<内容>
新型の小型飛行船ジェリーフィッシュ。その最新機(?)が試験飛行中に墜落した。乗務員である6人すべての死亡が確認されたのだが、どうやら彼らは不時着した後に何者かによって殺害されたようなのである。いったい誰が? 何のために? そして犯人は死亡した6人の中にいるというのか??
<感想>
昨年は“該当者なし”で終わった鮎川哲也賞。今年は見事に受賞者が表れ、一年越しにして受賞作を読むことができた。それがこの作品。
「そして誰もいなくなった」風のミステリを描いているところは見事。作調としては「そして〜」よりも綾辻氏の「十角館の殺人」風と言えよう。現場で起こりつつある事件と、事件後の捜査とを交互に描く展開を見せている。
ただ、読み終えた後の印象としては平凡に終わってしまったというような気が。なんとなく設定を使いきれていなかったような感じがして惜しいと思ってしまう。できれば、飛行船が不時着後に起こる殺人事件よりも、空中で起こる殺人事件という難解な方にチャレンジしてもらいたかったところ。その方が設定が生かしきれたのではないかなと、勝手に妄想。
まぁ、こうした本格ミステリを書いてくれる若い人がいるというだけでも十分な収穫である。次回作が出たら、是非とも読んでみたいと思っている。
<内容>
“ジェリーフィッシュ事件”後、閑職に回されたマリア・ソールズベリー警部と部下の九条漣。二人は前の事件で知り合いとなったドミニク・バロウズ刑事から調査を依頼されることに。青い薔薇は初めて作ったと噂されるフランキー・テニエル博士と面談し、探りを入れてもらいたいと。要領を得ない依頼ではあったが、暇を持て余していたマリアと漣は、依頼を受けることに。そして、単なる面談で終わるはずが、二人は密室殺人に遭遇し、さらなる連続殺人事件に巻き込まれることとなる。そして、青い薔薇とひとりの少年にまつわる過去の事件が浮き彫りとなり・・・・・・
<感想>
「ジェリーフィッシュは凍らない」に続いての2冊目の作品。正直なところ前作は“普通のミステリ作品”というくらいのできだと思えたのだが、今作ではそれをはるかに上回る出来の良さであると感じられた。個人的には今年の3本指に入るくらいの本格ミステリ作品ではないかと思っている。
青いバラを巡って、謎の殺人事件が起こる。それもバラの庭園内での密室の状況。さらには、この事件だけではなく、現在の事件と並行して、とある少年の記憶による物語が語られ、序盤から終盤まで謎に包まれた飽きのこない展開で進行してゆくこととなる。
少年が迷い込んだ、青いバラを創る博士の家で起きた謎の事件。博士と牧師による青いバラ創りの競争について。庭園での密室殺人。そして、さらなる殺人事件へと・・・・・・
こうした謎が予想外の形での真相を迎えることとなる。事件が進行している間は、登場人物が少なく、容疑者となるような人物がいるとは感じられなかったり、動機が不明であったりと思われたものの、それを真相で見事に解き明かしてくれている。これはもはや、うまく描かれていると感嘆せざるを得ない。市川氏は2作目にして、なかなかの作品を描いたなと感心しきり。
<内容>
不動産王ヒュー・サンドフォード。彼には、希少動物を密売しているという噂があり、警察は密かに彼の周辺を捜査していた。そうしたなか、ヒューの屋敷に彼が所有する硝子製造会社の社員である4人が招かれる。しかし、その4人は何故か、知らぬ間に見知らぬ部屋へと連れ込まれ、ヒューのメイドを含めた5人だけで、閉じ込められることとなる。そして、何故か彼らはひとり、またひとりと殺害されることとなり・・・・・・
<感想>
鮎川賞受賞者による第三作品。個人的には前作の「ブルーローズは眠らない」に対する評価が高く、今後の活躍が期待される作家。そして、この作品も十分に満足させられる内容であった。
物語は不動産王サンドフォードを中心に語られる。彼と仕事をし、新たなガラス製造に取り組んでいる研究者たち。彼らがサンドフォードから宴席の招待を受けるも、気づけばどこともわからぬ奇妙な部屋に閉じ込められる。そこで一人また一人と殺害されるという事件に遭遇する。
そして、シリーズの探偵役である刑事、マリアと漣が登場するも、彼らが登場し、状況を把握した時には、全てが終わったあと。読者には、そこまでの一連の状況が語られているが、刑事たちには、どのような状況から事件が起きたのか全く分からないという五里霧中の状態。そうした困難のなか、事件発生からの状況がひとつ、またひとつと組み立てられてゆき、ついには真相へと到達する。
この作品、殺人事件が完了したと思われるときには、すでに加害者となる人物が残っていないのでは? という状況に困惑させられる。それゆえに、事件の動機についても全くもってわからない。そうしたなかで、驚くべき事件の真相、本当の事件の流れ、さらには思いもよらない真実が語られることとなる。
いや、これは読んでみてびっくり。とにかく後半は驚かされてばかり。真犯人の正体が! と思いきや、さらにそこからどんでん返しが続き、最後の最後まで予断をゆるさない状況。今回はとにかく、してやられたという感嘆の思いのみ。
<内容>
現政権打倒を標榜する団体で活躍する三廻部凛(みくるべ りん)は、見知らぬ部屋で拘束された状態で目を覚ます。しかも彼女の他に、敵対する外国人排斥を掲げる団体の男の存在が。さらには、彼らの目の前には、顔を焼かれた死体が置かれ・・・・・・。いったい、これはどういう状態なのか? 何者が、何のために、このような密室を!? しかもどのようにして密室の状態を作り上げたのか??
