宇宙消失 Quarantine (Greg Egan)
1992年 出版
<内容>
2034年、地球の夜空から星が消えた。冥王星軌道の倍の大きさをもつ、完璧な暗黒の球体が、一瞬にして太陽系を包み込んだのだ。世界各地をパニックが襲った。球体は<バブル>と呼ばれ、その正体について様々な憶測が乱れ飛んだが、ひとつとして確実なものはない。やがて人々は日常生活をとりもどし、宇宙を失ったまま33年が過ぎた。
ある日、元警察官のニックは、匿名の依頼人からの仕事で、警戒厳重な病院から誘拐された若い女性の捜索に乗り出した。だがそれが、人類を震撼させる量子論的真実に結びつこうと・・・・・・
<感想>
“宇宙消失”という題名からどんな内容かと思いきや、始まりはハードボイルド調で幕が上がる。密室からの脱出までからめられ、さらには捜査するのはゾンビコップ。どんな展開になるのかと読み進めると、中盤以降は理論的SF小説として進められる。もちろん序盤も完全なるSF調であるのだが。
いやー、それにしても量子論が飛び交う展開の中、話についていくのが難しい。というよりついていけない。シュレーディンガーの猫がどうたらこうたらとか、パラレルワールドのようなものが時間をまたがって存在しているようにも見え、新たなる発見によってなんでもありになって、収束することによってどうでもよくなって・・・・・・うーーんだめだ。
要は箱の中に猫を入れて、そこに怪しい光線を当てて、それが箱を開けるまでどういう状態になっているかは判らなくて、箱を空けたら犬が入っているかもしれない。そんなことであろうか? いや、違うのか。
なんとなく、パラレルワールド的な選択肢によるタイムマシン的な話のような気もするのだが・・・・・・
解説を見ると、物理的な解説などなくても楽しめると書いてありながらも、絵付きで物理的な解説が行われているし・・・・・・とりあえずこれを読んで勉強するべきか・・・・・・うーーーん、また今度ということで
順列都市 Permutation City (Greg Egan)
1994年 出版
<内容>
21世紀半ば、世界では科学技術が発達し、人間の“コピー”をコンピューター上に作ることが可能となっていた。その世界の中で多大な富を持つ者たちはコンピューター上に自分の記憶や人格をコピーして生き続け世界を支配していた。しかし、ポール・ダラムという男は、さらに未来永劫生き続ける事ができる世界というものを提唱するのであったが・・・・・・
<感想>
いや、こういうものこそガチガチのハードSFというのであろう。要するに、難しかったと言う事である。
コンピューター上に“コピー”を作り、それがいわゆるクローンのようなものであり、そしてそのクローンが増殖しそれぞれが個性を持ったとき、どのような考えを持つのか? というような内容くらいに収まるのかと思っていた。しかし、そんな予想などはるかに超えて、“世界”そのものまでを構築してしまうところにまで発展していってしまう。さらには、その構築された新世界での未知の生命体との接触と、本当に突き抜けた内容となっている。
とにかく、その発想には脱帽するしかなく、気軽に読もうという者など置いてけぼりを喰らわせるような鮮烈さであった。こういった雰囲気の小説は好きなのだが、まだまだこれを読むには私自身のSFレベルが足りなかったかもしれない。いつか再チャレンジしてみよう。
しあわせの理由 Persons to be Cheerflu and Other Stories (Greg Egan)
2003年07月 早川書房 ハヤカワ文庫
<内容>
「適切な愛」
「闇の中へ」
「愛 撫」
「道徳的ウィルス学者」
「移相夢」
「チェルノブイリの聖母」
「ボーダー・ガード」
「血をわけた姉妹」
「しあわせの理由」
<感想>
