東野圭吾  作品別 内容・感想2

怪しい人びと   5.5点

1994年02月 光文社 単行本
1998年06月 光文社 光文社文庫
2020年03月 光文社 光文社文庫(新装版)

<内容>
 「寝ていた女」
 「もう一度コールしてくれ」
 「死んだら働けない」
 「甘いはずなのに」
 「灯台にて」
 「結婚報告」
 「コスタリカの雨は冷たい」

<感想>
「犯人のいない殺人の夜」に続き、新装版が出たので、ほぼ連続して読むこととなった東野氏の作品集。内容でいうと「犯人のいない〜」のほうが面白かったかな。本書については、前作と比べると、ややアイディアの盛り込みが足りなかったような。

 一番面白かったのは「寝ていた女」。これは元となるアイディアが面白い。というのは、会社員が同僚にラブホテル代わりに自分の部屋を貸すというもの。この設定からして、ミステリとしていろいろと広げることができそうで面白そう。この作品では、持ち主が家に帰ると見知らぬ女が居座っており、ひと騒動がおき、そこから会社を巻き込みというような展開が繰り広げられている。

 その他に関しては、それぞれがちょっとした物語といった感じの内容ばかり。工場での事故を描いた「死んだら働けない」あたりは、東野氏の作品らしさを感じ取ることができた(長編でもこういったものがあったような)。


「寝ていた女」 同僚に部屋を貸すサラリーマン。ある日、その部屋に帰るとひとりの女が居座っており・・・・・・
「もう一度コールしてくれ」 老婆を襲って金を奪い、逃げ込んだ先は、かつて彼の人生を変えた因縁の相手であった。
「死んだら働けない」 工場で死亡していた仕事熱心な男。彼は、ロボットの操作ミスによって死亡したのか?
「甘いはずなのに」 妻が死亡し、残された娘と一緒に過ごしていたものの、その娘も死亡した。男は再婚相手とハネムーンにいくのだが・・・・・・
「灯台にて」 腐れ縁の友人と、灯台で体験したある出来事。
「結婚報告」 友人から結婚報告の手紙が来たのだが、同封されていた写真に写っていたのは、友人である彼女ではなく・・・・・・
「コスタリカの雨は冷たい」 旅先のコスタリカで運悪く強盗にあった夫婦は・・・・・・


むかし僕が死んだ家   7点

1994年05月 双葉社 単行本
1997年05月 講談社 講談社文庫

<内容>
 私は、かつて彼女であった沙也加に頼まれ、人里離れたところに建つ一軒の家へと向かった。沙也加は、幼少時期の記憶が無く、その家に手がかりがあるのではないかと考えていた。その記憶の欠落が現在の娘に対する虐待に関連しているのではないかとも。ふたりが訪れたその家は、人が住んでいる気配がなく、かつて住んでいた家族が突然消失したような痕跡が遺されていた。何か手がかりはないかと探していた時、その家に住んでいたと思われる子供の日記が見つかり・・・・・・

<感想>
 かつて単行本で読んだ作品なので、もう読んでから20年以上が経つ。今回は文庫版での再読。

 実は今回読む前はそれほどたいした作品というイメージがなかったのだが、再読してみるとこれが意外とよく出来た作品であることに驚かされた。ところどころに張り巡らされた伏線をしっかり回収するというよく出来たミステリ作品に仕立て上げられている。

 本書は謎を解くというよりは記憶をたどるというような感触が強い作品ゆえに本格ミステリという感じではないのだが、それでもうまく作られていると思われる。人里離れたところに建てられた一軒家。古いようで、中味はさほど荒れてはいなく、しかしその割には人が住んでいた気配がないという家。何も手がかりがつかめないまま家を去ろうとしたとき、そこに住んでいた子供の手記が見つかったことから、徐々にさまざまなことがわかり始める。

 単純な記憶を巡るだけの旅のつもりが、謎の家についての考察。そこから派生してゆく、家に住んでいたもの達の家族構成と過去に起きた出来事。そしてそれらが記憶を取り戻しに来た女性にどのようにつながっていくのかが推理されてゆく。最初は簡単な構図の作品でしかないと思っていたのだが、思いもよらず複雑な糸が張り巡らされたような作品となっており、驚かされる。そしてその張り巡らされた糸が最後にはしっかりと回収されている。決して良い話ではないので、楽しめるという部類の内容の作品ではないのだが、記憶をたどるミステリとしては破格のできではないだろうか。


虹を操る少年   6.5点

1994年08月 実業之日本社 単行本
1997年07月 講談社 講談社文庫

<内容>
 深夜の午前二時ちょうど、闇夜に不思議な光の点滅が見られるようになる。それを目にしたものは、光に引き寄せられるように夜中に集まり始めることに。光を発信していた主は、天才高校生の白河光瑠。彼は光を演奏することで、皆にメッセージを発信していた。そんな光のコンサートが話題となり、多くの人に知られることに。やがて、光瑠を中心とした大きなうねりは、日本中に影響を与えることとなり・・・・・・

<感想>
 久々に読んで、こんな内容だったのかと再確認した作品。ミステリではなく、伝奇とでもいうような内容、いや、むしろSFと言っても過言ではないほどの作品であると思われる。

 何気に人間の進化を問う作品になっているのではなかろうか。ただ、それを極力簡単な内容に落とし込み、普通に生きる人々の世界から逸脱しないような出来事の中で描き上げている。ゆえに、作中では、光のメッセージに魅入られた若者とその家族との様相、光のコンサートに群がろうとする大人たち、当事者である白河光瑠に近づこうとスパイ行為を企てる者、そういった普通のミステリの範疇で描き上げた作品であるにもかかわらず、その真意はとてつもなく高いところに感じられる。

 よくぞこういった内容のものをわかりやすく、短いページ数の作品として書き上げたものだと、ただただ感嘆。何気にアーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」を思い起こさせる。


