サ行−ス  作家作品別 内容・感想

メアリー−ケイト   The Blonede (Duane Swierczynski)

2006年 出版
2008年11月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 ジャック・アイズリーは空港で出会った女から、「あなたのドリンクに毒をもったわ」と告げられる。タイムリミット以内に解毒しなければ死んでしまうのだと。最初は信じなかったものの、やがてそれを事実だと思わざるを得ない出来事に遭遇する。そうして、謎の女ケリー・ホワイトと行動をともにすることとなるのだが、そのケリー自身もとてつもない爆弾を抱えていることを知る。さらには、彼らを必要に追いかけてくるエージェントの魔の手が彼らに迫りつつあり・・・・・・

<感想>
 ノン・ストップ、アクション・サスペンス小説。まさに、一度本を開くと、途中でやめられなくなってしまう面白さ。

 なんといっても、荒唐無稽な設定がものすごい。十時間以内に解毒しなければ死亡するという毒をもられた男。そして毒を持った女は、さらなる厄介ごとを抱えているという始末。しかも、その女を凄腕の(という設定っぽいが、読んでいる分にはマヌケっぽい)始末屋が追ってくるという内容。

 個人的には、もっと到達点を決めて、そこに向かっていくという内容のほうが好みなのだが、本書では行き当たりばったりで、どんどん話を進めていくという展開。ただ、その行き当たりばったりっぷりが、無駄に派手で、あちらこちらで予期せぬような騒動を巻き起こしているので、そこに楽しみを見出すこともできる。

 ある種、サスペンス・コメディと言えなくもないのだが、設定がブラックなだけに、手放しで笑えるというわけでもない。しかし、なんとなくブラック・サスペンス・コメディと言いたくなる様な無謀さと無意味さとスピード感を兼ねそろえた作品。


解雇手当   Severance Package (Duane Swierczynski)

2008年 出版
2009年06月 早川書房 ハヤカワ文庫

<内容>
 土曜日であるにもかかわらず、社長であるマーフィーはビルの36階オフィス会議室に社員7人を集めた。そしてマーフィーは社員に告げる。「ここは全面的に封鎖された」そうしてマーフィーは集まった彼らをひとりひとり殺害しようとする。それに抵抗する社員達。その集められた者たちにも、それぞれ思惑があり・・・・・・

<感想>
 封鎖されたビルのワンフロアを使ってサバイバルゲームが繰り広げられるという内容。それだけを聞くと、日本でも似たような内容のものを思い浮かべることができる。しかし、海外の作家が書き、欧米人らが登場するということもあり、日本で書かれるサスペンス小説とは異なるものとなっている。

 では、どのような点が異なるかと言えば、
  ・集団で集まって、現状を確認したり推理したりということはしない。
  ・それぞれが悩みはするが、とりあえず即行動する。
  ・軍隊経験を持つものが意外と多い。
  ・致命傷を受けても頑丈なので簡単には死なない。
 こんな感じで話が進んでいくことになる。

 それぞれの行動に整合性とか伏線とか、そういったものはほとんどないので、綿密なミステリを期待する人にとっては肩透かしになってしまうかもしれない。基本的にはアクション・サスペンスを楽しむというような内容。個人的には前作の「メアリー-ケイト」ほどではないかなといったところ。


カナリアはさえずる   Canary (Duane Swierczynski)   6点

2015年 出版
2019年01月 扶桑社 扶桑社文庫(上下)

<内容>
 フィラデルフィアに住むサリー・ホランドは優等生プログラムにより大学へ入学したばかりの17歳。サリーは、学内パーティーで先輩のDに頼まれ、彼を車で送ったことにより、警察から目を付けられることに。麻薬捜査課の刑事であるウィルディは、サリーを脅し、彼女を麻薬取引の現場へもぐりこませ、麻薬密売人の大物の首を狙おうとする。サリーは悩みながらも警察に協力せざるを得ない羽目となり・・・・・・

<感想>
 以前、ハヤカワ文庫から「メアリー・ケイト」と「解雇手当」という作品が立て続けに紹介され、著者のドゥエイン・スウィアジンスキーという名を覚えている人も多いかと思われる。その後も作品を書き続けていたようであるが、単に日本で訳されなかっただけというようである。今回は、2015年に書かれたこの作品が扶桑社文庫から紹介されることとなった。

 ちょっとしたことから麻薬捜査官の手伝いというか、おとり捜査を強制されることとなった17歳のサリー。彼女は、知人を警察に売りたくないという思いと、警察からのプレッシャーによる板挟みとなり、悩みながらも麻薬密売人をあぶりだす捜査に駆り出される。そんな彼女が起死回生の策に打って出ることに・・・・・・というような感じの内容。

 ちょっと頭は良いものの、普通と言っても過言ではない女子大生が麻薬取引という舞台のなかで翻弄される様子を描いた作品。そうしたなか、主人公サリーは誰にも相談できない状況のなかで、ひとり悩みながらもなんとか打開策を見つけようとする様には、強い意志と力強さを感じ取ることができる。特に主人公に見栄えがあって、なかなかうまくできている作品と感じられた。

