Anthony Berkeley  作品別 内容・感想

レイトン・コートの謎   6点

1925年 出版
2002年09月 国書刊行会 世界探偵小説全集36

<内容>
 ある夏の日の朝、レイトン・コートの主人スタンワース氏の額を撃ち抜かれた死体が、書斎で発見された。現場は密室状況にあり、遺書も発見されたことから、警察の見解は自殺に傾いていたが、不可解な死体の状態や滞在客の不審な行動を目にとめた作家のロジャー・シェリンガムは、自殺説に疑問を感じ、素人探偵の名乗りをあげる。友人アレックをワトスン役に指名し、自身満々で調査に取りかかったロジャーだが・・・・・・
 当初“?”名義で発表され、たちまち人気を博した英国探偵小説黄金期の巨匠アントニイ・バークリーの出発点。

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<感想>
 これがバークリーの処女作。なんと初訳というのだから驚きである。探偵はなんとこの処女作からすでに登場となるロジャー・シェリンガムである。この作品からシェリンガムの素行の変移がたどれるのかと思いきや、最初からこんな探偵だったということが判明。なんといってもいきなり2ページ目で「うるせぇぞ、シェリンガムの旦那!」と庭師に言われる始末であり、この一言がシェリンガムのすべてを物語っている。

 内容はガチガチの本格もので、閉ざされた部屋の中での銃による自殺を図るという事件が起こるのだが、実際にはこれは殺人ではないかという疑いをシェリンガムがもち、捜査をしていくというもの。

 こういった状況における推理小説というのはすでに出版されていたかもしれなく、さらにいえばさほど奇抜なものではないといえる。しかしバークリーはそれをわかっていながら、あえてバークリー流のミステリーをそこに描こうという考えのもとこの作品が書かれたのではないだろうか。もっともバークリー流といってもうまく表現はできないが、捜査の中にもコミカルな部分を付け加えたり、シェリンガムの見事な失敗振りを描いたりと最後まで飽きさせることなく読者を楽しませてくれる作品となっている。

 バークリーの処女作として必読というだけではなく、推理小説としても十分楽しませてくれる内容となっているのはさすがといいたい。これからバークリーを読もうという人にももってこいの作品であろう。しかし、これを最初に読んでシェリンガムが嫌いになって、他の作品を読まなくなってしまうのは問題かもしれないが・・・・・・

PS ミスター・プリンスに一票!!


ウィッチフォード毒殺事件   6点

1926年 出版
2002年09月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 ロンドン近郊の町ウィッチフォードで発生した毒殺事件に興味をもったシェリンガムは、早速現地へ乗り込んだ。事件はフランス出身のベントリー夫人が、実業家の夫を砒素で毒殺した容疑で告発されたもので、状況証拠は圧倒的、有罪は間違いないとの事だったが、これに疑問を感じたシェリンガムは、友人アレック、お転婆娘シーラと共にアマチュア探偵団を結成して捜査に着手する。物的証拠よりも心理的なものに重きを置いた「心理的探偵小説」を目指すことを宣言した、巨匠バークリーの記念すべき第2作。

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<感想>
 著者自身が銘うつには“心理的なものに重きを置いた”探偵小説だそうだ。たしかに前作「レイトン・コートの謎」と比べると探偵小説としてのスタイルが異なることがわかる。前作も今作も証拠を探して、関係者らから話を聞きだして推理を繰り広げるというスタンスは変わらない。しかし今作では状況証拠や物的証拠よりも、どちらかといえば醜聞というかゴシップ的な要素の収集という面が強い。であるからして、推理も「あいつはこういうタイプの人間であるから、この犯罪を行うにはどうのこうの」といったような話が多くなっている。確かにこのスタイルは“毒殺”という特異な犯罪に対してはあっているかもしれない。毒殺が取り上げられる探偵小説(もしくは現実の事件においても)ではよく“犯人のタイプは”という話がからんでくる。著者もその効果を狙い「心理的=毒殺」というような図柄を描いたのであろう。

 そして内容においてだが、著者の意図における試験的な“心理的探偵小説”としてはなかなか興味深く仕上がっていると思う。ただ、それを一つの探偵小説として見るとどうであろうか。過程においてはなかなか見るべきところはあるが、結末においてはそれなりに落ち着いてしまっている(意外といえば、意外ともいえる)というような気もする。そしてバークリー自身はこの小説を書き上げどのように思ったのだろうか。ひょっとすれば、心理的要素を扱った探偵小説よりも、犯罪小説のほうに転換したほうが面白いと考えてここから“フランシス・アイルズ”へと分岐していったのではないのだろうか。本書はバークリー的というよりもアイルズ的な要素が多いと感じる。「レイトン・コート」がバークリーの出発点であり、「ウィッチフォード」がアイルズの出発点となったのではないのだろうか。