パラレルワールド・ラブストーリー   6点

1995年02月 中央公論新社 単行本
1997年02月 中央公論新社 C・NOVELS
1998年03月 講談社 講談社文庫

<内容>
 敦賀崇史は大学院在学中、よく乗る電車と平行して走る電車の中に見る女性に一目ぼれしていた。ある日、親友の三輪智彦から、智彦の彼女・津野麻由子を紹介されるのだが、その娘が電車で見かけていた女性であり、敦賀は親友の恋人であるにもかかわらず麻由子を好きになってしまう。
 その後、敦賀と三輪は同じコンピュータ工学系の会社に入り、仕事に勤しむこととなるのだが、敦賀は日々暮らしている中で、自分の記憶におかしなところがあることに気づく。自分が付き合っている彼女が、かつて三輪の彼女であったと・・・・・・? 記憶が錯綜する中、会社で秘密裏に行われている実験の内容にも気になり始め・・・・・・

<感想>
 久々の再読となる本であり、内容はすっかり忘れていた。実は当時読んだ印象としては、そんなに面白くなかったように記憶していたのだが、今回読んでみると結構楽しんで読むことができたので驚いた。これは意外と面白いなと。20年以上に月日が流れて、考え方も変わったのかな?

 タイトルからすると、軽めな恋愛小説のように思えるのだが、実はその中身は心理系サスペンス小説である。東野氏の作品でいえば「変身」や、岡嶋二人氏の「クラインの壺」とか、そういった作品に通じるところがある。主人公自身が体験する世界が、根本から崩れていくという様相が描かれたものである。

 現在の出来事と過去の出来事が交互に語られてゆき、主人公は現在の出来事に対し違和感を感じ始める。そして、過去との記憶に相違が出ていることに気づき始め、やがて過去の出来事が現在に追いつき、そうして全てを知るという展開となっている。

 話の展開という点でうまく作り上げられているなと感じられる作品。主人公の世界が徐々に閉ざされていくような形となり、まるで追い詰められていくような感覚に陥るようなサスペンスとして描かれている。心理系のサスペンス小説としてはよくできていると思われた。ただ、“恐怖や不安”のほうが“恋愛”を上回ったせいか、ラブストーリーという感覚はあまりなかったかなと。


あの頃ぼくらはアホでした   

1995年03月 集英社 単行本
1998年05月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「球技大会は命がけ」「消えたクラスメイト」「したことある者、手え挙げてみい」「剃り込み入れてイエスタデイ」
 「ワルもふつうもそれなりに」「油断もスキもない」「つぶら屋のゴジラ」「『ペギラごっと』と『ジャミラやぞー』」
 「俺のセブンを返せ」「更衣室は秘密がいっぱい」「幻の胡蝶蹴り」「僕のことではない」「読ませる楽しみ、読まされる苦しみ」
 「何かが違う」「やっぱり門は狭かった」「あこがれの慶応ボーイやでえ」「あの頃ぼくらは巨匠だった」「残飯製造工場」
 「嗚呼、花の体育会系」「芸のない奴、ゲロを出せ」「似非理系人間の悲哀」「恋に恋する合コン魔」「恒例の儀式」「アホは果てしなく」

<感想>
 東野氏の自伝的エッセイを再読。頭を使わず、気楽に読める本としては持ってこい。

 この本、非常に面白いのだが、序盤の“高校生編”が一番面白く、その後は尻つぼみになってしまうのが惜しいところ。“高校生編”のノリですべて通し切ってもらいたかった。特に高校生編を超えた後の特撮映画や特撮ドラマの部分に関しては、感想というよりは、そういうのがありましたというような紹介がメインになってしまっているので、読んでいてもあまり面白くない。その後の浪人編、大学編に関しても、高校生編に比べれば現実味が増したためか、やや低調。といいつつも、基本的には楽しく読めた。一気読みする必要はなく、ちょっとずつ読んでいったほうが、より楽しめそうな感じもする。

 私は、東野氏よりも1回りほど下の年代であるが、ここに書いてあることはほぼ受け入れられた。というのも、実際のところウルトラマンとかを見ていたし(私のころは仮面ライダー世代となるのかな?)、荒れた高校とか、体育会系のノリとか、そういったものにも多少なりとも触れたりし、まさにそういった時代を通り過ぎてきたという思いがある。ただ、これが平成の後期とか、令和の時代に生まれた人が読んでも共感できるものでなくなりそうである。令和に生まれた人がこの作品に触れることができるような年代になったら、どんな感想を持つか聞いてみたいところである。


怪笑小説

1995年10月 集英社 単行本
1998年08月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「鬱積電車」
 「おっかけバアさん」
 「一徹おやじ」
 「逆転同窓会」
 「超たぬき理論」
 「無人島大相撲中継」
 「しかばね台分譲住宅」
 「あるジーサンに線香を」
 「動物家族」

<感想>
 東野氏の作品で“〇笑小説”というシリーズのようなものがあるが、その走りがこの作品である。結構印象的な作品が多く、ずいぶん前に読んだ作品であるにもかかわらず、今でも内容を覚えていたものが多くみられた。ミステリ作品集ではないのだが、何気に東野氏の作品のなかで印象深い作品の一つである。

「鬱積電車」 電車内で、それぞれの人が抱く愚痴を描いたのみかと思いきや、最後に大きなオチが待ち受けている。
「おっかけバアさん」 趣味がこじれるとこんな風になってしまうという具体例のような。特に年をとればとるほどこじれやすい?
「一徹おやじ」 巨人の星を知っていれば知っているほど楽しめる。そしてなんといってもオチが秀逸。
「逆転同窓会」 教師たちの悲哀を描いたような作品。ただ、オチによる救いが心温まる。
「超たぬき理論」 UFOの正体は狸だった! と、理論的に語る様が、とにかく面白い。しかもしっかりと一オチ付けている。
「無人島大相撲中継」 一芸が役に立つ? というような話ではなく、単に何も考えず笑えばよい話なのかもしれない。
「しかばね台分譲住宅」 新興住宅地同士の死体の押し付け合いというとんでもない展開がなされている。これもまた、素晴らしいオチが待ち受けている。