イーガンの長編は2作ほど読んだ事があるのだが短編は初めて。長編に劣らず短編も難しい内容なのだろうなと思いきや、長編に比べればとっつきやすい。それなりに分かりづらい話も含まれてはいるものの、SF小説としては結構読みやすい部類ではないだろうか。
読んでいて感心させられるのは、その豊富なアイディア。それぞれの短編作品にて色々なアイディアを披露しているのだが、他の作家であれば、その一つ一つを使って長編を書いてみたいと思うのではないだろうか。それくらいアイディアに溢れた短編をこれだけの量、惜しげもなく書いてしまうのだからたいしたものである。
「適切な愛」
SFというよりは精神的な面で考えさせられるような内容となっている。主人公がさまざまな葛藤に悩むのだが、確かにこれは悩まざるを得ないであろう。現実に似たような話で“代理母”というものがあるが、それすらを超越したところで行動し続ける主人公に対しては、かける言葉さえ見つからない。
「闇の中へ」
これはスピード・アクション・サスペンスとでもいったところか。もっとわかりやすい内容にすれば映画化するのも面白いかもしれない。作中の背景はハードSFたる内容で説明されるので状況がわかりにくいものの緊迫感は伝わってくる。もっと内容を広げてもらって、長編で読みたくなるような作品。
「愛 撫」
SFというよりはハードボイルドといってよいような内容。そこに芸術と科学を融合させたグロテスクさがそびえ立つ。きっちり話が終わっているにもかかわらず、読了後は虚無的なものにさいなまれる。
「道徳的ウィルス学者」
ある種の笑い話のような内容。道徳的ウィルス学者に対して、裁きを下す人物の造形が逸品。
「移相夢」
これが私にとっては一番分かりづらい話であった。「順列都市」に近い内容のような気がしたが、全体的な背景がつかみにくかった。また、そこで取りざたされている“移相夢”自体がさらにわかりづらかった。
「チェルノブイリの聖母」
金銭的価値がないはずのイコンに何故高価な値段をつけるのか? ひとつのイコンにまつわる謎を解いていくというサスペンス作品。タイトルがタイトルだけに、なんとなく予想がつくものの、そこに科学的な見地を用いてひときわ物語を重厚なものにしている。
「ボーダー・ガード」
これもある種「順列都市」のような内容であるのだが、そこに人間の感情を強く用いた作品となっている。どのような形態で生きるにせよ、人は独りでは生きてゆけないということか??
「血をわけた姉妹」
双子モノの作品のようで、意外と普通に物語が展開されて行ってしまう。双子のうちの片方の視点から、自分達“姉妹”の存在というものについて問いた作品のようでもある。
「しあわせの理由」
この作品を読むとその内容云々よりも、自分が感じる感情というものが脳に与えられるパルスでしかないという見方に考えさせられてしまう。SF版、「アルジャーノンに花束を」といったところか(似たような作品を何でもかんでも「アルジャーノン」に例えるのはあまりよくないことかもしれないとふと気づく)。
祈りの海 Oceanic and Other Stories (Greg Egan)
2000年12月 早川書房 ハヤカワ文庫
<内容>
「貸金庫」
「キューティ」
「ぼくになること」
「繭」
「百光年ダイアリー」
「誘 拐」
「放浪者の軌道」
「ミトコンドリア・イヴ」
「無限の暗殺者」
「イェユーカ」
「祈りの海」
<感想>
イーガンの短編集は刊行された順番に読んで行こうと思っていたのだが、間違えてしまって「しあわせの理由」を先に読んでしまい、先に刊行されたこの「祈りの海」のほうが後になってしまった。ちなみにどちらも日本での独自編纂による短編集である。
「しあわせの理由」よりも今作のほうがテーマとしてはある程度統一されていると感じられた。本書に掲載されている作品では人と人とのつながりや自己のアイデンティティについて描かれている。ハードSFの設定の中でそれぞれ自己を見出そうという主人公達の様子が斬新に描かれているのだが、どれもが皆、悩み悩むものばかりでどこか鬱屈しているようにも感じられる。
