<内容>
元刑事の私立探偵フリッツ・ブラウン。車の回収業を主として行っていた彼のもとに依頼人がやってきた。ゴルフ場でキャディをして稼いでいるというファット・ドッグ・ベイカーという男は、音楽家の妹が金持ちにたぶらかされているので助け出したいと。その資産家の正体をあぶりだしてくれというのだ。うさん臭く感じる依頼を引き受けたブラウンであったが、まずは当の依頼人のファット・ドッグのことを調べ始め・・・・・・
<感想>
だいぶ昔に読んだエルロイのデビュー作を再読。改めて読むと、既にエルロイ作品のエッセンスがしっかりとつまっていることがわかる。何気に、エルロイって、どの作品もだいたい同じ内容の事を描いているのだなと、この処女作からまざまざと感じ取れる。
処女作ゆえに最初は、普通の私立探偵が身元調査を行い、普通の事件に取り組むものだと思ってしまう。しかし、何故か探偵は依頼者のほうを詳しく調べ始め、雲行きは怪しくなって行く。その依頼者が何やら危ない男らしく、その依頼の裏に潜むものを探偵は徐々に暴き出してゆくこととなる。
そんな展開でありつつも、序盤はまだ探偵自身が普通の人物と感じられたものの、話が進んでゆくと段々と探偵自身の心持ちも危うくなり、いつのまにやらノワール小説のような展開へと突き進んでゆくこととなる。そして最終的には破滅へしか見えないような道行へ・・・・・・
結局のところ、依頼人らの事件ではなく、主人公自身の事件へと回帰していってしまうところはエルロイ風であるなという感じがする。また、常に物事の裏側や人間性の暗いところにスポットを当てて、作品を描いてくところもエルロイらしさが表われていた。エルロイはデビュー作からエルロイであったかと、しみじみと感じられた。
<内容>
パトロール警官のフレデリック・アンダーヒルは野心家であり、上司のコネなどを使い、刑事へ昇進を果たそうとするものの諍いを起こし、昇進など望めないような署へと飛ばされる。そこでフレディは、知人である女性が殺害されたことを知る。その事件はフレディが務める署の管轄外であるのだが、単独で事件を調べ、上層部に訴えて、事件の解決と昇進を謀ろうとする。フレディの捜査はうまくいったと思えたのだが・・・・・・
<感想>
ジェイムズ・エルロイの2作目の作品。本書はアメリカ探偵作家クラブ賞にノミネートされた作品ゆえに、本国での出版後、日本でもかなり早めに翻訳されている。エルロイといえば、後の「ブラックダリア」から日本で注目され始めた作家と思っていたのだが、実は早くから注目されていた作家であることがわかる。本書が訳された後に、処女作の「レクイエム」が同じくハヤカワ文庫から刊行されている。
この作品を、エルロイ作品を一通り読んだ後に読むと、その後に書かれた作品の元がここに全て書き表されているということが理解できる。本書から“ロイド・ホプキンス”シリーズと、“LA四部作”シリーズとの二つに分かれていったという道筋がはっきりと示されるものとなっている。それゆえに、本書はなかなか色々なものを盛り込んだ作品となっている。
本書の物語は主人公であるフレデリック・アンダーヒルという警察官の野心、捜査活動、挫折といったものが描かれている。この「秘密捜査」は、彼自身の物語でありつつも、その裏に潜む“悪”の物語であり、それを暴き出すものともなっている。
後に、この作品だけでは主人公の警察官について書き切ることに満足できず、そこでロイド・ホプキンスというシリーズにつながる警官を造形していったのだろう。また、本書のなかで“LA四部作”の最重要人物であるダドリー・スミスがしっかりと顔を出していることにも驚かされた。
エルロイの原点を堪能することができる作品。エルロイがしょっぱなからここまで攻めた作品を描いていたのだと驚かされる内容。
<内容>
ロス市警殺人課のロイド・ホプキンズは警察内で凄腕として知られていた。ある日ロイドが通報により現場へ向かうと、そこで彼が見たものは惨殺された女性の死体であった。この殺人事件に取り組み始めたロイドであるが、次第に似たような事件が多数起きていることに気づき始める。徐々に、警察組織に知られることなく連続殺人を繰り返していた殺人犯の姿が浮き彫りとなり・・・・・・
<感想>
