逢坂剛  作品別 内容・感想

裏切りの日日   7点

1981年02月 講談社 単行本
1986年07月 集英社 集英社文庫

<内容>
 公安特務一課に配属された浅見誠也は、ベテラン捜査官の桂田とコンビを組むこととなった。桂田は何かといわく付きの男でありながらも、公安の捜査官としては有能であり、浅見は桂田から多くのことを学んでいた。しかし、桂田は今までの言動がたたってか、警察内部の監査官である津城という刑事から付け狙われることとなる。

 そんなある日、とあるビルの中でひとりの男が人質をとり、立てこもるという事件が発生する。偶然現場に居合わせた、浅見と桂田は事件の解決に奔走するが、犯人は受け渡された現金をよそに、警察から包囲されているにもかかわらず、忽然と姿を消してしまう。犯人の行方を追う中、彼らの元に別の事件が発生したとの連絡が報じられる。それは、浅見と桂田がマークして警護にあたっていた人物が何者かに射殺されたというものであった!

<感想>
 今更ながらであるが(2010年2月)、逢坂氏の“公安シリーズ”と呼ばれる作品を読んでみようと思い立ち、本書を手に取ることとなった。タイトルをよく聞く「百舌の叫ぶ夜」から読めばいいのかと思っていたのだが、それよりも前に書かれた本で、しかも逢坂氏のデビュー作であるこの「裏切りの日日」から始まっているとのことで、この作品から読んでみることにしてみた。

 そうして読んでみると、これがまた思いの他、面白かった。
 オープニングの謎めいたやりとりから始まり、脅迫状を受けた右翼の大物、その大物の周辺を調査する二人の公安刑事。こうした状況で物語りは始まって行き、そして唐突にそれらとは関係なさそうな事件が勃発する。

 事件は、ひとりの男が企業の社長と数名の社員を人質にとって立てこもるというもの。犯人と刑事達とのやりとりが繰り広げられるなかで、突如犯人の姿が消えてしまうという不可解な状況で事件が終わってしまう。この、どうやって立てこもりの犯人は姿を消したのかという点が本書の大きな謎であり、そしてこの一見関係なさそうな事件が前半の物語の背景に絡んでくるものとなっている。

 決してページ数の厚くない本の中に、よくぞこれでもかと言わんばかりの濃厚なミステリを詰め込んだなと感心させられてしまう。これは今になっても色あせる事のないサスペンス・ミステリの秀作と言えるであろう。

 私は“禿鷹シリーズ”を読んだときに、よくぞこんな内容のものを書き上げたなと感じたのだが、既にデビューからこうした作風のものを書いていたのだということを今更ながらにして知る事ができた。この作品を読むと、“禿鷹”のシリーズ作品が書かれるべくして書かれた、逢坂氏にとっては当たり前の作品であるということが伝わってくる。いやはや、これは数多くの未読の作品を簡単に読み逃しておくわけにはいかないなと痛切に感じられた。


百舌の叫ぶ夜   7点

1986年02月 集英社 単行本
1990年07月 集英社 集英社文庫

<内容>
 東京新宿で過激派によると思われる爆弾事件が起きた。その事件により公安警察の倉木警部の妻が死亡し、倉木は執拗に事件の捜査にのめり込んでいく。そんなとき、能登半島の岬でひとりの記憶喪失となった男が保護される。男は自分が何者であるのかを調べていくうちに、自分が殺し屋であったことに気づき始める。男は新宿での爆弾事件の際、現場に居合わせており、犯人と目される男を殺害しようとしていたはずであったのだが・・・・・・

<感想>
 逢坂氏の代表作といえば、なんといってもこの「百舌の叫ぶ夜」ではないだろうか。その証拠に初出から20年以上経った今でも、本屋で簡単に入手できる。と言いつつも、これが初読となるのだが、実際に読んでみると妙に凝った作品となっていて、楽しんで読むことができた。

 読んでいるときに不思議だと思ったのは、時系列をずらして書いているところ。多視点による書き方をしているのだが、中心となる人物は記憶を失った殺しや新谷(しんがい)と公安の警部・倉木の二人。物語が平行に進んでいくのかと思いきや、よく読んでみると微妙に時系列がずれているのである。このずれによって、これといった効果があるといってよいのかどうかはわからないが、不思議な感覚で読むことができるのは事実。

 また、単純な警察対殺し屋という構図のままで終わる物語ではなく、読者の意表をつく仕掛けや、複雑なプロットなど読みどころは満載。まさにここまでやるかと圧倒されるサスペンス小説となっている。これは確かに20年以上にわたって語り継がれても不思議ではない小説であると納得できる作品。


カディスの赤い星   6.5点

1986年07月 講談社 単行本
1989年08月 講談社 講談社文庫(上下)
2002年02月 双葉社 双葉文庫(上下)
2007年02月 講談社 講談社文庫(新装版:上下)

<内容>
 個人でPR事務所を経営している漆田亮。漆田は主に日野楽器を大口の契約相手とし、良好な関係を築き上げてきた。その日野楽器は、スペインのギター製作者であるラモスと提携し、日野楽器のギター製作に関わってもらうこととなっていた。そしてラモスが来日してきた際、彼は昔スペインに来たことがある日本人に会いたいので探してもらいたいと言い出す。漆田は手がかりが少ない中で、その謎の日本人の行方を追うこととなる。そうしたなか、幻のギター探しから、果てはスペインでの内戦闘争にまで巻き込まれてしまうこととなり・・・・・・

<感想>
 逢坂氏が日本推理作家協会賞を受賞した作品を再読。読んだのはだいぶ昔であるので、内容はすっかり忘れていた。そして改めて読んでみたこの作品であるが、面白く壮大であるのだが、やけに粗い内容であるなとも感じ取れた。それもそのはず、本書は実は逢坂氏が作家デビュー前に書き上げていた作品なのである。ただ、長大な作品ゆえにデビュー作ということでは、どの編集者にも読んでもらえなかったらしいのである。そこで、作家デビューを果たしてから出版することとしたという曰くつきの作品であるとのこと。

 これが実に長大で壮大な作品となっている。最初は企業間におけるクレームを利用した覇権争いから話が始まり、そしてかつてスペインを訪れたことのあるギター弾きの日本人を探すこととなる。それがいつしか、舞台はスペインへと移り、スペインでのギターの奪還戦、果ては革命戦線に巻き込まれと、とてつもない闘争を果たしていくこととなる。

