<内容>
昭和9年5月、山口県下関から青森県津軽半島にまで及ぶ自転車レース、<大日本サイクルレース>が開かれようとしていた。レース開催における複雑な背景の中で、出場者はプロの参加者は少なく、一攫千金を狙うアマチュアの参加者達で占められていた。さらには、今回使用される自転車はレース用のロードレーサのタイプではなく、商業用自転車であった。癖のある参加者達、秘密を隠した開催者達、それらを暴こうとする新聞記者たち、それぞれの思惑が交差するなか、10日間におよぶ過酷なレースが始まろうとしていた。
<感想>
単行本で出たときも気にはなっていたのだが、ミステリ小説ではなく、冒険小説ということで文庫化を待ち、ようやく今に至って読むことができた。ただ、一度読み始めれば止まることなく読み続けることができる極上のロードレース小説であるということは間違いない。
読み始める前は、もっと近代的な作品だと思っていたのだが、舞台は昭和9年という戦前の時代。しかも近いうちにオリンピックというものを控え、レースのプロ競技を中止にして、アマチュアへと移行し始めるという時代の中で、時代に反するプロレースを行うという難しい状況のなかでのレースの様相を描いている。大企業、政治、軍部そして自転車界における利権をからめたなか、さまざまな思惑を秘め、しかもそれらの考え方がレース中にも刻一刻と変化していく。
そういう中でそれぞれ個人的な思惑を抱えた数多くの選手達が自転車でコースを疾走してゆく。ドイツチームや、日本の有数の企業によるチームといったスペシャリストが疾走するなか、大多数は素人の個人参加者が目立つという状態。ゆえに、数日間にわたるレースのなかでは、レースの走り方を熟知していない者達が次々と脱落をしていく。
そんな中、謎の個人参加者の響木という選手は素人たちを集めて、チームという形態をとり、自転車レースの走り方を教えつつ、先頭集団へと肉薄してゆく。選手個人個人にもそれぞれドラマがあり、その多くは謎を秘めており、最後の最後まで正体を明かさないまま走り続けようとする。中には性別を隠すものや、貧乏な村から期待されて送り出されてきたもの、往年の名レーサー、大企業の息子などなど、さまざまな者達が同じコースをひた走り続けてゆく。
レースを続けて行くなかで、個々の選手やチーム同士に協調性が生まれたり、互いに助け合ったりする様子が自然に描かれている。これは、そういった競技を行った事のある者でしかわからない感情ではないかと感じられた。そうして、さまざまなせめぎあいのなかでレースは思わぬ形で大団円を迎えることとなる。
いや、これは読んで良かったと思える小説である。良い小説であるがゆえに、色々と細かい点に口出ししたくなることもあるのだが、その雰囲気を充分に満喫することができた小説であった。自転車の世界だけではなく、他の競技を描いた小説でも同じようなものがあれば、また読んでみたいものである。
<内容>
「ル・ジタン」
「レスポールの伝統」
「ジュリアンの微笑」
「ヒトラーからの贈り物」
「赤いユトリロ」
<感想>
表題作の「ル・ジタン」は1994年に第47回日本推理作家協会賞を受賞した作品であり、何度か読んでいるはずなのだが、全く内容を覚えていなかったので再読。
「ル・ジタン」は、巻き込まれ形のサスペンスミステリであり、パリに来ていた歌手とカメラマンが、目の見えないギターリストがギターを盗まれる現場に遭遇し、そのギターリストに関わってゆくというもの。内容云々よりもパリを舞台とした設定と、ギターリストの熱が伝わるギタープレイの描写に惹かれる作品。
次の作品がまたギターに関わる物語となっているので楽器にまつわる作品集なのかと思いきや、そういうわけではなかった。3作品目まで読んだときは業界小説なのかと思ったのだが、他はそういうわけではなく、どこか統一性を欠く作品集。それゆえに、作品全体が印象に残りにくかったのかなと。
「ジュリアンの微笑」あたりまでは物語として面白かったのだが、「ヒトラーからの贈り物」あたりになると話がめちゃくちゃになってしまったような気がして、微妙という印象。「赤いユトリロ」は単体では面白いが、流れとして、あまりこの作品集のなかにあるのはそぐわいような感じ。
「ル・ジタン」 女性歌手のカメラマンとしてパリに来ていた男は、目のみえないギターリストのギター盗難事件に巻き込まれ・・・・・・
「レスポールの伝統」 父親のエレキギターが盗まれたという投書をラジオ番組で披露したところ・・・・・・
「ジュリアンの微笑」 番組プロデューサーを辞め、フリーライターとなった男は、かつての知り合いから、ビートルズ再結成コンサートの仕事の手伝いを頼まれ・・・・・・
「ヒトラーからの贈り物」 知り合いと共に賭博摘発スキャンダルの現場へと赴いたのだが、いつしかヒトラーの拳銃にまつわる事件に巻き込まれることとなり・・・・・・
「赤いユトリロ」 ユトリロの1枚の絵がもたらす過去と現在に起きた殺人事件。
<内容>
「たったひとつの事件」 ネット上の掲示板に書かれたメッセージより、とある殺人事件の存在を見出し・・・・・・
「恥ずかしい事件」 同じ洞窟に閉じ込められていたはずの女が、別の場所で死亡していたという事件が起き・・・・・・
「はじめての事件」 いつの間にか、廃棄された冷蔵庫のなかに入れられていた死体の処分をどうすればいいのか・・・・・・
「壁の中の事件」 多重人格の加害者と、多重人格の被害者による事件と思われた顛末は・・・・・・
「どうでもよい事件」 小さな別荘に集まって、そこの主人に持ち掛けられる小さな事件の数々。
「閉ざされた夜の事件」 孤島に集められた格闘技経験者たちによるサバイバルゲームの行方は・・・・・・
「すれ違う世界の事件」 一組の男女と帽子にまつわる物語の考察。
「浦川氏のための事件」 起きた数々の事件に対する見解? まとめ??