<感想>
上記のように内容を書いたのだが、それだけ読めばまるで映画「SAW」のような感触で捉えられると思われる。しかし実際には、本書は政治色の非常に濃いものとなっていて、政権打倒を掲げる団体に所属する者と、外国人排斥団体に所属する者との、2名のそれぞれの思いや感情を描いた内容となっている。特に政治色が濃いと思われる点は、それぞれの団体やその活動内容が実在するものに即したものとなっており、実際の社会状況に簡単に置き換えることができるようになっていること。そういったことゆえに、単なる社会派小説というよりも、政治思想小説という趣が強く感じられるものとなっている。
そんな背景ゆえに、誰もが楽しめるミステリという感じではない。そのようなある意味アクの強い背景のなかで、さらにはその政治思想的なものが色濃いままで、ミステリ的な部分が語られてゆくという感じ。ゆえに、ミステリと政治思想を切り離して読むことが難しい内容ゆえに、決して読みやすいものではない。
ただ、それならばそのミステリ的なものが終始、政治思想的な部分に合致しているかというと、動機の面とか、それに至った物理的な経緯を考えると、そうとも言えないような。とはいえ、密室が形成されるうえで興味深い点もあったので、決してミステリとして評価できない作品ではないと思われる。まぁ、それでもこの作品に関しては、政治思想的な部分をどこまで許容できるかによって、読む人の評価が変わる小説であろうことは確かなこと。
<内容>
“クレイドル”と呼ばれる無菌病棟にて二人で過ごすタケルとコノハ。そこは医師による定期的な診察を除いて、人との接触が一切禁じられた場所。そういう状況ゆえに、自然にタケルとコノハは仲良くなって行く。しかし、ある日“クレイドル”が大嵐に見舞われることとなる。それによって、唯一の通路は分断され、誰も出入りができない状況となってしまう。そうしたなか、コノハがそこにあるはずのないメスによって刺され、死亡しているのが見つかり・・・・・・
<感想>
退廃的な感触がなんともいえない雰囲気を持つ、一風変わった物語。登場人物の数も少なく、ほとんどが“タケル”ひとりの物語という感じであった。そうした孤独な場所に隔離されているにも関わらず、どこから人が入り込み、どうやって凶器をもたらし、そして殺人を犯したかが焦点となる。
最終的な解決については、一部トウトツという思いもあり、微妙に受け入れがたいところもあるものの、まぁ、こうした解にならざるを得ないのだろうというところは理解できた。とはいいつつ、その解決に至るまでの幾多の謎に惹かれつつ、ページをめくりながら物語に没頭させられたのは事実。ミステリとして面白い作品であることは確かであると思われる。
<内容>
「ボーンヤードは語らない」
「赤鉛筆は要らない」
「レッドデビルは知らない」
「スケープシープは笑わない」
<感想>
市川氏のデビュー作「ジェリーフィッシュは凍らない」から続くシリーズに登場する警察官、マリアと漣のコンビの活躍を描いた作品集。「赤鉛筆〜」は漣の学生時代、「レッドデビル〜」はマリアの学生時代の事件をそれぞれ描かれている。そして、二人がコンビを組んで初めて担当するものが「スケープシープ〜」で起きた事件となっている。
それぞれ本格ミステリ仕立ての短編となっているのだが、何故かどれもがあまり印象に残らなかった。というのも、それぞれ不可能犯罪っぽいものを描いているのだが、どこに焦点を当てて、どこの部分に不可能性があるとかが、わかりにくいことがネックになっているのではないかと考えられる。それぞれの作品のミステリとしての出来栄えは決して悪いものではないものの、“謎”自体のわかりやすさという面が欠けていたように思われた。それゆえに、登場人物らの負の感情ばかりが前面に押し出た作品というイメージが強くなり、読み心地の良いミステリ短編という印象は持てなかったのである。
シリーズを印象付ける作品集としては、成功していたと思われる。ただ、何故ここまで暗い内容のものばかりなのだろうと感じずにはいられない。事件自体が暗く感じられるのは致し方のないことであるが、別にマリアや漣の人生まで暗い必要はなかったのではないかと思われるのだが。
「ボーンヤードは語らない」 飛行機の墓地と呼ばれる場所で起きた事件。死亡していた軍人は生前、兵器の横流しをしていたのではないかと・・・・・・