 本書の内容が粗いと思えるのは、単なる広告マンであるはずの主人公がスペインの革命闘争に巻き込まれていくというのは、さすがに無理があるだろうということ。普通はスペインへ行ってくれと言われても、はいそうですかとは決してなるまい。しかも、そのスペインへ行ってから果たすべき目的も無理難題としか言いようのないもの。

 そのへんの無理くりの設定を抜かせば、よくできているというか、むしろよくぞここまで書き切ったと感心させられる他ないようなものとなっている。よくぞここまで幻のギター弾きの人生の物語を書き切ったなと。他にもさまざまな小説としての要素が満載過ぎて、むしろ盛り過ぎの小説という風にまで捉えられるような作品であった。


クリヴィツキー症候群   6.5点

1987年01月 新潮社 単行本
1990年01月 新潮社 新潮文庫
2003年07月 講談社 講談社文庫

<内容>
 「謀略のマジック」
 「遠い国から来た男」
 「オルロフの遺産」
 「幻影ブルネーテに消ゆ」
 「クリヴィツキー症候群」

<感想>
 最近復刊されている岡坂神策“現代調査研究所”シリーズであるが、その短編集第一作となる本書を持っていた(新潮文庫版)ので、久々に再読してみることとした。これは、若いころに読むよりは、年をとってから読んだほうが味が出る作品という気がした。

 ミステリ作品も含まれているものの、ミステリ外の小説というようなものもあり、基本的にはスペイン現代史を基調とした作品集と言えよう。こんなアプローチの小説もあるのだと気づかされる独特の作品である。

「謀略のマジック」は、スペインが日本のためにスパイ活動を行ったという組織について調査するというもの。これが、単なるノン・フィクションではなく、逢坂氏自身がこの内容について実際に調べたもののよう。さらには調査のみに終わらず、岡坂神策の周辺にも影響を及ぼす事件までもが描かれている。

「遠い国から来た男」と「幻影ブルネーテに消ゆ」は、岡坂神策がスペインにおもむき、そこで聞いた話が描かれている。どちらも物語色が強い内容。ただ、「幻影〜」については、最後に思わぬ人物の名前が明らかにされ、あっけにとられることに。

「オルロフの遺産」は、岡坂神策がアレクサンダー・オルロフという人物についての特集記事を依頼される話。その後、岡坂が原稿の資料のために購入しようとした書籍を巡って、血なまぐさい事件が起こることとなる。過去の事件を紐解いたり、登場人物それぞれが入り乱れたりとなかなか読みどころのある作品に仕立て上げられている。

「クリヴィツキー症候群」は、殺人容疑で捕まった男が、自分はロシア情報部のスパイ・クリヴィツキー将軍だと言い張りだし、その真相を調べるべく岡坂に調査依頼が舞い込んでくる。その容疑者の背景を調べていくうちに、驚くべき真相へとたどり着く物語。なかなか意表を突いた真相であり、普通に驚かされる。スペイン史のみならず、精神分析についても取り上げた内容の作品。


幻の翼   6点

1988年05月 集英社 単行本
1990年08月 集英社 集英社文庫

<内容>
 稜徳会病院で起きた大量殺人事件の捜査は打ち切られ、殺人者“百舌”は海の藻屑と消え失せた。しかし、そうした収束を望まない者がいた。警視に昇進した倉木であったが、外事課へと転換された明星美希を巻き込み、事件を掘り起こそうと全ての内容を記載したレポートを作成する。彼らは同じく事件に関わっていながらも本庁から飛ばされた大杉良太をさらに巻き込み、そのレポートをおおやけにしようと行動を始める。そんなおり、北朝鮮からの工作員として、“百舌”が日本に潜入し・・・・・・

<感想>
「百舌の叫ぶ夜」を読んでからずいぶんと間があいてしまった。その間に、TVドラマで「MOZU」というのが始まり、ちょっとしたブームになっていた。おかげで、このシリーズの作品も本屋に出回り、買いやすい状態となっている。

 そのMOZUのテレビドラマの広告を見て思ったのだが、このシリーズの主人公って倉木だったのか? という疑問。「百舌の叫ぶ夜」を読んだときにはそんな印象は全然なかったし、この「幻の翼」を読んでみても、全くそんな気がしない。むしろ、明星や大杉のほうが主人公のような感じがしてならない。ただ、よく考えてみればその後に書かれたハゲタカシリーズも、主人公の禿富にスポットが当たっていたというよりは、他の登場人物たちの行動により物語が展開していったという気がする。これは物語の中心に倉木を据えて、周辺の人々により物語を動かしていくという逢坂氏流の描き方なのかもしれない。

 今作では、前作で生き延びた者たちの、互いの覇権争いのようでもあり、後始末のようでもある。起きた事件に対し、きちんとした解決を図りたい主人公らと、それを隠ぺいしようとする警察上層部。そして、警察上層部の手先として動く稜徳会病院関係者。そこに、北朝鮮のスパイたちを巻き込み、さらには殺し屋“百舌”までもが再登場して、物語は入り乱れてゆく。

 物語上、さまざまな人たちが入り乱れてゆくこととなり、特に明星と大杉は、あれよこれよと奔走することとなる。ただ、その中心には必ず倉木がいて、彼が周囲の者たちを奔走せざるを得ない状況に陥らせているように思える。そうして人々が必要以上に入り乱れ、行動することにより、事件の真相が浮き彫りになるというような感じである。

 印象としては一連の事件に対しては前作と今作で一応一区切りついたのかなと思える。次の作品では新たな展開となるのであろうか。生存が確認されたものの、いまだふわふわした状態というか、幽霊のような不気味な存在の百舌の存在が益々気になるところである。


さまよえる脳髄   6点

1988年10月 新潮社 単行本
1992年01月 新潮社 新潮文庫
2003年09月 集英社 集英社文庫

<内容>
 精神科医・南川藍子のもとを訪れる患者やそれ以外の様々な男たち。試合の最中に突然マスコットガールに襲い掛かったプロ野球の投手。犯人を逮捕しようとしたときに抵抗され、脳に傷を負った刑事。ゲイだと偽り、藍子に近づこうとする患者。そうしたなか、巷では制服にとりつかれ、次々と女を襲う連続殺人犯が・・・・・・

