愛川晶  作品別 内容・感想

化 身   6点

第5回鮎川哲也賞受賞作
1994年09月 東京創元社 単行本
1999年06月 幻冬舎 幻冬舎文庫
2010年09月 東京創元社 創元推理文庫

<内容>
 女子大生・人見操のもとに届けられた差出人不明の2枚の写真。1枚は保育園の入口の様子、2枚目には笛を吹く少年の絵が写っていた。不審に思った操は保育園の事を調べてゆくことに。すると、その保育園でかつて誘拐事件があったという。操の両親は亡くなってしまったのだが、ひょっとすると生前、操を保育園から誘拐したのではないかという疑いが浮上し始め・・・・・・

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<感想>
 久々の再読であるが、そういえばこれが愛川氏の処女作であった。しかも鮎川哲也賞を受賞した作品でもある。それだけのことあって、さすがクオリティの高い作品。

 ミステリとしてはちょっと不満な点もある。というのは、なんらかの事件が起こるわけではなく、あくまでもひとりの人物の過去を探るというもの。もちろんただ単に昔を調べるというようなものではなく、何者かわからないものから写真が届けられるという不気味な展開。ただ、それだけでは物語の引きとしては弱いかなと。

 キャラクタ造形についても、やや乏しいように思え、一般人が右往左往するというようなもの(そこがいいという人もいるかもしれない)。とはいえ、ミステリとしてはもう一つ、二つ工夫が欲しかったところ。

 と言いつつも、全部が全部悪いという事はなく、むしろ全体的なストーリーとか、やっていることとかは、目を見張るものがある。実は読み終えてみると、本書が誘拐ミステリとして非常に面白いトリックを仕掛けている作品であるということがわかる。そして、物語全体に仕掛けられた謎もうまく解決がなされている。

 読み終えてみると、なかなかすごい作品を読むことができたと思えるので、うまく話を進めてくれれば、かなり評判となったのではないかと惜しまれるところ。しかし、よく考えれば処女作であるので、そのように感じられてしまうのも当然のことなのかもしれない。


七週間の闇   6点

1995年08月 講談社 単行本
1999年11月 講談社 講談社文庫(加筆)
2010年08月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 自室の壁に掛けられた巨大な歓喜仏の絵画に抱かれるかのように、臨死体験研究家の女性が首吊り死体で発見された。警察は自殺か、他殺か判断を迷ったものの、結局自殺ということで決着がつける。しかし、馬目刑事は、この事件に不穏なものを感じ、自殺という結論に納得していなかった。その後、死亡した女性の画家である夫と、画廊で働いていた女が再婚し、子供を産み、さらなる事件が・・・・・・

詳 細

<感想>
 講談社文庫版で読んでいたのものを久々に再読。これ、今読んで思ったのだが、“ミステリというよりはホラーだよな”と。これだけのクオリティがあれば、ホラー小説大賞あたりでも十分大賞がとれるのではないかと思えるくらい。

 異様な格好をした死体が発見され、他殺が疑われるものの、結局は自殺で片付けられてしまう。しかし、馬目刑事は本当に自殺なのかと疑い、被害者の画家である夫について調べ始める・・・・・・と、ここまでが最初のパート。そこからは、亜矢子という主婦が主となり、話が進められることとなるのだが、なんとこの女、妻が自殺した画家と再婚し、子供まで設けていたのである。

 ここから亜矢子とその子供にまつわる話となり、物語が語られてゆくこととなる。サスペンス風の内容ではあるものの、何かを推理するというようなものではなく、登場人物が経験する不思議な人生を共にたどってゆくというようなもの。それでも決して退屈というようなことはなく、要所要所で驚愕の事象が語られることとなり、読み手の興味をひく内容となっている。そして、最初に起きた自殺と目された事件の驚愕の真相が明らかとなる。

“楽しい”とはかけ離れた暗い雰囲気の物語でありつつも、最後まで読者の興味をつかんで離さない内容。最初は、単純な女の欲望による事件かと思いきや、実はあまりにもぶっ飛んだ思惑が裏に潜んでいた。仏教や曼陀羅の設定をうまく取り込んだ作品でもある。


黄昏の獲物(トワイライト・ゲーム)   7点

1996年04月 光文社 カッパ・ノベルス
2000年03月 光文社 光文社文庫(改題 黄昏の罠)

<内容>
 都内の女子大生・桂木亜沙美が誘拐された!友人の栗村夏樹は、誘拐直前、亜沙美に会っていた事から、事件を追うことに。1億円の身代金を要求後犯人からの連絡は途絶え、同じ頃、秩父で女性の無惨な焼死体が発見される。結局、それは別人と判明するが、2つの事件には意外なつながりが!?

詳 細


光る蝶地獄   6点

1996年10月 光文社 カッパ・ノベルス
2001年03月 光文社 光文社文庫

<内容>
 女子大生の栗村夏樹は、思いがけず探偵事務所で働くはめになった。初仕事は、デパートの社長令嬢・あずさの尾行。そこで何者かに襲われたあずさを助けた夏樹は、久住家をめぐる不可解な事件に巻き込まれていく。あずさの父は5年前、謎めいた遺書を残し自殺を遂げていた。そして調査を進めるうち、新たな連続殺人が!

