<内容>
省庁に勤める男が、九州博多付近の海岸で女と共に死亡しているのが発見された。死亡していた男は汚職にからんでいたとみられ、それに悩んだ末に心中を起こしたとみなされる。福岡署の刑事の鳥飼は事件に対しておかしなものを感じていたとき、東京から汚職事件に関する捜査として警視庁の警部補・三原が訪れる。彼も事件にただならぬものを感じ、その真相を調べているという。やがて三原は、ひとりの人物を疑い始めるのだが、その男には強固なアリバイがあった。そのアリバイ崩しに挑む三原であったが・・・・・・
<感想>
今更ながら(2023年)松本清張作品を手に取ってみようと思い、購入してみた次第。大昔に読んだような気もするのだが、内容は全く覚えていなかった。薄めの作品なので読みやすそうと思っていたら、なんとこの作品が処女長編とのこと。実は、そんな記念碑的作品。
松本清張といえば、社会派ミステリという印象が強いのだが、本書は完全なるアリバイ崩しミステリ。社会的な背景の描写などは薄めなので、普通にミステリとして堪能できるものとなっている。これはなかなか面白かった。
ただし単純なるミステリといえども、汚職事件を背景としていたり、その汚職に関わる者たちの人間関係を描いていたりと、しっかりとこの作品ならではの特色は出しているものと思われる。薄めの作品ゆえに、犯人像に関わる描写が物足りなかったようにも思えるが、これはこれで良かったかなと。松本清張作品の導入編としてはピッタリの作品であった。
<内容>
板根禎子は、見合いにより10歳年上の鵜原憲一と結婚することになった。憲一は広告代理店に勤めており、北陸を中心に勤務していた。この度辞令がおり、東京の本店勤めとなり、その整理のため一週間ばかり北陸へ出張してくることとなった。しかし、憲一は一週間が過ぎても帰ってこず、会社と禎子は警察に捜索願を出す。禎子は結婚したばかりで、よく知らない夫について調べようと思い、警察や夫の会社の社員の力を借りて、調査を進めていくのであったが・・・・・・
<感想>
「点と線」に続いて、今まであまり読んでこなかった松本清張氏の作品を読もうという試み。これは私自身が勝手に思い込んでいたことのようなのだが、清張氏の作品って読みにくそうだなと。しかし、読んでみたら全然で、すごく読みやすい。小難しい事ばかり書いている小説というような感じではなく、普通に読みやすいサスペンス小説として仕立て上げられている。
本書の内容は失踪した夫の行方を妻が探すというもの。しかも、主人公である禎子は結婚したばかりであり、夫の過去を全く知らない。そこで、夫の過去も調べながら、夫の行方と人生を紐解いていくという内容になっている。さらには、この夫の失踪事件だけではなく、その後次々と事件が起き続けることとなり、読んでいて決して飽きないような展開がなされている。
特に名探偵とかは出てこない作品なのであるが、主人公の禎子が名探偵といってもよさそうなほど洞察力がするどい。普通のOLであった女性が単独でどんどんと捜査を進めていく様子は、なんとも頼もしい。こんな主人公がいれば、名探偵などの出番はいらなくなってしまうだろう。
あと、さすがに1959年に書かれた作品と言うことで時代性を感じてしまう。戦後すぐということで、アメリカ兵や進駐軍というものが普通にいた時代であったり、主人公の調査中に人の戸籍を簡単にみることができたりすることにも、昔の時代の作品というものを感じ取ることができる。
普通にサスペンス小説として面白かった。しかも、事件の動機に社会的な背景をきっちりといれてきているところも心憎い。非常にうまくできた作品であった。これはもう少し、他の松本清張作品も読んでみようかなという気にさせられた。
<内容>
「張込み」
「顔」
「声」
「地方紙を買う女」
「鬼 畜」
「一年半待て」
「投 影」
「カルネアデスの舟板」
<感想>
松本清張の作品を色々と読んでみようと思ったなか、そういえば短編作品に関しては読んだ記憶がなかったので、短編集を購入して読んでみることにした。とりあえず手に取ってみたのはこの「張込み」という作品集。これが、なかなか面白かった。
社会派ミステリの重鎮と言われるだけあって、しっかりとした内容の作品が書かれている。どの作品も、それぞれの登場人物がどのような経緯で犯罪に手を染めたのか、もしくは犯罪に巻き込まれたのかがしっかりと描かれている。また、そこにさらにしっかりと社会的な事情も含めて描いていることにより、作品がさらに重みを増すこととなっている。
内容については色々で、人情物もあれば、“鬼畜”というタイトルの通り、凄惨なものも含まれている。ただ、その凄惨さもサイコパス的なものではなく、やむにやまれぬ事情といった悲しみから来るものであるところがなんともやるせない。
時代背景として、戦後を感じさせる作品ばかりになっていて、どこかなつかしい。「投影」の地方の小さな地域での政治の様相や、「カルネアデスの舟板」の大学教授と教科書にまつわる利潤などといった、一風変わった背景を堪能できるところも本書の特徴であると思われる。
「張込み」 容疑者が出没すると考えられた、昔の女のもとを刑事は張込み続け・・・・・・
「顔」 俳優の男は自分が有名になったことにより、過去の犯罪がとある男によって暴き出されるのではないかと心配しはじめ・・・・・・
「声」 強盗犯の声を聴いてしまった電話交換手の顛末。
「地方紙を買う女」 女は、自身の身元とは関係ないはずの地方紙を何故購読したのか? そして突如購読を止めた理由は??
