松本清張 <長編 推理小説・現代小説> 作品別 内容・感想

点と線   6.5点

1958年02月 光文社 単行本
1971年05月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 省庁に勤める男が、九州博多付近の海岸で女と共に死亡しているのが発見された。死亡していた男は汚職にからんでいたとみられ、それに悩んだ末に心中を起こしたとみなされる。福岡署の刑事の鳥飼は事件に対しておかしなものを感じていたとき、東京から汚職事件に関する捜査として警視庁の警部補・三原が訪れる。彼も事件にただならぬものを感じ、その真相を調べているという。やがて三原は、ひとりの人物を疑い始めるのだが、その男には強固なアリバイがあった。そのアリバイ崩しに挑む三原であったが・・・・・・

<感想>
 今更ながら(2023年)松本清張作品を手に取ってみようと思い、購入してみた次第。大昔に読んだような気もするのだが、内容は全く覚えていなかった。薄めの作品なので読みやすそうと思っていたら、なんとこの作品が処女長編とのこと。実は、そんな記念碑的作品。

 松本清張といえば、社会派ミステリという印象が強いのだが、本書は完全なるアリバイ崩しミステリ。社会的な背景の描写などは薄めなので、普通にミステリとして堪能できるものとなっている。これはなかなか面白かった。

 ただし単純なるミステリといえども、汚職事件を背景としていたり、その汚職に関わる者たちの人間関係を描いていたりと、しっかりとこの作品ならではの特色は出しているものと思われる。薄めの作品ゆえに、犯人像に関わる描写が物足りなかったようにも思えるが、これはこれで良かったかなと。松本清張作品の導入編としてはピッタリの作品であった。


ゼロの焦点   7点

1959年12月 光文社 カッパ・ノベルス
1971年02月 新潮社 新潮文庫

<内容>
 板根禎子は、見合いにより10歳年上の鵜原憲一と結婚することになった。憲一は広告代理店に勤めており、北陸を中心に勤務していた。この度辞令がおり、東京の本店勤めとなり、その整理のため一週間ばかり北陸へ出張してくることとなった。しかし、憲一は一週間が過ぎても帰ってこず、会社と禎子は警察に捜索願を出す。禎子は結婚したばかりで、よく知らない夫について調べようと思い、警察や夫の会社の社員の力を借りて、調査を進めていくのであったが・・・・・・

<感想>
「点と線」に続いて、今まであまり読んでこなかった松本清張氏の作品を読もうという試み。これは私自身が勝手に思い込んでいたことのようなのだが、清張氏の作品って読みにくそうだなと。しかし、読んでみたら全然で、すごく読みやすい。小難しい事ばかり書いている小説というような感じではなく、普通に読みやすいサスペンス小説として仕立て上げられている。

 本書の内容は失踪した夫の行方を妻が探すというもの。しかも、主人公である禎子は結婚したばかりであり、夫の過去を全く知らない。そこで、夫の過去も調べながら、夫の行方と人生を紐解いていくという内容になっている。さらには、この夫の失踪事件だけではなく、その後次々と事件が起き続けることとなり、読んでいて決して飽きないような展開がなされている。

 特に名探偵とかは出てこない作品なのであるが、主人公の禎子が名探偵といってもよさそうなほど洞察力がするどい。普通のOLであった女性が単独でどんどんと捜査を進めていく様子は、なんとも頼もしい。こんな主人公がいれば、名探偵などの出番はいらなくなってしまうだろう。

 あと、さすがに1959年に書かれた作品と言うことで時代性を感じてしまう。戦後すぐということで、アメリカ兵や進駐軍というものが普通にいた時代であったり、主人公の調査中に人の戸籍を簡単にみることができたりすることにも、昔の時代の作品というものを感じ取ることができる。

 普通にサスペンス小説として面白かった。しかも、事件の動機に社会的な背景をきっちりといれてきているところも心憎い。非常にうまくできた作品であった。これはもう少し、他の松本清張作品も読んでみようかなという気にさせられた。


黒い樹海   6.5点

1960年06月 講談社 単行本
1973年06月 講談社 講談社文庫
2024年12月 講談社 講談社文庫(新装版)

<内容>
 笠原祥子は、新聞記者として働いていた姉の信子が、旅行中に起きた事故により死亡したという知らせを受ける。東北へ旅行しているはずの姉は、何故か浜松で起きたバス事故により死亡していた。どうやら姉は、秘密裏に誰かと共に旅行していたようであった。その男は、事故が起きたときに姉を助けようともせずに逃げ去ったと考えられ、祥子はその男の正体を突き止めようと、姉が働いていた新聞社に就職し、情報を集めてゆく。祥子は社会部の記者の力を借りて、調査をしてゆくのだが、手掛かりがつかめたと思うと、その関係者が殺されるという事件が次々と起き・・・・・・