黒猫になった教授   5点

1926年 出版
2023年09月 論創社 論創海外ミステリ302

<内容>
 リッジリー教授は脳の移植に関する研究をしていたが、人体実験をすることができずに悩んでいた。そこで助手のカントレルに、もしどちらかが死んだ場合は、その脳を動物に移植させるということを取り決める。そうしてある日、リッジリー教授が急死してしまうことに。取り決めを守ろうとカントレルは、教授の脳を猫に移植し、見事移植手術を成功させる。この手術により、教授の脳が移植された喋ることのできる知能を持った猫ができたというわけであったが・・・・・・

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<感想>
 アントニー・バークリーがA・B・コックス名義で書いたユーモア小説。SFチックな内容ではあるものの、ミステリというような内容ではない。人間の脳を移植された猫を中心にドタバタ劇が演じられるという作品。

 移植猫が中心となって語られる話であるが、そこにいくつかの背景が付け加えられる。ひとつは研究成果を発表したいと考えている助手カントレルの思惑。さらには、教授の娘のマージョリーは、車のセールスマンのティムとの結婚を望んでいたものの、生前の教授に反対されていたという事実。しかも、教授は助手のカントレルと娘が結婚することを望んでおり、そうしなければマージョリーは遺産が手に入らないという状況。そうしたことを含めての、移植猫の争奪戦が行われることtなる。

 一応この作品、ユーモア小説ということなのであるが、そのユーモアというものをあまり感じ取ることができなかったなと。猫の争奪戦というものをミステリ作家が描くゆえに、もう少し機転の利いたものを期待していたのだが、そこで行われる行為がほぼ強引な強奪のみ。工夫も何も感じ取れるようなものではなく、本当に単なるドタバタ劇となっており、あまり内容を楽しむことができなかったというのが正直な感想。


ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎   6点

1927年 出版
2003年04月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 ウィッチフォード事件を見事解決に導き、名探偵の盛名あがるロジャー・シェリンガムは、クーリア紙の編集長から、ラドマス湾で起きた転落死事件の取材を依頼され、特派員として現地へ向かった。断崖の下で発見された女性の死体は、当初、散歩中に誤って転落したものと見られていたが、その手が握りしめていたボタンから、俄然殺人事件の疑いが浮上いていた。警視庁きっての名刑事モーズビー警部を向こうにまわして、ロジャーは自ら発見した手がかりから精緻な推理を展開、事件解決を宣言するが、つづいて第二の事件が・・・・・・

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<感想>
 バークリーの未訳作品が次々と日本で発表されている。訳されるだけでもうれしいのだが、さらに価値ありと見るべきなのは、処女作「レイトン・コート」から「ウィッチフォードの毒殺魔」そして本作と出版された順に楽しむことができることであろう。これらを連続で読むことによってシェリンガムものの構成の妙や著者のミステリに対する姿勢などを十二分に感じることができる。

 本作は内容構成としては前作「ウィッチフォード」に近いといえよう。事故ともとれるような事象に対しシェリンガムが事件性を敏感に感じ取り、捜査を進めていくことになるというものである。今回の作品での一番の見所はモーズビー警部との推理合戦である。ふたりがそれぞれ自分のネタを抱えつつ、それを小出しにしながら相手の情報を引き出そうとする場面はなかなか楽しめる。

 本作を読んでみて(ネタバレになるかもしれないので反転)→ビーフ部長刑事が活躍する「三人の探偵のための事件」のような雰囲気を感じ取ることができた(ちなみに本作のほうが先に出版されている)。

 正統派のようなミステリでありながらもそれだけでは終わらせない。読者を楽しませる手腕は本作にても健在である。


プリーストリー氏の問題   6点

1927年 出版
2004年12月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 犯罪学を趣味とするガイは友人のドイルと話をしているときに、殺人を犯したときの人間はどういう行動をとるかということについて議論となる。では、ここで一つ芝居をうって、その殺人者たる人物がどのような反応を示すか見てみようという話になり、その槍玉にあがったのがドイルの友人であまりにも平凡な人物のプリーストリー氏。彼らは友人達と協力して、プリーストリー氏を犯罪劇の真っ只中へと誘い込むのだったが、それがいつのまにやら大事になり・・・・・・

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<感想>
 今では言わずと知れたことであろうが、本書はアントニイ・バークリーが別名義で書いた(といってもA・B・コックスのほうが本名であるのだが)ユーモアコメディ作品である。そのような背景の希少価値の高い作品であるので、バークリーファンであれば、絶版にならないうちに買っておくべき作品であろう。