「あるジーサンに線香を」 タイトルの通り、アルジャーノンに花束を、をモチーフとしたシリアスな作品。今になって考えると、こういった手術が本当に行われることがあるならば、メンタルケアが一番重要になってくるのであろうなと、ついまじめに考えてしまう。

「動物家族」 この作品集で、惜しいと思えるのが、最後のこの作品の内容について。それまでの作品は悲哀はありつつも、最後に笑いで吹き飛ばせるというものがほとんどであったのだが、これだけが悲哀のみで、しかも後味が悪い。作品取全体として、最後まで笑いで吹き飛ばしてもらいたかったところ。


天空の蜂   6.5点

1995年11月 講談社 単行本
1997年11月 講談社 講談社ノベルス
1998年11月 講談社 講談社文庫
2015年06月 講談社 単行本

<内容>
 これから試験飛行を行うはずであった、巨大ヘリコプターが突如勝手に動き出した。倉庫から出て、上空に飛び立ち、稼働中の原子力発電所の上で静止した。その後、マスコミを含めた関係各所にFAXが届けられる。「ヘリを安全な場所へ移動してほしければ、稼働中の原発を全て停止させろ」というような内容。差出人は“天空の蜂”と名乗っていた。しかもそのヘリコプターには、誤って乗り込んでしまった小学生が閉じ込められていた。ヘリの関係者、原発の関係者、警察らは、この事態にどのように立ち向かうのか!?

<感想>
 昔、講談社ノベルスで読んだことのある作品。今回は講談社文庫版で再読。東野氏の作品のなかでは、なかなかの分量を誇る作品。

 実は、かつてこの作品を読んだときには、さほど面白い作品だとは思えなかった。しかし、今回の再読では非常に興味深く読むことができた。理由は、一つ。東北大震災以前と以後の原発に対する注目度の違いによるものである。

 本書はエンターテイメント要素がちりばめられた作品となっているのだが、実はそこに重きを置いた作品ではないと今回の再読で改めて感じさせられた。この作品では原発というものに対する警鐘と是非について考えさせるような社会派的な内容の作品だと気づかされる。その原発の周辺に関わる者たちの気持ちや感情がまざまざと表されている。

 ただ、本書において原発の是非を問うというようなものでは決してないものの、原発について色々と考えさせられるものとなっている。特に原発事故前と後では、全く見方が変わる作品とも言える。そんな作品が、原発事故が起きる前に書かれていたと言うことに、今更ながら驚かされてしまう。


名探偵の掟   7点

1996年02月 講談社 単行本
1998年04月 講談社 講談社ノベルス
1999年07月 講談社 講談社文庫

<内容>
 プロローグ
 第一章 密室宣言  トリックの王様
 第二章 意外な犯人  フーダニット
 第三章 邸を孤立させる理由  閉ざされた空間
 第四章 最後の一言  ダイイングメッセージ
 第五章 アリバイ宣言  時刻表トリック
 第六章 『花のOL湯けむり温泉殺人事件』論  二時間ドラマ
 第七章 切断の理由  バラバラ死体
 第八章 トリックの正体  ???
 第九章 殺すなら今  童謡殺人
 第十章 アンフェアの見本  ミステリのルール
 第十一章 禁句  首なし死体
 第十二章 凶器の話  殺人手段
 エピローグ
 最後の選択  名探偵のその後

<感想>
 東野氏と言えば、今では誰もが知っている有名作家であるが、その経歴のなかでいくつかポイントとなる作品があったように思える。ひとつは「秘密」であり、ひとつは「容疑者xの献身」、そしてもうひとつ挙げるとするならば個人的にはこの「名探偵の掟」ではないかと思われる。基本的にはサスペンス小説の書き手というイメージであった東野氏が、本格推理スピッツも持ち合わせていると感じられるようになったのがこの作品。

 本書は、名探偵・天下一大五郎が、捜査一課警部・大河原番三と共にさまざまな難事件に挑むというもの。ただ、実際にはそんな真面目な小説ではなく、アンチ・ミステリ、もしくはメタ・ミステリというような内容のもの。何しろ登場人物である大河原が、その小説上の人物というところから抜け出し、また“密室”か! とか、また“ダイイングメッセージ”か! などと推理小説のありふれた展開を嘆きながら捜査にあたってゆくというもの。大河原と天下一は自らを推理小説上のキャラクターと理解しながら、まじめなふりをしつつ、その役どころをしっかりとこなし、そして事件を解決してゆく。そして愚痴をタラタラと・・・・・・

 というような中身の短編集なのであるが、これは本格推理小説を読み慣れた読者であれば、笑いながら読めること間違いなしの内容。“お約束”に嘆く登場人物らと共にミステリの舞台裏から作品を読んでいくという感触が味わえる。しかも、単なるパロディに終わらず、時としてこれはなかなかよく出来たトリックではないかとドキッとさせられるものもあるので要注意! とはいえ、よく見ればやっぱりボツネタか、とも思えないこともないのだが。

 そんな具合にちょっと変わった目線からミステリを楽しむことができる作品集。天下一や大河原警部らと共にミステリのお約束を堪能されたし。


どちらかが彼女を殺した   7点

1996年06月 講談社 講談社ノベルス
1999年05月 講談社 講談社文庫

<内容>
 愛知県の交通課に勤務する和泉康正は、OLである妹と連絡が取れなくなり、不審に思い上京した。部屋へあがってみると、そこで康正は妹の死体を発見する。妹は自殺をしたかのような状況であったが、康正はすぐに何者かが自殺に偽装したということを見抜く。康正はこの件は警察の力を借りずに自分の力で決着をつけようと、他殺の証拠を隠滅する。独自の調査で犯人と思しき者は妹と付き合っていた男と、妹の友人である女の二人に絞る事ができた。どちらかが妹を殺したはずであるのだが・・・・・・そんな折、ただひとり加賀という刑事が自殺という状況に疑いを抱き、康正に必要以上に接触してくる。

