松本清張 <短編・その他>作品別 内容・感想

或る『小倉日記』伝   

1965年07月 新潮社 新潮文庫(傑作短編集一)

<内容>
 「或る『小倉日記』伝」  「菊 枕」
 「火の記憶」
 「断 碑」
 「笛 壺」
 「赤いくじ」
 「父系の指」
 「石の骨」
 「青のある断層」
 「喪 失」
 「弱 味」
 「箱根心中」

<感想>
 芥川賞を受賞している「或る『小倉日記』伝」を含む作品集。全体的にミステリではなく、様々な人々の人生とその感情を描き上げた作品集。

「或る『小倉日記』伝」は実在の人物を主人公として、描き上げたものである。体が不自由なことから孤独を強いられた青年が森鴎外の研究を単独で進めていく様子が描かれている。その研究の道中における苦難や葛藤の様子を描き上げているのだが、そのへんの感情表現はあくまでも清張氏の空想であろう。ただ、たとえ空想であっても、うまく人間を描き出していると感嘆させられるものとなっている。

 その他にも実在の人物を用いて、「或る『小倉日記』伝」と同様な形で描き上げた作品がある。女流俳人の苦悩と孤独を、狂気的でヒステリックに表していると感じてしまう「菊枕」。時流から外れても、ただひとり攻撃的な発言を繰り返し続ける考古学者を描いた「断碑」。

 その他もテーマはそれぞれ異なるが、作品の中心となる人物の感情的な描写をまざまざと描き上げている。一見、難しそうな内容に見えるのだが、清張氏が書いているだけあって、どの作品も非常に読みやすかった。松本清張流の文学作品として楽しめる作品集。


黒地の絵      6.5点

1965年10月 新潮社 新潮文庫(傑作短編集二)

<内容>
 「二 階」
 「拐帯行」
 「黒地の絵」
 「装飾評伝」
 「真贋の森」
 「紙の牙」
 「空白の意匠」
 「草 笛」
 「確 証」

<感想>
 同作品集の1作目と比べると、ややミステリっぽいものも、ちらほら見られるようになってきたかなと。ただ、本書についても1作目の流れと同じで、松本清張氏が力を入れて描いたテーマというものを感じ取ることのできる内容のものが集められている。

 その中で、「装飾評伝」という実在の人物を扱った・・・・・・と思いきや、あとがきにて、じつはこの作品は架空の人物について描いたものだと書かれていた。てっきり、実在の人物について描いた作品だと思っていたので驚かされた。これはあとがきに書いてなければ、そのまま誤解していただろう。短編集の1作目で、実在の人物の人生を描いた作品が書かれていたので、てっきりこれもと思い込んでしまった。

「黒地の絵」は、このテーマを取り上げたところが松本清張氏らしいとも言えよう。その当時、ほとんど公にされなかった“小倉黒人米兵集団脱走事件”というものを取り扱っている。その事件の裏で、公にされなかった被害者の様相が描かれている。

「真贋の森」は、ひとりの埋もれた美術学者の人生と、その胸の内から計画されてゆく贋作事件を描いた作品。そして念を入れて計画した贋作事件がほころびが出る様子については、無常とも現実的とも言うようなものを感じ取ることができる。

 その他、男女の関係から起きる事件を描いたものが多かったように思われた。「確証」で行われた、性病を用いて不倫相手を暴こうとする行為には何とも言えないものを感じてしまった。


「二階」 無理をして療養先から帰ってきた夫と雇われた看護婦は妻の目の届かぬ二階で何を・・・・・・
「拐帯行」 男は女と共に心中しようと会社の金を横領して決行を謀ったが、とある夫婦と出会い・・・・・・
「黒地の絵」 朝鮮戦争のさなか、日本経由で滞在していた米軍の黒人兵たちが脱走を図り・・・・・・
「装飾評伝」 異端の画家、名和薛治の生涯と交友。
「真贋の森」 宅田伊作は美術界の権力者から嫌われ、まともな職に就くことができなかった。そんな宅田が一つの贋作を見たときに、とある計画を思いつき・・・・・・
「紙の牙」 役所の厚生課長は、不倫をネタに新聞記者らから脅され、言うことを聞かざるを得なくなり・・・・・・
「空白の意匠」 地方のQ新聞は、誤報記事を出してしまい、スポンサーらか睨まれ、対処に追われることとなり・・・・・・
「草笛」 年上の女との出会いと、その女が抱えていた秘密を・・・・・・
「確証」 男は妻の不貞を疑い、自分の性病を妻に移し、真相をうかがおうとするのであったが・・・・・・


張込み   6.5点

1965年12月 新潮社 新潮文庫(傑作短編集五)

<内容>
 「張込み」
 「顔」
 「声」
 「地方紙を買う女」
 「鬼 畜」
 「一年半待て」
 「投 影」
 「カルネアデスの舟板」

<感想>
 松本清張の作品を色々と読んでみようと思ったなか、そういえば短編作品に関しては読んだ記憶がなかったので、短編集を購入して読んでみることにした。とりあえず手に取ってみたのはこの「張込み」という作品集。これが、なかなか面白かった。

 社会派ミステリの重鎮と言われるだけあって、しっかりとした内容の作品が書かれている。どの作品も、それぞれの登場人物がどのような経緯で犯罪に手を染めたのか、もしくは犯罪に巻き込まれたのかがしっかりと描かれている。また、そこにさらにしっかりと社会的な事情も含めて描いていることにより、作品がさらに重みを増すこととなっている。

 内容については色々で、人情物もあれば、“鬼畜”というタイトルの通り、凄惨なものも含まれている。ただ、その凄惨さもサイコパス的なものではなく、やむにやまれぬ事情といった悲しみから来るものであるところがなんともやるせない。

 時代背景として、戦後を感じさせる作品ばかりになっていて、どこかなつかしい。「投影」の地方の小さな地域での政治の様相や、「カルネアデスの舟板」の大学教授と教科書にまつわる利潤などといった、一風変わった背景を堪能できるところも本書の特徴であると思われる。


「張込み」 容疑者が出没すると考えられた、昔の女のもとを刑事は張込み続け・・・・・・
「顔」 俳優の男は自分が有名になったことにより、過去の犯罪がとある男によって暴き出されるのではないかと心配しはじめ・・・・・・
「声」 強盗犯の声を聴いてしまった電話交換手の顛末。
「地方紙を買う女」 女は、自身の身元とは関係ないはずの地方紙を何故購読したのか? そして突如購読を止めた理由は??
「鬼畜」 不倫相手の息子・娘を自分の家庭で預からなければならなくなった男の顛末。
「一年半待て」 保険外交員をしていた妻が、ひもとなって不倫をした夫を殺害するまでの顛末。
「投影」 都落ちした新聞記者は、地方紙の記者として勤めることとなり・・・・・・
「カルネアデスの舟板」 羽振りの良い大学教授は、放校された恩師の後押しをし、大学に戻す手伝いをしたものの・・・・・・




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