 ただ、個人的にはあまり好意的の捉えられない部分があり、そのためか正直楽しんで読むことはできなかった。というのも、麻薬捜査課の刑事ウィルディが自身の目的のために、何の関係もない学生を事件に巻き込み、危険にさらすということ自体が共感できなかった。この刑事が悪徳警官であれば別に気にはならなかったのだが、普通の家庭人で良い警官っぽく振舞っているところがなんとも受け付けられなかった。さらには、この刑事がサリーのことを決して名前で呼ばず“優等生さん”と読んでいるところが鼻に付き、我慢ならなかったところである。

 と、そんな形で、嫌な感情を抱きながら読み進めることとなったので、個人的にはあまり楽しめなかった作品。とはいえ、その感情的な部分を差っ引けば、物語としてはそんなに悪くない作品であると思える。主人公の生きることに対する力強さは存分に感じられる作品となっているので、一応お薦めしておきたい。


ストーム   Storm (Boris Starling)

2000年 出版
2001年06月 アーティストハウス 単行本

<内容>
 警官のケイトは休暇中に船の転覆事故に巻き込まれてしまう。なんとか命からがら生き残ったケイト。なるべくその出来事を頭から追いやろうと、すぐに仕事に復帰することに。職場で彼女を待っていたのは、女性が残忍な手口で殺害されるという事件であった。ケイトはなんとかその事件を解決しようと奔走する。しかし、同一犯人の手による殺人が再び起きてしまうことに・・・・・・・その犯人は犯行現場に蛇を置いていくことから“黒まむし”と呼ばれる。
 船の転覆事故によるPSDT、船の転覆事故を捜査するケイトの父親との確執、そして検討のつかない犯人の動機。ケイトは以前の上司であり、現在服役中のレッド・メカトーフの力をかりて犯人を捕らえようとするのだが・・・・・・

<感想>
 2001年来の積読本をようやく・・・・・・。この作品の前に「メサイア」という作品があり、そちらを読んだ後、すぐにこの「ストーム」も買ったのだが、それから長らく放置してしまっていた。このスターリングという作家、日本ではこの2作しかまだ訳されていないのだけれど、その後はどうなったのか・・・・・・

 本書を読んでの感想はというと、“平凡”の一言につきる。別に読んでいて退屈な作品というわけではない。息詰まる船の転覆劇、陰惨な手口で殺人を繰り返すサイコキラー、犯罪の手口から犯人を推測するプロファイルと、見所は数多くある。しかし、こういった小説が乱立するなかで、この作品ならではの特徴というものが見出せないのが“平凡”といいたくなってしまう理由であると思う。

 今作では前作「メサイア」の主人公であったメカトーフがレクター博士のように描かれていて、ゲストとして登場することになるのだが、このメカトーフの存在を思い切ってもっと超人的にしてしまったほうが、いっそうのこと良かったのではないのだろうか。また、今回の結末が結局前作と同じような締め方になってしまっているのも気になったところ。

 本国ではまだまだ作品が出ているのかもしれないが、少なくとも日本では流行に乗り切れなかった作家となってしまったというところか。


エヴァ・ライカーの記憶   The Memory of Eva Ryker (Donald A. Stanwood)

1978年 出版
1979年 文藝春秋 単行本
1982年 文藝春秋 文春文庫
2008年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 作家として成功者のキャリアを送っているノーマン・ホールの元に執筆依頼が来た。それは、大富豪のウィリアム・ライカーがタイタニック号の引き上げを行うので、それに関してノン・フィクションの原稿を書いてもらいたいというもの。ノーマン・ホールには、過去にタイタニックにまつわる苦い思い出があった。それは、若かりし日に彼が警官であったとき、タイタニック号の生き残りだという女の惨殺体を発見し、現場から逃げ出してしまったのである。このタイタニック引上げの件に運命的なものを感じたノーマン・ホールは大富豪ウィリアム・ライカーと、タイタニックの生存者である彼の娘であるエヴァ・ライカーについて、深く調べてゆくのであるが・・・・・・

<感想>
 2、3年前にランキングなどで作品名があがり、その当時購入したものの積読になっていた。実はこの作品、創元推理文庫で出たのは2008年なのだが、それ以前の1979年にに文藝春秋から出版されていたとのこと。新刊ではなくて、復刊であったのか! 確かに復刊されるだけあって、読みやすく、楽しめるエンターテイメント作品として完成されている。

 元警官である作家がタイタニック号引上げにともない、大富豪から執筆を依頼され、彼ら家族について調べていくという内容。中心となるのはタイトルの通り、大富豪の娘であるエヴァ・ライカー。彼女はタイタニック号の生き残りであるのだが、当時は幼かったために、そこで起きたことを覚えておらず、しかも心を閉ざしている。当時、何が起きたのかを掘り下げていくというのがこの作品の趣旨でもある。

 ただ、そのように聞くと精神的なカウンセリングのような内容に思えるかもしれないが、実際にはアクションあり、暗号ありと、エンターテイメント的なものが色々と用意され、読者を飽きさせることは決してない。作家であるノーマンがまさに体を張って、過去の謎に挑むこととなる。