「貸金庫」
この作品は奇抜なアイディアが光っている。不定期に他人に乗り移りながら成長してゆく名前のない者の物語。何故、このような事象が起こるのかというよりも当人にとっては、自己を見出すことのほうが重要であったという内容。
「キューティ」
“擬似子供”とでも表現すればよいのだろうか。これとは異なる形で、あまりにもありそうな話ゆえに笑うよりも、真剣に考えさせられる作品。
「ぼくになること」
テーマは不死とアイデンティティ。不死を体現するために体に宝石を埋め込むという技術とその行為に悩む主人公の様子が描かれている。そして主人公が真実を知ったとき、自己崩壊もしくは自己再生への道が示されることに。不死への皮肉が描かれているような作品。
「繭」
企業を狙った爆弾テロから、性に関する差別への背景がゲイである主人公を通してしだいに見えてくるという作品。海外のSF作品でこうしたジェンダーに関わる内容の作品を見かける事がある。海外ではデモ活動といったさまざまな大きな動きがあるようだが、日本では馴染みがないせいか思想としてわかりづらい部分もある。
「百光年ダイアリー」
未来を知る事ができるようになった世界が描かれた話。こういったSF作品はよく見られるのだが、そのどれもが後ろめたいような結末で終わる事が多い。
「誘 拐」
かなり形態は違うと思うが現代における“あるある詐欺”を思い浮かべてしまう。だまされているとわかっていても、行動せざるを得ない主人公の苦悩が表された作品。オンラインRPGの利用者がゲームの中のアイテム類を現実のお金で売買するという話を聞いた事があるが、本編はそれの最たる話と感じられた。
「放浪者の軌道」
社会の革編に逆らおうとするものの話。しかし、逆らおうとする行為自体でさえも、他からの力に操られていると疑心暗鬼にとらわれる主人公。自己による自由というものが存在しうるのかということを問われているような作品。
「ミトコンドリア・イヴ」
人の家系をたどっていく事によって唯一の人物、つまり“アダムとイヴ”にたどりつくことができるかという内容。そしてこのような内容であれば、宗教という問題を避ける事は決してできない。真実が大切なのか、信じている事を証明するための材料がほしいだけなのか、主人公はそこに悩むこととなる。
「無限の暗殺者」
パラレルワールドがいたるところに発生するようになった世界の中で、その影響を決して受けない人物の話。ただし、実は影響を受けないというわけではなく、そこにはとある理由があった・・・・・・というような事象がこの作品の主人公を悩ませることとなる。
「イェユーカ」
ほとんどの病気の存在を無くす事ができるような完璧な世界のなかで、古い時代の医学にひたすらすがりつこうとする青年の話。発展途上国へとわたった青年は完璧な世界などありえない事実と、自己の無力さにうたれつつ、己の道を見出そうとしてゆく。
「祈りの海」
タイトルにもなっている、本書のなかで一番長い作品。これは異世界を舞台に、主人公が狂信的に信じる宗教を抱きつつも、自分が成長するにしたがい現実と科学によって己の人生に対して矛盾を感じてゆくという内容。主人公が成長していく過程を描いた作品としてはよいと思うのだが、最終的にわかることになる真実については、あまりにも・・・・・・と感じられてしまう作品。
TAP TAP and Other Stories (Greg Egan)
2008年12月 河出書房新社 <奇想コレクション>
<内容>
「新・口笛テスト」
「視 覚」
「ユージーン」
「悪魔の移住」
「散 骨」
「銀 炎」
「自警団」
「要 塞」
「森の奥」
「TAP」
<感想>
人気SF作家であるグレッグ・イーガンの短編集。日本で発表されるのは、これで4編目となる。今作は<奇想コレクション>で集められた作品ということもあり、SF色という面では若干薄いと感じられる。またイーガンの初期の作品も掲載されているので、今まで翻訳された作品とはまた違った印象をうけるものも含まれている。個人的には今回の作品群はややわかりづらいというものが多かったかなという感じがした。