<感想>
 松本清張氏の復刊作品。本書は結構な頻度で映像化されている作品のようである。

 松本清張氏といえば、社会派ミステリを描く作家という印象。それゆえに、これもそのようなものかと思っていたのだが、今作については、特に何らかのテーマに基づいてというようなものではなかった。純然たるサスペンス・ミステリ作品と言って良いような内容。

 序盤は、事故で亡くなった姉の不倫相手を探すというもので、特に事件性は感じられなかった。そのテーマだけで、これだけ分厚いページ数の作品が描けるのかな? と思いきや、その後どんどんと殺人事件が起き続けてゆくという展開。そういう感じで話が進められてゆくゆえに、内容に興味を惹かれ、分厚いページ数にもかかわらず、一気読みしてしまった。

 最初は、不倫を隠すだけの話で、殺人なんて起こす必要があるのかなと思っていたのだが、結末で真犯人が示され、全容が明らかになったときには、なるほどと唸らされた。これは思いのほか、よくできているなと。もっと単純な構図の事件なのかと思っていたが、意外に思えるほど工夫がなされたミステリ作品となっていた。

 欠点としては、最初に多くの容疑者の名前が持ち上がったにもかかわらず、すぐに候補者が絞られてしまい、ほとんど意味なく終わってしまったというところは、どこかもったいなかったように思えた。不服であったところは、そんなところくらいで、基本的には満足のゆくサスペンス・ミステリに仕立て上げられていた。


考える葉   7点

1961年06月 角川書店 単行本
1962年05月 光文社 カッパ・ノベルス
1973年08月 角川書店 角川文庫
2013年05月 光文社 光文社文庫
2024年12月 角川書店 角川文庫(新装版)

<内容>
 街中で騒動を起こして、警察に逮捕された井上代造という男。井上は留置場のなかで、崎津広吉という青年に目を付ける。井上は彼に目をかけ、留置場から出た後に、仕事を世話するから尋ねてくるように伝える。その後、崎津は井上の薦めにより就職することとなるのだが、何やらわけのわからぬ騒動に巻き込まれることになり・・・・・・

<感想>
 読んでいる最中、この後どのような展開になるのかが全く読めない作品であった。最初に妙な迷惑男が町のなかで騒動を起こし、留置場に入れられる。そこでその井上という男は、留置場にいた崎津という青年に目を付け、彼に何かをさせようと画策していく。その青年が何らかの犯罪に巻き込まれてゆくのだろうなというところまでは、なんとなく予想ができた。

 しかし、その後は、留置場に入った奇妙な男と青年の話だけにとどまらず、色々なところにスポットが当てられるてゆく。書道家が硯職人のもとへ行った際に、硯の原石を狙って、近くをうろつき妙な男の話になったり、井上という男が鉄鋼業を営む青年実業家と組んでなんらかの計画を練っていたり、とある鉱石場跡地でホームレスの死体が発見されたり、外国の政府が日本に略奪された物資を探すためにやってくるという話が持ち上がったり、等々。

 といった色々な事象が述べられた後に起こるとある事件をきっかけに、ようやく話が一つの方向にまとまり始め、一筋の道を照らしてゆくこととなる。そして、本書における探偵役がその後単独で捜査をしていくこととなるのだが、それが本書を読み始めたときには、思いもよらなかった人物であり、そこにまた驚かされてしまうこととなる。

 そうして後半は、あとは一本道というか、今まで起きた事件を辿り、ひとつなぎに結んでいく作業となる。そうしてうまくまとめられた結末が待ち受けていると思いきや、最後の最後でもう一波乱起き、驚かされてしまうこととなった。いやはや、これは最後の最後まで油断できない作品であった。

 復刊されて知ることとなり、手に取ったこの作品であるが、松本清張がこのような冒険ミステリのようなタイプの作品まで描いていたのかと感嘆させられてしまった。一部のマニアックな人しかしらない良質なミステリがまだまだ隠れていそうである。


草の陰刻   6点

1965年11月 講談社 単行本
1971年07月 講談社 講談社文庫
2025年01月 講談社 講談社文庫(上下:新装版)

