降機殺人事件」これは、角田喜久雄と海野十三がエラリー・クイーンにならって“青鷺幽鬼”という共通名義で書いた作品。見た目は冴えないが、凄腕の警部とその妻で名探偵の美女という設定が面白い。この2作品しか書かれなかったのは残念であるが海野十三が1949年に亡くなってしまったのが理由か。


「エックス」傑作選   甦る推理雑誌B

2002年12月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
 1947年(昭和22年)10月に「Gメン」が創刊される。これは防犯記事に力を入れた推理雑誌。
 1949年1月、「Gメン」は「X」と誌名を変更し、怪奇とスリルを中心とした内容となる。
 途中から大衆的な作品が多くなり、専門誌とは言えない状況になっていく。
 1949年4月、「エックス」と誌名を変える。

 「新探偵小説」 1947年4月、創刊。1948年7月、合計8冊を出したところで廃刊。
 「真 珠」 1947年4月 創刊。1948年8月、第七号で廃刊。
 「フーダニット」 1947年11月、創刊。1948年8月、合計6冊で廃刊。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 現実の犯罪と大衆性を意識した「X」 山前譲

【Gメン】【X】
 「湖のニンフ」 渡辺啓助
 「吹雪の夜の終電車」 倉光俊夫
 「匂う密室」 双葉十三郎
 「第二の失恋」 大蔵Y子
 「悪魔の護符」 高木彬光
 「月光殺人事件(探偵劇)」 城昌幸
【新探偵小説】
 「幽霊妻」 大阪圭吉
 「赤いネクタイ」 杉山平一
 「こがね虫の証人」 北洋
 「奇蹟の犯罪」 天城一
 「二十の扉は何故悲しいか」 香住春作(香住春吾)
 「温故録」 森下雨村
 「雑草花園」 秋野菊作(西田政治)
 <井上良夫追悼特集>
 「名古屋・井上良夫・探偵小説」 江戸川乱歩
 「彼、今在らば−」 森下雨村
 「灰燼の彼方の追憶」 西田政治
 「井上良夫の死」 服部元正
 「A君への手紙(遺稿評論)」 井上良夫
【真 珠】
 「朱楓林の没落」 女銭外二(橋本五郎)
 「妖虫記」 香山滋
 <随筆・評論>
 「探偵小説か? 推理小説か?」 黒沼健
 「ひと昔」 戸田巽
 「加賀美の帰国」 角田喜久雄
【フーダニット】
 「探偵小説」 北村小松
 「灯」 楠田匡介
 「幽霊の手紙」 黒川真之助

 宝物殿 村瀬継弥
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「Gメン」「X」 総目次
 「新探偵小説」 総目次
 「真珠」 総目次
 「フーダニット」 総目次
 「フーダニット」 作者別作品リスト
 「真珠」 作者別作品リスト
 「新探偵小説」 作者別作品リスト
 「Gメン」「X」 作者別作品リスト

<感想>
 探偵小説誌「エックス」だけではなく、他にも「新探偵小説」「真珠」「フーダニット」などから作品が取り上げられている。ひとつの雑誌だけでないせいか、いいとこ取りという感じであり、結構面白い作品がそろえられている。そんなわけで、今回は単なる雑誌の紹介のみならず、ミステリ短編集としても推理小説としての密度が濃いものとなっている。

「湖のニンフ」は、湖上でのとある女優との駆け引きが描かれている。その女優が最後に見せる、たくましさがなんとも言えない。探偵小説としては一風変わっていて、良い作品。

「匂いの密室」は、部屋に残る“匂い”から事件解決のめどをたてるというもの。しかもうまくどんでん返しを仕掛けている。

「第二の失恋」は、ミステリというより物語。手記により、天才ピアニストの謎の死の原因が恋愛模様を交えて描かれている。

「悪魔の護符」は、一見、非現実的な話のように進行しつつ、実はその裏でとある計画がなされている様子を描いたもの。これも探偵小説としては変わった作品。

「幽霊妻」は、不義の噂をたてられた妻が自殺し、その自殺した妻が復讐のために夫を殺害したかのような事件。これが一見、不可思議な事件なのだが、その真相はというと・・・・・・バカミスっぽくてちょっと笑ってしまう結末。ただし、内容はいたってまじめなのだが。

「こがね虫の証人」は、とある盗難事件を“こがね虫”を証拠に解き明かすというもの。ちょっとした理系ミステリのような感じ。

「二十の扉は何故悲しいか」は、一見なにも関係なさそうな子供の遊びと、殺人事件が結び付けられる話。結末がなんとももの悲しい。

「朱楓林の没落」は、とあるレストランの繁栄と没落を描いたもの。近代でも似たようなものが描かれているような記憶があり、これがそういった作品の元祖なのではと考えてしまう。