<感想>(再読:2023/02)
ずいぶん昔に読んだ作品を再読。作品全体に関わる大きなトリックのようなものが最後に明かされ、唖然となったということだけ、かすかに覚えていた。それぞれの短編に対しては、全く内容を忘れてしまっていたので、新鮮な気持ちで読むことができた。
それぞれ浦川氏が関わる事件を短編で表し、最後の最後でまとめきるという趣向。それぞれの事件については、殺人事件なども含まれているのだが、いっさい警察が介入しない形で描かれている。雰囲気的には日常の謎系のようにも捉えられたり、捉えられなかったり。
ひとつひとつの事件については、さほど触れるべきところはない。普通の内容かなと。ただ、多ジャンルの短編集というような感じで読むことができ、そこは楽しむことができる。日常の謎系、濃い目のミステリ、サイコサスペンス、格闘系ミステリ、などといった雰囲気のものを読むことができる。
「恥ずかしい事件」や「はじめての事件」などは一見、濃い目のミステリとして読むことができそうであるのだが、解決に関してはやけに拍子抜けな感じになっているなと思われた。一応は、それが最後の「浦川氏のための事件」に関連してゆくことになるからではあるのだが。
そして最後に“ひとつの事件”としてまとめられるのであるのだが・・・・・・まとめきれないというか・・・・・・未消化気味に終わってしまっている。もっと、完全に全てがひとつにまとまれば凄いと思えたのだが、中途半端な形で終わってしまっているのが残念なところ。改めて読んでみれば、ひとつひとつの短編作品の完成度も低かったという感じ。とはいえ、最後の短編作品を読んだときには、前のページを読み返しながら、事件のつながりをあれこれ考えさせられたという点では、面白く読めたなと。
<感想>
いやはやこういうミステリもあるのだなと感心するほか無い。ひとつひとつの短編があり、最後でそれらが何かの形によってつながるのだなというのは、最初の口上によって語られている。そしてさらにはそれぞれの短編の謎が浦川氏によって解決されるもなにやらすっきりしない形でいつも終わってしまう。最後に何かあるなとあれこれ予想しながら読んでいくのだが・・・・・・それを嘲笑うかのようなラストが読者を待っている。
こういうミステリをなんと表現していいのかに迷ってしまう。反則すれすれといってもいいのかもしれないし、もしくはギリギリのミステリという表現でも良いのかもしれない。決してミステリからかけ離れてしまうという意味でのギリギリではない。トリック自体がギリギリと感じられ、綱渡りのように細い一本のロープによってつながっておりそのロープの上にそれぞれのミステリと浦川氏が乗っているといえばいいのだろうか。微妙なバランスの上に乗っているミステリ。心して読まなければすれ違う世界(七編目)へ連れて行かれるかもしれない。
<内容>
「十五秒」
「このあと衝撃の結末が」
「不眠症」
「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」
<感想>
4つの短編作品が収録。どの作品も独立したものであるが、テーマが統一され、”15秒後の死”というものが主軸に置かれている。そうしたテーマのなかでそれぞれ突拍子もないミステリが描かれている。
最初の「十五秒」は、銃で撃たれ死亡する直前に時間が止まり、その残された時間のなかで、自らがどのように行動するかを選ぶというもの。犯人の確認、その相手に対してどう行動するか、もしくはダイイングメッセージは? と、複数の選択と行動のありかたに悩まされるというもの。その設定自体は面白いと思えるし、結末は悪くないように思われた。ただ、真相を読んだ後、よくよく考えると、行動や被害者の性格に矛盾が生じるような気がしてならなかった。ちょっとしこりが残る内容。
「このあと衝撃の結末が」は、ドラマから15秒間目をそらしていたら、いつの間にかヒロインが死亡しているのを目にすることに。ドラマの内容を知っている姉は真相を教えてくれず、今までのあらすじを辿って事の真相を推理せよと挑戦してくる。これは趣向が面白いと思われる。普通にストーリーを追わずに、このような形で話を展開させていくという手法が面白い。また、この手法ゆえの真相というところもよかった。