 そうして話が進んで行くと、実はこの物語は、二人の男女がタイタニック沈没当時から、どのように時代を駆け抜けてきたのかが描かれた作品だということが明らかになってゆく。この二人の過去が厳密に言えば、タイタニック沈没には、あまり関係ないように思えるのがやや不満な点であるのだが、そんなことを差っ引いても十分に楽しめる内容であった。さらには、最後の最後まで予断を許さぬ内容となっているので、最終頁まで一気読みは必至である。


幸運は死者に味方する   Fortune Favors the Dead (Stephen Spotswood)   6点

2020年 出版
2021年03月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 サーカス団員だったウィル・パーカーは、探偵のリリアン・ペンテコストにスカウトされ、彼女の助手を務めることとなった。数々の事件をコンビで解決してゆくこととなったのだが、そのうちの一つ、1945年に起きたコリンズ殺人事件を思い起こす。それは、資産家のコリンズ家にてパーティーが行われている中、書斎で女主人が水晶玉によって撲殺されていた事件。しかも現場は密室であった! 怪しげな降霊術師と対決してゆく中で見出された事件の真相とは!?

<感想>
 劇作家やジャーナリストとして活躍していた人の小説家デビュー作。1945年のニューヨークを舞台に個性的な探偵コンビが活躍する物語を描いている。

 本書はなんといっても個性的なキャラクターに主軸がおかれる作品と言えよう。家出をした後、サーカス団で暮らすことになりナイフ投げを得意とするウィル。そんなウィルを、自分の探偵事務所にスカウトするリリアン・ペンテコスト。ペンテコストは優秀な探偵であるが、多発性硬化症という原因不明の難病を患っており、近い将来体が動かせなくなる可能性がある。そんなペンテコストの目となり耳となり、ウィルが体を動かして情報を収集し、ペンテコストが優れた頭脳で事件を解決してゆくことになる。

 本書では、資産家家族とその家族にまとわりつく降霊術師との間に起きた密室殺人事件の謎を解くという内容。その中身に関してだが、どちらかといえば本格ミステリというよりは、冒険ミステリというような感触であった。ち密な捜査とか、事件の検証といった行為は、全体的には少なかったような。あくまでも物語主軸で、主人公らが体を動かして情報を集めてゆき、さらなるトラブルに見舞われてゆく、というような展開。それゆえか、密室トリックの解明についても、やけにあっさりしていたような。

 一応面白く読めたのだが、全体的な感想としては、普通のミステリというような感じ。キャラクター性のみ面白く、それ以外はとびぬけたところはなかったような。現在、次作を執筆中とのことであるが、続編が出たら、とりあえずもう一冊くらい読んでみてもいいかもと思っている。


高慢と偏見とゾンビ   Pride and Prejudice and Zombies (Jane Austen and Grahame Smith)

2009年 出版
2010年02月 二見書房 二見文庫

<内容>
 18世紀末イギリス。田舎町ロングボーン家で暮らすベネット家の五人姉妹。彼女たちは町に沸く生ける屍らと闘うために少林拳の手ほどきを受け、立派な戦士となるべく日々の修行を行っていた。とはいえ、各々が自分たちの結婚相手の物色にも予断はない。そうしたなか、近所に資産家のビングリー家が引っ越してきて、当主のビングリーとその友人のダーシーが訪問してきて、ベネット家の姉妹が彼らと顔を合わせることとなるのだが・・・・・・

ジェイン・オースティン「高慢と偏見」感想へ

<感想>
 有名な古典作品、ジェイン・オースティン描く「高慢と偏見」をゾンビが蔓延る世の中を背景に書き起こした“マッシュアップ”作品。ベネット家の五人姉妹が格闘技の達人としてゾンビと渡り合いながら、上流階級としての生活を満喫していく。基本的には「高慢と偏見」の内容がそのまま描かれ、そこにゾンビを交えたものとなっている。

 本屋で目にして、つい購入してしまった作品。ただ、私は本家である「高慢と偏見」を読んでいなかったので、そこでちょうど光文社古典新訳文庫で出版されていた本家を購入。その後長らく積読となっていたが、今年「高慢と偏見」を読了。それに続いて、この「高慢と偏見とゾンビ」を続けて読むこととなった。

 個人的には先に「高慢と偏見」を読んでおいて良かったかなと。ただ、逆の読み方をしたらどうなったかというのもまた興味深いところ。何気にこの“ゾンビ”のほうも、冗談のみが描かれた作品ではなく、しっかりと「高慢と偏見」の世界と情景、そして登場人物それぞれの行動が同じように濃密に描かれている。

 この作品を読んで思ったことは、著者のセス・グレアム・スミスは、「高慢と偏見」を読んだ際に、感情的に納得のできなかった部分を自分なりに補完したかったのではないのかなと。しかし、有名作品をただ単に書き直すという行為は許されるものではない。それゆえに、ゾンビの世界観を交えて、このくらい大きく編集してしまえば、作品として許されると考えたのではなかろうか。そんなわけで、「高慢と偏見」において、感情的にいまいち納得できないところや、書き足りないというところをしっかりと書き加えることにより、本書は細部の感情を納得させるような作品に仕立て直されているのである。