 では、本書がバークリーのファンではない人にもお薦めできるかというと微妙なところ。内容はコメディタッチのミステリーとなっており、確かに楽しんで読めることは間違いない。ただ、その当時の世の中を皮肉ったような風刺的な描写も多々見られるので、若干読みづらさを感じる部分もある。また、その社会風刺的な部分はその当時でなければわかりにくいのではと感じられるため、全てにおいて受け入れられるという作品ではない気がする。

 ならばユーモア・ミステリーの部分だけで評価すればという事もできるかもしれないが、本書はさほどオリジナリティにあふれるというほどの作品ではないと思える。このくらいの内容であるのならば、ユーモアを主としたもっと読み易いミステリー作品が多々ありそうなので、そういったものを選んだほうがよいのではないかとも感じられる。

 よって、本書はどちらかといえばバークリーファン向け、古典ミステリファン向けの作品ではないかなというのが正直な感想である。


絹靴下殺人事件   6点

1928年 出版
2004年02月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 ロジャー・シェリンガムのもとに一通の手紙が届く。それは都会に働きに出た娘と連絡がとれないので探してもらえないかという、心配した親からのものであった。興味を持った、シェリンガムが早速調べてみると、その女性は劇場のコーラスガールとして働いていたのだが、ストッキングを首に巻いて自殺をしていたということが明らかになった。さらには、他にも似たような事件があることを知ったシェリンガムはこれら一連の事件は自殺ではなく、なんらかの犯罪なのではないかと考え始める。シェリンガムはロンドン警視庁警部のモーズビーに連絡をとり、共にこれらの事件を手がけることになるのだが・・・・・・

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<感想>
 探偵ロジャー・シェリンガムが登場するシリーズ。シリーズとはいっても、特に固定したような作風がないために、どのように展開されるのか、どのような終わり方をするのかは全く予想がつかないのはいつものことである。そして今回の作品も予想だにしないような展開で楽しませてくれるものとなっている。何しろ“サイコ・サスペンス”風なのであるのだから。

 本書ではシェリンガムとモーズビー警部が共に協力しての捜査となる。しかし捜査をすべき事件が論理的解決法がとられるような事件ではないために、シェリンガムの存在がかすんでしまう。またシェリンガム自身もモーズビーとロンドン警視庁の捜査に圧倒されて手も足もでないことを痛感することになる。

 今回の事件はまさに探偵が活躍し得ない事件というものが描かれているといえよう。事件相互の関連性が見えてこないため容疑者の存在が浮かびあがってこない。容疑者が提示されない状況において、探偵というものがいかに無力かという事があらわにされる。

 しかし、そこで懲りないのがシェリンガムである。本書の見所はなんといっても、ラストにおいてシェリンガムが犯人に対して罠を仕掛けることである。探偵が無力と書いたのだが、結局のところ警察の捜査も犯人を特定するにはいたらない。そこでシェリンガムは探偵のスタンドプレイによって犯人を指摘しようと図るのである。まるでそれは警察と探偵との力関係を逆転し、警察が解けないような事件においては探偵の知恵が必要であるということを証明するかのようにも見える。と言っても、シェリンガムが警察を皮肉り、自己の優位性を強調するのは何も本書に限ったことだけではないのだが。


毒入りチョコレート事件   7.5点

1929年 出版
1971年10月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 クラブにて、ユーステス・ペンファーザー卿当てにチョコレートの箱が届けられた。しかし、それを不要とした卿は同じクラブに来ていたグレアム・ペンディックスに譲ることに。ちょうど妻にチョコレートを贈らなければならなかったグレアムは喜んでそれをもらい、妻の元へと持っていき二人で食べる。その後、少量しか食べなかったグレアムは体調を崩しただけで済んだのだが、多くを食べたペンディックスの妻は死亡してしまう。チョコレートに毒であるニトロベンゼンが入っていたのである。その後、警察は事件として調べたものの、偏執者による無作為の犯行という事でかたずけてしまう。それに納得のいかなかった素人探偵のロジャー・シェリンガムは自身が会長を務める“犯罪研究会”にて、犯人を推理しようと試みる。6人の会員が、各自で事件を調べ、順番に推理を披露することとなったのであるが・・・・・・

<感想>
 久々の再読。改めて読んでみると、非常に面白いし、名作とうたわれ続けるのも納得がいく内容。

 本書のポイントは、未解決の毒殺事件を“犯罪研究会”というクラブの6人の面々がそれぞれ推理を行ってゆくというもの。素人による事件の推理というスタンスが非常に面白い。しかも序盤に推理を披露する面々は素人らしく、事細かい捜査などを行わず、大雑把な推測を元に推理を披露してゆくこととなる。後半の推理になると、素人探偵による捜査活動や、数多くのコネを生かしての捜査活動などなどとやや本格的になっていくのだが、基本的には素人による推理の披露を楽しむ作品であると感じられる。