<感想>
 推理小説というよりは、できの良いサスペンスという感じである。全体を通していえば、うまくできていて完成度も高い。ただし、謎解きというか調査結果が小出しに出されるため、一連の事件を一気に解決という感じではない。また、強調されるような大きな謎というのが欠けていたためか、結局は小さくまとまってしまったような感もある。面白いことは面白いんだけど、やはり通俗のサスペンス小説というような感は否めない。


鏡の奥の他人   6点

1997年08月 幻冬舎 単行本
2000年10月 幻冬舎 幻冬舎文庫

<内容>
 気が付くと、血のついたナイフを握っていた。眼前には血まみれになって倒れている男。私はどうしてこんなところにいるのだろう? そして、この男は誰? 双子の姉の存在を信じる女子高生・美鳩。夜ごとの悪夢に苦しみながらも、失われた記憶をたどるミク。二人が手繰り寄せた記憶の糸の先には、過去に封じ込められた凄惨な事件があったのだ・・・・・・

<感想>
 やたらと完成度の高い作品。読み進めて行くうちに、話の内容の複雑さから少々混乱してしまう。しかし、結末にはそれらがぴったりとあるべき場所に当てはまり、一つの形を見事に織り成す。そこには叙述トリックも見え隠れし、読者を混乱させた後に感嘆へと見事に導く。極上のミステリ作品であろう。

 しかし残念なのは登場人物造形。主人公が便利屋の青年と親爺というのがちょっと悲しい。なんの希望も目的もなく生きている青年(結局なにもないまま終わっている)。明らかに過去に何かありそうなおっさん(ちょっとありきたり)。特に主人公として書かれている青年が事件によって何を感じ、何を得たか?ということが何もなく、事件自体のインパクトのみで完結してしまっている。主人公の青年をもっと生かしてくれれば、本書は名作として上り詰めたのでは・・・・・・(どうだろう?)


霊名イザヤ   6点

1998年08月 角川書店
2001年08月 角川書店 角川文庫

<内容>
 新進の童話作家で幼稚園経営者の深澤将人は、開かずの金庫から奇妙な文書を発見する。それは中世キリスト教の異端カタリ派の聖典であり、そこには亡き母が残した「イザヤにとってマナセを殺すことは、絶対に避けることのできない運命だ」という書き込みがあった。自らの洗礼名「イザヤ」との符号に驚いた将人は、この謎に迫るが・・・・・・

<感想>
 著者の作品の中で一番恐ろしく、かつ一番救いようのない内容の小説ではないだろうか。全編通してあまりにも生々しく、おどろおどろしい。

 あいまいな記憶という闇、そして疲れた身体を蝕む悪夢。はっきりとは判らないのだが、何かによって徐々に闇へと引き込まれていくという感覚だけが存在する。彼を闇へと引きずり込むのは過去の怨念か、忌まわしき血の宿命か、それとも現在における謀略なのか。彼の元へと一人の女が近づいてきたときに、平穏の崩壊の音がけたたましく鳴り響く。今までの蓄積された地位や名誉が崩れはじめて、闇に飲み込まれたとき、ようやく男は忘れ去られた記憶を取り戻し、過去の秘め事を告げられる。男が過去と現在の全てを知ったとき彼の前に訪れた者は・・・・・・

 以上、感想というか要約です。これで興味を覚えた人は読んでみてください。ちょっと長めです。


海の仮面   6点

1999年06月 光文社 カッパ・ノベルス
2002年06月 光文社 光文社文庫

<内容>
 夏樹の母親がひき逃げに遭った。命はとりとめたものの、意識不明の重体。どうやら母親は夏樹の知らないところで別の生活を送っていたようなのである。そしてその裏には夏樹の父親の死の真相が隠されているらしいと・・・・・・
 親と共に姿を消した保育園児。身元不明の殺人事件。ムー大陸を信奉する宗教団体。次々と起こる事件の中で夏樹は父親の死の真相に迫ることができるのか!?

<感想>
 うーーん、よくできていると思う。よくできてはいるんだけど、結局のところ話が長すぎたかなという気がする。なにしろ事件要素の天こ盛りなのである。とはいうものの、それらの要素が結末で集約し切れていないということはなく、むしろうまく一つにまとめられている。よって、最終的な完成度の高さには驚かされる。しかし、やはりよくばりすぎたのではないかなと思われる。特に物語中盤のムー大陸あたりについての部分が余計に感じられた。それらは流れとしては必要であったのかもしれないが、事件とはあまり関連がなく、またスピード感のある展開を滞らせたかのようにも思える。前半部で立て続けに事件が起きた後、一気にその勢いで後半部へと突入してもらいたかった。

 また、そういった物語が冗長になってしまった理由の一つとして、登場人物たちの行動が制御しきれなかったということがあるのではないだろうか。はっきりいって今回の作品では登場人物らの行動に首を捻らざるを得ない部分が多々見られた。特に主人公の行動はどうなのだろうと思われる。あまりにもひとりで突っ走りすぎているように感じられるし、当初の目的からも外れた行動をとっているように感じられた。また夏樹の過去について口を閉ざしていた刑事についても、率直に話をしたほうが早かったのではないかと思われる。