<感想>
 古い作品の再読。逢坂氏の作品の読み始めは「クリヴィツキー症候群」とこの「さまよえる脳髄」の2冊であった。

 時代からすると、ちょうど精神分析とかがはやった時期であったのではなかろうか。そのころの思いとしては岡嶋二人氏の「クラインの壺」が面白かったので、そのような作品を求めて「クリヴィツキー症候群」や「さまよえる脳髄」を購入したのだが、読んでみると全然異なるものであった。

 そして改めて「さまよえる脳髄」を読んでみてどう思ったかといえば、こんなサイコパスばかりが出てくる話だったのかと、ある意味驚きを感じてしまう内容。これほどサイコパスにあふれた作品というのも珍しいような気がしてならない。

 精神科医の南川藍子に群がるように、出てくる出てくる異常者が。恋人となる刑事でさえもサイコパスの狭間に立っているような人物であり、同僚の医者でさえもちょっとおかし気。そうしたなかで、各種サイコパス達が暴れまくり、物語の深層心理が見えてゆくという話。

 今、改めてこの作品を読むと、後の“百舌鳥”シリーズの大杉と倉木美希コンビの走りとなっているのがこの作品なんだと感慨深げに読むことができた。


十字路に立つ女   7点

1989年02月 講談社 単行本
1992年05月 講談社 講談社文庫
2017年11月 角川書店 角川文庫

<内容>
 御茶ノ水に現代調査研究所をかまえる岡坂神策のもとに、友人である刑事の霜月から依頼が舞い込む。なんでも暴力団を逮捕する際の貴重な証人が逃げてしまったので、その女性の行方を追ってもらいたいという。その事件の依頼を受けると、懇意にしている桂本弁護士から別の依頼が来ることに。それは、とある男の行動を調査するものであったが、その男は今、岡坂がギターを教わっている三島彩子の兄であった。さらに、岡坂が普段利用している古書店が地上げにあっている真最中で、しかもそこの娘が人造が悪く人工透析を受けているという始末。さらには、岡坂には何も関係ないはずの暴行魔の脱走事件にまで巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
 過去の作品が角川文庫より出版されたので読んでみた。たぶん初読のはず。スペインの歴史研究をしつつ、万調査を引き受けている岡坂神策が活躍するシリーズ作品。今回は長編。

 今回、さまざまな調査を引き受け、さらにはさまざまな事件に巻き込まれてゆくこととなる。懇意にしている古本屋が地上げにあい、しかもそこの娘が人工透析を受け、腎臓移植の順番を待ち望んでいる。その娘が事務をしている大学の女性教論からスペイン関係に仕事を受けた縁で、徐々に恋愛関係へともつれこむ。さらに岡坂は、友人である刑事と、いつも仕事をまわしてもらっている弁護士から別々の依頼を受ける。さらには、全く関係のないはずの暴行魔の脱走事件が関与してくることとなり・・・・・・

 とまぁ、そんなに多いページ数ではないにも関わらず、さまざまな事件が絡むこととなる。それらの事件のいくつかは互いに絡み合うこととなり、その複雑な様相のなかに立たされた岡坂はその状況に翻弄されることとなる。ただ、そうした忙しい中で、岡坂自身が私立探偵的としての仕事は副業であると割り切っているためなのか、それらよりも自身の生活を優先させようとするところにシリーズらしさが現れていてよいと思われる。

 結構複雑な状況となりつつも、最終的にはうまく全ての事件をまとめきっていると感心させられる。決して、全てがハッピーエンドというわけではないにしろ、それぞれの顛末をきっちりと描きあらわしている。シリーズ作品としてこれで大丈夫なのかと思いつつも、基本的に岡坂自身と、腐れ縁の弁護士さえ健在であれば、問題なさそうなシリーズだという気もする。


砕かれた鍵   7点

1992年06月 集英社 単行本
1995年03月 集英社 集英社文庫

<内容>
 警察官が関与する麻薬事件が起き、警視庁特別監査官の倉木は動き出す。その倉木と結婚し、子供を産んだ美希であったが、その子供が難病を抱え、先行きに悩まされることに。さらに美希は、夫が抱える事件に巻き込まれることとなる。また、警察を辞職し、探偵業を営むこととなった大杉は倉木から仕事を依頼され、彼も警察を揺るがす陰謀に自ら関わってゆくこととなる。謎の人物“ペガサス”を追って、捜査は佳境へと入っていくこととなるのであったが・・・・・・

<感想>
 公安シリーズ第3弾(「裏切りの日日」を入れると4冊目)。警視庁特別監査官・倉木と、その妻・倉木美希(旧姓:明星)、そして今作から私立探偵となった元刑事の大杉の3人がレギュラーとして活躍する作品。

 今回は、ネタとなる要素がとにかくてんこ盛り。過去に起きた警官の強姦事件を筆頭に、ペガサスという謎の人物が関与する麻薬密売事件、警察の内情を暴く暴露本、さらにはレギュラーである登場人物それぞれにまつわる事件。こうした多くの事件が背景にある中で、倉木美希の人生に関わる大きな事件が起こることとなる。

 色々な事件が盛り込まれるなかで、関係なさそうな事件を含めて、これらのものが最終的にきっちりと回収されるのかと心配であったのだが、最後には洩れなくきっちりとまとめられていることに感嘆させられた。これはなかなかの力技であり、作品としてもシリーズ屈指の出来といってもよいのではなかろうか。

 そして心配なのは、レギュラーキャラクターの扱いについて。もう、これらは今となっては既に続編が出ている作品ゆえに、続くというのはわかっているのだが、その割にはレギュラーキャラクターに対して、今作でとんでもない展開が待ち受けている。これで本当に続編に続けられるのかと思ってしまうほど。ただ、ここまでくると、むしろこの後の展開が気になってしょうがないので、早めに続編も読んでいきたいところである。


緑の家の女   6.5点

1992年09月 講談社 単行本(「ハポン追跡」)
1995年10月 講談社 講談社文庫
2017年02月 角川書店 角川文庫(改題「緑の家の女」)