<感想>
 こちらは発売当時、ノベルスで読んだ作品。初読の時にはノベルスに解説がついていなかったせいもあり、知りきれトンボとなっているラストから、これはリドルストーリーのように(当時はそんな用語はしらなかったが)、どういう風に解釈してもよい作品なのだろうと思い込んでいた。しかし後日、実は作品をきちんと読めば、誰が犯人なのかが明らかになる小説だということを知る。そうして解説つきの文庫版を買いなおし、いつか読み直そうと思いつつ、早10年。ようやく再び読み直す事ができた。

 じっくり読んでみると、なるほどと納得できる内容。確かにちょっと難しいが、容疑者となる二人のうちの片方が犯人であるということが明らかとなっている。何度かページをめくり直し、確認して、果てしなく回答に近いヒントが書かれている解説を読むと・・・・・・間違っていた!

 いや、単純に考えすぎてしまった。ここまで複雑なロジックを用いてくるとは。しかも、ノベルス版のほうが犯人を暴きやすくなっているため、文庫版ではとある一文字を削除し、難易度を上げているということまでがなされている。いやはや、ここまで先は読めないわ。確かに利き手がわかったというだけで、犯人がわかってしまうというのは、単純すぎるという気はしたのだが・・・・・・思いもよらず、難易度の高い犯人当てであった。

 懲りずに「私が彼を殺した」のほうも再読してみよう。そして今度こそはと!


毒笑小説   6点

1996年07月 集英社 単行本
1999年02月 集英社 集英社文庫

<内容>
 「誘拐天国」
 「エンジェル」
 「手作りマダム」
 「マニュアル警察」
 「ホームアローンじいさん」
 「花婿人形」
 「女流作家」
 「殺意取扱説明書」
 「つぐない」
 「栄光の証言」
 「本格推理関連グッズ鑑定ショー」
 「誘拐電話網」

<感想>
「怪笑小説」に続いて、同じテイストの短編集であるこの「毒笑小説」を再読。コメディ短編集でありつつ、風刺系もしくは社会派の短編集とも言えるかもしれない。

 個人的には社会派的な内容よりも、そういったことに関係なく、たた単に笑い飛ばせるような内容のものが好みである。「誘拐天国」は、爺さん3人衆の行き過ぎた道楽という感じで楽しめるものの、ちょっとした社会的な風刺も込められている。「花婿人形」は、最後の最後になると手放しで(色々な意味で)笑える話と言えるかもしれない。「ホームアローンじいさん」も有名映画をモチーフとしたその内容を楽しむことができるものとなっている。

 代わりどころでは、SF系の内容と言ってもよさそうな「エンジェル」、何気にミステリ要素が強い「女流作家」、殺人計画をたまたま見つけた本のアドバイスに応じて成そうとする「殺意取扱説明書」などと言ったものがある。

 笑いの要素でいうと「怪笑小説」に比べれば減ったというか、やや真面目になってしまったという気もするが、これはこれで楽しめる作品集であった。


「誘拐天国」 孫と遊びたいあまりに、暇と金を持て余した3人の老人は大掛かりな計画をたて・・・・・・
「エンジェル」“エンジェル”と呼ばれる不思議な生物が現れ、それによる騒動は地球規模で人々を巻き込み・・・・・・
「手作りマダム」 会社員の奥さんたちが集うパーティーに参加したものの、大いに後悔する羽目になり・・・・・・
「マニュアル警察」 男が自首した警察では、マニュアル化されたことにより、とんでもない対応をうけることとなり・・・・・・
「ホームアローンじいさん」 家族が出かけたすきに孫のAVを見ようとしたお爺さんであったが、その時空き巣が入りこみ・・・・・・
「花婿人形」 母親の言いなりであった男が結婚式を迎えたものの、とある一つの質問を母親にしようとしたのだが・・・・・・
「女流作家」 妊娠を機に作家活動を休止した作家が抱える秘密とは!?
「殺意取扱説明書」 婚約者を友人にとられた女は古本屋で“殺意取扱説明書”というタイトルの本を見つけ・・・・・・
「つぐない」 家族の反対を押し切り、ピアノを習い続ける中年男の真意とは!?
「栄光の証言」 殺人事件を目撃した男は、そのことにより注目を浴び、得意になったものの・・・・・・
「本格推理関連グッズ鑑定ショー」 父親が遺したミステリに関する珍品とは??
「誘拐電話網」 自分に関係のない子どもに関わる誘拐電話がかかってきた男がとった行動は・・・・・・


悪 意   7点

1996年09月 双葉社 単行本
2000年01月 講談社 講談社ノベルス
2001年01月 講談社 講談社文庫

<内容>
 人気作家である日高邦彦が自宅で殺害され、その事件の第一発見者となった日高の友人であり同じく作家の野々口修。野々口は、自身が作家であるがゆえか、今回の事件において起きた事象をまとめ、書き上げてゆく。そうしたなか、野々口がかつて教員をしていたときの同僚で、現在は刑事となった加賀恭一郎は、野々口がまとめた原稿を読んだことにより、犯人の正体を突き止めるのであったが・・・・・・

<感想>
 感想を書いていなかった作品の再読。加賀恭一郎が登場するシリーズの3作品目に当たる(初読当時はシリーズとは全く考えていなかったが)。

 内容はまるで倒叙小説のような(ちょっと違うが)、犯人は序盤に特定されて、そのアリバイトリックや動機などについて言及していく作品。と、見せかけつつ、裏にはもう一山あるという中味になっている。