 全体的にはよくできているがゆえに、そういった細かい部分が目に付いてしまい、ちょっと残念な気分。しかし、こういったステップを経た後に、今度は暗いバックボーンを持たない探偵として根津愛を創造し、本格推理小説色の強い作品へと進んでいくことになったのではないだろうか。そういった著者の過程を示す作品であるといえるだろう。


夜宴(アクラレ)   6点

1999年11月 幻冬舎 幻冬舎ノベルス

<内容>
 死者が運転する車が上り坂を疾走し、虚空へ大ジャンプした!?
「二重の密室」と化した東北の有料道路で発生した車の転落事故。車は高速で飛び出したことから、事故、自殺の両面から捜査が始まるが、運転席の男の首には何者かに絞められた痕が。被害者は、落下直前に扼殺されていたのだ。アクセルを踏んだのは誰? 犯人はどうやって逃げたのか?

<感想>
 構成が「七週間の闇」を思い出させた。この話も途中、中盤でいままでの視点を変更して事件の渦中にある女性からの視点に切り替わり回想が始まる。また「七週間の闇」ではチベット教を持ち出したのに対し、「夜宴」ではブードゥ教のゾンビを持ち出している。内容は全く異なるのだが前作をついフラッシュバックさせてしまう。前作と大きく異なる部分は名探偵の存在であろう。この美少女名探偵、愛が出てきているときには新鮮味を増す作品となっている。構成上、麻絵の視点は必要であろうが、善田と愛の二人が主観だけの話にした方が著者の作品としては新鮮味をより感じられたと思う。

 内容のほうだが、車の中の密室殺人を実におもしろく解決している。推理は二転三転していゆき、収束に向かうのだがなかなか奇想天外なトリックを使っている(少々現実性を強調しすぎ、また、ルポライター小暮の存在は余計)。薬が関与するようなあやふやな部分も感じられるがラストにおける愛の解決の仕方がなかなか決まっていると思う(もったいぶりすぎにも思えるが)。

 この作品で登場した愛だが、以前リレー小説の「堕天使殺人事件」にも登場していて、愛川氏の順番は最後から2番目。愛が登場して事件を解決へと導いて行くのだが、ラストへバトンを渡さねばならないので合あえなくリタイヤ。わたしの意見としては盛り上がりに欠けるラストの芦部氏の変凡な探偵よりは、華ある愛に事件を解決してもらいたかった。今回愛川作品に登場してきたのでこれからも本格作品の中枢をになうキャラクターとして活躍していってもらいたい。


根津愛代理探偵事務所   6点

2000年10月 原書房 単行本

<内容>
 日本で唯一の美少女探偵が刑事のキリンさんこと桐野と共に数々の難事件に挑む。美少女探偵からあなたへの“五つの挑戦状”!!

 「カレーライスは知っていた」
 「だって、冷え性なんだモン!」
 「スケートおじさん」
 「コロッケの密室」
 「死への密室」

詳 細

<感想>
「堕天使殺人事件」、「夜宴」と続いて登場してきた美少女探偵・根津愛が登場する事件簿。いままでの登場に付け加えてさらに詳しく愛について語られる(本人によって)ものとなっている。これでようやく、彼女のバックボーンも整い、これから活躍してくれるのだろうと期待される作品となっている。

 この作品自体は、全編ユーモアと奇妙で不可解な事件に彩られており、さらにはそれぞれ読者への挑戦がついた本格的な作品となっている。とはいうももの少々、愛の推理は突飛なものであるという印象も否めない。「コロッケの密室」ではいきなりそんな結論がでてくるのはどうだろうかと思えた。他の作品でも推理がやけに飛躍してないかと思える部分も多々あった。

 それでも「カレーライスは知っていた」と「死への密室」はかなり良いできである。「カレーライス・・・・・・」にはなかなか奇抜なものを感じたし(だけど料理に詳しくないものにとってはきつい)、「死への密室」も伏線がちりばめられた謎といい、密室からの脱出の工程からラストへの展開といい、なかなかのもの。

 これからの根津愛の活躍にさらに期待して行きたい。しかし巻中にある「ネコマンガ」の内容がやけに哀しく感じられたのは私だけだろうか?


カレーライスは知っていた   6.5点

2000年10月 原書房 単行本 (「根津愛代理探偵事務所」)
2003年10月 光文社 光文社文庫

<内容>
<根津愛代理探偵事務所>
 「カレーライスは知っていた」
 「だって、冷え性なんだモン!」
 「スケートおじさん」
 「コロッケの密室」
 「死への密室」
<文庫本収録>
 「納豆殺人事件」
 ○一般公募による「スケートおじさん」解答編

<感想>
「根津愛代理探偵事務所」のほうは既に読んでおり、「納豆殺人事件」も別のアンソロジー集に掲載されているのを読んだので、わざわざ買う必要はなかったのだが、古本屋で安く売っているのを見つけたのでつい買ってしまった。内容のほうは、すっかり忘れていたので意外と楽しんで読むことができた。