久々の再読。初読以来となるので、20年以上ぶりの読書となるのか。読んでみるものの、内容は覚えておらず、もはや初読の気分。ジェイムズ・エルロイによるロイド・ホプキンズ・シリーズ三部作の1作品目。
大雑把に言えば、優秀な刑事と知られざるサイコキラーとの対決を描いた作品。ただ、その優秀な刑事がひそかにトラウマを抱えていることにより、単にサイコキラーとの戦いのみではなく、警官自身の葛藤との戦いというような趣も強い。
主人公のロイド・ホプキンズは、優秀な警官であり、妻と3人の娘を抱え、一見理想的な家庭を築いている。しかし、ロイドは夜な夜な娘に自身の仕事で起きた残忍な事件の様子を語ったり、女癖が悪かったりと、どこか危ういところがある。そしてサイコキラーとの戦いを迎えるにあたり、己自身が抱えるトラウマと向き合うこととなり、ロイド自身がかなり切迫した状況となる。さらには、単独行動を主としていたためか、警察組織からの信用も失ってゆき、徐々に主人公が暗闇に堕ちていくかのようなノワール的な展開となってゆく。
主人公だけではなく、サイコキラーについても序盤からスポットが当てられていることで、主人公対悪との対決の様相が強い作品となっている。本来ならば善対悪というのが普通であるが、ロイド自身がまっさらというような人物でもないので、善対悪とならないところがまたエルロイらしさが出ているところと言えるであろう。
後半はスピィーディーな展開となっており、目を離せぬような状況が続き、そのまま終幕へとなだれ込む。ただ、最後のまとめかたが、ややきれいすぎるような感じがして、ちょっと違和感がある。このへんは、シリーズとなっているがゆえに、主人公の存在を次に続かせないといけなかったからなのかもしれない。むしろ、最悪な状況のまま最後ブツ切りにという終わり方でもよさそうな気がしたが、このころのエルロイはさすがにそこまで無慈悲ではなかったのかな。
<内容>
ロイド・ホプキンズ刑事は行方不明になった風紀課の警官ジェイコブ・ハーゾク巡査の行方を追うことを上司から命令される。さらには、酒屋を襲って3人の店員と客を殺害した犯人の捜査も並行して行うことに。そうしたなか、ロイドは精神科医のジョン・ハヴィランドから捜査の協力を受け、娼婦のリンダに惹きつけられる。事件を追うロイドが見出した真相とは!?
<感想>
古い本の再読。エルロイ描く“ロイド・ホプキンズ”シリーズの2冊目。昨年シリーズ1冊目を再読したので、続けて(というわりには間が空いたか)の読書となる。
前作ほど主人公のホプキンズが追いつめられるという感覚はなかったが、今回も難敵との戦いとなる。基本的にこのシリーズは、サイコパスとホプキンズとの戦いを描くという構図になっているよう。今作では、精神科医をしながら、さまざまな人間を操る男が敵となる。この人物が、狡猾で自分が表に出ず、また一切の証拠を残さずにさまざまな犯罪を犯しているので、警察も容易に手を出すことができないという人物。いや、それどころかそもそも犯罪者として、その存在自体が浮かび上がってきていない人物なのである。
ホプキンズは、表に出ている事件を辿っていくうちに、徐々にその精神科医の元へと近づいていくこととなる。ただし、精神科医のほうはホプキンズのことをよく調べているので、アドバンテージは彼のほうにある。そんな状況でホプキンズはどう事件に対処していくのか? 前作では、協力者の力を借りて事件を解決しようとしたのだが失敗し、今回も同じ轍を辿るのではないかと思い悩みながらもまたホプキンズは同様の手口で真犯人を陥れようとし・・・・・・というような感じで話は流れていくことに。
面白くはあったのだが、意外と普通のミステリという感じがした。いや、他の人が書く作品に比べれば、血なまぐさく、異常性も盛りだくさんではあるのだが、エルロイの作品にしては意外と普通であったような。今回は犯人役の精神科医が、裏に隠れている存在ゆえに、目立つような大きな犯罪を犯していないように感じられるところが、ちょっと適役としては物足りなかったような。事件の幕引きに関しては前作とはちょっと異なるような終わり方をしていたので、そこは工夫がなされていて面白かったかなと。
<内容>