「灯」はアパートで起きたダンサー殺人事件を描くもの。普通にミステリ小説として読める内容。あくまでも普通のミステリではあるが、それだけに読みごたえがある。

その他、随筆や寄稿集なども多く、その時代そのものや、ミステリ界の情勢もうかがうことができるようになっている。また、「雑草花園」は、2、3行の文章で推理小説界を風刺するという連載企画。毒舌調で、歯に衣着せぬものいいが心地よい。


「妖 奇」傑作選   甦る推理雑誌C

2003年01月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
 1947年7月、創刊。
 このころの探偵小説専門誌は出版不況も重なり、ほとんどが2、3年で廃刊となってしまう中、5年半ほどの期間、毎月きちんと発行されていた。
 初期に掲載された作品はほとんどが著名な作家のアンコール作品(「新青年」掲載作品を中心に再掲載)。
 再録する作品がしだいに減ってくるなかで、創刊三年目からは新作も増えていった。
「妖奇」というタイトルらしく、エログロを強調した作品が多く見られるようになっていった。
 尾九木弾歩、香山風太郎、華村タマ子などといった、ほとんどが無名で覆面作家名義がやたら多かったことも特徴のひとつ。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 独自の妖しい世界を貫いた「妖奇」 山前譲

【妖 奇】
 「化け猫奇談 片目君の捕物帳」 香住春作
 「初 雪」 高木彬光
 「煙突奇譚」 宇桂三郎
 「電話の声」 北林透馬
<長編小説>
 「生首殺人事件」 尾久木弾歩

 目次の行間 喜国雅彦
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「妖 奇」「トリック」 総目次
 「妖 奇」「トリック」 作者別作品リスト

<感想>
 雑誌「妖奇」の紹介となるのだが、元々は「新青年」などに掲載された作品を再掲載していた作品とのこと。ただ、こういった形態のものが今までなかったようなので、それゆえに売れたらしい。途中からは、新作を増やしていったとのこと。

 ここで掲載されているなかに長編小説「生首殺人事件」というものがあり、これが約340ページと、作品の三分の二を占めているので、掲載作品は少ない。ただ、そのためか、掲載されている短編作品がそれぞれうまく書かれているものが多いと感じられた。

「化け猫奇談」は怪談風・昔話風に語られるような物語でありつつも、真相はモダンなものを感じ取ることができて面白かった。「初雪」は婆やが女主人の人生と犯罪の軌跡を語ってゆく物語であり、ただただ悲壮感があふれている。「煙突奇譚」は、犯罪者による犯罪の行く末を描いたかのような物語。「電話の声」は、今でこそあたりまえのようなトリックであるがゆえに、時代性をうかがわせるミステリとなっている。

「生首殺人事件」こそが本書のキモ。これがまた派手なミステリとなっていて面白い。“密室”と“首を切られた死体”とくれば、ミステリファンであれば、誰もが心躍らせるであろう(不謹慎か?)。資産家の一族が住む家のなかで、「密室と首が切断される犯罪」が連続で起こり、エラリー・クイーンをもじったかのような私立探偵・江良利久一が謎を解く。
 その真相については、よくできていると思われた。ただ、その真相の内容ゆえに、一般的な探偵小説らしく、一同を集めての推理の披露というものができないゆえに、ラストが少々物足りないと感じられないこともない。それでも、もっとミステリファンに広く知られてもよい作品ではないかと思われる。埋もれているのがなんとももったいない作品。


「化け猫奇談」 息子が帰ってこない老人夫婦宅。そこに謎の女が登場し、家に泊める。夜に強盗が押し入るが、化け猫と言って、何も取らずに逃げ出し、娘の代わりに猫の死がいが・・・・・・
「初 雪」 父親に認知されず婆やに育てられた雪枝。そんな雪枝が成長し、恋したものの、非恋に終わり、相手は別の女と結婚する。そして、その男は妻を殺害した罪で裁判にかけられ・・・・・・
「煙突奇譚」 不倫の末、相手を殺害した男があたりを見回すと、煙突からその様子を目撃していた者がいたようで・・・・・・
「電話の声」 被害者自身の電話の知らせにより駆け付けた警察が発見したのは、刺殺死体とその場から逃げようとする女性。三角関係のもつれによる殺人事件と思われたが、電話がかけられた時間と、被害者の死亡時間にずれがあり・・・・・・
「生首殺人事件」 私立探偵・江良利久一とその妻が誘われることとなった富豪の銀行家・菊岡家のパーティー。そのパーティー後、菊岡家の長男の茂夫が閉ざされた自身の部屋で殺されていた。しかも首を切られ、部屋にその首は見当たらない。さらに続く、密室のなかでの生首殺人事件。犯人の目的は・・・・・・