 どれも“読者への挑戦”が付いていて、ミステリファンを楽しませてくれる構成となっているものの、フェアな内容になっているかといえば、どうかと思われる。特に「カレーライス」と「コロッケ」は謎を解くには、ある程度の知識が必要であろう。

「冷え性」はなかなか面白いミステリーとなっているのだが、“読者の挑戦”を挿入するには発想が突飛すぎる内容であろう。とはいえ、論理的というか連想的というか、神業的な推理が冴え渡った作品といえよう。

「死への密室」は再読しても、やはり一番できが良いと思われた。大きなトリックについては、なんとなくではあるが検討は付くのだが、それだけでは終わらない構成にしているところが見事である。

 文庫版に収録された「納豆殺人事件」は「カレーライス」に続いて愛の父親が活躍する作品。事件自体は変わったものであるのだが、その解決についてはやけに普通だったなと思えた。

 また、「スケートおじさん」の一般公募による解答は短いページに収められたものとなっているのだが、それぞれ工夫がこらされていて十分に楽しめる内容であった。

 全体的に見てみると、これだけ読みやすく、かつ楽しむことができ、しかもそれなりにレベルの高いミステリーを読むことができるのだからお得な作品と言えるだろう。改めて読んでみて、その面白さを再確認することができた。


巫女の館の密室   6点

2001年08月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 根津愛が桐野とともに訪れたのは、奥会津の秘境にある友人の別荘。そこでは十年前に不可解な密室殺人事件が起きたという。現場となった離れは、急斜面の山の途中に洞穴をくりぬき、そこに埋め込まれたかたちの、窓のないコンクリート製の箱のような部屋。唯一の出入り口は絶対に細工が不可能という特殊な構造をしていた。そこに横たわる他殺死体。犯人の姿はどこにもない。完璧な密室から、犯人は一体どうやって脱出したのか。この謎が解けないうちに、根津愛は突然失踪してしまう。拉致されたのか? 必死で捜し回る桐野だったが、その彼の前に、また新たなる惨劇が・・・・・・

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<感想>
 愛川氏が前代未聞の“密室”というものにこだわりぬいた作品。

 その感想はというと、肩をすかされた、という感がある。これは別に内容が悪いというわけではない。著者なりの前代未聞の密室というものについては、ある種納得がいくものであり、何がやりたかったかということについても実に明確に記されている。しかしながら、この著者が提示した建物において、こういうトリックを誰が期待していただろうか? このトリックを使いたいのであれば、別のもっと地味な密室でよかったのではないかと感じるのだ。ここまで大きな舞台、建物が用意されればどうしても、滑稽とまでいってもいいような壮大なものを期待したくなる。この密室とこのトリックは別の作品として使い分けてもらいたかった。


ダイニング・メッセージ   6点

2002年10月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 見合いの席で、なぜかシチューに入っていたビー玉、上司の弁当の中身を匂いだけで当ててしまう“絶対嗅覚”を持つ女、次々と桐野に送られる“食人鬼”からのメール、そして根津愛が仕組んだ・・・・・・
 さまざまな謎が思わぬ広がりをみせ、意外な「事件」に発展し、これを美少女代理探偵・根津愛が見事に調理する!!

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<感想>
 長編というよりは連作短編という形式の内容になっている。章のタイトルとなっている「Menu1」〜「Menu3」がそれぞれ短編推理小説となっていて「Menu4」で一連の物語の結末が語られる、というような具合である。

「Menu1」では見合いの席でのシチューに入っていたビー玉の話。これは事件というよりは、ちょっとした豆知識といった感じのもの。それでも物語全体として見れば、大事な導入部となってはいる。

「Menu2」は今回のなかでは一番楽しめた。これは“絶対嗅覚”を持つと思われる部下の女性によって、とある窮地に追い込まれる管理職の話。この物語のポイントは“匂いにて弁当の中身を当てる”というところにある。これが現代におけるちょっとしたマジックのようなトリックであってなかなか面白い(他の作品でも似たようなものを読んだことがあるが)。また、物語の展開としても一番良くできていると思われる。

「Menu3」は刑事である桐野の元に人を殺して食べたという内容のメールが送られてくるという内容。これはミステリーとして良くできてはいると思うものの、少々犯人側の作為としてやりすぎに思える。なんとなく事件自体と犯人の意図のバランスにずれが感じられた。

 そして「Menu4」ではミステリーというよりも物語としての結末がつけられる。これはこれでなかなか微笑ましい。

 この一連の作品をシリーズとして読んでいる人であれば、今後の展開としてもぜひ一読してもらいたい。今後出版されるこのシリーズの作品を読んでから本書を手にとるのでは面白さが半減してしまうのでご注意!

 この美少女代理探偵シリーズなのであるが、どうも“美少女探偵”という趣からはずいぶんはずれているような気がする。結局この“美少女”という言葉も一般的なものではなく、あくまでも桐野の目を通してだけで語られる“美少女”でしかない。ちょっとニュアンスは異なるかもしれないが、ある意味“桐野のノロケ話”が語られているだけともいえよう。要は読者から見る、または感じる“美少女”というものと著者の側から書きたい“美少女”という視点にずれがある気がしてならない。今後この作品に“美少女”という冠は必要なのであろうか?