ドゥエイン・ライスは、恋人であり薬中のヴァンディをロック歌手にするために、自動車窃盗を繰り返しながら金を儲けていた。その金でなんとかヴァンディをデビューしようとしていた矢先、警察に捕まることに。刑期を終えた後、ヴァンディを探しながら、牢屋で聞いた情報を元に銀行強盗を行うことに。ガルシア兄弟を雇い、3人で銀行強盗を繰り返しながら、ドゥエインはヴァンディの行方を探すのだったが・・・・・・
一方、停職処分を受け、懲戒寸前となっていたロイド・ホプキンズ部長刑事であったが、首の皮一枚でつながり、なんとか現場復帰がかなうことに。ただし、元の職場ではなく、連続銀行強盗事件の捜査の助手として。当然のことながら、当のロイドは助手に収まる気などなく、事件捜査を主導して、犯人を捕らえようとし・・・・・・
<感想>
ロイド・ホプキンズ・シリーズの第3弾で、完結編。もう30年も前の作品になるのかと思いながらの再読。
シリーズを通すことによって、段々とトーンダウンというか、作品の異常性も含めてどんどんと薄くなっていったという感じ。今までの作品では異常な犯人を追うというものであったのだが、今作ではある種普通の銀行強盗。何気に、追う側のホプキンズよりも、追われる犯人側の方が理知的に感じられてしまうこともしばしば。どちらかといえば、追っている側のホプキンズのほうが、どこか危ういという感じであった。
この作品を読んで思うのは、エルロイ初期の作品ゆえか、エルロイが登場人物に対してどこか手加減しているのではないかということ。もっと後の作品になると、主人公であろうが、脇役であろうが、手加減なしに破滅へと突っ走っていくという感じこそがエルロイ調であると。それゆえに、まだこのエルロイ初期の段階では、過分にロイド・ホプキンズに対して手加減したなという思いが強いのである。
と、そんなわけで今になって言えば、後に「ブラック・ダリア」から続く四部作への助走といった作品。後の活躍を知らないままで読んでいれば、ここがエルロイの限界か? と思わせるような内容と言えるかもしれない。
<内容>
1983年9月、ニューヨークにて、連続殺人犯としてFBIが追っていたマーティン・ブランケットが逮捕された。マーティンは自供をせず、回想録を執筆することにより、自分が起こした事件の全貌を語ることを宣言する。マーティンは少年時代から、自分の過去を辿り始め・・・・・・
<感想>
昔のエルロイの作品を再読。連続殺人犯の回顧録という形で描かれた作品。
この仮想回顧録の序盤を見渡すと、エルロイの自叙伝に書かれた内容に通じるところがあると気づかされる。なんとなくではあるが、エルロイ自身が犯罪者になっていたら、このような経緯をたどるのではないかという、別の世界線を描いた作品とも捉えられる。そんなわけで、読んでいる最中は、エルロイ自身の体験と感情を盛り込んだ、妄想回顧録というような感触で読むことができた。
基本的に、回顧録の執筆者であるマーティン・ブランケットの独白という感じで、ひとり孤独に世界を彷徨う様相が描かれている。そのひとり語りに非常に興味を覚えたものの、後半になると若干その作風が怪しくなってくる。結局のところ、結末をどうつければいいか迷ったのか、そこにロス・アンダースンという警官と、トマス・デューセンベリーというFBI捜査官が物語に介入してくることとなる。
あくまでも回顧録という形状をとっているので、ひとり語りの物語で充分であったと思われる。そこに、異分子のような形で重要人物を登場させてしまうと、話がぶれてしまったように感じられた。ゆえに、後半は普通の警察小説に近いようになっていった感がある。できることなら、ひとり語りで最後まで結末を付けていってもらいたかったところである。
<内容>
1947年1月5日、ロサンジェルス市内の空き地で若い女性の惨殺死体が発見される。胴体が真っ二つに切断され、中の臓器が取り去られているという奇妙で無残な状況であった。この事件はやがて“ブラック・ダリア”事件と呼ばれることになる。
ブラック・ダリア事件により人生を乱されることになる元ボクサーでロス市警に勤めるバッキー・ブライチャートとリー・ブランチャード。エリートコースを歩みながらも、この事件により道を外すこととなるブランチャード。そして、ブランチャードと拳を交えた仲であり、彼によって現在の地位に引き立てられたブライチャード。事件の果てに彼らが見出すこととなったものは・・・・・・