 話が二転三転してゆく展開が面白い。また、読んでいる途中では、案外単純な構図でまとめられるのかと思っていたら、何気に複雑かつ計画的で用意周到な真相が待ち受けており、驚かされてしまう。再読して改めて思ったのだが、こんなに面白い作品だったのかと、いまさらながら気づかされた。これは、改めて読み直して良かったと思える作品。


名探偵の呪縛   6点

1996年10月 講談社 講談社文庫

<内容>
 図書館を訪れた推理作家は、いつの間にやら別世界へと迷い込み、彼はそこで探偵・天下一となっていた。彼が迷い込んだのは、“本格推理”という概念が存在しない街。そんな街で天下一は依頼人となる市長から、この街を創ったと噂されるクリエイターの屋敷からミイラが発見され、現場から何かが掘り出された跡があったことを聞かされる。市長は天下一に、その盗まれた何かを探し出してもらいたいというのである。このことを知っているのは調査チームのメンバーのみということで、それらのメンバーに話を聞きに行こうとすると、ゆく先々で殺人事件が起きることに。密室殺人事件、不可能殺人事件、さらには不可解な連続殺人事件。“本格推理”という概念がないはずの世界で、いったい何が起ころうとしているのか!?

<感想>
 過去に読んだ作品の再読。たぶん東野氏初の文庫書下ろし作品ではないだろうか。この作品は「名探偵の掟」に登場した名探偵・天下一が登場する。ただ、前作と趣は異なり、とある作家(東野氏自身?)がパラレルワールドに迷い込み、そこで作家自身が天下一になってしまうというところから物語が始まる。

「名探偵の掟」のほうは、本格推理小説に対して“お約束”にメスを入れるような作風となっていたのだが、この作品は似てはいるもののちょっと違う。普通に殺人事件の捜査が行われるものとなっているのだが、“本格推理”という概念がない世界での捜査というところが部分的に前作に通じるものとなっている。

 まぁ、そんな細かいことは脇に置いて置いといて、一応は普通にミステリとして楽しめる内容ではある。扉が本棚でふさがれ、家具類が壁に押し付けられた密室から犯人はどのように脱出したのか? また別の事件では、3人の容疑者にそれぞれアリバイがあるなかで、真犯人はどのようにして犯行を成立させることができたのか? さらに最後の事件では予告付きの連続殺人はどのようにして行われたのか? と、本格ミステリ要素満載のものとなっている。そして、この本格推理という概念がない街の存在意義は!? ということが語られている。

 と、そんな感じの内容がユーモアたっぷりに展開されることとなる。初読の時は「名探偵の掟」と同じようなものを期待していたせいか、的外れという感じがして、あまり面白く思えなかった。しかし、この作品単体として改めて読み返してみると、これはこれで悪くないと思われた。よくよく読んでみると、実は本格推理小説として、意外とよくできていると感じられた作品。


探偵ガリレオ   6.5点

1998年05月 文藝春秋 単行本
2002年02月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 常識では考えられない謎・事件に直面したとき、警視庁捜査一課の草薙俊平は、旧友である帝都大学理工学部物理学科助教授の湯川学のもとへと相談にいく。警察署内でもお馴染みとなった湯川は、いつしかガリレオ先生と呼ばれるようになる。

 「燃える」
 「転写る」
 「壊死る」
 「爆ぜる」
 「離脱る」

<感想>
 ドラマ化により世間一般的にも有名となった“ガリレオ”シリーズ第1弾。感想を書いていなかったので久々に再読。とにかく理系ミステリとして魅力的なシリーズ。

「燃える」は、理系トリックがうまくできているのと、真犯人の正体や、動機といった面がそれぞれうまくできている。最初の作品ですでにシリーズの魅力に取りつかれた人も多いのではなかろうか。

 ただ次の「転写る」については、トリックと事件が密接に結びついていないために、やや作品としては微妙な気がする。

 と、そんな具合に、トリックが事件の内容とうまく結びついていたり、いなかったりと作品によって、出来不出来に差がある気がした。それでも、こうした理系トリックを用いたミステリというもの自体があまり見られないものであるため、作品集全体としては非常に魅力を感じるものとなっている。

 貴重な理系ミステリとして、オールタイムベストとして今後もミステリ界で語り継がれてゆく作品と思われる。作品の出来不出来よりも、その設定と、実験室や実験の雰囲気が大きなポイントとなっていると言えよう。


「燃える」 突然、人の頭が発火した事件。その手段とは?
「転写る」 犯行現場(?)に残された精巧なアルミのデスマスクはどのようにしてできたのか?
「壊死る」 一見、風呂場で心臓発作を起こした死体のように見えたのだが・・・・・・
「爆ぜる」 海水浴場の海の中で起きた爆破事件とアパートで発見された死体の関係性は?
「離脱る」 少年が描いた絵はまるで幽体離脱をして、実際に現場を見て描いた絵のようであり・・・・・・


秘 密   6.5点

1998年09月 文藝春秋 単行本
2001年05月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 杉田平介は、テレビで妻と娘が乗っていたはずのバスが崖から転落したことを知ることに。急いで現地へ駆け付けると、妻は死亡し、かろうじて娘の藻奈美が生き残るという状態。意識を取り戻した娘に話しかけると、なんと娘の体に宿っていたのは死んだはずの妻・直子であった。その日から、平介と娘の体に宿った妻との秘密の生活が送られることとなり・・・・・・

<感想>
 東野氏作品の売れ行きに関わる大きな分岐点のひとつである作品と言って良いであろう。イメージ的には、この作品が映画化されたことにより、東野氏の名前が大きく知れ渡り、ようやく人気作家の仲間入りを果たしたという風に捉えている。

 本書の序盤の主題は、バス事故の被害者という立場と、その事故により妻の意識が娘の体に宿ったというもの。その後、バス事故の被害者という立場に関しては、後を引かずに早めに収束する。その代わりに、バスの運転士に関わる謎が浮上してきて、主人公の杉田平介は何気にその謎について調べてゆくこととなる。