「鬼畜」 不倫相手の息子・娘を自分の家庭で預からなければならなくなった男の顛末。
「一年半待て」 保険外交員をしていた妻が、ひもとなって不倫をした夫を殺害するまでの顛末。
「投影」 都落ちした新聞記者は、地方紙の記者として勤めることとなり・・・・・・
「カルネアデスの舟板」 羽振りの良い大学教授は、放校された恩師の後押しをし、大学に戻す手伝いをしたものの・・・・・・
<内容>
東亜製鋼株式会社の課長・杉岡が会社の慰安旅行の際に行方不明となる。その後、課長はバラバラ死体となって発見される。同社の職員である三上田鶴子は、慰安旅行の際に杉岡が誰かと逢引きしているのを目撃しており、当日に何が起こっていたのか気になっていた。そこで鶴子は単独で事件を調べ、それを手記に残し・・・・・・
<感想>
本書がドラマ化されることとなった記念に復刊された作品。この作品においては、過去にも何回かドラマ化されているもよう。松本清清張氏の作品を色々と読みたいと思っていたところだが、著書が多すぎてどれから読めばいいかわからないと思っていたところに、本書が復刊されたので、これを機に手に取ってみた次第。
会社での出世争いや、女性職員同士の確執を背景に描いた作品。といっても、社内で起こる諍いをかいたものではなく、会社の慰安旅行の際に行方不明となり、その後死体で発見された課長の死を巡る物語となっている。その事件について、ひとりの女性職員が手記をとりつつ、単独捜査を行うものとなっている。
清張氏の作品をいくつか読んだ中で、一般の人々が主人公となることが多いのだが、それらの人々の洞察力が凄すぎるのが気になるところ。一般の人々がまるで警察並みの洞察力を持って事件の推理を行っているのである。本書も、一般の女性職員が、何故ここまで情熱をもって捜査をするのだろうと不思議に思いつつ、警察顔負けの捜査をしてゆくところも首をひねりつつも、その情景に圧倒されて読まされていく。ちなみに、何故女性職員がここまで捜査をしなければならないのかという問いについては、後に明らかになるように描かれている。
これは結構面白い作品であった、ドラマ化による復刊がなされなければ、読み逃していた作品だと思えるので、これは読めて良かった。第一部と第二部とにわけられる構成と、また作中におけるとある行為がミステリ上における重要なキーとなっているところに感嘆させられる。これは純粋にミステリとしてなかなかの試みが行われている作品と言えよう。
本書における欠点はやや、犯行方法がややこしいところにあると思われる。そこがもっと明快に描かれていたら、清張氏の作品のなかでも代表作になっていたかもしれない。しかし、この作品、“本”としての体裁で書かれることが重要なミステリであると思われたのだが、ドラマ化された場合はどのように描かれるのだろうかと興味を抱いてしまう。ただ、ドラマ化された場合には、男女の愛憎劇のみが強調されて、ミステリ部分はおざなりになってしまうのかなという感じもする。
<内容>
作家の伊瀬忠隆は、天地社の編集者である浜中と組んで、旅行雑誌に“僻地に伝説を探る旅”というテーマでの連載を始めることとなった。それにより、浜中と共に、各地を巡ることとなる。その旅先で起きる奇妙な出来事。死体を埋めたという投書により、現地の警察が捜索を始めた現場に出くわしたり、雑誌の連載を見て気になったことがあるという読者が殺害されたり。さらには、評判であったはずの連載が、一方的に打ち切りを告げられることとなってしまう。伊瀬は、この雑誌で書いたテーマの裏には何かが潜んでいるのではないかと考え始め・・・・・・
<感想>
松本清張氏の作品のなかでも異色たりえるものではなかろうか。一風変わった旅情ミステリ。
序盤は編集者と共に主人公の作家が各地をまわる様子が描かれている。これを見ていると、当時の作家と編集者という立場と、どのように仕事を進めていくかという過程が描かれているように感じられた。実際に清張氏の経験を元に描かれたのではないかと想像してしまう。
序盤から中盤にかけては、やや不可解な事は起こりつつも、主人公らが積極的に取り組むような事件が起きているわけではないので、本当にただの旅小説兼民俗学小説のような趣きであった。後半に入ってようやく事件らしいものが起きて、そこから様相が徐々に変化していくこととなる。