<感想>
再読の作品。再読したきっかけはマックス・アラン・コリンズ著「黒衣のダリア」という、同じく“ブラック・ダリア事件”を扱った作品を読み、読み比べてみようという試みから。しかし、「黒衣のダリア」を読んでから、かなり時間が空いてしまい、その試みは微妙なものとなってしまった。
久々に読み直した感想はというと、序盤は二人のボクサーの物語となっており、このへんの流れはエルロイらしくないような、ちょっといい話とも感じたりする。ただし、そのボクサー二人が警官として努めることになってからは、俄然エルロイらしさがましてくるものとなっている。というよりも、この「ブラック・ダリア」という作品をきっかけにエルロイ節が試行されつつあったのではなかろうか。
本書は“ブラック・ダリア事件”そのものを描いたというよりは、その事件によって狂わされた人々の様子を描いた作品という趣が強い。コリンズの「黒衣のダリア」のほうは極力無駄をはぶき事件に忠実に描いてるように思えたことから、フィクションにも関わらずドキュメンタリーのようにも感じられた。その一方でエルロイの「ブラック・ダリア」に関しては極めてノン・フィクション、物語的な要素が強くなっていると感じられた。
ただし、物語といっても従属のミステリのような小説ではなく、まさに暗黒史というにふさわしい、エルロイならではの世界が描かれているのが特徴といえるだろう。まさにこれはもう、エルロイの作品でしかないというようなものに仕上げられている。
あと、感想を付け加えるならば、後半はかなり冗長であったなと。後半はある程度話が片付きつつも、だらだらと続けられているという印象がぬぐえない。特に前半のほうは流れるようなペースで展開されていたために、より強く感じられたところであった。
なにはともあれ、エルロイの作品としては、これを抜きに語ることはできないので、ぜひとも興味のある人は一読してもらいたいところ。ただ、この作品でつまづいたとしても、後に出た「ビッグ・ノーウェア」や「LAコンフィデンシャル」のほうがはるかに読みやすくなっているので、続けて読んでもらいたい。
<内容>
異様きわまる侵入盗・・・・・・切り裂かれた衣服、惨殺された番犬。被害者は警察と癒着した大物麻薬密売人。上層部の命で捜査にあたる悪徳警官クラインは、全てを操る巨大な陰謀に翻弄され、破滅してゆく。
脈打つ暴力衝動、痙攣し暴走する妄執、絶望の淵で嗚咽する魂。ミステリ史に屹立する20世紀暗黒小説の金字塔。
<感想>
この「暗黒のLA四部作」のうち「ホワイト・ジャズ」の前の三編を読むと実に気になる男の名前が浮かぶことになる。その名はダドリー・スミス。全編に渡って登場人物たちが傷つき死んで行く中、一人だけ不死身の如く傷つかずに出世をしていくダドリー・スミス。「暗黒のLA四部作」ではこの男の不気味さが際立っている。そして今回はそのダドリー・スミスの全貌が明らかになってゆく。
サブリミナルかのように読者を酔わせ、そしてクラインが狂気に駆られてゆく様を書いたぶつ切りの文体。序盤ではわかりにくさが感じられるが、後半へ行き真実が明らかになってくると実に緻密さが浮き彫りにされる構成。全体が情報屋や関わった者たちの告白で先に進んで行くストーリーゆえ、ミステリー性は感じられないが確かに感じられる暗黒性。狂気に駆られる主人公に、自分だけがいい目を見て生き残ってやるという気持ちが全面にでている登場人物たち。そこには確かにエルロイの世界がある。
<内容>
「過去から」
「ディック・コンティーノ・ブルース」
「ハイ・ダークタウン」
「アクスミンスター 6-400」
「おまえを失ってから」
「甘い汁」
「センチメンタル・ナンバー」
<感想>
短編であってもエルロイ作品は変わることはない。エルロイは常にエルロイとして存在する。
「ディック・コンティーノ・ブルース」
これは小説というよりもドキュメント・・・・・・というおもむきでもないか。とにかく、人づてに聞いた話をエルロイが作品に書き下ろしたもののようである。作品中でこの短編だけ異色と感じられる。しかし、その世界はエルロイが描く世界そのものである。