一番印象に残った作品は「視覚」。これは、こんなアイディアをよく考え付くものだなというようなもの。最初は単なる幽体離脱ものかと思えたのだが、その幽体離脱のような現象を思いもよらない角度から攻めてゆくこととなる。内容よりも、そのアイディアに惹かれた一編。
他にもコマーシャルソングをテーマにした「新・口笛テスト」、天才の子供をさずかるために成した行為の行く末を描く「ユージーン」、奇怪なウイルスの発生源を突き止めようとする「銀炎」、環境難民という設定とホラーミステリーのような展開が印象に残る「要塞」などが秀逸。
そしてタイトルとなっている「TAP」がイーガンの作品を象徴するような中編として完成されている。殺人事件の謎を解きながら、脳内に組み込む装置によって、変質すると思われるアイデンティティについてを語りつくしていくという内容。
ディアスポラ Diaspora (Greg Egan)
1997年 出版
<内容>
30世紀、人類のほとんどは肉体を捨てて、人格や記憶をソフトウェア化して、ポリスと呼ばれるコンピュータ内の仮想現実都市で暮らしていた。そしてごく少数の人々だけが、ソフトウェア化を拒み、肉体を持った元々存在する人類のままとして生存していた。そうしたポリスのなかで、ソフトウェアの中から生まれた孤児ヤチマが見る人類の行く末とは・・・・・・
<感想>
ここまで来ると人類の進化とはとても思えない。もはや地球外生命体の生態を描いた作品のようにさえ思えてしまう。最初にソフトウェアの中から孤児としてヤチマが生まれ、その後、彼を中心とした物語が描かれてゆく。
たぶん物語の構造としては、さほど複雑ではないのであろう。登場人物も主人公ヤチマを含めた少数のみ。物語のあらすじを追っていくと、ヤチマの誕生と成長、ポリスという仮想現実都市のありよう、地球に訪れる危機、そして宇宙への進出。と、言葉にすれば簡単なはずであるのだが、実際に読んでいくと、ひとつひとつの描写があまりにも理解できなさすぎるのである。
だいぶ前に同じくイーガンの「順列都市」を読んだ時もややこしいと感じたのだが、この作品はそれ以上であるような気がする。まさに「順列都市」の進化系であり、ここまでくるとハードSFというよりは、ナノSFとでも言いたくなるような人の眼には見えないようなところで展開している物語。
わかりやすかったところと言えば、やはり肉体を持った人類が登場するところ。従来の人類が出てきてくれると、なんとなくホッとしてしまう。ただし、その肉体を持った人類に対して未曾有の危機が訪れ、それをソフトウェア化された人類であるヤチマらが思想の異なる彼らを助けようと奔走する。
そういったわかりやすく感じられるところもあったものの、ポリスという世界や宇宙へ進出するために進化をしていく人類のありようなど、分かりにくいというよりも想像が覚束ない場面が多かった。どうにも3次元を超えてしまうとついていくのが大変だ。
本書はSF界においては代表作と言われる大作であるのだが、とても一般向けとは言えなそうな作品。イーガンの作品はまずは短編集から入るほうが順序としては良いのだろう。また、本書はイーガンの長編作品を読むうえでも、後回しにしたほうがよさそうにも感じられる。とはいえ、最高のSF作品と言われるものがどのようなものか、とりあえず怖いもの見たさということで体感してみるのも良いのかもしれない。
ひとりっ子 Singleton and Other Stories (Greg Egan)
2006年 出版
<内容>
「行動原理」
「真 心」
「ルミナス」
「決断者」
「ふたりの距離」
「オラクル」
「ひとりっ子」
<感想>
イーガンならではのアイデンティティに比重をおいた短編集。今回も存分に難解なハードSFを堪能させられた。