 そして本書の大きな注目点はそれだけではなく、最後に明かされる真相にあると言えるであろう。誰にも期待されていない会員が、それまで他の者たちが披露した推理から見出した真実が非常に的を得ていて、見事なほどにビシッと決められている。これにより、先々に披露された推理がただ単に展開されたものではなく、著者による秩序だった構成によって書き記されたものであったのかと感嘆させられるのである。

 バークリーの作品を手に取るのはこの本が初めてという人も多いのではないかと思われるのだが、この作品を読んだ限りではロジャー・シェリンガムがシリーズ探偵であるとは誰も思わないだろうなぁとつい感じてしまった。実際、私もそうであったし・・・・・・


シシリーは消えた   6点

1927年 出版
2005年02月 原書房 ヴィンテージ・ミステリ

<内容>
 スティーブン・マンローは元々は良い家の生まれであり、金に不自由することのない暮らしをしていたのだが、その金も使い果たし自らが働かなければならない境遇へと陥ることに。そこで彼はケアリー家の従僕になったものの、慣れないことがうまくいくはずもなく、さらには同級生やら元の恋人やらがその家へ続々と集まってくる始末であった。そんななか、客のひとりからの提案があり、降霊会の真似事をしてシシリーという女性をその場で消して見せるということになる。そしてその結果・・・・・・シシリーは本当に消えていなくなってしまうことに!? 皆がいる部屋の中から誰にも気づかれずにいったいどのようにして部屋から出て行ったというのか?? その場に居合わせたスティーブは自らの手で謎を解決しようとするのだが・・・・・・
 A・M・プラッツ名義で発表されて長らくバークリーの作品だと知られることのなかった幻の作品がついに登場。

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<感想>
 バークリーという作家については他の作家から見ればうらやむような存在ではないだろうか。それがなぜかといえば、他の人が書いたならば欠点と取られるような部分でさえも、バークリーが書けば意図的になんらかの効果を狙ったのではないかと思われるからである(もちろんそれは多くのすばらしい作品を書いているからに他ならないことではあるのだが)。

 本書においても、登場人物の数が多すぎるのではないかとか、それらの人物についての説明が十分になされていないのでは(特にシシリーという女性に対して)などと感じられる部分が多々あった。しかし物語を読み進めていると、実はそう感じてしまう部分というのは著者が意図的に仕掛けたミスリーディングを誘うものなのではないかと疑ってしまうのである(そして実際にその“効果”と思われる部分があったのも事実)。

 ただ読んでみて本書に対する感想と言うのは、結果的にはミステリーというよりも物語重視の本であると感じられた。同時期に出た「プリーストリー氏の問題」もコメディタッチのラブロマンスものという気がしたが、本書はまたそれとは異なる感触のラブロマンスものである。

 主人公スティーブが活躍する物語重視の作品ということで楽しめる内容。


ピカデリーの殺人   7点

1930年 出版
1984年06月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 犯罪研究家のチタウィック氏はホテルにて偶然、殺人の行為かと思われる場面を目撃してしまう。チタウィック氏がすぐに警察に通報したことにより、即、容疑者が重要参考人として逮捕される。現場の状況からは、その男が犯人で間違いないと思われるのだが、当の容疑者は強く犯行を否認する。そして目撃者であるチタウィック氏は思いもかけない出来事に巻き込まれる羽目に・・・・・・

<感想>
 今更ながら、ようやくこの本を読むことができた。バークリーの翻訳作品のなかでは比較的早い時期に出版された本であるにもかかわらず、読むのがこんなに遅くなってしまうとは・・・・・・。

 本書を読み始めたときは、すでに読んでいた「ウィッチフォード毒殺事件」を思い浮かべずにはいられなかった。そして他に読んだバークリーの本などを思い浮かべながら、バークリーにしては二番煎じの本だな、などと感じたのだがそれは間違っていた。いや、思っていたよりも普通に探偵小説をやっているじゃないかと感心させられてしまった。だてに、初期の頃に翻訳された作品ではないということだろうか。

 物語の始めに事件が起こるのだが、それはどうみても犯人が決定付けられている犯罪だと受け取れる。しかし、それがあれ? もしかして違うものが犯罪を犯した可能性があるのかな? と徐々に考えさせられるようになってゆくのである。そして別の犯人らしき人物像が見えてくるのかと思いきや、それだけでは終わらないという趣向がなされている。