「密 室」傑作選   甦る推理雑誌D

2003年03月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
 1952年2月、推理小説同人会「京都宝石クラブ」創立(その後4月に「狂と鬼倶楽部」と会名を変更)。
 1952年8月、「密室」創刊。
 創作、翻訳、評論と幅広く掲載される。
 1954年3月に会名を「SRの会」と改称(SRは“Sealed Room”即ち“密室”)。
 1955年7月の第十九号からしばらく発行が途絶え、1956年1月に活版記念号を出す。
 その後、経費の問題によりなかなか出版ができず、1957年はわずか一号しか出せなかった。
 1957年8月、月間の小冊子「SRマンスリー」を創刊。
 その後も「密室」は継続されたものの、1年にの二号程度の発行となり、ついに1964年をもって休刊。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 鬼たちの熱気に満ちた「密室」 山前譲

【密 室】
 「苦の愉悦 −密室発刊に際して−」 竹下敏幸
 「罠」 山沢晴雄
 「決別 −副題 第二のラヴ・レター−」 狩久
 「草原の果て」 豊田寿秋
 「呪縛再現(挑戦篇)」 宇多川蘭子(鮎川哲也)
 「呪縛再現(後篇)」 中川透(鮎川哲也)
<長編小説>
 「圷家殺人事件」 天城一

 赤い夢と老後の楽しみと私的な伝言 はやみねかおる
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「密 室」 総目次
 「密 室」 作者別作品リスト

<感想>
「密室」という名に恥じず、結構な創作作品が書かれ、また翻訳作品も色々と紹介されていたよう。ここに掲載されている作品を読んだだけでもなかなかのものと感じられる。厳選したというよりは、鮎川氏と天城氏の作品が長いので、他を紹介しきれなかったというような気も。ただ、それはそれでその2編がそれぞれ「密室」という雑誌において重要な位置を占めていたということなのであろう。

「苦の愉悦 −密室発刊に際して−」は、小説ではなくタイトルのまま、発刊にかかわる短めのエッセイのようなもの。

「罠」は、仕事をミスした男が、そのミスを他人に押し付けようと画策する話。企業小説っぽくて面白い。こういった企業現場を題材にしたミステリというのは昔の作品では意外と珍しいと思われる。

「決別 −副題 第二のラヴ・レター−」は、小説のなかに、どこにいるかわからない恋人に向けた隠されたメッセージを込めたというもの。これに関しては、ちょっとご都合主義すぎるとしか。まぁ、著者も結局のところはそう考えていたようではあるが・・・・・・

「草原の果て」は、ロシアの地で民家に駐屯していた日本軍の大尉が閉ざされた部屋で首をつって死んでいるという事件が描かれる。もし殺人だとしたら、動機を持つ者は数多くいて・・・・・・。雰囲気としては硬派なミステリっぽくてよい。真犯人の造形もなかなかのもの。ただ、密室の解については微妙であったかなと。

「呪縛再現」は鮎川哲也氏が別名義として発表した短編・・・・・・ではなく中編くらいのボリューム。読み始めると、これが「りら荘事件」のもととなった作品であるということがすぐにわかる。7人の美大生が訪れていた共同生活の場にて殺人事件が起きるというもの。最初は星影龍三が登場し、その後、鬼貫警部が引き継ぐという趣向は面白いものの、どちらかといえば星影龍三が一気に事件を解決してもらいたかったというところ。後篇におけるアリバイ崩しとかが蛇足のように思え、後半はややだらだらと話が続いてしまったという印象。後篇は事件の解決のみで終わらせたほうが良かったように思えた。

「圷家殺人事件」は本書の半分を占める中編というか、もはや長編といってもいいくらいの分量。そして著者はあの天城一。その天城氏の作品ゆえに、読みづらいかと思いきや、この作品は妙な癖はなく意外と読みやすい。普通にミステリとして読める作品。ただ、雰囲気は出ているものの、ミステリ作品としては色々と物足りなく感じられるところがあったような。