 また、気に入らない登場人物をメチャクチャに叩きのめしているところも注目すべき点。本家においては、どうも読んでいて煮え切らないと思われたところを、この作品ではこれでもかといわんばかりに、しっかりと叩きのめし、それゆえに爽快感を味わえたりもするのである。

 そんなこんなで、事細かくやたらとしっかりと描かれた作品という感じであり、決して単純なパロディ作品だけに終わらないような形になっている。グロい描写とグロい挿絵が多いので、決して万人受けする作品ではないのだが、「高慢と偏見」を読んだことのある人にはお薦めしておきたい。ただ、“ゾンビ”とタイトルに入っている割には、そのゾンビ自体の活躍は控えめであったような。


ルインズ 廃墟の奥へ   The Ruins (Scott Smith)

2006年 出版
2008年02月 扶桑社 扶桑社ミステリー文庫

<内容>
 アメリカからメキシコへ観光にやってきた二組のカップル、ジェフ、エイミー、エリック、ステイシー。彼らはそこでドイツ人のマティアスと知り合う。マティアスが言うには、彼の弟が知り合ったばかりの考古学者の女と奥地へ出かけたきり帰ってこないという。そこで彼ら5人は仲良くなったギリシア人のパブロを連れて、ちょっとした冒険のつもりで奥地へと出かけていった。しかし彼らがマヤ人の集落へと入ったときに、事態は予想だにしなかった恐るべき方向へと進む事に・・・・・・

<感想>
「シンプル・プラン」で過剰に有名になりすぎた作家、スコット・スミスの第2作品。第1作から10年もの歳月がすぎ、2作目を書くまでよほど苦労したのだろうと強く感じられる。しかし、10年もの間をおきながらも、ひとつの作品を仕上げたということは評価してよいことであろう。

 本書は“快作”とはいえないまでも、充分“怪作”というに値する作品である。序盤は気だるい雰囲気が先行し、あまり面白そうな内容とも思えなかったのだが、中盤に入り、主人公達一行が理不尽で奇怪な状況におかれることになってからは、物語に対する印象は一変することとなる。

 この作品も特殊な状況下にあるとはいえ、うまく“モダン・ホラー”というものを体現したかのような作品に仕上げられている。理不尽な状況下におかれた普通の人々が、危機的状況の中でどのような行動をとることになるかが、まざまざと描かれている。主人公達が絶望の中から、ちょっとした希望を見つけ出そうとするものの、さらなる大きな理不尽な力が襲い掛かり、木っ端微塵に破壊してゆく様には、ただただ声を失うばかりである。

 例によって、この作品も映画化が考えられているようであるが、どこまで作品に忠実に再現できるか見ものである。でも実際に、この作品を読んでしまうと映像化したものをあまり見たくないような・・・・・・


チャイルド44   Child 44 (Tom Rob Smith)

2008年 出版
2008年09月 新潮社 新潮社文庫(上下巻)

<内容>
 スターリン体制下のソ連、レオ・デミドフは国家保安省の捜査官としてスパイ容疑者を捕らえるという職務を日々こなしていた。しかし、その捕らえた者の多くが無実の罪であり、その仕事に疑問を抱きながらも己自身が投獄されないよう、鬱々と業務にまい進していた。そんなとき、部下の子供が何者かに殺害されたという事件が起きる。しかし、この国では不要に殺人事件などというものは認めず、やがて事故として処理されてしまうことに。
 レオはやがて、副官の計略により、その地位が脅かされるはめに陥ってしまう。しかし、それをきっかけとして、とある殺人事件に遭遇する。それは部下の子供が殺害された事件と全く同じ状況で別の子供が殺されていたのである。レオがさらに調べていくと、大量連続殺人事件の存在が浮き彫りになることに・・・・・・

<感想>
 本書は旧ソ連にて実際に起きた事件をモチーフとして創り上げられた作品である。実際に起きた事件では50人以上もの少年少女が犠牲になったのだが、その事件が何故起きたのか、そして何故これほどの子供達が犠牲になるまで犯人が捕まらなかったのかを著者なりに解釈し、書き上げたものがこの作品といってよいのであろう。

 この作品では社会的システムの破綻した世の中の恐ろしさをまざまざと描き挙げている。あらすじだけ追えば、犠牲になっているのは子供達だけなのだが、実際にはここで描かれている社会の中でいかに多くの人々が犠牲になっているのかということが強く感じとれるのである。また、この作品はフィクションとして描かれているものの、作品のなかで起きている事のほとんどはノン・フィクションであったのだろうと容易に推測される内容になっている。

 本書をミステリ作品と捉えると、唯一結末の収束の仕方だけは個人的にあまり好みではなかった。しかし、それを差し引いてもこの作品が与えるインパクトはとてつもないものがある。また、難しい内容のように感じられる人も多いかもしれないが、かなり読みやすい作品として仕上げられているので、そこは安心して手にとってもらいたい。

 これこそ2008年、一番の目玉といえる作品であろう。著者のトム・ロブ・スミスにとって、これが最初の作品。これで今後注目しなければならない作家がまた一人増えたことになる。次の作品を既に書き上げているとのことなので、来年くらいにまた、発表されるという可能性もあるだろう。楽しみに待ち望むこととしよう。