本書は、読み終えてみると、探偵が何らかの推理をして、事件を解き明かしていくというようなものではないことが分かる。実はこの作品は、謀略小説に近いようなものであり、とある目的に沿って、最初から最後まで展開し続けていたものだということが明らかになる。そんなわけで、従来のミステリと比べると、ちょっと変わった趣向の作品であった。序盤はやや退屈であったものの、後半はそれなりに面白く、全体的には充分に楽しめた作品。
<内容>
「或る『小倉日記』伝」
「菊 枕」
「火の記憶」
「断 碑」
「笛 壺」
「赤いくじ」
「父系の指」
「石の骨」
「青のある断層」
「喪 失」
「弱 味」
「箱根心中」
<感想>
芥川賞を受賞している「或る『小倉日記』伝」を含む作品集。全体的にミステリではなく、様々な人々の人生とその感情を描き上げた作品集。
「或る『小倉日記』伝」は実在の人物を主人公として、描き上げたものである。体が不自由なことから孤独を強いられた青年が森鴎外の研究を単独で進めていく様子が描かれている。その研究の道中における苦難や葛藤の様子を描き上げているのだが、そのへんの感情表現はあくまでも清張氏の空想であろう。ただ、たとえ空想であっても、うまく人間を描き出していると感嘆させられるものとなっている。
その他にも実在の人物を用いて、「或る『小倉日記』伝」と同様な形で描き上げた作品がある。女流俳人の苦悩と孤独を、狂気的でヒステリックに表していると感じてしまう「菊枕」。時流から外れても、ただひとり攻撃的な発言を繰り返し続ける考古学者を描いた「断碑」。
その他もテーマはそれぞれ異なるが、作品の中心となる人物の感情的な描写をまざまざと描き上げている。一見、難しそうな内容に見えるのだが、清張氏が書いているだけあって、どの作品も非常に読みやすかった。松本清張流の文学作品として楽しめる作品集。
<内容>
笠原祥子は、新聞記者として働いていた姉の信子が、旅行中に起きた事故により死亡したという知らせを受ける。東北へ旅行しているはずの姉は、何故か浜松で起きたバス事故により死亡していた。どうやら姉は、秘密裏に誰かと共に旅行していたようであった。その男は、事故が起きたときに姉を助けようともせずに逃げ去ったと考えられ、祥子はその男の正体を突き止めようと、姉が働いていた新聞社に就職し、情報を集めてゆく。祥子は社会部の記者の力を借りて、調査をしてゆくのだが、手掛かりがつかめたと思うと、その関係者が殺されるという事件が次々と起き・・・・・・
<感想>
松本清張氏の復刊作品。本書は結構な頻度で映像化されている作品のようである。
松本清張氏といえば、社会派ミステリを描く作家という印象。それゆえに、これもそのようなものかと思っていたのだが、今作については、特に何らかのテーマに基づいてというようなものではなかった。純然たるサスペンス・ミステリ作品と言って良いような内容。
序盤は、事故で亡くなった姉の不倫相手を探すというもので、特に事件性は感じられなかった。そのテーマだけで、これだけ分厚いページ数の作品が描けるのかな? と思いきや、その後どんどんと殺人事件が起き続けてゆくという展開。そういう感じで話が進められてゆくゆえに、内容に興味を惹かれ、分厚いページ数にもかかわらず、一気読みしてしまった。
最初は、不倫を隠すだけの話で、殺人なんて起こす必要があるのかなと思っていたのだが、結末で真犯人が示され、全容が明らかになったときには、なるほどと唸らされた。これは思いのほか、よくできているなと。もっと単純な構図の事件なのかと思っていたが、意外に思えるほど工夫がなされたミステリ作品となっていた。
欠点としては、最初に多くの容疑者の名前が持ち上がったにもかかわらず、すぐに候補者が絞られてしまい、ほとんど意味なく終わってしまったというところは、どこかもったいなかったように思えた。不服であったところは、そんなところくらいで、基本的には満足のゆくサスペンス・ミステリに仕立て上げられていた。
<内容>
街中で騒動を起こして、警察に逮捕された井上代造という男。井上は留置場のなかで、崎津広吉という青年に目を付ける。井上は彼に目をかけ、留置場から出た後に、仕事を世話するから尋ねてくるように伝える。その後、崎津は井上の薦めにより就職することとなるのだが、何やらわけのわからぬ騒動に巻き込まれることになり・・・・・・
<感想>
読んでいる最中、この後どのような展開になるのかが全く読めない作品であった。最初に妙な迷惑男が町のなかで騒動を起こし、留置場に入れられる。そこでその井上という男は、留置場にいた崎津という青年に目を付け、彼に何かをさせようと画策していく。その青年が何らかの犯罪に巻き込まれてゆくのだろうなというところまでは、なんとなく予想ができた。