「探偵実話」傑作選   甦る探偵雑誌E

2003年05月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
1950年(昭和25年)5月、「実話講談の泉」(大衆的な読み物雑誌)の別冊の形で第一集が出版される。
「探偵実話」と題した別冊が1950年7月の第二集から月間となり、11月の第六集から独立。
 世界社の倒産によって、1953年8月号でいったん休刊。
 その後、編集者が新たに世文社を設立し、1954年の新春号(発行は二月)で復刊。
「宝石」や「探偵倶楽部」と共に、当時の新鋭推理作家の作品発表の場となった。
 中川透名義で作品を発表し、その後改名した鮎川哲也がさまざまな作品を発表したことで有名。
 1962年10月号で廃刊となり、約160冊という総冊数は「宝石」に継ぐものであった。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 実話中心ながらも新鋭の意欲が伝わる「探偵実話」 山前譲

【探偵実話】  「山女魚」 狩久
 「青衣の画像」 村上信彦
 「生きている屍」 鷲尾三郎
 「白い異邦人」 黒沼健
 「推理の花道」 土屋隆夫
 「ばくち狂時代」 大河内常平
 「鼻」 吉野賛十
 「碧い眼」 潮寒二
 連作「毒 環」 横溝正史/高木彬光/山村正夫
 「赤い密室」 中川透(鮎川哲也)

 「実話」の時代 物集高音
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「探偵実話」 総目次
 「探偵実話」 作者別作品リスト

<感想>
「探偵実話」は元々“実話”中心の作品が多く寄せられたものだそうだが、長く続いた雑誌ということもあり、ここに取り上げられた作品はどれも読みがいのあるものばかり。普通に読んでいて楽しめる古典ミステリ作品集という感じで読めた。また、鮎川氏が中川透名義のときから寄稿し続けていたということでも有名な雑誌であるとのこと。

「山女魚」は、風呂場の密室を扱ったものであり、しかも密室からの脱出を描いたという作品。ややトリックがわかりづらいものの、大味なミステリとして楽しめて面白い。また、最後の“山女魚”にまつわる落としどころも良かった。

 その他、三角関係ならぬ四角関係のような様相を見せてゆく「青衣の画像」、2通の手紙により複雑な夫婦間で起きた犯罪の真相が暴かれてゆく「生きている屍」、あたりが面白かった。

 また、リレー小説となっている「毒環」も良くできていた。一見、単なる毒殺ミステリであるが、なかなか凝った作品となっていて面白い。しかも、リレー小説という形式で行った割には、着地点が見事であると感じられた。

「赤い密室」に関しては、元々鮎川氏の代表短編と言っても良いようなものなので、言わずもがな。


「山女魚」 風呂に入っていた女が、閉ざされた風呂から消え失せ、屋外の河川で死体となって発見された事件。それはまるで、水道管から流れ出たかのような様相であり・・・・・・
「青衣の画像」 画家と一組の夫婦の三人がとある事件について話し合う。それは、とある夫婦が起こした心中のような事件で、妻が夫を銃で殺害し、その後妻はその銃で自殺したと思われる。一見、単純そうな事件の裏に潜むのは三角関係、もしくは四角関係か!?
「生きている屍」 温泉宿で知り合った医者と名乗る男から2通の手紙を渡される。その手紙によって明かされるとある事件。医者と婚約していたはずの女が結婚当日、その結婚を破棄。そして知らぬ間に女の姉が医者を追いかけていく始末。女はその後、別の男と結婚するもその夫は戦争で死亡。女は再婚するが、死んだはずの夫が生きていて騒動となる。やがて戦争から戻ってきた元夫が今の夫を銃で撃ち、さらには女と間違えて姉を撃ち殺し・・・・・・
「白い異邦人」 とある部族のもとに別の種族である“白い女”と“小麦色の男”がやってきた。その二人が来たことによって起こったのか、どうなのか。必然のように起こる事件と天変地異。
「推理の花道」 新之助は舞台で大きなミスをしてしまい師匠に大目玉をくらう。師匠の怒りが恐ろしく、舞台後逃げる新之助であったが、翌朝、師匠が死体で発見される。新之助の犯行が疑われるのだが・・・・・・
「ばくち狂時代」 ばくちにのめり込む馬の乗り手とその雇い主。お気に入りの馬に乗って出走するはずが、雇い主との賭けにより思わぬ事態が・・・・・・
「鼻」 盲目の男が感覚により解き明かした偽札事件。
「碧い眼」 誤って自分の幼子を死に至らしめた母親は、夫に叱られるのを怖れ、他の子どもを・・・・・・
「毒 環」 横溝正史/高木彬光/山村正夫 3人の作家によるリレー小説。ウィスキーに入れられた毒による連続殺人事件。事件の動機、そしてその方法とは?
「赤い密室」 閉ざされた解剖実習室に置かれたバラバラ死体。部屋の扉を開けることができたのはただ一人。その人物が犯人なのか? それとも密室を破る方法が!?