よくよく読めば、とんでもない事を登場人物が話している。しかし、彼らはろくでもない事やとんでもない計画をありきたりなことであるかのように話す。事象の前にすでに世界が壊れている。
上記以外の作品はLA四部作の外伝といっていいだろう。
一番印象に残ったのは「アクスミンスター 6-400」。ラストがこの著者の作品にしてはなかなか爽快に感じられた。たまにはこんな終わり方もいいだろう。初期の作品にはハッピーエンド的なものもあったなぁ、などとつい思い返す。
あと、「おまえを失ってから」はLA四部作そのものであるといってもいいし、後日譚的なところも匂わせる。これは必読の一編か。
全体的に暴力が含まれて入るもののノワールというよりは、廃退さというものが色濃く出ているように感じられた。別にこれらがLA四部作の後始末というように書かれたわけではないのだろうが、続けて読んでいくとそのような感触を受けてしまう。
<内容>
FBIの特別捜査官ケンパー・ボイド。彼はFBI長官のフーヴァーからケネディ兄弟の動向を探るように命じられる。しかし上昇志向の強い彼はケネディとフーヴァーを両天秤にかけるかのような行動を取りつつ、自分の利益へとまい進する。
ハワード・ヒューズの用心棒で暗黒街の始末屋ピート・ボンデュラント。彼はヒューズの下で仕事をしているうちにケンパー・ボイドと親しくなり、そして・・・・・・
FBI捜査官のウォード・リテル。彼はケンパーに見出され、盗聴や強請の仕事を続けているうちに、徐々にその暗黒にのまれてゆき・・・・・・
三者三様の夢と欲望が入り乱れる中、アメリカは栄光と語られる時代へと進んでいく。そしてその先にあるケネディ暗殺の真実とその裏側の全てが今ここに語られる。
<感想>
エルロイの面白さを再認識させられる見事なできである。エンターテイメント・謀略物としての面白さに加え、史実入り乱れる“裏暗黒史”。この時代背景に詳しくない私にとっては本書こそが真のアメリカ近代史になってしまいそうなくらいのできばえである。
本書での主人公は三人。FBIの優秀な捜査官ボイド、暗黒街の仕事人ボンデュラント、そしてあまりパッとしないFBI捜査官リテル。物語の序盤では彼らの力関係と物語上のでの役割は明らかであるように見えた。物語りの最後まで、そのままの配置で進むのかと思っていたが、それが物語りの進行によって予想だにしない結びつきを見せたり、力関係が入れ替わったりする。この3人の主要人物のパワーバランスによる物語の創り方には見事だと感じられた。
後半になってくるといささか爆発力に欠けると思われる部分も見られた。ただし、それは“史実”という制約があるのでそれはしょうがないといえよう。
とはいえ、クライマックスにおけるケネディ暗殺へいたる道筋まで一気に読み通させるパワーがあることは確かである。
<内容>
「アメリカ文学界の魔犬」と呼ばれるこの作家を育んだのは、ありきたりの文学修行ではない。十歳のとき起きた陰惨な事件が、この稀有な才能の源となった。1958年6月22日−何者かに実母を殺害されたのだ。崩壊家庭で育ち、母を憎悪し、母を欲した少年は、心に暗いトラウマを抱え込み、狂いはじめる。犯罪、薬物、妄想−そして現在、地獄の底から生還し、アメリカを代表する作家となった男は、欲望と頽廃の街LAへ帰る・・・・・・母を殺した男を探すために。母の秘密を暴くために。母を愛するために。
本書はその全記録、母への狂おしい愛を刻みこんだ鎮魂の書である。
<内容>
「我が母なる暗黒」の元となったルポ「マイ・マザーズ・キラー」を始め、エッセイ、事件ルポ、LA四部作を補完する小説など、エルロイのこれまでの仕事をまとめた一冊。
<第一部 未解決事件>
「ボディ・ダンプ」
「マイ・マザーズ・キラー」
「グラマー・ジャングル」
<第二部 ゲッチェル>
「ハッシュハッシュ」
「ティファナ・モナムール」
<第三部 コンティーノ>
「過去から」
「ハリウッド・シェイクダウン」
<第四部 LA>
「セックス、虚飾、そして貪欲 O.J.シンプソンの誘惑」
「ブルドッグス」
「金ぴかの街のバッド・ボーイズ」
「レッツ・ツイスト・アゲイン」
<感想>