「不眠症」は、車の事故が起きて運転手が死亡するまでの15秒間を描いた物語。車で事故が起きる場面と眠りから覚める場面が交互に繰り広げられてゆく。この作品に関しては、真相云々というよりも、単に走馬灯を描いた物語という感じであった。
「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」は、なかなかの力作。その島に住む人たちは、首が取れても15秒後にまた体につければ死なないという性質を持つ。そうしたなか、高校生の主人公が何者かに襲撃され、首を取られてしまう。すると友人が助けに入り、15秒の間で互いの首を据え代えながら生き延び、そして事の真相を推理していくという物語。話の途中は、単なるキワモノめいた話としか思えなかったものの、最終的な真相が表す場面に関しては、なかなか考えつくされた話だと感心させられてしまった。主人公を襲ったものは? その死体が焼かれたわけは? そして本当の真犯人とは!? と数多くの意外な事実が明らかになる話。
<内容>
近未来、関東を襲った大震災の後の荒廃した日本では<自由地帯>と呼ばれる地域にホームレスが集まっていた。その<自由地域>に君臨するのは制服に身を包んだ“女子高生”と呼ばれるグループたち。なかでも最大勢力の<北のグループ>のリーダーは<伝説の女子高生>と恐れられている“アムロ”と呼ばれる女であった。
そしてまた今日も限られた食料を争って、<自由地帯>のそれぞれのグループの者達が銃器を持ち戦いが繰り広げられることに!
<感想>
KAPPA-ONE 登竜門からの新刊であるが、他の小説とはうって変わったバイオレンスアクションとなっている。最初に本書のあらすじを見たときは、セーラー服を着た女子高生が銃を持ち、しかもその名前が“アムロ”ときてはやけに俗な小説だなという印象を持った。しかし実際に読んでみたら、これが内容の濃い近未来SFとして背景も十分に練られ、物語も重厚なものとして完成されているのだから驚いた。中身はかなり面白く仕上がっており、一気に読み干すことができる小説となっている。
私と同じように、この小説のあらすじや表紙を見た印象から俗であると感じ、手にとるのを止めたという人はぜひともご一読願いたいものである。
本書において、何故に女子高生を取上げているのかというと、それはただ単に視覚的なイメージだけで取上げたものではない。では何が主題なのかというと、若い女性というものを主題として取上げたために“女子高生”というものに白羽の矢がたったのだといってもよいであろう。
本書では社会的階級のなかでの女性への期待や畏怖というものがSF的背景の中で描かれている。そしてそれが、この物語の中で<自由地帯>にて何故若い女性たちが戦闘集団を形成しているのかという謎を解く鍵ともなっている。
この小説は練り上げられた近未来の背景の中で繰り広げられる女性版バトルロワイヤルといってよいであろう。エンターテイメントと社会派SFが融合した小説として広い層の人たちに読んでもらいたい。
<内容>
ドッグ・シッターの真木島風太の元に、かつて付き合っていた彼女が亡くなったことを知らせる喪中はがきが届く。ふと気になり、その前につきあっていた彼女の消息を調べようと彼女のブログを見ると、そこにはまるで死んでしまったかのような記述が。さらにもうひとりの元カノの行方を調べようとするも、消息をつかむことすらできなかった。何故、風太と付き合っていた三人の女たちは消息も残さずに消えてしまったのか? 友人らと共に風太は彼女たちの消息と事の真相を調べようとするのであったが・・・・・・
<感想>
今回の“ばらのまち福山ミステリー文学新人賞”作品は、なんと「幻の女」ならぬ「幻の彼女」。ひとりの男の前から一人の女性のみならず、三人の女性の存在が消えていくかのような体験を味わうこととなる作品。
主人公が過去に付き合っていた女性の消息を調べようと思いきや、音信不通、既に引っ越した後、そんなひとの存在は知らないなどと、その跡をたどることができず、行方どころか存在すらあやふやになってしまう始末。そうしたなか、さらなる執拗な調査を進めていくうちに、とうとう主人公は事態の真相を知ることとなる。