網にかかった悪夢  影の探偵と根津愛4月   6点

2002年11月 光文社 カッパ・ノベルス

<内容>
 ぼくは十三歳。小さな町の中学校に通っている。一昨年、母さんが死んだ。友達はいない。作る気もない。だけど、恋をしてしまった。三つ年上の、とびきりの美少女に。ぼくの周囲では、陰惨な事件が次々に起きる。まず自宅で親友が殺され、中学校の校内ではさらに奇怪な殺人事件が・・・・・・

<感想>
 本格推理小説とはいうものの、展開が全く読めない小説になっている。根津愛が出てくるにしても既刊の美少女代理探偵シリーズとは全く異なる方向へと進んでいく様が見られる。そして最後には不可思議と思えた事柄の謎が次々と明かされていくさまはさすがである。ただし、付け加えるならば少々拍子抜けしてしまう部分も含まれてはいるのだが・・・・・・

 とはいうものの一風変わった小説になっていることは確か。このサプライズ小説には騙されること間違いなし。最後に付け加えるならば、読了の後にタイトルはなかなかうまくできていると思った。しかし、本当にあまり多くを語ることのできない本である。


ベートスンの鐘楼  影の探偵と根津愛   6点

2004年05月 光文社 カッパ・ノベルス

<内容>
 日本で死者が甦るという事件が頻発する。火葬場で生き返った男。ギロチンの仕掛けられた密室で発見された首なしの死体。そして心臓発作で死んだはずの男の死体が棺桶から消え去り・・・・・・
 次々と起こる怪事件の数々。これは現代に甦る吸血鬼のしわざなのか・・・ベーストンの鐘が鳴り響くとき、死体は甦る。

<感想>
 長い、冗長、とにかくそう感じてしまう。内容的には悪くないと思うのだが、こんなにページを分厚くする必要があったのだろうかというところが一番疑問。もっと話をすっきりさせれば、良い作品になったと感じたので残念である。

 では、なぜ本書が長くなってしまったのかといえば、登場する探偵の設定によるものだと思える。実際、著者自身があとがきで書いているように、この“影の探偵”というものの取り扱いに手を焼いているようである。なにせ、この探偵の特殊な性質ゆえに、繰り返し語られる部分が多くなり、話が決して一本道にならないという欠点を抱えてしまっている。それゆえに、話がなんども戻ったり、繰り返されたりとなり、物語自体の“謎”や“不可能性”が薄れ、探偵の設定ばかりにページをとられてしまう。

 著者自身にとってみれば、自分が創造したかわいいキャラクターということなのだろうが、読む側にしてみればそれほど入れ込めるようなキャラクターではない。そう思えば、このシリーズにこだわる必要がどこまであるのかというのが疑問なところ。

 なんか、物語の内容については全然触れていないのだが、どうも今回はキャラクターに関することのみに感想が終始されてしまう。本当に物語の印象が薄いんだよなぁー。


六月六日生まれの天使   6点

2005年05月 文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ

<内容>
 女は目覚めたとき、その記憶のほとんどを失っていた。見知らぬ部屋には自分と奇妙な仮面を付けた男だけ。何やら自分はとある陰謀に関わっていた気がするのだが、それがどうしても思い出せない。さらには不思議なことに、自分の前にいる男も記憶に障害を持っているというのであるが・・・・・・

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<感想>
 閉鎖的なミステリーとでも言えばいいのだろうか、脳内ミステリーとまで言ってしまうとちょっと言い過ぎのような気もするのだが、ようするに登場人物たちの感情の枠の中だけで行っているミステリーという感じであった。

 本書は記憶を主に扱ったミステリーである。しかし、この記憶を扱ったミステリーというものはあまり好きではない。この作品を読んでいても感じられたのだが、知っているはずのことを忘れてしまったという事によって、本来単純である話が複雑に語られるというのは読んでいて少々いらついてしまうのだ。特にこういった内容のものであれば、ご都合主義的な部分も多く、どうしても本格ミステリーという内容からはかけ離れてしまうようにしか思えないのである。

 と、思いながら読んでみて、その考えのまま読み終えた。しかし、最後まで読んでみてよくよく考えてみれば、本書の中ではそれなりにすごいことをやっていたのではないかと気づき始めた。その辺を整理してネタばれ全開で書いてみると、

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓<ネタバレ>
 本書の仕掛けをまとめてみると、
 1.記憶を失くした50代の女性の体験とその直前の過去の出来事が並行して語られる物語と見せかける。
 2.実は主人公の女性は50代ではなく、考えられていた人物とは別の女性であった。
 3.1で並行して語られていた女性は主人公とは別人であった。
 4.1で並行して語られていた話は過去ではなく、事件後の話であった。

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑<ここまで>

と、こんな感じであろうか。よくよく考え直してみれば、なかなかすごいことをやっているようなのではあるが、物語自体の吸引力が薄く、すごみを感じ取りにくいというところがマイナス面か。とはいえ、意欲的に新しい試みに挑戦しているという事は認めたいところである。

 でもなんか最近の愛川氏の作品を読んでいると、やりすぎ、考えすぎという気が・・・・・・


道具屋殺人事件   6点

2007年09月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 「道具屋殺人事件」
  脳血栓で倒れた落語の師匠に殺人事件の容疑がかかってしまうのだが、その真相とは!?
 「らくだのサゲ」
  芸名をひんぱんに変える落語家が彼女までも取り替えた? その真意とは??
 「勘定板の亀吉」
  かつらを付けた落語好きの教師にかけられた詐欺の疑いとは?