「行動原理」「真心」「決断者」は、とある効果が得られるソフトウェアを体に注入するかどうかの迷いを描いている。そのどれもが、爆発的な効果があるというわけではなく、なんとなく、そのような状況になるというあいまいなもの。しかし、それらをインストールすることにより、心の平穏が得られるということのほうが肝心なところと考えられる。
「ルミナス」は、サーバーSFアクションのような出だしから始まるものの、行き着くところはほかの作品と同じようなもの。その行き着くところが数学的に表されているゆえに、内容を理解しにくい。
そうしたなかで、ソフトやハードを駆使して、行き着くところまで行ってしまったのが「二人の距離」。二人の距離を縮めようとすることで、孤独へといたるという結末に皮肉が効いている。
「オラクル」と「ひとりっ子」は実は対になっている作品であると、あとがきを読んでようやく気づかされる。よくよく読まなくても、大変重要な人物が両作品に登場していた。「オラクル」は時間改変もので、「ひとりっ子」は病気にならず死ぬことのない子供を作り出すという話。「ひとりっ子」のほうは、両親の苦悩を描いたものでそれなりに理解しやすいが、「オラクル」は内容を理解しにくい。ただ、「ひとりっ子」読了後に再度「オラクル」を読めば、作品へととっつきやすさがかわってくる。この2編はセットとして、繰り返し読むべき作品と感じられた。
ゼンデギ Zendegi (Greg Egan)
2010年 出版
<内容>
新聞社の特派員であるマーティンは、テヘランで大きな政治動乱に遭遇し、そこで取材を続けてゆく。その動乱が落ち着いた後、マーティンは現地の女性と結婚し息子・ジャヴィードをさずかる。
イラン人女性のナシムは10歳のときに、母親と共にアメリカへ亡命し、その後工科大学の研究室で生命情報科学を専門とする。そしてテヘランでの政治動乱が集結した後、母親が国へ帰ると言い、ナシムは一緒にテヘランへと戻ることとなる。
ジャヴィードと共に過ごすマーティンは、自分の死後、マーティンの成長を見守ることができないことを嘆き、VR体感ゲーム“ゼンデギ”の制作者のひとりであるナシムに頼み、自分自身をVR上にスキャンしてもらうことを頼むのであったが・・・・・・
<感想>
イーガンの作品としては意外と普通の作品であったような。アジアを感じさせるような作調になっており、なんとなく別のSF系の著者がよく描くような感じの小説であったかなと。
全体的に社会道徳というものを感じさせるような内容。イランでの政変であるとか、ネット社会おける特にVRに対する警句であるとか、さらには親と子の関係を通しての生き方であるとか、そういったものを問いただしつつ、何かを見出そうとしているような作品。
なんとなくではあるが、そうした問題点を色々と問いだしつつも、どこか飛び抜けたところへ到達するという内容ではなく、問題提起のままで終わってしまったように感じられた。ある意味、極めて人間的で、現実的な作品というようにも捉えられる。
白熱光 Incandescence (Greg Egan)
2008年 出版
<内容>
遥かな未来、融合世界に住むラケシュは、未知の生命が存在するという噂を聞き、長い旅路に出ようと試みる。一方、とある小さな世界に住む者たちは、自分たちが住む世界の物理的な秘密を紐解こうと心がけ、日々実験を繰り返すことに・・・・・・
<感想>
登場するもの達の風習が違う、文化が違う、形態が違う、生活環境が違う、さらには次元が違うといったところまで来た日には理解しようって言ったって無理に決まっている。そんな感じで、読み始めて理解できなく、途中、インターネットでこの作品を解説しているものを調べて、ようやく概要のみを理解することができ、それでなんとか読み進めていくことができた。