<内容>
 「緑の家の女」
 「消えた頭文字」
 「首」
 「ハポン追跡」
 「血の報酬」

<感想>
 以前、「ハポン追跡」という題で出ていた作品の改題・新装版。岡坂神策という人物が主人公を務めるシリーズ短編集。この人物、逢坂氏の作品では長編、短編にわたって色々と登場しているのだが、昔読んだ時の印象があまりなく、角川文庫で続けてシリーズ作品が新装版として出たので読んでみようと思った次第。この作品自体は読んだことがないのだが、かつて「クリヴィッキー症候群」というシリーズ短編作品は読んだことがある。

 シリーズ主人公である岡坂神策(逢坂剛に字面が似てないか?)は私立探偵ではなく、スペイン史に興味を持つルポライター。彼は腐れ縁ともいえる弁護士・桂本から度々仕事を紹介され、断ることもできず、私立探偵のような仕事を続けていくといった状況。“スペイン史”というものを生かした短編集となっているかと言えば、かならずしもそうではなく、この短編集の最初の3作品は普通のミステリ的な展開。ただ、「ハポン追跡」と「血の報酬」はスペインやスペイン史に密接に関係する内容で描かれている。

 それぞれが出だしはちょっとした事件から描かれてゆくものの、最終的にはかなり波乱万丈な展開で描かれるものが多い。「緑の家の女」もマンションに住むものの事情を調べるだけの話が殺人事件に発展してゆき、「消えた頭文字」では別れた夫の行方を捜すだけの話から思いもよらぬ泥沼劇へと発展してゆく。「首」もちょっとした精神的な相談事から、やがてとんでもない事件が掘り起こされてゆくことに。

 それでも最初の3作品は国内のちょっとした事件を取り扱ったというものであったが、「ハポン追跡」と「血の報酬」は国際間大きな事件が見出されることとなりスケールの大きさに驚かされる。特に「血の報酬」などは岡坂と桂本が現実世界から、まるで映画で扱われるような大きな陰謀の世界へと絡めとられてゆくところは印象的であった。


「緑の家の女」 マンションに住んでいる男が契約違反を犯し、愛人を住まわせているという噂を調査することとなった岡坂。
「消えた頭文字」 男と別れた女は、その夫の連れ子である娘を引き取りたいというのであったが・・・・・・
「首」 女はかかりつけの精神科医が産業スパイではないかと疑っているようであるのだが・・・・・・
「ハポン追跡」 スペインにて“ハポン”という日本という意味を持つ名字の一族について調べることとなった岡坂。
「血の報酬」 岡坂と桂本弁護士は、土砂降りの中、女を助けようとしたことにより国家間の陰謀に巻き込まれることとなり・・・・・・


よみがえる百舌   6点

1996年11月 集英社 単行本
1999年11月 集英社 集英社文庫

<内容>
 元刑事が千枚通しによって後頭部を一突きにされ殺されていた。しかも現場には百舌の羽根が置かれていた。これは凄腕の殺し屋“百舌”が復活したというのか? 津城警視正のもと、特別監察官室で働く倉木美希は元刑事で百舌の事件にも関わっていた私立探偵の大杉と共に事件を追うことに。すると二人の前に突如現れた、生活安全課の警部補・紋屋と、新聞記者・残間。彼らは何か事件に関係しているのか? 美希と大杉が調査している間にも次々と犯行を続ける百舌。そして次に百舌が狙おうとするのは・・・・・・

<感想>
「砕かれた鍵」に続く、公安シリーズ第4弾(「裏切りの日日」を入れると5冊目)。まだまだ続く公安シリーズ、そして“百舌”の暗躍。

 シリーズが進むにつれ、どんどんと主要登場人物と思われる者達が死んでゆき、先行きは大丈夫なのかと思われたが、今作も同じような形で話が進められる。主要人物が少なくなれば、過去に登場したチョイ役を亡き者にすればよい、といわんばかりの展開が待ち受けている。

 今作は、過去から甦ったと思われる(思わせている?)殺し屋“百舌”が過去に事件に関わった警察関係者を次々と殺害していくというもの。シリーズを通して生き残ったレギュラーである倉木美希と元警官で現私立探偵である大杉が事件を追ってゆく。

 今回のメインは、殺し屋“百舌”を蘇らせることによって、誰が、何を企んでいるのかというところにある。その裏に潜む謎に徐々に迫ってゆく。ただ、読んでいて微妙と思われるのは、それだけ大きな事件を純然たる警察組織ではなく、倉木と大杉の二人だけで追っていくというのはどんなものかと。いくらそれが公安案件であったとしても。

 なんとなくシリーズが続くにつれて、事件のなかで倉木と大杉の担う役割というものが小さくなってしまっているように感じられる。結局二人は事件そのものに関わりつつも、実は事件を操っている黒幕により操られている存在にすぎないという感じなのである。ただ、その二人がかき回すことによって、ようやく事件が明るみに・・・・・・といいつつも、今回の事件の結末は倉木・大杉にとっても、読者にとっても何かやるせないものが残るのみとなってしまっている。やがては倉木美希が公安を束ねるような立場になればシリーズ全体の雰囲気や展開も変わってくるのであろうか?


しのびよる月   5.5点

1997年11月 集英社 単行本
2001年01月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「裂けた罠」
 「黒い矢」
 「公衆電話の女」
 「危ない消火器」
 「しのびよる月」
 「黄色い拳銃」

<感想>
 御茶ノ水署・生活安全課保安二係の斉木と梢田が活躍するシリーズ短編集の第1弾。特に連作というわけでもないので、どこから読んでも、どの短編集から読んでも大丈夫そうな雰囲気。

 主人公となる二人の刑事であるが、実は仲が悪い。この二人は小学校時代同級生であり、暴れん坊の梢田が勉強が得意な斉木をいじめていたという関係。それが警官となった時、梢田の上司に斉木が付くということとなる。そんな曰くのある二人の関係が順風満帆にいくはずがない。ただこの二人、警察署のなかでも浮いているというか、鼻つまみ者のような存在であり、自然と二人一セットとならざるを得ない状況でもある。

 「裂けた罠」は、マンションで発見された縛られた死体と酔っ払って警察に補導された男との関係性について迫る。
 「黒い矢」は、暴走車から放たれた矢がOLに突き刺さり怪我をするという事件の真相を追う。
 「公衆電話の女」は、公衆電話で売春を働く女の謎を解く。
 「危ない消火器」は、違法消火器業者を追うことにより、明らかになる真相を見出す。
 「しのびよる月」では、ストーカー事件を扱うこととなる梢田と斉木。
 「黄色い拳銃」は、黄色く塗られた玩具に見える拳銃で強盗を働くものを追う梢田と斉木。