短いページ数の作品であり、さらには全体的に読みやすく書かれているので、さらっと読むことができてしまう。また、結末についても、予想だにしなかったような出来事が待ち受けており、驚かされてしまうこと必至。これに関しては、あれこれ書くとネタバレになってしまうので、あまり細かく書けないのが残念なところ。また、この作品を読んでいない人は、なるべく情報を取り入れずに読んでいただけらと願うところ。なかなかの佳作であり、いかにも賞の審査員である島田荘司氏が興味を惹きそうな内容の小説という感じがした。
<内容>
「サーチライトと誘蛾灯」
「ホバリング・バタフライ」
「ナナフシの夜」
「火事と標本」
「アドベントの繭」
<感想>
短編集となっているなかで表題作は“第10回ミステリーズ!新人賞”を受賞したもの。著者にとってのデビュー作。あとがきで、泡坂妻夫氏の亜愛一郎シリーズを意識したという事が書いてあったが、それを知って納得させられる作調。
一見、日常の謎系のような印象を受けるものの、よくよく考えてみれば、どの作品でもしっかりと殺人事件が起きている。ゆえに、日常の謎というよりは“事件”を描いたミステリとなっている。それらの事件に挑むのは、昆虫好きの年齢不詳の青年・えり沢(えりは魚偏に入)君。
作品によって、良い出来のものもあれば、普通と思われるものも。「サーチライトと誘蛾灯」は、事件の本質とは別のところに意外性があり、それはそれで面白いと感じられた。
「ホバリング・バタフライ」や「アドベントの繭」は、捻りもなく普通の内容であったかなと。
「火事と標本」は、他の作品と異なる暗い雰囲気がうまい具合にミステリ的な部分とマッチしていたと感じられ、良かったと思われる。
「ナナフシの夜」は、ちょっとした捻りがあって面白かったかなと。個人的にはこれがベスト。連城三紀彦氏の作品をライトにしたような印象。
独特な作風というわけではないのだが、なんとなく癖になりそうな味わいの作品集。前述の亜愛一郎シリーズや大倉崇裕氏の白戸修シリーズを想起させるような内容。新人の著者ゆえに、経験を積めばもっと味わい深いシリーズとなりそうな感じがする。次回作もぜひとも読んでみたい。
「サーチライトと誘蛾灯」 公園で起きた殺人事件は謎のホームレスによるもの?
「ホバリング・バタフライ」 登山倶楽部内での不祥事を追っていった末に・・・・・・
「ナナフシの夜」 バーに来ていた仲の良い夫婦。その後、夫が妻に殺されたと・・・・・・
「火事と標本」 過去に起きた母と子の放火による心中事件の真相とは?
「アドベントの繭」 神父が殺害され、その息子が行方不明になった事件の結末は・・・・・・
<内容>
「蝉かえる」
「コマチグモ」
「彼方の甲虫」
「ホタル計画」
「サブサハラの蠅」
<感想>
“せみ”は表記とは異なるのだが環境依存文字のため別の字を代用させていただいた。主人公である昆虫探偵・えり沢泉(えりさわ せん)の“えり”は魚偏に入でこれも環境依存文字。えり沢青年がさまざまな事件に挑む「サーチライトと誘蛾灯」に続く作品集。
今作はそれぞれの作品が物語としてよくできていたという感じ。ただ、その分ミステリとしては薄めで、ミステリとしての印象よりも小説としてよくできていたという感想のみが残る感じ。
なんとなく前作は主人公である探偵役のえり沢の印象が希薄な感じがしたが、今作ではそれなりに印象を残している。特に自身が強く事件に関与することとなる「ホタルの計画」や「サブサハラの蠅」などは存在感を残している。「ホタルの計画」は一見、えり沢が登場しないように思える作品であるのだが・・・・・・その構成と展開にも見るべきところがある作品となっている。また「彼方の甲虫」でのえり沢と中東からの旅人とのひと時の邂逅がその後、跡を引いていくところも本書の見所と言えよう。
そんな感じで、ミステリとしてよりも小説としての印象を残す作品集。ここにミステリ的なものについても存在感を示すものが書かれていると凄い作品となったと思われるのだが。
「蝉かえる」 かつてボランティアで訪れた地で見た女の子の幽霊の正体とは!?
「コマチグモ」 団地の一室で襲われた女の被害者と通りで事故にあった女子中学生との関係は!?
「彼方の甲虫」 ペンションを訪れた中東からの旅人が命を落としたのは、事故? それとも自殺??
「ホタル計画」 かつて東京の編集部で働いていたライターが北海道の地で行方不明なったというが・・・・・・
「サブサハラの蠅」 アフリカからツェツェバエの蛹を持ち帰った男の真意とは?