大雑把にいうと、余裕のある未来人が未知の生命体の噂を聞き、それを何万年もかけて、その存在を調べに行くというもの。そしてもう一つのパートは、その生命体が限られた世界のなかで生活し、そして自分たちの世界について実験を繰り返しながら理解をしていく。やがて二つのパートが・・・・・・と行きたいところであるが、そうは簡単に結びつかないというところも本書の目玉のひとつのよう。
大概の小説については先入観無しの状態から読んだほうが面白いと思われるが、この作品に関しては、あらかじめ知識を得ておいてから読んだほうがわかりやすいかもしれない。もちろん、何度も読み返すという人にとっては、そういった行為は不要なのであろう。
というわけで、人を選ぶ小説という気はするものの、最初からイーガンの小説を読む人など限られているか。でも本書のような、人間の感情が極力押し込められ、無機質な感触で読めるいかにもSF的な小説というものに心地よさを感じ取ることができるのも事実。あと、難しい難しいといいつつも、人間と異星人との接触というものは実はこういったものだとも考えさせられる作品。
プランク・ダイヴ The Planck Dive and Other Stories (Greg Egan)
2011年09月 早川書房 ハヤカワ文庫
<内容>
「クリスタルの夜」
「エキストラ」
「暗黒整数」
「グローリー」
「ワンの絨毯」
「プランク・ダイヴ」
「伝 播」
<感想>
積読となっていたイーガンの短編集。さらっと読もうと思いきや、どうやらこの作品集、イーガンの作品のなかでも難解な作品が収められているとのこと。それゆえか、最初のほうの作品はなんとか読めたが、後半にいたっては何が何やら・・・・・・
それでも、それなりに気づくことはいくつかある。「クリスタルの夜」は他のSF作品でもよくテーマにあげられる世界をシミュレーションで創る話。そして「エキストラ」は、クローンと移植に関する話。これらを読むと、そういったSF的なテーマがより具体的に科学的に語られるようになっていると気づかされる。かつては、途方もない技術であっても、徐々に現実の領域に近づきつつあるのかなと感じられてしまうほど。とはいえ、まだまだイーガンの頭のなかは現実よりも遠い未来の先を見据えているようにも思われる。
「暗黒整数」は、別の短編作品の続編となっている作品とのこと。数学の定理が世界を変えるという途方もない話。
「グローリー」は、異星人との接触を描いた作品と思われるが、その内容よりも異星人との接触の際の手順や方法などについてふと考えさせられた。
「ワンの絨毯」はイーガンの手による長編作品「ディアスポラ」の元となった短編のよう。
表題作「プランク・ダイヴ」は、ハードSFの最右翼と言っても過言ではない作品とのこと。宇宙レベルの壮大な物理学事件を見せつけられているよう。
「伝播」も同じく、宇宙を使っての壮大な実験という感じ。
SF作品とかは、今はわからなくても、また時間をおいて読めばわかるようになるかなと思って取って置いてあるものが多い。しかし、この作品については、再読して理解できる日がくるのかどうか・・・・・・
クロックワーク・ロケット The Clockwork Rocket (Greg Egan)
2011年 出版
<内容>
この世界とは別の物理法則に支配された宇宙。その世界において女性物理学者となったヤルダは、自分たちが住む惑星が壊滅の危機に瀕していることに気づいてしまう。その危機を脱すべく、彼女たちは巨大ロケットを建造して宇宙に乗り出すことにより時間を稼ぎ、そこで宇宙技術を発展させて惑星を救おうと考えるのであったが・・・・・・
<感想>
通常私は本を読むとき、あらすじを見ないなど、なるべく情報を取り入れないで読むことが多いのだが、イーガンの作品に関してはそれをあきらめることにした。何しろ設定がわかりにくいかつ、それを丁寧に説明してくれたりしないので、そのまま読むと最初から最後まで何もわからないまま終わってしまうことがままあるのだ。そんなわけで、この作品はあとがきをしっかりと読んでから読むこととした。