「赤鉛筆は要らない」 離れで見つかった父親の死体。離れと母屋との間に付けられた雪上の足跡。殺人容疑で捕まったのは叔父と叔母の夫婦であったが・・・・・・
「レッドデビルは知らない」 マリアの学生時代、親しくしていた親友が殺害されるという事件が起きる。マリアと共に死亡していた男の死体、いったい誰がどのようにして・・・・・・
「スケープシープは笑わない」 児童虐待を訴える電話が警察にもたらされる。現場を特定し向かった先では、幼い子ども、母親、足の悪い祖母がいたのだが・・・・・・
<内容>
度重なる不祥事から改革を迫られた警察機構。それにより、公務員ではなく、警察活動を委託された民間組織“IISC”が誕生した。ブラックIT企業からIISCに転職した薮内唯歩は、その仕事が向かなかったのか、交通課から左遷(?)され、茨城県つくば警察署の刑事課に勤務することとなる。同僚からは何故か煙たがられながらも、なんとか捜査をこなしていく唯歩であったが、警察組織に絡む陰謀に巻き込まれることとなり・・・・・・
<感想>
鮎川賞作家である市川氏による警察小説。何気に市川氏は、本格ミステリだけではなく、色々な形式のミステリに挑戦しているなと感じられ、本書についても思い切った作品を書いたなと感嘆させられた。
本書については上記で警察モノといったのだが、通常の警察モノではなく、民間組織による警察機構というものを描いた作品となっている。主人公は、ブラックIT企業で働いていたものの退職を余儀なくされ、そして転職先として、この民間機構で働くこととなったという人物。この主人公が、若干トラウマを抱え、そしてこの警察機構においても見下された感があり、そうした状況に悩みながらも日々事件捜査を進めていくという人物。
また、本書の作品の背景に、過去に起きた連続殺人事件の存在が見え隠れし、やがて今起きている作品と、過去の作品がリンクするように展開されている。と、そんなこんなで、様々な設定がてんこ盛りの作品であり、それはやや食傷気味とも言えるくらい。特に読み始めは、ちょっと盛り過ぎではないかと思えるほどである。それでも、なんだかんだで、最終的にはうまく話がまとめられており、結構うまく書かれた作品だなと感心させられてしまった。
読み始めの印象は、さほどのものでもなかったのだが、読み進めていくうちに段々とその世界観に浸ることができるようになっていった。最初は落ちこぼれの新米刑事という設定も、ありきたりだと思われたのだが、徐々に物語の途中から、この新米刑事の実力もなかなかのものと思えてくるようになり、それも本書に対する印象を変えていった一端である。
<内容>
配送業者として働く波多野千真は、ある日道端に倒れている女を発見する。するとその女は、死んだはずの千真の恋人・夕海にそっくりであった。質問にも答えず、記憶も定かではないようなその女を連れ帰り、千真はその世話をする事に。共に同じ配送会社で働くことになった二人であったが、ある日、密室殺人事件に遭遇し・・・・・・
<感想>
奇妙な世界観のなかで密室殺人事件が起き、その事件を解決していくという作品。ただ、本書のポイントは事件そのものよりも、その奇妙と感じられる世界観にあるだろう。
読んでいて、どこかおかしなものを感じられる世界観。とはいえ、現代世界を普通に描いているようにも感じられる。その違和感はどこからくるものなのか? 読んでいる最中は、ひょっとしてSF作品めいた設定なのでは? と感じられたのだが、その行方はどこへ向かうのかは読んでみてのお楽しみと。
そして、その設定に絡められた殺人事件の行方もなかなかのもの。そうした現実が隠されていたのかと。ただ、一言付け加えれば、事件が一つだけというのはもったいなかったような。もう少し、その設定にからめた事件を見せてもらえればなと思わずにはいられなかった。
そんなわけで、ネタバレになりやすそうな作品なので、とにかく何の情報ももたないまま読むべき作品と思われる。物語としても、なかなかうまく作っているなと。
<内容>