しかし、その後は、留置場に入った奇妙な男と青年の話だけにとどまらず、色々なところにスポットが当てられるてゆく。書道家が硯職人のもとへ行った際に、硯の原石を狙って、近くをうろつき妙な男の話になったり、井上という男が鉄鋼業を営む青年実業家と組んでなんらかの計画を練っていたり、とある鉱石場跡地でホームレスの死体が発見されたり、外国の政府が日本に略奪された物資を探すためにやってくるという話が持ち上がったり、等々。
といった色々な事象が述べられた後に起こるとある事件をきっかけに、ようやく話が一つの方向にまとまり始め、一筋の道を照らしてゆくこととなる。そして、本書における探偵役がその後単独で捜査をしていくこととなるのだが、それが本書を読み始めたときには、思いもよらなかった人物であり、そこにまた驚かされてしまうこととなる。
そうして後半は、あとは一本道というか、今まで起きた事件を辿り、ひとつなぎに結んでいく作業となる。そうしてうまくまとめられた結末が待ち受けていると思いきや、最後の最後でもう一波乱起き、驚かされてしまうこととなった。いやはや、これは最後の最後まで油断できない作品であった。
復刊されて知ることとなり、手に取ったこの作品であるが、松本清張がこのような冒険ミステリのようなタイプの作品まで描いていたのかと感嘆させられてしまった。一部のマニアックな人しかしらない良質なミステリがまだまだ隠れていそうである。
<内容>
都内にて放置された盗難車両から青年の変死体が発見される。新聞記者である神尾はその事件の発見者であり、やがて被害者が新潟の資産家の娘・山津瑛子の婚約者であることを突き止める。すると、その当の山津瑛子が東京を訪れ、神尾に対し、事件に不審なものを感じるのだと告げる。その後、新潟で瑛子が行方不明になるという事件が起き・・・・・・
<感想>
80年以上も前に書かれた探偵小説の復刊作品。この作品は森下雨村氏の処女作でもある。
読んだ感想はというと、ごちゃごちゃしているというか、あまりにも視点が定まらない作品であるなと感じられた。序章では主人公が神尾という新聞記者なのかと思わせておいて、その後は新潟に住む永田という新聞社の客員とかいう素性のわかりにくい人物。ただ、では物語の進行が永田に移り、そこから全てが永田の視点になってゆくかというとそういうわけでもなく、また神尾に移ったりと、どこか全体的にあやふやな感じ。
事件自体も、最初に東京で青年の変死体が見つかるものの、それはメインではなく、主となる事件はあくまでも資産家の令嬢失踪事件。ただし、この失踪についても死体が発見されたわけではないので、これにかんしても、あやふやな感じでの進行となってゆく。
全体的に何を基盤として全体を見ていったよいのかがわかりづらく、その割には登場人物らの関係性を複雑にしてゆくので、どうにも内容を把握しにくい。最終的にうまく話をつなげていると思われる部分もあるものの、もう少しうまく書けたのではないかと感じられる部分もある。処女作であるから仕方のない部分もあるかもしれないが、なんとなく惜しい大作という印象が強い。
<内容>
定期船が沖合で破損し、もうすぐ沈没しようというとき、ひとりの男が救命ボートに乗ろうとする女性に“大事なものを預かってほしい”と懇願する。さらに、貴重なものなので不審な者に注意するようにと言われた女性は、快く依頼を引き受ける。船上で男が預けたものはロマノフ王朝に伝わるダイヤモンドであり、その後多くの者たちが、ダイヤを預けられた女性を探そうと争奪戦が繰り広げられ・・・・・・
<感想>
「白骨の処女」に続いて森下雨村氏の作品が河出文庫にて復刊されたのでこちらも購入して読んでみた。これら2冊を読んだ感じでは、本格ミステリを書く作家というよりも、広い意味での色々なミステリを欠いていた作家という印象(といっても、それほど多くの長編は書いていないようだが)。
こちらの作品は冒険譚という感じの内容。高価なダイヤモンドを巡る争奪戦が繰り広げられるジュブナイル的な作品。イメージとしては、クリスティー描くトミー&タペンス(素人の男女が探偵となり冒険をしていくというというもの)を思い起こすようなもの。
まぁ、面白くはあったものの、普通の昔に書かれた冒険小説という感じ。1930年に書かれた小説ということで、そこに読みどころはあるかもしれない。全体的に意外と明るい雰囲気であるところが特徴というか、ジュブナイル的。