 いやはや、最後まで読み通せば良質な本格推理小説であるという感じられる本であった。途中、少々冗長というか、うっとうしく感じられる場面もあるのだが、そこはコメディとして軽く読み飛ばしてもらえれば楽しく読むことができるだろう。いや、本当にバークリーはあれやこれやと読者を驚かせる作家である。

 あと、予断ではあるが巻末にあるバークリー自身の詳しい解説と各小説の書評は貴重な資料である。現在ではそのうちの多くの作品が訳されているので、今読むからこその面白さを堪能することができる。


第二の銃声   8点

1930年 出版
1994年11月 国書刊行会 世界探偵小説全集2
2011年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 探偵作家ジョン・ヒルヤードの邸で作家たちを集めて行われた殺人劇の最中、被害者役の人物が本物の死体となって発見された。殺害されたエリック・スコット=デイヴィスは名うてのプレイボーイで、さまざまな問題を抱えていた。集められた人たちの中には、彼と不倫関係にある女優、その女優の夫、財産を使いつくそうとしている彼を不満に思う従妹、そんな彼の行状をよく思っていない人々と、容疑者にはことかかなかった。そうしたなか、犯行時に被害者の近くにいたと思われるピンカートンが最重要容疑者と目されることに。窮地に立たされたピンカートンは素人探偵として有名なシェリンガムに助けを求めたのであるが・・・・・・

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<感想>
 世界探偵小説全集で既読であったが、感想をきちんとかいていなかったので今度は創元推理文庫で再読。当時、バークリーの本はまだそんなに読んでいなかったのだが(というか翻訳作品が少なく読むことができなかった)、今回は一通り読んでからの再読ということで、初読のときとはまた印象も異なるものとなっている。

 改めて読んでみるとこの作品には、本格推理小説というよりもバークリーらしい実験小説という趣きが強く感じられた。本書が通常の本格推理小説とは少々異なっているということについては、バークリー自身が序文で明らかにしており、読了後にその序文を読みなおすと物語の真相があからさまであるようにもとられ、読んだ側としては益々著者の術中にはまったかのように思われる。

 この作品のトリックというか、大きなネタとしては、決してオリジナルというものではなく、既に別の作品で描かれているもの。それをあえて、バークリー流に脚色して描いているのだが、実はそのトリック自体が本書の焦点ではありませんよと、言われているような気がしてならない。本格推理小説の形態をとりつつも、実は本書は感情的で、喜劇的な恋愛模様を描いた“小説なのである”と煙にまかれていること自体がトリックのように感じられてしまうのである。

 この作品はできればミステリを読み始めたばかりの初心者に読んでもらいたい作品。そうして最初は推理小説としてのトリックのみを味わっていただきたい。その後に、バークリーの他の作品を読み尽くしてから、斜めからの穿った読み方というか、変化球的な側面を感じ取っていただくとよいのではないだろうか。


最上階の殺人   6点

1931年 出版
2001年08月 新樹社 単行本
2024年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 モーズビー警部の元に殺人事件の報が届き、たまたまそばにいた友人で素人探偵のロジャー・シェリンガムを連れて、現場へと急行する。アパートの最上階に住む女性が絞殺され、室内が荒らされていた。裏庭に面した窓からはロープがぶら下がっており、犯人はそこから脱出したものとみられる。モーズビー警部は強盗による犯罪だとみなし、捜査を開始する。一方、シェリンガムは現場の状況に不審なものを抱き、アパート内の住人の誰かが事件を起こしたのではないかと考え、単独で捜査を開始する。

<感想>(再読:2024/04)
 かつて新樹社から出ていた作品が創元推理文庫で出版されたので、改めて購入し再読してみた。前に読んでから20年以上経っているので初読時とまた異なる感覚で読めるかなと思ったのだが、前に書いた感想を読んでみて(↓下記に残してある)、ほぼ変わらない感想だなと再認識するにとどまった。

 元々バークリーの作品というと、ストレートな推理小説というよりは、従来の推理小説に対してアンチテーゼを示すような趣きがある。それゆえ今作もまた、一見、普通の推理小説であるかのように見えて、その実ちょっと変化球気味な展開を示すものとなっている。

 本書については、何気にシェリンガムによる地道な捜査が延々と行われており、やや退屈な感じとなっている。そうしたなか、被害者の姪であるステラ・バーネットをシェリンガムが秘書として雇い、彼女に対してシェリンガムが度々事件のことについて言及したり、捜査を手伝わせたりしている。そんな彼女とのやり取りを楽しむことができれば、本作品を堪能することができることであろう。