この作品は我々が住む世界とは異なる物理法則が働く世界であり、人類と似ているが異なる部分を要する者たちがすんでいる世界として描かれている。と、それだけでも把握しておけば、物語を読んでいて、その取っつきやすさが大きく変わることとなるであろう。何しろ、そういった世界観の説明などはほとんどなく、その特異な世界が当たり前という形で物語がどんどんと進行していくのである。
内容は、ひとりの物理学者となりゆく女性の人生が描かれるものである。そのヤルダという女性が、周囲の事象を物理学で表すことにより納得しつつ、その世界のありようを解明してくのである。この物理学的なものに関しては、ほぼ理解できないので(しかも我々の理解する物理学とは異なるものであるのだからなおさら)、それを把握することは既にあきらめてしまった。ただ、ヤルダという女性がたどる人生や、彼女が住む世界の行く末が描かれる物語に関しては、意外とわかりやすいので、純粋に物語として楽しみながら読んでいった。
本書のキモはというと、ヤルダが物理学を学んでいくうちに、世界にまもなく大災害が訪れることを予見してしまうこと。その災害を今の科学では回避することができないゆえに、ロケットに人々を乗せて旅立つことを考える。我々の世界ではロケットに人を乗せて長い間宇宙へ旅立つと“ウラシマ効果”と言われるものにより、地球上の時間のほうが速くが進んでしまう。しかし、この世界では“逆ウラシマ効果”なるものが働き、宇宙に出たもののほうが時間の進行が速く進むことになる。これを利用して、宇宙に旅立った人々が知識を高め、災害が起こる前に科学的に回避する方法を発見しようという試みが行われるのである。
また、それだけではなく、ここに登場する人々の生殖についても特筆すべきことがあり、それがヤルダの人生やその他の女性科学者たちに影を落とすものでもあるのだが、そういったことを回避しながらどのように事態を解決するかということが長いスパンで描かれる物語なのである。本書は3部作の1作目なので、まだ序章というところなのであろう。これから世代を超えて、危機を脱するための方策が練られてゆくことになると思われる。長らく積読としてしまったシリーズ作品であるが、来年中(2021年)には第2部、第3部と全て読み終えたいと思っている。
エターナル・フレイム The Eternal Flame (Greg Egan)
2012年 出版
<内容>
故郷の惑星が直交星群との衝突による滅亡を救うために宇宙に飛び立った巨大ロケット“孤絶”。ロケットが飛び立ってから数世代が経っていたものの、今だ解決策は見つかっていなかった。そうしたなか、ロケットの近くを通過する天体を発見し、それが新たな道を示すのではないかと・・・・・・。また、ロケット内部では人口の増加に関する問題も・・・・・・
<感想>
<直行>三部作の第2作品。このシリーズに関しては、順番に読んでいかなければ話が全くわからないと思われる。前作の後半で星を救うべく、大勢の人々が巨大ロケットに乗り込み世代に渡る研究を行うというもと宇宙へ旅立った。ただ、この作品では、巨大ロケット“孤絶”の中で過ごしているという詳しい説明抜きに、当たり前のように、そこで人々が暮らし、研究が進められている様子のみが描かれている。よって、この作品から読んだとしても、誰が何をしているのかさえ、全くわからないであろう(地球人とは異なる別の人種だと言うことさえも)。
今作では故郷の星を救うべく、研究が進められているようだが、光に関する物理的な実験を行っているという風にとらえられるだけで、果たしてそれが星を救う手がかりになるのかが全くわからない。それら実験とは別に新たなエネルギーのようなものは手に入ったようだが、この辺は最終巻でどのように扱われるのだろうかと頭をひねるのみ。ここまでの物理学的実証によって、果たして星は本当に救われるのであろうか?