「探偵倶楽部」傑作選   甦る探偵雑誌F

2003年07月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
 1950年(昭和25年)5月、共栄社が発行元の「探偵倶楽部」は、大衆小説誌「オール読切」の別冊として第一号が出版された。
 当初は「怪奇探偵クラブ」という雑誌名であり、8月発行の9月号から「探偵クラブ」として独立した雑誌となった。
 従来にはないインテリ大衆の娯楽雑誌として、探偵小説、トルー・ストーリー、告白小説を中心とした編集であった。
 新雑誌ではあったが、独自の新人はあまり登場せず、執筆陣は既成作家に頼るものとなっていた。
 1952年5月に「探偵倶楽部」と誌名を改める。
 終戦後しばらくは海外作品の翻訳権の取得ができなかったが、徐々に交渉の窓口が整い、1953年ごろから本格的に紹介されるようになる。
 経営難や親会社の不振もともない、1959年2月に廃刊。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 インテリの娯楽雑誌を目指した「探偵倶楽部」 山前譲

【探偵倶楽部】  「水棲人」 香山滋
 「密室の殺人」 岡田鯱彦
 「検屍医」 島田一男
 「人間を二人も」 大河内常平
 「夢の中の顔」 宮野叢子
 「遺言映画」 夢座海二
 「探偵小説作家」 楠田匡介
 「りんご裁判」 土屋隆夫
 「舶来幻術師」 日影丈吉
 「終幕殺人事件」 谿溪太郎
 「絞刑吏」 山村正夫

 『カミのミステリー』入門編 愛川晶
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「怪奇探偵クラブ」「探偵クラブ」「探偵倶楽部」 総目次
 「怪奇探偵クラブ」「探偵クラブ」「探偵倶楽部」 作者別作品リスト

<感想>
 それなりに長く続いた雑誌のようなので、ここに取り上げられている作品もなかなかのものがそろっている。ただし、探偵小説・本格小説というよりも、物語を貴重としたような作品が多かったように思われる。一応雑誌としては、告白小説や実話なども多く取り上げられていたようなので、そういった雑誌の色合いもあるのかもしれない。なんとなくではあるが、社会派ミステリの走りというようにとらえられなくもないような。

 書簡で表されたミステリ「夢の中の顔」が面白かった。心理的になサスペンス小説という感じ。
「遺言映画」は、その当時ではまだ取り扱われることが少なかったのか、記録フィルムを用いた作品。なんとなく、科学ミステリとも捉えられるような。
「探偵小説作家」あたりは、ミステリとして面白い作品と言えるかもしれない。何気に密室ものであるが、焦点は犯行現場はどこ? というもの。
「絞刑吏」が、SF系のミステリ小説みたいな設定になっていて、これは物珍しい。昔にも、こういう発想をする作家がいたのかと感嘆。


「水棲人」 ニューギニア島にて水棲人に魅入られた者たちは・・・・・・
「密室の殺人」 密室で殺された守銭奴の老人。犯人は“鯱先生”と名乗る盗賊!?
「検屍医」 未亡人が殺害された事件。一見、遺産目当ての殺人に思えたのだが・・・・・・
「人間を二人も」 男は復讐と称し、自分の組長を殺害し、さらには・・・・・・
「夢の中の顔」 弟は妻を姉に託し、病気の療養に。そして弟と姉は書簡をかわし続け・・・・・・
「遺言映画」 資産家が遺言をフィルムに記録したものの、それが改ざんされているという疑惑が・・・・・・
「探偵小説作家」 ホテルの閉ざされた部屋で発見された血みどろの死体。犯行現場は部屋のなか!?
「りんご裁判」 宝くじにあったことにより襲われて殺された男。犯人は、探偵倶楽部の仲間の中の・・・・・・
「舶来幻術師」 見世物の舞台にあがる少年が失踪し、その後姿を現すが、そのとき少年は死んでいたはず・・・・・・
「終幕殺人事件」 カルメンを演じた男と女。舞台上で女は刺されて死亡し、「ダイヤ・・・ミテ」と・・・・・・
「絞刑吏」 人に乗り移ることができる能力を持った男が痴情のもつれの現場に遭遇し・・・・・・


「エロティック・ミステリー」傑作選   甦る探偵雑誌G

2003年09月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
 1952年(昭和27年)「宝石」増刊の「エロチック・ミステリー20人集」がルーツとなる。
 その後、「宝石」増刊として「エロティック・スリラー」「エロティック・サスペンス」などが刊行される。
 さらに1958年には「宝石」増刊で3冊、また「別冊宝石」のエロティック・ミステリー特集として刊行。
 1960年(昭和35年)8月に独立した雑誌として月刊誌「エロティック・ミステリー」が刊行される。
 様々な作家の作品が掲載されたが、おおむね再録となるものが多かったようである。
 1962年6月に大幅な紙面刷新がありA5判からB5判にサイズを大きくし、「エロチック・ミステリー」と雑誌名を変えている。
 1964年2月には「ミステリー」と誌名を変更。
 その5月に発行元の宝石者の倒産により廃刊。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 独自の編集が異色作を生んだ「エロティック・ミステリー」 山前譲

