Philip Kerr  作品別 内容・感想

偽りの街   6点

1989年 出版
1992年06月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 1936年、ベルリンオリンピックを控えたドイツ。元警官で、私立探偵のベルンハルト・グンターは資産家である鉄鋼王のジクスからの依頼を受ける。彼の娘夫婦が何者かに殺され、さらには高価な首飾りが盗まれたというのだ。その首飾りは代々引き継がれたもので、グンターに取り戻してもらいたいと依頼してきた。仕事を引き受けるグンターであったが、捜査の途上で、様々な災難に見舞われ・・・・・・

<感想>
 ずいぶん前に読んだ作品。ランキングに掲載されたのを機に読んだ作品であるが、それが本書だったのか、それともシリーズの別の作品をきっかけとして購入したのかは、今となってはよく覚えていない。しかし、これを機に、私立探偵ベルンハルト・グンター・シリーズ3部作を読むこととなり、その後時間を置いて刊行された、PHP文芸文庫での新3部作まで読み続けたシリーズである。

 本書の一番の特徴は、時代背景であろう。1936年のドイツと言うことで、ナチスが台頭していた時代を舞台として描いた作品である。そんな背景を舞台に、ハードボイルド的な展開が繰り広げられる小説となっている。主人公のグンター自身が、これぞハードボイルド探偵というような振る舞いをしており、生意気な口をたたき、あちこちで叩きのめされながらも、事件の真相を追い求めてゆく。こんな時代背景で、ハードボイルド調の探偵の振る舞いは、命を縮めるだけだと思いつつも、そんなこと気にすることもなく、グンターは事件捜査に邁進してゆく。

 内容としては、意外と普通で地道。依頼された宝石の行方を探すというものがメインでありつつも、その途上で他の依頼を受けたりもする。ただし、それらの依頼は全て一つの事件に繋がっており、複雑な様相を見せる事件の全体像をやがてグンターは見出すこととなる。途中でこそ、やや退屈な展開が続くという感じではあったが、最後の最後に来て、この時代のドイツならではの波乱万丈な展開が待ち受けており、最後にはしっかりと読み手に印象を残すように描かれている。

 また、途中で出てきて、当中で退場し、最後までその状況がわからなくなるインゲ・ローレンツという女性が登場するのだが、それについては次の作品で明らかになるらしい。


変わらざるもの  

2006年 出版
2011年09月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 1949年ミュンヘン。戦争は終わったものの、まだまだ戦時中の状況をひきずりつづけるドイツ国内、ベルンハルト・グンターは義父から引き継いだホテルを経営していた。しかし、そこを訪れてきたとあるアメリカ人の行動と、自分がホテル経営に向いていないということもあり、グンターは再び私立探偵業を再開し始める。そして彼の元を訪れた依頼人。その女性は、戦後行方不明になった夫を捜してほしいというのだ。彼女が言うには、別の人と結婚したいため、手続きをしっかりとしておきたいとのこと。グンターは仕事を引き受け、さまざまな伝手を使い、男の行方を調べようとしたのだが・・・・・・

<感想>
 フィリップ・カーという作家のことを知っている人がどれくらいいるだろう。だいぶ前に新潮文庫から「偽りの街」というデビュー作が紹介され、私立探偵グンターが活躍する3作品がベルリン3部作ということで話題となった。ただし、話題といってもマニアックな部類のものであり、日本国内ではベストセラーというほどでもない。その後、ノン・シリーズを書き続け、日本でも何冊かが訳されたのだが、さほど話題にはならず、このまま埋もれていくのかと思っていた。

 そこで登場したのが、グンター・シリーズの最新巻、ベルリン三部作に続く「変わらざるもの」である。これは、ドイツの終戦後の国内の状況を描いたハードボイルド作品となっている。

 読み始めた時は、さほど期待していなかったものの、読んでみると、これがなかなかの力作であり、しかも怪作であった。昨年に出た本なのだが、これは昨年の間にきちんと読んでおきたかった作品である。そうすれば、自分のベスト10に入れていたことであろう。

 実は、読んでいる最中はそれほど良い作品とは思えなかった。物語というよりは、戦時中に行われた虐殺に対する粛清が描かれたドイツの戦後を描いているという内容で、歴史の一端をそのまま読まされている感じがした。グンターが依頼される事件も、それぞれが別物であり、まるで連作短編を読んでいるかのよう・・・・・・と思っていたら、物語の後半になり、その思いは一変することとなる。

 話の前半から中盤にかけて描かれていたことが実は全てがつながっていて、大きな陰謀が張り巡らされていたことが徐々に明らかになっていくのである。その陰謀に対して、グンターがとる行動も意表をついたものとなっている。

 このグンターの新シリーズであるが、本国ではすでに本書の後に4作品書かれており、まだまだ続くこととなっている。しかし、この「変わらざるもの」を読み終えた後では、この後に話がどのように惹き続けられるのかが、全く予想することができない。これは、今後新作を楽しみに待ち続けたいと思っている。とはいうものの、この作品って日本国内では全くと言っていいほど話題になっていないような気がするのだが・・・・・・続編はちゃんと出してくれるのだろうか。