20年前に起きた連続殺人事件。逮捕された犯人は10代の少年で、被害者の喉を切り裂いていたことから“ヴァンプドッグ”と呼ばれることとなった。そのヴァンプドッグが今になって突如、収監されていた施設から逃げだし、しかも既に被害者が出てしまったと。その応援要請を受け、マリアと漣は事件が起きた現場へと向かうことになる。また、近隣では現金強奪事件が起きており、犯人が逃走中とのことで、現場は混乱した状態。そうした警察らの状況をあざ笑うかのように、ヴァンプドッグによると思われる殺人事件が矢継ぎ早に起き続け・・・・・・
<感想>
本格ミステリらしからぬ派手な事件が描かれている。バイオサスペンス、はたまたゾンビホラーのような展開がなされていく。あまりにも派手な演出がなされるなかで、どこかにあるはずの核心的な“謎”の存在さえぼかされる始末。いったい、どのような結末へと向かうのか? 予測不能の作品。
過去に“ヴァンプドッグ”と恐れられるような犯罪を犯した少年。そして、20年経っての脱獄事件。いったい、今になって何故? そしてその脱獄囚の手にかかったとされる殺人事件の数々。何故、これほどまでに矢継ぎ早に事件が起こされたのか? そして現金強奪犯たちの逃亡の様子。潜伏場所に立てこもった5人であったが、何故か仲間内の間で殺人事件が勃発。この事件はヴァンプドッグ事件に何らかのかかわるがあるのか?
と、そんなところが謎となり、事件が展開されてゆく。警察たちが事件を収束させようとするものの、矢継ぎ早に起きる事件の対処をするだけで精一杯。脱獄犯の手がかりもつかめないまま、事件だけが起き続けてゆく。しかも、死んだはずの被害者が甦り、人に襲い掛かるという事件までが起きてしまう。
こんなバイオホラーみないな事件を描いて、よくぞミステリ的に収束させる物語を描き上げたなと感嘆。細かい点については荒々しさも感じられるのだが、作品全体でみれば、よくぞ書き切ったと称賛したくなるような作品。バイオホラーと本格ミステリを見事に融合させている。
<内容>
ミステリ好きの高校生・本仮屋詠太は、音楽室で「牢獄学舎の殺人」溝呂木厄藻と表紙に書かれていた本を見つける。気になって読んでみると、そこには密室殺人事件が描かれているものの、解決編が書かれていなかった。実はその本は、完全犯罪の手引書として警察機構が密かに追っている謎の本であるということを、紅来流伽(ゆずりは くるか)と名乗る女から説明される。その突然現れた本の内容通りに、実際に事件が起きることになると。その言葉通り、本仮屋が通う学校の美術室で密室殺人事件が起きてしまう。本仮屋は意図せずに、紅来流伽と共に事件捜査に乗り出すこととなり・・・・・・
<感想>
ライト系なテイストの作品の割には、なかなか凄い設定を持ってきている。既に故人となっている無名作家の溝呂木厄藻が書いた本を何者かが、色々なところにばらまき、その本を読んだものが、本に書かれた通りの犯罪を行うという事件が立て続けに起きているという。そうした事件を取り締まるべく警察機構は“未完図書委員会”という組織を立ち上げ、その本に関わる謎を解き明かそうとしているのである。
そうした背景の中、主人公の少年が溝呂木厄藻の本を手に取ったことにより、事件に巻き込まれてゆくこととなる。本の中で描かれている事件は、音楽室での密室殺人、美術室での密室殺人、そしてプールにおける密室殺人の3つ。しかし、現実には美術室での密室殺人が先に起こることとなる。
背景もかなり興味深く描かれているが、現実に起きる事件についても手を抜くことなく、しっかりと創作されている。他にも殺人事件が起きることとなるのだが、一つ一つの事件についても、全体的な事件の構図についても、かなりうまく作り上げられていると言えよう。これはなかなか面白かった。
さらには、この作品の特徴として、溝呂木厄藻が書いた「牢獄学舎の殺人」の本の真相も解き明かすという趣向が付け加えられている。それゆえに、一冊で事件に対する複数の解答を得られるというような趣向になっているのである。そうしたことから、かなり読み応えのあるミステリ作品となっている。
最後の最後で付け加えられた解答は、むしろ蛇足になっていたのではと感じられたり、全体的にやや主人公らの行動の制限があるというか、窮屈な部分を感じられたりもした。そういった面はありつつも、基本的には、凝りに凝ったミステリとして出来上がっていると感嘆させられた作品であった。溝呂木厄藻の作品というもの自体を想像しなければならないため、本を書く手間とすれば大変そうではあるが、シリーズ化すれば、これは大したものであろう。ちょっと期待しながら次作を待ちわびたい。