グラーグ57   The Secret Speech (Tom Rob Smith)

2009年 出版
2009年09月 新潮社 新潮社文庫(上下巻)

<内容>
 スターリン体制が崩壊したものの、人々が自由を勝ち取るにはまだ程遠く、反乱から粛清へと民衆はさらなる翻弄へと巻き込まれてゆくことに。
 連続殺人事件の解決を経てレオ・デミドフは新設された殺人課での職を勝ち得ていた。しかし、彼の家庭では問題を抱えており、養女にしたゾーヤが彼ら夫婦に決してうちとけようとしなかった。そんな中、ソ連の国を揺るがすような事件が起きた。スターリン体制下で行われていた事が民衆に明らかにされることに。さらにレオのもとには、かつて捜査官時代に彼が罠をはめることによって逮捕したものが復讐のために現れたのである。そして復讐者の手によってゾーヤがさらわれ、レオはとてつもない計画を実行せざるを得ないこととなり・・・・・・

<感想>
 去年話題をさらった衝撃作「チャイルド44」の続編が早くも登場。トム・ロブ・スミスは今回もまたとてつもない物語を送り届けてくれた。

 前作同様、ソ連の体制下時代を描いた作品となっているのだが、今作は前作にもましてリーダビリティーの強い作品となっている。主人公レオがかつて逮捕した者と相対する場面や、“報道不可”の名のもとに届けられた本がもたらす混乱、かつて虐げられた者達の反乱、今回のタイトルとなっている収容所“グラーグ57”への潜入、等々。
 とにかく見どころ、読みどころがこれでもかといわんばかりに繰り広げられる。まさに読み出したらとまらない一冊といえよう。

 また、本書はひとりの人物が経験するというには、あまりにもやり過ぎという気がしなくもない。しかし、異なる見方をすれば、スターリン体制の崩壊から反乱、そして収束の模様をひとりの人物を通すことによって、見事に描ききっている作品とも言えるのである。

 前作の終わりでは、めでたしめでたしという雰囲気のなかで終わったように思えたのだが、決してそんなことはなく、今作でさらなる地獄を垣間見ることとなったレオ・デミドフ。この作品の最後には、またそれなりの着地点に落ち着くこととなるのだが、このシリーズは3部作として予定されている模様。今後もレオの苦悩はまだまだ続くことになるであろう。


エージェント6   Agent 6 (Tom Rob Smith)

2011年 出版
2011年09月 新潮社 新潮社文庫(上下巻)

<内容>
 レオ・デミドフは秘密警察を辞職し、妻のライーサと養女として迎えたゾーヤとエレナらと共に静かな生活を送っていた。ライーサは教師を務めるうちに出世をし、教育界では有名な人物となっていた。それによりソ連の友好大使として使節団を連れ、ニューヨークへと向かうこととなる。一団にはゾーヤとエレナを含むものの、レオはひとり家に残されることに。漠然とではあるが不穏なものを感じるレオ。そうしてライーサらはニューヨークに着き、歓迎を受けるのであったが、思いもよらない陰謀に巻き込まれることとなり・・・・・・

<感想>
「チャイルド44」から続くレオ・デミドフが主人公のシリーズ三部作の完結編。しかし、完結編といっても、これ一冊で壮大なサーガといってもよいほどの内容。上下巻2冊で結構分厚いページ数の作品なのだが、上中下巻でもよかったのでは!? と思わせるくらい濃い内容であった。

 上巻ではレオの妻ライーサと養女のゾーヤとエレナとがニューヨークへ使節団として向かうこととなる。そこで共産主義として弾圧されていた黒人歌手ジェシー・オースティンを巡る陰謀に巻き込まれることとなるのだ。事件が起きた後に事の顛末を聞いたレオはライーサらをニューヨークに行かせたことを後悔するが時すでに遅し。彼は何とか自分の力で真相を暴こうとするのだが、ニューヨークに行くことさえできない始末。そこでレオはとある行動をとる・・・・・・
 というのが上巻で、下巻ではさらに予想もしない方向へと話が進んでいくこととなる。

「チャイルド44」から「グラーグ57」にかけて、ソ連をとりまく情勢もよくなりつつあるのかと思いきや、まだそこまでには至らない。それどころか、アメリカとの冷戦やアフガニスタン戦線などといった国際的な情勢に巻き込まれることにより、レオとその家族はさらに運命に翻弄されることとなる。個人的には最終的に幸福な方向へと向かうのかなと思っていたのだが、行先は単純なハッピーエンドになるようなことは許されないといった状況。

 ここまでくると、政治や社会情勢というものに翻弄される国民の無力さが何とも悲しくなってしまう。決して運命ではなく、ごく普通に必然的に権力により蹂躙される人々の様相がただただ空しい。どこまでが実際の話かはわからないものの、世界的な規模のなかでみれば、決してフィクションにとどまらない内容なのであろう。