<内容>
「白が揺れた」
「赤の追憶」
「黒いレプリカ」
「青い音」
「黄色い山」
「緑の再会」
<感想>
評判が良かったので、購入した作品。昆虫隙の青年、えり沢(えりは魚偏に入)君が素人探偵を務める作品集。なんと、すでに3冊目となるシリーズ作品集である。
ミステリというよりも、ちょっといい話という感じではある。特に「赤い追憶」から「緑の再会」へとつながる花屋に関する物語には、心をうたれるものがある。
「黒いレプリカ」は、こちらはこの作品集のなかでもミステリ色が高く、さらには内容もよくできていて面白かった。遺跡の発掘現場に関わる話と、失踪事件と発見された白骨をからめて、うまく描き上げられている。
「白が揺れた」と「黄色い山」もひとつながりの物語となっている。「白が揺れた」に関しては、殺人事件にまで発展させしまうのはどうかと思ってしまったが、「黄色い山」も含めて、人の感情や人間模様がうまく描き出されている。
全体的によくできていると思われるが、個人的にはややミステリ色が弱いような気もして、あまり好みではなかったかな。とはいえ、この一連のシリーズが好きという人は、この作品集も今までの作品に負けず劣らずよくできているので、続けて読むことをお薦めしておきたい。というよりも、今までの作品集よりも出来はよいといえるかもしれない。
「白が揺れた」 ハンターが銃撃の犠牲になった事件の真相と過去の事故。
「赤の追憶」 勘違いして入った花屋で聞いた見舞客の話。
「黒いレプリカ」 発掘現場で発見された白骨は、過去の失踪事件とつながっているのか!?
「青い音」 ある音楽家のインクと楽譜の話。
「黄色い山」 ハンターの銃撃事件の過去に起きた事件の真相。
「緑の再会」 再び花屋に訪れ・・・・・・
<内容>
進藤啓作は病床についている友人から妹の行方を捜してくれと頼まれる。そしてその手がかりとなると思われる、とある小説家の手記が残されているというのである。その手記の内容は、旧家に十数年ぶりに、今まで行方をくらましていた兄が帰ってくるというものであった。その兄というのが顔に怪我をしており、顔一面に包帯がまかれているのである。そして、その兄が帰ってきた翌日に、これもまた兄と名乗る顔に包帯を巻いたもうひとりの男がやってくるのであるが・・・・・・
<感想>
この著者が書いた「繭の夏」という作品を以前読んだことがある。その内容についてはもう憶えていないのだが、本書がなんとあれから十年ぶりの2作品目であるという。いやはや、そんなに時間が経っているとは驚きだ。しかしまた十年もの間を空けて、よく作品を完成させたなと、ある意味感心してしまった。
本書の内容は“手記にて語られる事件”から、その真相を読み解いていくというものである。これがまた、現代を舞台にしてるにもかかわらず、あえてレトロな雰囲気を前面に押し出すという、なかなかうまい雰囲気作りの中で物語が進められている。決して読み易いという文章ではないが、それなりに読む側を引き込ませようとする力が作品から感じられた。独特とまではいかないにしても、その筋立てはかなり面白く読むことができた。
そして“手記”から真相を導き出していく手腕もなかなかのもの。タイトルとなっている“模像”という言葉がうまく話の内容に含まれていて、ミステリとしての完成度を高めている。物語全体をひとつのミステリとして綺麗にまとめている作品と感じられた。
ただ、全体的にこれという強烈なものがなく、その分弱かったという風にも思われた。とはいえ、あえてそういう淡々とした作風に挑み、それなりの作品を完成させたという事には認めざるを得ないであろう。力作であると、はっきり言い切れる良書であった。でも、このくらいのレベルの作品を10年のうちに、もっとコンスタントに出してもらいたかったなぁとも感じてしまうのも事実。
<内容>
一月のある快晴の朝、小学生の里緒の前に一人の少年が現れた。何故かレインコートを着ていた少年はフードをとり、潰れた右目をあらわにすると、自分には見えるという“X雨”のことを話しはじめた・・・・・・
15年後、作家になった里緒は記憶に刻まれたこの話を書き始めた。そして、物語の結末を完成させるため小学生時代を過ごしたあの街へ出発するのだが・・・・・・
<感想>
とある作家が小学生のころに出会った奇妙な少年から語られた物語が描かれる。そして作家はその物語の真実を見極めようと自分なりに解釈をする。そして物語はメタへと突入していく・・・・・・
少々変わった構成で描かれる作品である。作家による解釈をもう少し深く掘り下げて終わらせてもいいような気もしらが、その後も続けてしまうところは作者のこだわり(?)か。ただ、微妙な謎を完全に解かずに、終わらせて読者の判断にゆだねさせるというのも一つの効果的な手法ではあるかもしれない。