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<感想>
 近年、落語を主題としたミステリをよく見かけるような気がする。古くは北村薫氏あたりから始まり、最近ではミステリ作家とはいえないが田中啓文氏が書いたりもしている。また、最近よく落語ミステリを読んでいる気にさせられるのは大倉崇裕氏のせいであるのだろう。そういったなかで愛川氏までもが落語ミステリに手を染めることとなったようである。

 大雑把にいってしまえば、この作品は落語の内容に関しては中級、ミステリに関しては初級といったところか。
 いままで読んだ落語ミステリというと、だいたい今まで落語に触れた事のない人向けに書かれているようなものが多かったように思える。本書も、もちろん落語に触れた事のない人のために、細かい説明が挿入されている。ただそういったなかで、落語の世界の中へもう一歩踏み込み、落語界の用語などといった世間一般では知る事のできないようなものまでが紹介されている。

 また、今回描かれている落語に関する内容であるが、かなり著者自身が研究したのではないかと思われるようなものとなっている。ミステリを構築するために、それに見合った落語をもってくるというのはもちろんのこと、それだけではなく落語の構成や内容において著者自身が考え出したというものまでも見受けることができるのである。ひょっとしたら、既出のアイディアであるのかもしれないが、そう感じさせるほど落語にたいして踏み込んだ内容となっている。

 と、落語そのものに関しては力を入れているものの、ミステリ作品としては少々淡白であったように思える。最初の「道具屋」あたりはまだそれなりに凝った内容だと思えたのだが、「らくだ」に関してはひねりがなさすぎたように思える。「勘定板」に関しては、さらにミステリとしては、すかされてしまったというような気がしてならない。

 今後、このシリーズが続くのかどうかはわからないが、楽しめることは間違いないので続編が出れば読んでいく事になるだろう。まぁ、愛川氏が久々に作品を出してくれたということだけでも良しとしたい。


芝浜謎噺   6点

2008年04月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 「野ざらし死体遺棄事件」
  亮子の叔父は狂言の行為にも関わらず本当に白骨を掘り出してしまった! 事件に隠された真相とは?

 「芝浜謎噺」
  舞台で起きたハプニングの最中に楽屋で高価な宝石が消失してしまった。いったい誰が・・・・・・

 「試酒試」
  亀吉が故郷でトリを務める独演会をやることとなった。しかし、ゲストとして招かれていた師匠が一向に姿を見せず・・・・・・

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<感想>
 愛川氏が送る落語ミステリ作品第2段。今回も奥深い落語の話と、それに見合ったレベルの高いミステリが共生した内容を味わうことができる作品となっている。

 本書でミステリとして一番見るべきものがあったのは最初の「野ざらし死体遺棄事件」。「野ざらし」という落語のなかの疑問点と、河原に埋まっていた白骨死体の謎とをかけた絶妙なミステリが展開されている。この作品では主人公の叔父というアクの強い人物が出てきており、どうにも不可解な言動ばかりをとっているのだが、最後の最後で事態の真相が明らかになったとき、それらの全てがふに落ちるものとなっている。

 二作目の「芝浜謎噺」は宝石の消失事件を扱ったもの。しかし、ミステリ作品としては少々弱いと感じられた。とはいえ、これも他の作品と同様、落語に新たな解釈をつけることにより、落語の話そのものの幅を広げながらも、事件までもを解決してしまうという展開は見事である。

 最後の作品はミステリ的な展開はなく、物語りという趣向の強い作品である。しかし、前作から読み続けている読者であれば、感涙間違いなしの内容である。これを読めば落語って素晴らしい! と手放しで褒めたくなってしまうこと間違いないであろう。

 本作品とは関係ないことで一言付け加えておくと、愛川氏はしばらくはこの落語ミステリのみしか書かなそうなので少々残念だということ。元々多作というほどの作家ではなく、「六月六日生まれの天使」以降少し間が開いていたと思ったら前作の「道具屋殺人事件」が書き上げられた。しかも困った事に、この落語ミステリの評判が上々のようであるので、しばらくはこちらにかかりきりになるのではないかと思われる。確かにこのシリーズは面白いし、読み続けていこうと思っているのだが、普通のミステリ作品も書いてもらいたいと思わずにはいられない。


うまや怪談   

2009年10月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 「ねずみととらとねこ」
 「うまや怪談」
 「宮戸川四丁目」

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<感想>
 常々、愛川氏には通常のミステリ作品を書いてもらいたいと思っているのだが、この落語シリーズも他の作品に負けず劣らず面白いのだから困ったものである。ミステリ作品としては若干薄めになりつつあるのだが、落語話と人情味を掛け合わせた小説としてはどんどん深みが増しているようにさえ感じられる。