 こういった事件に生活安全保安二係の二人が挑むこととなるのだが、いやいや仕事をしたりとか、二人で足を引っ張り合ったりとか、決して順風満帆な捜査ではない。しかも二人は悪徳警官とまではいかないまでも、市民から見て典型的な鼻つまみものの警官。それでも行動派の梢田と、たまに鋭いことを言う斉木が事態の解決を図ることとなる。

 まぁ、中途半端な悪というか、なんというか・・・・・・。この作品が昇華したものが完全なる悪徳警官が登場する“ハゲタカ”につながっていったのだなというのが理解できる。純然たるユーモア小説というには、少々毒があり過ぎな気もするのだが、なんとなく癖になりそうな警察小説という気もする。ある意味、絶妙ともいえる小悪党小説といったところか。


宝を探す女   6点

1998年05月 講談社 単行本(「カプグラの悪夢」)
2001年08月 講談社 講談社文庫
2017年03月 角川書店 角川文庫(改題:「宝を探す女」)

<内容>
 「カプグラの悪夢」
 「暗い森の死」
 「転落のロンド」
 「宝を探す女」
 「過ぎし日の恋」

<感想>
 岡坂神策シリーズ短編集の3作目。「緑の家の女」(「ハボン追跡」改題)に続いてこの「宝を探す女」(「カプグラの悪夢」改題)も新装版として出版されたので、これを機会に読んでみた。前作と比べると大きな事件を扱ったものはなかったかなと。どれも一介の私立探偵が扱うような事件(実際には私立探偵ではなく現代調査研究所という便利屋のような扱い)。ただ、普通のミステリと異なり、大人のミステリというような円熟さを感じさせる出来となっている。

 特に「暗い森の死」についてだが、これは歴史的な“カティンの森”という事件の真相について言及したものとなっている。これは第二次世界大戦中にロシア領でドイツ軍が数千人のポーランド将校の死体を発見した事件で、この大量殺戮をロシア軍が行ったのか、それともドイツ軍かという謎が残されているもの。こうした事件をミステリとして取り扱うのというのは、なかなか誰でもできることではあるまい。

「カプグラの悪夢」は夢遊病と失踪者をからめた事件を取り扱ったもの。「転落のロンド」は、いじめに関わる事件。「宝を探す女」は、食堂を営む老女の宝探しに付き合わされる話。「過ぎし日の恋」は芸能界にまつわる不倫調査を岡坂がする羽目となるもの。

 今回の作品では「暗い森の死」以外は、あまり岡坂シリーズとしての特徴が生かせていたとはいえないが、それぞれの事件に関わる岡坂の奔走ぶりが、どこか微笑ましかったような。決してコメディというような作調ではなく、まじめな内容でありつつも、大人こそが楽しめる軽めのミステリという感じで味わい深い。


燃える地の果てに   7.5点

1998年08月 文藝春秋 単行本
2001年11月 文藝春秋 文春文庫(上下)
2019年12月 角川書店 角川文庫(上下)

<内容>
 1965年、フラメンコの日本人ギターリスト・古城はギター製作の名手に会うため、スペインの小さな村パロマレスへを訪れる。そこでギター製作者のディエゴと知り合い、彼が今製作しているギターを買い取ることを約束する。ギターができるまで古城は村のトマト農家で仕事を手伝いながら過ごすことに。そうしたなか、村の近くの海上で空中給油していた米軍の飛行機が接触し、爆発してしまう。その空軍機は、4発の核爆弾を搭載しており、それらがあたりに散らばることとなり・・・・・・
 1995年、とあるバーを経営する男が日本公演のために来日していた美貌のフラメンコギターリスト、ファラオナ・マクニコルを訪ねる。男はファラオナの持つギターと同じ製作者が作ったギターを持っていると言うことで、ファラオナは男と会うことを決め・・・・・・

<感想>
 昨年の年末に角川文庫版が出たので購入して再読。最初にこの作品を読んだきっかけは、その年の「このミス」ランキングで上位に位置していた作品であったことから。最初に読んでからたいぶ月日が経っているので内容については忘れていたが、面白い作品であったという印象は残っていたので、再読せずにはいられなくなった作品。

 この作品を読んで、改めて驚いたことは、作中で1965年にスペイン上空で飛行機事故により核爆弾があたりに散らばってしまうという事件が起きるのだが、なんとこれが史実であったということ。“パロマレス米軍機墜落事故”として有名な事故であったそうなのだが、情けないことに全く知らなかった。その事故を背景に描かれる物語がなかなかすごい。

 新たなギターを求めてはるばるスペインまでやってきた日本人。現地で起こる米軍機墜落騒動。そうしたなかで、ソ連のスパイが秘密裏に活動し、治安部隊や米軍による疑いの目が向けられる。そして米軍墜落による事故はどのように収束していくのか・・・・・・という事件のみならず、その30年後を舞台とした話と交互に語られることとなる。30年後にスペイン現地を訪れた者たちが見出すものとは何か? そして30年という長い月日を巡って明かされる事の真相はいったい! という感じで物語が進行していく。

 最後に明かされる真相により驚かされること間違いなし。読んでいる途上で予想していたものとは異なる真相が待ち受けていることであろう。そうしたサプライズ性のみならず、史実を背景とした物語もしっかりと作りこまれており、ここで描かれているようなスパイ活動が実際にあったのでは? と錯覚してしまうほど。史実とエンターテイメントが見事に融合した作品と言えよう。また、逢坂剛氏の作品は数多く出ているが、ノン・シリーズ作品のなかではこの作品が随一と言ってもいいように思えるほどのでき。ということで、入手しやすいうちに是非とも読んでいただきたい作品。未読の人や、逢坂氏の作品で何を読んだらいいかわからないという人にはお勧め。


禿鷹の夜   6点

2000年05月 文藝春秋 単行本
2003年06月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 神宮署に1人の刑事がやってきた。名前は禿富鷹秋、通称ハゲタカ。禿富は来て早々ヤクザにはからむは、人をいびるはとヤクザでさえもが眉をひそめる行動を平気で行う。
 そんななか、ヤクザ同士の対立で渋六興業の組長が狙われるという事件が起きる。ハゲタカは自らその事件の中に飛び込んでいく。何を考えているのか、まるで抗争をかき乱すかのように・・・・・・