<内容>
 松山地方検察庁の地方支部の倉庫から出火し、事務官のひとりが焼死、そしてもうひとりの事務官が行方不明となった。行方不明となった事務官はすぐに見つかったのだが、彼が言うのは当直の現場を離れたことの責任を感じ、逃げてしまったのだと。検事の瀬川良一は、その事務官の話の中で、出火が作為的なものではないかと考え始める。そこで、倉庫から紛失したものがないかを調べ始めると、ある年の刑事事件簿が紛失していることに気づく。瀬川がその件について調べ始めると、過去の未解決事件が浮かび上がることとなり・・・・・・

<感想>
 かなり長めの作品。松本清張氏の作品というと、一般の人が探偵役を務めることが多いイメージであるが、ここでは検事が探偵役を務めており、全体的に引き締まった作品という感じに思えた。ただ、一検事では、警察のような捜査件があるわけでもなく、思ったように調査を進めることができないというジレンマも垣間見えることができる。

 事件は四国松山で起きた検察庁の火事から始まる。その火事の原因・調査を進めていくうちに、過去に起きた未解決事件が掘り起こされることとなる。さらには、その事件関係者が名前を変えて国会議員となっていることを突き止める。調査を進めてゆく瀬川検事であったが、火事の責任により、前橋へと転勤になるものの、容疑者との距離は近くなり、さらなる捜査を単独で進めていくこととなる。

 一部、偶然によるところもあるにせよ、瀬川検事がどんどんと事件の核心へと迫っていく過程が描かれている。そうしたなかで、事件の裏の事情の一部を知っていると思われる大賀冴子という女生と出会い、何故かギクシャクしながらも、少しずつその仲を進めてゆく過程も描かれている。

 全体的に長いと思いつつも、うまく事件のルートを構築し、その真相までの道筋を主人公に辿らせていると感嘆させられる。なかなか深みのある事件が描かれているなと感じられた。ただ、結末については、ここまで事件を辿ってきて、それはないんじゃないかというものとなっている。その点だけが納得いかなかった。真犯人を検挙できそうな一歩手前までたどり着きながら、そこで宙ぶらりんになってしまうのは、どうなのかとしか言いようがない。ひょっとして、この作品、過去の起きた未解決事件云々よりも、大賀冴子に関する秘められた話の方こそが焦点だったということなのであろうか。


二重葉脈   6点

1967年11月 光文社 カッパ・ノベルス
1974年05月 角川書店 角川文庫
2025年01月 角川書店 角川文庫(新装版)

<内容>
 大手電機メーカーのイコマ電器が倒産した。下請け業者たちは、自分たちの会社も道連れに倒産しかねないとし、隠し金を持っていると噂される生駒社長から賠償金を受け取ろうと奔走する。一方、生駒社長ら、イコマ電器の重役らは、姿を消して、旅に出たりと、負債者の要求をかわし続ける。そんな折、重役のひとりの行方がわからなくなり、やがて捜査願いが出されることに。後に、殺人による被害者が出ることとなり、警察が本格的に捜査を行うこととなり・・・・・・

<感想>
 今年新装版が出た松本清張作品。アリバイを重視したミステリ作品という感じの内容。ただ、この作品、前半部分が余計であった。

 最初、企業が倒産したという話から始まり、その後は倒産した会社の社長や重役たちが、行き先を告げずに旅行に行き、戻って来たかと思えば、また姿を消しの繰り返し。一応、ひとりは行方がわからなくなって捜索願いが出されるものの、事件かどうかもわからず、あやふやな状態なまま物語が同じテンションで進行し続けるというもの。それが中盤を過ぎて事件性が浮かび上がり、そこからようやくミステリらしき展開となって行く。

 結構厚めのページ数の作品であったので、なおさら前半部分はいらなかったなと思ってしまう。最初から事件ありきで、どんどんと進めていったほうが良かったのではないかと。事件が浮かび上がってからは、どんどんと話が進み、しかも死体の数も増え、という感じになっていった。後半だけを見たら、かなり濃密なサスペンス・ミステリと言えるような内容になっていた。

 と、何気に見せ場も結構ある(ただし、あくまでも後半)作品なので、ミステリとして面白かった。全体的に、内容を絞ってもらいたかったところと、倒産企業の中身があまり精査されていなかったところがもったいなかったような気がした。せっかく企業の倒産を描いた作品ゆえに、もう少しそこのところにスポットを当ててもよかったように思われる。まぁ、それでも後半に読み応えがあったので、満足のいった作品であった。


Dの複合   6点

1968年07月 光文社 カッパ・ノベルス
1973年12月 新潮社 新潮文庫
2003年01月 新潮社 新潮文庫(改版)