「チャイルド44」から始まる一連のシリーズには物語の重厚さのみならず、こうした社会情勢についても圧倒されるばかりであった。普通の物語であれば、そうした圧政に逆らい新たなる社会を切り開くとなるのだろうが、ここではそのあまりの重さと現実に翻弄されるのみという主人公が描かれていた。こうした背景の小説を普通の社会小説としてではなく、読みやすいミステリという形状で表してくれたことに感謝したい。このシリーズはまさに忘れる事の出来ない作品として私の心に永遠に残ることであろう。


偽りの楽園   The Farm (Tom Rob Smith)

2014年 出版
2015年09月 新潮社 新潮社文庫(上下巻)

<内容>
 スウェーデンの田舎へ移住した両親、そしてロンドンに住む息子ダニエル。ダニエルの元に父親から電話がはいる。「お母さんが精神病院から脱走した」と。その後、母親から連絡が入り、父から無理やり病院に入れられたので脱走してきたという。父と母、どちらの言い分を信じればよいのか。父の元から逃げてきたという母親とダニエルは再会し、母親の口から事の顛末が語られることとなるのだが・・・・・・

<感想>
「チャイルド44」で名をはせたトム・ロブ・スミスの新作。結構期待して読んだのだが、思っていたよりも・・・・・・ちょっと、期待が高すぎたかな。

 今作では、以前のスミスの作品と比べると動きがほとんどない。ダニエルの元に逃げてきた母親が、事の経過を語る場面が物語の大部分となる。その怪しいのか、真実なのか、いまいちわかりにくい話はいったい何を意味をなすのか? それが終幕で全て明らかとなるというもの。

 基本的に、ちょっとしたスパイめいたものというよりは、田舎の村八分を描いたかのような程度の話。それに過剰に反応する母親、もしくはその反応が実際に的を得たものなのか? そうした話が延々と語られるのみ。その語られる話自体が、決して面白く読めるものではないので、延々とした鬱屈した展開にだれてしまう。また、最終的に明らかとなる真相もそれほど劇的なものでもなかった。

 なんか、地味な田舎の一幕という感じ。さらには、地味な田舎の過去と現在の様子と言ってもよいのかもしれない。全体的に話の緊迫感を保たせるには、ちょっと長すぎたとも言えよう。


第三面の殺人   

2006年 出版
2010年06月 講談社 アジア本格リーグ6

<内容>
 小児科医であるヒラは突然、さる資産家から遺産を相続することとなり一夜にして大金持ちとなることに。彼女が相続したボンベイ郊外に建つアルデシル荘でパーティーを開催することとなり、多くの知り合いを招待する。そこには、著名な作家、評論家、舞踏家、等々有名人たちが集まることに。次第に、そこに集められた人々それぞれに因果関係があることが明らかになる。そうして起こるべくして殺人事件が起こる。

<感想>
 アジア本格リーグの最後の作品はインドのミステリ。タイトルの「第三面の殺人」と聞いた時には、阿修羅のような像とか、精神的なペルソナのようなものを思い浮かべたのだが、実際には新聞の第三面を賑わす人々という意味のようであった。

 というわけで、やや俗な内容なのだが、このアジア本格リーグも最後の作品にきても盛り上がることがないまま終幕となった。最初は警察の相談役のようなことを務める、かつて色々な事件を解決したという女性が登場する。この人が活躍するものすごい事件が描かれてゆくのかと想像したのだが、そこから先は思いもよらぬほど退屈な展開が続くこととなる。

 本書にて事件が起こるのはページの2/3が過ぎてから。そこからようやく探偵小説らしい展開となるのだが、そこに至るまでが長すぎる。そのころには、もう事件なんてどうでもいいという感覚におちいってしまう。そうして事件の解決自体もあまりにもあっさりとしたものであり、せっかくの舞台も何ら生かされていないと感じられた。

 というわけで、何ゆえこの作品を率先して紹介しようと思ったのか不可解なほど普通で退屈な作品であった。帯に“インドが放つ最高クラスの本格”と書いてあるのだが、そんなことを書いて大丈夫なのかと色々な意味で心配してしまう。


そしてミランダを殺す   The Kind Worth Killing (Peter Swanson)   6点

2015年 出版
2018年02月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ヒースロー空港にて、実業家で資産家のテッド・セヴァーソンは、目を惹く美女リリー・キントナーから声をかけられる。乗った飛行機でも近くの席で、話し込むこととなった二人。酒に酔った勢いでテッドは妻に対する不満をリリーに打ち明ける。あるときから、妻を殺したくなったと。それを受け、リリーは具体的な殺人計画を提案し、その計画は実際に進められてゆくこととなり・・・・・・

<感想>
 今年2月に発売された作品であるが、各種ランキング上位に掲載されていたのを見て購入して読んだ作品。個人的には・・・・・・あまりはまらなかったなぁ。

 序盤はハイスミスの「見知らぬ乗客」を思わせるような展開。ただし、それとは異なり交換殺人もののミステリではない。単に妻を殺したいという夫と、それを手伝おうと計画を企てる女との話。そして、これがただ単にそれだけにとどまらず、物語は話が進むにつれ、思いもよらぬ展開へとどんどんと進んでゆくこととなる。