<感想>
 悪徳刑事を描いたシリーズ第一作。本書は出た当時から話題となっていたので、文庫化されたのを機に読んでみたしだい。

 それで読んでみた感想はというと・・・・・・少し思い描いていたのと感触が違うものであった。読んでいる途中、私が思い描いていたラストとは (↓ネタバレになるかもしれないので反転↓)

 実はハゲタカの恋人が死んだのも全てハゲタカの策略によるもので、抗争を続けるヤクザ同士の力を弱めて一網打尽にする計画であった。

 というものであった。しかし、結局ラストの展開はそれとは異なるものであった。当初はハゲタカが明確な目的を持って動いているのだろうと考えていたのだが、全編読了してみるとそのようには感じられなくなってしまう。

 ただし、それによって逆にハゲタカが世の中に矛盾するかのような奇妙な生き物に見えてくるのである。よって全編読み終わった後に一番印象に残るのはハゲタカに対する不気味さというものである。

 とはいうものの、これはあくまで私の私見であり実際にハゲタカが何を考え行動していたのかということはうかがいしれない。なぜなら本編においてはハゲタカからの感情という物は一切表現されないからである。ひょっとしたら話の裏に緻密な計算が隠されているのかもしれないし、もしくは結局はハゲタカは不気味な矛盾した生き物であるということに収束してしまうのかもしれない・・・・・・


相棒に気をつけろ   6点

2001年08月 新潮社 単行本
2004年09月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 とある詐欺師が仕事の最中、ふとしたことから同業者に出くわしてしまった。彼女の名前は四面堂遥、自分では世間師と名乗っている。その出会いが縁となってか、さまざまな仕事を彼女と一緒にこなすことに。痴漢の常習犯から金を巻き上げ、古本屋への融資を渋る銀行員をおとし、幻の名器といわれるギターを騙し取り、地上げ屋を出し抜き、ヤクザの香典をすっぱ抜き、とさまざまな事件を組むたびに厄介ごとに巻き込まれ・・・・・・

 「いそがしい世間師」
 「痩せる女」
 「弦の嘆き」
 「八里の寝床」
 「弔いはおれがする」

<感想>
 逢坂氏の最近のシリーズものというと、悪徳警官を描く“禿鷹シリーズ”が思い起こされる。本書もそれと同様にクライム小説といえるのだが、その内容は“禿鷹シリーズ”に反して、ユーモア・コメディものとなっている。簡単に言ってしまえば、さえない詐欺師が押しの強い女詐欺師にいいように振り回されて、一緒になって詐欺を働くというもの。

 ようするに色々な詐欺っぷりを描いた短編集となっているのだが、それらのどの仕事もそれほど悪意がなく、うまい具合に微笑ましいものとしてまとめられている。クライム・コメディものとして誰もが楽しめる内容であるといえよう。

 また、これは解説を読んで初めて気がついたのだが、本書では俺、私といった一人称代名詞を省いて書く試みがなされたものとなっている。これは別に本書が最初というわけではなく、このような試みがなされた小説は他にもあるようなのだが(例えば笠井潔氏の“私立探偵飛鳥井シリーズ”)そういった実験めいたことも行われていると知っておくとまた別の楽しみ方ができるのではないだろうか。また、主人公の真の名前も最後まで明かされないというのも面白いところである。

 いつもの逢坂氏の本では内容が濃すぎるという人はこれを読んでみてはいかがか。


無防備都市  禿鷹の夜U   7点

2002年01月 文藝春秋 単行本
2005年01月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 ヤクザにたかり、キャリア刑事を脅しと、次々とその手を広げていく“ハゲタカ”こと禿富鷹秋。そんな禿富をよく思わないヤクザたちが禿富に脅しをかけようと乗り出してくる。しかし、その結果ハゲタカによるさらなる報復攻撃が待ち受けていた!!

<感想>
 これはいい。ノワールというかクライムというか、悪漢小説の最高峰と言っても良いできである。読みやすく、内容も面白く一気に読みきってしまった。

 禿富はその巻、その巻では策謀を巡らして、ヤクザをつぶしたり、警察組織をやり込めたりという行動をとっている。しかし、特に大きな野望があるとか、大きな目的につながるものがあるというわけではないようである。あくまでも己の信念(欲望?)に従って行動をしているだけという感じか。そうした一見計画的のようで、そういうわけでもないという矛盾した薄ら寒さが本書の魅力といったところか。

 見ている分には頼もしささえも感じられるが、絶対に係わり合いになりたくない人間である。


アリゾナ無宿   

2002年04月 新潮社 単行本
2005年04月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 1875年、アリゾナの町外れに住む、もうすぐ17歳になる私・ジェニファは奇妙な縁がきっかけとなり、賞金稼ぎのトム・B・ストーンと過去の記憶を失っているという日本人の侍サグワロと旅に出ることに! 3人による賞金稼ぎの珍道中が始まる。

<感想>
 これはなかなか楽しめるエンターテイメント小説である。私自身は今まで西部劇モノなどはほとんど読んだことがなかったので新鮮に読むことができた。逆に西部劇や昔の日本映画に詳しければ、主人公のトムとサグワロのモチーフとなっているのが誰かがわかるようなので(私はわからなかったが)そういった意味でも楽しめる一冊となっている。

 本書で面白いのはなんといっても、各話に登場してくる悪役たち。この作品では主人公たちが賞金首を追うものの、そのほとんどが失敗に終わっている。その失敗の中には、なんとも小憎らしいまでの悪役たちの活躍により、サラリと主人公たちがかわされてしまい、それらがなんとも痛快に感じられるようにできている。

 一風変わったエンターテイメント活劇。難しい本ばかり読んでいて、疲れたときにはこんな一冊がちょうど良い。


ノスリの巣   6点

2002年06月 集英社 単行本
2005年04月 集英社 集英社文庫

<内容>
 元刑事で私立探偵の大杉と公安の特別監察官・倉木美希の前に、以前の事件で知り合った新聞記者・残間が現れる。残間はここ最近起きた2件の暴力団関係者が殺害された事件について触れる。ひとつはコカインがらみで、ひとつは拳銃の密輸に関連したもの。何か情報を得たら教えてもらいたいと残間は言う。そのとき、倉木は上司から州走かりほという女性警官について調査するように命じられていた。また、大杉は浮気調査を依頼され、その相手が州走かりほという女性警官だと依頼者から伝えられる。それぞれが事件を追っていくなか、“ノスリのだんな”という言葉が浮かび上がり・・・・・・