 最終的にはバークリー作品らしい締め方となっており、これこそロジャー・シェリンガム・シリーズの醍醐味ともいえるものであろう。


<感想>
 いろいろな作風を見せてくれる著者のなかではかなりオーソドックスなミステリーものとして仕上がっている。強盗殺人事件が起き、変わった様相としては裏庭に面した窓から犯人の逃走用ではないかと思われるロープがぶら下がっていたという点のみ。警察が外部からの強盗による犯行として捜査をする中、シェリンガムはただ一人、内部のものによる犯行と断定し聞き込みを続けていく。ただ、こうしたがちがちのミステリーの中にも被害者の姪のステラとシェリンガムのロマンス・コメディ的なやり取りは著者らしさをかもしだしている一端となっている。

 話の中盤はシェリンガムによる聞き込み捜査が続けられていく場面のみであり、コメディ的な要素がちりばめられているとはいえ退屈さを感じてしまう。また、シェリンガムによる最終的な推理も、確かに被害者の室内における状況などから論理的に導き出せるようではあるのだが、不満を感じた部分もあった。

 特に→殺人が行われた時間であるが、法医学による検知から述べられた時間とこれほど差が出てしまう点については納得しがたいものがあった。
ただし、これは本書が書かれた年代的な要素を考慮するとしかたのないことなのかもしれないのだが・・・・・・

 しかしながら、こういった不満があったにもかかわらず、最終章を読んだ後は見事な爽快感につつまれてしまった。作家としての手腕に対してお見事としかいいようがない。終わりよければ全て良しというわけでもないのだろうけれども、この最後があるからこそのこの作品であると言いたくなる。


殺 意

1931年 出版

<内容>
 イギリスの片田舎の開業医ビクリー博士は、妻のジュリアを殺そうと決意し、周到な計画のもとに犯行へと移った。完璧を誇る殺害計画、犯行過程の克明な描写、捜査の警官との応酬、完全犯罪を目前に展開される法廷での一喜一憂、そして意外な結末。

詳 細


地下室の殺人   6点

1932年 出版
1998年07月 国書刊行会 世界探偵小説全集12

<内容>
 新居に越してきた新婚早々のデイン夫妻が地下室の床から掘り出したのは、若い女性の死体だった。被害者の身元も分からず、捜査の糸口さえつかめぬ事件に、スコットランド・ヤードは全力をあげて調査を開始した。モースビー首席警部による<被害者探し>の前段から、名探偵シェリンガム登場の後半に至って、事件は鮮やかな展開を見せる。

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<感想>
 第一幕は地下室からの死体の発見と身元調査。第二幕はシェリンガムの手記による学校の中の教師たちの生活風景。第三幕は警察による犯人の捜査。そして最終となる第四幕ではシェリンガムによる探偵小説。というような構成で描かれている。

 初っ端から死体が発見され、どのように話が続けてゆくのだろうと思いきや、数々の異なる構成によって読者を退屈させることなく解決へと導いている。実に面白い試みであると思う。

 部分部分に弱さが感じられるような気もしたし、また題名となる“地下室”での死体の“存在”があまり重要視されないといった点が不満にも思えたが、十分成功している作品だと思う。


レディに捧げる殺人物語   5点

1932年 出版
1972年09月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
「世の中には殺人者を生む女もあれば、殺人者とベッドをともにする女もある。そしてまた、殺人者と結婚する女もある。リナ・アスガースは、八年近くも夫と暮らしてから、やっと自分が殺人者と結婚したことをさとった・・・・・・」
 冒頭からショッキングな書き出しで始まる本書は、妻を愛し、歓心を得ようとしながら、妻の心とはうらはらな言動をする異常性格の夫に献身的につくす健気な女の不可解な性と、その内心の葛藤を描く犯罪心理小説。

<感想>
 内容はひとことで言えば、「じれったい」。全編、リナ・アスガースの心情でつづられているために、どうにもそれがじれったく感じてしまう。この内容ではどうにも、犯罪小説というよりは、女性の心情をつづった恋愛小説のように感じられる。じれったく感じるもののひとつとして、夫ジョニーに付き従う、リナの心情。この部分に納得しがたいものがあり、じれったっく感じてしまうのだ。もう少し、このジョニーという男を魅力的に描けなかったのだろうか?読んでいる限りでは、ただの堕落した男にしか見えないのだ。しかし、一方では周囲の人からはそれなりの人物として見られているという描写もあるのだが、それが感じられなかったことが残念である。