【エロティック・ミステリー】  「喪妻記」 福田鮭二
 「いたずらな妖精」 縄田厚
 「キャッチ・フレーズ」 藤原宰(藤原宰太郎)
 「怪 物」 島久平
 「葦のなかの犯罪」 宮原龍雄
 「湖畔の死」 後藤幸次郎
 「破れた生簀」 田中万三記
 「湯 紋」 楠田匡介
 「疑似性健忘症」 来栖阿佐子
 「私は離さない」 会津史郎
 「童子女松原」 鈴木五郎
 「静かなる復讐」 千葉淳平
 「走る“密室”で」 渡島太郎
 「ライバルの死」 有村智賀志
 「青田師の事件」 土井稔

 『「エロティック・ミステリー」傑作選』への招待 川田弥一郎
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「エロティック・ミステリー」「エロチック・ミステリー」「ミステリー」 総目次
 「エロティック・ミステリー」「エロチック・ミステリー」「ミステリー」 作者別作品リスト

<感想>
“エロティック・ミステリー”と言われて、どのようなものを想像するか。さぞかし煽情的な・・・・・・と思いきや、ここに収められているのは普通のミステリばかり。あくまでも「エロティック・ミステリー」という雑誌に収められていた中の傑作選ということ。

 基本的には痴情のもつれを描いたものが多いかなと。特に最初の「喪妻記」に関しては、二人の妻が自殺を遂げた男の人生を描いた小説になっている。特にミステリ的な内容というわけではなく、普通小説のようにも捉えられる。

 そんな感じのものが続くのかと思いきや、その他は結構、サスペンスあり、ミステリありと読み応えのある作品が多く収められていた。

「キャッチ・フレーズ」は、オーソドックスな邪魔になった愛人を殺害しようと完全犯罪を企むミステリ。
「怪物」は、家に監禁されていた夫が失踪すという変わった内容。
「湖畔の死」は、6人の男女がトランプによってカップルを組むという、ちょっとしたゲーム性のある内容。
「湯紋」は、トリックというほどではないにしても、意外性のある結末が待ち受けるミステリになっている。
「疑似性健忘症」は、記憶を扱ったミステリと言うことで、結構今風。
「私は離さない」は、これまたオーソドックスながら、サスペンス・ミステリとして優れている。
「静かなる復讐」は、女探偵ものの作品であるのだが、意外な展開と意外な結末が楽しめる。これまた類を見ない作品。
「走る“密室”で」は、バスないの密室殺人事件を扱っている。意外と野心的なミステリと捉えられた。

と、そんな感じで読み応えのある作品が多かった。これはミステリ作品集として十分に楽しめる内容。


「喪妻記」 二人の妻が自殺を遂げた男が送ってきた人生との真実。
「いたずらな妖精」 上司を階段から突き落とした元に執拗に寄せられる死者からのハガキ。
「キャッチ・フレーズ」 資産家の娘と結婚することになった男は付き合っている女を殺害し、完全犯罪をもくろむが・・・・・・
「怪 物」 監禁されていた夫が消え、妻は私立探偵に行方を探すよう依頼し・・・・・・
「葦のなかの犯罪」 葦のしげみの中に血の付いた服が見つかり、その後酒場のマダムの死体が発見され・・・・・・
「湖畔の死」 男女六人がトランプを使ってカップルにわかれ、女は男が待つ場所へと行き・・・・・・翌日ひとりの女が死体となって・・・・・・
「破れた生簀」 恋人の元へ向かった女が行方不明に! その後、漁師が生簀が破れて、という話を聞きつけ・・・・・・
「湯 紋」 温泉につかっていた画家が死亡した事件。事故でないのならば、誰がどのようにして・・・・・・
「疑似性健忘症」 物忘れの酷い女は、男に降られ、友人にその男をとられ、さらに・・・・・・
「私は離さない」 かつての浮気相手と会った男は、その女と共に女の主人を殺害しようと計画し・・・・・・
「童子女松原」 男と女が松の木に姿を変えたという伝説が残る地にて、その逸話を詳しく調べようと・・・・・・
「静かなる復讐」 26歳の女探偵は浮気調査を担当するものの、思いもよらない騒動に巻き込まれ・・・・・・
「走る“密室”で」 かつてバス内で起きた密室殺人の謎と、現在の事件との関連は!?
「ライバルの死」 選挙の数敗が決したのち、負けた男が毒殺され・・・・・・
「青田師の事件」 田舎で起きた湖の上での事故。これは地上のもつれによる殺人なのか・・・・・・