題材となる“X雨”だが、もしこれが比喩ならば、少年たちがなぜ傘をさし、レインコートを着ていたのかまでは理解することができなかったが、“X雨”というものについては読み進めていくうちに漠然としたものを感じることはできた。それは将来への不安であったり、憎悪であったり、自分が犯した罪に対する恐怖であったりとさまざまなものが折り重なったものであろう。なおかつ、それが小学生だけにしか見えないものであるならば、また我々が現在ではわかりえない感情が込められているのだろう。そのような漠然とした思いが“X雨”というものにうまく形状化されていると思う。これは掘り下げれば掘り下げるほど深い物語なのかもしれない。
<内容>
ビルの屋上で自殺しようとしていた望月景は中川清香に止められ思いとどまることに。景は他の人には話せなかった自分の思いを清香に打ち明け始める。
廃工場にて椎名純紀は久我誠司という男と出会った。椎名は久我の目には見えない幻覚によって追い詰められていたのだが、久我の存在に助けられ、その幻覚と向き合っていくことに・・・・・・
<感想>
前半の「ミルク」では自殺しようとして悩んでいる少女にとって、やたらと都合の良い存在が現われ、その人物に依存していくという話。
後半の「工場」では幻覚に悩まされる男がひとりで右往左往しながらも結局自分自身の中で収束してしまうという話。こちらも助けになる人物は出てくるもの、大きな意味を持っていたかどうかは微妙なところ。
と、二つの異なる場所で二人の人物がそれぞれに生死をかけて悩み続ける。この物語の特徴は二人の人物は現代に存在するはずなのだが、それが終末の世界にそれぞれ二人っきりの状態で置き去りにされたかのような印象を受ける。明らかに彼らの背景には多くの人々が存在するはずであるのに、それを感じさせないような描き方がなされている。
そして最終的にはその別々の物語が最終章「新宿」にて一つに交わることになる。しかし、この「新宿」のパートがやたらと短く簡潔に終わってしまっている。あえて短くすることによる効果を狙ったのかもしれないが、もう少しここのところを書き込んでもらいたかった。読者の想像力に訴えるという考え方なのかもしれないが、私にとってはそれゆえに“未完成”という印象で終わってしまった作品。
<内容>
中学までサッカーをしていた神谷新二は高校に入り、サッカーの道をあきらめ、幼馴染で天才的なスプリンターである一ノ瀬連と共に陸上部に入る。そこで新二は今まで想像もしなかったスプリンターの道にのめり込む事になり、高校生活の全てを陸上部の部活動に掛けることとなる。
<感想>
単行本が本屋に並んでいたとき既に話題となり、陸上競技を描いたスポ根小説として面白いのだろうなぁと気になっていたのだが、とりあえず文庫化を待つ事にした。そして待望の文庫化と相成ったわけであるが、読んでみるとこれがまた想像以上に面白い小説であった。
実は読む前は、こんな分冊にしなくてもと思っていたのだが、読んでみると内容が濃く、3冊分全てに陸上部での活動の様子がこれでもかとばかりに描かれている。この作品は主人公が高校生活の3年間を送る様子が描かれており、このくらいのページ数は順当・・・・・・というか、実際にはもう少し読み続けていたかったくらいである。
読み終えてみれば、このページ数が暗示するものも予想できてしまう。この作品は1巻がやや薄く、2巻が1巻に比べて少し厚くなり、3巻はやや分厚くなっている。
1年目は主人公である新二は新しく始めた陸上競技についていくだけの状態で、競技に緊張しながらもなんとか走るだけで精一杯。それが徐々に陸上というものの深さ、100mを早く走るのに必要な事を理解し始め、考えながら練習をしていくようになる。その分の積み立てていく濃厚さが1年から2年へそして3年へと時間を経ていくごとに深くなり、それがページ数にあらわれているように思えるのだ。
いや、陸上というものがこれほどまでに精密な競技であるとは考えてもみなかった。100m走といった競技を行うにあたって、どうすれば0.1秒縮めることができるかということが細かく描かれている。さらには、陸上の精密さだけでなく、3年間の競技を通す事による人間関係も濃く書かれており、まさに部活小説といった内容。
元々、スポ根ものというのは漫画などでも好きな方なので、本当に楽しく読む事ができた。できれば大学編とかあればなぁ、とか考えてしまうのは蛇足であろうか。
<内容>
三年前の事件を解決するために宇宙に浮かぶホテルに来ていた探偵が殺害された。そのホテルは最新鋭のホテルで、部屋のドアの鍵は各個人個人のDNAによって識別するものであった。しかし、それにも関わらず、鍵が閉ざされた部屋の中で探偵は死んでいたのだった。いったい誰がどうやって? そしてこの事件は三年前の事件の真相に関わりがあるのか!?