 本書は、そのめくるめく物語の展開を楽しむべき作品と言えよう。何が起こるかわからないノンストップサスペンスというようなものである。個人的にランキングの上位に乗っていた故に、最後の最後でもうひと波乱(何らかのどんでん返しとか、思わぬ真相とか)を期待してしまったために、肩透かしされたような気分に陥った。たぶんそれは、この作品に期待し過ぎた故のことなのであろう。普通に読めば、サスペンス小説として、それなりに楽しむことができる作品であると思われる。


ケイトが恐れるすべて   Her Every Fear (Peter Swanson)   6.5点

2017年 出版
2019年07月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ロンドンに住むケイトは、アメリカに住む又従兄のコービンと住まいを交換し、半年の間ボストンに住むことを決めた。ケイトは大学に入ったとき、恋人のジョージとの間に、とあるトラブルが起き、そうしたことから脱却したいと願い、環境を変えるためにボストンへとやってきた。すると、彼女がアパートに住むやいなや、隣人の女性が殺害されていたのが発見されることに。容疑者のひとりとして挙げられたのは、ケイトの又従兄のコービン。そして、ケイトに近づいてくる男たち。目に見えぬ間の手が徐々にケイトに迫り・・・・・・

<感想>
「そしてミランダを殺す」で一躍注目をあびたピーター・スワンソン。個人的には「ミランダ」よりも、今回の「ケイトが恐れるすべて」のほうが面白かった。サスペンス小説として、なかなかの出来栄え。

 とにかく物語がどのように展開されるのかが予想がつかない。最初はケイトという不安を抱えた不安定な女性が中心となり物語が流れてゆくのだが、徐々に他の人の視点も交えての展開となる。最初はチョイ役くらいにしか思えなかった者にもスポットが当てられ、どのように話が展開されていくのかという部分にとにかく興味が惹かれることに。

 基本的には、ケイトが住み始めた隣の部屋で見つけられた死体に関する事件が中心となる。その事件を巡って、徐々に過去に起きた凶悪犯罪が浮き彫りになってゆくこととなる。

 特に最後にどんでん返しというものがあるわけではないのだが、それでも物語に対して惹かれる興味を継続したまま最後まで読み通すことができる作品。


アリスが語らないことは   All the Beautiful Lies (Peter Swanson)   6点

2018年 出版
2022年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 大学卒業を間近に控えたハリーの元に、父親死亡の知らせが届く。古本屋を営む父が散歩中に転んで頭を打ったことにより死亡したと思われたのだが・・・・・・どうやら殺人の疑いが。ハリーは実家で年若き義母と過ごすことになる。その義母アリスもまた、母親が再婚し義父と過ごすという青年時代を送っており・・・・・・

<感想>
 近年、立て続けに邦訳されているピーター・スワンソンの作品。本書もサスペンス風の内容といったところ。

 導入があまり面白くない。最初は、古本屋の店主が死亡し、息子が戸惑い続けるという描写のみ。その後、殺人らしいと告げられるものも、それ以後も遅々としてなかなか話が進んでいかない。一方で、死亡した男の後妻がなんらかの事件に関わっていそうな気がするものの、それについても漠然としたまま。そうしたなか、その後妻アリスの過去がこれまたゆっくりと語られてゆくこととなる。

 現在のパートと過去のパートが並行して語られていく構成。中盤くらいになって、過去と現在がつながるようになってから、ようやく話が面白くなってゆく。まるで、過去が繰り返されているというような内容であり、さらには思いもしなかった人物がクローズアップされて存在感を増していくこととなる。そうしたなかで、アリスという人物については、どこか漠然とした印象を保ったままで、物語の最後まで流れていくことになる。

 後半になると見せ場が多くなり、サスペンス小説としての存在感を増すこととなる。ただ、それまでの引きが弱いところが残念であったような。結局のところ、現在パートの主人公であるハリーという人物があまりにも普通の人であり、特に何かを起こすといった行動をとる人物でなかったところか全体的に物語が希薄となってしまった要因であるのかもしれない。


時計仕掛けの恋人   The Girl with a Clock for a Heart (Peter Swanson)   6点

2014年 出版
2022年08月 ハーパーコリンズ・ジャパン ハーパーBOOKS

<内容>
 出版社に勤める中年のジョージは会社帰りにバーで、ひとりの女に目を止める。その女は、ジョージが学生時代の恋人だった女であり、しかもその時に“死んだ”はずの女であった。死んだはずの恋人に会ったジョージは、その女から頼みごとをされることとなり、大金をとある人物へ届ける羽目となる。そうして、厄介ごとに巻き込まれることとなったジョージは・・・・・・

<感想>
 ピーター・スワンソンのデビュー作品。スワンソンと言えば、「そしてミランダを殺す」により日本では有名になったが、これは二作品目。デビュー作についても、実はこの「そしてミランダを殺す」が出版される以前に日本で刊行される予定であったらしいが、出版社の諸事情により出版できなかったと本書のあとがきに記載されている。

 そのデビュー作であるが、サスペンス小説として、普通に面白い。なかなか惹きこまれる内容となっている。主人公のジョージが、過去からよみがえってきた女リアナに翻弄される様子が描かれている。