 バスの運転士に関する事項なども付け加えて、うまく読者の気をそらさないように物語を描き上げていると感じられる。ただ、それでも本書の一番の主題は“妻の意識を持った娘”にあり、それに翻弄される父親の立場というものにある。ただ、この大きな主題に関しては、少々アクが強い部分もあるので、運転士の謎などといった場面転換があったことにより読み進めやすくなっていたと思われる。

 本書の主人公である夫であり父親という立ち位置でもある杉田平介であるが、その行動がいささか行き過ぎているように感じられる。ただ、彼の立場からしてみれば、ただひとり時間の流れや家族の絆のなかから置いてけぼりをくらうような恐怖を感じる中で、そういった行動をとらざるを得ないのはしょうがない事なのかもしれない。それゆえに、全てを解決するためには、後半のような展開(というか、選択?)が必要不可欠となるのであろう。

 全くもって、“終わり良ければ総て良し”というわけではないのだが、それでも二人が納得しなければ先に進むことのできない別れの祝福に、身を任せるのみ。


私が彼を殺した   7点

1999年02月 講談社 講談社ノベルス
2002年03月 講談社 講談社文庫

<内容>
 神林貴弘の妹・美和子は作家であり映像制作も手掛ける穂高誠と結婚することとなった。しかし貴弘は穂高のことを快く思っておらず、この結婚に乗り気ではなかった。穂高のマネージャーである駿河直之も穂高誠のことを憎んでいた。駿河が好意をよせていた女性・浪岡準子を横取りされ、しかもその準子は子供を堕ろさせられたあげく捨てられていた。神林美和子の詩人としての才能を見出し、現在彼女のマネージャーをしている雪笹香織も穂高誠を憎んでいた。彼女は一時期穂高と付き合っていたのだが、その後あっさりと他の女に乗り換えられた。
 穂高誠と神林美和子の結婚を控えた前日、穂高に捨てられた浪岡準子が毒入りのカプセルを飲むことによって自殺をした。そして彼女が使用した毒入りカプセルが偶然にも他の者達の手元に入ることに!! そうして結婚式当日、穂高誠は毒により殺害されることとなる。彼を殺したのは誰か? 毒入りカプセルを穂高に飲ませることができたのはいったい・・・・・・

<感想>
「どちらかが彼女を殺した」に続く、読者自身が犯人を当てなければならないという趣向の作品。ノベルス版で読んでいたのだが、そちらには解答がついていなかったので、解答のヒントがついている文庫版も購入。そうして、購入してから8年の時を経て、ようやく読むこととなった。

 最終的に毒の入手については、それぞれルートが明らかにされている。容疑者である3人の誰もが毒を入手できる立場であった。よって問題となるのは、どのようにして被害者に毒を飲ませたのかということ。最後の最後で加賀刑事からヒントが与えられているので、そこに着目して問題を考えるようになっているのだが、どうも今回は難しい。前作では、もう少し着目点を絞れたのだが、今回は完敗。

 というわけで、巻末の袋とじを開ける。

 すると、なるほどと。確かに、登場人物のひとりが怪しい行動をとっており、その行動が怪しいということは気づくことができた。しかし、ある物証に関する内容についてはどうやら読み飛ばしたようである。なんとなくどこかに書いてあったような気もするのだが・・・・・・

 面白く読むことができ、趣向としてもよいと思えつつも、やはりこういった犯人当てというものであれば短編のほうが向いているかなと。長編だとあとから読み逃した部分を見直すという作業が大変(というよりも、見なおしきれない)。それでも、このような難易度の高い犯人当て作品を作るということには感心させられた。まぁ、それなりに満足できたので、ノベルスと文庫の両方を購入するに値する作品であったということは事実。


嘘をもうひとつだけ   6.5点

2000年04月 講談社 単行本
2003年02月 講談社 講談社文庫

<内容>
 「嘘をもうひとつだけ」
 「冷たい灼熱」
 「第二の希望」
 「狂った計算」
 「友の助言」

詳 細

<感想>
 感想を書いていなかった作品の再読。こちら加賀恭一郎シリーズとなっているのだが、この頃特に加賀恭一郎がシリーズキャラクターという印象もなかったので、この作品に再登場してきたときには驚いたような気がする。またキャラクターとしても、こんなに非情な感じだったっけという違和感も感じられた。

 どれも短めの話であり、犯人と加賀恭一郎が対決するというような内容になっている。コロンボ作品のような倒叙小説のような感じではあるが、最初に犯行の様子が描かれているわけではないので、厳密な倒叙小説ではないと思える。また、その構成を逆手に取った作品も含まれているので、読んでいて決して油断できない作品集となっている。

 最初の「嘘をもうひとつだけ」は、コロンボ風の作品で如何にして犯人に罠を仕掛けるかという内容になっているだが、それ以降の作品は、さまざまな仕掛けが含まれている。単純な構図に見えたかと思えば裏をかかれたり、複雑な構図課と思いきや・・・・・・と、それぞれの作品における工夫が面白い。

 読みやすいサスペンスミステリでありつつも、それだけにとどまらない濃厚なミステリ作品集になっているところがポイント。


予知夢   7点

2000年06月 文藝春秋 単行本
2003年08月 文藝春秋 文春文庫

<内容>
 「夢想る(ゆめみる)」
 「霊視る(みえる)」
 「騒霊ぐ(さわぐ)」
 「絞殺る(しめる)」
 「予知る(しる)」

詳 細

<感想>
 人気シリーズの再読。感想を書いていなかったので再読してみたのだが、改めて読んでみるとこの作品はよくできていると感心させられた。前作の「探偵ガリレオ」よりも、こちらの作品集のほうが出来が良いと感じられた。

 今作に収められた作品はどれも、一見事件は単純なものとして解決されている。しかし、そこにちょっとした不審や不穏を匂わせるような事象があり、警察関係者はそこに引っかかってしまう。そこで、理工学部助教授の湯川に相談しに行き、謎と思われた部分を紐解いてゆくと、思わぬ事件の構図があらわとなるのである。