<感想>
読み終わって、「あれ?」と拍子抜けしてしまった。
この小説の舞台は宇宙空間に建設されたステーションホテル。その中で殺人事件が起こるというもの。また、過去に起きたタイムトラベルによる犯罪もからめ、事件の真相はいったい!? というような内容。
それなのに、終わってみれば「宇宙を舞台にした意味は?」という疑問がわいてくる。そういう意味で冒頭の「あれ?」につながってくるわけである。
ミステリーとしては普通のできではないかと思う。そんなに悪いものではないし、そこそこ楽しむことができた。ただ、容疑者による、やらなくてもよい作為によって、犯行がばれてしまうというのには疑問を感じずにはいられなかった。
結局のところ、何よりもこういうミステリーを宇宙空間で行った意味というものが欠けているのであれば、本書の大きな意義がなくなってしまうのではないかと思える。これならば普通に地上を舞台に行っても、なんの違和感もなかったと思えるのだが。
<内容>
かつて、あのアインシュタイン博士が日本に来日した際に巻き込まれた奇妙な殺人事件。その状況を見て、博士は自殺ではないと・・・・・・
時が経ち、時代は現代。アインシュタインの手記に記された、事件を解明せんとライターのザナドゥ鈴木は、その手記が保管されている老舗のホテルへと向かうことに。しかし、そのホテルでは資産家の相続争いを巡る殺人事件が起き・・・・・・
<感想>
前作「円環の孤独」では一風変わったSFミステリを見せてくれ、これは本格推理小説にこだわる作家なのだなと思い、著者2冊目の作品となる本書も手に取ってみた・・・・・・のだが・・・・・・2冊目にして、もうこのレベルに落ちてしまうのかと・・・・・・
前作は舞台設定はよくできているのに、それを生かしきれていないと思える作品であった。それが本書でも同様で、“アインシュタイン”という人物をメインに出してきたにも関わらず、それがほとんど生かしきれていない。タイトルで“アインシュタイン・ゲーム”とまでも大風呂敷を広げているのだから、何かもっとそれにまつわるような話として終始一貫してもらいたかったところである。
また、前作と比べて、さらに今作が劣ると思われるのは、舞台設定さえもがきちんとできていない。何やら、物理科学の薀蓄らしきものが語られるだけで、あとはストーリーというほどのものもなく、後半になって唐突に相続争いにまつわる殺人事件が起きている。作中で語るべきことや説明すべきことが多々あるにも関わらず、何ゆえこのような密度の薄いミステリーになってしまうのかが不思議なところ。
2作目にしてここまでミステリーとしての濃度が薄くなるのであれば、次回作はもう読まなくてもいいかもしれない。
<内容>
ケチュアという国は近代国家の隣国セビーヤに征服されていた。そのため、混乱深まるケチュア国内では数々の盗賊団が跳梁し始めていた。その中で名をとどろかせているのは“金のリャマ団”と呼ばれる者達。“金のリャマ団”の首領は“銀の尻尾”と呼ばれるもので、セビーヤ国の人間であった。彼はある事情があって、自分の故国から離れたケチュア国内で盗賊をしなければならないはめになったのだが・・・・・・
ある日、金のリャマ団が寺院にて略奪していたとき、変った外見の子供を発見する。その子は実は“時を編む者”と呼ばれる少年であり、ケチュア国にとって重要な役割を担うものであるのだが・・・・・・
<感想>
今年の「Kappa-One 登竜門」は近未来SF「異進化猟域バグズ」とこの「時を編む者」の2作であった。本書はジャンルからすればファンタジー小説といえるであろう。よって、今年はミステリー作品はなし、という事になる。ミステリー作品がないという残念さだけでなく、あまりにもジャンルがばらつき過ぎて、読むほうとしては困ってしまうというのが、今の「Kappa-One 登竜門」に対する感想である。
本書はカッパ・ノベルズで出版されるよりは中央公論新社のC・NOVELSあたりから出版されたほうが自然な気がするような内容であった。まぁ、話はよくできていたと思うし、程よいページ数の中でうまくまとめられていたかなとも感じられた。欠点というほどのものはないと思うのだが、逆に言えばこれといった斬新さが感じられなかったため、読了後の印象が薄いというのがもったいないところか。
ただ、別にそういったファンタジー小説が読みたくてこの「Kappa-One 登竜門」の本を買ったわけではないので、本来の“感想”とは違った意味で複雑な心境である。今までは「Kappa-One 登竜門」の本を無条件に全部読んできたのだが、これからは少し選んでもいいかなと思い始めている。
<内容>
「夜の床屋」
「空飛ぶ絨毯」
「ドッペルゲンガーを捜しにいこう」