<感想>
 公安シリーズ第5弾(「裏切りの日日」を入れると6冊目)。ちなみに“ノスリ”は“狂”という字をカンムリにして下に“鳥”の文字がくる漢字。猛禽類の一種らしい。

 相変わらず、面白い作品。文庫版でページ数580ページとかなり分厚いのだが、そんな分厚さを感じさせないほど、あっという間に読み終えてしまった。今回は暴力団と汚職刑事が関わる二つの事件の裏を調査していくというもの。そうしたなか、“州走かりほ”という婦人警官がターゲットとされ、なおかつ“ノスリ”という謎の言葉が登場する。

 本作品もいつものシリーズらしく面白いのだが、唯一不満としては事件の裏に秘められたものが大したものではなく、小ぶりな事件であったということ。さすがにもはや“百舌”に匹敵するような悪の代名詞みたいなものは登場しないので、そのへんはシリーズとしての手応えのなさを痛感せずにはいられなくなる。

 もはや完全な私立探偵・大杉と公安刑事・倉木美希のコンビが活躍する作品という感じ。シリーズ作品の残りとしては13年ぶりに出た(2015年出版)の最新作があるのみ。ようやくそこまで追いついたので、そちらの新刊も読んでみたい。そして、今後はこのシリーズがどうなることやら。


銀弾の森  禿鷹V   6点

2003年11月 文藝春秋 単行本
2006年11月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 渋谷の利権を巡り、渋六興業と敷島組が争うなか、南米マフィア系組織のマスダが参入し、三つ巴の状況となっていた。ある日、敷島組の幹部・諸橋のもとに神宮署のハゲタカこと禿富鷹秋から呼び出しの電話がかかってくる。ハゲタカの誘いに乗り、車に乗って辿り着いたのは、マスダの幹部・ホセ石崎のアジトであった。なんとハゲタカは勝手に、マスダと渡りをとってやったから交渉しろというのである・・・・・・。三度、渋谷で暴力団同士の抗争が繰り広げられることに!!

<感想>
 初っ端の展開に度肝を抜かれるものの、こうした行為も全てハゲタカらしいという他ない。相変わらず、ハゲタカが奇怪な暗躍を繰り広げるのだが、基本的には前2作と変わりがないと行ってよいであろう。故に、面白く読めはするものの、感想としては前2作とほとんど変わることはない。ただし、ここまでの3作を通して、暴力団の勢力図としてはかなり偏りが出てきたように思われる。

 このシリーズも既に単行本では出ているのだが、次の第4作で完結となっている。できれば、そこで今までのハゲタカの行動が何を念頭に置いてのものであったのかが明らかになってくれればと思っている。ただ、相変わらず徹頭徹尾、ハゲタカ自身の思惑は描写されないまま話が進んでいる故に、結局最終的にも明かされないままなのかもしれない。そういったことも含めて、いろいろな意味で最終巻を読むのが待ち遠しい。

 本書はやはり、これ一冊というよりも、あくまでもシリーズの中の一冊として楽しむべき作品なのであろう。


禿鷹狩り  禿鷹W   6点

2006年07月 文藝春秋 単行本
2009年07月 文藝春秋 文春文庫(上下)

<内容>
 禿富刑事、通称ハゲタカがかき回した事によって、結果として渋谷の利権の大部分を渋六興業が握ることとなった。渋六と対立する組織マスダとの抗争が激化しようとするなか、神宮警察署に二人の刑事がやってくる。彼らはハゲタカの尻尾をつかもうとしているようなのだが・・・・・・。一方、禿富はマスダが差し向けた殺し屋と相対することとなり・・・・・・

<感想>
 シリーズ最終巻を飾る作品。“最終巻”ということで、なんとなく結末は予想できるのだが、それがどのような展開で結末へといたるのか。そして、今まで人として矛盾するような行動を取り続けたハゲタカの目的とは何なのか? それが本当に明らかになるのか? こういったことが焦点と言えるだろう。

 今作は、禿富が後手に回り続けるような展開。マスダ興業や神宮署に新たに派遣された刑事がハゲタカに罠を仕掛けようとする。とはいえ、直接警察官である禿富に罠を仕掛けるわけにも行かず、直接的な被害をこうむるのは渋六興業である。彼らはもちろん暴力団ゆえに、同情の対象となるはずがないのだが、特に水間という人物を見ていると、作中では一番の常識人のようにも感じられ、同情せずにはいられなくなってしまう。

 水間を始めとする渋六の組織が結果としては渋谷の覇権を握るようになってゆくのだが、決してハゲタカは語る事はないにせよ、実は水間の人柄に入れ込んでの所業であったと考える事はできないであろうか。もしくは、物語上転がしやすいキャラクターであったというだけなのかもしれないが。

 今作ではハゲタカを罠にかけようとする二人の警官の存在が圧倒的であった。男勝りでやることなすこと強引な女刑事・岩動と優男で刑事らしくない嵯峨。二人はコンビで行動しているようなのだが、完全に協力し合っているわけではなく、どこか危うい関係。しかも一見、岩動が主導権を握っているように見えながら、嵯峨は自分の考えで暗躍しているようにも思える。そんな二人がハゲタカの足をすくおうと狙っている。

 禿富はいつものようにのらりくらりとかわしながら、渋谷興業を盾にしてして常に彼らの上を行く行動をする。しかし、最期の最期には、各人が強引な行動に出ることにより・・・・・・そしてラストへと物語りはもつれてゆく。

 結末に至ることによって、禿富の行動についても理由がつけられ、シリーズは終焉を迎える。その理由については、こういう結末にするしかないだろうと思えながらも、なんとなく歯がゆさも感じられるようなもの。歯がゆく感じられるのは、それほどこのシリーズにのめりこむ事ができたからなのであろう。本当はもっとこのシリーズを体感したかったのだが、このくらいで順当と言えるかもしれない。一応、この後の出来事を描いた外伝のような作品も出ているようなので、そちらも文庫化したら読みたいと思っている。