「夢想る」では、ストーカーを被害者家族が撃退し、その後逃げ去ったストーカーはひき逃げを犯して逮捕されることとなる。本来ならばここで話は終わるところなのだが、そのストーカーが被害者が生まれる前から彼女の存在を感じ、彼女と一緒になることを思い描いていたというオカルトじみた動機が語られる。これが本当にオカルトなのかどうかということを湯川が調べてゆくことにより、驚くべき真相が明らかになる。

 と、他の作品も似たような流れで、どこかオカルトめいた事象が発生したことにより、それをガリレオ探偵が調査することとなるのである。これら作品のなかで思わず騙されてしまったのは「絞殺る」。だいたいこんな話であろうと考えながら読んでいたのだが、真相があきらかにされると、見事なくらいひっかけられたと思わず白旗をあげてしまいたくなるくらいの内容。

 その他の作品もそれぞれが面白く、読み応えのあるミステリ作品となっている。改めて読んでみて、何気に東野氏の作品のなかでもベスト級の作品集ではないかと感じてしまうくらいよくできていた。しかも、これがすごく読みやすい小説となっているのだから、なおさらすごい。


片想い   7点

1999年08月26日号〜2000年11月23日号 週刊文春
2001年03月 文藝春秋 単行本

<内容>
 帝都大アメフト部のOB西脇哲郎は、十年ぶりにかつての女子マネージャー日浦美月に再会し、ある「秘密」を告白される。あの頃の未来にいるはずの自分たちは、変わってしまったのだろうか。過ぎ去った青春の日々を裏切るまいとする仲間たちを描く傑作ミステリー。

<感想>
 かつては東野氏は高校生や大学生ぐらいをあつかった学園物をいくつか書いていたが、本書はそれから時が過ぎ去った者たちを描いたかのような作品となっている。著者にとっても時の流れや日々の移り変わりなど思うところがあったのかもしれない・・・・・・と勝手に考えてしまった。

 本書は展開が全く読めない構成となっており、話がどのようになっていくのかという点で楽しむことができた。しかし展開が読めないながらもテーマは一貫していて、到達にいたる過程も非常にすっきりしているように見える。週刊誌に掲載しながらも、よくこれだけ話がそれないように練ることができたなと、ただただ感服。

 本書でテーマとなっているのは性同一障害。これによって自分自身に悩む者たちの考え方、生き方、行動などがフリーのライターである西脇哲郎の目を通して描かれている。

 また、もうひとつ作品を特徴付けているのがアメフトである。主人公ら登場人物の多くは帝都大のアメフト部に在籍していたもので、人物像がそのポジションによって位置付けられている。アメフトのポジションは明確に役割が決まっているようで、それが将棋の駒のようにきっちりと決められているのがおもしろい。そして登場人物らが各ポジションに沿うように行動をし、大学時代のポジションがそのまま人生のポジションであるかのように思えてくるところが非常におもしろい。

 しかし、結末まであまりにも綺麗にうまくまとめあげられ、「うまくまとめすぎじゃないかぁー」という文句もいいたくなるくらいにきっちり仕上がっている。おもしろかった。


超・殺人事件 −推理作家の苦悩−   6点

2001年06月 新潮社 新潮エンターテイメント倶楽部

<内容>
 「超税金対策殺人事件」 (1997年12月号 「小説新潮」)
 「超理系殺人事件」 (1996年4月号 「小説新潮」)
 「超犯人当て小説殺人事件」 (問題編1997年4月号、解決編1997年5月号 「小説新潮」)
 「超高齢化社会殺人事件」 (1998年6月号 「小説新潮」)
 「超予告小説殺人事件」 (1998年10月号 「小説新潮」)
 「超長編小説殺人事件」 (2000年1月号 「小説新潮」)
 「魔風館殺人事件(超最終回・ラスト5枚)」 (1996年12月号 「小説新潮」)
 「超読書機械殺人事件」 (2000年8月号 「小説新潮」)

<感想>
 抱腹絶倒の短編集。特に「超税金対策殺人事件」や「超長編小説殺人事件」などはホント臭くて過分に笑える。この作品群は東野氏の作品の「名探偵の掟」と「毒笑小説」を混ぜ合わせたような感じに仕上がっている。

 あと、「超読書機械殺人事件」は有栖川氏の「ジュリエットの悲鳴」の中の短編作品「登竜門が多すぎる」に呼応するものがあり、あれに対向して書いたのかなと思える(偶然であればすごい!)。

 小説家の苦悩ぶりはいまさらではあるけど、出版業界や編集者に対する皮肉のようなものは面白い。本好きならば誰でも一言、二言は言いたいことがあると思う。読者の意見でも応募すれば、小説ネタが増えるのでは??


レイクサイド   6点

1997年02月07日号〜09月05日号「週刊小説」(「もう殺人の森へは行かない」)
2002年03月 実業之日本社 単行本

<内容>
“あたしが殺したのよ” 愛人を殺された夫。妻が犯行を告白する。そして夫は愛人の遺体を湖の底へ。私立中学受験を控える子供たちの勉強合宿のため四組の家族が集まった湖畔の別荘でいったい何が起こったのか!?