 読んでいる最中、どう考えてもジョージはところどころで最悪な選択ばかりを選んでいるような気がして、疑問に思えるところはある。ただ、それだけリアナという女が魅力的であるということなのであろう。また、実際のところ、最悪な選択をしなければ物語が進まないと言うこともあるのだろうけれど。その謎の女リアナが不思議な魅力を醸し出す作品となっている。

 なかなか面白い作品であったが、欲を言えばもうひと展開くらい味付けが欲しかったところ。それ故に、もの凄く面白いという領域まではいかず普通のサスペンスミステリで終わってしまったかなと。ただ、第二長編にて見事成功を収めたと言うこともあり、その後順調に作家としてのレベルを上げていったのだろうと想像させられる。


だからダスティンは死んだ   Before She Knew Him (Peter Swanson)   6.5点

2019年 出版
2023年01月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 夫のロイドと共にボストンの郊外へ引っ越してきたヘンリエッタ・メイザー。彼女はフルタイムでアーティスト活動(版画家)をしていた。そんな夫婦が隣人のドラモア夫婦から誘いを受ける。4人でなごやかな時間を過ごす中で、ヘンはドラモア家の夫マシューの書斎で、あるトロフィーを見つけることに。それは、以前にヘンが興味を抱いて調べたことのある犯罪被害者の持ち物であるはずのトロフィーであった。ヘンはマシューが殺人犯なのではと疑いを抱き・・・・・・

<感想>
 近年は、年始にピーター・スワンソンの作品を読むのが習慣になりつつあるような。これで日本に紹介された作品は5冊目。ちなみに現在、未訳作品(この「ダスティン」の後に書かれた作品)が3冊あるとのこと。

 今作はなかなか面白かった。近年、徐々にネタ切れになりつつあるかな、などと思っていたところ、今作はだいぶ盛り返してきたという印象。予期せぬ展開の連続で物語が構成されている。

 主人公は芸術家で夫を持つヘン(ヘンリエッタの愛称)。ただ、過去に色々とあり、精神的にやや不安定な人物。その人物が隣の家に住む夫婦を訪ねた際に、その夫が殺人犯の可能性を示唆する証拠を見つけてしまう。ヘンはそれを証明したいものの、夫は信用してくれず、警察に相談しても半信半疑という状況。そんなもやもやした状況を抱える中で、事態がどんどんと発展していくこととなる。

 精神的に不安定とみなされる女性のヘンと、殺人犯(?)のマシュー、この二人の視点で話は動いていく。それ以外にも、マシューの妻や、マシューの不穏な弟などの視点も交え物語が展開していく。序盤は単にマシューが犯罪者なのか? そしてどのように逮捕されるのか? とか、そういったことが焦点になるのかと思っていたのだが、その予想を裏切るような展開が待ち受けている。

 これはもう、話の展開のさせ方が見事だなというほかはない作品。とにかく一度読み始めたら、作品から目を離せなくなるような魅力を秘めている。また、最後の最後で付け足される作品のタイトルの意味についても良い味を出していると思われた。


8つの完璧な殺人   Eight Perfect Murders (Peter Swanson)   6点

2020年 出版
2023年08月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 ミステリ専門の書店を営むマルコム・カーショーのもとにFBI捜査官のグウェン・マルヴィがやってくる。彼女によると、マルコムが以前コラムとしてブログに載せた“完璧なる殺人8選”と題して示したミステリ作品の内容に応じたかのような殺人事件が起きているのだと。グウェンは、そのブログを書いたマルコムに事件についてのアドバイスを受けに来たとのこと。マルコムは、グウェンから聞いた実際に起きた殺人事件についてはほとんど知らなかったものの、実は彼の人生においてとある殺人事件に密接に関係したことがあり・・・・・・

<感想>
 この作品を読む前に注意点がひとつ。ここの紹介されている古典ミステリのいくつかがネタバレとなっているので、注意が必要。代表的なところでいえば、クリスティーの「アクロイド殺人事件」「ABC殺人事件」、ミルンの「赤い館の秘密」、ハイスミスの「見知らぬ乗客」など。ゆえに、本書を読むのは、ある程度代表的な古典ミステリを読んだ人に限ったほうがよさそうと思われる。

 まぁ、ネタバレについてはともかくとして、こういった作品が挙げられている自体、著者のピーター・スワンソンが古典ミステリに相当精通しているであろうと思われる。スワンソンの作品については、どちらかというとサスペンスよりという感じがするが、自分なりに古典ミステリ的なものを今風に描こうとすると、こういった作品になるのでは、などと考えながら書いているのかもしれないと、勝手に考えたりもした。

 本書については、まぁまぁ、という内容であったかなと。それほど際立ったところがあるというほどでもなく、普通のサスペンス風ミステリであったかなと。どちらかといえば、本格ミステリ的なものよりも、ハイスミスの影響を受けていたりするのかなとも思える感じである。今作では普通にミステリとしては楽しめるものの、なんとなくであるが“8つの完璧な殺人”というタイトルやその内容について言及しているあたりが、変に作品の期待度を上げてしまっていたように感じられた。




作品一覧に戻る

著者一覧に戻る

Top へ戻る