ジェイムズ・エルロイ作の“LA四部作”の補完的な意味合いの強い作品集といったところか。ゆえに、エルロイのファンであれば読みがいはあると思えるのだが、そうでない人がこれを読んでもピンとこないであろう。
というわけで、犯罪のノンフィクション小説やエッセイなどが書かれているためか、小説というよりは資料というような印象が残った。その中であえて挙げるとすれば、ディック・コンティーノという人物の伝記小説仕立てになっている「ハリウッド・シェイクダウン」あたりが普通に面白かったくらいか。
またO.J.シンプソン事件に触れているエッセイもなかなか面白く読めた。ただし、これはあくまでもO.J.シンプソン事件を知っているという上での、事件の背景を書いたもので、事件自体についてはさほど触れていない(アメリカ人であれば知っていて当然という事なのであろう)。
というわけで、エルロイのファンであるとか、近代犯罪史に興味のある人は一読してみてはいかがであろうか。
<内容>
JFKが暗殺された! 犯人はオズワルドという男。しかし、真の犯人は別にいた。真相を知る者たちは、真相を隠すために暗躍する。黒人のヒモを殺すためにダラスに送り込まれたラスヴェガスの刑事ウェイン・テッドロー・ジュニア、元FBI局員で今はハワード・ヒューズのために働く弁護士ウォード・リテル、ヒューズお抱えの殺し屋ピート・ボンデュラント。3人の男達が、JFK暗殺から、ベトナム戦争、キューバ危機、キング牧師の活躍の陰で、国家の陰謀とともに暗躍する。
<感想>
簡単に言ってしまえば、JFKからキング牧師まで、または、ケネディからケネディまでという具合。そうした、歴史上の動きのなかで暗躍する人物達の様相が描かれている。私のようにアメリカ史に無知なものは、思わずこれが正史かと信じてしまいそうな危険性がある作品。
ただ、あまりにも裏側過ぎるところが難点。物語の始めの、ケネディ暗殺から始まるところまではよいのだが、そこからは徐々に歴史の裏へ裏へと突入していくこととなる。表では、ベトナム戦争やキューバ危機などといったことが関連しているようなのだが、史実をよくしらないので、どうにもイメージがわきにくかった。もし、アメリカ史に詳しければ、よりいっそう楽しめる作品ではないだろうか。
また、前作「アメリカン・ダブロイド」から時系列が続いており、同じ登場人物も複数登場している。当然のことながら、歴史的時効においては時系列順に書かれているので、続けて読むのが乙であろう。
しかし、不思議に思えるのは、よくこれが発禁にならないなということ。あまりにも白人社会を強調しすぎる感がある(というよりも、それは確信犯的に行っているのだろうが)ように思える。日本文化や日本の歴史を、ここまで偏った表現で書いたら問題になりそうなのであるが、そこは自由の国ということなのだろうか。アメリカ本国でエルロイの影響というのは、どのくらいのものなのだろうか。
<内容>
「ハリウッドのファック小屋」
「押し込み強姦魔」
「ジャングルタウンのジハード」
<感想>
エルロイ節もここまでくれば、もはや暗号のようにさえ感じられてしまう。
と、言いたくなるほど、あいかわらずの筆舌ぶりは今でも変わらず絶好調のようである。ただし、この作品から初めてエルロイを読むというのには無理があるかもしれない。是非とも初期のエルロイの本から順番に読んでいってもらいたい。
とはいえ、エルロイの短編集にしては珍しく、この作品はシリーズものとなっており、三作品に登場する主人公や主要人物は変わらないので取っ付きやすい作品であった。最初は暗号のように思えた文章も、その文体や登場人物らに慣れてくるに従って、だんだんと馴染み深くなってくるのだから恐ろしい限りである。
作品としての内容はどうかといえば、従来のエルロイ作品に変わりはない。ただし、あくまでも短編であるので奥行きの深さは感じられなかった。よって、単にエルロイ文体のマシンガンがただ炸裂し続ける作品という印象が強かった。
最近、私個人としてはエルロイの短編ばかり読んでいる気がしているので、そろそろ長編を読みたいところ。まだ「アメリカン・デス・トリップ」が文庫化されていないので、そちらを待つか、もしくはもうそろそろ長編の新作が出てもいい頃だと思うのだが、どうなっているのだろうか?