今作では、ロケット内の実験と、あともうひとつ主人公ら種族(~人とかいった表記がないので書き表わしづらい)の生殖問題について言及されている。本来は、一組のカップル(双)によって、2組4人の子どもが生まれるというのが通常の出産となるのだが、ロケット内での人口抑制のため食事を制限し、子供を1組2人に抑えるということがなされている。そして、本書ではさらに別の形での出産の仕方が提言されるものとなっている。
と、そんな形で話が進められているのを、ページをめくりつつ、あとがきを先読みしつつ、前作のあとがきを確認しつつ、なんとか読み進めている。読み進めていると言っても、物理的な事象については理解していなく、なんとか物語の進行のみを追っているという状況。あとは、最終巻で本当に星を救うことができるのかということを確認するのみ。
アロウズ・オブ・タイム The Arrows of Time (Greg Egan)
2013年 出版
<内容>
母星から大型宇宙船“孤絶”で旅立ち、六世代が経過した後、直交星群に対する技術を発展させ、ついに故郷の惑星へと帰るめどがついた。しかし、帰還することにより、宇宙船の航行に危険が増すならば母星が破滅してもかまわないと主張するグループが表れ、対立することとなる。対立が激化するなか、彼らが見出したものとは・・・・・・
<感想>
<直行>三部作の完結編。最終巻になると世代も六世代目となり、技術的な発展は目覚ましいものとなっている・・・・・・らしいのだが、その書き方ゆえか、技術的に発展している様子があまり感じられないところが難、という感じ。実験についても、光に関する実験を行っているのみという感じで、あまりそれが直交星群に対する解決になっているのかどうかというものがよくわからなかった。
そうしたなかで、本書については、やたら揉めているなというのが強い印象。宇宙船のなかで育ってきた人々であるがゆえに、出立当初と比べれば、段々と思想とかも異なってくるというのはなるほどと思われた。確かに、見たこともない母星を救うためと言われても、実感がわかないのはいたしかたのないこと。そんな中でよく、宇宙船の内部でコミュニティが崩壊するような事件を起こさずに、やり遂げることができたなということこそが凄いことなのかもしれない。
最後の最後で大団円となるはずが、そこは何故かあっさり目に終わっている。故郷への帰還を考え始めたのが第六世代ゆえに、実際に星へと帰ってくれば、当然その倍となり、第12世代のものが母星へとたどり着くこととなる。そこで圧倒的な技術進歩を見せるだけではなく、宇宙船に乗っていたものが示すのは、自由な生き方について。このシリーズの最初の作品「クロックワーク・ロケット」では、主人公が不自由な生き方を強いられていたが、長い旅から戻って来たものは、生き方の自由な選択を人々に示すこととなる。科学的な進歩だけでなく、自由な生き方というものもこのシリーズを通しての大きなテーマの一つであったのかもしれない。
ビット・プレイヤー Bit Players and other stories (Greg Egan)
2019年03月 早川書房 ハヤカワ文庫SF
<内容>
「七色覚」
「不気味の谷」
「ビット・プレイヤー」
「失われた大陸」
「鰐乗り」
「孤児惑星」
<感想>
イーガンらしい作品集であるのだが、どの作品も設定はよいのだが、結末があやふやなままで終わってしまっていたものが多かったような。あくまでも設定ありきと言うことで、そういったところも、ひょっとするとイーガンらしさなのかもしれない。
「七色覚」は、ある種の超感覚的なものを手に入れた人々の話という気がしたのだが、なんとそれらを手にした者たちはただ単に不自由を強いられるだけというもの。何気に現実的すぎる話であるような。
「不気味の谷」は、遺産を相続したアンドロイドの話。しかもそのアンドロイドは、死者の記憶をAIに植え付けられたものなのである。そしてアンドロイドは、自分の知らない記憶をたどり、過去に起きた事件を掘り起こしてゆくこととなる。ちょっとしたミステリ的なテイストで語られる作品。ただ、最後にたどり着く真実についても劇的なものではなく、あくまでも普通の人生の流れという感じで静かに幕が引かれてゆく。
「ビット・プレイヤー」は、奇妙な物理的な法則が働く世界に目覚めた男の様相を描いている。そして男がこの世界の法則を見出していく話・・・・・・かと思いきや、中途半端なところで終わってしまっている。この辺は、短編ゆえに仕方のないところか。
「失われた大陸」は、暴動が起きた世界からタイムトラベルによって逃走する少年の様子を描いたもの。これがタイムトラベルという要素がなければ、難民の行く末を描いた作品と言う感じのものである。そして主人公の行く末は、これまたSFの割には、現実的な在りようで描かれたものとなっている。
「鰐乗り」と「孤独惑星」は、ほぼ似たようなテイストの作品。長時間にわたって生存することを獲得した人類(?)が、その長い時間を使って、未知の領域に冒険していくという物語。どちらもペアで旅してゆくという展開も似通ったところである。「孤児惑星」のほうが、「鰐乗り」よりも、ある程度目的を達成したというような感じではあった。