 このシリーズ作品の特徴は、一つの落語の話に対して、ふに落ちない部分を取り上げ、それを納得のいく落語話に作り変えてしまうという趣向がなされているところ。ゆえに、ひとつの作品を書く上での苦労はそうとうなものであると思われる。そう考えると、たぶん著者の愛川氏は現在はこのシリーズにかかりきりであるだろうと思われ、他の作品に取り掛かっている暇はないのだろうなぁと容易に想像できる。

 今作では表題作である「うまや怪談」が秀逸。ひとつの落語噺の後日譚を怪談噺として作り上げ、それと一緒にちょっとした事件の謎までも解いてしまうという趣向。日常の謎系であるので、事件の中身は少々薄めに感じられるとはいえ、よくできていることに変わりはない。

 また、「宮戸川四丁目」はこの作品集の中のおまけの話というくらいの内容かと思いきや、きちんとシリーズをつなぐ内容となっており、心憎い作品となっている。

 まぁ、とにかく良く出来た作品であると言わずにはいられなくなるような内容。なんだかんだ言いつつも、このシリーズを追い続けていくことには変わりはないであろう。


三題噺 示現流幽霊   

2011年04月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 「多賀谷」
 「三題噺 示現流幽霊」
 「鍋屋敷の怪」
 「特別編(過去)」

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<感想>
 神田紅梅亭寄席物帳シリーズ4作品目。すでに安定しつつある落語ミステリ・シリーズであるがゆえに、今更付け足す言葉がない。従来のシリーズ通り、安心して読むことのできる作品。今作では、やや手品の比重が大きかったような。

 シリーズとして一番のポイントとなる作品が「鍋屋敷の怪」。一見、どろどろとした人間関係の話のように見えるのだが、予想を覆して面白いことをやってくれている。そして、シリーズの念願であった山桜亭馬春師匠の復帰がとうとう果たされることに。さらにはその舞台を裏側を補うように「特別編」というエピソード付けられているところも見逃せないものになっている。

 実はこのシリーズ、馬春師匠の復帰により終わる予定であったらしい。しかし、著者の愛川氏は奮起し、続きを書くことを決心したようである。個人的には、もはや終わりなどを考えずに、書き続けてもらいたいシリーズである。


ヘルたん   6点

2012年02月 中央公論新社 単行本

<内容>
 元引きこもりで現在フリーターの青年・神原淳は、以前住んでいたところを追い出され、浅草に住む成瀬老人の家に居候することとなる。その成瀬老人は、なんとかつては有名な探偵であったのだという。しかし、現在は定期的にヘルパーが訪ねて来るという、介護が必要な状態となっている。その成瀬老人の家に来たヘルパーがなんと高校時代に神原が片想いをしていた中本葉月であった。彼女との出会いをきっかけに、神原はフリーターを脱却し、ヘルパーの道へと進み始める。

<感想>
 主人公がヘルパーの仕事をしつつ、そこで起きた不思議な事件を元探偵の老人と共に解決していくという内容。ここしばらくの間、愛川氏はミステリ作品から離れ落語シリーズのみを書いていたが、その理由のひとつに自身が自宅で介護をしなければならなくなり、忙しくなったと、何らかの作品のあとがきで書いてあったような気がする。そして、その体験を生かして書かれた作品がこの「ヘルたん」なのであろう。

 愛川氏の作品で過去に記憶の喪失をテーマとして書かれた作品があったが(覚えている限りでは「鏡の奥の他人」「六月六日生まれの天使」)、老人性の痴呆やアルツハイマーという形で記憶の喪失を描かなければならないとは、まさか考えていなかったことであろう。それとも、以前から何らかの予感があったのだろうか。

 本書では3つの事件をとりあげて、それらを解決に導いているが、どれも小粒といった印象。特に2番目の「ミラー・ツイン」などは家系図を持ち出して、ものすごい内容に発展していくのかと思いきや、介護におけるちょっとしたネタのみで解決するという実に小さなまとまりかた。

 アットホームな内容で推し進めていくのかと思いきや、陰惨な話や、嫌な内容が含まれていたりと、全体的なイメージがまとまりきれていなかったように感じられた。アットホームなものとするならするで、もっとほのぼのとした作品にしてもよかったのではないだろうか。
 元名探偵に関わる謎とか、未解決の事件を示唆していたりするので、たぶん続くのであろうが、もうちょっと面白い具合に仕上げてくれたらなぁ、ということを望みたい。


十一月に死んだ悪魔   6点

2013年09月 文藝春秋 単行本

<内容>
 10年前ミステリの新人賞を受賞してデビューした碧井聖であったが、現在はアイディアもつき、やっつけ仕事をこなしながら、なんとか作家として生活を続けていた。碧井は11年前、交通事故を起こし、当時の記憶の一部を失っていた。また、現在も度々意識が遠のくことがあり、それが原因で妻子と別れ、ひとりで暮らすことに。そんなあるとき、取り寄せた資料に描かれていたラブドールを見て、過去の出来事を思い起こす。さらには、立ち寄ったクリーニング店で、そのラブドールそっくりの女性と出くわす。その女性が過去の友人・・・・・・もしくは、彼の記憶のなかだけの友人に酷似しているような・・・・・・。碧井の記憶がさらにあいまいとなりつつあるなか、次々と訪れる不可解なできごとに悩まされるのであるが、新作の筆は進むこととなり・・・・・・