「別冊宝石」傑作選   甦る探偵雑誌H

2003年11月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
 1946年(昭和21年)に創刊された「宝石」の兄弟雑誌として創刊。
 1948年1月に発行された最初の号には「別冊宝石」の文字はなく、半年後に出された第二号から「別冊宝石」という名称が付けられる。
 1949年の「宝石」創刊三周年記念として賞金総額百万円の懸賞小説募集が企画され、第六号に短編部門の三十数作を一挙掲載。
 1950年からは海外と著作権交渉ができるようになり、海外名作の紹介が始まった。
 懸賞小説の候補作、新年恒例の捕物帳、世界探偵小説全集を三本の柱として、1952年からはほぼ月間で刊行された。
 1964年5月、「宝石」と共に廃刊。総計で百三十号にもなった。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 ヴァラエティ豊かな特集で百三十号を重ねた「別冊宝石」 山前譲

【別冊宝石】  「赤痣の女」 大坪砂男
 「罪な指」 本間田麻誉
 「翡翠荘綺談」 丘美丈二郎
 「背 信」 南達夫(直井明)
 「私は誰でしょう」 足柄左右太(川辺豊三)
 「耳」 袂春信
 「消えた男」 鳥井及策
 「何故に穴は掘られるか」 井上銕
 「アルルの秋」 鈴木秀郎
 「みかん山」 白家太郎(多岐川恭)

 「新人コンクールのころ」 直井明
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「別冊宝石」 総目次
 「別冊宝石」 作者別作品リスト

<感想>
 かなりの数が刊行された雑誌というだけあり、ここに掲載されているものは全て未読。元々、懸賞小説を募集していた雑誌であったようなので、今となってはその多くが知られざる作家というままで片づけられている作品が多いと思われる。発掘すれば、結構面白そうな作品が見つかりそうであるが、実際のところどうであろう。

 ただ、ここに掲載されている前半の3作品くらいまでは、情熱は感じられるものの、ミステリとしての出来栄えは微妙と感じられた。まさに、それゆえに日の目を見ることのなかった作品という感じである。とはいえ、十分に小説を書こうという意気込みは感じられる作品にはなっている。あくまでも、ミステリとしては微妙なだけ。

 そんな作品ばかりなのかと思いきや、4作目の「背信」あたりからは、ミステリとして読み応えのあるものばかりとなっている。「背信」は、結構わかりやすい内容であるが、手紙の送り主を特定しようとする趣向の「私は誰でしょう」など、謎解き小説としてなかなか良い線をいっていると思われた。

「消えた男」は、人間の消失トリックがうまく描かれている。「何故に穴は掘られるか」は、ちょっと変わった角度のミステリとして面白い。宝探しを逆手にとったようなトリックが面白い。「みかん山」は、何気に大味なトリックが用いられており、これも良かった。しっかりと“マント”を使用したトリックと予告してのミステリとなっている。


「赤痣の女」 青酸カリを注射で打って自殺したと思われる男と、顔に痣のある女との関係は・・・・・・
「罪な指」 密室で死んでいたボクサーは、何故か中指だけ切り取られ・・・・・・
「翡翠荘綺談」 久々に友と会った男は不思議な絵を見て、幽体離脱のような体験をし・・・・・・
「背 信」 ガレージを造り直した家を訪ねた男の目的とは!?
「私は誰でしょう」 ストーカーのような者から届く令嬢宛ての謎の手紙。送り主はいったい??
「耳」 村で大切に育てられた女の奇妙な振る舞いとその人生。
「消えた男」 取調室の窓から落ちて死んだ男と、消えた襲撃者。煙のように消えた犯人の正体とは?
「何故に穴は掘られるか」 死体や宝を埋めたという複数の手紙。しかし、指定された場所には何も埋められていなかった。差出人の目的とは?
「アルルの秋」 ライヴァル同士の二人の画家とゴッホの贋作事件に秘められた謎とは?
「みかん山」 小道を上っていった学友が、その後死んでいるのが発見された。道は一直線であり、犯人らしきものが通った形跡はないのだが・・・・・・