 この後に、同じ主人公の心情をつづった小説として、「試行錯誤」というのがあるが、そちらは成功例で、こちらは失敗例といったところ。


ジャンピング・ジェニイ   7点

1933年 出版
2001年07月 国書刊行会 世界探偵小説全集31

<内容>
 小説家ロナルド・ストラットンの屋敷で開かれた参加者が史上有名な殺人者か犠牲者に扮装する趣向のパーティの席上、ヒステリックな言動で周囲のひんしゅくをかっていた女性に、ロジャー・シェリンガムは興味を抱いた。常に自分が注目を集めていないと気がすまないロナルドノ義妹イーナ・ストラットンは、どうやらみんなの嫌われ者らしい。
 やがて夜を徹したパーティも終りに近づいた頃、余興として屋上に建てられた絞首台にぶら下がったイーナの死体が発見される。

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<感想>
 ちょっとかわった趣向の構成。イーナ・ストラットンという嫌われ者の女性が殺されるのであるが、その殺害の様子と犯人が提示されてしまう。読者がそれを知っている状態で、シェリンガムが右往左往して推理を展開しつつ・・・・・・という内容。

 嫌われ者の女性が殺され、皆がほっとしている状態のなか、これが自殺ということで処理されればよいと皆が思っている。しかし、ひょんなことでシェリンガムが友人からイーナを殺したのは自分だと思われていることから、真犯人探求に乗り出していくのが非常に面白い。さらには、真犯人の正体を追究しつつも、警察に対するイーナの死は自殺である、という結論にもっていかせようと、あやしい証拠(首吊台の下の椅子)に手を加え、他の者達にも納得させるように周旋する様子がなかなか笑える。

 作品中の被害者イーナの殺害方法は最初に提示されてしまうのだが、この殺害方法を最後までひた隠しして、真相であるとするならば、本格推理小説としては評価されないであろう。それを逆手にとって、最初に提示することにより、この殺害方法が実際に起きたということにしてしまう手法には目をみはるものがある。

 とはいうものの、こうして結末へと進む間に、もう少し物語を二転三転させてもらえれば、とこれ以上に思うのはぜいたくなのだろうか?


パニック・パーティ   5点

1934年 出版
2010年10月 原書房 ヴィンテージ・ミステリ

<内容>
 シェリンガムの元指導教授であり、現在では暇を持て余した資産家となったガイ・ピジョンはクルーザーを購入し、知人を集め処女航海に出ることにした。ガイはシェリンガムに打ち明けるのだが、実はこの航海は悪意のあるものであり、トラブルを起こしそうな人たちを集め、どのような行動をとるのか観察をするのだと・・・・・・。ガイの巧みな誘導により、彼らはこれもまたガイが購入したという無人島へとたどり着く。するとそこで予期せぬ出来事が起き、無人島に孤立させられた者たちはそれぞれがとんでもない行動にでることに!!

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<感想>
 アントニイ・バークリーが書いた、探偵ロジャー・シェリンガムが登場する最後の作品。冒頭にてミルワード・ケネディに、あえて推理小説としての形態に反するような作品を描いたと宣言する問題作でもある。

 読んでみると、実際のところミステリというよりは、ホラー小説っぽいような内容の作品となっている。一応、事件は起こるのだが、それが事故なのか人為的によるものなのかははっきりしない状況。なおかつ、人々がパニックに陥るのを防ぐために、探偵役のシェリンガムはあえて探偵活動を行わないことを宣言するという異色の展開。

 本書は人に薦めることができるような作品とは言えないであろう。ホラー小説が好きだという人であれば薦めてもよいかもしれない。この作品は、正直なところバークリーが書いてなければそれほど話題にはならなかったはず。しかもそのバークリーの作品としても、最後の最後まで訳されなかったといういわく付きの作品である。

 ということでミステリファンにはお薦めできないようにも思えるが、まぁ、バークリーの作品ということでたぶんミステリファンであれば避けて通るようなことはないのであろう。

 一応、最後の最後ではミステリ風な展開がなされており、最後にちょこっと一味付け加えるところは後期のバークリーらしい作品とも感じられる。


試行錯誤   7点

1937年 出版
1972年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
<ロンドン・レビュー>誌の寄稿家トッドハンター氏は、動脈瘤で主治医からあと数ヶ月の寿命だと宣告された。そこで、彼は余命短い期間に有益なる殺人を犯そうという結論に達した。しかし、生と死に関して理論的だが異常な見解を持つ編集長や、アマチュア犯罪研究家、快楽のために一家を犠牲にする作家、犯人の告白を信じない捜査官などのまえに事態は従来の推理小説を皮肉るようなユーモアをまじえながら意外な方向へと発展した。

<感想>
 病気による死を目前とした男が、自分の命を世の中のために使うことはできないかと試行錯誤する。その試行錯誤の様子が語られていく作品であるが、全く話がどのように展開していくのかが読めない。