兇 弾   6点

2010年01月 文藝春秋 単行本
2012年07月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 禿富刑事の死後、彼の手によってもたらされた神宮署裏帳簿。もし、これが明るみに出れば、警察組織をひっくり返すような大騒動になりかねない。その帳簿とコピーを巡り、奔走する人々。警察署内で対立する者たち、警察上層部にて帳簿の存在を明らかにしようとする者と隠蔽しようとする者、さらには禿富の妻までもが帳簿の争奪戦に乗り込んでくることとなり・・・・・・

<感想>
 単行本で出た時は、禿鷹シリーズの外伝という位置づけであったが、文庫版では“禿鷹V”と一連のシリーズのように記載されていた。確かに禿富刑事が出ていないというだけで、話としては、完全に禿鷹Wの続きである。

 禿富の手により、同僚の御子柴に渡された裏帳簿であったが、その帳簿があちこちへと渡っていく。警察上層部の影がちらほらと見えるのだが、実動部隊として動き続けるのは、“女禿鷹”と言いたくなるような前作から登場している女刑事・石動。この石動が積極的に動くことにより裏帳簿の行方があちこちへと動くのであるが、そうはさせじという者たちもおり、そう簡単にはひとところに落ち着かないまま終盤へと突入する。

 今作の特徴は、物語全体を覆う不気味さにある。何が不気味かというと、登場人物の中に何を目的として行動しているのかがわからない者がいること。特にこの作品の主要キャラクターであるはずの石動と禿富の妻の二人については、何故この争奪戦に参加しているのかという真意が見えてこないのである。最終的には、石動は上層部とのつながりによるものとか、禿富の妻は復讐のためという構図が見えてこないこともないのだが、謎がぼやかされたまま終わってしまったという感触が強い。

 しかし、このシリーズの主人公であった禿富は死んでも、彼に関連した人々を振り回し続けている。というか、そうした騒動の種をわざと残したまま死んでいったようにさえ思える。このシリーズの一番の謎は禿富の存在そのものであったのかもしれない。悪ふざけのようなラストシーンも薄気味悪すぎて印象に残る。


墓標なき街   5.5点

2015年11月 集英社 単行本
2018年02月 集英社 集英社文庫

<内容>
 新聞記者の残間はかつての上司から、“百舌”に関する記事を寄稿するよう頼まれる。しかしその上司こそが以前、残間の記事を差し止めた張本人であったはず。何故、今になって記事を書かせようとするのか? 残間は当時の事件の関係者である私立探偵の大杉に意見を聞くとともに、別件でタレコミがあった違法の武器用部品輸出についての依頼をする。大杉がその件について関係者を尾行して捜査をしている最中、警視庁生活安全部に勤めている大杉の娘である、めぐみと出くわすこととなり・・・・・・

<感想>
 公安シリーズ、13年ぶりとなる第6弾(「裏切りの日日」を入れると7冊目)。文庫版で購入して読了。近年になって、このシリーズを読み始めたので、個人的にはようやくここまで追いついたというところ。

 今作は、新聞記者の残間が持ってきた依頼から、徐々に話が派生していくという展開の物語。過去の百舌事件についての掘り起こしと、武器の不正輸出に関する問題の2点。その二つの件が徐々に交わってゆくようになり、その裏で暗殺者”百舌”を模倣するかのような殺人事件が起こることとなる。

 という事件が起きてゆくものの、今作はかなり不消化気味。そもそも何が起きているのかわからないような事件そのものが微妙であり、何のために登場人物らが右往左往しているのかもよくわからない。ただ単に、“百舌”という名前のみ強調して無理やり独り歩きさせているような感触であった。

 キャラクターに関しては、大杉の娘のめぐみが警官になっており、すでに活躍しているというところは時代の流れを感じさせる設定となっている。ただ、今回の目玉はそのくらいか。

 予想であるのだが、この作品が出た4年後に「百舌落とし」というシリーズの完結作品が出ている。それゆえに、今作はこれでひとつの物語というよりは、その完結編を含めての一つの流れの作品ではないかと考えられる。よって、未消化気味なのもしょうがなかったのかなと。

 ただこのシリーズ、多くの主要キャラクターが命を落としているがゆえに、もはや盛り上がり切らないであろうと感じてしまうのも致し方ない事か。とりあえず、完結編が文庫化されるのを楽しみに待つこととしたい。


百舌落とし   5.5点

2019年08月 集英社 単行本
2022年03月 集英社 集英社文庫(上下)

<内容>
 私立探偵の大杉良太と公安警察の倉木美希、そして新聞記者の残間らが追った百舌を騙るものとの事件は、一時的に収束された・・・・・・と思いきや、その事件の関係者が殺害されることに。しかも、百舌をイメージしたかのような装飾を付けて。大杉と美希らは、再び事件に関する情報を集めようと奔走しはじめるのだが・・・・・・

<感想>
 公安シリーズ、第7弾(「裏切りの日日」を入れると8冊目)にして完結編。シリーズ初期から読んでいる人にとっては感慨深いことであろう。ちなみにこの作品、前作「墓標なき街」からそのまま続いているといってもよいような作品なので、続けて読むべき。もし、“百舌”のシリーズを全然読んでいないという人は、最初から読み通してみるのもよいかもしれない。

 といった完結編ではあるものの、尻切れトンボとまではいわないものの、小さくまとまってしまったなと。というのも、このシリーズ、人が死に過ぎていて、重要人物と思われるような人はほぼ残っていないので、話が小降りになるのは致し方ないところ。また、“百舌”と呼ばれる殺し屋も、最初から出ている人物ではなく、途中途中で代替わりというか、名前を勝手に踏襲しているだけなので、そのスケールについてもだんだんと小さくなってしまうところはしょうがないところか。

 今回の作品に関しても、特に陰謀めいたものが行われているというほどでもなく、勝手に殺し屋が跳梁し、過去に起きたことを不必要に掘り出しているという感じであった。ゆえに、本当に核となる事件がないまま物語を無理やり進行していっているという印象であった。

 そんなこんなで不満はあったものの、やはり著者としては処女作「裏切りの日日」から続いてきた作品であるので、どこかで終止符を打ちたかったのであろう。中途半端に終わらせずに、きっちりと幕を引きたいという気持ちはわからないでもない。こうして、シリーズをきちんと終わらせてくれただけでも価値はあると言えよう。




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