<感想>
 久々に愛川氏らしいミステリを書いてくれたと思う。内容はやや粗かったりとか、アクが強いというか、細かいことを言い出したらきりがないのだが、氏にはこういったミステリをどんどん書いてもらいたいと願っている。ぜひともこれが復活の第一作になってくれたらと願いたい。

 物語は11年前のある時期についての記憶を失った作家の物語。11年前どころか、ところどころの記憶が覚束なく、やたらと人生があいまいな人間という気がしてならないのだが、そんな男が巻き起こし、巻き込まれる事件と騒動が描かれている。

 新人賞をとったミステリ作品がどのようにして書かれたのか、11年前に喪失した記憶とは何なのか、彼の頭の中で語り掛けてくる声は何者なのか、彼の昔の親友はいったいどうなったのか、そしてクリーニング店で出会った謎の女性の正体とは。謎というか、あいまいというか、そういうものに囲まれた不安定な状態のなかで物語が推し進められていく。徐々に記憶のほつれが解けはじめ、さらには主人公が知らなかった事実も語られてゆき、謎と思われていたことが明らかになり始める。

 真相が全て明らかになってから思い返してみると、細かい話の整合性はとれているものの、物語の筋書としては粗いかなという感じ。まぁ、こういう内容なので、決して話が明るいほうへいくこともなく、良い終わり方をするわけではないものの、暗い雰囲気が非常によく表されていたなという印象。なんとなく、いろいろなネタを一つの作品に押し込んでしまって、もったいなさを感じてしまうのだが、これはこれで良いということで。


神楽坂謎ばなし   

2015年01月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 中堅出版社の編集者である武上希美子の部署は大変なことになっていた。産休をとった社員がいて、人手が足りないと思っていたら、頼みの部長が病気により倒れてしまった。部長の仕事を引き継ぎ、急きょ人気落語家の出版案件を担当しなければならなくなった希美子であったが、校正の段階で落語家を怒らせてしまうこととなり・・・・・・しかも、その件を機に希美子の出生の秘密が明らかに!?

<感想>
 ミステリではなく、ひとりの女編集者の物語というところ。なんとなく、ドラマ化できそうな話のような感じ。最近、愛川氏の小説って、いやに所帯じみてきたなとしみじみ思ってしまった。

 落語に関する話が語られるはずなのであるが、どうやらシリーズ作品の1話という感じで、まだまだ導入の段階。ここでは、落語そのものではなく、寄席の舞台と経営という立場から落語を含めた芸能を語るという趣向がこらされるよう。

 今作ではミステリ的な事象はほとんど起こらず、次回作以降からようやくミステリ的な展開がなされていくらしい。ただ、今回読んだ上で、次回作も読むかどうかは疑問。とはいえ、文庫作品であり、手軽に買えて、手軽に読めるという利点はあるので、続きも読んでしまうかもしれない。


手がかりは「平林」   6点

2017年09月 原書房 ミステリー・リーグ

<内容>
 「手がかりは「平林」」
 「カイロウドウケツ」

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<感想>
 久々の愛川氏の作品。最近の愛川氏の作品は落語ものが多く、ややミステリから離れたような気がしていて、個人的に作品から遠ざかっていた。今回は原書房から本書をいただいたので、久々に読むことができた次第。神田紅梅亭寄席物帳シリーズの6冊目。私は、5冊目は未読であるが、そんなことは関係なしに中身については楽しむことができた。

 作品の語り手はシリーズ当初からの落語家と結婚して現在子持ちの主婦である平田亮子。ただ、物語全般にいたって主人公と言ってもよい存在は、新人女性落語家である、お伝さん。彼女は東北大震災により肉親を亡くし、その後、山桜亭に弟子入りすることとなった。この辺の詳しいことに関しては、ひょっとするとシリーズ第5作目あたりに書かれているのかな? この作品では新人落語家となった、お伝さんが悩みながらも落語家として少しずつ成長していく様子が描かれている。 「手がかりは「平林」」では、お伝が「平林」という落語を小学校で披露した際のトラブルと、とある男性の小競り合い等の謎が描かれる。「カイロウドウケツ」は、お伝自身の家系にまつわるトラブルが取りざたされている。

「手がかりは「平林」」は、一見たいした事件らしきものはないようでいて、最後の最後で見えなかった事件が浮き彫りになり、うまい具合にまとめているなと感心させられる。色々な事象を一網打尽に解決といった感じ。

「カイロウドウケツ」については、読んでいる分にはわかるのだが、このネタを舞台などで披露しても見ている方にはわかりにくいのではないかと・・・・・・読んでいる身であっても結構ややこしい話であったし。話というか、家系が。これまた、最後に思いもよらぬ事件の構図が浮かび上がってくるものとなっている。

 このシリーズ、6作目で、最初の作品から10年もの月日が経っているのだが、文庫本でも出ているので、まとめて一気に読んだほうが絶対に面白いと思われる。ただ、いまのところまだ4作目までしか文庫化されていないが。




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