「宝石」傑作選   甦る推理雑誌I

2004年01月 光文社 光文社文庫

<雑誌概要>
  1946年(昭和21年)3月(表紙の表記は4月)、創刊。
 毎号評論を寄稿した江戸川乱歩を初め、木々高太郎、大下宇陀児、角田喜久雄、海野十三といった探偵作家が名を連ねる。
 横溝正史は「本陣殺人事件」を創刊号から連載している。
 募集した懸賞小説に多くの作家が集まり、香山滋、島田一男、山田風太郎といった作家が登場した。
 しだいにページ数も増え、読み応えのある雑誌となっていったが、一時期低迷し、1950年には経営が苦しくなる。
 1957年8月から江戸川乱歩が編集長となり、状況を打開する。
 ただし、江戸川乱歩が病気により3年ほどで退陣すると再び経営面で窮地に陥る。
 1964年5月、「創刊250号記念特集号」と題した号が最後となる(正しくは251号とのこと)。
 19年の長きにわたって発行された。

<内容>
 まえがき ミステリー文学資料館
 推理小説界の牙城だった「宝石」 山前譲

【宝 石】
 「ユダの遺書」 岩田賛
 「或る自白」 川島郁夫(藤村正太)
 「白昼の夢」 朝山蜻一
 「薔薇の処女」 宮野叢子
 「暗い海白い花」 岡村雄輔
 「孤 独」 飛鳥高
 「まつりの花束」 大倉Y子
 「科学者の慣性」 阿知波五郎
 「神 技」 山沢晴雄
 「ぬすまれたレール」 錫薊二
 「緑のペンキ罐」 坪田宏
 「最後の女学生」 明内桂子(四季桂子)
 「蛸つぼ」 深尾登美子

 懐かしの「宝石」時代 山沢晴雄
 太平洋戦争終結後十年の推理小説界と世相
 「宝石」 作者別作品リスト

<感想>
 いよいよ最後となった“甦る推理雑誌”シリーズであるが、最後の最後に満を持して登場となるのは雑誌「宝石」。私が生まれる前に廃刊しているので、当然実物を見たことはないが、未だに名前だけは聞く伝説的な雑誌である。

 19年という長きに渡って連載してきたゆえに、把握しきれないほどの掲載作品があることだろう。今回掲載されたものも、既に掲載されたものとは被らないようにしてあるようで、今まで読んだことのないものばかり。今となってはあまり世に出ることのない作品であっても、結構探偵小説として良い作品が見られるのだから大したものである。

 練りに練られたミステリを堪能できる「或る自白」、脅迫状・アリバイ崩し・異様な動機などと見所満載の「孤独」、女の情念と復讐を描いた「まつりの花束」、科学者を狙う心理トリックのようなものをあつかった「科学者の慣性」、閉ざされた風呂場での密室殺人を描いた「緑のペンキ罐」。

 他の作品も、それぞれ著者の情熱や、新進作家の未熟さを感じられたりと、色々な点で見所のある作品集となっていた。有名作家の作品は、当然のことながら掲載するのも今更と言うことで、ここには載せられていないが、あえて「宝石」傑作選といった短編集を出せば、さぞかし豪華な作品集となるであろう。むしろ、そこに掲載する作品を選ぶこと自体が大変か。


「ユダの遺書」 交通事故で死亡した子供の父親の真相、寸劇におけるユダの役割についての裏話、来客によりもたらされた銃殺事件と消えたもう一人の客、事件を結ぶ真相は?
「或る自白」 叔母が殺害されたことにより、私は容疑者となったのだが、なんと叔母の姉である母が自分が殺したと自供し・・・・・・
「白昼の夢」 海辺で発見された女の白骨死体にはコルセットが巻かれていて・・・・・・
「薔薇の処女」 姉のために薔薇を送ろうとする少年の秘めた想い、そして少年の家庭教師の男もまた・・・・・・
「暗い海白い花」 病気の夫を抱える若い女は、職場の男から求婚されるのであったが・・・・・・
「孤 独」 脅迫状を受けた代議士が、脅迫状の通りに金庫のなかで殺害されているのが発見され・・・・・・
「まつりの花束」 刑務所から出所してきた女と、手術により輸血を受けることとなった医師との関係は・・・・・・
「科学者の慣性」 ノイローゼになって自殺した医師に関する秘められた真相とは・・・・・・
「神 技」 占いのからくりについて推理する。
「ぬすまれたレール」 誰も得をせず、誰も損をせず、誰も気づかない犯罪??
「緑のペンキ罐」 内側から鍵が閉められた風呂場のなかで発見された刺殺死体の謎とは!?
「最後の女学生」 戦後殺害された元教師は、戦時中の行為に何か問題があったのか??
「蛸つぼ」 漁師町で殺害された女を巡る男たちの争い。痴情のもつれによる殺人という線が濃厚であるのだが・・・・・・




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