<内容>
 作家の伊瀬忠隆は、天地社の編集者である浜中と組んで、旅行雑誌に“僻地に伝説を探る旅”というテーマでの連載を始めることとなった。それにより、浜中と共に、各地を巡ることとなる。その旅先で起きる奇妙な出来事。死体を埋めたという投書により、現地の警察が捜索を始めた現場に出くわしたり、雑誌の連載を見て気になったことがあるという読者が殺害されたり。さらには、評判であったはずの連載が、一方的に打ち切りを告げられることとなってしまう。伊瀬は、この雑誌で書いたテーマの裏には何かが潜んでいるのではないかと考え始め・・・・・・

<感想>
 松本清張氏の作品のなかでも異色たりえるものではなかろうか。一風変わった旅情ミステリ。

 序盤は編集者と共に主人公の作家が各地をまわる様子が描かれている。これを見ていると、当時の作家と編集者という立場と、どのように仕事を進めていくかという過程が描かれているように感じられた。実際に清張氏の経験を元に描かれたのではないかと想像してしまう。

 序盤から中盤にかけては、やや不可解な事は起こりつつも、主人公らが積極的に取り組むような事件が起きているわけではないので、本当にただの旅小説兼民俗学小説のような趣きであった。後半に入ってようやく事件らしいものが起きて、そこから様相が徐々に変化していくこととなる。

 本書は、読み終えてみると、探偵が何らかの推理をして、事件を解き明かしていくというようなものではないことが分かる。実はこの作品は、謀略小説に近いようなものであり、とある目的に沿って、最初から最後まで展開し続けていたものだということが明らかになる。そんなわけで、従来のミステリと比べると、ちょっと変わった趣向の作品であった。序盤はやや退屈であったものの、後半はそれなりに面白く、全体的には充分に楽しめた作品。


ガラスの城   7点

1976年09月 講談社 単行本
1979年12月 講談社 講談社文庫
2023年11月 講談社 講談社文庫(新装版)

<内容>
 東亜製鋼株式会社の課長・杉岡が会社の慰安旅行の際に行方不明となる。その後、課長はバラバラ死体となって発見される。同社の職員である三上田鶴子は、慰安旅行の際に杉岡が誰かと逢引きしているのを目撃しており、当日に何が起こっていたのか気になっていた。そこで鶴子は単独で事件を調べ、それを手記に残し・・・・・・

<感想>
 本書がドラマ化されることとなった記念に復刊された作品。この作品においては、過去にも何回かドラマ化されているもよう。松本清清張氏の作品を色々と読みたいと思っていたところだが、著書が多すぎてどれから読めばいいかわからないと思っていたところに、本書が復刊されたので、これを機に手に取ってみた次第。

 会社での出世争いや、女性職員同士の確執を背景に描いた作品。といっても、社内で起こる諍いをかいたものではなく、会社の慰安旅行の際に行方不明となり、その後死体で発見された課長の死を巡る物語となっている。その事件について、ひとりの女性職員が手記をとりつつ、単独捜査を行うものとなっている。

 清張氏の作品をいくつか読んだ中で、一般の人々が主人公となることが多いのだが、それらの人々の洞察力が凄すぎるのが気になるところ。一般の人々がまるで警察並みの洞察力を持って事件の推理を行っているのである。本書も、一般の女性職員が、何故ここまで情熱をもって捜査をするのだろうと不思議に思いつつ、警察顔負けの捜査をしてゆくところも首をひねりつつも、その情景に圧倒されて読まされていく。ちなみに、何故女性職員がここまで捜査をしなければならないのかという問いについては、後に明らかになるように描かれている。

 これは結構面白い作品であった、ドラマ化による復刊がなされなければ、読み逃していた作品だと思えるので、これは読めて良かった。第一部と第二部とにわけられる構成と、また作中におけるとある行為がミステリ上における重要なキーとなっているところに感嘆させられる。これは純粋にミステリとしてなかなかの試みが行われている作品と言えよう。

 本書における欠点はやや、犯行方法がややこしいところにあると思われる。そこがもっと明快に描かれていたら、清張氏の作品のなかでも代表作になっていたかもしれない。しかし、この作品、“本”としての体裁で書かれることが重要なミステリであると思われたのだが、ドラマ化された場合はどのように描かれるのだろうかと興味を抱いてしまう。ただ、ドラマ化された場合には、男女の愛憎劇のみが強調されて、ミステリ部分はおざなりになってしまうのかなという感じもする。




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