 最初は誰を殺すかということを悩む。標的を決めたとしても、本当に殺していいのか? 殺すことができるのか? と悩む。というように、実行に移す困難な状況までもがいちいち語られる(少々鬱陶しくも思うが)。そして、話は進み一気に結末へと流れて行くのだが・・・・・・

 あまりスピーディーな展開とはいえないものの、先の展開が気になってページをめくる手を休ませない。最後のほうになると、結末がだいたい分かってくるような気がするがそこでも・・・・・・。途中でトッドハンター氏の言動が奇妙に思え、ぎこちない違和感を持ちながら読むことになったせいか、後半がじれったくも感じたが、ラストでなるほどと。

 なにを語ってもネタバレになってしまいそうな本であるが、一概に探偵小説とも言えないような作風になっているが、試行錯誤の名のとおり、うまく工夫された作品だと思う。十分な成功作であろう。


服用禁止   6.5点

1938年 出版
2014年04月 原書房 ヴィンテージ・ミステリ

<内容>
 果樹栽培者ダグラス・シーウェルの友人である電気技師のジョン・ウォーターハウスは胃痛を訴えていた。日ごろから頑強なジョンは病院へは行こうとせず、たいしたことではないという。しかし、その彼がついに死亡してしまう。離れて暮らしていたジョンの弟が不審なものを感じたのか、ジョンの死体を司法解剖するよう訴える。すると検視により、ジョンの体内からは砒素が発見される。それにより、ジョンの妻が疑われることとなるのだが、事件は意外な展開を見せ・・・・・・

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<感想>
 バークリー名義ではあるが、探偵役のロジャー・シェリンガムが登場しない作品。シェリンガムが登場しないのに、ミステリとして濃い内容になっているところが、意外な特徴ともいえる作品となっている。

 バークリーの作品ではしばし見られる“毒殺”にスポットを当てた内容。被害者は毒殺されたらしく、ではそれを誰が、どのように成したのか、ということが議論されてゆく。物語の終盤に“読者への挑戦”が挿入されているところは、本書に対する著者の自信の表れようと言えよう。

 本書は「毒入りチョコレート事件」ほどではないものの、対象となる容疑者とその毒殺方法について、いくつかの推理が語られてゆく。推理だけではなく、意外な形で語られるというパターンも用いられるのだが、それぞれの推理がなかなか捨てがたいものとなっている。

 最終的には意外な犯人が指摘されることとなる。実は、意外というわけでは決してないのだが、最初は犯人の可能性もあるな、と思っていても徐々に話が進んでさまざまな事実が明らかになるにつれて、物語の中から印象が薄れていってしまうのである。

 今まで訳されなかったのが不思議なくらい良く出来ているミステリ作品。バークリーらしくない、真面目なミステリが展開されていると思いきや、最後の最後でバークリーらしい展開が待ち受けている。今年出版される海外古典本格ミステリのなかでNo.1となりそうな予感。


被告の女性に関しては   5点

1939年 出版
2002年06月 晶文社 晶文社ミステリ

<内容>
 肺の病を得て海辺の村に保養にやって来た学生アランは、滞在先の医師の妻イヴリンと親しくなり、ついに関係を結んでしまう。自信家の医師に反感をつのらせながら、秘密の関係に深入りしていくアランだが、その先には思わぬ事件が待ち受けていた・・・・・・
 優柔不断な青年の揺れ動く心理と、不可解な女の性を辛らつなユーモアをまじえて描かれた作品。

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<感想>
 フランシス・アイルズ名義で書かれたものとしてはこれが三作目にして最後の作品である。アイルズ名義での売りは、心理描写に重きをおいているという点であろう。本書も青年の心理描写が逐一描かれながら物語が進んでいく。ただし、この心理的描写というのはかなり退屈なものでもある。なかなか話が先に進まない様子にいらいらしてしまう。前述の「殺意」や「レディに捧げる殺人物語」でもそれは感じられた。しかしながら特に「殺意」においては犯罪に物語が直結しているために退屈に絶えうることができたが、本書は中盤にかけてまでの話はある種のメロドラマみたいなものである。これは少々きついものがある。

 そして終盤になり、ようやくミステリじみた展開に発展する。それはなかなか予想外のものであり、かつ読者の裏を見事に書いたような展開がなされる。さらにはラストにおける皮肉へと。描きたい事柄は伝わってくるし、ラストの展開も成功しているともいえよう。それでもやはり前半の導入部の話は退屈である。このへんにも何か気を利かせた展開で話を進めるような工夫が用いられていればまた異なる見方ができたと思うのだが。




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