「葡萄荘のミラージュT」
「葡萄荘のミラージュU」
「『眠り姫』を売る男」
「エピローグ」
<感想>
沢村氏の「空飛ぶ絨毯」は既読作品であったのだが、最初に読んだ時はさほど何とも思わなかったものの、再読だと意外と良い作品と思えるようになった。大学生・佐倉が事件に遭遇するシリーズものとして並べることによって、うまく映えたのかもしれない。「夜の床屋」とのギャップが絶妙だったのであろうか。
「夜の床屋」は佐倉と高瀬が山で遭難しかけながらも何とか無人駅にたどり着く。そこで突然、深夜に営業を始めた床屋を発見するというもの。発想は面白いのだが、肝心なキーワードとなるヒントが欠けていたように思え、話が唐突に思えたところがやや残念。
「空飛ぶ絨毯」は打って変わってホラー系を匂わせるような内容であり、後味も決して良いとはいえない作品。寝ているうちに部屋の絨毯が消えたという難事件に挑むという内容。
「ドッペルゲンガーを捜しにいこう」は題名の通りの内容なのだが、真相を提示されても、それがなされた必然性がどうもわかりにくい。見ず知らずの佐倉を巻き込む必要があったのかどうかが微妙。
この後の「葡萄荘のミラージュ」から後の作品はひとつの中編作品と言える内容。ただ、今回の作品集からは分離すべきであったと思われる。この作品集はあくまでも大学生である佐倉が関わる事件のみを扱った方が良かったのではないだろうか。それをひとりの大学生のみでは手に負えないような事件を持ってきてしまうのは統一感がなさすぎる。発想は悪くないと思われるので、むしろ一つの長編作品として書き上げてもらいたかったところである。
そんなわけで、前半3作と後半の中編1作という構成のような作品と感じられたので、どちらも食い足りないという印象のみが残ってしまった。
<内容>
荒れ狂う海賊たちがはびこる海を治め英雄となったバロウズ卿。海軍提督となったバロウズ卿が海賊“南十字星”を名乗る首領のアルバート・リスターによってさらわれた。海賊の真の目的がわからないなか、海軍大尉のアラン・クリフォードに秘密の使命が与えられる。“南十字星”に海賊のふりをして潜入し、バロウズ提督を救い出せと。アラン・クリフォードは、海賊バート・ウィリアムズと名乗り、海へと出航する。ひとまず、幻の財宝探しを行うこととなったのだが・・・・・・
<感想>
提督救助の任務を受けた海軍大尉が海賊のもとへと乗り込むこととなる。その主人公の海軍大尉が海賊となり(ふりをし)、幻の財宝探しを行ったり、海賊の軍団のもとに潜入するも殺人事件に巻き込まれたりと数々の苦難を乗り越えていく。
基本的には冒険ファンタジー。海賊の面々のキャラクターが栄えていて楽しめる作品。海賊連続殺人事件などがあり、ミステリ的にも楽しめるのだが、冒険ものという印象の方が強かった。
一番に思うのは、ライトノベルズとしてシリーズ化したほうが良かったのではないかと。内容は面白いのだが、やや中高生向けかなと。ミステリ・フロンティアで出すよりも、ライトノベルズで出したほうが、より多くの人に手に取ってもらえたのではないだろうか。ミステリ的なところよりも、キャラクター造形のほうがうまく出来ていると感じられたので、シリーズとして一人一人の個性を出していった方が読み応えがあったのではないかと思われる。しかも今流行り(そうでもない?)の“海賊”を扱っていることなので。
<内容>
探偵の天草しじまは、招待された城へと向かう途中、記憶喪失の男と遭遇した。しじまは彼に“赤月あお”と名づける。そうして、いつしか彼は探偵の助手のような仕事をすることに・・・・・・
二人が出会った後に巻き込まれることとなった薔薇城殺人事件と、世間を騒がす幻人ダンテ。そうした事件を経験する中、赤月は記憶を取り戻す事ができるのか!?
<感想>
「レンタルマギカ」で御馴染みの三田誠氏が講談社ノベルスに書くということで、これは是非とも読んでみなければと思い購入。そうして読んでみた感想はと言えば、まぁまぁといったところか。
正直なところミステリと期待して読んでしまうと拍子抜けをくらうことになるであろう。本書は伝奇風のサスペンス・アクションというような内容。ただ、そう言い切ってしまうには、盛り込まれた要素が多く、それが本書の欠点となっているように感じられた。
はっきり言って、最初から濃度の濃いミステリなどは期待していなかったので、“薔薇城殺人事件”などといったそれっぽいフレーズを盛り込ませるのは余計に思える。それよりも、物語のメインとなる“幻人ダンテ”の怪人っぷりを堪能できるような方向にもっと力を入れてもらいたかったところ。妙な技巧をこらそうとせずに、もっと正面から、要素をひとつに絞って書ききってくれれば、もっと面白い作品になったのではないだろうか。