<感想>
 子供の受験のための合宿。しかしそこに集まるその親達には何か胡散臭いものが感じられ、それぞれが何かを隠しているような雰囲気が・・・・・・というような状態から物語が始められ、やがて一つの殺人が起こり、妻が犯行を告白。というように話が進んで行く。しかしながら、ページの薄さもあるのかもしれないが、なんとなくサスペンスドラマの域を越えていなかったような気もする。子供らも登場しているのだが、大人だけの視点のみに限定されあまり幅が広がらなかったという感がある。もう少しそれぞれの登場人物に説明を付け加えてもらいたかった気がする。まぁ、それでもスピード感ということを考えればこの薄さでも丁度いいという見方もできる。

 ただ、それでもラストの解決に至っては、かなり満足させられる結末となっている。この辺はさすがに、単なるサスペンスの域を脱していると感心させられる。まさに著者らしい多彩な中の一冊。


トキオ   6点

<内容>
 宮本夫妻は不治の病におかされた息子の最後を見取ろうとしていた。妻のほうの家系にはもともとそういう遺伝がありながらも覚悟のうえで生んだ息子であった。息子の意識回復を待つ間、二人きりになったとき宮本は妻に打ち明け話を始めた。「ずっと昔、俺はあいつに会っているんだ」
 20年以上前の1979年、浅草。花やしきの前から物語りは始まる。

<感想>
 東野圭吾流、タイムスリップ物語。主人公が時を超えるのではなく、主人公が時を超えた人間と出会うという物語。この出会いと邂逅、そして一人の人間の成長物語が描かれている。

 東野氏の作品に対していうのもいまさらながらだが、“うまい”と感じる。ところどころに感動させる場面がちりばめられており、それをうまく見せている。このあたりのそれぞれのアイディアには脱帽する。ただ、全体をとおして見るとどうだろうと思うふしもある。導入とラストは文句なしであるのだが、途中の話があまりにも平凡すぎるような気がするのだ。このパートが物語のほぼ全体を占めているのだが、ここだけとると大沢在昌氏の「はしらなあかん、夜明けまで」の作品を思わせるような内容で、ありふれているといってもいい物語構成である。また、物語の主題にタイムスリップがあるものの、あまりその効果がでていないように思える。

 全編通して読みやすく、微妙な感情表現とかもうまく描かれており一冊の本として十分な満足感はあるものの、東野氏の作品だからこそもう一歩上を期待したかった。


ゲームの名は誘拐   6点

2002年11月 光文社 単行本

<内容>
 広告業界で働く佐久間は日置自動車の副社長・葛城の要望で突然プロジェクトから降ろされる羽目になる。その仕打ちに屈辱を憶えた彼の前に偶然にもその葛城の娘・樹里が現われる。樹里は自分が葛城家の正式な娘ではないことを告白し、葛城家から自分自身の財産を奪い取りたいと話す。佐久間はそれを聞き樹里の協力を得て偽装誘拐を企てようと計画する。葛城にゲームで勝つために。
 犯人側からのみ事件を描いた前代未聞の誘拐小説登場。

<感想>
 スピーディーかつスリリングな展開は読者を夢中にさせること請け合い。確かに犯人側からのみ描かれる“誘拐小説”というのはあまり例がないような気がする。その試みもさることながら、かつ現代の誘拐劇となるといかに近代的な機械の手を逃れるかという点に着目される。FAX、携帯電話、傍受などといったことがらを考えつつも現金受け渡しにおいて、いかに相手を手玉に取るかというところが読んでいて楽しい。また、相手方や警察の動きというものが全く見えないというのもスリルに拍車をかけている。これはなかなか凝った作品である。

 と誉めつつも着想が良かっただけに不満な点も多々ある。主人公の行動を通してみると果たしてそれは完璧な計画であったのだろうかということが一番の疑問である。様子を見ていても行き当たりばったりとまでは言わないにしても穴は多々感じられる。できることならこの物語を「白夜行」のテンションで書いてもらえれば最高であると感じられた。完璧なるゲームを求めるのならばもう少し犯人に非常さがあっても良かったのではないのだろうか。

 結局のところ映像向きなサスペンスミステリーといったところである。


手 紙   8点

2003年03月 毎日新聞社 単行本

<内容>
 兄は弟の進学費用を手に入れるために強盗を企てる。しかしその最中老婆を殺害していまい、強盗殺人犯として服役することになる。一人残された弟は強盗殺人犯の兄を持つというレッテルを背負いながら生きていくことに・・・・・・

<感想>
 東野氏の作品のほとんどを読んでいるのだが、本書はその多くの作品群の中でも傑作と呼べる一作である。本書はミステリーではないのだが、圧倒的な感動を与える小説として私の記憶に刻まれることになるだろう。

 いや、やられたという他はない。ラストにおいては涙がボロボロとこぼれてしまった。よくぞこの少年から青年へとの成長物語を書き上げたと感心してしまう。成長物語といっても本書は快いものではなく、苦難の道を歩き続けるというふうにしかいえないものである。

 本書にて取り上げられる主題は“差別”である。どのような差別かというと、身内が犯罪者であるということによる差別である。ちょうど本書を読む前に金城一紀氏の「GO」という作品を読んだ。その本では在日朝鮮人ということによる少年の葛藤を描いたものであった。そしてそれに続き本書を読むことで、身近なところにいろいろな種類の差別というものが存在し、それに苦しむ人々、そしてその周りにいる人々によってこの社会というものが形成されているという一端に気づかされる。

 この本で驚くのは差別されるものの葛藤のみが描かれるのではなく、その周りにいる人々の意見もストレートに表現していることである。主人公と彼が働くことになる会社の社長との会話が印象深く心に残る。その意見が必ずしも正しいとか正しくないかとかは意見を出すことは私にはできないが、その形成される社会においての一つの考え方というものを垣間見ることはできる。

 そしてまた、重要となるのがタイトルにもなっている、受刑者である兄からの手紙。この兄の感情表現というものは冒頭を除いて、全て手紙からしかなされない。ただ、その手紙というものがときに虚しく、ときに深く心に突き刺さってくるのである。そして血を吐くような感情の元に書かれる弟からの数少ない手紙。どちらも互いに言いたいことは多くあるだろう。しかし二人で話し合うということはできず、限られた手紙の上にしか心のうちを表現することができない。手紙には書けない思いや、手紙に書き表せない思い、そして手紙の中からでは互いに読み取ることのできない心のうち、そういったものがもどかしいほどに感じられるのである。




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