静かなる炎  

2008年 出版
2014年01月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 1950年、ベルンハルト・グンターはドイツを脱出し、元ナチスの戦犯たちを多く受け入れているアルゼンチンのブエノスアイレスへと向かう。アドルフ・アイヒマンと同じ船に乗り込むこととなり、長い船旅を終え、ブエノスアイレスについたグンター。元々捜査官として名をはせていたグンターは、ブエノスアイレスにて、彼を知っていた地元警察を率いる大佐から事件捜査を頼まれる。なんでも少女が惨殺されるという事件が続き、その犯人は戦犯として逃げてきたドイツ人の中にいるのではないかと考えられているという。グンターは1930年代に、同様の事件を捜査していながらも、ナチスの台頭により事件捜査から外されていた。ひょっとすると、当時の犯人がブエノスアイレスで事件を起こしているのでは? 過去の事件を思い返しつつ、グンターは犯人をあぶりだそうとするのであったが・・・・・・

<感想>
 新グンター・シリーズ第2弾! 前作では、劇的というか意外な終わり方をしていたので、今後どのようにシリーズが続いていくのかと思っていたのだが、どうやらグンターは第2次世界大戦後の世界を駆け巡ることとなるようである。ただ、駆け巡るというよりは、逃亡し続けるというようなニュアンスも含まれるよう。

 物語そのものにも注目すべき点は色々とあるのだが、いやでも目を惹かれるのは歴史的な部分について。グンターがアルゼンチンに逃亡したという事について意外と思いきや、当時アルゼンチンの独裁政治がナチス贔屓であり、多くの戦犯者たちを受け入れていたという事を知る。そういえば、ナチスの戦犯が南米でとらえられたというニュースをいくつか耳にしたことがあったような気がする。

 そうした政治背景の中、アルゼンチンで暮らすこととなるグンターであるが、そこで幸か不幸か事件捜査を命ぜられることとなる。しかもその事件というのが、過去にグンターがドイツで担当したものに関わりがありそうなもの。

 そういうわけで、現在である1950年と、過去の1930年代ドイツでグンターが事件を捜査していた時とを交互に物語が展開されていくこととなる。個人的には、過去のパートが長すぎるように感じられた。文庫本で670ページという長さなのであるが、もっと話を削れたのではないかなと。現在である1950年の物語だけでも十分おなか一杯の内容。

 話は、グンターが事件の解決を試みようとするだけではなく、その捜査を通してグンターがアルゼンチンの政治的謀略のなかに徐々に踏み込んでいくこととなる。そうして、歴史の闇の一部が暴き出されることとなる。

 現在、このシリーズはさらに4作品が書かれているとのこと。そうするとグンターが世界中を駆け巡ることとなるのか、それとも南米を中心に活躍するのか、今後の展開から目を離せない。最終的にはドイツへと帰ることになるだろうと思えるのだが、それがどのような形となるかは想像すらつかない。


死者は語らずとも  

2009年 出版
2016年09月 PHP研究所 PHP文芸文庫

<内容>
 2年後にベルリン・オリンピックを迎える1934年のドイツ。警官を辞職し、ホテルの警備員の仕事をこなすベルンハルト・グンター。国内でユダヤ人排斥が進む中、アメリカからユダヤ人の女性作家ノリーンが訪れ、ドイツの現状を取材したいという。彼女は、ドイツにおけるユダヤ人の扱いを明るみにし、アメリカのベルリン・オリンピック不参加を呼びかけようとしていたのだ。グンターは彼女の依頼でユダヤ人ボクサーにまつわる事件の捜査を行うこととなったのだが・・・・・・
 それから20年後の1954年、グンターはキューバの地でノリーンと再会し・・・・・・

<感想>
 本シリーズの主人公であるグンターが登場した第一作「偽りの街」の前の出来事を描き、さらに後半では時代が飛んで、それから20年後の前作「静かなる炎」の後の出来事についても描いた内容となっている。本書はグンターが登場する6作目であり、新シリーズとしては3作目。最初に書かれた3作がベルリンオリンピック後という時代背景となっているのだが、本書においてその前の時代にグンターにとって大きな事件が起きたということを描いてしまっては、整合性がなくなってしまうと思うのだが・・・・・・。ただ、新シリーズになってからは、作者はあまり整合性とかそういうものは気にせずに、あくまでも新たな作品という感覚で、細かいところにこだわらずに書いているのかもしれない。

 そんなわけで、個人的にはグンターシリーズとするよりは、別のノン・シリーズで描いたほうがよいと思える内容。前半は1934年のベルリンでの出来事を描き、後半では1954年のハバナを舞台にしたその後の顛末を描いている。今回の作品に関しては、あまり大きな事件というようなものを取り上げたものではなく、単にグンターが過去から現代へとわたる時間を経過させた物語を描きたかっただけという感じ。ゆえに、1934年の事件に関しても、ただ単にそこにグンターと後から関係する登場人物を出したかっただけというような内容。

 そうして長々と過去の出来事が語られた後に、現代編(といっても1954年)となるわけなのだが、こういう前置きで話を書き上げれば、どのような着地点に到達するのかは、あまりにもわかりやすすぎるような。結局そうなるだろうな、というところに落ち着いて話が終わってしまった。

 一応、社会的な意義として、ベルリン・オリンピックにおける利権だとか、ユダヤ人問題だとか、はたまたキューバの革命前の様子を書き表したかったのだと思えるが、それぞれがあまり印象に残らなかった。やはりなんといっても、捜査するべき事件が小ぶりだったことにより、全体的にいまいちと感じられてしまったのかもしれない。グンター・シリーズのなかではワーストであったかなと。




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